Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

絵夢の素敵な日常・カーテンコール・ジョゼ

 拍手が鳴りやまない。
 スタンディングオベーションに巻き込まれ、観客席の真ん中で立ち上がっていたジョゼは、長時間の拍手に手の痺れを感じ始めていた。
 舞台の幕が上がる。これで5度目のカーテンコールだ。舞台にはたくさんのキャストが両手を繋いで並んでいて一斉にお辞儀をした。彼らが二手に分かれて舞台の後ろに下がると、今度はメインキャストが次々と登場し、にこやかに愛想良くお辞儀を繰り返す。
 大波が押し寄せるように拍手が大きくなった。タイトルロールだ。小柄な女性が生真面目な顔で登場すると、大きな歓声と声援が加わる。彼女は舞台の中央に立ち、それに答えて弾けるような笑顔を見せた。あの悲壮なエンディングからはとても想像できない笑顔だ。ジョゼはこれまでに彼女のこんな笑顔を見たことがない。濃いメイクと亜麻色の長い髪はよけいに彼女を別人のように見せる。『あれは本当にミクなのか?』拍手を続けながらジョゼは自分に問いかけていた。
 拍手がまた大きくなる。オーケストラボックスにスポットライトが当たり指揮者が紹介された。そしてやや遠慮気味にスーツ姿の男性が舞台に上がってきた。このオペラの演出家だ。たしかハンス・ガイテルという名前だったはずだ。紹介を受けながら舞台中央に進み、ミクをしっかりと抱きしめた。そしてミクの頬に唇を触れさせる。最初は驚いたような様子だったミクも抱擁を返した。どよめきが湧きあがる。2人並んで手を繋いで優雅に頭を下げると、更なる歓声と拍手が2人を包み込む。
 観客席の照明が点いた。
 居並んだキャスト全員が笑顔でお辞儀をすると幕が下りてきた。まだしばらくの間は拍手が続いたが、後ろの方の観客から少しずつ席を立ち始め、カーテンコールは終了した。
 ジョゼは放心状態だった。たまに練習しているのを聞いていたから、ミクの歌声は知っている。とても素晴らしい声だというのも分かっている。そのつもりだった。だけど舞台の上のミクは全く違っていた。その歌声と演技は、ジョゼの知っているミクとは全く違っていた。
アッという間にオペラの世界に引き込まれ感動させられた。そして繰り返されるカーテンコール。送られる熱狂的な拍手、歓声、そして声援。
『あれは本当にミクなのか?』ジョゼは頭の中でもう一度繰り返した。

 一度舞台を見に来てほしい。ミクにそう言われたのはポルト近郊の運河の町、アヴェイロまでドライブに出かけた帰り道だった。アヴェイロで買ったお菓子、オヴォシュ・モレーシュをお互いの口元に運びながらドライブしていた時、ミクが突然そう言ったのだ。幸せな気分でいっぱいだったジョゼは二つ返事で「いいよ」と言ったが、言ってしまってから少し後悔した。
 ジョゼはオペラの舞台を実際に見たことはない。ミクの練習に付き合って歌を聞いた事はあったし、ミクが一生懸命練習しているオペラのDVDを借りてきて、食事の合間に“ながら見”をしたこともあった。だが、演劇として構成された実物を生で見たことはない。だからちゃんと理解できるか心配になったのだ。それにミクの出演する舞台を見に行くとなると、多分ドイツまで行かなくちゃならない。お金は何とかなると思うが、そんなに休暇を取ることができるのかも心配だった。
「飛行機と舞台のチケットは予定が決まったら送るね。ホテルはもったいないから、あたしのアパートに泊まったらいいよ」何気ない様子でミクが続ける。
「え?姉貴のアパート?」また姉貴と呼んでしまったと思ったが今はそんな場合じゃない。姉貴のアパートだって?
「だって、もったいないじゃない。ミュンヘンのホテルってやっぱり高いよ。遠慮しなくていいよ」
「でも!でもさ・・・」ジョゼの心は舞い上がったまま降りてこない。
「じゃぁ、それで決まりね。スケジュールが決まったらなるべく早めに連絡する。休暇も取らなくちゃいけないでしょ?」ミクはさっさと段取りを決めてしまった。
「チケット代はちゃんと払うから・・・」ジョゼはようやくそれだけを口にしたが「だめ、年上の言うことは黙って聞きなさい」とミクが一口かじったオヴォシュ・モレーシュを口に突っ込まれてしまった。
 予定が決まったとチケットが送られてきたのは2カ月前の事だった。あらかじめ根回しをしておいたから休暇は上手く取れた。上司の巧みな誘導尋問で女がらみだということがばれていたので、上手く取り計らってくれたのだ。暫くは休みが無くなるぞ、という脅しが付いていたが。

