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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

PX125

scriviamo! この作品は八少女夕さんの「scriviamo! 2019」参加作品です。

「ベスパ?イタリアのスクーターの?」彼女は顔を上げて黒目がちの大きな目を見開いた。ショートにした黒髪とあいまってボーイッシュな印象だ。
「知ってるの?」隣の男は少し驚いた声を上げた。彼女がこんな反応をするとは思っていなかったようだ。風采はあまり挙がらないが誠実そうな男だった。

 駅前通を南にまっすぐ5分、信号のある小さな交差点を右に、さらに左手の細い路地の奥、隠れ家のように存在する小さな寿司屋、カウンターだけのこぢんまりとした店内は隅々まで清潔で気遣いが行き届いている。その店内の一番奥の席に2人は並んで腰掛けていた。
 男は半年ほど前、彼女の勤める研究所にやってきた。東京の大手メーカーから技術交流で派遣された若手の技術者だ。男は研究開発、彼女は広報と所属は違ったが、年齢が近いせいもあって、必然的に接する機会が多くなった。
 最初は同僚達と、ある時期からは2人だけで、あちこち出かけるようになったのは自然な流れだった。今日は何だかあらたまった様子でこの店に誘われたのだが、実は彼女はこの店を知っている。
 店は昭和初期から続く老舗で、今の店主は4代目、京都の名店で修行を積んだ料理人だ。祖母の代から3代続く付き合いで、店主とは顔なじみだったが、店に入ってすぐの目配せで知らないふりをしてくれていた。

「知ってます。スクーターですよね?ローマを舞台にした古い映画に出ていて、とっても可愛いくて印象的だった」彼女は明るく応じる。
「ローマの休日、かな?」男は遠慮気味に質問する。
「そんなタイトルだったかなぁ。カップルがスクーターで町を走り回る・・・」わかっていたけれど彼女はそんな答え方をした。
「それそれ。そのスクーター。あんなにクラシックなモデルじゃないんだけど、ベスパのスクーターを手に入れたんだ。しかもガソリンで動くやつ」
「・・・」どう反応すればいいんだろう?彼女は黙ったまま男を見つめる。
「あぁ、ごめん、つい夢中になって・・・」男は慌ててテーブルの上のグラスに手を伸ばした。
「大丈夫ですよ。乗り物は好きですから」彼女は笑顔で答えながら、たった今店主が握ってくれた握りを口に運ぶ。いつものようにネタは新鮮で酢飯の握り具合も絶妙だ。
「そう?」男は疑いの眼差しを彼女に向けた。
 彼女は幾筋かの気泡が立ち昇るグラスをそっと持ち上げ、ほんのりと琥珀を帯びた液体を口に含ぶ。
「おいしい」彼女は素直な感想を口にした。
 葡萄を原料とする酒なのに相性は抜群だ。
「よかった。僕は東京生まれだから、地元っ子の白川さんをどこへ連れて行ったらいいか迷ったんだ」
「おいしいですよ。素敵な店だし」そう言いながら彼女はちらりと店主のほうへ目をやる。店主は小さく微笑むと軽く頭を下げた。
 彼女は酒で口を湿らせてから話題を戻す。「でも、ベスパのガソリンエンジンモデルって20年以上前に無くなったでしょう?」
「詳しいね!」男は驚きの声を上げた。
「ピアッジオも大手に吸収されてそこのモビリティー部門になってるから、パーツの供給も不安だし、整備も大変そうですね」
「それが大丈夫なんだ。買った店できちんと整備してくれるんだ」
「どこの店ですか?」
「コンステレーションという古いバイクも扱うショップなんだ」彼女の問いに男は店の名前を挙げた。
「ああ、聞いたことがあります。たしか女の人が経営してる・・・」
「そうそう、若い頃からずっと整備をやっていて、とても腕が良いんだ」
「それなら安心ですね!」
「でも、驚いた!白川さんがこんなに詳しいなんて・・・」
「普段はこういう話、しないんです。思いっきり引かれますからね」
「そうかも、僕も少し引いたから・・・」
 2人は一緒に笑い、なおいっそう打ち解けた雰囲気になった。
「今度そのスクーターを見せてください」
「乗せてあげるよ」
「ローマの休日みたいに?」彼女は男を少し見上げるようにして言った。

