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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

北紀行 第2話 北帰行

 彼女は足早に歩き続けたが、体は冷え切ったままだ。何も食べていないから、お腹の虫も鳴きっぱなしだ。
 無性に腹が立って積った雪を蹴り上げる。
 舞い上がった雪は風に流されて自分の顔にふりかかり、口の中にまで入り込んだ。可愛い顔も台無しだ。
 彼女は服の袖でそれをグイと拭うと再び歩きだす。
 正面に駅の建物が見え始めた。
 思ったとおり駅には明かりが灯っていた。

 彼女はプラチナの髪と白い肌を持っていた。この土地の住民は民族的に黒っぽい髪の者がほとんどだから、それはとてもよく目立った。たまに同じような髪色の者を見かけることはあっても、それは国境の海を越えてやって来る漁師や船員たちで、彼女のような少女はやはりとても珍しかった。
 彼女はまだ中学2年生だったが、年相応の少女っぽさの中に、どこか魔物めいた妖艶な雰囲気を持っている。だがそれはその風貌ゆえだし、本人の本質とはまた別の次元の話だった。彼女は大人たちが勝手にそんな印象を持ち、それを自分の本質に上書きするのを酷く嫌っていた。
 彼女の母親は海の向こうから国境を越えてやって来た。彼女と同じように白い肌を持っていたが、髪は赤茶色だった。父親はこの土地の出身で、髪は黒く肌の色も浅黒かったから、彼女が生まれた時にはとても驚いたと聞いたことがある(驚いたというよりも困惑したのではないかと彼女は思っている)。父親と母親がどのようにして結ばれたのかについては長い物語がある様子だったが、彼女はまだ聞いたことが無い。
 その母は彼女が小学4年生の時に亡くなった。こちらの土地に馴染めず、心の病気になったのが原因だった。それ以来彼女は男手一つで育てられたが、よくあるように思春期を迎えた娘と、妻を亡くした男親の関係は上手くはいっていなかった。
 昨日の夜の事だった。それはほんの些細ないさかいだったが、内容についてはもう忘れてしまった。それぐらいつまらない事だった。そのいさかいが引き金となって彼女の進路へと話が進み。そして決定的にこじれたのだ。
 彼女の父親は典型的な農民であり保守的だったが、彼女はそうではなかった。2人はお互いに引っ込みがつかなくなり言い争った。
 やがて彼女はふてくされて自分の部屋に籠り、父親はヤケ酒をあおり、仕事の疲れもあってグッスリと眠ってしまった。こっそりと部屋を出た彼女に気がつかないほどに。自分の背中にそっと毛布を掛けられても気がつかないほどに。

 彼女の行きたかったKの町へ向かうバスはもう運行を終えていた。あと残っているのはNの町方面へ向かう最終便だけだ。毎日通学に使っているし、本数も極端に少ないので時刻表は頭に入っている。
 自暴自棄になって飛び出してきてしまったが、この格好は寒すぎた。上半身はオフホワイトのダウンジャケット、頭はフード、足元はショートブーツにハイソックスだから一応は大丈夫だ。ただお気に入りのミニスカートの下の生足が失敗だった。そこから体温が奪われ、凍えてしまいそうだ。彼女はバス停でバスが来るのを今か今かと待ち構えた。
 2つの大きなヘッドライトが近づいてくる。バスだ。誰も乗っていない。ウィンカーを点滅させ路肩に寄ってくる。ドアが開いた。運転士の顔が驚いているように見える。彼女は生き返るような気持ちで、暖房の効いた車内へのステップを上がった。

