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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

Promenade 2

scriviamo! この作品はscriviamo! 2015の参加作品です。

 関西国際空港、そのターミナルビル4階にある国際線出発ロビーは、大勢の人で溢れていた。チェックインの列に並ぶ団体客、大きなスーツケースを曳いたビジネスマン、レジャーに出かける家族連れ、カートを押した友達連れ、どう見ても新婚旅行のカップル、そして彼等を見送りにきた人々、この奇妙な高揚感の漂う特異な空間には様々な人々が集まっている。彼等は出発への期待に胸を膨らませて楽しげに会話を交わしたり、1人でベンチに座って書類を確認したり、様々な思いを胸に自らの旅立ちへの備えを継続している。流れる外国語のアナウンスはこれから向かう異国を連想させ、人々を、特に日本人をいっそう特別な気分にさせる。
 その人々の中に、それとは異なる雰囲気の1人の女が座っている。出発ロビーの端の方のベンチに、足下に機内持ち込み用のスーツケースを従えて、彼女はポツリと座っている。歳は20代後半だろうか、ゆったりとしたベージュのロングニットにストレートのデニムパンツ、首元からはチェック模様のシンプルなシャツの襟が覗いている。髪はちょっと短すぎるくらいにカットされていて、それが気になるのか時々首筋に手を当てる仕草をする。腕時計をチラリと見て、それから出発の予定が表示されたモニターに目をやる。そして小さくため息をつくと、彼女はまた出発を待つ人の群れに自分を紛れ込ませた。

 絵夢は改札口を出るとデッキを渡ってターミナルビルへ急いだ。そしてエスカレーターを使って一気に4階まで上る。
 昨夜遅くの彼女からの電話は唐突だった。絵夢は彼女が日本に帰ってきていることをまったく知らなかったのだ。いつもの調子でとりとめのない日常の会話を続けるうちに、彼女の様子がいつもと違う事に気がついた。それにこれは普通の通話だ。海外からなら追加料金不要のパケット通信でかかってくるはずだ。
「今どこにいるの?」絵夢の追求に彼女は今日本に帰国していることを白状した。
「どうして知らせてくれなかったの?」彼女は絵夢にポツリポツリと事情を話し始めた。
 彼女は絵夢より6つも年下だったが、とても大切な友人の1人だ。彼女が16歳、絵夢が22歳の頃からの付き合いになるから、もう12年来の友人ということになる。
 彼女とは日本で出会ったのだが、その後事情があって生活の拠点を海外に移した。絵夢は何度か彼女が世話になっている家を訪問させてもらって楽しい時間を過ごしたし、彼女が学校に通うためにアパートを借りてからは、そのアパートを訪れることもあった。彼女には歌の才能があって、声楽の専門教育を受けるために世話になっていた家を離れたのだ。
 彼女はすぐに頭角を現したが、世界はそんなに甘くなかった。教授に認められて院まで進んだものの、卒業後幾つかの役をこなしただけで、そのあとオファーが無くなった時期もあった。
 彼女は自信を無くして殻に閉じこもったこともあったが努力を続け、最近は端役や、時にはサブキャストの仕事も舞い込むようになって、地道に歌手生活を続けている。絵夢も色々と相談を受けアドバイスもしたが、やはり彼女の努力が報われたと考えるべきだろう。絵夢も何度か舞台を観たが、評価はけっして悪くは無かったし、卓越している部分もたくさんあった。今準備中の公演ではメインキャストを割り付けられていて、日本でのんびりしている暇など無いはずだ。
「喉にポリープが出来たの」彼女は日本にいる理由を語り始めた。「たいしたことは無いんだけど。やっぱり全力で歌うと声が微妙に割れるの」電話の向こうの声は沈んでいる。
「それで日本に?」
「専門のお医者さんに診てもらったんだ」
「結果は?」声質に気をつけながら絵夢は尋ねる。
「手術は難しいと言われた。位置が悪くて失敗すると声に影響がでるかもしれないって」
「そう・・・」絵夢は言葉を失った。
「でも日常生活にはなんの問題も無いんだよ」彼女は声を明るくする。
「会いたい。会って話がしたい。いつまで日本にいるの?」
「明日の飛行機で帰る」
「明日?」絵夢の声は珍しく裏返った。
「いまどこにいるの?何時の飛行機?どこの空港?」絵夢の質問に彼女はホテルの場所と飛行機の時間を答える。
「神戸?今からじゃそこへは行けないわ。明日1番の新幹線でそちらへ向かいます。出発ロビーで待ち合わせにしない?会いたい。会って顔が見たい」

