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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

白火盗 第五話

scriviamo!

「指物師の文吉さんはどちらか、ご存じありませんか?」容姿を見極めようと返事が遅れる千之助に、女はもう一度繰り返した。
「文吉ならもう半月も前に家移りしたぞ」千之助はようよう返事を返した。
「家移り?半月前に?」女は不安気に尋ねた。
「そうだ。急な話だったんだが・・・。文吉に大事な用でもあるのか?」
「急?文吉はどんな様子でしたか?」千之助の質問を無視して女は訊いた。
 千之助は文吉が消えた時の様子をかいつまんで話したが、話が岡っ引きの平三の部分まで来ると女は「岡っ引き?」と後ろを振った。そして丹念に店の路地を見回して誰もいないことを確かめると、そのまま土間に入り込んで障子を閉めた。
「何かまずいことでもあるのか?」
「・・・・・・」千之助の質問は女に無視された。
 今日はこの季節にしては過ごしやすい小春日和だった。だがさすがに日没が近づくと気温が下がり始め、それにつれてあたりも暗くなってゆく。千之助は部屋へ上がって行灯に火を入れた。
 薄明かりの中、千之助は女の方を振り返った。「とにかく文吉は半月前に消えてしまった。田舎へ帰って身を固めるという話だったが、田舎がどこかも聞いていない。まったくの行方知れずだ」
「行方知れず・・・」女は繰り返した。
「それでお前はどうする?」
「岡っ引きの名前はなんと?」やはり千之助の質問は無視される。
「平三といったかな」
「平三・・・」心当たりがあるのか女は顔を上げた。
「そうだ。今思い出したんだが、その時奴に木札を見せられた。たしか、真っ赤に塗られた薄い木の札で、真っ黒な百足が描かれていた・・・」
「・・・・・・」女は思案気に顎に指を当てる。
「その札になにか心当たりでもあるのか?」
「・・・・・・」四度、千之助の質問は無視された。女は顎に指を当てたままじっとしている。
 秋の日は釣瓶落としだ。行燈の灯りを残してあたりはさらに暗さを増してゆく。
「暗くなってしまったな。お前はどこまで帰るんだ?なんなら送っていこうか?」どうしたものかと迷いながら千之助は言った。
「ここに宿を借ります」女は独り言のように呟いた。
「それはまずい。私は独り身だ。独り身の男だ。そんなところに若い女を泊めるわけには・・・」千之助の言葉が止まった。女が顔の向きを変え、瞳がちょうど行燈の灯りが差し込む位置に入ったのだ。それは赤くはなかった。行燈の灯りを反射する女の瞳はごく普通の黒っぽい色だ。いや、じっと見つめると少し薄めの茶色のようにも見える。
 赤くない・・・千之助は言葉を続けることができなくなった。
 女は視線を外すと背中の笠と風呂敷包を下ろしほっかむりを取った。中から真っ白な髪がふわりと広がる。真っ直ぐなおかっぱの髪は行燈の光を反射して一本一本が銀糸のように輝いた。
 見つめる千之助を無視して女は背中を向け、上がり框に腰を下ろして草鞋を脱いだ。千之助は草鞋を脱ぐ女の手先を凝視する。
 それは遠目には本物の手のように見える。だがよく見ると明らかに作り物だった。指の関節の一つ一つに可動接手の造作が見え、それがまるで妖術で操られてでもいるかのように滑らかに動いて草鞋の紐を解いていく。足もまた明らかに作り物だ。指や足首などの関節にやはり可動接手が見えている。女は草鞋を脱ぎ終え部屋に上がった。そのまましっかりとした足取りで部屋を横切り、壁際まで行くと優雅にひざを曲げ正座姿になった。その動きは生身の手足となんら遜色はない。千之助は声をかけるのも忘れてその一部始終に見とれていた。
 女は部屋の隅に落ち着くとそのまま動かなくなった。
 女は黙って座っている。作り物の足だから正座を長く続けても痺れることはないのだろう。どうでもいいようなことばかりが頭に浮かんでくるが、このままではらちが明かない。千之助は女を追い帰すことは諦めた。
「名は何という?」とりあえず千之助は訊いてみた。
「ヒトリ」女は短く答える。
「そうか、やはりヒトリというのがお前の名なのか」
 ヒトリと名乗った女は小さく頷いてから続けた。「お侍様のお名前は?」
「私の名は增井千之助という」つい声がきつくなっていたような気がして千之助は声を和らげた。「このとおりしがない浪人だ」
「マスイ・センノスケ様・・・」ヒトリは千之助の名を小な声で繰り返してから気を取り直したように尋ねた。「では、マスイ様」
「なんだ?」
「マスイ様はさっきあたしの手をじっと見ておられましたね」
「そうだったか?」動揺を悟られないように千之助は答える。
「確かに見ておられました。でも・・・」ヒトリは両手を広げて千之助の前に差し出した。ヒトリの両手の関節はすべて可動接手で繋がれていて、まるでからくり人形のようだ。「・・・これについてなにもお尋ねが無い」
「いやそれは・・・気が付かなかったな・・・」千之助の動揺は言葉に出る。
「マスイ様はあたしについて文吉からどこまで聞いておられるのですか?」言い訳は無視してヒトリは問い詰める。
 ヒトリの勢いに千之助は観念した。「文吉から聞いているのは・・・」少し間をおいて頭の中を整理すると千之助は答えた。「お前が生まれつき手足を欠いていたこと。触らずに物を動かす能力を持っていたこと。文吉が手足をこしらえてお前に与えたこと、そしてお前がその能力を生かしてそれを上手に操ったこと・・・それくらいだ」
 ヒトリは小さく溜息をついた。「文吉はみんな話したんですね。どうしてでしょう」
 千之助はその時の様子を思い出しながら言った。「お前が物の怪のように思われたまんまじゃ寝覚めが悪いと言ってな」
「物の怪?」ヒトリが視線を合わせた時、瞳が一瞬赤く輝いたような気がした。「以前マスイ様にお会いした時、あたしは手足を見せていないはずです。なのになぜあたしがマスイ様に物の怪のように思われるのでしょう」
 瞳が赤く見えたのは幻覚だったのだろうか?今見えている瞳はごく普通の黒っぽいものだ。「いや・・・」千之助は答えに窮した。
「あたしが手足の付け替えをしているのを見ておられたのですね」
「いや・・・その・・・」
「そのあたりの隙間から覗いてですか?」ヒトリは仕切りの壁を指さした。
「う・・・」千之助は既視感を覚えながらやはり言葉に窮する。
「見たのですね」ヒトリは断定した。
「すまぬ」千之助はただ深く頭を下げた。

