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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

The Horizontal Blue(s)

Stella/s 絵夢シリーズ(番外)掌編

The Horizontal Blue(s) 
 
 スダジイの幹は海に向いて傾いている。一般的に海流で削られてできた急な斜面に立つ木は、海の方向に傾いて成長するからだ。
 その傾いた幹の上面にはコケが生えておらず地肌がむき出しになっている。その部分はまるで研磨されたようにきれいに仕上げられているが、あちこちに尖ったもので削られたような跡が見られる。
 夜明け前、ユウはそのスダジイの幹で足を踏ん張り、爪と嘴を引っかけ、両方の翼でバランスを取り、時には少し羽ばたきながら樹上を目指していた。前後には仲間が連なって同じように踏ん張って幹を登り続けている。まだ辺りは真っ暗だが、明るくなる前に飛び立ってしまわないと命の危険がある。凶暴な雑食の奴らが明るくなるまでに飛び立てなかった者の命を狙っているからだ。
 毎朝くりかえされるこの行進によって、スダジイの幹は磨きあげられるのだ。
「ごめんね。ごめん」ユウは小さな声で前後に居る仲間に声をかけていた。
 ユウの翼は他の仲間と違っていてとても長い。
 雄同士がやっているように大きく翼を広げて体の大きさを比べをやってみると、その辺の雄なんかより自分の方が翼長が長いことに驚くぐらいだ。
 しかしこのような態勢で密集した時は、その長い翼が邪魔になる。銘々がバランスを取るために翼を広げたり羽ばたかせたりすれば、ユウの翼は周りの仲間の体に当たることになり迷惑がられる。ユウは小さな声で謝り続けながら慎重に登っていた。ユウに面と向かって文句を言う仲間はいなかったが、やはり翼がぶつかれば腹を立てて押し返す者もある。グイと押し返さてユウは少しバランスを崩した。
 その時ユウの爪が外れた。ズルズル……その反動でもう片方の足の爪も外れた。「まあいいか。飛び出してしまおうか」そう考えた瞬間、木の上にとどまるのは不可能になった。必死で羽ばたくが必要な揚力を得ることは出来ない。不安定な状態で空中に放り出されたユウは、フラフラと高度を失った。バサバサーッ!なにもコントロールできないまま、密集した細い木の枝に突っ込んだ。
「しまった」翼をバタつかせ脱出を試みる。幸い翼はなんとか動かすことができる。何度か羽ばたきを繰り返した後に、ようやく木の枝から解放されクルクルと地面に落ちていく。落ちながら翼でバランスを取り、羽ばたきで揚力を確保し、何とか地面に軟着陸することに成功した。
 ホッとしたユウは全身を確認した。痛みはない?翼を広げてみる。大丈夫。ユウの長い翼は、元の形を保っていた。軽く羽ばたいてみる。痛くない。大丈夫。そう思ったとき後ろから声をかけられた。
「大丈夫か?」聞き覚えのある声にユウが振り返ると、そこにはハルの見覚えのある嘴があった。
「大丈夫みたい」ユウは心配をかけないよう、何でもなさそうに答えた。
「どう?見せて見ろ。翼を広げて!」ハルにきつくいわれてユウはゆっくりと翼を広げた。
「ふむ」ハルは回り込みながらしげしげとユウの全身を見ていたがようやく納得したのか「よし、大丈夫や。どこにも痛みは無いんやな?」と言った。
 キョトンとした目をしてユウが頷くとハルはようやく安心した顔になって「さあ列に並ぼう、夜明けまで時間が無いで」と嘴でユウをせっついた。
 あまり突かれてはかなわないので、ユウは木の根元の列の最後尾に向かって歩き始めた。
「あら、ユウ、まさかまた落っこちたんじゃないでしょうね?」凛と澄んだ声が聞こえた。
 そっと首を廻すとそこには心配そうな目をしたエムの顔があった。エムは他の仲間より白い部分の割合が多い上に羽の艶や形も良くて、同じ雌から見てもじっと見とれてしまうような美しい姿をしている。
 えへへ……ユウがばつの悪そうな顔で応えると「やっぱり」エムは少し怒ったような顔になって「ユウはみんなより翼長が長い割に翼幅が無いんだから初速がいるのよ、楽しようなんて考えないでちゃんと木の上の方まで登ってから飛ばないと」と語気を強くした。
「楽しようなんて思ってないよ。翼も長いし嵩張るからみんなの邪魔になるかなと思って、つい早めにね……」したから見上げるようにユウが応じると、「他のみんなの邪魔にならんように遠慮して、早めに飛んで落ちて怪我でもしたら、それこそ何をやってるんかわからへん」後ろからハルがたたみかけた。
