Debris circus

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頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

絵夢の素敵な日常 貿易風(alisios) 後編

貿易風 (alisios) 後編


 ジョゼは暫くの間女性を見つめていたが、やがて大きく息を吸い込むと「ええ、そうです。でも今はミク・イケウエ・エストレーラと名乗っていますが」と答えた。
「そうですか。お元気でいらっしゃいますか?」女性の顔は不安気だ。
「ええ」
「エストレーラ?ということはご結婚を?」
「いえ、それは・・・まだ」
「お幸せでしょうか?」
「はい、あ・・・そうだと思います」
「ポルトガルへ行かれたということはお聞きしていたのですが、詳しいことが分からなくて、心配申し上げておりました。先ほどポルトガルからお見えになったとお聞きして、そして今ミク様のお名前が聞こえたものですから、つい。たいへん失礼いたしました」女性は深々と頭を下げる。
「彼女は今オペラ歌手として活躍しています。評判も上々ですし、元気にやっていますよ」
「良かった」女性の目は涙でいっぱいになった。
「あなたは?」今度はジョゼが質問を返す。
「私はミク様がお小さい頃、傍にお仕えしていた者です」そう答えた女性は少し用心深い顔になって「あなた方はミク様とはどういうご関係の方なのですか?それにどういったご用件でここへ?」と訊いた。
「え?はい、あの・・・」ジョゼは『ただの友人です』と答えるつもりだったが女性の涙を見て気が変わった。『ええぃ、ままよ!』「彼女は僕の恋人です」ジョゼは願望を口にした。
「まあ!」女性の顔は親しみを帯びた物に変わった。そしてチラリとエレクトラの方を見た。
 ジョゼもつられて横目でエレクトラを見た。エレクトラは何かを言おうと口を開きかけたが、そのまま口をつぐんでしまった。
「僕らは今日本へ研修に来ているんです。そして、こちらは研修生の友人です」ジョゼはエレクトラを紹介した。エレクトラは英語の会話についてきていなかったが愛想笑いを浮かべた。
 「今日はたまたま研修の休日で、ミクが育ったところを見ておきたくなってやって来たんです。ミクの小さい頃の事を伺ってもよろしいですか?」
「あなたはミク様から何か聞いておられますか?」女性の顔は再び警戒の色を帯びた。
「幸せな生活だったがそれは見かけだけで、実際は疎外感を感じていたと・・・帰りたい家が無かったとも・・・」ジョゼは正直に答えることにした。
「そうですか・・・」女性は申し訳なさそうな顔になったが、少なくとも警戒の色は消えた。「私共にはどうしようもなかったのです。いえ、これは言い訳ですね。私を含め大人が、なんらかの対応をしなければならなかったのです。でもなにもしなかった。出来なかった。ですから当時の事は私の胸の上に重くのしかかったままになっています。でも今、幸せにやってらっしゃるとうかがって、そして恋人のあなたにお目にかかれて、それが少しは軽くなったような気がします」