 +++

「ご馳走様でした」店の入り口のところで待っていた彼女が頭を下げた。
「また誘ってもいいかな?」会計を済ませて出てきた男が遠慮気味に言った。
「ええ、喜んで」彼女は快活に応える。
 喜びに満たされた顔になって男は言った。「今日はタクシーで送っていくよ」
「あの・・・」彼女の顔が一瞬曇った。
「たしか山手の方だって言ってたよね?山手幹線を使えば通り道だし・・・」
 彼女は少しの間黙っていたが、やがて覚悟を決めたように「わかりました」と、小さく頷いた。
 すでにタクシーは手配されていたようで、程なく店の前に1台のタクシーが到着した。
 彼女が方面と通りの名を告げるとタクシーは走り始めた。
 JRと阪急のガードをくぐり、山手に入るとタクシーは徐々に高度を上げる。
「お客さん、この辺ですか?」運転手が声をかける。
「その信号を左へ入ってください」
「そこを右へ」
 彼女の指示で進むとやがて道は大きな門に突き当たった。
「お客さん、ここは・・・」
「あの・・・」男も不安な様子だ。
「ちょっと待ってください」彼女はバッグから携帯端末を取り出すと慣れた様子で操作した。
 音も無く大きな門扉が開いていく。
「入ってください。道なりで・・・」彼女は静かに指示した。
 運転手は驚いた様子で車を進める。
 男は黙ったまま辺りの様子をうかがっている。
 タクシーは山を登り幾つかのカーブを曲がり、大きな建物の車寄せに到着した。
「ここで結構です」彼女は冷たい声で告げた。
 車を降りると彼女は幅広い階段の前で振り返った。
「こんな立派なお屋敷のお嬢さんだったんですね」男が言った。
 彼女は小さくはにかんでから「隠すつもりはなかったんですけど、ここが私の家です」と、はっきりとした口調で話した。
「そう・・・ですか」男の困惑した様子が見て取れる。
「今日はありがとうございました」男の固い表情を見ながら彼女は別れを告げ、ゆっくりと頭を下げた。
「おやすみなさい」そして、くるりと振り向いて階段を駆け上がる。
 タクシーがゆっくりと車寄せを出る気配があったが、彼女はもう振り向かない。
「おかえりなさいませ。エル様」階段を上りきった先には老人が立っていた。全体に白くなった髪で相応の年だとわかるが、背筋をピンと伸ばしたシルエットは年齢を感じさせない。
「黒磯」彼女は老人の前で動きを止めた。
「いきなりここにお連れになるとは、冒険をされましたね」
「いい人なの。だから、それだけにいつまでも仮面を被ったままお付き合いをするのもどうかなぁって思ったの」
「だからといっていきなりこれでは・・・エル様らしいというか、驚いておられましたでしょう?」
「うん、はっきり言って、相当引かれた。もうメールも来ないと思う」
「そうでしょうか?この後どうなったのか、またこっそりとお教えください」
「わかった。黒磯にだけは教えてあげる。でも香澄には言っちゃだめだよ」
「かしこまりました」老人は静かに頭を下げた。

