Debris circus

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頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

絵夢の素敵な日常(番外) ラス・メニーナス

Stella/s月刊Stella 2016 12月2017年1月合併号掲載作品

 プラド美術館は大勢の人でごった返している。
 特にこの展示室に掲げられた「ラス・メニーナス」の前は、世界的な名画を一目見ようとする人々で立錐の余地もない。僕の背は低い方ではないが、欧州の人々は総じて背が高めで横幅も大きいから、絵の全体像を眺める事は困難だ。
 僕は鑑賞を終えた人が立ち去るたびに少しずつ前方へと移動し、ようやく人々の肩越しに絵の全体像が見える位置にまで移動した。
 絵のサイズは125 in × 109 inだが、その存在感は圧倒的で、データよりずっと大きく見える。
 舞台はフェリペ4世のマドリッド宮殿の大きな一室だ。ベラスケスはその並外れた描写力で、宮廷に住まう人々の様子を、まるでスナップ写真のように瞬間的に切り取っている。
 描かれた人物達は、ある者はカンバスの中からこちらに視線を向け、ある者は意図する動作を行っている。人々の輪の中央には幼いマルガリータ王女が立ち、その白い顔とドレス、金色の髪は、光に浮かび上がる人々の中でも、いっそうの輝きを放っている。
 背後には、大きなカンバスに向かうベラスケス自身が、やや控えめに描かれているが、彼もまたカンバスの中からこちらに視線を向け、まるで鑑賞者である僕を見ているようにも見える。背景の鏡には王と王妃の上半身が小さく映っていることから、王と王妃は絵の外、つまり僕の立ち位置と同じ場所に立っていて、ベラスケスはこの2人の肖像を描いているというのが、この絵の構図に対する一般的な考え方だ。

