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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

モンサオ(monção)

この作品は、毎年恒例の八少女夕さんの企画「scriviamo! 2023」への参加作品です。

scriviamo!


モンサオ(monção)

 僕は一瞬混乱の中に放り込まれた。
 やがて揺れ動く思考は抑え込まれ、ゆっくりと感覚が戻ってくる。
 緩やかな揺れ、継続するノイズはジェットエンジンの音だ。そう、ここは旅客機のキャビンだ。 どうやらいつの間にか窓際の壁によりかかったまま眠ってしまったようだ。羽田を発って飛び続けること12時間、フランクフルトでトランジット、空港内の免税店やロビーで数時間待たされた後ポルト行きに乗り換えて・・・。
 腕時計に目をやると23時、時間的に考えて飛行機はポルトガルの、しかもポルト付近を飛んでいるはずだ。窓の外には闇が広がっている。
 飛行機はだいぶ高度を下げているようだ。窓ガラスに頭を寄せて下界を見下ろすと、真っ黒な背景(もちろんそれはイヴェリアの大地だ)の上に点々と灯りが見える。その一つ一つはそれぞれが人の営みを表した窓明かりや街灯で、その集まりは集落だ。冬の空気は濁りが少なく、それが幾つも幾つもクッキリと浮かび上がっている。
 だが、何度も見下ろしたことのあるはずのその光景は、僕が見慣れたものとは大きく違っている。
 日本で同じような光景を目にする場合、それは真っ暗な大地の上にそれこそ宝石箱をぶちまけたように赤・青・緑・黄・白などあらゆる色が混在し、しかもそれは瞬いたりきらめいたりもする。
 だが、今目の前にあるのは全く異なった光景だ。すべての灯りはほぼ黄色に統一され、しかもそれは瞬きもせず、きらめきもせず、飛行機の移動に合わせて静かに後方に流れてゆく。 
 僕は食い入るようにその光景を見つめていた。
「綺麗だね・・・」窓から2列目、僕の隣に座っていた女性がつぶやいた。日本語だったから僕に声をかけたのは明らかだ。
 ゆったりとしたベージュのロングニットにストレートのデニムパンツ、首元からは細かい柄のシンプルなシャツの襟が覗いている。黒い髪は肩にかかるくらいでフワリとカットされ、クリッとした大きな目、黒い瞳、ちょっと上を向いた小さな鼻、凜々しい口元はそれぞれに主張が強すぎるきらいはあるが、なかなか魅力的だ。アラフォー前半、たしか僕と同じはずだ。
 彼女とは羽田からフランクフルト、そしてポルトまでの乗継便とずっと同じ便だった。フランクフルトまでは席も近かったし、トランジットでも一緒だった。おまけにこの便では隣席だったから、もうほぼ一日一緒に行動しているようなものだ。これまで会話を交わす機会は無かったものの、トランジットのトラブルで強いられた重いスーツケースを引いての苦行(冬のスーツケースは特に重い)は連帯感を生み、お互いに黙礼程度は交し合うようになっていた。
 だが、僕は彼女が誰かを知っていた。

 彼女はミク・エストレーラ、プロのオペラ歌手だ。日本での知名度はそれほど高くはないが、その実力は僕らコアなオペラファンの間では話題になり始めている。当然僕は彼女の写真や動画(やはり歌声は魅力的だった)を目にしたことがあったから、羽田のロビーで見かけたときもすぐに彼女だと気が付いた。一応迷惑だと思って声はかけなかったのだが、まさかここで話しかけられるとは・・・。僕はドキドキしながら返事を返した。
「そうですね。灯りの色なんか、日本とはだいぶ違いますね」
「ここへ始めて来たときからずっと不思議に思っていたの・・・」
「ずっと?」
「そう、ずっと。どうしてなのかなって?日本人より瞳の色が薄いから?とか、文化の違い?とか、規制されているから?とか、いろいろ考えたんだけど、今でもどうしてかは知らないの。調べなかったの、20年も経つのに・・・」彼女は笑顔をこちらに向けた。動画や写真ではいつも生真面目な顔を見せていたから、笑顔を見たのはこれが初めてのはずだ。だが、その笑顔は僕の深層意識に働きかける微妙な何かを持っていた。
「20年?」
「そう、まだ高校生だった頃・・・」彼女は僕の頭越しに窓の外の光景を眺めた。
「高校生の頃、ここへ?」
「ええ」
「観光でですか?」
「ううん」彼女は小さく首を振った。「日本を離れてここポルトに移住したの。始めて来たときはどんな町なのかなぁって凄く不安だった。1人で飛行機を乗り継いで・・・今と同じように夜中に着いたの。ふと目覚めてこの光景を見下ろして凄く不思議に思ったんだけど、灯りの1つ1つに人間味を感じて不安は少しずつやわらいだわ・・・」
 ミク、高校生?ポルト?その言葉はずっと過去に埋もれていた僕の記憶を呼び覚ました。