 +++

 土曜日、半日だけの勤務が残業になって、もう午後3時をまわっている。
 そろそろ桜も開花しようという時期なのに、今日もうららかとは程遠い曇天だった。
 坂の上に立つ研究所の門を出てバス停までの道を下り始めていたエルは、急に視界の隅が明るくなったような気がして、そちらへ顔を向けた。
 雲の隙間から陽光が漏れ、斜めになった幾筋もの光線の柱が眼下に広がる海に達している。
“天使の梯子”と呼ばれる現象だ。
 キラキラと輝く海は徐々にその面積を増し、天気が回復に向かっていることを告げている。
 ここのところ、まるでエルの心を写し取ったようにずっと曇天だった空は、彼女の気持ちを置き去りにして春への変化を開始したようだ。
 エルは暫くの間立ち止まり、その風景を眺めてから視線を元に戻した。
 思い出したように腕時計を見てため息をつく。
 そしてバスを1本諦めることにして、ゆっくりと歩き始めた。
「どうしたの?ここのところずっとそんな調子ね」後ろから追いついてきたチームの先輩が声をかけてきた。
「なんでもないです・・・」
「失恋?」並んで歩きながら先輩の声はからかうようなニュアンスを含んでいる。
「そんなんじゃないです」エルは笑顔を作る。
「何か私にできることがあったら言ってね」
「ありがとうございます。でも大丈夫です」エルはまたため息をつきそうになったがあわてて飲み込んだ。
「バスに乗らなきゃ・・・あなたは?」
 エルは小さく首を横に振った。
「じゃ、お先に」
 彼女は駆け足になって坂を下って行く。
 エルはいっそうゆっくりになって彼女との距離をあけた。
 あの出来事の後、彼からの連絡は無い。
 これまで何度か経験したことだから覚悟の上の行動だったが、やはり現実になると心に重くのしかかってくる。
『隠すのは嫌だもの・・・いつまでも仮面を被っていたって何も始まらないし・・・』
 エルはまたため息をついたが、ふと何かに気がついたように顔を上げた。
「何の音だろう?」エルは耳を澄ませる。聞き慣れない音だ。
 聞きようによっては蜂の羽音にも聞こえる少し甲高い振動音だ。
 そのノイズとも呼べる音は徐々に大きくなっていく。
 やがて坂道の下にその正体が姿を現した。
「あ・・・」エルは小さく口を開けて歩みを止めた。
 甲高い音を響かせ、白煙をたなびかせながらスクーターが坂を駆け上ってくる。
 ベスパだった。
 ベスパはエルの横を通り過ぎ急停車した。そしてユーターンして戻ってくる。
「よかった。もう帰ってしまったかと思った」彼の声だ。
「このあいだはどうもありがとうございました」エルは様子をうかがうように礼を言った。あの出来事の後、彼と顔を合わせるのは初めてだったからだ。
「とんでもない、お礼を言われるほどの事じゃないよ」彼はいつものようににこやかだ。
「でも・・・」
「それよりこれ!」彼はスクーターを左右に揺らした。
「ついに来たんですね」
「やっとね、バイクショップの店長が完璧に拘って納車が遅れたんだ」
「PX125?最後の2ストロークモデルですね。よく手に入りましたね」
「このモデルの後は排ガス規制で4ストロークになって、今は電動ばかりになったからね。でも、ほんとうによく知ってるね。」
「ちょっと調べたんですよ」エルはようやく笑顔になった。
「乗ってみるかい?」彼はキャリアに積んであったバッグからヘルメットと上着を取り出した。最初からそうするつもりでやって来たようだ。
「・・・ええ、喜んで」一瞬間を置いてからエルは答えた。
 この町に桜の開花宣言が出されたのは翌日の午前中、久しぶりに晴れ上がった青空の下でのことだった。

 おしまい・・・

追記と解説へ続く(読んでね!)


2019.01.29
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

 
おお、リクエストを叶えていただきありがとうございます。

なるほどシンクロしていたという件は、このことでしたか。ふむふむ、確かに。

黒磯パパと香澄はいぶし銀の魅力を振りまき、ずっとお仕えしているのですね。
解説の設定に驚きましたけれど、ええー、絵夢の娘! いつかちょっとだけ出てきたあの子ですね。なんと絵夢はご実家に戻っていたんですね。わお。何があったんだ〜、それも読みたいです。

「ローマの休日」的なデートをするのも、時代が変わると難しそうですよね。そうか、もう売っていないんだ。こちらではけっこう普通に走っているんですけれど、やはりヨーロッパって懐古主義な人が多いのかな。私は1967年製のMofaに乗っていて、さすがにそれに乗っていると皆が振り向きますけれど。