 絵夢はエスカレーターをおりるとあたりを見渡した。
 彼女の姿は見当たらない。まさかもう出国したの?そんなことはしないとは信じているが、絵夢の心を不安が満たしていく。GのチェックインカウンターからAまで順にベンチを覗いていく。居ない。気を取り直してもう一度AからGへ、ベンチとチェックインカウンターに並んでいる人々を確認していく。やっぱり居ない。携帯電話を取り出そうとしたその時、絵夢は1人の女性に目を留めた。
 彼女だ!見つけた。あまりにもイメージが違っていたため最初は見過ごしてしまっていたのだ。絵夢は彼女に駆け寄った。
「ミク!」
 彼女は顔を上げた。あのツインテールにまとめられ長く伸ばされていた髪はショートカットに変わっていた。でもクリッとした大きな目、小さな鼻、凜々しい口元は確かにミクだ。「ミク!」絵夢はもう一度彼女の名前を口にした。
「絵夢」ミクは安心したようにふわりと微笑んだ。そして恥ずかしそうに首筋に手を添える。
「どうしたの?その髪」絵夢は思わずそう尋ねた。尋ねてしまってから少し後悔したがもう口にした後だ。どうしようもない。
「これ?もう歌えないんだったらいいかなぁって・・・おかしいかな?」ミクは髪の上から首筋に手をあてた。
 絵夢は黙ってミクに近づくときつく肩を抱きしめた。ミクははじめ黙って抱かれていたが、やがて絵夢をきつく抱き返した。
「会わないで帰ろうって思っていたんだよ。でもけっきょく電話しちゃった。声だけでも聞けたら良いなぁって思ったの」
「それだけで済むはずがないじゃない」絵夢はもう一度しっかりとミクを抱きしめた。そのまま2人は仲の良い姉妹のように、ベンチに並んで腰掛けて話し込んだ。
 暫く顔を合わせていなかった2人は近況を伝えあい、抱えている大きな問題について深く話し合った。
 やがてミクの乗る便の搭乗開始を予告するアナウンスが流れる。
「そろそろ行かなきゃ」ミクが出発の予定が表示されたモニターに目をやった。
「本当に搭乗をキャンセルすることは出来ないの?」絵夢が食い下がる。
「舞台に穴を開けるわけにはいかないからね。今度は久々のメインキャストなんだけど・・・でもこれで最後にする。仲間にこれ以上迷惑は掛けられないもの。その公演が終わったらメイコのところに、ポルトへ帰るつもり」
「まだ歌えなくなるって決まったわけじゃないわ」
「え?」
「私は諦めの悪い性格なの。イタリアのその方面の専門家を紹介するわ。幾つもの難しい手術を成功させた名医よ。諦めるのはその先生に診てもらってからになさい。メイコのところへ帰るのはいつになる予定?」
 ミクは日付を言う。
「そう。じゃぁその頃にまた電話を入れる。イタリアの先生にも連絡を取っておく。それから日本で診てもらった先生の名前を教えてちょうだい」絵夢はてきぱきと話を進める。
 有無を言わせぬ絵夢の気迫に押されて、ミクはメモを書いて絵夢に渡した。
「ミクに直接電話をしてもらわなくてはいけないこともあると思うけど、その時はまた連絡する。動いてくれる?」
 ミクはあっけにとられた様子で頷いた。
「少しは元気になった?」少し間を開けて絵夢が尋ねる。
「うん」ミクは頷いてからゆっくりと微笑んだ。
「よかった」絵夢はミクの顔をじっくりと覗き込んでから言った。
「さ、行きなさい。舞台が待っているんでしょう?」
 ミクは立ち上がった。いままで出発を待つ人の群れに紛れ込んでいたミクの姿はすこし浮き上がって見えるようになっていた。
 保安検査場の入り口で挨拶を交わしてから、絵夢は思いついたように尋ねた。
「ところでジョゼはどうしているの?」
「元気だよ。元気だけが奴の取り柄だからね。メイコのところで一緒に夕食を食べようって言ったら喜ぶかなぁ」ミクは笑顔で答えた。
 絵夢はその笑顔にさらに安心を感じながら言った。「そう、じゃぁジョゼには隠し事をしないで、喉のこともちゃんと話しておきなさい。あなたにはそうする義務があるわ」
「え?」
「そうしておきなさい!」絵夢は言葉に威厳を込めた。
「うん・・・そうする」ミクは素直に頷いた。
「約束よ。じゃあ行ってらっしゃい!」絵夢は満足げに頷くと軽く手を挙げた。そして「その髪型も可愛いよ」と付け加えた。
「ありがとう!じゃあまた」ミクはまた首筋に手をあてた。そして保安検査場の通路を進みながら振り返り、思い切ったように大きく手を振った。
 絵夢は笑顔で手を振りかえす。
 ミクもそれに笑顔で答えた。