 女性は内線電話をかけて何か指示を与えてから「お連れの方はこちらでお待ちいただけますか」とエレクトラをホールの隣のスペースへと案内した。
 エレクトラはおとなしくそれに従った。
「ここは私どもの清酒“月溪”の試飲コーナーです。係りの者が対応いたしますので何なりとお申し付けください」
 ジョゼはエレクトラに通訳したが、エレクトラは状況をすでに理解しているようだ。彼女は英語は苦手だと言っていたが、簡単な文脈なら理解できるのかもしれない。ジョゼはそう思った。
 女性はその様子を確認すると「こちらへ・・・」とジョゼを誘った。
 ジョゼは女性について先ほど進んできた通路を戻った。
 建物の奥へ進んで酒蔵へ入ると女性はこちらを向いた。「まだ先代がご存命だった頃、幼かったミク様はここでよく遊んでおられました。その樽とこの樽との隙間はお嬢様にとって絶好の隠れ家だったんですよ。その頃この蔵はまだ現役で酒の仕込みに使われておりましたから、親方に危ないから蔵へは入らないように、と何度も叱られておられました」まるで昨日の事のように女性は語る。「ミク様の母親はあなたのお国の方との混血であったことはご存じですね」
「はい」
「当時からミク様が疎外感を感じておられたとしたら、そのことが影響していたのだと思います。酒造りの世界は保守的ですから。それでもミク様は天真爛漫な明るいお子でした。少なくともそのように振る舞っておられました。蔵人達も彼等なりに可愛がっている様子でした。でもそれが先代が亡くなったとたんガラリと変わったのです。酒蔵は別の場所に移転し、蔵人達もいなくなりました。この蔵はミュージアムに改装され、ミク様は居場所を無くされたのです」
「後継者の問題があったと聞いていますが?」
「はい」女性は辺りを見回し、誰もいないことを確認した。「ミク様には何の責任も無いのですが、環境はガラリと変わりました。私も配置転換され、お傍を離れなければならなくなりました。そして母親が亡くなって、ミク様は一層暗く落ち込まれました。この家を出られたと聞いて、かえってホッとしたぐらいだったんですよ」
「そうですか・・・」ジョゼは家に拘るミクの顔を思い浮かべた。
『帰りたい家があるってことは、あたしにとって凄く大切な事なの』ドイツの空港でも確かそう言っていた。
 女性は蔵から中庭に出て、その向こうのある一軒の家を見せてくれた。ミクは生まれてからポルトに旅立つまでここで育ったということだった。
 瀟洒な造りの可愛い感じの洋館だったが、ミュージアム付属のイベントホールを建設するために間もなく取り壊されることになっていて、中は家具も無くがらんどうだった。
『ポルトへ旅立つ直前のミクもこんな感じだったのだろうか』ジョゼはそんな事を考えた。

 話を終え試飲コーナーへ戻ると女性は深々と頭を下げて礼を言った。ジョゼも同じように頭を下げた。
「ミク様を幸せにしてあげてくださいね」最後にそう言われたジョゼは「わかりました」と答える以外、返答を思いつかなかった。
 女性はもう一度小さくお辞儀をするとドアの向こうに消えた。
 ジョゼは暫くそのドアを見つめていたが、やがて思い切ったようにクルリと向きを変えた。
 カウンターではエレクトラが小さなグラスを傾けている。
「帰ろうか」ジョゼはエレクトラの隣に立った。
「ずいぶん待たせたわね」ジョゼを見上げるエレクトラの頬はほんのりと赤く染まっている。
「ごめん。いろいろ聞きたいこともあったから・・・」ジョゼは素直に謝った。
「ミクの事なら一生懸命なのね」
「いや、そんなんじゃ・・・」
「オネエサン!このダイギンジョー、1本いただくわ。とても美味しい」エレクトラはジョゼの言い訳を無視して、試飲コーナーの女性に声をかけた。
 ジョゼは慌てて通訳をする。これくらいなら日本語でも大丈夫だ。
 ハーフサイズの瓶はケースに入れられ、きれいに包装された。
 エレクトラは包装してもらった大吟醸をぶら下げて立ち上がる。
「おっとっと」思っていたより床は下にあったらしい。エレクトラは少しよろめいた。
「どれだけ飲んだんだよ」ジョゼは彼女を受け止め、大吟醸の包みを取り上げる。
「だって美味しいんだもん。種類がたくさんあって迷っちゃったわ」エレクトラはジョセに体を預けて動かない。
 腕にかかる彼女の重さが少しずつ増していく。
「エレクトラ・・・」ジョゼがエレクトラを立たせようとした次の瞬間。
「大丈夫よ。これくらい」エレクトラはジョゼの腕をほどいて歩き出した。
「エレクトラ!」ジョゼはエレクトラの背中に声をかける。
 エレクトラは振り向きざまに答えた。「さあ、帰りましょう。これからドオトンボリへ行くのよ」そして笑顔になって付け加えた。「それからホウゼンジヨコチョーも。メオトゼンザイだったかしら?それも食べなきゃ。こんなに付き合ったんだから、あんたに奢ってもらってもばちは当たらないでしょ?」そう言うとさっさとミュージアムを出ていってしまった。
「しょうがないなぁ・・・」ジョゼは慌てて後を追った。
 エレクトラの足取りはしっかりしている。
 顔の赤みも消えている。
「ま、いっか」エレクトラは唇の端に力を込めた。


