Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

タービュランス

 それは全くの予想外の出来事でした。
 まさか人間が聖域の、しかも内院の最深部まで入り込んでくることなどあり得ない・・・そういう思い込みと油断、それとこれ以上はないくらい厳重と考えられていた防衛線にあったほんの僅かな隙・・・そこを的確に突かれたのです。
 チュチュは防衛線にほとんど交戦する時間を与えないまま懐深く入り込み、そのまま内院へと侵入しました。内院はほとんどのセクションが無人であるうえに、汚すことのできない神域ですから、一旦侵入を許せば脆いものです。中心部にたどり着くまでにそんなに時間はかかりません。飛び出してきたガーディアン達もチュチュの相手ではありませんでした。100体ほどもいたでしょうか。チュチュはヴァイブロブレードで、あっという間に全ての首をはね、そのまままったく立ち止まることなく前進を続け、固く閉じられた最内層の扉に穴を開け、勢いよく中に飛び込んだのです。
 その瞬間だけ、チュチュは僅かの時間立ちすくみました。
 立ちすくむ・・・などという行為はチュチュにしてはとても珍しい事だったのですが、目の前に広がる光景が、あまりに現実離れをしたものだったので、一瞬の間心を奪われてしまったのです。それはチュチュの想像をはるかに超えた光景でした。

 目の前にそびえるのは、チュチュの星にある海をも連想させるくらい、無限の水をたたえた水槽でした。あまりに巨大なので、いくら水が透明でも向こうの端までを見通すことも不可能に思えるほどです。
 もっともたとえ見えていたとしても、その巨大な水槽の中には直径1キュビット(約50cm)、厚さ1パーム(約10cm)程の円盤状の白い塊が無数に漂っているので、向こうの端まで見通すことはとうていできないのです。
 無数の白い円盤はその縁辺部を優雅に動かして、時々その一部や全体が、ある時は弱く、またある時は強く発光しながら、水中をゆっくりと移動していきます。一見無秩序に見えますが、お互いがぶつかりそうになると微妙に方向や速度を変えたり、変形したりするので、何らかの意思が働いているように見えます。
 実際、無数に漂うそれらは、それぞれが神経節を持つ生き物で、全体で大きな意思を持つと言われています。そして各々がテレパスで繋がり、連携してある種の演算をこなしているのです。
 電子の繋がりを利用した演算装置が世に登場して久しいのですが、彼等のテレパスのつながりは電子の流れより早く、時間的ロスがありません。それに熱もほとんど発しないので、あらゆる演算処理をこれまでの演算装置より高速でこなすことができるのです。
 彼等が行っているある種の演算、それを上手く利用すれば、空間と空間を結びつける結節点の位置が特定できます。そしてその情報があれば、空間と空間を任意に接続でき、光速を越える速度で移動することが可能になるのです。それは高速回廊と呼ばれ、その位置情報は聖域の内院にあるこの演算装置だけでしか得ることができないといわれています。

 あっ・・・と、短い時間焦点を失っていたチュチュの青緑色の虹彩は一瞬で機能を回復し、急いで頭を左右に振ってあたりを確認しました。
 危ないところでした。一瞬の油断が命取りになる、チュチュにとっては何度も叩き込まれた基本だったのですが、それを忘れていたのです。チュチュは大きく息をして緊張感を取り戻そうとしました。
 幸い水槽の前のスペースは何事もなかったかのように静まり返っています。
 チュチュは水槽に近づいて、左膝を立てて座りました。
 左足の付け根の関節を捻ると、カチッという衝撃があって左ひざの部分が開き、中から円錐形の弾頭が覗きます。安全装置を外し、後はトリガーを引くだけでチュチュの任務は達成されます。
 チュチュの命と共にすべてが終わるでしょう。
 目を瞑ろうとしたその時「あれ?」一瞬意識が途切れるのを感じてチュチュは動きを止めました。
「肝心なときに!」まるで貧血でも起こしたように意識が暗くなります。「なんだ?どうした?」チュチュはもう一度大きく息をしました。そして両の目をこすります。それでも意識が遠くなるのを止めることはできませんでした。

