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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

白火盗 第三話

 千之助はそのまっすぐな白い髪にそっと手を触れた。
 ゴワゴワとした触り心地を想像していたのだが全く違う。さらりとしているのに髪油をたっぷりと含ませたように艶やかで、光を反射して輝く様はまるで銀糸のようだ。
 髪は肩の少し上で切りそろえられてしまっているがとても豊かで、顔をうずめると陽だまりの匂いがする。
 髪の下からは細い首筋が覗いていて、その白い肌は肩からさらにその先まで滑らかに続いている。千之助はそこに口をつけるとゆっくりと乳房に向かって滑らせた。真っ白なそれは豊かな柔軟性と心地よい暖かさを持っていて、先端にある尖った乳首を口に含むと、女はため息とともに小さくうめき声を漏らした。 
 その体勢のまま指を下半身に滑らせると、そこにある性器はすでに濡れている。乳首を口に含んだままそこにそっと触れると、女は千之助にしがみつく。その手は硬く、そして冷たい。
 女の呼吸はさらに激しくなり、千之助の体を足で挟み込む。その足も同じように硬く冷たい。
 女が突き上げるものを受け止めるように大きく体をそらせた。その瞬間、両方の腕と足が同時に胴体から外れて布団の上に落ち、そのままカタンカタンと音を立てて床の上まで転がった。千之助は慌てて支えを失った女の体を抱きかかえ、布団の上にそっと横たえる。女は頭の生えた胴体だけになった。
 両足を失ったその下半身には、性器と生えそろった白い陰毛が見える。両腕を失った上半身に付いた二つの白い乳房は、激しい呼吸に合わせて上下を繰り返している。
 胴体から生えた頭からは、二つの赤い瞳が、責めるようにこちらを見つめている。
 
