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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

悲しみは愛情のように・・・

 手術のために湯浴みをさせたのだが、それは彼女の持っていた資質を思っていた以上に引き出す結果になった。
 薄汚れていた髪は美しく金色に輝き、垢にまみれて灰色だった肌は本来の白さを取り戻し、さらに血色も良くなり艶やかになった。
 浅く呼吸をしながら眠る彼女の美しく整った顔を見ながら、アイは速くなっていく鼓動を押さえることができなかった。
 この子の方が自分より先に“聖なるもの”の下へ行くのだ。この世のすべての苦しみから解放され、永遠に生き続けるのだ。そう信じる以外、ここから先へと進むことはできない。
『聖なる者よ・・・』アイは声にならない声で呟いた。
「聖なる者よ・・・」もう一度、今度ははっきりと聞き取れるくらい明瞭にその言葉を繰り返したアイは、滅菌済みのカテーテルを取り上げ、その先端に特殊なチップをセットした。そして一瞬の躊躇の後、カテーテルを彼女の太ももの内側に深く挿入し、チップを筋肉の裏側深くに送り込む。手元のレバーを操作してチップを定着させると、カテーテルをゆっくりと引き抜く。素早くガーゼで挿入口を強く押さえ、暫くの間その態勢を維持する。
 アイはクロノグラフの秒針を見つめた。30秒が経過し、やがて60秒が経過した。挿入口からそっと手を浮かせる。出血は止まったようだ。傷口はほとんど目立たない。時間が経てば完全に消え去るだろう。あとは彼女の記憶から自分を消去すれば完了だ。アイはゆっくりと頬を緩めた。
 カオレ、この子はそう呼ばれていた。彼女は難民キャンプに居たたくさんの子供たちの中からアイが自ら選んだ。薄汚れて生気を失った子供たちの中で、彼女だけが輝いて見えた。親や家を失って失意に沈み、栄養失調に陥り痩せ細っていたが、彼女の周りだけが明るく浮き上がり、まるで何かの啓示のようにアイには感じられたのだ。

 タイガ星系R戦線、連邦によってこのような無機質な記号で呼ばれているこの星では、連邦軍とそれに抵抗する勢力の内戦が8周回期を越えて続いている。この星の人々は、多くのいざこざを抱えながらもなんとか折り合いをつけ、均衡を保って暮してきた。そこへいきなり他所からやって来て支配下に入るよう強制されても、素直にそれに従う奴などいるのだろうか?当然のことながらそれに抵抗する戦いが始まった。抵抗勢力は連邦軍にダメージを与えるべく日夜奮闘したが、如何せん多勢に無勢、圧倒的な戦力差に次々と拠点を失い、戦いの中心をゲリラ戦に移さざるを得なくなった。
 ゲリラ戦はお互いの猜疑心を増幅することはあっても、相互理解を深めることはない。正義は我にあり、支配しようとする者、それに抵抗する者、どちらもがそう信じた。いや、そう信じようとした。
 終わりの見えない戦はお互いの分別を喪失させ、巻き添えになった多くの市民が命を失った。生き残った市民も生活の場を奪われ、多くの難民が発生した。