『チュチュ、チュチュ』チュチュは名前を呼ばれた様な気がして目を開けました。
 いつの間にか眠っていたのです。畑仕事を終え、一服しようと土手の斜面にゴロリと寝転んで空を見上げていたはずでした。
 真夏の太陽はすでに稜線のむこうに沈んでいましたが、熱気はまだ残っていて、あたりは草いきれに包まれていました。上空には薄明の空が広がり、そこに茜色に染まった飛行機雲が2本、仲良くならんで伸びていくところでした。
 飛行機雲の先で陽光をキラキラと反射しているのは、翼の形からして戦略爆撃機ではありません。きっと大型の旅客機なのでしょう。大海原を越え、旧大陸に向かっているのです。目的地までは12時間以上の長いフライトになるはずです。
 チュチュはもう自分が行く事の無い、遠い異国の街を思い浮かべようと、薄く目を閉じました。オレンジ色の屋根瓦のむこうに大きな石造りのドームがそびえています。その町へ行ったのはもう5年も前の事でしたが、チュチュははっきりと憶えていました。
「チュチュ」また声がします。
 チュチュは声のする方向に顔を向けました。
 視線の先には誰かの顔があります。
「誰?」チュチュは訝しげに眉を寄せました。
「失礼な奴だな。俺を忘れたのか?」誰かはムッとしたような声を出しました。
 チュチュは自分の脳が外側から中心に向かって順番に覚醒していく様を経験しました。まるで脳みその皺が丁寧に伸ばされていくような感覚です。
「ごめんダンバ、ちょっと寝ぼけてた」そうです。彼は幼馴染のダンバでした。
「疲れたのか?」心配そうな顔でこちらを覗き込んでいます。
「大丈夫、空を見ていたらちょっと眠くなった」チュチュは笑顔になって上半身を起こしました。
「旧大陸行きの便だろう。この時間にいつもここを通る」ダンバも空を見上げて言います。
 チュチュもまた黙って空を見上げました。2人の間に暫くの静かな時が流れてゆきます。
「本当に行ってしまうんだな」ダンバはチュチュの耳元に顔を寄せ、呟くように言いました。
 チュチュはダンバの方へ顔を向け「うん」と頷きました。
「どうしてお前なんだろうな」
「私しかできないから」間髪を入れずにチュチュが答えます。
「俺も一緒に行きたかった」
「私達の船はまだ私1人しか運べない」
「分かっていたことなんだ。だが、俺はまだお前を愛している」
「私もだよ」チュチュは自分がダンバに愛情を抱いていることを思い出しながら言いました。
「もうこうやって話すこともできなくなるんだな」
「聖域を破壊して高速回廊を使えなくすれば、私はもう寿命のあるうちにはここへ帰ってくることはできないもの」チュチュは生き長らえるつもりは毛頭ありませんでしたが、一応そういうふうに言いました。
「理不尽だと思わないか?」ダンバはフワリと肩の上で広がったチュチュの黒い髪に触れてから、そっと肩を抱き寄せました。
「思うよ。でもそうしないと高速回廊を使って奴らが押し寄せてくる。そうなったらこの星は滅んでしまうし、ダンバだって・・・」チュチュはダンバの胸に顔をうずめました。
 あぁ・・・ずっとこのままここにいられたらどんなに素敵だろう。チュチュはすべてを放り出してしまいたい感情に囚われました。
「このままどこかへ消えてしまえたらいいのに」消え入るような声でチュチュが言います。
「消えてしまおうか?」ダンバの声がしました。
「うん・・・」朦朧とした意識の中、チュチュは体の力を抜き、ゆっくりと目を閉じました。
「奴らがやって来たところで、必ずしもこの星が滅んでしまうとは限らないさ。支配されることはあっても、友好的に物事が進む可能性だってある」
 ダンバの胸に顔をうずめていたチュチュは違和感を感じ、少し顔を浮かせてダンバを見上げました。ダンバは虚ろな瞳でずっと遠くを見つめています。
 今、チュチュの心の中には小さな痺れのような感覚があります。
 チュチュにとってそれは特別なことではなく、ダンバと一緒にいるときや、ダンバの事を想ったときにはいつも浮かんでくる感覚です。
 ただ、それがもともと自分の中にあった物だという確信が持てないのです。
 チュチュにとって、このある種の麻痺と依存性を伴う脳反応はとても刺激的で、一度味わえば忘れられそうもありません。それなのに、ゆっくりと心の中をまさぐっても、こんな感覚を抱いた経験が見当たらないのです。
 チュチュはダンバを愛しています。でもその感情さえも同じように、もともと自分の中にあった物だという確信が持てないのです。
 小さく点のように開いた違和感の穴は徐々に大きくなり、やがて視界を大きく覆っていきます。伸びきった脳みそが再び丁寧に折りたたまれ、皺が作り出されていくような感覚です。
 チュチュはそっと右手を腰の横に回します。そこまでは無意識の行動でした。
 人差し指がトリガーに触れた瞬間から意識が繋がり始め、親指で安全装置が外れていることを確認したところからは完全に意識の支配下でした。
 チュチュは一瞬でフォルダーから拳銃を抜き取ると、ダンバの額にピタリと当てました。
「何を・・・」チュチュを抱いたままダンバの言葉が止まります。
「私はね、戦闘用の兵器として生まれ、そして育てられたの」チュチュの言葉と視線は氷のように冷たくなりました。
「・・・」ダンバは凍りついたように動きません。
「だから、私には幼馴染なんて居ないし、愛する人も居るはずがないの」
 チュチュがトリガーを軽く絞ると、薬莢の中の発射薬が激しく燃焼する音が聞こえました。

