Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

アンジェリーナ (Angelina)

「・・・」その子はあたしの名前を呼んだが、声はもうほとんど聞き取ることができなかった。
「レティナ・・・」あたしはその子の亜麻色の髪をそっと撫でながら名前を呼んだが、もう聞こえてはいないだろう。呼吸はどんどん浅くなり、肺から出入りする空気はもうほとんど無くなった。レティナはこの監房の闇に飲み込まれ、もう明るい所へは出ることはできないのだ。
 どうしてこんなことになったんだ。
 あたしは忸怩たる思いで自分をなじった。
 
 2年前の事だ。あたしは特級時空管理者として強大な能力と権力を与えられ、この時代の管理の任に当たっていた。
 時代は風雲急を告げており、早急な、しかも強力な安定化策が必要だった。
 あたしは時空を円滑に運営するためには、一刻も早くあの独裁者を排除する必要があると判断し、それを実行に移そうと動き始めていた。
 だが、あたしは事を焦りすぎた。急激な時空の改変は空間そのものを破壊してしまう。あたしはその独裁者が時空に与えていた歪みを過小に評価しすぎていたのだ。その結果、あたしは時空間の破壊者と判定され、すべての能力と権力を奪われ、強制的にEDENに収監された。EDENの絶対的な権力者、時空間総合管理者は時空間の存在そのものを最優先にする。あたしはその絶対的な権力者の逆鱗に触れてしまったのだ。
 収監されたあたしは担当していた時空間をなんとか立て直そうと幾つかのプランを上程し、寛容な処置を願い出た。
 だが処分が覆ることは無かった。査問委員会でも言い分は認められず、ついにあたしは能力も権力も奪われた姿のまま、自分が担当していた時空に堕とされた。
 あの独裁者が生き延びたその時空では、恐れていたジェノサイドがすでに始まっていた。絶滅対象人種は移住させられ、さらに特定の場所に収容され、そして労働を通じた絶滅、すなわち収容者たちが完全に消耗し使い果たされるまでの労働を強いられていた。
 堕とされたあたしは絶滅収容所に収容された絶滅対象人種の1人の女として蘇った。EDENはあたしを抹殺するつもりなのだ。
 そしてそこで出会ったのがレティナだった。
 レティナは明るい子だった。暗い収容所の中で太陽のように輝いていた。
 毎日課せられる単純できつい労働にもめげなかった。常に希望を口にし、夢を語った。
「お母さんの作ったパンケーキ、おいしかったなぁ。あの溶けたバターとシロップ、混ぜて染み込ませるととっても美味しいんだよ」食事の量がどんどん減らされ、空腹を抱えていることが多くなっても彼女は明るく振舞った。
 だが、生存させることを前提としていない収容所での生活は徐々に彼女を蝕んでいった。
 体力が低下しても救済は一切なく、労働だけが強制的に与えられた。彼女の顔からは笑顔が消え、やがて希望も夢も語られなくなった。
 衰弱が進むとあたしが支えながらカバーしたが、看守の目があるのでおおっぴらに庇うこともできない。彼女の体力は使い果たされ、そしてついにその時がやって来た・・・。

 あたしはもう一度レティナの亜麻色の髪をそっと撫で、柔らかかった頬に触れた。その肌は荒れ、弾力は失われていた。呼吸は今にも止まりそうに弱々しい。
 命の重みに差はないという。
 それはある意味では真実なのだろう。だが、立場によって見方によってその重みは様々であり、刻々と変化するというのが現実だ。
 普通人は自分の命を最も重いものと考える。
 そして国家の中枢を握った者は、多くの命を支えていると考えられる国家、或いはそれを動かしている自分自身の存在を優先し、個別の命には優先順位を付ける。まず国家の末端部分にある命までは考慮しない。
 そしてそれは時空間総合管理者の場合でも同じ事が言えるだろう。
 わたしはあの独裁者を排除しようとしていた。彼が着々とジェノサイドの計画を進めていたからだ。わたしは末端部分にあるたくさんの命を救おうとしたのだ。
 だがきっと時空間総合管理者は予想していたのだ。あの独裁者を排除してしまうと時空の歪みがさらに増し、さらなる凶悪な独裁者が現れることを。そうなった場合の方が遙かに多くの命が奪われることを。人の欲望に限りは無く、その凶悪な独裁者を排除しても、さらに凶悪な者が現れることを。
 冷静に統計をとり、ケースごとに比較した時、あの独裁者にそのままジェノサイドを続けさせた方が失われる命は少なかったのだ。
 人類はこの惨劇に驚愕し学習し、さらなる凶悪な独裁者の登場は阻止されるのだ。
 “些末”な命への過剰なこだわり、これがあたしが収監された理由だ。
 例えばこのレティナ、目の前にこんな命が存在したら、更なる歪みの発生を防ぐためにそれを犠牲にする・・・そんな冷静な判断はあたしにはできない。あたしは時空の歪みを無視してでも全力でこの命を守るだろう。
 あたしは優しすぎる。
 あたしから管理権限を剥奪し収監したのは適切な判断だったのだ。
 あたしはレティナの髪を撫でながらそう思った。 
 だからと言ってこのままにはしない。あたしは考えを巡らせた。

