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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

白火盗 第二話

 流石は百足の重蔵だ・・・加助は感嘆のため息を漏らした。
 もう六十を過ぎているというのに、九つ(午前零時)にアジトを出て、闇にまぎれて街中を進む重蔵の様子は自信と気迫に満ちている。
 今時は荒っぽく急ぎ仕事でやっつける連中が多い中、盗られて困るようなところからは盗らず、他人を傷つけず、女を手ごめにせずを実践する数少ない盗賊の親方の一人、それが百足の重蔵だった。
 今夜の仕事は何十人もの手下を使い、千両箱を荷車に積んで強奪するような大掛かりなものではない。親方の重蔵を先頭に、それに付き従うのはすぐ前を行く手下の若いのと加助、たった二人だけだ。
 加助は本来もっと大きな盗賊組織の一員なのだが、その親方が重蔵と懇意にしていて、名前どおり今回の仕事のために助っ人として貸し出されている。最初はあまりに小さな仕事に、自分の親方に蔑ろにされたのではないかと塞いでいた加助だったが、盗まれた事にさえ気付かれないくらいの重蔵の緻密な計画に驚き、盗る相手を選び、人を殺めないという仕事の進め方に潔さを感じ、配下として計画を進めるうちにすっかり重蔵の人柄に魅入られていた。
 被害にあってもそれに気付かず。すいぶん時間が経ってから「ひょっとして盗られたんじゃ・・・」となるような盗み・・・そのためには、すぐにそれと知れるような大きな額を盗ることはできないし、家人を起こさないよう密かに行動する必要もある。だから、重蔵の仕事には大人数の盗賊団は必要とされず、少人数の信頼の置ける仲間だけで事足りるのだ。
 もちろん、加助の親方と重蔵は同業者という立場だけでなく、仕事のやり方でも強い絆で結ばれている。それゆえ、重蔵が加助に寄せる信頼が並々ならぬものなのは痛いほど感じていた。そして加助もそれに無条件で答えるつもりだった。
 やがて一味は狙いを定めた商家の前に到着した。

 重蔵が狙いを付けたのは弥生町の蝋燭問屋、播州屋の金蔵だった。播州屋は開府以来の商家だが、取り扱う特製上等の蝋燭は一般には販売せず、長年にわたる上顧客だけを相手に商売している。それゆえ商いの量のわりに店構えは小さく、奉公人も少ないのだが、高い品質の商品と手堅く筋の良い商売は、取引先や顧客からも高い評価を受けている。
 だが深く張り巡らされた重蔵の情報網によれば、それは世間一般から見える表側の顔だ。裏ではあくどい商売を手広く行い、なんとご禁制の阿片にまで手を染めているらしい。そんな悪事で代々に渡って蓄積された膨大な儲けは、店の金蔵にうなるほどに溜め込まれていて、義賊を気取る重蔵にとって絶好の標的となった。溜め込んでいる金のわりに店の規模が小さく奉公人が少ないのも、少人数で行動する重蔵には都合が良かった。

