Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

絵夢の素敵な日常 初めての音(Port of Port)

初めての音(Port of Port)

 カモメが目の前を横切って行く。翼を広げたその姿は想像していたよりもずっと大きく、その長い羽根にゆったりと西風を受けながら大西洋の方へ滑空していく。
 前にはドウロ川がゆったりとその流れを横たえ、かつてはワイン樽を運んでいた小船、ラベロが浮かんでいる。そして流れの向こう、対岸のガイアにはポートワインのロッジ群が見える。ロッジでは観光客相手にワイナリーの見学やワインの試飲販売が行われ、ポルト観光の名所の一つになっている。川下には巨大な鉄骨をリベットで組み上げたドン・ルイス1世橋がそびえ、その優雅なアーチでここリベイラと対岸のガイアを結んでいる。
 リベイラとは川岸という意味を持つポルトガル語だが、ドウロ川のそのまさに川岸にある地区に対するこの直接的なネーミングは、かえってこの町の長い歴史を思い起こさせる。川岸には色とりどりの美しい建物が建ち並び、その前にはレストランが用意したテーブルと椅子、そして強い陽射しから観光客たちを守る大きなパラソルがたくさん並んでいる。

 2人はその川岸の擁壁から川面に下って行く大きな階段に並んで座っていた。2人は空港で再会してからほとんど言葉を交わしていない。戸惑ったような、そしてはにかむような笑顔で少しの間見つめあい、短い挨拶を交わしただけだ。どちらにも話したいことはたくさんあったが、どちらもそれを始めるきっかけを失っていた。だが沈黙は2人の距離を広げはしなかった。2人は絶妙な間隔を保ったまま、どちらからということも無くドウロ川の川岸にたどり着き、僅かな間隔を開けてこの階段に腰掛けた。そしてそのまま時が過ぎて行くのに任せていた。
 晩秋の大気は澄みきっていて、真っ青に染め上げられた空は遙かな高みにある。時が過ぎて行くにつれ陽光は徐々に傾きを増し、川はオレンジ色に染まり始め、それにつれて街も柔らかい色に包まれていく。やがて太陽が没し始めると町は夕闇に沈み込み、対照的にドン・ルイス1世橋がシルエットとなって浮かび上がる。
「綺麗」ミクは橋を見上げながら呟いた。
「だな・・・」ジョゼも小さな声で応じたが、視線はミクの方を向いている。
 ミクは緑がかった水色のハイヒールを履いていた。サン・ヴァレンティムの日にジョゼが贈った物だ。飾りの白いリボンが可愛らしい。服はハイヒールに合わせて明るい色合いのものを選んでいて、小さな真珠の耳飾り以外、アクセサリーは付けていない。短くカットされた黒髪が川風に揺れる。
 ミクの事は小さいころからずっと見てきたはずなのに、今日のミクは特別に綺麗だ。あの華やかな舞台に居る時よりもずっと・・・ジョゼは橋を見上げているミクの横顔を静かに見つめていた。