 逃げ場を失ったユウは前にエム、後ろにハルに挟まれて、またスダジイの木を登り始めた。
 ユウ達の種類の鳥は地面からは直接離陸できない。斜面や風の助けを借りれば何とかなるが、こんな森の中ではそれもできない。必然的にこうやって木に登ってそこからダイブする以外、大空へ飛び立つ術が無いのだ。
 前後がエムとハルなので、今度は遠慮せずに翼を広げ、あるいは羽ばたかせてバランスを取ることができる。薄明かりの中ユウは徐々に登っていき、視界には海面の広がりが見えてきた。
「そろそろ行けるかな?」ユウは海の方を向いて呟いた。
「まだや。その翼にはもっと初速がいる」後ろからハルが尻尾を突く。
「そうよ。もう少し頑張りなさい」前からエムが声をかける。
「僕はもう大丈夫だと思うけどな」
「そのいいかげんな見切りがあかんのや。なぜ諦めてまう。もう少しやろ?」ハルの低い声がユウを戒める。
「わかった。わかったよ。頑張るよ」
「頑張って!」エムの声が聞こえた。
 暫く登ってからエムが振り返った。「ユウは飛び出した後は、すぐに翼をいっぱいに広げて、必死に飛ぼうとするでしょ?」
「そう。だって揚力が出ないんだもの」ユウが答えた。
「でもね、ユウの翼は特に初速が必要なの。だからまず飛び出す高さを上げることが一番なの。そして次は飛び出した直後は翼を少し狭めるの。わかる?」
「なんとなく……」
「これぐらいかな?やってみて」エムは翼を広げて見せた。ユウはその幅に翼を合わせてみる。
「こんな感じ?」
「そう。飛び出した後すぐにその幅で滑空を始めたらきっと上手くいく。速度が上がるからね。そして速度が上がったら翼をいっぱいに、こう……」エムが説明をしている間にも少し下の木の枝からは仲間が次々と飛び立って行く。ユウがいっぱいに翼を広げると、エムよりずいぶんとはみ出した。「こんな感じ?」ユウが少し不安そうに言った。
「そう!そうよ!自信を持って。じゃあ、私はそろそろ行くわ。ユウもここなら大丈夫よ。よく頑張ったね」と言ってから勢いよく空中に飛び出した。
「ありがとう」ユウは言い忘れていたお礼を急いで叫んだ。
 優雅な姿はそのまま滑らかに滑空を始め、数回軽く羽ばたいただけで薄闇の中へ上昇して行った。
「さあ。落ち着いて飛び出すんや。さっきのを忘れんとな!」ハルの声を聞きながらユウは空中に飛び出した。最初は翼を全開にぜず少し閉じた状態で、それこそ落下するような恐怖の中飛び出していく。恐怖が限界に達し速度が乗ったところで一挙に翼を全開にする。ユウの翼は長さはあるが幅が不足しているので、離陸直後の速度が不足した状態では扱いづらい。だが今は翼を窄めて落下して速度を上げた直後なので、初列や次列風切羽は速度の速い空気を一杯に受け最大の揚力を発生する。空気の振動が羽先から伝わってくる。初列風切羽の間を通り過ぎる空気の音が聞こえてくる。下にある海面の波模様がどんどん小さくなる。
 信じられないくらい軽々とユウの体は上昇した。あまりに上昇率が高いので、風切り羽を閉じて空気の支えを減らしてやらねばならないくらいだ。尾羽でバランスを調整すると、ユウはバンクを取って大きく旋回した。低速域での扱いにくさに比べて、高速域での運動性能の良さは分かっているつもりだったが、今感じる翼の性能はユウの経験を遥かに超えるものだった。遠心力が心地よい。夜が明け始めて明るくなり始めた空は、まるでユウを歓迎しているようにさえ感じられる。ユウは自分が風と一体になったような気分で大空を舞った。
「どうや!ユウ。気分は」追いかけて上昇してきたハルが叫んだ。
「うん!とっても気持ちいい。こんなに上昇できるなんて。信じられない」ユウの声は高揚している。
「ユウの翼は一旦スピードに乗ってしまえば抵抗が少ないし扱いやすい。今まではその使い方がわかってなかったんや。多分離陸の時に感じるコンプレックスの影響が大きかったんやろう。エムに感謝するんやな」ハルは少し速度を上げながら言った。
「そうかも。でも、すごく楽!気持ちいい」ユウはハルにあわせて速度を少し落としてからバンクを大きく取ると、海面に向けて急降下した。
「やれやれ」そう言うとハルも後を追って急降下していった。
 ユウは海面まで一気に降下すると、今度は波に吹き付けて上昇する風を巧みに利用して旋回しながら上昇した。速度の乗ったユウの翼は、一定の安定性を備えたうえで抜群の運動性を発揮する。あっという間に海面が遠くなり気温が下がってくる。振り返るとハルが懸命に追いかけて来ていた。
 明るくなった大気の向こうには真っ青な水平線が広がっていた。