「ヒトリ・・・」重蔵が後ろに控えた若いのに小さく声を掛けた。
『ヒトリというのか、変わった名だ』加助は今になって始めてその一の子分の名前を知った。
 加助はこの若いのとは一言も口を利いたことがない。最初に重蔵の元を訪れたときも、一の子分として紹介はされたものの、名前までは聞かされなかった。その時も今と同じように薄汚れた着物にほっかむり姿で、一言も喋らずにずっと俯いていていたから、声を聞いたこともなければ顔を見たこともない。だが、重蔵はその子分を何者にも替えがたく思っているようだったし、細かく素性を明らかにしないのも、親分子分の関係を越えた配慮のように感じられた。ヒトリと呼ばれたその若いのは、重蔵から絶大な信頼を寄せられているのだ。
 その若いのが大きな板戸の隅に設けられたくぐり戸の前に跪くと、やがてカタリと閂(かんぬき)の外れる音がした。若いのがくぐり戸をそっと押すと、戸は音もなく内側に開いた。
 重蔵の合図で三人は店に入る。
 どうやって情報を手に入れたのかはわからなかったが、店の間取り図は精巧なものが作られていた。重蔵やその若いのはもちろんのこと、加助もそれを頭に叩き込んでいたので、暗い中でもどちらへ進んでいけばいいのか充分すぎるほどわかっている。
 店の衆の情報も事細かに集められていて、この時期のこの時間ならもう全員が寝入っていることもわかっている。万が一この段階で人が起きている気配があれば、何も取らずにそのまま引き上げる段取りになっていたが、今のところその気配は無い。
 三人は手元の小さな灯りを頼りに、打ち合わせどおり店内を移動し、金蔵の前にたどり着いた。ここまでは順調だ。
「ヒトリ・・・」ふたたび重蔵が若いのに声を掛けた。
 ヒトリ・・・は金蔵の入り口に下げられた錠の前に跪く。
 それはいかにも精巧そうな大型の錠前で、鍵が無ければとても開けられそうにない。今時流行りの強盗団なら、まず二三人を切り殺しておいて『こうなりたくなかったら・・・』と脅して鍵を開けさせれば事は簡単なのだが、重蔵の場合、そんなことは間違ってもやらない。あくまで誰にも気付かれないまま、こっそりと頂戴しなくてはならないのだ。
 ヒトリは大きな錠前を自分の方へ向け、意識を集中させている。手元はヒトリの背中に隠れて見えなかったが、やがてカチャリと小さな音がして鍵がはずれた。この若いの・・・ヒトリがすべての鍵を開けるというのは聞かされていたが、ここまで見事に、しかも短時間で開けるとは想像もしていなかった。外されて床に置かれた錠前には傷一つ付いていない。『いったいどうやって開けたのだろう・・・』加助は不思議に思いながらも重蔵の指示にしたがって金蔵の重い扉を開けた。
 扉の内側にはさらにもう一つの扉があった。そしてそこにはいっそう複雑そうな錠前が重々しく下がっている。
「ヒトリ・・・」みたび重蔵が若いのに声を掛けた。
 ヒトリはまたその前に跪き、今度は少々手間取ったが、やがてついにカチャリと音がして錠前は完全に降伏した。その速さに驚きながらも加助は内側の扉を開けた。
 重蔵が手元の小さな灯りを投げかけると、そこにはたくさんの金箱が整然と積み上げられていた。

