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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

ムルチェラゴ

Stella/s 月刊Stella12・1月合併号掲載作品

『12月25日 メリー・クリスマス』
 コントロール用タブレットの隅に表示されたカレンダーの日付が変わった。
 どうやらこの世界にも神は存在しないようだ。あれから丁度1年。事態は動いてはいるようだが、それはあらぬ方向へだ。「何がメリー・クリスマスだ!」俺はタブレットに向かって悪態をついた。
 ムルチェラゴは大きく欠伸をしながら背中をそらし、両手を前に伸ばして伸びをした。そして俺の傍に寄り添うと再び眠りに落ちて行った。静かな寝息が俺の肩にかかる。俺は暫くの間その様子を眺めていたが、やがてムルチェラゴの頭にそっと手を置いた。
 ムルチェラゴの頭には肩に届くくらいの真っ黒な長い毛が生えている。俺の手はそのサラサラとした真っ直ぐな毛を手櫛ですいてから、ゆっくりと首筋から背中へ移動する。ムルチェラゴのうなじから背中の中程にかけては脊髄に沿って艶やかなたてがみが生えている。頭の毛と繋がったそれは進むにつれてだんだん短くなり、やがて白い背中に吸い込まれるように消える。そしてその先は滑らかな肌へと変わる。俺の手は脊髄に沿ってさらに進み、やがてつるりとした臀部の左右の盛り上がりに到達する。暫くそこを彷徨った後は太ももを回り込んで下腹部へ、そして陰毛からヘソまで繋がった短い毛を伝う。短い毛はそこでまた消え、つるりとした柔らかな乳房へ辿りつく。俺は2つの膨らみの先に付いた乳首に触れて、それが硬くなるのを確認すると、白い肩を撫ぜ、さらに首筋を進み、張りのある頬に触れてから、また頭の長い毛に戻った。ムルチェラゴは乳首に触れられた時にピクリと反応し、薄く目を開けてこちらを見ていたが、やがてまた安らかな眠りに戻って行った。
『呑気なものだ・・・』俺はムルチェラゴの寝顔を見ながら、ちょうど1年前のクリスマスに起こったことを思い出していた。

『12月25日 メリー・クリスマス』
 操作用モニターの隅に表示されたカレンダーの日付が変わった。
 どうやらこの世界に神は存在しないようだ。これ以上は無いくらいの最悪のクリスマスだ。「何がメリー・クリスマスだ!」俺はモニターに向かって悪態をついた。
 流刑星まで続く予定だった退屈な日々は終わりを告げた。今の状況から思えば、その退屈極まりない日々は至福の時間だった。流刑星で待っていた無期の刑務所暮らしや厳しい労役でさえ鼻歌まじりにこなせるぐらいに思えてくる。全てはたった1つのトラブルで変わってしまった。
 たぶん反応炉の燃料に問題があったのだろう。そのせいで反応炉は必要なエネルギーを供給できなくなった。そして制御用のエネルギーの供給を絶たれたΩドライブシステムは当然ながら暴走し、すべてのエネルギーを宇宙空間に一瞬でまき散らした。全ては想定外の出来事だった。たった1つのトラブルは幾つもの相反する要素を持った事態を連鎖的に誘発し、何重にも張られたフェイルセーフシステムの狭間を突いたのだ。
 命からがら救難ポッドで脱出できたのは、どうやら俺一人のようだ。ビーコンが出す救難信号は空しく宇宙空間に吸い込まれるばかりで、どこからも返事はない。
 そりゃそうだろう。こんな辺境宙域に誰かが居るなんてことあるはずがないんだから。
 それにここまで最悪だと、救難ポッドで脱出できたことすら、これから待ち受けるさらなる苦しみを与えるために仕組まれた罠のように思えてくる。脱出できたとき、安堵のため息をついて一瞬でも脱獄の成功を喜んだ自分が、最悪のおめでた野郎に思えてくる。どうすればいい?俺は酸素が切れて窒息していく自分を想像しながら呆然としていた。
 突然モニターの中央にメッセージボックスが開き、赤い文字が点滅した。『救援か!?』俺は色めきたったが、それが応答信号ではなく別の救難信号であることに気がついて激しく落胆した。だが脱出に成功した仲間からの信号かもしれない、そう思い直した俺は、残り少なくなった燃料を制御しながら徐々に接近した。
 そしてこの巨大な客船を発見し、当然の成行きとしてその船内に潜入することになった。そうした方が状況が改善することは明白だったからだ。
 だが、さっきも言ったように、展開はあまり芳しいものではなかった。まず、船内には誰もいなかった。俺がたどり着いたのは遺棄された客船だったのだ。しかも動力を持たない艀だった。これではどこへも行けない。。救難信号は空しく宇宙空間に吸い込まれるばかりで、どこからも返事はないのは同じ状況だ。繰り返すが、こんな辺境宙域に誰かが居るなんてことあるはずがないんだから。だが俺は船内に残された無尽蔵と言えるぐらいの大量の食糧を発見し、さらに生息環境とそれを長期間維持出来るエネルギーを手に入れた。アーコロジーシステムも融合炉も異常無く働いていたからだ。そして、俺は1頭のムルチェラゴに出会った。それが俺の横で寝息をたてて眠っているこいつだ。

