Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

絵夢の素敵な日常 それぞれのロンド

それぞれのロンド

 ミクは小さな唸り声を上げて目を開けた。そこにあったのは見覚えのある自分の部屋の天井だった。
 公演の打ち上げを終えて夜遅くにミュンヘンのアパートに帰りつき、シャワーもそこそこに疲れた体をベッドに横たえた。そこまではなんとか憶えている。舞台のある日は何度も目が覚めることが多いが、その後の事は何も覚えていない。たぶん死んだように眠ったのだろう。
 ベッドの横に置いてある目覚まし時計の表示は、昼を少し回ったところだ。久しぶりにちゃんと眠れたようだ。
 今回の公演に対する観客の反応は上々だったし、与えられた評論家達の評価も概ね好意的だった。観客の興奮に押し上げられた自分は、まるで何かが取り憑いたように演技し歌い上げた。舞台が続いている間はその興奮は持続し、まったく疲労などを感じることは無い。だが興行が終わったとたん、その興奮は終わりを告げる。彼女は自分の体を自分自身に取り戻し、ただの人に戻るのだ。ただの人になれば、蓄積した疲労は倦怠感となって表面に現れてくる。
 ミクは再び眠りに落ちようとしたが、激しい欲求に邪魔をされた。
 両手を目の上に当てたまま、暫くの間じっと我慢をする。
 やがて彼女は諦めてゆっくりと体を起こした。

 アパートの狭い部屋は混乱に満ちている。
 シーツや掛け布団はしわくちゃで、長い間洗濯もしていない。床の上には開けっ放しの大きなスーツケース、ボストンバッグ、脱ぎ散らかした服や下着、それに大量の楽譜や本が散らばっている。天井付近にはロープが張られ、洗濯ものが干されたままになっている。
 ミクはその様子を目にして大きくため息をついた。そして、ベッドから足を下ろすと、かろうじて見えている床板を飛び石のように伝ってトイレに駆け込んだ。
 用を済ませトイレを出たミクは、洗面台の鏡に映る自分の姿に驚愕した。昨夜手入をサボったすっぴんの肌はカサカサで、生乾きで寝てしまった髪はゴワゴワと逆立っている。髪を長く伸ばしていた頃には考えられないことだったが、ショートにしてからは手入れをサボることが多くなった。目はまるで死んだイワシの目のように生気がない。
 彼女は暫くの間鏡の前で固まっていたが、それどころではないことを思い出した。次の欲求を満たすため、そのままキッチンに向かう。
 そこにもまた目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。シンクは洗い物でいっぱいで、若干の腐敗臭まで漂っている。だが今はそれに構っている余裕はない。彼女は食器棚を開けてコップを取り出すと、それを雑多な物が積みあがった食卓に残された僅かな平場にタンッと置いた。
 冷蔵庫を開けて中を覗く。干からびた野菜、賞味期限をとっくに過ぎた食品のパック達、チーズはまだ食べられるだろうか?探していた水のボトルは扉に有ったが、水は一滴も入っていない。
「誰?空のボトルを仕舞ったのは?」どう考えても自分なのに、誰にともなく文句を言ってみる。
 ミクは横に並んだ牛乳パックを取り出して開封したが、鼻を近づけてすぐに顔をしかめ、元の位置に戻した。続いてその隣の牛乳のパックの賞味期限を確かめる。それはさっき開けたものと同じ日付だった。
 ミクは少しの間迷ってから、その隣のピルスナービールの瓶を取り出した。気持ちのいい音を立てて栓を抜き、それをコップに注いだ。琥珀色の液体の中では透明な泡が踊り、上層には真っ白な泡が層を成す。彼女はコップを目の前にかざして暫く眺めていたが、恐る恐る口を付けて少量を口に含んだ。確かめるように舌の上を転がしてからゆっくりと飲み込む。次の瞬間、彼女は一気にコップを空にした。さらに次の1杯ををなみなみと注ぎ、勢いよく喉の奥に流し込む。その様子はまるで3日間ほど灼熱の砂漠を彷徨った遭難者のようだ。冷たい液体が心地よく喉を通過し、喉の鳴る音まで聞こえてくる。
『プファー』彼女はテーブルの上に空のコップをタンッと置き、口を拭いながらまた大きく息を吐き出した。
 ようやく人心地がついたミクはキッチンを出て、ベッドの有る部屋に戻った。壁際に置かれたソファーにはやはり物が積み上げられていて座る場所がない。いや、それ以前に床に物が散乱していて、そこへ近づくことすら困難だ。しかたなく、さっき通った道筋を逆になぞってベッドの上に戻る。
 ミクはあらためて部屋の中を見渡し、3度目のため息をつく。このまえ掃除をしたのはいつのことだったろう?そうだ、ジョゼを公演に招待したときだ。公演の後このアパートに泊まるように誘ったのだ。その時はまだ部屋は整頓された可愛めの女子部屋で、彼を誘っても特に問題はなかった。それでも忙しい公演の合間を縫って、念入りに部屋の掃除をし食事も用意した。
 だが彼は来なかった。それ以来自分のモチベーションを維持し、自分のレベルを下げないようにする事だけで精一杯になり、それ以外のことには全く労力を割けなくなった。部屋は荒れるに任された。
 あの唐変木!!!鈍感!!!酔いが回ってきて、よけいに腹が立ってきた。ミクはベッドに体を投げ出し、俯せになって顔を覆う。一刻も早くポルトへ帰ってジョゼに会いたかった。自分の気持ちを伝えたかったし、彼の気持ちも確かめたかった。
 だが、そういうときに限って、やってみたかった役のオファーがかかってくる。気まずさも手伝って帰郷が延び延びになるうちに、ジョゼから「研修旅行に派遣される事になったんだ」と電話がかかってきた。
 ジョゼのドタキャンから少し気まずい雰囲気はあったが、2人はマメに連絡を取り合っている。ポルトで一人暮らしをしている祖母のメイコの様子を知らせたり聞いたりする事が、気まずい中でも2人の会話の動機になっていた。
「片言なんだけど日本語で観光客と会話してるから選ばれたみたいなんだ。ミクのおかげだ」
「よかったね!チャンスじゃない!行っておいでよ」肝心の件の修復は進んでいないけど、相談を受ければ、そう返事をする以外にミクに選択肢は無い。『今すぐに会いたい』そういう本心は言葉にならなかった。
「ありがとう。でもミクの休暇と重なったな。こちらへ戻る予定だっただろ?」ジョゼの気遣いが伝わってくる。
「またすぐに公演があるから、今回はあまり長い休暇は取れないの。その次はゆっくり帰れそうだから、その方が都合がいいわ。話したいこともあるし・・・」ミクは自分の気持ちに薄いベールをかけた。
「僕もミクとゆっくりと話がしたい。待っているよ」
 ミクが話したいことは決まっている。ジョゼもきっとその話なんだろう。その時は単純にそう思えた。だからお互いに頑張るように伝えあって電話を終えた。そんな思い出にふけっているうちにミクはふと思いついた。
『そうだ。ジョゼの研修旅行はどうなってるんだろう?』後で考えてみれば、そんな気持ちを起こしたのが失敗だった。
 