 * * *

 漆黒の宇宙空間。そこに輸送揚陸艦バーネーダが静かに浮かんでいる。“輸送”というネーミングに相応しく、その姿は丸みを帯びた巨大な水中哺乳類を連想させ、その体内にはたくさんの揚陸艇と揚陸隊員を収めることができる。すぐ後方にはペアを組む強襲揚陸艦カスリーンの武骨な姿も見える。
 アイの乗った強襲揚陸用の小形シャトルEP15は本来カスリーンの所属なのだが、今回の飛行では母艦に向かわず、医師であるアイを送り届けるべくバーネーダへ向かっている。
 アイはシャトルのコックピット内、正副操縦士のすぐ後ろに設けられた特等席をあてがわれていた。それが後部区画に20人分詰め込まれた戦闘員席でなかったことは、いきなりの強制的な呼び出しにもかかわらず、彼が客員として扱われていることを示していた。
「EP15からバーネーダへ、ドッキングを要請する」操縦士がバーネーダに呼びかける。
「EP15、こちらバーネーダ。アクセスコードを送れ」バーネーダから応答があった。
「EP15からバーネーダ、アクセスコードを送信した」
「EP15、こちらバーネーダ。アクセスコードを受理した。貴艇の接舷を許可する。ドッキングシークエンスを開始する。ポートは6番」
「EP15からバーネーダへ、お招き感謝する。6番了解。標識灯を視認。システムシンクロ。シークエンスヨーソロー・・・」
 コックピットの窓越しにバーネーダがグングンと大きくなる。
 シャトルはゆっくりと方向を変え、“6”と書かれたドッキングポートに接近するとアッという間にドッキングを完了させた。時を置かず連絡ハッチが開けられ、ハッチの向こうからバーネーダ側の隊員が顔を覗かせた。華奢な感じの背の高い若い男で、階級は少尉だ。
「ようこそバーネーダへドクターアイ。医官のサマネです」軽く敬礼をしてから後部座席のアイに声をかける。
「どうも」アイが応じると「どうぞ、こちらへ」とハッチをくぐるよう促され、バーネーダの艦内に案内された。EP15はすぐにバーネーダを離れるようだ。すぐにハッチは閉じられた。
 エアロックを抜けると小さなホールがあり、そこに小柄な軍人が待っていた。階級は少佐だ。
 一見スマートに見えるが、ゆったりと作られた戦闘服の上からでも、その鍛え上げられた筋肉を感じることができる。髪は真っ赤、ボブにまとめられていて、どうやら女のようだ。近づくと前髪の隙間からアンバーの瞳が見つめてくる。顔全体の作りはキュートだが、視線は突き刺すようで、まるでセンサーでスキャニングされているようだ。
「少佐」先を進んでいたサマネがその女に呼びかけた。「ドクターアイをご紹介します」
 女は右手を顔の横に持っていった(どうやら敬礼のつもりのようだ)。
「ドクター、こちらはスティングレイ少佐、私と一緒にあなたをエスコートするよう命令を受けています」サマネが女を紹介した。
「よろしくお願いします。スティングレイ少佐。タイガ救済医師団のアイと申します」アイは右手を差し出した。
「よろしく」スティングレイ少佐は抑揚を欠いた少しハスキーな声で短く応え、彼の右手を軽く握った。そのまま沈黙が続く。 
「ドクター、お疲れではありませんか?」サマネが沈黙を埋めるように遠慮がちに訊いた。
「いえ、たいしたGでもありませんでしたから・・・」アイは儀礼的に答えた。
「そうですか」その返事を待っていたようにサマネは言葉を続けた「到着早々で申し訳ないのですが、とりあえずこの艦に収容されている難民たちを診るのを手伝っていただけませんか。早急に健康状態をチェックしておきたいんです」
「どれくらい居るんですか?」
「96名です」
「うお・・・」アイは目を見張った。
「収容スペースを提供できる船が本艦しかなかったのでやむを得ないんです。それであなた方のNGOに応援をお願いしたという次第です」
「いいですよ。一緒に看ましょう」アイはサマネを促した。