 夜は更けている。そろそろ八つの鐘が聞こえる頃合いだ。
 ヒトリは部屋の隅で寝息を立てて眠っている。何処からだかは知らないが、ここまで歩いてきた疲れもあったのだろう。軽く食事を済ませ、寝着を与えて新之助の布団をあてがうとすぐに眠ってしまった。
 新之助は寝る場所を失ったので、ちょうど良い機会だと溜まっていた写本の仕事に取り掛かった。徹夜の仕事ははかどるが次の日に重い疲れが残るような気がして好きではない。だが、横で眠るヒトリから気を逸らせるためにはそれが最適な作業に思われた。実際、写本に集中するとすべての邪念は頭の中から消え去った。文字を追う作業は単純で、写し取る一文字一文字はただの生きる糧にすぎない。だが千之助にとって得るものが無いわけではない。孤独に集中して行うその作業は(写す本の内容が高尚な場合は特に)新之助を孤高の世界へと誘うこともあった。
 今夜も新之助はその孤高の世界に入り込んでいたのだが、そろそろ集中力の限界がきたようだ。新之助は改めて眠るヒトリの方へ目を向けた。
 彼女は顎の上まで掛け布団をきっちり引っ張り上げて眠っている。かろうじて見えている小さめの口は横一文に弾き結ばれ、薄い唇と合わせて勝気な印象だ。すぐ上では小ぶりな鼻が遠慮がちに上を向いている。ほっそりとした頬は薄汚れているが、きれいに洗えば弾力のある真っ白な肌が現れるのだろう。目は閉じられているが、目覚めれば大きな瞳が開くはずだ。色は別にして・・・。その上には前髪に隠された小さな額、そしてその上にはまるで子供のようにオカッパに揃えられた銀糸のように輝く真っ直ぐな髪。千之助が髪をそっと掻き上げると形の良い耳が現れた。恐る恐るそれに触れると彼女の寝息が乱れる。千之助は慌てて手を戻し、ヒトリとの距離を空けた。
「・・・・・・」千之助は思わず呟いた。声にはならなかったが、それはこの時代の男にしてはかなり特異な感想だった。

