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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

ドットビズ  隣の天使

この作品は、毎年恒例の八少女夕さんの企画「scriviamo! 2023」への参加作品です。

scriviamo!


ドットビズ  隣の天使

 繁華街・・・から少し離れた下町の、さらにその裏通りにある小さな画廊の、接客用の見かけだけは豪華なソファーに、一人の男が座っていた。
 いくら場末の画廊とはいえ、そこにふさわしい恰好とはとても言えたものではない。ダウンジャケットにブルージーンズ、茶色のスニーカー、どれも体に馴染んではいるが相当にくたびれた代物だ。
「ほらよ!ベージン」向かいに座ったオーナーが男に封筒を手渡した。
 ベージンと呼ばれた男は不信顔でそれを受け取り、その場で中身が少なくない現金であることを確認した。「どういうことだ?」
「売れたんや。世の中には物好きもいるもんやな」オーナーはベージンの肩をポンと叩きながら言った。
「あの絵がか?」ベージンは念のために確認する。
「売れた言うたらあの絵に決まっとるがな。儂とお前の仲やし、儂も面白いと思うたから隅っこに置かせとったんやが、あっけなく買い手が見つかってな。もう少し値ぇを高こう付けといてもよかったかな思うとるぐらいや」
「驚いたな。あの絵がこんな値段で・・・」丁寧に札を数えながらベージンは言った。
「もちろん仲介料と諸費用は引かせてもろうとるが、それがお前の取り分や」
「そうか」ベージンはこみあげてくる笑いを堪えた。
「なぁ、サインには.Bizとあるけど作者は誰や。頭のドットいうのがミソやな。とにかく儂にそのドットビズとやらを紹介せぇ」
「いやなこった。直接取引されてたまるもんか。オレがきっちりエージェントを勤めさせてもらうさ」
「がめついやっちゃ。せやけどちゃんと作者に利益は還元せぇよ。お前のこっちゃ。競馬やパチンコにつぎ込んだらあかんで」
「ちゃんとやるさ」ベージンはニヤリと笑った。
「ほんまかいな?」オーナーは疑りの目を向けた。これまでにこの男がちゃんとやったためしはない。浮いた金があれば湯水のごとく博打に注ぎ込んでしまうのだ。
「まぁええわ。その作家の他の作品があるんやったら悪いようにはせん。儂のところに持ち込んでくれ。もっと大きいサイズがあったらなおええんやが」オーナーの商魂は良心よりもずっとたくましい。
「大きいサイズ?聞いておくよ」ベージンは意気揚々と画廊を後にした。

