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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

254(前編)

 雨の季節が終わろうとしていた。
 ここ1ヶ月ほど居座り続けた前線は少しずつ北へと位置を移し始めていて、カンデシティーを当たり前のように覆っていた雨雲は徐々に隙間を生み出し始めていた。隙間からのぞく青い空は、まるで空色のカンバスに感性の趣くまま灰色を塗り重ねたモダンアートのように、塗り残された空色がバランスよく配置されていた。
 そのモダンアートの下、カンデシティーの真ん中を貫く3桁のナンバーを付けられた国道から、それをアンダーパスする産業道路へと下りて行く側道に面して、バイクショップ「コンステレーション」は存在した。二階建ての古い建物の一階部分にひっそりとあるその店は、大きなベニヤ板の手書きの看板を掲げた以外は何の装飾も無く、倉庫のような内装のままの店内に大型バイクばかりを並べた一風変わった作りだ。
 しかし奥に入ってみると小型のバイクや俗に言うファミリーバイクも何台かは置かれ、こまめな商いでも経営を支えている様子がみえる。店の中に人影は無く、前を走る国道の自動車のノイズだけが聞こえていた。

 コトリは「コンステレーション」に向かって自転車を走らせていた。ひょろりとした体に自分で適当に切りそろえたような“オカッパ”の黒い髪を揺らし、あちこちに油のシミの付いた白いTシャツを着て薄汚れたジーンズをはいていたが、そんな格好のことは全く気にしていない様子で、のんびりと自転車を進めてゆく。そして店の横手の路地に入って足を着かないまま自転車を壁に寄り掛からせると、前のカゴに入れていた紙袋を抱えて店の中へスタスタと入っていった。
 コトリは店内をぐるりと見渡して客の姿が見えないのを確認すると「ただいま!」と大きな声をだした。
「おう!コトリか?帰ったんならコーヒーを入れてくれないか?今、手が離せないんだ」TOILETと書かれたプレートの付いたドアの内側から男の大きな声が答えた。
 コトリは「うん。わかった」と答えると今入ってきた裏口のすぐ横にあるドアを開けた。ドアの中はキッチンで、手を洗うとやかんに水を一杯に入れて火をつけた。そして棚からコーヒー豆と電動ミルを出して豆を挽き始めた。湯が沸くとサーバーを保温プレートの上に置き、ドリッパーとペーパーフィルターをセットして粉を入れ、慎重にお湯を注ぎ始めた。
 いい香りが漂い始めたころドアの開く音がして、小柄だがガッチリとした男が顔を出した。男はそのままキッチンに入ると「いい臭いだな」と鼻をヒクヒクさせた。
「親父さん。臭いじゃなくて香り!それから手洗い!」コトリが慎重に湯を注ぐ作業を続けながら低い声で言った。
「いい香りだな」親父さんと呼ばれた男はニヤッと笑ってそう言い直すと流しで手を洗った。そしてコトリの抱えてきた紙袋から食パンを2枚取り出すとトースターに放り込んでレバーを押し下げた。親父はそのままキッチンを出ると店の一番奥にある大きなデーブルにセットされた木製の長椅子に腰をかけ、テーブルに置いてあった老眼鏡を掛けると新聞を読み始めた。
 目についた記事を幾つか読み終えた頃、キッチンからコトリが保温プレートごとサーバーを持って出てきて、テーブルの上のコンセントにセットした。もう一度キッチンに戻ると、たっぷりのバターとマーマレードを塗ったトースト、カップ、砂糖壺、ミルクピッチャーとスプーンをトレイに載せて出てきて、それをテーブルに並べた。
「じゃあ。少し遅いブレックファーストと行こうか」親父が声をかけると、コトリも親父の向かいに座り、コーヒーに砂糖を1杯半とミルクを入れた。
 親父はコーヒーだけをカップに注ぐと少し持ち上げ「いただきます」と言った。コトリもその所作をまねて「いただきます」と言うと食事を始めた。大きなテーブルに向かい合わせに座って黙って食事をする2人と前を走る国道の自動車のノイズが重なる。それはまるで古い短編映画のオープニングシーンの雰囲気だった。