 千之助が目覚めた時、日はすでに高く上り、部屋は明るくなっていた。あの後、ヒトリを意識から追い出すために写本の仕事に戻ったのだが、いつのまにか寝落ちしたようだ。
 目の前には写本途中の紙が広げられていて、そこには寝落ちする時にできたであろう大きな墨の汚れが居座っている。おまけにすぐ横にはよだれのシミまでが我が物顔で並んでいる。仕事は紙一枚分無駄になったようだ。
 千之助はゆっくりと紙の上から顔を上げた。背中には掛け布団が掛けられている。ヒトリが掛けてくれたのだろう。
「ヒトリ・・・?」部屋の隅に目をやると、そこにはきちんとたたまれた敷き布団が置かれている。千之助は慌てて立ち上がり、そばに寄った。そこに置いてあった着物と風呂敷包、笠が無くなっている。土間を覗くと草鞋も無い。どうやら朝早く出て行ったようだ。千之助はホッとすると同時に残念さがないまぜになった気分を味わった。
 布団の上には貸してやった寝着がきちんと畳んで置かれている。
 千之助は思わず寝着を取り上げてそれを抱きしめた。そしてそのままそれに顔をうずめた。
 陽だまりの匂いがした。

2024.01.26
2024.01.30 細かい表現の見直し(ストーリーに変化はありません)
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

こんにちは 
執筆、お疲れさまです。

え、一話とばしてるんですか、これ。なんだか前話とすんなりつながっちゃいますけど……。
ヒトリはなにを思って文吉を訪ねてきたんでしょう。たしかもう手足の付け替えは要らないはずでしたよね。その正体を含めて、謎の多い子です。
彼女に一夜の宿を提供する千之助、このまえの夢の話があったので、すわそういう展開かとひやひや(わくわくw)しましたが、彼女の雰囲気に飲まれたのか、千ちゃん意気地なしでしたね。もちろん無理やりとかじゃなく、ちゃんと口説くとかね。
まるで前話の夢オチを彷彿とさせるラストでしたが、千ちゃん、意気地なしのうえにちょっと変態っぽいぞ(褒めてますw)
こうなると第4話の内容が気になります。また機会があれば、読ませてもらいたいです。
TOM-Fさん 
はい、これでちゃんと一話飛んでいます。
別スレッドで並行して進む話をここで挟み込む予定でしたが、設定が上手くできずに書き進めることができませんでした。考えてもなかなか良いアイデアでてこないんですよ。付け焼刃で物語を進める弊害でしょうか?とても手間取ってます。
三話と五話は実際に連続していますからおっしゃる通りすんなりと繋がります。
あえて四話を挟み込んだサキの狙いはまったく生きてこないんですけれど・・・。
そして千之助はとても生真面目な男です。意気地なしというか全力で節度を保とうとします。でもね、ちゃんと変態っぽいです。でもこれくらい男としてしごく当然なことなんじゃぁないかな?サキは勝手にそう思っています。
第四話はいずれ頑張って仕上げようとは思っています。挟み込んで狙った効果が出れば良いのですが・・・。
その節にはお付き合いいただければ嬉しいです。