「見えないんだけど・・・」後ろで女性の声が聞こえた。それはスペイン語ではなく英語だった。
 僕は反射的に振り返ったが、男ばかりで声の主は見当たらない。僕はまた前を向いて、さらに前進すべく空間が開くのを待った。
「ねえあなた。見えないのよ」また後ろで女性の声が聞こえる。僕はまた振り返った。
「何とかしてくださらないかしら?」声は下から聞こえてくる。僕は背後にある人と人との隙間を覗き込んだ。
 そこには黒い髪の少女が埋まっていた。てっぺんに結ばれた赤いリボンが印象的だ。
「こんな所からじゃ鑑賞どころではないわ。考えられないくらい酷い境遇だわ」少女は少し気取った声でそう言ったが、僕が上から覗いているのに気が付くと小さな白い顔に微笑みを浮かべた。その幼い笑顔と大人びた喋り方は、僕に奇妙な親切心を起こさせた。
「お待ちください」僕は笑顔になってそう声をかけると少女に背を向け「すみません。すみません」と人々の隙間を縫って前進を始めた。振り返って確認すると少女は僕の後についてゆっくりと前進している。やがて人垣は無くなって、僕は最前列に到達した。そこから先はロープが張られていて前には進めなかったが、僕は少女の両肩をそっとつかみ、体を入れ替えるように彼女を前に押し出した。6歳くらいだろうか?肩の上でオカッパにした真っ直ぐな黒髪に赤いリボン、ほっそりとした体にブルーのワンピースを着て、淡いクリーム色のカーディガンを羽織っている。明らかに東洋人だが、どことなく絵の中のマルガリータの雰囲気を漂わせている。
 少女は首を後ろにまげて利発そうな大きな黒い瞳で僕を観察していたが、どうやら合格判定だったらしい。「あなたは中国の方?」と質問してきた。
「いや」僕は小さく首を横に振ると「日本人ですよ」と答えた。
「そうなの」少女はここまでを英語で話してから「どうもありがとう」と日本語で礼を言った。
「どういたしまして、あなたも日本人ですね」僕が日本語で確認を取ると、少女は小さく頷いた。
「さあ、せっかくですから絵を鑑賞されてはいかがですか?」僕は畏まった口調で言った。
「そうね。では、遠慮なく」少女はそのまま絵の方に向き直った。
「う~ん」少女は人差し指を少し曲げて唇の下に添えてじっと絵の方を見上げていたが、やがて「可哀そうな王女様・・・」と呟くと黙り込んでしまった。
「どうしてそう思うんですか?」僕は少女の頭の上から質問した。
「だって、お友達が無さそうなんですもの。周りに何人も人が居るけれど誰もお友達になりそうにないわ。それにこの顔、とてもつまらなさそうに見える。
こんな薄暗い部屋で、こんな人たちに囲まれて、いい事なんて一つもないわ。だから可哀そう。そう思ったの」
「この人は王女ですよ。だから不自由なんて何一つない贅沢な生活を送っていると思うんですが?」
「そうかしら?とてもそんなふうには見えないわ」
 少女はまた黙り込んでしまった。
「この時代、宮殿を一歩出るだけで、飢えや病気、略奪や戦争という名前の悪魔や妖怪がそこらじゅうを歩き回っているんです。それに比べれば宮殿の中はどれだけ守られている事か・・・」
「でも・・・」
「そんなふうに思うのは、あなたがそうだからですか?」僕は上から覗き込むようにして質問した。
 少女は短い判断の時間をおいて「少し前まではそうだったの・・・」と答えた。
「今は違っているのですか?」
 少女は首を回して僕を見上げた。今は違っている・・・少女の顔はそう告げている。
「ねえあなた。今度は少し離れて絵の全体を見てみたいわ」信頼しきったような表情でそう言われると、とても逆らうことはできない。
 僕は後方を見渡したが、絵の前は人でいっぱいだ。後ろに下がると背の低い彼女は絵の全体を見ることはできない。思案の末最前列を明け渡して少し後方に下がった僕は、少女の腰を持って彼女を左肩の上に抱き挙げた。
「キャッ」少女は小さく悲鳴をあげて、僕の肩の上にフワリと乗った。まるで小鳥のように軽い。彼女の頭は観衆の上に飛び出したが、係員が咎める様子は無い。
「どうぞ、ごゆっくりご覧ください」僕は肩に乗った少女に声をかけた。
「ありがとう」少女は僕の方を向いて丁寧に礼を言うと静かに絵を眺め始めた。僕らの行動に驚いたのだろうか、観衆は一歩ずつ引いて、僕らの周りには空間が出現していた。
「もう結構です。下ろしてくださるかしら」やがて満足したのか彼女は言った。
 僕は人ごみを離れ、彼女をそっと床に下ろした。
「どうもありがとう。おかげさまで存分に絵を鑑賞することができました」
「それはよかった。離れて鑑賞して印象は変わりましたか?」
「印象は変わりません」少女はきっぱりと宣言してから続けた。「でも描かれている人の気持ちや描かれた時代の事を色々と想像できて、とても素敵な絵だと思うわ」彼女は満足そうに言った。
「それだけこれを描いたベラスケスの表現力が素晴らしい、ということですか?」僕は少女の目の高さに合わせてしゃがみこんだ。
「そうね。とても上手」少女はまた小さく頷いた。
「次は何を見るつもりですか?」僕は辺りを見回しながら尋ねた。
「マハがいいわ」彼女は嬉しそうに言う。
「わかりました。でもその前に・・・」僕は館内図を確認すると少女の手を取って歩き始める。
「どこへ行くの?」少女は疑問を口にしながらも素直についてくる。 
 階段を下りエントランスホールに出るとカウンターに向かって歩く。
 カウンターの前に立っていた地味な服装の女性がこちらを向いた。
「コズミ!」少女はそう叫び、僕の手を離してその女性に駆け寄った。
「エル様!」女性は膝をついて、突進してくる少女を抱きとめた。
「どこへ行ってらしたんですか?本当にもう!こういうところはお母様にそっくりですね」と少女の頭をそっとなでる。
 少女の環境を変えたのはこの女性かな?しっかりと抱きしめられている少女を見ながら、僕はそう思った。

2016.11.17
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

おや 
こんばんは。

エル様。コズミがお仕えしているということは、ええと、お母様があの方なのかしら?
ってことは、お相手が? それは誰かな。そっちのお話も読んでみたいですね。

ともあれ、エル、おしゃまで、しっかりした女の子、たしかにマルガリータ王女を彷彿とさせますね。

この「僕」が何者なのかも氣になります。ただの通りすがりの人なのか、それともこれから絵夢シリーズに登場するようになる人物なのか、もしくはもう既出の誰かなのか。

エルの王女の境遇に関する感想は、自分の境遇と重なるのかもしれないと思いました。もしかして、彼女も同じ年頃の友達がいなくて、それでこんなに大人びてしまったのかなと、考えてみたり。絵夢の子供時代はどうだったんだろう、そんなことも考えました。