 食事が終わる頃「コトリ?」親父が声をかけると(ウン?)という感じでコトリが反応し、パンをくわえたまま顔を上げた。「お前。ここに来てもうどれぐらいになる?」
「1年を少し過ぎたくらいだよ。ちょうど雨季に入った頃だったから……」
「そういやぁ……ずぶ濡れで店に入ってきたっけな。そして熱を出して倒れて、そのままここに居付いてしまったんだったな」
「ありがとう」コトリはここに迷い込んだ時のことを思い出してそう呟いたが、そのままコーヒーカップを口にあてたまま俯いていた。
「いや。そう言う意味で言ったんじゃない。ここんとこのお前の手つきを見ていて、ずいぶん進歩したもんだと思ってな。1年でこれだけ出来りゃあまあ大したもんだ」親父の目は孫娘を見つめるような目になっていたが、一瞬で職人の目に戻って続けた「……でだ、お前に1つ仕事を任せてみようと思ってな。さっき入ったばっかりなんだがピットを覗いてみろ」
「ピットを?」最後のパンを口に放り込むとコトリは立ち上がった。店の隅に設けられたピットの防音を兼ねた大きなドアを開けると、コトリは一瞬固まってから「かわいい!」と声を上げた。そこには真っ赤な中型のバイクが置かれていた。
「かわいい!……か」小さな声で呟いてから親父は立ち上がった。
「これ何?ずいぶん前のバイクだよね」
「MOTOAEROの254だ。どうだ?珍しいんだぞ」
「始めて見る!小さいエンジン!なのに4気筒?これ……」
「そうだ。231ccでOHC、市販では世界最小の4気筒エンジンだ。28馬力10500回転、車重は約120キロ、さっき届いたばかりなんだがまったく動かん。コトリ!これを動くようにできるか?」
 コトリは質問には答えず、ゆっくりと254のボディーを触りながら全体を舐めまわすように観察した。「120キロって軽いね。コントールしやすそう。車体は綺麗だよね。丁寧に保管されていたんだね。キャブレター……しかも4連……。電気系統はダメかな?セルしかないみたいだけどセルモーターは大丈夫かな?パッキンやホース類もそのまま使えればいいけど」
「今のバイクは半分程が電動だ。ガソリンエンジンの物でもまずインジェクションだしな。キャブの、しかもこんな小さな4連キャブの面倒が見れるか?」親父がコトリの丸まった背中越しに訊いた。
「やってみる!ううん。やってみたい!」コトリは真っ赤なタンクを撫ぜながら振り向いて親父の顔を見上げた。
「お前がここにやってきた時乗っていたバイクはお前の希望で治療代やらの為に売ってしまったな!」親父がそういうと、コトリはいまさらなぜ?という具合に首を傾げた。「いいバイクだった。高く売れたし治療代を払っても結構おつりが出た」
「わたし肺炎を起こしていたし、健康保険も無かったからお金もかかったし、納得してお願いしたんだから……」コトリは続けようとしたが親父の言葉が遮った。
「そこでだ。替わりにこのバイクをやろう」うっすらと笑いを浮かべながら親父はコトリの目を見つめて言った。「ただし動いたらだが。そして俺の出す条件をクリアーしたら……」
「クリアーしたら?」
「俺んとこで正社員として採用しよう。お前さえよければだが」今度は親父はニヤリとしながらそう言った。
「ほんとに?ほんとに?」コトリは目を大きく見開いてそう言うと「条件って?」と親父を見上げた。
 その時「なんだい。そのバイク?」大きな声にコトリと親父が驚いてピットの入り口を振り返ると、そこには背の高い男がピットの入り口の鴨居に頭をぶつけないように少し背なかを丸めて立っていた。
「なんだ。ヤキダマか。音も無くやってきやがって驚かすなよ」親父が振り返った。
 コトリはなんだか分からない気持ちがわき上がってきて、自分の言葉に少し軽蔑のニュアンスが入り込んでいるのを感じながら「仕方がないよ。ヤキダマは電動スクーターなんだから」と続けた。
「なんだよ。その言い方。僕だってバイク乗りだし客だよ。ここで買ったんだから」ヤキダマは少しむくれた口調だ。
「すまないな。許してやってくれ」親父は収めにかかったが、コトリは収まらない。
「わたし、スクーターは嫌いなんだ。おまけにヤキダマは免許がAT限定だし」
「僕の免許は放っておいてくれ。いまどきガソリンエンジンの、しかもクラッチの付いたバイクに乗ってる奴なんていないよ。電動か、HVやガソリンでもATだろ?」