コメントありがとうございました。
 
こんばんは。

TOM−Fさんもおっしゃるとおり、3話から5話に飛んでも、ストーリーとして「?」となる部分はありませんね。
もっとも、ヒトリが千之助のところに強引に泊まってしまえるほど「無害なヤツ」認定をした背景はまだちょっとわかりませんけれど。彼女、モノを動かせるだけでなく心も読めるのでしょうかね。

あと、瞳の色の謎も増えましたよね。

千之助は、はじめからヒトリにしっかり絡め取られていますが、その傾向はますます強くなってきていますよね。ヒトリの方も、文吉を介さずに千之助と関わるようになったので、今後の展開が楽しみでになりました。あ、もちろん4話も。

さて。これにどうお返しすればいいのやら。
毎度のことですけれど、大暴投、ありがとうございます。
このお話に絡むことはないのでご安心いただいていいのですが、どう書くか少々悩みますので、お時間いただきます。

ご参加ありがとうございます。
夕さん 
はい、3話と5話はそのまま繋がっていますので、続けて読まれても違和感は無いはずです。並行して進んでいる別のストーリーを間に入れそこなっただけですから。
でもこれの設定がややこしいんですよね。江戸時代の知識も無いので、それだけでも上手く進められません。
そうですね、1話で完結のつもりで軽い気持ちで設定した赤い瞳については失敗だったなぁと思っていますので、普段は茶色の瞳に変更してみました。色々な設定がまだ霧の中です。
そして千之助、スケベな夢を見たりはしますが、とっても真面目な奴なんですよ。実世界で羽目を外したりはできません。で、こんなことになっています。

ありゃ~。やっぱり大暴投になってしまいましたか。すみません。
意図したことではなかったのですが(意地悪な気持ちが全く無かったかといえば嘘になりますが)どうか無理のないよう書いてください。
よろしくお願いします。
 
今日は。

楽しみにしていたシリーズの続きだー
こう言うのもscriviamo! の良いところだと勝手に思っています。
千之助さんは当然の対応じゃないでしょうか。
いや、見かけとか能力とか別に、独り身の男の家にズカズカ上がり込む得体のしれない娘とか、怪しくて手を出せないでしょう、普通。
それが一方的にでも気になってるなら尚更。
全く何もなかった辺りにリアルさと恋の気配を感じました。

それにしても、ヒトリは何を考えているのか……身体のことはまだしも、物取りとか岡っ引きの話しとか考えると、此処は長居しちゃ駄目だと思うのですが。
夕さんがおっしゃるように、人の心も読めるのかもしれないですね。

綺麗に繋がっているからこそ飛ばされた4がどう関わってくるのか。
返って不自然になるんじゃなど気にはなりますが、それはまた次の楽しみとして。

執筆お疲れさまでした。
志士朗さん 
うわぁ、このシリーズを楽しみにされている方がいらっしゃった。嬉しいです。
「scriviamo!」の参加作品としては大暴投だったのですが、サキとしては創作を進めるきっかけというか原動力になったみたいでありがたかったです。夕さんに感謝です。

千之助が何もしなかったのはヒトリが怪しかったというだけではなく、結局は超真面目なんですよ。
あんな夢を見るくらいですから、千之助の頭の中のある部分はヒトリでいっぱいになっているのですが、理性が絶対的に優勢なんです。
恋の気配は?あるのかなぁ・・・。
ヒトリの心の中は彼女の人称では書かれていないのでわかりません。本当に何を考えているのでしょうね?

飛ばした四話ですが、実は今改めて構想中です。う~ん、どうしようかなぁ?難しいです。いつ完成できるかわかりませんが、不自然にならないように頑張ってみます。
コメントありがとうございました。

 
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