 高校の修学旅行の時だ。最終行程の飛行機は機材のやりくりで出発が遅れ、窓の外はすでに夕闇を通り越し夜が始まろうとしていた。
 窓際に座った彼女は誰とも打ち解けず、ずっと窓から下を覗いていた。その隣の席で僕は居心地の悪さを感じながら、そっと彼女の様子を観察していた。彼女の頭越しに風景が目に入る。着陸前、飛行機は大都市の上空を低空で通過していて、窓の外には黒いテーブルにあらゆる色の宝石をばら撒いたような光景が広がっていた。
 宝石は前の方から新しいものが次々と現れ、飛行機の移動に合わせて静かに後方に流れてゆく。
「綺麗だね・・・」僕は誰にともなくつぶやいた。
 彼女は驚いたように顔を上げた。本当に驚いたのだろう、彼女の口はポカリと開いてしまっている。そりゃそうだろう。今までこのクラスで彼女に話しかける奴など皆無だったのだから。旅先の首里城でも今帰仁城跡(なきじんじょうあと)でも彼女はずっと1人だった。僕は沖縄独特の建造物に興味があったから、ダベリ中心の友人達とは離れ1人で城内を巡ったのだが、クラスメイトと連(つる)まず1人で行動する彼女の姿は目を惹いた。紅白に彩られた御庭(うなー)や城壁の上で1人佇む彼女はとても印象的だった。
 学年の始めに転校してきた僕には詳しい事情はわからなかったが、クラスの中で彼女は完全に浮いていた。家族関係の良くない噂が原因のようだったが、長いツインテールの髪や、キュートな顔立ちなど、彼女の目立つ容姿がそれをさらに悪い方向に向かわせた。それに彼女は他人におもねるような態度を取ることも、自分が置かれた立場によって態度を変えることも無かったから、彼女のクラス内での立場はいっそう孤立化していた。
 僕は途中加入の傍観者としてそれには係わらないようにしていたが、そのやり方には理不尽さを感じていた。それが僕にこの行動を取らせたのかもしれない。その時は飛行機を降りるまでの間、誰にも気付かれないように会話を交わし、その後半彼女は僕に笑顔を見せた。これが何かのきっかけになるかも・・・と微かに期待を抱いたのだが、間もなく彼女は転校し、それっきりになってしまった。担任に詳しいことを訊いても個人情報の壁は厚く、ポルトガルのポルトという町の親戚のところへ行ったらしいというところまでしかわからなかった。

 彼女だ。きっとそうだ。そう思って見ると顔に面影があるし、ミクという名前も同じだ。それにこのシチュエーションで話しかけてくるなんて、彼女も僕に気付いているとしか考えられない。まさかまさかだ。あのミク・エストレーラが彼女だったなんて。
 その時機体が左右に揺れた。窓に目をやるとさっきよりもずっと早く窓の外を光が流れ去る。着陸だ。ドドンッ!メインギア(着陸用車輪)が、続けてズン!フロントギアが滑走路を捉える。リバースがかかり急激に減速する。そのまま機体は誘導路に入り到着のアナウンスが流れ始める。彼女はもう僕から目を外して降りる用意を始めている。やがて機体はゆっくりとスポットに停止した。乗客達は慌ただしく立ち上がりオーバーヘッドビンを開けて荷物を取り出し始めた。ドアが開く。乗客が前方へ流れ始め、彼女も荷物を持って通路に出た。ニッコリと頬笑んで右手を振り、小さく頭を下げてからドアへ向かって流れてゆく。僕は戸惑いながら頬笑みを返した後、慌てて降りる用意を始めた。