 千之助は目を覚ました。どうやら写本を終えた美濃紙を文机の上に広げたまま、その上にうっかり寝入ってしまっていたようだ。徹夜明けから締め切りの迫った仕事を一気に片付け、一息ついたのがいけなかった。もう日の入りを過ぎているのか、あたりは薄暗い。千之助は机の上の紙に汚れが付いていないことを確かめると安堵のため息をついた。
 いつからだろう。そうだ、あの時、あの赤い瞳に見つめられてからだ。数か月に一回ほど、不可解な夢を見るようになった。内容はいつも同じで、あの女の赤い瞳の場面で夢は終わる。なぜこんな夢を見るのだ。俺はおかしくなってしまったのだろうか。
「御免ください。御免ください」どこかから誰かが呼んでいる。千之助は物思いから覚めた。
「御免ください。御免ください」呼びかける声は続いている。どうやら声の主は隣に住む指物師の文吉のようだ。
「おお、ちょっと待ってくれ」千之助は返事を返すと立ち上がった。 
 土間におりて障子を開けると、そこに立っていたのはやはり文吉だった。
「やっぱりいらっしゃいましたね。どうせ仕事を怠けて居眠りの船でも漕いでたんでしょう?」と部屋の中を見回す。
「まぁ、そんなところだ」千之助は照れ臭そうにうなじをかきながら続けた。「そんなところだが、文吉殿の用向きはなんだ?」
「用向きですか?用っちゃぁ用なんだが・・・」文吉は言いにくそうに顔を歪めた。
「そんなに言いにくいなら無理に・・・」
 千之助の言葉を制すると文吉は思い切ったように口を開いた。
「実はお別れを言いにきたんです」
 千之助は口を少し開けたまましばらくの間黙り込んだ。
 そして「急だな・・・」ようやくそれだけを口にした。
「黙ってお暇しようかとも思ったんですが、千之助様には大変お世話になった身です。ちゃんと挨拶をして事情を話してからと思いまして。急にこんなことになって申し訳ねえんですが、どうにもこうにも・・・」文吉はえらく恐縮する。
「どんな事情か話してくれないか、私にできることがあったら・・・」
「いえいえ、そんなややこしい話じゃねえんで。ただあっしもこの歳です。田舎に帰って身を固める。ただそれだけのことなんで」
「目出度い話じゃないか。差配にはちゃんと話したのか?」
「ええまぁ・・・」文吉は目を泳がせた。「でも、あっしもいい歳ですし、あんまり大事にはしたくねぇんで、できれば店の連中にはご内密に・・・」
「いい嫁が見つかったというわけか?」
「まぁ、そんなとこで・・・」文吉は頭をかいた。
「たとえば、五年ほど前だったかな・・・に訪ねてきた娘さんとか?」千之助は突っ込んでみた。
「・・・と言いますと?」文吉の声は小さくなる。
「ほら、四五年前、女が訪ねてきたことがあったじゃないか」
「そんなことがありましたか?」文吉はすっとぼけて見せる。
「薄汚れてはいたがあれは確かに女だった。文吉殿を訪ねて来て、お前さんはその女をヒトリと呼んでいた。そして暗くなってから灯り油を借りに来た・・・」
「夢を見ておられたのではありませんか?」
「夢であるはずはない。はっきりと覚えているぞ。そしてその女がもう一度お前さんを訪ねて来たことも・・・」千之助は文吉のとぼけた態度にすこし意地になって応じた。
「もう一度?それも知っておられる」
「ああ、次の年の春頃だったかな」
「すべてをご覧になった?」
「そうとも、すべてをだ」
「そこから」文吉は仕切りの壁の隙間を指さした。「覗いてですか?」
「う・・・」千之助は言葉に窮する。
「正直、うまくごまかせたとは思っておりませんでしたが、やっぱり全部見ておられましたか」文吉はあきらめたように語気を弱める。
「まことに申し訳ない」千之助は深く頭を下げた。
「そんなに頭を下げないでください。どうぞ頭をお上げになって・・・」文吉は促すが千之助は頭を下げたままだ。
「そうですか。やっぱり全部ご覧になった・・・」文吉は暫し考えに耽る。
「だったら千之助様には事情をお話ししといたほうが良さそうだ。このままアレが物の怪のように思われたまんまじゃぁ寝覚めが悪いってもんですからね」文吉は障子を少し開けて外に誰もいないことを確かめると「お邪魔いたしますよ」と、部屋に上がり込んだ。
 千之助もようやく頭を上げて文吉の前に腰を据えかけたが「暗いな・・・」と立ち上がり、行灯に火を入れてから再び腰を落ち着けた。
「実はアレは・・・アレというのはあの女のことですが、アレはあっしの娘のようなものなんです」文吉は語り始める。
「のようなもの、というと?」
「アレは拾い子なんでさぁ。もう二十年以上前のことになりますが、あっしが釣りをしていたところに、木箱のようなものに入れられて川を流れてきたんです」
 千之助は目で先を促す。
「ビ~ビ~泣いていたんで気が付きましたが、そうでなかったらそのまんま沈んでいたんでしょう。とにかくあっしが拾い上げたんです。そしたら驚きましたねえ。なにしろご存じのように、手も足も生えてねえんですから」
「生まれつきだったのか・・・」
「へえ、それで気味悪がられて生まれてすぐに捨てられたんでしょう。それでも生きているんですから、そのままにすることもできません。とにかく連れて帰って世話をすることにしました。なんだかんだと理由をつけて貰い乳をして飲ませたんですが、ものすごい勢いで飲んで、それはすくすくと大きくなりました。そのうちにハイハイもするようになりましたが、なにしろ手も足も無えもんですから、体を伸び縮みさせて少しずつ前へ進むんですよ。まるで芋虫みてえでしたが、これがまたかわいらしいんですよ」文吉は顔をほころばせた。きっとその時のことを思い出しているのだ。