 電車はまるで減速を強いられるのが不満であるかのようにブレーキを軋ませながら停車した。
 そこは都心にあるターミナル駅のすぐ手前に付け足すように設けられ、そのまま繁栄の女神に忘れられてしまったような不憫な駅だった。切れかけの蛍光灯に照らされた薄暗い地下ホームは電車4両分の長さしかなく、8両編成の「特急」や「急行」はおろか、6両編成の「普通電車」も通過する。かろうじて残された4両編成の「各駅停車」だけが1時間に1本か2本停車するだけだ。
 膨らんだショルダーバッグを肩にかけ、両手に重そうにエコバッグを下げたベージンはコンクリートがむき出しの薄暗い階段を上り、かろうじてICカード読み取り機が置かれた有人の改札を抜けた。どうやら鉄道会社は自動改札機を設置する気もないようだ。
 駅は大きな公園の最寄りなのだが、ターミナルとは僅かしか離れていないため、わざわざこの駅を使う人は少ない。ベージンは公園とは反対側に向かい、下町情緒たっぷりの住宅街へ出た。
 住宅街は台地の上に広がっている。そこには雑多な古い建物か不規則に詰め込まれ、建物と建物の隙間には入り組んだ細い路地が脈絡もなく入り込んでいる。何気なく立ち寄った人が何の知識もなくここに迷い込んだら脱出するのに難儀しそうだ。
 ベージンはそのうちのひとつの路地を選び、始めは道なりに、続いてさらに細い路地を右に左に折れながら進み、やがてひとつの古ぼけたアパートの前にたどり着いた。
 三階建てのそのアパートは鉄筋コンクリート構造だったが、いかにも古ぼけていて前時代的だった。玄関は単純にその役割を果たせばいいというだけの単純な作りで、そこから奥に続く階段もそれに準じた作りだ。ベージンはその玄関脇に設けられた郵便ポストにチラリと目をやり、赤木とプリントされた紙片が示されたポストになにも届いていないのを確認してから、ひび割れた階段を3階まで昇った。3階の廊下の一番奥、愛層のない鉄の扉が目的地だ。
 暗い廊下には古いアパート特有の匂いがする。様々な人間の長期にわたる生活が生み出す混然とした匂いだ。長く住んでいればそういう匂いにも慣れてしまのだろうが、ここを住処にしていない者にはいつまでも心休まる匂いになることはない。ベージンは足早に廊下を進み、ポケットから鍵を取り出すと鍵を開けた。
 部屋の中は静まり返っていたが、玄関に置かれた薄汚れたズック靴が住人の在宅を告げている。ベージンはズック靴の隣に靴を脱ぎ捨て、暗い廊下を奥へと進む。突き当りは一応のリビングだったが、そこを覗き込みながら中に向かって声をかけた。「ビズ!いるんだろ?」
 カーテンが閉じられた6畳ほどの小さなリビングは雑多な物であふれていて、奥には大きな机が窓に向かって置かれている。デスクライトに照らされた机ではこの部屋の住人が作業に夢中になっていて、まるまった背中をこちらに向けている。こちらを振り返る様子はない。
「ビズッ!!!」ベージンはさらに大きな声で呼びかけた。
 部屋の住人は肩をビクリと震わせてからようやくこちらに顔を向けた。
「なんだ。ベージンかぁ。脅かさないでよぉ」けだるい雰囲気で答えたのは赤木ビズ。この部屋の住人だ。肩の位置でカットされたフワリとした黒い髪を制作の邪魔にならないように後ろで短く纏め、様々な絵の具で汚れた濃いグレーの作業服を着ている。少しこけた頬にはピンクとグリーンの絵具が、遠慮がちに上を向いた鼻にはブルーの絵の具がこすれた後を残している。どうせ徹夜を続けたのだろう。猫のようにクルリとした大きな黒い瞳は眠そうによどみ、いつもなら引き結ぶように閉じられている小さめの口は少し開いて白い歯が覗いている。
「どうせ食べてないんだろ。食料の配給だ」ベージンは下げていたバッグを下ろし、中から品物を取り出した。まずビズが簡単に調理できる各種インスタント食品、牛乳やオレンジジュース、そしてベージンが調理するのを前提とした様々な野菜と果物、魚と肉、豆腐、チーズ、卵パック、ドレッシングや調味料、最後に一番底から冷えた缶ビールの6缶パック。
「うわ~!ありがとう」ビズは礼を言い、さっそく6缶パックから1缶を取り出し、「合格!冷え冷えだ」と、嬉しそうにプルタブを開け豪快に飲み干した。
「ここに入れておくぞ」ベージンは買い物を棚と冷蔵庫に分類して収納する。
「今度はいつまで居られるの?」ビズが背中から声をかける。
「1週間くらいかな?」冷蔵庫を覗き込んだままベージンが答える。
「そのあとは?」
「また出かけなくちゃならない」
「長い?」ビズは首を小さく傾げながら質問を続ける。
「さあなぁ・・・風の吹くまま気の向くままってとこだな」
「旅から旅への旅ガラス?」
「そうってことよ・・・」ベージンはおどけた調子で言うと思いついたように続けた。「それから頼まれていた写真。このメモリーに入れておいたから」と、SDカードを取り出した。
「ありがとう」再び礼を言ってビズはメモリーを受け取り、部屋の隅に埋もれていたパソコンを掘り出し、起動して接続する。
 ビズの作品は写真をキャンバスに見立て、その上にアクリル絵の具で自分のイメージを描くものだ。写真はモノクロでもカラーでもその時の気分によって選択され、それをプリントしたものの上に彼女が抱いたイメージが大胆に描き込まれた。写真は風景写真であることが多く、たまに静物写真が選ばれることもあった。描かれるのはベースとなった写真に写された空のイメージであったり、海のイメージであったり、時には写真とは全く関係のないモチーフであったりした。
 始め写真は自分で撮影したものを使っていたが、途中からベージンが撮りためた写真から選んで使うようになった。選ばれると嬉しいもので、ベージンも作品として使われることを目標に様々な写真を撮影するようになった。今日もそのようにして撮影した作品を持参してきたのだ。
「う~ん」ビズは写真のコピーを済ませるとファイルをサムネールで開き、「これとこれを使おうかな・・・」イメージに会うものを選び出す。
「なんならそれをこれまでより大きなサイズで印刷してきてやろうか?たとえばB0とかB1とか・・・」ベージンはビズの隣に腰かけ、何気ない風を装い提案する。
「それだとかなり大きくなるよね。うん、B2サイズぐらいなら・・・そういうのもやってみたいかも」ビズが視線を上げた。
「そうか!」ベージンは笑顔になった。「ファイル番号を確認させてくれ。印刷してきてやるよ」
 ベージンが笑顔になるとビズはやはり嬉しいようで「OK!頑張っちゃおうかな?」と、彼の肩に頭をのせる。
「おい!頭」ベージンはビズの肩に腕を回したところで動きを止めた。
「なに?」ビズはベージンに顔を向ける。
「ちょっとくさいぞ。お前、何日風呂に入ってない?」
「え?そう?でもちゃんと金曜ロードショーで魔女宅を見た後で入ったからそんなには・・・」ビズは自分の二の腕のにおいを嗅ぐ。
「今日何曜日だと思ってるんだ?金曜日は5日も前だぞ!」そう言ってからベージンは一拍間を置き、そして続けた。「それに魔女宅って、たしか放送はその前の週だったはずだ」
「そうだったっけ?」ビズの返答はとぼけているわけではないようだ。
 ベージンは無言でビズの首根っこをつかむとユーティリティーに連れていき、シャワーの温度をセットするとそのまま浴室に放り込んだ。まもなくシャワーを浴びる音が聞こえ始める。
「頭もちゃんと洗うんだぞ」
「は~い」呑気な返事が帰ってくる。
 ベージンはそれを確認すると急いでリビングに戻り、部屋の隅の棚に納められたたくさんの作品の中から適当なものを2点選び出した。筆立ての中から白い絵具のついた細筆を取り出し、パレットに出された白い絵の具をつけた。そして2点の作品に手早く .Biz と描き込むと絵具がこすれないように慎重にショルダーバッグの中に入れた。