 ジョゼは今、とある有名ポートワイン会社の企画した日本グルメ研修に派遣されて日本に居る。教えてもらった日程では金沢辺りに居ることになっているが、どんな様子なんだろう?ミクは仰向けになると体を起こし、サイドテーブルに置いてあったラップトップPCを太ももの上で広げ、電源ボタンを押した。
 起動を待ってブラウザを開き、その有名ポートワイン会社のホームページに入り、研修旅行の広報ページを開く。そこには研修の目的や意義などのページの他に、研修の様子を写真や動画で紹介するコーナーも設けられている。トップページには研修に参加したメンバーの集合写真が掲載されていた。
 個人をはっきりと特定できないように配慮されているのだろう、解像度はあまり高くないが、ジョゼを見つけるのは簡単だ。すらりとした長身の彼の頭は、他のメンバーより上に飛び出していて、いつもの優しい顔で笑っている。下へスクロールすると、研修や講習の様子や観光地を回り日本文化に触れる様子などが次々と表示される。画面をスクロールさせながらそれを順番に眺めていたミクの手が止まった。最初のページに戻る。
『やっぱりそうだ・・・』
 トップページの集合写真、ジョゼの隣には明るい茶色の髪の女の子が写っている。表情が生き生きとしていて明るそうな子だ。ジョゼと同じか、少し年下に見える。
 再び下にスクロールしていくと、ジョゼの隣には全て彼女が写り込んでいる。楽しそうに、時には体を寄せるようにして写っている。ジョゼの方は迷惑そうな顔をしている時もあるが、自然な笑顔を向けている時もある。後ろ姿の写真でも、ジョゼを見間違えるはずはないし、やはり横に並んでいるのは彼女の後ろ姿だ。
 ミクは体を反らし、ベッドに身を投げ出した。太ももの上に置いていたラップトップPCが体の横にずり落ちた。
 彼女は今日明日の内に劇団の事務所に顔を出すつもりだった。次の公演の打ち合わせや、新しいオファーの確認をする必要がある。
『明日にしよう・・・』彼女はまた両手で顔を覆った。
 胸の辺りやその少し下に締め付けられるような感覚がある。
『この感覚は何?』わかってはいたが、ミクは自分に対して問いかけた。