 Nの町は本当に最果てだ。正直に言って何も無い。バスのターミナルの待合室で粘ったが、暫くして鍵を閉める様子だったので目立つ前に外に出た。
 街中でも凍える寒さだ。暗い町には粉雪が舞っていて、誰も歩いてはいない。商店も閉まっているから何かを食べることはおろか、温まることもできない。開いている店も中学生が入れるような店は一軒も見当たらない。貯めていたお小遣いを全部持ち出したからお金には不自由はないが、中学生が1人ではホテルに泊まることもできない。交番に駆け込めばなんとかなるだろうが、それでは何のために飛び出してきたのかわからなくなる。彼女にも意地があった。
 彼女は空腹を抱えたまま町を彷徨ったあげく、風を避けるために電話ボックスに避難した。辺りを歩く人もいないので、かまうことは無い。しゃがみこんで太ももをダウンジャケットの中に抱え込む。それでも寒さと空腹は容赦なく襲ってくる。
 彼女は自分が何をしたのか、何をしようとしているのかわからなくなった。
 このまま眠ったら死んでしまうのだろうか。そんなことを考えながらウトウトしていると、内ポケットの携帯がコール音を鳴らし始めた。
 父親の名前が表示されている。時間を見ると午前3時過ぎだ。父親は仕事を始めるために午前3時には起床する。たぶん目が覚めて彼女が居なくなっていることに気がついたのだろう。携帯はコールを止めない。彼女はあわてて電源を切った。
 自分が心配されていることがわかって彼女は嬉しかったが、頑なな心はまだ開かない。心拍数が上がって寒さが遠のいたように思えたのは一時的なものだった。彼女は奥歯を鳴らしながら時の過ぎるのを待った。

 どれぐらい経ったのだろう、彼女は列車の音が聞こえたような気がして目を開けた。一瞬自分の部屋のベッドに居る錯覚に陥ったが、ここはやはり電話ボックスの中だ。
『幻聴?』それは早朝寝床で時折聞く列車の音だった。彼女の家から線路までは相当に離れているが、辺りが静かなこともあって、気象条件によっては聞こえてくることがあるのだ。
『列車?そう言えば・・・』彼女は考えを巡らせる。聞こえるのはいつも6時ごろだから、5時過ぎにNの町を出る列車があるはずだ。
 彼女は時計を見た。時間は午前5時になろうとしている。
『駅へ行こう。始発列車があるんだから、駅の待合はもう開いているだろう。その列車でKの町まで行けばなんとかなるかも・・・』彼女は微かな希望を得たような気になって立ち上がった。

 思ったとおり駅には明かりが灯っていた。
 二重になった入口の引き戸を開けて待合室に入ると、ストーブがゴウゴウと音を立てている。
 先客がいた。旅行者風の青年だ。彼女は彼とストーブを挟んで反対側に腰掛けると、覗き窓の中で吹き上がるオレンジ色の炎に凍える手をかざした。
 指先にしびれるような感覚が戻ってから、頭を被っていたフードを下ろす。
 一瞬彼が目を見開いたように見えたがいつものことだ。彼女は受け流すとストーブに体を寄せ、青年を観察した。
 無精ひげに覆われていて表情は読みにくいが、細面で精悍な印象だ。
 カーキ色のブルゾンを着て、ジーンズにトレッキングシューズを履いている。横に置いたリュックサックはそれほど重装備でない上に、身につけている物があか抜けているから、どこか南の方の大都会に住んでいるに違いない。
 彼はそこでどんな生活を送っているんだろう?想像は膨らみ、そこで生活している自分の姿が浮かんでくる。
 青年と目が合った。
 彼女の鼓動が早くなる。
 彼女は慌てて目を逸らし、観察を中断した。
 青年も何気ないそぶりで改札口の方へ顔を向けた。
 彼女も観察されていたようだ。どのような印象を持たれたのか彼女には想像がついたが、こんなことをいちいち気にしていてはやっていられない。
「5時30分発の改札を始めま~す」駅員が改札口に立って声をあげた。
 青年が立ち上がって改札口へ向かう。
 彼女は敢えて青年には目を向けず、ストーブにかざした自分の手をじっと見つめていた。