「そのうちにあっしは妙なことに気が付きました。アレを置いて他の部屋で用事をしていると、大きな音がするんです。慌てて行ってみると、あっしの道具箱がぶっちゃけられてるんです。危ないから棚の上に置いてあったのにですよ。どうなってるのかと思って、今度はそっと部屋を覗いていると、アレは近くまで這って行ってあっしの道具箱をじっと見るんです。そうすると道具箱が少しずつ動くじゃないですか。じっと見る。少し動く。それを繰り返しているうちに道具箱は棚から落ちて、それで大きな音がするってぇ訳だったんです」
「それは何というか、神通力のようなものか?」千之助はにわかには信じがたい顔をした。
「へえ、あっしもそんな風に思いました。アレは触らずにものを操る力がある。きっと手足が無い代わりにそんな力を授かったんでしょう。ですからあっしはアレを物の怪とは思っちゃいません」
「ただ欠けているものを補っているだけだと言うのか?」
「へえ、あっしはそう思っています。人はいろんな形で生まれてきます。異形のものはほとんど育つことはねぇんですが、それでもアレは足りないところを補って懸命に生きようとしました。その生き様をあっしは尊いと思ったんです。それであっしは思いついたんです。触らずに操れるなら、アレに手足を持たせてみたらどうだろうってね」
「やはりあれはお前が作ったのだな」確かにあの手も足も滑らかに動いていた。
「あっしはまず簡単なものを作ってアレにくっつけてみました。しばらくは邪魔そうにしていたんですが、あっしがハイハイをして見せたりしているうちに、少しずつそれを操ってハイハイをするようになりました。立ち上がって歩いたときなんかはそりゃぁまぁ・・・」文吉は遠くを見る目つきだ。
「そのあとは大きくなる度に手足も大きなものに付け替え、その度にもっと人そっくりに動くように工夫したんで、アレは人と全く変わらないように手足を使うようになりました。そしてこの間千之助様がご覧になったのが最後の付け替えです。もうこれ以上は大きくならないでしょうから」
「まことに申し訳ない」千之助はまた頭を下げた。
「どうぞ頭をお上げになって・・・」文吉は千之助の頭を上げさせる。「それで、アレも一応大人の姿にはなったんで、あっしのお役は御免ということにいたしました」
「それで、田舎に帰って身を固めると?」
「へえ、そういうことにしといてください」
「そういうことに・・・・か」千之助は思案気に呟いた。「それであの子、その・・・ヒトリには伝えないのか?」
「お話ししたように、アレももう子供じゃありませんからね。名前のとおり一人で生きていきましょう」文吉は千之助が女の名前を知っていることに驚かなかった。そしてその名前を否定もしなかった。
「冷たいもんだな」
「あっしも随分長い間世話をいたしましたからね。ここいらで親離れ子離れということで・・・」
 その時、ダンダンダン・・・障子を激しくたたく音がした。
「コレコレ、平三親分、そんなに叩いては壊れてしまう」差配の甚兵衛の声だ。
「構うもんか、こっちはお上の御用なんだ」ダンダンダン・・・障子を叩いているのは岡っ引きの平三のようだ。「おい文吉!居るんだろう?居留守を使おうったってそうはいかねぇぜ」平三は悪い噂しか聞かない岡っ引きだが、今夜はことのほか機嫌が悪いようだ。
「文吉、なんだか物騒な客のようだぞ」千之助は文吉の方を見た。
「くわばらくわばら」文吉は首をすくめた。
 ガタン、ガタン・・・
「そんな無茶をされては・・・」
「うるせえ!黙ってな」
 差配が止めにかかっても無駄のようだ。
 千之助が障子を開けて表に出ると、文吉の部屋の障子はすでに外されていた。長屋の連中も驚いた様子で障子を開け顔を覗かせている。
「千之助様」提灯をかざしながら文吉の部屋を覗いていた差配は千之助を見るなり情けない声を出した。
「どうされました?」千之助も並んで部屋を覗き込む。
「くそう!もうとんずらしやがったか・・・」中では平三が仁王立ちになっていた。
 文吉の部屋はもぬけの空で家財道具一つない。おまけに掃除までされているようできれいに片付いていて、もちろん誰もいない。
「おめえら、匿ってんじゃねえだろうな!」くるりと振り向いて部屋を出た平三は路地を見渡し、とりあえず障子の開いている千之助の部屋にはいりこんだ。
「あ!」千之助は慌てて後を追いかける。
 部屋には行灯が一つ静かにともっているだけだった。文吉の姿も消えている。
「くそ!」千之助の部屋をひとしきり見回すと、平三は長屋の他の部屋も順番に調べ、厠の中まで確かめた。そして差配の家の見分も済ませ、文吉がどこにも居ないことを確認すると、長屋の全員を路地に集めた。
「おめえら、この模様に見覚えはないか?」平三は懐から小さな木札を取り出した。
「さあ」「ないねぇ」順番に住人に当たっていき、最後に千之助に札を見せた。
 それは真っ赤に塗られた薄い木の札で、そこに絡み合った真っ黒な二匹の百足が描かれている。
「千之助様にも覚えはありませんか?」平三は千之助の顔を覗き込む。白目の多い疑り深そうな小さな目、人を小ばかにしたように歪んだ唇、嫌味を含んだかすれた声・・・「さあなぁ。まったく覚えがないなぁ」千之助は尋ねられたことにだけ正直に答えた。文吉やヒトリの怪しげな様子なら見聞きしているが、こんな模様にはまったく覚えがなかったからだ。
 平三は何か新しいことがわかったら必ず自分だけに一番に知らせるよう何度も念を押してから「今夜のところはこれくらいにしといてやらぁ」と肩を怒らせて帰っていった。
「単純に目出度い話でも無さそうだなぁ。文吉・・・」千之助は腕を組み、半分の月を見上げながら呟いた。