 ふと我に返ると、客席にはもうほとんど人が居なくなっている。
 ジョゼは大きくため息をついた。あらかじめミクと決めておいた予定では、舞台がはねたら楽屋を訪れることになっている。ジョゼはゆっくりと座席の間を移動し、清掃を始めたスタッフの邪魔にならないように通路を後方に進む。そしてロビーへ出たところで右手に向かい、楽屋の入口を目指す。ロビーの突き当たりのドアは開いていて、たくさんの人が集まっているのが見える。ジョゼは楽屋へ入ろうとその人だかりに近づいた。
「楽屋へ入りたいんですが」ジョゼは手近に居た1人の男に声をかけた。
「見たらわかるだろ?ちょっと無理だな。観客と取材の記者達でいっぱいだ」その男は答えた。
「なんの取材ですか?」
「エストラーダ女史に会いたいんだろう。俺も取材をしなきゃならないんだが、ちょっと出遅れちまってね。こりゃ、コメントは取れそうもないなぁ」
「そんなに人気なんですか?」
「まぁな。このところちょっと話題の人だ。最初は地方の小さい劇場で少し話題になっただけだったし、そのあと喉をやられて休養してしまったし、それでお終いになると思っていたんだ。才能があっても努力をしても、喉をやられてお終いになる歌い手はたくさんいるからな。彼女は腕の良い医者に出会えてラッキーだったと思うよ」
 ジョゼは絵夢の顔を思い浮かべた。絵夢のヴィンデミアトリックス家やローマの由緒ある名家がこの話には絡んでいるようなのだが、ここでそれを喋るわけにはいかない。
 男は話を続ける。「それにしても回復してからが凄かったな。大ブレークだよ。完全に予想外で、おかげで出遅れちまった。ガイテル氏のコメントでも取れればいいんだが・・・」男は口をへの字に曲げ、両手を横に広げた。
「ガイテル氏って演出家のですか?」
「ああ、奴がエストラーダ女史の才能を見出したんだからな。いい仲だって噂もあるしな・・・」
「いい仲?」ジョゼの口は半開きになった。
「気になるかい?噂だよ、噂」男はニヤリとした。

 ジョゼは背を伸ばして廊下の奥の方を見た。奥の方が騒がしくなったのだ。
「お!ガイテル氏だ。なにか話してくれそうだな」男は慌てて廊下の奥に向かって突進していった。
 ジョゼはそのままの姿勢で男を見送っていたが、現れたガイテルが記者や観客に取り囲まれ、笑顔で話し始めるとクルリと向きを変えた。
 そして、そのまままっすぐ進んで出口に向かい劇場の前の階段を下った。ジョゼの頭の中には舞台の中央に立つミクの姿が浮かび上がる。
 ミクの演技は素晴らしかった。舞台ではまるでそこにだけ光が当たったように存在感があった。オペラの経験の無い自分が、あの物語の世界に引きずり込まれたのは、ミクを応援する気持ちがそうさせただけじゃない。ミクの持つ歌唱力と演技力、それが掛け値無く素晴らしかったからだ。あんなに光り輝くミクは見たことが無い。そしてあのカーテンコール、観客はとても興奮していた。きっといい評価が与えられたんだろう。ガイテルとのコンビはとても相性がいいみたいだ。ミクがあんな風な笑顔を見せるのは初めて見た。そしてこのコンビでこれからも公演を成功させていくんだろう。
 ジョゼの頭の中にあの抱擁シーンが繰り返される。ミクの頭でキラキラ輝いていたトパーズの並んだヘアピンが思い出される。
 ジョゼは当てもなく通りを歩いて行く。
 と、ジョゼの携帯のバイブレーションが着信を知らせた。
 ジョゼは歩みを止めポケットから携帯を引っ張り出す。ミクだ。心配してかけてきたんだろう。ジョゼは電話に出ず、携帯をまたポケットにしまう。バイブレーションは暫く続いていたがやがて止んだ。ジョゼはもう一度携帯を取り出して電源を切った。