* * * * * *

「はて?」金蔵の中で播州屋主人の庄兵衛は首を捻った。帳簿の数字を確認し、算盤をはじいてからもう一度、目の前に積まれた金箱の数を数え直す。
『おかしい・・・』帳簿の数字は合っている。先月の棚卸しでは金箱の数に間違いはなかった。この一月で当然増減はあるから総数は変わっているはずだが、それが帳簿と合わない。庄兵衛は暫くの間考えにふけっていたが、やがて金倉を出るために内側の扉に手を掛けた。ふと思い立って、持っていた提灯の灯りで錠前を入念に調べてみるが傷一つなく、こじ開けられた形跡などまったくない。大枚をはたいて精密に作らせた最新式の錠前だ。幾重にもカラクリが組み込まれ、鍵を持っている自分以外に開けられる筈は無いし、鍵は四六時中肌身離さず自分が持っている。『おかしい』首を捻りながら丁寧に錠を掛けると、今度は外側の扉の錠も調べにかかる。これも精密に作らせた最新式の錠前だが、これにも傷一つない。二重の鍵をきちんと掛けて金蔵を出ると、庄兵衛は廊下を急いだ。
「定吉!サダはおりますかな」庄兵衛は大番頭の名前を呼んだ。
「へえ」廊下の突き当たりに控えていたのだろう、大番頭の定吉が姿を現した。
「御用でございますか」庄兵衛のただならぬ様子を感じたのか定吉は神妙な面持ちで尋ねた。
「御用も何も・・・お前たち、金蔵には入っていないね?」
「は?金蔵でございますか?」定吉は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。「滅相もございません。第一、あそこには旦那様以外の者は勝手に入ることはできません。あの錠前を開けることは不可能ですし、鍵はいつも旦那様がお持ちです」
「そうだな。確かにそうだが・・・」定吉は嘘は言っていないようだ。
「何か御座いましたでしょうか?」
「うむ・・・」庄兵衛の顔はなおいっそう難しいものになった。「実は金箱の数が合わないのだ」
「金箱、でございますか?しかし金蔵へは・・・」
「わかっている。私しか入れないのはわかっているのだが・・・」
「無くなっているのでございますか?」どうやら定吉の驚きは本物のようだ。
「・・・ちょっと金蔵へ来てくれ」庄兵衛は定吉を伴って廊下を戻った。
 二重の鍵を開け、定吉と二人金蔵へ入る。
 扉をきちんと閉め、灯りを手元に置くと、庄兵衛の指示を受けた定吉は丁寧に帳簿を調べ、金箱の数を数えた。
「合いませんね」定吉は顔を上げて庄兵衛に顔を向ける。
「合わないね」庄兵衛も声を合わせてから続けた。「中身を改めたほうがいいかもしれないね」
「改めましょう」定吉は慎重に長い時間をかけて金箱一つ一つの中身を確認した。どの箱も中の金子はきちんと治まっていたが、最後の一箱を開けたとき「おや?」定吉が声を上げた。「旦那様!これを」
 その金箱にも金子がきちんと収まっていたが、その上には赤い札が置かれている。
「なんだねこれは?」庄兵衛はそれを取り上げ、手元の灯りをかざした。
 それは薄い木の札だったが真っ赤に塗られていて、そこに絡み合った真っ黒な二匹の百足が描かれている。
「これはどういうことなのでございましょう?」定吉は首を捻る。
「盗った者の意思表示なのだろうね」庄兵衛はポツリと言った。
「それにしても、いつの間に・・・」
「先月の棚卸しでは間違いなく数が合った。それから今日までの間に合わなくなったんだから、ここ一月の間ということになる」
「いったいどうやって?」
「さあな。とんと想像もつかん」
「旦那様、番屋の方へ届けましょう」
「なにを馬鹿なことを・・・」庄兵衛は薄笑いを浮かべた。
「届けたら調べが入るではないか。この小さな蝋燭問屋の金蔵に、これだけの金が有る理由を説明せねばならなくなる。サダ、いったいなんと説明する?」
「・・・」定吉は黙って俯いている。
「幸いと言ったらなんだが、無くなった額はそれなりに大きいものの、全体に比べたら微々たるものだ。ここは錠前をもっと厳重なものに変えて、黙んまりを決め込む方が得策だ」
「さようでございますね」定吉は頷いた。
「私がそう考えるだろう事も、この盗人はちゃんと予想していたんだろうよ」
「旦那様・・・」定吉がなさけない顔で庄兵衛を見上げた。
「百足め・・・」庄兵衛は歯噛みをした。

2021.06.18
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時代小説の沼

 今夜は白火盗 第二話(←このリンクから直接飛べます)の発表です。

 ここのところサキは時代小説の“沼”にはまっています。幾つか時代小説も読んでしまったぐらいです。
 はまったのは、イベント企画で“時代小説ふうに書いてほしい”というリクエストを頂戴して、時代小説ふう掌編を書き上げたのがきっかけです。
 その時はとにかくお題をクリアーすることが第一の目標でしたから、時代小説らしい雰囲気を出すことを優先して設定もその場しのぎでしたし、イベント用と割り切って続編も考えていませんでした。
 ところが、サキはそこに登場させたヒトリというキャラクターと、彼女が生きる江戸時代の雰囲気にはまってしまったのです。
 ヒトリは真っ白な髪と肌、赤い目を持った17歳の少女です。白い髪と赤い目はサキがよく登場させそうなキャラなのですが、それに加えて彼女にはもっと重い宿命を背負わせる設定にしています。
 ですから、このキャラにここまで背負わせて、そのままほったらかしで終わらせるのは、作者として忍びなくなってしまったんです。
 なんとか彼女が生きる様子を少しでも描けないかと、よせばいいのに試行錯誤を繰り返し、時代小説世界から抜け出せなくなってしまったんですよ。
 今夜、ここに続編と呼んでもいいようなものが書きあがりましたので、思い切って発表してしまいます。
 現段階で、じゃあこの続きは?と言われると困ってしまいますが、まだサキの頭の中はヒトリが大きな部分を占めていますので、この続編も模索中です。
 上手くいきましたらまた発表させていただきますが、慣れない時代小説のことですので、ほったらかしになっている他の小説に浮気する可能性も大です。

 よろしければ下のリンクからお進みください。
 白火盗 第二話
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Author:山西 左紀
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