コトリが整備してくれたヴェスパで無事にデートにこぎ着けられそうで何よりです。これは黒磯に報告しなくちゃいけませんね。

大満足させていただきましたが、これは「scriviamo!」用でもあるということで、何かお返しを考えないと……。頑張りますので、少々お待ちくださいね。
 
執筆お疲れさまでした。

33333ヒット記念作品、第一弾ですね。
失礼な言い方になりますが、文章表現の幅や深みがぐっと増したように感じました。
天候の様子とヒロインの心情をうまく組み合わせていて、ちょっと感心しつつ、焦っちゃいました。私もいま、そういうのを書いているので。

さて。
黒磯氏メインかと思いきや、な、なんと、絵夢のお嬢さんが主役でしたか。
いやあ、なんといいますか、あの絵夢が結婚して(離婚しちゃってるみたいだけどw)子どもを持つことになろうとは。なんだか感慨深いですねぇ(しみじみ)

モチーフになさったTV番組は残念ながら思い当たりませんでしたが、絵夢のお話ではさほど気にならなかった、身分違いの恋愛ということが主軸になっていて、興味深かったです。
エルからすれば、(身分の違いなんて)気にしないでほしい、のでしょうけど、お相手からしたら、これは敷居が高いですよね。うんうん、わかるなぁ。
姓が白川だから、超セレブな家のお嬢様だとは、すぐにわからないわけですね。これは愉快な設定です。なんだかベスパの彼と、このままうまくいっちゃいそうな雲行きですけど、もったいないような気がします。もっといろいろと創作で遊べるぞ、この子(笑)

バイクの方は、すこし時代が先に行っていて、電動がメインになっているんですね。で内燃機関搭載のものは、クラシックカー的な、あるいはヴィンテージ的な扱いって感じですかね。ピアッジオだと、トライシクルとか、売っていそうだ。

サキさんのお話のいろんな要素が盛り込まれていて、たのしませていただきました。
夕さん 
エルが23歳(就職してますからね)だとすると、このお話は2044年のことで、黒磯パパと香澄は70歳台です。
たしかにいぶし銀世代になってますね。絵夢も50歳台ですから・・・。
さすがにガソリンエンジンのベスパは無くなっていそうです。

絵夢の離婚設定はかなり前からあって、ミクと絵夢が関空で出会っていた頃はすでに別居状態だったことになっています。
旦那は芸術家で、家庭を顧みなかったので、絵夢がエルを連れて家を出て実家に戻ったような格好になっています。
エルに白川性を名乗らせているので、本当に離婚しているのかはわかりませんが、完全に関係が切れているわけでもなさそうな・・・。

ベスパがキーワードに入っていましたので、必然的にというかなんというかコトリもからませています。コトリも50歳台になっていると思われますが、ヤキダマと二人で店を切り盛りしてるんだろうなぁ。親父さんは楽隠居でしょうか?もう亡くなってるとか・・・。
そんなこんなで妄想を膨らませてしまいましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
お返し、のんびりとお待ちしています。

コメントありがとうございました。
TOM-Fさん 
失礼なんてとんでもない!
誉めていただいてとても嬉しいです。
サキは単純ですから、少し持ち上げていただくだけで一週間はルンルンですし、次作創作(TOM-Fさんのリクエストに取りかかろうとしています)の励みになります。
頑張るぞ!
え?TOM-Fさんもこういう系統のお話を書いておられるのですか?
scriviamo! 用でしょうか?
楽しみにしています。

恋心を抱いていた女の子がヴィンデミアトリックス家に係わりのある人だったら、まぁ普通引いてしまいますよ。そういう部分を書いてみたかったので創り出したお話なのですが、ここに登場する名も無い彼はくじけません。恐い物知らずなのかも・・・。
そして、このお話は2044年という設定ですから、当然内燃機関は風前の灯火になっていると予想しています。
ましてや2ストロークなんて、ゲテモノ的な扱いになっているんでしょう。
彼はスクーターマニアなのですが、エルも母親の絵夢の血を引いて乗り物好きだったんですね。ウマが合うっていうか、うまくいけば良いのですが。

コメントありがとうございました。

 
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