***

2016.07.27
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

ありゃりゃ、ジョゼったら 
こんばんは。

サルベージの結果、まずは悪くなかったようでホッとしました。
でも、引き続きご無理はなさらないでくださいね。

で、ジョゼがぐるぐるしだした?
わざわざドイツまで来て、しかもミクのお部屋に泊るのに!
でも、そうですよねぇ。
「世界が違うかも」って思うでしょうね。
弟キャラなのかなとか、勝手に自己完結しちゃいそうです。

後編で少しは頑張るんでしょうか。
ミクは頑張ってチャンスを作りまくったから、ジョゼも頑張んないとね。
(この人ごとな私……)

後半を楽しみにしています。
あらら 
サキさん、おはようございます。
体調、今のところ安定しているようで、良かったです。
熱中症とはまた違った症状だったのでしょうね。

そして、久々のジョゼとミク。
ミクの才能と技量にすっかり魅せられちゃったジョゼの、感動を超えた戸惑いのようなものがじわじわ伝わってきます。
年齢以上の距離を感じてしまったんでしょうね。
携帯にでなかったのは、そんな戸惑いからなんでしょうか・・・。
続きが気になります。
ジョゼとミクって、いくつくらいの年齢差があったんでしたっけ。
少しくらいの年齢差、問題じゃないよ~って、伝えてあげたいけどなあ・・・。
 
執筆、お疲れ様でした。

あらら~、ポルトのデートでいい感じに距離が縮まったのに……。
おい、そこで引くなよ、強引に会いに行けよ、男の子だろ!
と、ジョゼにつっこんでおきます。まるで、ウチのダメンズたちみたいですね(笑)
舞台のミク、とても輝いていて素敵でしたね。
ミクは芸能人(?)ですからね。一般人とは、どうしても住む世界がちがうというか、こうなりますよね。
手が届かないと思ってしまったジョゼの気持ちもわかるなぁ。

でも、当然、このままじゃ終わりませんよね。
次話、楽しみにしています。
夕さん 
ありがとうございます。
原因不明なのはちょっとすっきりしないのですが、人の体ってそんなもののようですから。
あまり無理をしないように過ごしていますが、体調は少しずつ戻っているように感じています。

そしてサキだけでなく、ジョゼまでがぐるぐるしだしました。
ミクの思い切った行動が引き金になって混乱しているみたいですね。
「弟キャラ」ですか?まさにそんな感じに思えてきているかもしれません。
格差カップルだという自覚は、ジョゼの方にたくさんあると思いますから。
今は自己完結しちゃってるんでしょう。無限ループ状態です。
さて後半、ジョゼは頑張るのでしょうか?お楽しみに!

コメントありがとうございました。
limeさん 
ありがとうございます。
少しずつ体調は戻ってきているようなので、油断せずに節制していようと思ってます。

ミクにそんな意図はなかったのですが、ジョゼにとって光り輝くミクの舞台はかなりインパクトがあったようです。
すっかり混乱し、ミクとの間の大きな距離を意識してしまったみたいです。
ちょっといじけちゃったこともあるのでしょうが、携帯で話す気分じゃなかったのでしょう。電源を落としちゃいました。

ジョゼとミクの年齢差は6つです。
微妙な差ですね。そんなに大きな差ではないですが、けっして小さくは無いというところでしょうか。
でもこれ偶然なんですよ。夕さんが小学生としてジョゼを登場させたときに必然的にこんなことになっています。
夕さんもビックリの展開だと思います。
歳の差をジョゼも気にしていますが、ミクはジョゼ以上に気にしています。

コメントありがとうございました。
TOM-Fさん 
距離はぐっと縮まったのですが、いかんせんこの舞台を見てしまってはねぇ。
ミクはただ舞台を見せたかっただけで、ジョゼがここまで混乱することは想定外です。こんなに回復したんだよって、見せてあげたかったんですよ。そしてできればねぇ・・・。
ずいぶん思い切って行動に打って出たんだけど。逆効果か?
でも、男ってこんな感じになっちゃうことが多いんじゃない?というサキの想像で書いています。ジョゼの気持ちを汲んでいただいてありがとうございます。

はい、このままでは終わりません(多分)
お楽しみに!

コメントありがとうございました。

 
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