 43番ビンの中にこいつを見つけた時は大変だった。敵とみなされてずいぶん激しい攻撃を受けた。つまり、咬みつかれたり引っ掻かれたりした。肩にはまだ歯型が残っている。可愛い顔をして、やることは結構強烈だ。だがこいつらは武器は使わない。こいつらの知能は人間並みか、分野によっては人間以上だが、そういうふうに作られている。
 大概の人は知っていると思うが、ムルチェラゴは人類が作り上げた最も高度な生命体だ。20年ほど前、人間の移植用臓器を生産する過程で鬼っ子のように誕生した。政府や医療健康省、それに実務を進めた研究機関には、このような生命体を作り出す意図は全くなかったのだが、どこにもマッドサイエンティストは居るものだ。ムルチェラゴは生み出され、そして直後に禁止され滅ぼされた。まるで間違って開けてしまった箱の中身に慄き、慌てて蓋をするように・・・。
 成体の体長は150センチ程、やや小柄だが人間を元に作られているため、見た目は人間と変わらない。一部体毛が多い程度だ。
 あまりに人に似ているため、人権や倫理についての問題は初期の段階から大きな問題になった。だが、それより人類が恐れたのは、人間を凌駕するその高い知能だった。人々はムルチェラゴに接するたびに、己の不明を恥じることになった。
 だが禁じられるとそれを欲する者が出てくるのは世の常だ。ムルチェラゴは性的玩具として闇で取引されるようになり、それを生業とする組織も現れた。もちろん違法だったが、摘発されると組織は一層地下深くへ潜伏し、さらに強大になった。
 多分この客船はそういう組織がムルチェラゴを使った闇のパーティーを開くための舞台装置だったのだ。大がかりな摘発か、組織同士の抗争か、何らかの理由で大慌てで船を放棄したに違いない。そして少しトロい所のある43番ビンのこいつだけが取り残されたのだ。俺はそう考えている。

 やがて43番ビンのムルチェラゴと俺は友好条約を締結し、表面的には穏やかな日々を送るようになった。だが、どこへも行けないという状況に変わりはない。この船のアーコロジーシステムから離れるということは、すなわち死を意味しているからだ。そしてまたクリスマスが巡ってきた。俺はムルチェラゴの頭を抱いたまま少し眠ろうとした。
 その時、モニターの中央にメッセージボックスが開き、信号音と共に赤い文字が点滅し始めた。信じられないことに今度は応答信号だ。俺は跳ね起きるとパネルにタッチし発信元を確認した。間違いない、相手はこちらの救難信号に反応して応答を求めている。だが応答しようと動き始めた俺の手は動きを止めた。チラリとムルチェラゴを見る。ムルチェラゴは何が起っているのかを見極めようとするように、大きなこげ茶の瞳をこちらに向けている。
 相手は要求を続けている。
 俺の手は動きを止めたままだ。
 このまま応答して救助されても、ムルチェラゴがどのように処遇されるのか俺にはわからない。今の社会ではムルチェラゴの存在そのものが否定されているからだ。ムルチェラゴは闇の世界から出ることは許されないのだ。そして俺の場合はこのまま無期刑が執行されるだけだ。
 俺の手は動かない。
 やがて相手は呼びかけを止めた。メッセージボックスが閉じ、画面は静かになる。本来は救難信号を受けたらそこに駆けつけて救援行動をとる義務が生じる。だがこのルールは必ずしも厳密に運用されているわけではない。宇宙船はそれぞれに重要な任務を抱えているし、現場に駆けつける余裕の無い場合も多い。だから応答が無い場合は無かったことにされるケースもある。もちろんこんな事が公になることは無いが、コスモノーツの間では時々噂に登ることがあった。今回もこんなケースなのだろうか。呼びかけてくれていた相手は静かに宙域を離れていった。
 俺は長いため息をつくとムルチェラゴを見た。ムルチェラゴも俺の目を見つめている。こげ茶色の大きな瞳は何もかもを超越した力で、俺の体を透かしてゆく。暫しの経過の後、俺の思考はすっかり読み取られ、それが完了したことを示すようにゆっくりと瞼が上下する。やがてムルチェラゴは目を瞑り、安らかな寝息を立て始めた。
「メリー・クリスマス」俺はそう呟くと、救難信号を出し続けていたビーコンの電源を落とした。