 難民たちはドッキングブロックに隣接するカーゴベイに収容されていた。全員が床にセットされた簡易Gシートを与えられていて、ほとんどがシートに腰を掛けたり、シートを倒して横になっていたりしていたが、なかには無重力をいいことに空中を飛び回っている者もいた。そのほとんどは子供たちだ。
 3人はカーゴベイの中を進んだが、突然アイの動きが止まった。
「どうしました?」サマネがアイに声をかける。
「いえ・・・」そう答えながらアイの目は一点に釘付けになっている。難民たちの中に金色の髪の少女を認めたのだ。彼女も空中を飛び回っている者の中の1人だ。疲れ切った難民たちの中で、子供たちだけがまだエネルギーを有している。
『カオレ?』アイの口はその様な形に動いたが声にはなっていない。激しい混乱が彼を襲っていた。そのまま難民たちに近づいていくが、顔の向きとは異なり視線はその少女を捉えたままだ。
「この難民たちはどこから?」アイは動揺を隠すようにサマネの方を向いた。
「ここにはタイガ星系B戦線の難民たちを収容しているが、同R戦線の難民も少数含まれる」サマネを制してスティングレイ少佐が答えた。
「R戦線の難民は戦艦に収容されると聞いていましたが?」アイは自分の声がうわずるのを懸命に押さえながら訊いた。戦艦とはこの宙域にいる最大級の戦艦ドレッドノートのことだ。
「状況は常に変化する」少佐は素っ気なく答えた。
 アイはなるべく不特定の難民に接するように難民たちに接近し、何気なく金髪の少女に寄り添うと、彼女がカオレに間違いが無いことを確認した。
 アイは誰にも気付かれぬように、そっとその左手にはめた腕時計を確認した。
「端から順番に診ていきましょうか」サマネが提案した。
「ええ・・・」アイは心ここにあらずという様子で返事を返した。
「では、ここから診ていきましょう」
「ええ・・・」アイの返事は上の空だ。
 2人の医師は順番に難民を診察していった。少佐は2人を護衛するかのように付き添っている。
 アイが時計を気にしているのは明らかだった。診察の手を休めては時計をチラチラと見ている。呼吸は荒く、顔面は蒼白になっていく。
 そしてついに診察の手を止め、呪文のように何かを繰り返し唱え始めた。
 その様子に気付いたのか、サマネも診察の手を止めた。
 やがてその呪文は、はっきりと聞き取れる言葉になった。「起動する!」
「え?」サマネが問い返す。
「起動する!起動する!起動する!」アイはまるで何かに取りつかれたように繰り返す。
「どうしたんですか?何が起動するんですか?」
「こんなことをやってる場合じゃない!」アイは立ち上がりざま、そばにいた子供を抱きかかえた。そばに居た母親が慌てて取り返そうとしたが、その子の頸動脈に小さな刃物が当てられたのを見ると動きを止めた。医療用の非金属の刃物のようだ。何事かと周りの難民たちが騒ぎ始めたが、子供が拘束されていてはどうしようもない。
「すぐに私を大気圏突入用のポッドへ連れていくんだ」アイはサマネに向けて要求した。その声には狂気が含まれている。
「ドクター!何を!」驚いたサマネが叫ぶ。
「私はここを離れる。すぐにだ!この子の命が・・・」
 アイが言い終わる前に背後から少佐が音もなく接近し、刃物を持った手を締め上げた。アイは体を捻ってその拘束から逃れ、手から離れた刃物が宙を舞う。子供はすぐに母親が受け止めた。
「サマネ!刃物を確保しろ!」少佐が指示を出す。
 サマネが確保のために宙を舞っている間、2人はあらゆる物を支えに反動を利用しながら争ったが、最終的に少佐がアイを後ろから羽交い締めにした。
 争いは短い時間で終わった。難民のほとんどはそれに気付かず、平静は保たれている。アイは全身の力を抜いた。
「どうしてそんなにここを離れたがる?」拘束を終えると少佐は質問した。
「・・・起動する・・・」息を切らしながらアイはもう一度繰り返した。
「何が起動する?」
 アイは肩を小さくふるわせ、苦しげに笑い始めた。「ククククク・・・」
 そしてひとしきり笑い続けた後、ポツリと付け加えた。「みんな死ぬんだ」
「だったら、お前も死ぬんだぞ」
「もう手遅れだ」アイの声は微かに震えている。
「どういうことですか?」今度はサマネが質問した。
「もう起動を止めることはできない」
「このカーゴベイは耐爆防護構造だ。爆発があっても、それが船体におよぼす影響は限定的だ」少佐がたしなめるように言う。
「爆発?そんな柔いもんじゃない。影響はこの船だけではなくその周りの空間にもおよぶだろう」
「何を仕込んだ?」少佐が追求する。
「起動すれば空間が崩壊する。そこへ支えを失った周りの空間が落ち込むんだ。落ち込みは連鎖的に続き、物質は失われる。N2チップは世界を変えるのだ」
「N2チップ!」サマネが驚いて声を上げた。「N2チップを仕込んだんですか?」
「そうだ」アイは覚悟を決めて言った。
 その返答を確認すると少佐はあらためて訊いた。「どこにだ?」
「それを言うと思うか?超戦艦ドレッドノートの破壊は失敗したが、少なくともこの船と傍に居たもう一隻は失われる。すべては“聖なるもの”の名のもとに秩序を取り戻す・・・これまでもそうであったように・・・」アイの声は勢いを取り戻した。
「そうかな?」少佐は顔を上げて辺りを確認し、誰かに手招きをした。
 さっきの金色の髪の少女が子供たちの輪から離れてゆっくりと近づいてくる。
 一度は顔色を取り戻していたアイの顔から再び顔色が失われる。「そんな・・・」
「この子は知っているな?」
 アイは小刻みに顔を横に振った。
「まあいい、もちろん知っていると思うが、この子はカオレという。なんにせよもうこの子の筋肉の裏側にチップは無い。チップはすでに摘出され、安全に処理されている」
「そんな・・・」アイは絶望の言葉を絞り出した。
「サマネ少尉、先ほどのドクターアイの発言は憶えているな?」少佐はアイを無視してサマネに顔を向けた。
「N2チップの件ですか?ええ、憶えていますよ」
「後ほど証言してもらうことになるが、その時はよろしく頼む」
「承知しました。証言はします」サマネは頷いた。
「納得いかない様子だな」少佐はサマネの顔を覗き込んだ。
「ええ・・・でも医者である彼が、どうしてこんな小さな子を・・・」サマネは少女の方に目をやりながら訊いた。
「彼らはその信じる宗教によって来世までを保証されている。だから、自分はもちろん、同じ信仰を持つ者の死を恐れることはない。我々とはまったく違うんだ」少佐は自分に言い聞かせるように言った。
「アニマ」金髪の少女が屈託の無い笑顔を少佐に向ける。「もう済んだ?」
「ああ、もういいよ。みんなと遊んでおいで」少佐は不器用に笑顔を浮かべた。
「うん」少女はフワリと方向を変えると仲間のもとに飛び去った。
「アニマ、アニマ・・・?」アイは繰り返した。聞き覚えのある名前だ。アニマ、そう、仲間内では神出鬼没、躊躇無く最善の作戦を展開する切れ者として何回も話題に上っていた名前だ。
「アニマ!あんた・・・あんたがあの“壊し屋のアニマ”なのか・・・」アイはすべてが失敗に終わった事を悟った。