おしまい

2023.02.27
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

 
執筆、お疲れさまでした。

またまた、不思議なカップル(?)の登場ですね。
それぞれの素性はわかりませんが、素材の写真を提供する旅がらすと、寝食入浴まで忘れて創作に没頭する引きこもり画家の取り合わせが、斬新でなかなか面白いです。
ベージン、売上代金をギャンブルで溶かさずに、ちゃんと食料を届けるあたり、ビズのよき保護者でもありますね。
「となりの天使」シリーズということは、もしかしたら隣人から同居になったパターン? と思いながら読ませてもらいましたが、恋愛関係はなさそうな感じで、ベージンの行動を見ていると親子のような関係に見えます。
ところで、ビズの創作スタイル、なんだろうと思って調べてみたら、実際にあるんですね。表現されているものが思想的というか抽象的ですので、なかなかわかりづらいですが。
ビズの家の最寄り駅は、阪神電鉄旧春日野道駅でしょうか。画廊のオッサンも関西弁だし。
あれこれ想像しながら、楽しく読ませていただきました。
TOM-Fさん 
そうですね。このシリーズには変なカップルがたびたび登場するのですが、このカップルはその中でも最強の取り合わせになるのかもしれません。
ベージン、よき保護者を装ってはいますが、ビズの絵は届けられた食料よりだいぶ高値で売れていますから、その差額はポッポ内々・・・ということになっているはずです。
恋愛関係とはちょっと違うかもしれませんが、たぶん男と女の関係にはなっています。
そしてベージン、ああやって絵にサインを入れてこっそり売り飛ばし、博打かなんかの資金にするんですよ。大きいサイズを書かせるめども立ちましたしね。
けっこう酷い奴なのですが、ビズは絵で世に出ようとか、生計を立てようなんてこれっぽっちも思っていません。
ですから、このベージンの行動が契機となって彼女の才能が認められるようなことになれは、流れはいい方向に変わっていくかもしれません・・・。

あ、やっぱりTOM-Fさん、反応がありました。
ビズの家の最寄り駅のモデル、実は京成電鉄の旧博物館動物園駅なんです。

コメントありがとうございました。
 
おお?