ところで、サキさんがいらした時は、プラド美術館、そんなに混んでいたのですか? 日本以外で美術館がそんなに混んでいるのって、一度も見た事がないのでこの設定はかなりびっくりしました。
うう 
夕さんと同じ部分で「おや? まさか?」と引っかかっておりました。
そうそう、てことはお相手は誰??ですよね。いつの間にかどこかで誰かと出会っているのか、あるいは、既出の誰かと……
でも、このエルは「お友達がいなさそう」な王女に、自分を少し重ねているように見えるので、今はあまりハッピーではないのかしら。どんな境遇でどんなふうな生活になっているのか、物語のフルメンバーの動向が気になる短編です。
夕さんと同じく、空白部分を是非とも知りたいと思いました。

旅行の効果で、サキさんのイマジネーションが刺激されていて、新作が読めるのはすごくハッピーです(^^)
ええ~っ! 
更新、お疲れ様でした。

スペイン・シリーズですね。絵画のことは詳しくないのですが、wikiってみたら「ラス・メニ―ナス」って不思議な絵ですね。小説で言えば、登場人物たちが読者に語りかけてくる、みたいな感じでしょうか。

で、突然登場した女の子。初対面の「僕」をいいようにこきつかって、悪びれる様子もない。それでいて憎めないというか、可愛いとすら思えてしまう潔さ。なんか喋り方とか雰囲気が絵夢っぽいけどなぁ、でも彼女は出てこないってなってるし。なんて思っていたら、ラストの超展開。

え、え、え、なんですか、なんですか、この子。まさか絵夢のお●さん?
もうめっちゃ驚きました。いったい何があったのでしょう。
種明かしがあるのなら、楽しみにしています。
夕さん 
はい、そういうことになるんですね。
えっと、ミクが喉の手術でごたごたしていた頃、絵夢は34歳ぐらいになってます。結婚していてもおかしくはない年齢ですし、関空でミクを励ますシーンでも、絵夢の現況については触れないようにしています。
この物語はそれより後の設定ですから、娘が6歳でも良いんじゃない?という発想です。絵夢の娘ですから名前は漢字だと「絵瑠」ぐらいでしょうか?ほとんど思いつきで書いていますから、まだ詳しくは設定していませんけれど。

「僕」ですか?彼についても設定はありません。ただの通りすがりになる可能性が高いのでしょうか?でも後で設定を大きく変えるのはサキの常ですから、なんとも言えないですね。

絵夢の子供時代も、こういう思いをしたことはあったと思います。ある意味特殊な家庭ですからね。だからこそ、あちこち飛び回らなければならない絵夢はコズミを傍に付けることにしたのかも知れません。

あ、プラド美術館は意図的に混雑させています。でも絵の前が空くのを待たなければならないほどには混んでいましたよ。観光ツアーはこの2つの美術館は必ずコースに入れるようなので団体さんも多いです。

コメントありがとうございました。
彩洋さん 
こちらにもコメントありがとうございます。

あ、引っかかっていただけてありがとうございます。
お相手ですか?例のごとく設定はありません。実は絵夢シリーズの第三話に絵夢のデートシーンがあるのですが、その時の彼では無いとサキは思っています。
絵夢に合う男性なんてサキにはとても考えつけそうもありませんので、ずっと登場しないままになるんじゃないかと思ったりしています。

エルのハッピーではない様子を心配した絵夢が、コズミを傍に付けることにしたという風に考えています。絵夢自身にそんな経験がありましたし、仕事の関係で自分がずっとエルの傍に居ることが難しい状況ですから。

旅行の思い出はまるで夢だったかのように高揚感の中に浮いていますが、イマジネーションへの刺激にはなっているようです。
TOM-Fさん 
お、驚いていただけたようでとても嬉しいです。
「ラス・メニ―ナス」は是非とも実物を見ておきたかったので一度回った後、もう一回展示室を訪れ、時間をかけて鑑賞しています。
見ているとストーリーが展開していくような不思議な絵なんですよね。でもやっぱりマルガリータ、つまんなそうに見えます。

そしてエルの様子、気に入っていただけましたでしょうか?
何があったのでしょう?と言われても困るのですが、この時点では絵夢は結婚していて、子供が少なくとも1人いる。ということでしょうね。
ジョゼとミクがゴチャゴチャしている頃、絵夢は三十路中盤の年齢ですし、このお話はそのエピソードのもう少し後という設定ですから、不自然ではないでしょう?
細かい事情は例のごとく考えていませんが、絵夢の人生もちゃんと進んでいるんですね。

コメントありがとうございました。

 
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