2017.03.09
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

あらら~ 
更新、お疲れ様でした。

ミク、荒れてるなぁ……いや、生活がですけど(笑)
超多忙なときって一人暮らしだとこんな感じになるなぁ、と昔を思い出しました。ここまでひどくはなかったけど。
この手のお話では不可欠のすれちがい、勘違い、ですね。えへへ、この先がどうなるのか、ハラハラします。
というか、ミクも素直じゃないなぁ。気を遣うのもいいけど、溜め込んじゃだめだよ~。
次話でどういう展開になるのか、楽しみです。

整合性については……まあ、ありますよね、そういうことも。
私も書き替えちゃいたいお話が、けっこうありますよ。でも、無理やりにでも辻褄を合わせてしまう、というのもまた面白いチャレンジですよ。おすすめはしませんけど(笑)
TOM-Fさん 
はい、ミクの生活は荒れています。
仕事が忙しいというのも理由なんですが、ジョゼとの確執がもっと大きな理由なんでしょう。
こういう時に限ってオファーが来るんですね。
あ、言っておきますが、ミクは本来はきれい好きで、普通に整理整頓も出来る子です。潔癖症ではないんですけど。今は本当にテンパってるんです。
ついつい調子に乗ってすれ違い、勘違いパターンを書いてしまったのですが、ますます収拾が困難に・・・。
やり慣れない展開に手を出して、チャレンジの連続になっています。
どうやって落とし前をつけるか、お楽しみに~!

とは言ったものの、整合性がとれなかったらどうしよう?
無理やり辻褄を合わせてしまう?ウムム、またチャレンジですね。
あやや 
こんばんは。

ミクの部屋がアントネッラ系になっている(笑)
アントネッラは忙しくないし、悩みもないんですけれどね。

な〜んだ。
かき回されると困るとかおっしゃっていて、自分でもっとかき回しているじゃないですか。くすくす。

でも、ライバルを認識したら、きっとミクももう少しエンジンをかけることでしょう。
私は二週間後にまたポルトなので、また新しいネタを仕入れてこようかなあ。
あ、こっちをかき回すためではなくて、「黄金の枷」の方ですけれど。

サキさんの次の展開も楽しみにお待ちしていますね。
夕さん 
あ~、確かにアントネッラ系の部屋ですね。いい表現だな。
でもミクは本来きれい好きで、そんなにズボラではないんです。仕事が忙しくて、それに気になっていることが解決しなくて、こっちに回している気力が無くなっただけなんです。ミクの名誉のために、サキが一生懸命言い訳をしておきます。

こうしたら面白いかな・・・と書き進めたら、どんどんグルグルと渦巻いてしまって。収拾出来る?と不安になっています。
ミクがエンジンをかけてくれたらいいのですが。

あ、ポルトへ行かれるんだ。楽しんできてくださいネ。
ついでにジョゼにも発破をかけてきてください。

コメントありがとうございました。
 
ミクの部屋が予想以上のカオスになっちゃっててびっくりしたけど、仕事が忙しい時ってこうなっちゃいますよね。
上のコメントで、ミクは本来きれい好きって書いてあったので、やっぱりジョゼの事で、整頓の気力も無くなっちゃったんだろうなあ。
ジョゼったらまったく、罪作りなんだから。
ミクもジョゼも、ちゃんと自分の気持ちに気づいてるようですね。
さあ、動きを見せるのはどっちなんでしょう。
ウズウズしながら見守っています^^
limeさん 
酷い部屋ですよね。こんな物を飲んだら絶対にお腹を壊してしまいます。
本当にこんな風になっちゃうのか、サキにはわかりませんが、あくまで想像です。
そして、ええ、こんな部屋になってますが、ミクは本当はきれい好きという設定です。母親にもメイコにもちゃんとしつけられているはずですから。
本当にジョゼは罪作りですね。まぁ、ミクに責任がないかと言ったら、そんなことは無いのでしょうが・・・。
夕さんに投げかけるのを止めて、すんなりとまとめるつもりだったんです。
でも、面白がって書いているうちに、ますます混乱することに・・・。
困った~。
さて、どちらが動きを見せるんでしょう?

コメントありがとうございました。

 
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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
ようこそ!


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アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
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左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
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