「ふぁ……」由布は目を開けた。
 自分が今どこに居るのか把握するのに暫く時間を必要とした。
 自分が空を飛んでいないことを理解してから、今まで突っ伏していた机の上をみて、由布は悲鳴を上げた。
 自分の声に驚いてあたりをきょろきょろと見渡してから、誰もやってこないことに安心と不安がないまぜになった気持ちになって、また机の上に目を戻した。
 由布は水産研究所の研究センター2階にある研究室の机に向かって座っている。徹夜で作業を続けていたが、いつのまにか眠っていたようだ。机の上にはよだれまみれになった履歴書がたくさんの皺を刻んで置かれている。せっかく途中まで書いた文字は判読不可能な部分もできてしまっている。
「ああぁ……せっかく書いたのに」

 研究所長の通称“アバ”に呼び出されたのは昨日の午後のことだ。論文の提出が切羽詰まっていた由布にとって無駄な時間は一切なかったが“アバ”の呼び出しとあっては無下にはできない。慌ただしく所長室に入って来た由布に“アバ”は言った。
「由布、水族館の飼育員の面接を受けて見る気はないか?」
「ボクが……ですか?」由布の目は宙を泳いだ。
「ボクは止めなさい」
「あ、私が、ですか?」慌てて言い直す。
「そうだ」“アバ”は結構有名な民間の水族館の名前を口にした。
「君の地元からは離れてしまうが、それでも良ければ僕の方から推薦してみるがどうだ?受けてみないか?」
 由布は一瞬迷うようなそぶりを見せたがすぐに承諾の返事をした。

 研究室の窓の向こうにはフィヨルドのように長く切れ込んだ湾が左右に広がっている。湾の中央には小さな島があってその上には松が茂っている。見慣れたその風景はまだ夜明け前の薄闇の中に沈んでいたが、間もなく日の出の時間を迎え徐々に明るくなってくるはずだ。
 由布は汚してしまった履歴書を細かく破いてゴミ箱に捨てると、また机に向かって新たに記入を始めた。履歴書は学校のフォームなので記入欄がたくさんある。フォームを見栄えの良い位に埋めるには結構時間がかかる。由布は下書きを見ながら丁寧に記入していった。
 たっぷりと時間をかけて記入を終えると、由布は大きく伸びをして立ちあがった。湾の向こうに伸びている半島の先から朝日が昇り始めたところだった。

 思い切って飛び出してよかったのかもしれない。由布は今そう思っていた。
 風切羽は速度の速い空気を一杯に受け最大の揚力を発生させた。由布は朝日にきらめく海面が遙か下に見下ろせる位まであっという間に上昇した。風をはらんだ初列風切羽からは由布の興奮がビリビリと伝わってくる。
 明るくなった大気の向こうには真っ青な水平線が広がっていた。
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Comments

No title 
ユウが空を飛ぶ描写の巧みさと臨場感に、思わず読み入ってしまいました。

誰よりも、高く遠く、大空にはばたいていく由布の未来が見えるような、いいお話でした。

こういう文章を書いてみたいものです。
TOM-F さん 
お読みいただいてありがとうございます。
引っ込み思案な由布の性格は、作者の性格の反映でもあります。
自分では不可能なことを自分の作り出したキャラに演じてもらう。
それこそがこの物語のテーマです。
そして、サキにとって物語を書くことの1つの目的でもあります。

サキは主人公の中に入って書いていますが、
しばしば主人公は勝手に暴走し、置いてきぼりになります。
No title 
そうか、こうきましたか。
これは予想外でしたね。
由布は例の彼のせいだけではなくて、本来、なかなか飛べない人なのかなと思いました。
絵夢やハルが、押し付けがましくなく、そっと背中を押してあげている事が多く、それが今回の転機で自分らしい決断をして、深層意識から出てきたのかなと。
そんな事を考えているその横をカモメが力強く飛んでいます。予想外に晴天で陽光を満喫しています。

とても素敵な作品でリクエストに応えていただき、ありがとうございました。
夕さん 
すみません。
こうきてしまいました。
由布はちょっと引っ込み思案なところがあって「まぁいいか」とあきらめてしまうような事があったんでしょう。
そういう設定にしています。
読みは頂きましたが、夕さんとはだいぶ違った性格だと思います。
若干の歯がゆさをお楽しみいただけたらよかったんですが。

新しいことにチャレンジできて面白かったです。
また何か企画を立てることがありましたら、よろしくお願いします。

 
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