 その月が少しずつ丸みを増して満月になった頃のことだ。
 千之助はその日も内職の写本の納期に追われ、朝からずっと筆を持ち続けていた。空腹を抱えたまま日暮れが過ぎ、部屋には宵闇が迫っている。
 ホトホト・・・障子を叩く音がした。
 千之助は筆を置くと机から顔を上げた。
 ホトホト・・・再び障子が叩かれる。
「ちょっと待ってくれ」千之助は立ち上がり、土間に下りて障子を開けた。
 誰かがそこに立っている。これは例のアレだ。間違いない。
 背中に笠をぶら下げ、小さな風呂敷包みを背負い、頭からすっぽりとほっかむりをしていて女には見えないのは前と同じだが、今回は全体的に小ぎれいだ。着物の柄もはっきりしているし、背丈もちゃんとある。女にしては少し上背はあるくらいだ。
「指物師の文吉さんはどちらか、ご存じありませんか?」声にも覚えがある。薄暗くて目の色まではわからなかったが、ほっかむりの下からは真っ白な髪が覗いていた。

2023.05.09
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白火盗 第三話 の発表です

今夜は放りっぱなしになっている小説の続編を発表します。
なんとサキとしては珍しい時代劇風の作品で、作品名は「白火盗」(しろひとり)です。

白火盗 第三話(今夜の作品へのリンク)

この作品は当ブログの40000 HIT記念企画で大海彩洋さんから、①時代小説(「ふう」でもいい)(*^_^*) ②カラクリもの(人形でも何でも) というリクエストをいただいて書いたものなのですが、サキは時代小説ってあまり読まないですし、もちろん書いたこともありませんから、困ってしまいました。
でも、せっかくリクエストをいただいたのですから、なんとしても形にしようと、後先考えずに適当な設定で書いたのが第一話でした。
そんなこんなで、とても続編など不可能な状況でしたが、サキは登場人物のヒトリが気に入ってしまって、そのヒトリをなんとか描こうと四苦八苦することになるんです。
第一話では主人公の千之助の隣に住む指物師の文吉を訪ねて、怪しげな女やってきます。千之助は文吉のもとに案内しますが、その際の文吉の発した言葉からその女がヒトリという名前であることを知ります。そのあと、千之助は長屋の壁の隙間から文吉の部屋を覗き、思議な光景を目にすることになるのです。そしてこの二人が5年後に再会する・・・なんて無責任な予告をして作品を終わらせています。
第二話では加助という人物がヒトリと行動を共にし、ヒトリがどうやって生きているのかが明かされています。
さて第三話、サキは第一話の予告を実現するためにこれを書きましたが、最初からおっつけやっつけで書いているのでこれ以上の展開は難しそうです。
それはまぁともかく、千之助とヒトリの再会が実現できたので、それだけでも良かったな・・・サキは少しほっとしています。よろしければ下のリンクからお進みください。

白火盗 第三話
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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。

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Author:山西 左紀
「山西 左紀について知りたい方はこちら」
プロフィール画像について(“みまさか”さんに特別にお願いして使用許可をいただいた「ミクダヨーさん」です。)

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アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
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左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
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