 目の前には無限の水をたたえた水槽がそびえています。
 チュチュは辺りを見回して状況を確認しました。
 変化はありません。辺りには相変わらず誰もおらず静まり返っていて、水槽の中には円盤状の白い生物が無数に漂っています。
 彼等に思考を操られていたのだろう・・・チュチュはそう判断しました。彼等も死にたくはないでしょうから。
 もしこの白い生き物たちが死に絶え、彼等を利用したこの演算装置が失われれば、代用の演算装置ができるまで高速回廊も失われ、奴らの巨大な宇宙国家は崩壊の危機に直面します。国家を構成する星々の間の往来はおろか、通信までをも完全に断たれてしまうのです。奴らがチュチュの星に攻めて行こうとしても百周回期(年)以上もかかるようになってしまうのです。
 この演算装置の技術は数世代前に失われ、代用の装置の開発には長い年月と非常な困難を伴うでしょう。
 チュチュは暫くの間、そのままの姿勢を保っていました。
 後はトリガーを引くだけです。
 そうすればチュチュの命と共にすべてが終わるのです。
「いやだ」やがてチュチュの口からは拒絶の言葉が漏れました。
 一度味わってしまったら、あの痺れるような感覚を忘れることはできません。
 チュチュはトリガーから意識を離し、右手を左太ももに当てました。
 再びカチリと音がして、今度は左足が股関節からはずれます。
 チュチュはその左足の膝を立て、水槽に向けて固定しました。
 僅かな待機時間の後、切り離された足の接続部にある小さな表示灯が点滅を始めると、チュチュは両手と右足を器用に使って走り出し、飛び出すようにその場を離れました。
 どこに向かうかはチュチュにもわかりません。あの感覚を再び味わうためにはどうしても命が必要です。チュチュは3本の脚に力を込め、不足している分は鍛え上げられた腹筋と背筋の跳躍で補いながら、全力で自分の船を目指しました。


2017.10.12
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

 
執筆お疲れ様です

「タービュランス」か、かっこいいタイトルですねぇ。
「太陽風シンドローム」のシリーズらしい、SFチックで謎めいた設定と、先の読めない展開で、ワクワクしながら読ませていただきました。