なんか、もしかしてベージン、ビズに依頼されて作品を売っているんじゃなくて、勝手に持っていって儲けている?
ズボラだからわからないだろうと思っているのかしら。でも、じつはビズはわかっていて容認しているのかもしれませんね。何が正しくて、何が幸せか、みたいな問題は、周りの正義なんかはどうでもよくて、本人たちがそれでよければいいのかも?

ある意味(いい意味ですよ)サキさんらしさが爆発していて、とても面白い作品でのご参加、ありがとうございます。
お返しどうしよう。頑張りますので少々お待ちくださいね。
夕さん 
ベージン、黙って勝手に作品を持ち出して儲けている?ええ、もしかしてそうかも・・・。ビズもわかっていて容認している?ええ、もしかしてそうかもしれません。彼女は絵を描くこと以外にはほとんど興味を示しませんから、勝手に作品を持っていかれても、それを咎めることはないかも・・・。
でもね、彼女は彼さえいれば、絵だけを描いて、他に何をしなくても生活できるんですよ。一般的に見れば二人の関係性はとても歪んでいるように見えますが、彼女にとっては天国のような状況なのかもしれません。
ベージンにとってもビズは博徒を続けるための重要な金づるになったのですが、それはついさっきのことです。これまでずっと世話を焼いてきたのはそれを予想してのことではないと思います。そして動機はどうあれ、ビズの作品を世に送り出そうとしているのはベージンの不純な行動です。
本当に二人が何をどう考え、感じているのか、何が正しいのかわかりません。

え?爆発していますか?それは嬉しい評価です。お返しを楽しみにしていますが、無理のない範囲でお願いしますね。
 
うーん、何気なくも良い変化の始まりのようで、暴風雨到来の気配がひしひしと。
絵の無断持ち出しも始まったばかりで、まだベージンも収入源が増えた程度の感覚にみえますし、ビズが良いなら良いのかもしれませんが。
絵の評価がそこそこで落ち着けばいいけれど、思った以上に売れだしてどんどん大事になる未来が見えるようです。
ビズの才能が認められるのは良いことなのでしょうが、それは彼女にとって本当に良いこと、なのかなあ?
勿論、認められて悪いはずがないのですが、当人の意向はどうあれ、周囲が不必要に大騒ぎになりそう。

それはそれとして、自分の好きなことだけしていればいいのは、確かに天国でしょうね。
でも、ご飯とお風呂はちゃんとしたほうが良いと思うな。

執筆お疲れさまでした。
志士朗さん 
あ~、そうですね。暴風雨がやってくるのかもしれませんね。
ビズは今のところ作品さえ描ければ満足なので、過去に描いた自分の作品について管理していません。たぶんベージンが少々持ち出しても気づきませんね。
でもね、サキの設定では志士朗さんの予感通り大事になっていきます。
書く予定はないにしても、そういう風に設定しておいた方が面白いですからね。
ビズとしてはこのまま自由に作品を作れる環境が続けばそれでよかったのですが、生きていくにはお金も必要ですし、描いたものを誰かに見てもらいたいという欲求はあるでしょう。ベージンのマネージメントがビズにとって良い方向へ向かうものになることを祈っています。
はい、お風呂と食事、ちゃんとするように言っておきます。たぶん聞いてないと思うけど・・・。

コメントありがとうございました。
Happy birthday! 
サキさん、お誕生日おめでとうございます。

何よりも、ご健康をお祈りします。
そして、楽しいことがたくさんあって、グルメもし放題で、執筆もノリノリになる1年でありますように!
夕さん Re: Happy birthday! 
お祝いコメントありがとうございます。

ここのところ調子は良いので、この状態を維持できればと思っています。
小説、少しずつは書いているのですがなかなか進みません。
ノリノリで書ける一年になるといいなぁ。

 
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