 僕はバゲッジクレームで荷物が流れてくるのを待ちながら無意識に彼女を捜していた。我ながら未練たらしいとは思ったのだが、このままではあまりに消化不良だった。
 ようやく彼女の黒い髪を見つけたとき、すでに彼女はスーツケースを受け取り。出口の方へ向かって歩き始めていた。丁度その時目の前に僕のスーツケースが流れてきた。大慌てでそれを受け取り彼女の後を追う。出口のゲートをくぐると少し先を彼女がゆっくりと歩いている。右手を挙げた。「ジョゼ!」彼女の視線の先には若い男がいる。ジョゼと呼ばれた若い男はにこやかに近寄り、彼女をしっかりと抱きしめた。続けて頬を寄せる。
 僕は妙に安心した気持ちになって(もちろんガッカリもした)、2人の傍を通り過ぎた。
 2人は抱擁を続けていた。

 おしまい

 2023.02.04
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

 
執筆、お疲れさまでした。

冒頭の、飛行機から夜景を見下ろす描写、「宝石箱」は世界共通かと思いましたが、スペインでは様子がちがうんですね。なるほど、照明が違うのか。なんででしょうねぇ。

偶然に席が隣り合った魅力的な外見のアラフォー女性、なんと、ミクでしたか。彼女がそんな年齢になっているとは、ちょっと驚きました。喉はすっかり良くなって、大活躍しているようで、ほっとしました。
そしてなんと、語り手君はミクの同級生でしたか。修学旅行での馴れ初めから、帰路の飛行機でのひそやかなやりとり。まあ、そういう関係に発展することを、期待するなと言う方が酷ですよね。高校生どうし、だし。
羽田からいっしょということは、里帰りというわけでもなさそうですね。二十年以上がすぎての、思いがけない再会。憶えていてくれたことや、奇しくも飛行機でのひとときの共有と、シチュエーションは整っていたんですがねぇ。語り手君、ミクの現況を心配しつつも、期待してしまう気持ちもわかります。が。残念ながら、季節風にも乗れずに二連敗ですか。完全に対象外扱いで、こりゃジョゼがいなくてもダメだった感じですね(笑)
 
こんにちは。
先日は失礼しました。
今回は、名前あるか確認して……。うん、書いてある、大丈夫。

そして、おお、久しぶりのミク! (と、ジョゼ)
健在で、しかも順調に活躍しているんですね。よかったよかった。

そうそう。ポルトに到着、夜は1度もないんですけれど、早朝の光はめっちゃオレンジだった記憶があります。
そもそもカラフルなネオンサインって、あまりないですよね、あっち。なんでだろう。オレンジの光は、柔らかくて私も好きです。我が家も照明ではとにかく白熱灯は使わないようにしています。ただ、本を読むときには不便なんですよね……。

なんてことはさておき、ミクの高校の同級生くん登場ですね。ミクは、憶えていたんだろうか。高校時代、1人でも大丈夫だったとしても、やはり話しかけてくれたことは嬉しかったはずだと思いますが。

