Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

狐画(前編)

Stella/s月刊Stella 2016 2・3月合併号掲載作品

 あの不思議な体験からは随分時が経ってしまったから、その時僕がどう感じたのか、どう考えたのか、どう行動したのか、言葉では細かい部分まで正確に表現することはできないと思う。あの現実離れした出来事は無理に言葉にしようとすると大切な部分があっという間に失われ、そうでない部分だけが君に伝わってしまいそうな気がする。
 だから僕はこの体験を長い文章にした。一つ一つの動作を確認し、細かい部分まで記憶を呼び覚ました。これからのこともあるし、君には全てをなるべく正確に順序立てて説明しておいた方が良いと考えたんだ。もちろん、読む読まないは君の自由だけれど・・・
 どうだろう?君は読んでくれるのだろうか?
 そしてまた僕に連絡をくれるのだろうか?


 当時僕はT市の町はずれにある一軒家に住んでいた。家は駅から歩いて10分程の住宅街にあったが、近くにはまだ田んぼや畑があって自然を感じることができた。車の往来も少なく静かで、構想を纏めるために散歩をするのにも最適の環境だった。それに建物が古かったせいで家賃が割安だった。ま、当時から一戸建てというのが僕の家選びの最重要条件だったから、ぼろ屋でもこの家には充分に満足していた。
 12月のある日のことだ。クリスマスの直前だったことは覚えている。夜11時頃、息が白かったから相当冷え込んでいたと思う。家路を急いでいた僕は、駅からの路地を出たところで立ち止まった。少し広くなった道の先にはオリーブドラブの幅の広い軍用車が道を塞いでいた。その先にもまだ何台も並んでいる。
「軍の車だ」その大仰な様子に驚いて僕はポツリとそう呟いた。
 車の後ろには3人の隊員が、通行止めの指示をするためか、赤いシグナル灯を持って立っている。
 突っ立っている僕に隊員の1人が近づいてきた。
「どちらへいらっしゃいますか?」にこやかに訊いてくる。
「この先です。家がそっちなんで・・・」僕は多分素っ気なく答えたんだと思う。
「我々は現在特務行動中です。この車両の関係で自動車の方には迂回をお願いしていますが、今のところ徒歩の方には何も制限はありません。どうぞお通りください。少し狭くなっていますので、お気を付けください」隊員は行き先をライトで照らしてくれた。
「どうも・・・」僕は軍用車の横を抜けて家へと向かった。その先にはたくさんの隊員が待機していた。『こんなところで、軍がいったい何の作戦だろう?』僕は不安な気持ちを抱えながら、冷え込みの中で黙々と待機している隊員たちの脇を抜けて家の玄関に辿りついた。
 家の中は冷凍庫のように冷え切っていた。僕はコートを脱ぐ前にダイニングキッチンの石油ストーブに火を入れ、そのままやかんで湯を沸かす。続けてコーヒー豆を挽き、ペーパーフィルターをセットしてコーヒーを入れ始める。いい香りが漂い始めるころ部屋は温まり始め、僕はようやくマフラーを外しコートを脱いで壁際のハンガーに掛けた。カップにコーヒーを注ぐと、ダイニングテーブルの硬い木の椅子に腰かけてゆっくりと口を付ける。一口目を空気と一緒に吸い込み、喉の奥に送り込んだ時、玄関の方で物音がした。
『なんだ?さっきの隊員かな?』そう思いながら僕はドアに向かい、ドア越しに返事をする。「はい?」応答がないのでそっとドアを開けようとしたが開かない。どうやらドアの向こうに何か障害物があるようだ。僕は両手に力を込めてドアを押した。隙間が徐々に広くなる。その隙間から白いくて細い人の手が見える。驚いてさらにドアを押し広げ、自分が通れるくらいの最低限の幅を確保すると頭を外に出した。誰かがドアに寄りかかるように倒れている。もがきながら隙間を抜けて外に飛び出し、かがみ込んで様子を見る。それは女性だった。ツバの広い黒い帽子を被り、同じ黒のゆったりとした上着、そしてロングスカート姿だ。「大丈夫ですか?」僕は声をかけた。微かに目を開けたが意識がもうろうとしているようだ。僕は助けを呼ぶために玄関先を離れ、路地を抜けて表の道に出た。軍の連中がたくさん待機していたはずだ。
 しかし表の道に出た僕は呆然と左右を見渡した。そこには人っ子1人居なかったからだ。あれだけ止まっていた軍用車も、待機していた隊員達も、みんな消えていた。僕は諦めて玄関に戻った。するとドアの前の女性も消えていた。何事もなかったように玄関は静かだ。僕は狐につままれたような気分でドアを開けた。そう言えばコーヒーを入れたままだった。鍵を閉めた事を確認し、廊下を進んでダイニングキッチンに入る。コーヒーカップを手にとって一口すすろうとしたその時、僕の目は床に釘付けになった。そこにさっきの女性が倒れていたからだ。
 僕は暫く固まってから心を落ち着かせ、女性の横にひざまずいた。今度は完全に気を失っているようだ。そっと肩を揺すり「もしもし」と声をかける。ポトリと帽子が堕ち、銀色の長い髪が溢れ出す。「おお」そして驚いたことに、女性の頭には一対の耳が生えていたんだ。普通の耳じゃない。猫や犬に付いているあの三角の耳だ。『コスプレ?』僕はそっとその三角の耳に触れる。柔らかな銀色の毛が生えていて体温まで感じられる。それにちゃんと頭皮につながっている。『付け耳じゃない』僕はふと気になって、本来人間の耳が付いている場所の髪を掻き分けたが、そこに耳はない。「どういうことだ」心の声は思わず口をついて出た。白い顔は滑らかで、ほっそりとした鼻と、どきりとするような鮮やかな唇が印象的で、それはどう見ても人間のものだ。そっと鼻の下に手を当てると微かな呼吸が感じられる。大丈夫そうだ。僕は誰かに助けを求めることを諦め、女性をそっと抱き上げた。ほっそりとしたその体は思っていたよりもずっと軽く、柔らかく、そして冷え切っていた。隣室との境の襖を足で開け、その部屋にある自分のベッドに女性をそっと降ろす。靴を脱がせ、着ていた服を緩めると、毛布と掛け布団を被せた。暫く様子をうかがっていたが、体温が上がってきたのだろう、小さく唸って体を伸ばす動作をした。それを見ていた僕は少し安心して、リビングダイニングに戻った。
 僕はコーヒーが冷め切っていることに気がついた。やれやれ、僕はコーヒーを温め直しにかかった。


2016.01.28

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