2017.02.01
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

言った~~! 
更新、お疲れ様でした。

後編、待ってました。
そっか、宝塚時代のミクの周囲にも、気にかけてくれる人たちはいたんですね。ちょっと安心。
ミクの今の名前を聞いて、「結婚したのか」と問い返す係員にちょっとドッキリ。それがあったからではないでしょうけど……
言ったよ、言っちゃいましたよ。やればできるじゃん、ジョゼ!
あとはもう、一直線……ですよね、サキさん?
ジョゼのカミングアウトを聞いたあとのエレクトラ、うん、なんか可愛いじゃないですか。強がりかもしれませんけど、彼女ならありそうな反応だと思いますよ。

宝塚編、楽しく読ませていただきました。
次は八少女夕さんの番なのかな? それとも、サキさんがこのまま進めるの?
いずれにせよ、楽しみです。
TOM-Fさん 
お待たせいたしました。
ずいぶん悩んだあげくのUPです。

まぁ、ミクって可愛いですから、気にかけてくれる人はいたと思うんですよ。
この女性はその中でも一番の味方だったんですが(母親を除く)環境が変わった途端、傍を離れなければならなくなったんです。
ずいぶんと気に病んでいたようなので、ジョゼの訪問で少しは心が軽くなったんだろうなぁ・・・。

そしてはい!言っちゃいました。言っちゃいましたよ!
でもミクに直接言ったわけではないんですけれどね。
一直線?どうでしょう?なにしろジョゼですからねぇ。
エレクトラの反応。可愛かったですか?
こんな風に気持ちが動くんだろうか?夕さんに怒られないだろうか?と、とっても不安だったので、TOM-Fさんにありそうな反応と言っていただけて、ホッとしています。

え?夕さんの番?さてどうなんでしょう?
実は選択権はサキにあるんですよ。
この作品でscriviamo! 2017に駆け込みで参加すれば、必然的に夕さんが続きを書くということに・・・?
どうなんでしょう?

コメントありがとうございました。
え〜と 
こんばんは。

ジョゼさぁ。
こんなところで言うくらいなら、本人から逃げるな〜!
でも、お願いされちゃったし、これで少し本人も前向きになって進むのかしら。

エレクトラは、いいんですよ〜、何を書いても。
全然設定ないし。

そして、そうか。
ミクは日本にいた頃、みんなに邪険にされていたわけではなくて、少なくとも何人かは可愛がってくれた人たちがいたんですね。それはちょっとほっとしました。せっかく有名なオベラ歌手になったんだから、映像でもなんでもそうした人たちがミクの姿を目にするといいですね。

そして、サキさん、これをscroviamo!に出すんですか?
くすくす。
私、何も考えていないですし、もっとかき回してもいいなら(笑)
言っちゃった~ 
いや、読みながら思わず膝を打っちゃいましたよ。その上で、ここで言うか~と叫んじゃいました。そうそう、言っちゃったんだけど、ここじゃないんだよ!って夕さんと同じくダメ出ししていました。なんだ、日本人の男みたいだな、ジョゼ。ほんとに、その時言ってくれないと分からないじゃないの!
ここで言えたってのと、本人に言えたってのはかなりハードルの高さが違うのかもなぁ。でも、この女性がなんかいい働きをしてくれたりしないかしら。でもなぁ、ジョゼ、「幸せにしてあげてくださいね」で、答えようがなかったからではなく、決意を持って「分かりました!」って言えなきゃなぁ。
まだまだ前途多にゃん、じゃなくて、前途多難かもしれませんが、これからの二人に期待しましょう。個人的にはまだまだぐるぐるして欲しいけれど(え?)