 あたしは収監される直前、能力を奪われる前に新しい擬体を作っていた。
 擬体があれば体を失っても、これを入れ物として自我を保つことができるし、我々の持つ一般的な能力も使えるようになる。
 もちろん許可が無ければ違法だが、堕とされて人間になってしまえば、寿命が尽きると本当に死んでしまうのだ。背に腹は代えられない。
「これを使おう」暫くの間思案してから、あたしは決断を下した。
 命は尽きる直前に一瞬輝きを増す。あたしはその瞬間にレティナの命があたしの擬体に注ぎ込まれ、彼女が望んでいる時空に送り込まれるようにセットした。これくらいの能力はデフォルトだから、堕とされたあたしにもまだ備わっている。
 あたしはじっとレティナの顔を見つめる。
 苦痛と疲労と諦めに歪んでいたレティナの顔が緩み、穏やかなものに変化した。上手くいったようだ。

 そしてあたしを抹殺するというEDENの目論見は達成された。
 あたしは自分の擬体を失ってしまったのだから・・・。

 ホットケーキとスイーツ天使
このイラストの著作権はlimeさんに有ります。

 2017.05.25
関連記事
スポンサーサイト

 
 

Comments

わあ! 
サキさん、遅くなってごめんなさい~><
イラスト拉致ってくださってありがとう!

そして、あのゆるゆるイラストからこんな壮大でクールな感動SSを生み出してしまうとは!
読みながら唸りました。
どうやればこんな物語が思いつくのか。この主人公の居る世界は人知の及ばない空間で、この主人公は人間ですらないんですね。
自分の擬体を……ってことは、もしや天使!?
たった一つの擬体をレティナにあげてしまったのですね(;_;)
そしてそれに宿ったレティナが・・・。
ホットケーキに嬉しそうに飛びつく小天使が、なんだかすごく愛おしくなっちゃいました。
素敵な物語をつけてくださって、ほんとうにありがとうございます!
また、リンクさせてくださいね(*´ω`)
 
執筆、お疲れさまでした。
あのイラストからはちょっと連想しにくい、ディストピア系SFですね。

主人公の子が「アンジェリーナ」なんですね。で、もう一人が「レティナ」。あれ、レティナ(Retina)って、MacBookのディスプレイ?

さてさて。
あのイラスト、レティナの回想なんですね。悲惨な状況で、幸福の象徴のように回想されるパンケーキ。ちょっと切ないイメージですね。
ハッピーエンドとは言えないラストですが、でもサキさんらしいテーマと物語だと思います。

毎回思うんですけど、同じイラストから、いろんなイメージが出てくるものなんですねぇ。
limeさん 
拉致の許可をいただき、ありがとうございます。
あのホンワカとしたかわいいイラストにつける物語にしては、なんだか重~くなっちゃたなぁ・・・と心配していましたので、レティナの事を愛おしく思ってくださって嬉しいです。

そうですね、主人公は堕とされる前は人間ではありません。
たぶんアンジェリーナという名前だと思うのですが、天使だったと考えていただいても大丈夫です。
でも彼女、擬体をレティナにあげちゃいましたから、このまま死を待つだけになってしまいました。
こんなんじゃ、時空管理者失格ですよね。
そして主人公のいる世界、あんがい現実の人間世界がモデルかもしれませんよ。

コメントありがとうございました。
あ、リンクもありがとうございます。
TOM-Fさん 
ディストピア・・・Wikiッちゃいましたが、なるほどユートピアの反対社会のことですか。
limeさんのイメージを壊すんじゃないかと心配するぐらい重くて暗い物語になってしまいましたけど、読んでいただけて嬉しいです。