 ホームに入ると青年はカメラをかまえ列車の撮影をしている。
 彼女は彼が後ろを向いているうちに列車に乗り込み、一番後ろの席に腰掛けた。
 間もなく地元民と思われるの乗客達が10人程乗り込んできて、車内は少し賑やかになった。
 駅員が待合室を確認してから改札を閉じると、青年も慌てた様子で乗り込んで、一番前の席に座った。
 ブザーが鳴りドアが閉じられる。
 重々しいエンジン音が響き、列車は動き始めた。
 車内は暖房が効いていて暖かい。人心地がついた彼女は激しい眠気に襲われた。だが、それに対抗するかのように空腹感も大きくなり、そのまま眠りに落ちることができない。
 このまま2時間と少しこの列車に乗っていれば、大きな町へ辿り着く。
 さっきまでは辿り着けさえすればなんとかなると考えていた。
 だがとりあえず人心地がついた今、空腹と同時に彼女が感じ始めたのは絶望?『いや、違う』彼女は即座にそれを否定した。そんな悲壮感はなかったからだ。
 そう、それは絶望というよりも諦めだった。
 力不足だということは頭の中では理解していたつもりだったのに、昨夜はどうしてもやらなくちゃいけないと思ったのだ。
 だが、突発的であったにせよ行動したことによって、彼女は現実というものを赤裸々に見せつけられた。
 今の自分ではどこへも行けないし、どうにもならない。このまま無理やり進んでも破綻が待っているのは明らかだった。悔しかったが今はそれを認めざるを得ない。
 地平線のあたりが、ほんのりと明るくなり始めていた。夜明けが近づいている。
 列車は薄明かりの中を疾走し、やがて駅に停車した。
 何も無い、誰も乗らない、そして誰も降りない、うす闇に包まれた荒野の中に、小さな街灯と箱のような待合室だけがポツンとある小さな駅だ。
 決断を下すのにもう時間的余裕は無い。

 この鉄道は最果ての港町Nの町と、この地域の中核都市Kの町とを結んでいる。道路が未発達の時代は物資を輸送する唯一の手段として、町や集落が近くにあれば駅が作られ、多くの人が利用した。また厳寒期には、入植者達の生命線にもなった。
 だが、やがて産業構造が変化して人口が減少すると集落は捨てられ、道路網が発達して鉄道を利用する人がいなくなると駅の周辺には何も無くなった。
 廃止案も何度か浮上したが、国境の町への唯一の鉄路であることから辛うじて存続しているというのが現状だ。

『よし!』彼女は覚悟を決めると、席から立ち上がって通路を進んだ。一番前の席に座っている青年と一瞬だけ目が合ったが、彼は戸惑うように視線を外した。
『うん、大丈夫』彼女は自分の気持ちに整理がついている事を確認した。
 運転席の後ろに置かれている運賃箱に切符を入れ、ドアボタンを押してドアを開ける。そして粉雪の舞うホームへ降りた。プラチナの髪が風に巻かれ、スカートから突き出した白い太ももが凍えそうだ。
 車内の青年は首を伸ばすようにして辺りの様子を見渡している。
 ぼんやりと明るくなり始めているホームの向こうはずっと原野が続いていて、その遙か先は森だ。
 反対側もずっと原野で、その向こうは海だ。
 辺りには人工物は何もない。雪に埋もれていて道すらはっきりとしない。
 青年は今にも降りてきそうな勢いで腰を浮かせる。
 彼女は一瞬ドキリとしたが、ドアが閉じられると小さく安堵した。
 列車が動き始める。
 青年が腰を浮かせたままこちらを見ている。
 彼女は青年から目をそらし、あらぬ方向に視線を向けた。
 風が舞い、それにつれて雪が舞い、彼女の髪が舞う。
 列車はスピードを上げ、どんどんと遠ざかる。
 赤いテールライトが点のように小さくなってから、彼女は携帯を取り出した。
 電源を入れると何通ものメールが受信される。すべて父親からの安否確認のメールだ。着信も何度も記録されている。
 彼女は暫くの間それを眺めてから、かじかむ指で『今、U駅に着いた』とメールを入力し、父親宛に発信する。
 すぐにメール受信のコールが鳴る。父親からだ。
『すぐ迎えに行くそこにいろ』慌てて打ち込んだ様子が思い浮かぶ。彼女は安心感を覚えたが、それには悔しさも混じっている。
 彼女は待合室には入らず、そのままホームで待つことにした。
 
 15分ほど経っただろうか?意地を張ったことを後悔するほど凍えたころ、薄明の中に2つのヘッドライトが現れた。
 本来は牧草地である荒野の中の一本道を速度を上げて走ってくる。デコボコの路面に激しく揺さぶられているがお構いなした。
 やがて十字路に差し掛かり、駅の方へ方向を変えた。
 聞き覚えのあるエンジン音と、壊れそうなサスペンションの軋み音が聞こえ始めた。

2017.12.02
2023.08.07 シリーズ化にあたって若干の修正
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

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