2022.01.28

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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

今日は久しぶりに掌編を発表しようと思います。

今回はSF掌編を書きあげました。タイトルは「悲しみは愛情のように・・・」。
いまサキは八少女夕さんが主催される「scriviamo! 2022」というイベントに参加しているのですが、本作はそれとは関係なく別に書かれた作品です。
構想が浮かんだのは去年(2021年)の10月ごろのことですから、構想を形にするのに随分と手間取ってしまいました。
サキ、というより先の生活環境に少し変化があって、年末から年始にかけてバタバタしていたというのもあるのですが、世界がここのところいっそう不安定さを増しているうえ、新型コロナは一向に収束の気配はないという状況に、サキ本来の怠け心が加わって、なかなか書く気になれなかったというのが本当のところでしょうか。
さらに構想から浮かんでくるストーリーを満足に文章化できなかったというのも創作の停滞の原因になりました。上手い表現や展開が出てくるまでに時間がかかり、たとえ見つかったとしてもそれに満足できないんです。何回も読み返して修正するのはいつものことなのですが、今回はその出口が見つからないまま完成としました。あらためて創作の難しさを痛感した次第です。
言い訳がましくなってしまいましたが、いつものことですね!どうかお許しください。

よろしければ下のリンクからお進みください。
悲しみは愛情のように・・・

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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。

山西 左紀

Author:山西 左紀
「山西 左紀について知りたい方はこちら」
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アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
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左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
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