はい、文章中には出していませんが主人公はアンジェリーナのはずです。
そして、そうです。レティナはRetina、MacBookのディスプレイです。
limeさんの記事の中からもらってきました。「網膜」という意味だそうですが人間にとってとても大事な部分ですからいいとしましょう。カワイイっぽいし・・・。
limeさんのイラスト、このお話しの中ではレティナの回想と言うより、アンジェリーナの擬体に入り込んだレティナの現実、と言った方がいいのかもしれません。
サキらしいですか?もっとホノボノ系も書いてみたいんですけれど・・・。

コメントありがとうございました。
はじめまして。 
わたくしも、SSを(ごくたまに)かいております。
1人称で書けるって、すごいですよねえ。
しかも、現在→過去→現在とは!憧れますなぁ。

でも、この絵を見れば、何か書きたくなるのは分かります!
ついでに、Limeさんのとこにも行ってみよーっと。
梨木みん之助さん 
はじめまして。DebrisCircusにようこそ。
拙作を読んでいただいてありがとうございます。
一人称ですか?初めは三人称で書いていたのですが、自分が登場人物に入り込むという書き方をしますので、自然と一人称の作品も書くようになりました。
特に難しいとは思っていないのですが、まぁレベルがレベルですから・・・。
時間軸を飛び回るというのはよくやりますね。
混乱しないよう上手に書き分けるのが難しいんですけれど、誉めていただけたのかな?嬉しいです。

limeさんのイラスト素敵でしょう?
創作意欲をかきたてられますよね。
お~ 
これはまた、limeさんのイラストからは想像できないワールドが広がっていましたね。
たしかに、イラストはゆるゆるとは言わないまでも、どう見てもほんわかファンタジー風味なのに、ここに展開するのはまさしくサキさんワールド。ちょっとハードな展開にこのイラストがなんとも言えないミスマッチなのに、妙に嵌まっている、不思議なバランスになっています。すごいなぁ~
そうかぁ、アンジェリーナの作っていた擬体がこの天使で、レティナの望んでいる時空ってのがホットケーキのところだったのですね。いや~、苦しい話なのに、なんかちょっと悲しい可笑しさもあって、不思議な読後感でした。レティナのホットケーキのために(なんか語弊がある?)消えてしまうアンジェリーナ……

命の重さに差は無いと言うけれど、世の中の多くの出来事は、数で語られるとき、個の重さは無視されますよね。ジレンマに陥るところです。アンジェリーナの葛藤、分かるなぁ……
 
こんばんは。

ううむ。このイラストから、この話ができるとは、さすがサキさんだなあ。

モデルとなったのは例えばアウシュビッツなどかなあと想像しています。
エデンや堕天使などの使われているモチーフも、キリスト教的だからよけいそのイメージにつながったんですけれど、アウシュビッツである男性の身代わりとして亡くなり、後に列聖されたコルベ神父は長崎にいたこともあり日本と縁が深いんですよね。

命の重みや人生の価値には差はないと思うし、アンジェリーナ(?)が、自分を犠牲にしてレティナを救ったのは正しいのかもしれないけれど、でも、ホットケーキかあ。無邪氣なイラストを見ると、「これでいいのかなあ」と思ってしまいます。これがサキさんの狙いなのかもしれませんね。
彩洋さん 
サキは捻くれものですから、こういう展開が出てきてもしょうがないということで・・・。
最初はほんわかファンタジーを書き始めていたんですよ。でもかじぺたさんの素敵な作品を読んでいるうちに、同じ感じでは書けないなぁって思っちゃったんですよね。
limeさんのイラストとミスマッチなのはそんな理由です。
レティナは自分の思念の影響で、ホットケーキのシーンに蘇ったんですが、とても食べたかったんですよ。お母さんのパンケーキが・・・。
あんな極限の環境下では、こういう妄想を抱いてしまっても不自然ではないと考えました。そしてその通りに実行されたという事なんでしょう。
そういおことにしておいてください。

おっしゃるように、命の重さが無視されるような出来事が続いています。
命の重さってどれくらいあるの?
そして本当に重たい物なの?
ひょっとして、意味なんてないくらいとっても軽~い物だったりして・・・

コメントありがとうございました。
夕さん 
彩洋さんへのコメントでも書きましたが、サキは捻くれものですから、こういう展開が出てきてもしょうがないということで・・・。
さすがというかなんというか・・・ですよ。