中盤のシーンでは、どっちに物語が転がっていくのか予想もできなくて。あっちが幻なのか、こっちが幻なのか。そこからの展開は、納得。うん、そういう妨害ってアリですよね。

第三者から見たような視点の文章ですが、これが「試作的」なところでしょうか。今までのサキさんの文章とは、ちょっと毛色が違っていたように思います。
伝記とか伝承モノを読んでいるような感じで、新鮮でした。

ですが……。
こ、ここでお預けって、そんな殺生な。
これはもう、続編書いてもらわないと困りますよ(笑)
TOM-Fさん 
このタイトル、映画かなんかでも見たことがあるような気はするのですが、ちょっとカッコいいので、候補リストに入れてありました。
でもいつまでも入れたままだと腐ってしまうので、今回“試用”してみました。

展開としては色々と考えたつもりなのですが、上手く落とすことができず中途半端なものになってしまったように思っています。
なんとか読んでいただけたようなので、ヤレヤレというところです。
続きですか?例のごとく考えてません。
チュチュはサキ的には特異なキャラではない(戦闘少女系?)ので、なにか機会があったら書けるかも、というところでしょうか。
こういう文体で書いたら少しは温かみが出るかなぁ・・・と考えたのがきっかけだったんですが、なかなか上手くいきませんね。

コメントありがとうございました。
 
「タービュランス」、拝読しました。
なるほど、私などは舞台設定を細かく書きすぎるというか、そっちに熱中してしまって話が長くなる癖があるのですが、こんな風に説明しすぎずにうまく描かれる手法もあるんだな、と感服いたしました。
それと、チュチュの姿が実際にはどんなものかを全ては明らかにしないのも想像を膨らませますね。想像が膨らむ分、これはここで終わりとされるのが良いような気もします。でも前日譚などは読んでみたい気がしますね(^^)
へろんさん 
読んでいただいてありがとうございます。
サキもクドクドと説明を付け加えてしまう癖はあります。
でも、この「太陽風シンドローム」シリーズは、サキの脳内に浮かんだ断片をそのまま作品にしたものですので、自分ではイメージ出来ているんですが、読んでくださる方には???になっているんじゃないかと思ってました。
今回は上手に伝わったようで安心しました。

あ、チュチュの姿ですか?
サキは基本的には人形(ひとがた)でイメージしていますが、“3本の脚”という表現を使ったりして、いろんな姿がイメージ出来るように狙ったつもりです。
へろんさんはどんな姿をイメージされたのでしょう?

コメントありがとうございました。
ほう 
こんばんは。

たしかに今までの作品とはちょっと毛色の違う感じがします。
なんだろう、語り口調がおとぎ話を紡いでいるみたいな、でも、語られている内容は、いつものサキさんらしい容赦なさ、このアンバランスが新しいなあと思いました。

そして、チュチュが若干中毒ぎみの感覚も、やはりサキさんらしい扱いなのかなあ。なんでしょうか、ことさら他人事のようにそっけなく描写してあります。だから「チュチュはダンバを愛しています」という文章の方が、妙に異質に思えてくる、不思議な感覚の逆転が起こってきましたよ。

夕さん 
コメントありがとうございます。

おとぎ話を紡いでいるみたいな感じ?う~む、確かにそんなふうに感じになるのかな。
ちょっと面白そうだから書いてみよう、と書き始めたのですが慣れない事はするもんじゃないですね。
文章をひねり出すのに苦労しました。
中毒気味ですか、なるほど。
チュチュは純粋培養種ですから、こういう感覚(愛情)には中毒症状のようなものが出てしまうのかもしれませんね。
実験作品みたいな作品、読んでくださってありがとうございました。

あ、夕さんところのWiFi、FC2へ復帰できて良かったです。
心配してました。
閉鎖なんて言われたら泣いちゃいますよ。

 
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