2015.02.10
2015.02.17微調整
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

み、ミク〜 
こんばんは。

なんと、ミク、お大事に!

あんなに大事にしていた髪を切っちゃうなんて、よほどショックだったのかな。
でも、ショートカットもきっと素敵なはず。
絵夢の叱咤激励が素敵です。こういう時って、バンって言ってもらった方が前向きになれるんですよね。それに、絵夢が知っているイタリアのお医者さんなら、きっとなんとかしてくれるに違いないですよね。
何よりも、メイコとジョゼが首を長くして待っているから、少しゆっくりして、それからまた再起に向かって頑張ろう!

この世界で、再び参加してくださり、ありがとうございます。
バレンタインデーに間に合うように、構想を練りはじめましたので少々お待ちください。
 
更新、お疲れ様でした。

あらら、ミク、大変ですね。
声が割れるのはPCのサウンドドライバーを……というわけにはいきませんよね。
歌手にとって、声はなによりも大事なものですから、それが思い通りに出ないとなると、もうだめだって思っちゃいますよね。ショックで髪を切っちゃうのも、わかる気がします。
あ、でも、ショートもかわいいかも。
こういうときに駆け付けてくれて、有無を言わせないくらいに励ましてもらえる友達がいるって、いいなぁ。家族だと近すぎて……って、ありますよね。
絵夢、ひさしぶりの登場ですけど、空気を読まないパワーがいい方向に発揮されてますよね。
空港の出発待ち、という限られた時間に詰め込まれた、いいお話でした。
ミク、がんばって!
夕さん 
コメントありがとうございます。
「再開」の続きを書いてみました。
命にかかわるようなことは全然ないんですけれど、歌い手としては致命的な病気ですよね。もう満足する形では歌えないと宣告を受けたらショックだろうと想像しました。
設定上ミクがの髪を伸ばすことと歌うこととはリンクしている、ということになっています。ですからそれを諦めなければならなくなったとき、髪を切るという行為に出たのです。
絵夢はショートカット姿に驚いたと思いますが、同時にミクのショックの大きさも理解したのだと思います。

