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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

時は春、日は朝(あした)・・・

 タイガ星系R戦線、連邦によってこのような無機質な記号で呼ばれているこの星では、連邦軍とそれに抵抗する勢力の内戦が8周回期を越えて続いている。その星のとある地方の、その地方唯一人口の集中した都市と呼べるほどの町の、その中心部にある総合病院の、その巨大な建物の長い廊下の片隅・・・そこにパトリはいた。病院はこの地方の中核的な役割を担っていたのだが、戦闘によってその機能のほとんどを奪われ、今や瀕死の状態にあった。
 廊下は混乱を絵に描いたように雑然としている。医療機器や書棚か雑然と置かれ、その間を仮の配線がのたうちまわっている。割れた窓から外の光は入ってくるが、照明がすべて落とされているためあたりは薄暗い。
 パトリは背中を丸め手を胸の前で抱え、足を小さく折りたたみ、まるで何かから隠れるように床の上に壁を背にして小さく丸まっている。
 本来清潔なはずの青い制服は不衛生に汚れ、本来金色に輝くはずの短い髪は埃と垢で輝きを失い、本来白いはずの肌は汚れてくすみ張りを失っている。
 全く動かないが死んでいるわけではない。遠慮がちに上を向いた鼻の先にあるアルミニウムの手すりが呼吸に合わせて曇ることが、かろうじて彼女が呼吸を続けていることを示唆している。
 この前眠ったのはいつのことだったろう?短い時間の仮眠だったがそれがいつのことか思い出すことすら困難だ。
 仮眠から叩き起こされてからはあらゆる困難が彼女を襲った。困難のあるものには対応し、あるものにはあきらめる決断をし、這う這うの体で非常用燃料電池の燃料をセットし終えたのは数時間前だった。
 作業の結果、燃料電池は順調に稼働している。ずらりと12個並んだグリーンのパイロットランプの放列と12機のモニター上に規則正しく繰り返されるグラフパターンとが、12機の保育器への給電と、それぞれのシステムの安定と生命の維持を明示している。
 だが燃料は数時間しか持たない。燃料が尽きた後はまたあの阿鼻叫喚の地獄が再開されるのだ。電気が絶たれた瞬間から保育器内の未熟児を含め、病院内の患者たちの生命は徐々に勢いを失い、やがて失われる。パトリ達看護師はあらゆる手段を駆使してそれを守ろうとするだろう。だが水や薬、医療資材もすぐに底をつく、さらなる混乱の中、弱いものから順番に生命は失われるだろう。
 そしてそんな混乱とはまったく関係なく、ここが連邦軍かそれに対抗する勢力の両方に攻撃される可能性も
非常に高い。彼らのどちらにも医療施設に対する配慮などするつもりがないことはわかっている。そしていずれの経過を辿ったとしても、この病院に収容された患者やパトリ達医療スタッフの命も危機に晒され、そして絶たれるだろう。
 それまでの短い時間、その間だけでもパトリは患者の生命を守るため、そしてその使命を実行できる自分の生命を維持し自分の精神を崩壊から守るため、死んだように眠っている。
 
 パトリは目を開けた。
 遠く微かに甲高い音が聞こえている。高音を奏でるために作られた丈の短い笛のような音だ。音は糸を引くように長く響き、徐々に大きくなる。
 ここはどこ?
 周囲は薄明かりの中ぼんやりと浮かび上がる。
 夜明けが近いのだろうか?
 パトリは今がいつなのか、自分がどこに居るのか、まったく想像ができなかった。激しい混乱が彼女を襲う。
 甲高い笛のような音は音量を上げながらまだ続いている。
 それと同時に巨大な質量が空気を押しのけるような空気の振動も伝わり始めた。それは唸りを伴ってどんどんと大きくなる。
 突然轟音と振動が来た。轟音は連続的に響き、甲高い音はかき消された。窓ガラスがビリビリと振動する。
 パトリは上半身を起こした。
 再び甲高い笛の音が聞こえ始めた。今度は複数だ。微妙に異なる音域を持った笛の音が不気味なハーモニーを奏でる。
 やがてそれに巨大な質量が空気を押しのけるような振動が重なる。これも複数だ。
 彼女は慌てて起き上がった。
 どうする!次が来るぞ!今度はこの部屋がやられるかもしれない。
 彼女は床から立ち上がると廊下を走り、新生児室をガラス越しに覗き込んだ。グリーンのパイロットランプの放列が消えている。
「神はここを見捨てたの・・・?」パトリは思わずそう呟いた。
「いやむしろ神こそが・・・」彼女は次々と沸き上がる邪心を振り払うため大きく首を振った。『駄目だ!きっとわたしは気が触れている。だからこんな思いが頭に浮かぶんだ』
 三度甲高い笛の音が聞こえ始めた。今度はもっと多い。微妙に異なる音域を持った笛の音がさらに不気味なハーモニーを奏でる。
 やがてそれにも巨大な質量が空気を押しのけるような振動が重なる。
 パトリは目を閉じ、思考回路を閉じた。
 
「おい!」呼びかけられてパトリは薄く目を開けた。
 ライトが顔に当てられている。眩しさに手で顔を覆い思わず起き上がろうとすると「そのまま動くな」と指示された。ライトが外される。眩しさから解放されたパトリは今度は目を開けた。
 気を失っていたようだ。パトリは新生児室の入り口の床の上に倒れていて、やはり薄明かりの中にいる。どうやらまだ生きているようだ。すこし離れたところにCBアーマーに身を包んだ兵士か立っている。兵士の後ろには4足歩行のロボット兵が4体微動だにせず控えている。彼らに頭はないが恐らくカメラと銃口はこちらに向けられているはずだ。
「この病院の看護師か」
 問われていると判断してパトリは小さく頷いた。今気づいたが兵士は女のようだ。
「ここは新生児ICUか」やはり問われているようだ。
 パトリは頷く。
「新生児は何人いる」
「12人・・・」
「ここのスタッフは」
「ここには医師が3人と看護師が3人・・・でもみんな死んでしまった」
「お前以外はということか」
 パトリは微かに顔を上下に動かした。
「そうか」まるで事務報告を受けたように兵士は簡潔に応える。
 暫く無言が続いた。兵士はどこかからオンラインで報告を受けているようだ。短く返答を繰り返す。
 最後に「了解した」と返してからおもむろにバイザーを上げ、ヘルメットを外した。肩の上でカットされた赤い髪が溢れだす。
 彼女はヘルメットを抱え、大きく首を振って髪を整えるとパトリに歩み寄り、膝をづいて顔を寄せた。アンバーの瞳の強い視線がパトリを釘付けにする。
「ここの地下にあった司令部は完全に制圧した。我々もここにはとどまらず前進する。したがってもうどちらからもお前たちが干渉を受けることはない」
 パトリは意味がよくわからず返事が返せない。
 そんなパトリの様子に構わず彼女は小さく微笑んだ。
「電源は我々がとりあえず復旧させた。我々が前進した後、すぐにNGO医師団が追い付いてくる。それまでの辛抱だ」
 電源?復旧?パトリは起き上がり新生児室のガラスを覗き込んだ。12個の電源ランプがグリーンに灯っている。
 今は何も考えまい。ひとつでも多くの命を残すためにだけ行動するのだ。
 パトリは保育器にリセットをかけるために新生児ICUへ飛び込んだ。

2023.12.26
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
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