物語の舞台のモデルはアウシュビッツあたりの絶滅収容所ですね。
特定の宗教をモチーフにしたつもりはないのですが、イラストが天使なのでイメージ的にキリスト教的になっています。
う~ん、アンジェリーナは身代わりになった神父さんとは、また違った心境だったんだろうと推測します。もちろんレティナに対する同情や憐みの気持ちはあったと思いますが、自分の仕事や生きざまに対する意地というか、自分への待遇に対する反発というか、なんかそんな感じの感情が強かったのでしょう。本来永遠の寿命を持つ種族ですから自分の死というものに対して考えが無いというか、突っ走ってしまっています。
夕さんの「これでいいのかなあ」の答えには全然なっていないと思いますが、そんなふうに考えながら書いています。
命の重み、難しい言葉です。
何を基準にするかで全く違ったものになってしまうように感じています。

コメントありがとうございました。
どうもありがとうございますm(^^;;)m 
遅くなっちゃって、ごめんなさいm(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m
うわあ!!しょっぱなから
私の拙い文章を御紹介いただいちゃって・・・・・・
恐縮です~~~~w(≧Д≦;;)w
いやあ、もう・・・・・・・・
そそそそそそそんなあ~~~~・・・・・・・
ホント、なんか色々申し訳ないです~~~
そして、そのほのぼの路線のお話も読んでみたいなあ~(人^^*)v-238

しかしながら、やっぱりすごい!!!!!
あのほのぼのしたイラストから
こんなに切なく心が痛くなるようなお話が生まれるなんて・・・・・!!!
私は、ほのぼのした絵からほのぼのしたお話しか生み出せないので
こういうすごい才能をお見せいただくと
自分の凡人さ加減のすごさが際立っちゃいますね~~(^0^;;)\

アンジェリーナは自分が助かるよりも
暗く救いの無い収容所で希望を失わず光を抱いて生きていたレティナを
救う方を選んだんですね。
それはこんな酷い環境でも明るく振舞ってくれていた彼女への感謝でもあり、
それでも容赦なく失われる命への憐憫でもあり
そして、アンジェリーナ本人の元特級時空管理者としての誇りを守り
更に、EDENに対するたとえ微々たるものであったとしても
屈しない。というひそかな意思表示・・・・・
EDENの目論見は達成された。としても
それは彼女の心に快哉をもたらすような喜びだった事でしょう。

ただ・・・・
わたしは、どうしてもハッピーエンドが好きなので(^^;;)\
このあと、何か起死回生の出来事があって
(パンケーキチャージしたレティナがアンジェリーナを
奪還しに来るとか(まあ、無理なんでしょうけど))
なんとかして二人とも助かるお話が生まれるのを
ついつい希望してしまいますが(笑)
かじぺたさん 
読んでいただいてありがとうございます。
コメントはいつでも大歓迎です。気になさらないでください。
いや、ほんと、かじぺたさんの作品を読ませていただいて、いいなぁと思っちゃったんですよ。ですから、そのまま紹介させていただきました。
そしていいなぁと思ったら、自分のを書く気が無くなっちゃったんですよ。
ですからこちらも気になさらないでください。
え?そのお話ですか?実はほとんど書いていないですし、内容も何も固まっていませんでしたので発表できないんです。
すみません。

limeさんのイラスト素敵ですよね。
あんなホノボノとした暖かいイラストからこんな暗いお話が生まれるのは、サキの心がが捻くれているからなんです。
ホノボノ系のお話を没にしたので暗~い系で、なんて捻くって発想しただけですので、そんなに褒めていただくと体のあちこちが痒くなってしまいますよ。
でもまぁ、マイナス側のコメントを頂かなかっただけでも、サキはホッとしています。

そしてアンジェリーナの心境をくみ取っていただいてありがとうございます。
とても嬉しかったです。コメントに書いていただいて、サキも改めてそうだったのかな、と想像できました。

そうですね、サキもハッピーエンドが大好きです。
レティナがアンジェリーナを奪還しに来るパターンとかワクワクしますよね。
ちょっと考えて・・・
あ、また書く書く詐欺になっちゃいそうです。

コメントありがとうございました。

 
<- 08 2017 ->
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
ようこそ!


頂き物のイラスト

アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
天使のささやき_limeさん2
limeさんのイラストをイメージにSSを書いてみました。「ダイヤモンド・ダスト」
イラストをクリックすると記事に飛びます。よろしければご覧くださいネ!
スカイさんシスカイメージ
スカイさんのシスカイメージ
シスカ・イメージ高橋月子さん作
シスカ・イメージ 高橋月子さん作
シスカ・イメージlimeさん作
シスカ・イメージ limeさん作 コトリ・イメージユズキさん作
コトリ(コンステレーションにて)ユズキさん作
リンク
ブロとも申請フォーム

Archive RSS Login