「そんなことは分かってる。クラッチが無くたって許す。でも、スクーターは好きになれない」コトリが少し顔を赤くして突っかかった。
「コトリ、熱くなるな。言ってることが支離滅裂だぞ。それにヤキダマはお客さんだ」親父はコトリの頭をそっと押さえた。コトリは不満そうに少し唇を尖らせたが次の言葉を飲み込んだ。
「今日はコトリ、やけに突っかかってくるよな」ヤキダマの顔も不満げだ。
 親父が2人の顔を見比べた。「そりゃ。コトリがここに来た時の話が出ている時にタイミング良くお前が現れたからだ」
「そうだったのか?悪かったよ。急に声をかけたりして。ちょっと脅かしてやろうって思ったんだ」ヤキダマが謝ると「ごめんなさい。わたしも言い過ぎた」コトリは気まずそうに俯いてしまった。
「おまけにもっと大事な話も進行中だったのにぶち壊しやがって!」
「そうだ!親父さん、条件って?」コトリは懇願するような目つきだ。
「ちゃんと話をしてやろう。テーブルに来い。ヤキダマ。ちょうどいい。お前は立会人だ」親父は2人をテーブルに誘った。
「まあ、そこに並んで座れ」親父は2人を並んで座らせると「で、続きだ。あのバイク動くように直せたらコトリにやろう。そして俺の出す条件をクリアーしたら、俺んとこで正社員として採用しよう。と言ってるんだ」
「ほんとに?ほんとに?」コトリはまた目を大きく見開いてそう言うと「条件って?」と親父の顔を覗き込んだ。ヤキダマはもう一つ事情が呑み込めないのか黙って座っている。
「お前ら“600マイルブレンド”というのを聞いたことがあるか?」
 2人は顔を見合わせてから親父の方を見て同時に首を横に振った。
「俺が若い頃この店の先代にツーリングに連れ出されたことがあってな。行き先も告げられずに昼前になってから連れていかれたんだが、フリーウェイを150キロ以上で行けども行けども終わらないんだ。へとへとになってようやくたどり着いたのはウラスの珈琲屋でな」
「ウラスってここから500キロ以上ありますよ」ヤキダマが驚きの声を上げた。
 コトリは思い出したくないような出来事が頭の中に蘇り、気が遠くなりそうになるのを堪えながら喋ることもできずにいた。顔も血の気が失せて白い。
 親父はそんなコトリの様子を用心深く見つめていた。
「ようようたどり着いたその珈琲屋でコーヒーを飲んでいるとだな。先代は帰るというんだ。家でゆっくり風呂に入りたいってな。そしてその日のうちに帰ってきたんだ。カンデまでな」
「じゃあ往復1千キロを1日というか半日で?無茶苦茶だ」
「大陸のツーリングではこれぐらい当たり前だと言うんだ。何人ものつわものの名前を上げて説明されたがそんなもの憶えちゃいないさ。俺は途中で置いて行かれた。もうスピードも上げられなくなってな。帰ったのは真夜中だったよ。もうフラフラだったな」
「それで600マイルブレンドって言うんですか?」
「そうだ。先代の若い頃から伝わる伝説のツアーなんだそうだ。そうまでして飲む値打ちのある旨いブレンドコーヒーがあって始まったらしいんだが、店も無くなっちまったし今じゃ単なる肝試しみたいなものになってる」
 コトリは下を向いて固まったままだ。
「それで……だ」親父はコトリの肩に手を置いた。
 コトリはビクッとして顔を上げた。
「大丈夫か?」親父が声をかけると「うん」コトリは小さく頷いた。
「ピットの254を動くようにしたらコトリ、お前にやろう。そしてその254で600マイルブレンドを問題無くこなしたら正社員として採用しよう。無茶苦茶だがこれがこの店の採用試験だ。俺もそうだったしな」
「ウラス……でないとだめ?」コトリが細い声を出した。
「そうだな。悪いがそういう風に決まっている」
「ウラスって言ったら例の事故のあった町だよな」ヤキダマが口をはさんだ。
 ヤキダマの発言を見事に無視した親父は「どうだ。コトリ、やってみるか?」また俯いてしまったコトリに向かって挑発するように語りかけた。
 長い沈黙が続いた。ヤキダマも黙って見つめている。
 親父の目が孫娘を見つめる目になって何か言おうとしたその時「やってみる……ううん!やってみたい!」コトリが顔を上げた。血の気を失って白かった顔にはうっすらと赤みがさし始めていた。
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

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