とはいえ、まあ、20年後に「うまくいけば」は無理だったみたいですね。そりゃそうだよなあ……。残念。

無事にお返し書けたので、水曜日に発表しますね!
ご参加ありがとうございます!
TOM-Fさん 
街灯りはサキがポルトを訪れた時の体験をもとに書いているのですが、日本とは全然違っていて本当に不思議でした。何故だかはいまだに調べてませんけど・・・。
このブログの休眠期間が長かったので、ミクはアラフォー(30代後半)になってしまいました。実は子供もいる設定なのですが、ポルト到着が深夜になってしまいましたので登場させていません。メイコのところでお眠り、というところでしょうか。
ミクは小学生のころからいじめられっ子で孤立していましたので、こういう出会いがあっても許されるでしょう。語り手君、ちょっと積極性が不足していますね。・・・ということで、せっかくサキが用意した二回目の遭遇もやっぱり玉砕でした。残念!
そしてそうですね。ミクは羽田から乗っていますね。
ミクは故郷を捨てるように旅立っていますから少なくとも里帰りではなさそうです。
次の東京公演のゲネプロとか、なんか前向きな理由だったらいいなぁ・・・。

コメントありがとうございました。
夕さん 
大丈夫ですよ。
コメントを書いてくださる方は限られていますのですぐに想像がつきました。

そしてはい、久しぶりの作品ですのでミクを登場させてみました。
ミクとジョゼ、仲良くやっているようで、仕事も順調のようです。ミクはオペラの歌い手を続けているようですし、ジョゼはレストランのホールチーフぐらいでしょうか?劇的にはいっていないようですが、それなりにというところでいかがでしょうか。子供もいるんですよ。

サキのポルトガル旅行、ポルト到着は深夜(23時頃)だったんですよ(語り手君と同じ旅程です)。彼と同じように長旅に疲れてうとうとしていましたので、その経験をもとに書いてみました。
あの黄色い灯り、ノスタルジックで心になじむのですが、本を読むにはちょっと暗めでしょうか?そこだけスポットライトがあるとありがたいかも。

ミクは語り手君のことは覚えていたと思います。きっととても嬉しくてはっきりと記憶に残っていたんですよ。でも再チャレンジは玉砕でしたね。まぁ20年もたってしまってはしょうがないかなぁ。

え?もう書けたんですか?速!!!楽しみに待ちます。
コメントありがとうございました。
 
今晩は。
長期の移動に乗り換え、そして深夜の到着か……辛そう。
もう飛行機になんて何年も乗っていませんが、長期間座席に拘束されるあの体のガチガチ感はそう忘れられるものではありません。
そんな苦行と引き換えても、空からの眺めは最高だとも思いますが。

灯りの統一された夜景もさぞかし綺麗なのでしょうね。
ただ、想像しようとしたら、何故か夜の山道を思い出してしまいました。
まず明かりが少なく、色のバリエーションもなかったからだろうか……それにしてもだいぶ違うな。

20年経っても忘れずに引っかかっていた辺り、同級生君はやっぱり心配だったんだろうなあ。
幸せそうな姿を見て一安心したのも、少しがっかりしたのも良くわかります。
ただ、気付くのが遅いなー 席が隣だったんなら、もうちょっと早くなー
その時点で、「もしかして」はないのが確定していたような気もします。
逆に気が付かなかったからこそ、余計な期待で折角の再会をおかしな方向に持っていかずに済んでよかったのかも。
ミクさんにはもう、ジョゼさんがいますしね。
どちらにしても、遅すぎたのでしょう。

毎回思うのですが、情景とあいまったストーリーが素敵でした。
志士朗さん 
イベリア半島ってヨーロッパの一番向こうですから、たどり着までのにそれなりの時間がかかります。サキがツアーで行った時もこれくらいの時間の到着で、その時眼下に見えた夜景が物語のヒントになっていて、ここから物語を膨らませています。ほんとうに不思議な光景だったんですよ。なぜそんななのかは、いまだに調べていないのでわかりませんけど。

まぁ同級生君はあんな甘酸っぱい経験をしていますから、ミクのことははっきりと記憶に残っていたのですが、まさかこのミクがあのミクだとは・・・気が付いていなくても許してやってください。一方ミクの方は彼のことを覚えていたという設定にしています。あんな状況で話しかけてくれたのが嬉しかったんですよ。きっと・・・。
ただねぇ、いまさらここから新しい展開はありえません。玉砕ということで・・・。

読んでいただいて、そしてコメントをいただいてありがとうございました。

 
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