夕さんの「再会」でミクは“6年もそのまま”なので28歳になっていますね。ですから「Promenade 2」の絵夢は実は34歳になっていることになるのです。結婚しているのかな?どこに住んでいるのかな?とか、そういう設定は感じさせないように書きました。 もしまた絵夢シリーズを書くとしたら絵夢が22歳の時の設定に戻す可能性が高いですからね。でもこのまま34歳でも面白いかも。
え!バレンタインの頃ですか?速いなぁ。楽しみにお待ちしています。
TOM-Fさん 
ミクとしては大変なショックだったろうと思います。ホントのボーカロイドだったら、サウンドドライバーのバージョンアップやチューニングとかで何とかなるんでしょうけれど。さすがTOM-Fさん、このコメント素敵です。
それにたしかにショートも可愛いはずです。でもまぁここではもう28歳なんですけれどね。
あ、ここで登場しているミクは“初音ミク”ではないですから、くれぐれも混同されませんように、よろしくお願いしますね。
絵夢は34歳ですからいっそう空気を読まなくなっています。それなりに威厳や迫力も備えてきていますし、ミクごときに有無は言わせません。
絵夢なんとかしてあげて!サキはそんなふうに思ってますが、夕さんがどのように料理をしてくださるのか楽しみに待つことにします。
マンハッタン陣営もドンドン素晴らしい作品が登場していますのでちょっと気が引けたんですが、負けないように一生懸命書いてみました。
コメントありがとうございました。
あら 
そうかぁ、ミクも大変な局面にぶつかっているのですね。確かに歌手にとっては「歌手生命」に関わる出来事ですね。もちろん、手術をして乗り越えた人も沢山いるし、何か違う形で音楽に携わるようになった人もいるし、其々の乗り越え方がるのだろうけれど、今は何を言っても不安になるばかりか……と思ったら、絵夢の力強さが何とも素晴らしいです。常にポジティヴシンキング、それもただ根拠なき何とかじゃなくて、ちゃんと自分なりの解決策を模索しているのですね。
ミクがどのような形でも乗り越えられますように。
そして、絵夢はジョゼの応援をしてくれるんですね。ジョゼはミクと一緒に苦しんだり、励ましたりしてくれそう。芯が強そうですものね。
この先に夕さんがどう解決していかれるのか、楽しみですね。
あ、そうそう、私たちポルト陣営でしたね。どこかでプレ新婚旅行珍道中の凸凹カップルに出会うのかも……ジョセとミクにも会ってみたいわ(*^_^*)
こんばんは 
すっかりここのミクは、初音ミクの映像になって浮かんでくるので、トレードマークの髪をバッサリ切ったというのに、ドキ。
でも皆さんのおっしゃるように、それも素敵だろうな。
基本、ショートの似合う子は、美人です^^(って、何の話)
そうか、大好きな歌が歌えない状態なんですね。それは辛い。
でも絵夢さんに会って、もしかしたらなにか希望の光が見えたのかも。
いいお医者さんに出会えたらいいなあ。
さあ、ジョゼはどんな反応するでしょう。もしかしたら夕さんが引き継ぐかな?
もうなんだか今やポルトはブログ仲間の中でも大切な聖地になりつつありますね^^
続きが楽しみです。
彩洋さん 
はい、ミクは相当にショックを受け、悩み、苦しんだと思います。そしてわずかな期待を抱いて日本まで帰ってきていたので、手術は難しいと宣告されてさらにショックを受けたんですね。そしてついに髪を切ってしまったようです。
耐えられなくなるまで我慢して、本当につらくなってしまって絵夢に電話をしたんだと思います。通常の通話で・・・絵夢が気が付くのを期待していたんだと思うんですよ。
絵夢は最善の策を模索して、チャッチャと対応してしまいます。空気を読めよ・・・と呆れることもありますが、絵夢なりに配慮はしているようです。
絵夢はジョゼにも何回もあっているので2人の雰囲気は把握しています。
その上でのこの発言ですから、おっしゃるようにジョゼを応援しているのかもしれません。
夕さんがどのように展開させてくださるのか、楽しみにしています。

コメントありがとうございました。
limeさん 

そうですね。長い髪はミクのトレードマークですからね・・・って、登場しているミクは“初音ミク”ではないですから、くれぐれも混同されませんように・・・と言いながらサキが一番混同しているかもしれませんが。どちらにしろ美人には変わりありません。
ミクにとって歌えないということは相当に辛いことだと思います。会わないつもりだったみたいですけれど、とうとう電話をかけてしまいましたからね。でも結果的にはそれでよかったのかも、いいお医者さんに巡り会えるといいんですけれど。マンハッタン陣営とポルト陣営、すこし面白いことになってきましたね。

コメントありがとうございました。

 
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