エレクトラは引きも早かったといっていいのか、もしかして本当はまだあれこれ悩むのかしら。なんと言ってもマイアの妹だからな~ぐるぐる遺伝子を持っている可能性が高そう。ジョゼよりいい男が現れたらすぐにでも吹っ切れそうだけれど。
どこへ帰着するのか、まだまだ予断を許さない感じがします(*^_^*)
夕さん 
コメント遅くなりました。すみません。

あ~すみません。(サキが謝ってどうする)
ですよねぇ。本人の前で言えよ・・・ですね。
でも、大きなきっかけにはなりそうな予感がしています。
意識付けって言うんでしょうか?僕はこう思ってるんだ!って、普通行くでしょ!ガ~ンって・・・。

でも夕さんってエレクトラには冷たいですね。もう少し思いやりを持ってやってくださいよ。でも彼女、強そうなイメージですよね。
一瞬で立ち直りそうな予感がしています。

ミクはですね、性格のいい子ですから、こんな環境でもちゃんと気にしてくれる人はいるんですよ。
でもミクはまだ世界的に見て有名とはほど遠い状態ですから、オペラに興味のない人々の間での知名度はかなり低いと思います。
ミュージアムの女性はミクがオペラ歌手であることを知りましたので、一生懸命探すと思いますけれど。

scroviamo!は迷っています。今年の参加はたくさんで夕さんも忙しそうですし、これ以上うかき回されると収拾不能になりそうだし・・・。
そこまでチャレンジャーになれる?と、自問自答中です。

コメントありがとうございました。
彩洋さん 
コメント遅くなりました。すみません。

あ~すみません。また謝っちゃいました。そうですよね~ダメ出しですよね。
ジョゼは日本人じゃなくてポルトガル人なんですが、如何せん作者が日本人なんですよね。本人に言えよ~。サキもそう思いますが、なかなかコントロールが難しいです。
でもたぶん「分かりました!」っていうのは決意を持って言っていると思うんですよ。ええ、きっとそうです。前途多難かもしれませんけれど、ジョゼとミク、2人の様子をそっと見守ってやってください。
何とか上手に展開できるよう、今こっそりと試行錯誤中です。何でこんなにもつれちゃったんだろう?

エレクトラについては、これがサキの精一杯でした。このキャラ、夕さん以上にサキが思い込みを持っているのは間違いないと思うんですよ。
適当に退場させるなんて、とても出来なかったので、こんな風になりました。ちゃんと吹っ切れてくれるといいんだけど。この名前とても気に入っているんですもの。
だいたいサキが書いたキャラクターって思い通りに動かないのは常ですが、この子も良い子のはずですから。
このお話ばかりにかかりきりになってはいられないんですけれど、もう暫くは展開させていかないといけないようです。

コメントありがとうございました。
少し進展? 
遅くなっちゃいました~><
今頃ですが、ジョゼのミクをたどる旅、読ませていただきました(そんなタイトルじゃないw)
ジョゼたちが大阪に居るのがなんだか不思議な感覚ですね^^
ここに登場したお姉さんたち、もしかしたら大阪なまりだったかも?
(あれ?ミクも?)
そしてやっぱりジョゼのあの返事ですよね。
これはもう、自分で言っちゃいましたから。実行せねば!

ちょっと拗ねるエレクトラもかわいい^^
じつはジョゼって、女心をくすぐる子なのかしら。
逆に、ミクが焼きもちを焼いちゃうシーンなんか見たくなりますね。設定にないかな?
どちらにしても、続きがたのしみです。
limeさん 
「ジョゼのミクをたどる旅」(新タイトル?)読んでいただいてありがとうございます。
いえいえ、時間のあるときに読んでいただけたら、それだけで嬉しいですよ。

ミクって大阪出身なんですね。物語では関西弁は喋ってなくてほぼ標準語なんですが、大阪訛りなんでしょう。北摂ですからベタベタの大阪弁ではないんでしょうが・・・。(そこまで設定を考えてなかった)
そうです。ジョゼ、言っちゃいましたから・・・男に二言はない!ですよね。
実行あるのみ!ジョゼの実行力に期待です。

エレクトラがかわいらしく描けていたら嬉しいです。
夕さんからお預かりしているキャラクターですからね。
え?ミクの焼きもちシーンですか?どうだろう?
まだそこまで考える余裕がないというのが実情です。
夕さんがかき回した状況の収束に精一杯なんですから。
でも一応少しは進展したのかな?

コメントありがとうございました。

 
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