2015.12.24
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

なかなか 
更新、お疲れ様です。

一人称の効果が活きた、ちょっとダークな一篇ですね。
「俺」とムルチェラゴだけの難破生活、閉じられた生存環境での、あてのない逃避行。サキさんらしい、硬質なSF作品ですね。
ムルチェラゴ――コウモリとは、彼女(?)にぴったりな名称ですね。突然変異かキメラか、いずれにせよ悲劇的な存在ですよね。
この先、この二人……いえ、一人と一体でしょうか、彼らになんらかの救いがあるのか。ラストシーンの続きが、気になります。
おやおや 
こんにちは。

おお、ムルチェラゴだ。
記憶違いなのかもっと動物っぽいのかと勝手に思っていたんですけれど、そうか、人とはちょっと違うけれど女の子っぽいんだ。

先さんが難色を示したシーンは、なんとなくわかります。でも、書かないと「俺」の複雑な心境がちょっと伝わりにくくなるから、サキさんが書いたのもよくわかります。

「俺」にとってもムルチェラゴにとっても、今のままだといつかは困るけれど、でも、「救難」されても根本的にはまったく「救難」ではないのですね。それよりはむしろ、こうして二人でいられる方がいいのかも。

今回のシーンからは寝ているだけにみえますが、人類よりずっと高い知能を持つというムルチェラゴ、「俺」には想像もつかない何かを考えているのかもしれませんね。

透明で不思議な、ロマンティックで、でも甘さよりもほろ苦さの際立つ、実にサキさんらしいクリスマス作品でした。

TOM-Fさん 
せっかくクリスマスだから・・・と構想を巡らせてこれなんですから、サキも相当の天邪鬼だと自分で思います。
「俺」はムルチェラごとの生活を望み、ムルチェラゴもそれを拒否しなかったということなのでしょう。硬質なSF・・・と言っていただけてとても嬉しいのですが、こんな作品は今流行らないですね。サキだからしょうがないな、と思ってくださる方ぐらいしか読んでくださらないのではと思っています。ラノベはいいなぁ(といってもサキは書けないんですけれど、第一ラノベの定義すらわかっていない)。
ムルチェラゴは何者か!人間の作り出した人間を超える物の悲劇。
1人と1体のその後・・・例によって何も考えていません。

コメントありがとうございました。
夕さん 
クリスマスイブがどうしてムルチェラゴに繋がったのか、サキにもよくわかっていません。ふと、思いつきました。
そうなんですね、外観はほぼ人間の女性と変わりません。たてがみとか少しだけ違っていますが。そして「俺」がうっかり惚れてしまうほどの可愛さも持っている、という設定にしています。以前のお話しでは、もう少し動物っぽいイメージを持っていたんですけど。
「俺」は普通の男ですから、何となくどんな考えで行動しているのか想像が付きますが、ムルチェラゴが何を考えているのか、それは作者のサキにもまったくわかりません。なにしろ人類より高い知能を持っているのですから。きっとサキも不明を恥じるでしょう。

少し変わった作品ができあがりましたが、サキは後味にすこし苦みを感じています。
例のシーンのこともありますが、先はこの後味も含めてウンと言わなかったのだと思っています。

コメントありがとうございました。

 
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