 やがて橋も徐々に光度を落とし始め、地上にあるもの全てが夕闇に沈み込む。
「あたしはこの町に帰ってこれるようになって、本当にラッキーだったと思う」ミクは自分に語りかけるように言った。
「この町は最高さ」ジョゼは橋の方へ顔を向けて応える。
「ポルトはあたしにとってかけがえのない所なの。帰りたくなる本当の家が有るだけじゃなくて、会いたい人や待っていてくれる人が居るんだもの」ミクはジョゼに肩を寄せた。
 ジョゼはミクの方を見やり、彼女の肩の柔らかい感触に鼓動を速めた。ミクは本当の家を求め続けてきた。そのことはこれまでミクと一緒にいてずっと感じていた事だったが、ミクの生まれた街を訪ねてその思いはいっそう強くなった。だがそれが自分に繋がっているのか、そこに確信が持てなかった。あの華やかな世界で輝きを放つ声楽家と、自分の食い扶持を稼ぐだけで精一杯のウェイター、あまりにも違いすぎる。ミクは本当に僕なんかを求めているのだろうか?もっとふさわしい人が居るんじゃないのか?ジョゼはミクの肩を抱き寄せたい気持ちをグッと押さえた。
「でも・・・」ミクはそんなジョゼの様子を気にする様子もなく続けた。
「おばあさまだって永遠に居てくださるわけじゃない。そうなってもあたしには帰りたくなる家が必要なの。それはあたしにとって命より大切な物なの」ミクはここで一拍おいた。
「命より・・・」ジョゼが小さな声で復唱する。
 ミクはジョゼを見つめ、覚悟を決めたように続けた。
「それがジョゼだっていう事・・・」
「・・・」ジョゼの口は半開きだ。
「あたしはジョゼより6つも年上よ。それにあたしがこの仕事を続ける限り、あたしたちはいつも一緒にいられるわけじゃない。だからあたしたちは随分変わった夫婦になると思う。ジョゼに我慢してもらうこともきっとたくさんあると思う」ミクは言葉を止めた。
 夫婦?今ミクは夫婦って言ったよな・・・ということは。ジョゼの鼓動はさらに跳ね上がる。
「自分勝手だって事はわかってる。だからずっと言えないでいた。でも、もう逃げるのはやめにする。だってあたしはあのおばあさまの血を引いているんだもの」ミクはジョゼの目をジッと見上げて言った。「ジョゼ、あたしじゃ駄目?」
 少しの間の沈黙を保ってからジョゼが言った。「僕でいいのか?」
 ミクは毅然とした声で答える。「ジョゼがいいの。ジョゼでなけりゃ駄目なの」瞳は大きく見開かれ、口は横一文字に引き結ばれている。ドイツの空港で“好き”と言われた時と同じ顔だ。いや、その時とは違って今は涙が溢れそうになっている。
 ジョゼは全てを決断し、それを受け入れた。
「ミク・・・」ジョゼは向こう岸を見やりながら話し始める。「あそこのワインロッジで初めてミクに出会った時から、僕はずっとミクを見ていた。そしてずっとミクのことを想っていた。だけど僕とミクは全然釣り合っていない。これまでずっとそうだったし、これからもきっとそうだろう。この前の舞台を見てよけいにそう思った。僕はミクの足を引っ張るだけなんじゃないか。周囲から見ても僕たちは不釣り合いな許されないカップルなんじゃないか?ってね」
 ミクが口を開きかけたが、ジョゼはそれをそっと制して続けた。
「でも、今やっとわかった。僕はずっとミクが帰る家になりたかったんだ。そして僕はミクの家になるよ」
「ジョゼ」ミクはジョゼを見つめたままだ。
「僕はミクを全力で応援する。僕ら2人なら何が起こっても大丈夫だ」ジョゼは両腕を横に広げた。
「うん。あたしたちならきっと大丈夫」ミクは弾けるような笑顔を見せた。カーテンコールの時よりももっと弾ける笑顔だ。
「結婚してくれないか?」ジョゼは静かに、だがはっきりとした声で告げた。
 ミクは笑顔のまま「はい」と答えた。そしてジョゼの胸に顔をうずめ心臓の上に耳を当てた。
 ジョゼはそっとミクの肩を抱く。シャツを通してミクの熱い息づかいが感じられる。ミクが体の力を抜いた。
 とても素敵な匂いがした。

 2人は階段に腰を掛け寄り添っている。
 ミクはジョゼの腕の中に抱かれたままジッと動かない。まるでそのままジョゼに溶け込もうとしているかのように・・・。
 ジョゼもミクに全神経を集中している。お互いがお互いに包まれるような時間が流れていく。
 ジョゼはミクの両肩に手を添えて、胸の上に乗っていたミクの頭をそっと離した。2人は見つめ合う形になる。
 暫くの沈黙・・・。
 高まる胸の鼓動・・・。
 ミクは自分の唇をジョゼの唇にそっと重ねた。
 ジョゼは少しぎこちなくミクの体に手を回してそれに答えた。
 長いキスになった。
 あたりは少しずつ暗さを増していく。建物の窓や街灯に明かりが灯り、気温も下がり始めた。
 2人はようやく体を離して立ち上がった。
「うちに寄る?」ミクがジョゼに尋ねる。
「寄せてもらおうかな?」そう言うジョゼのお腹が鳴った。
「お腹空いたの?」ミクはジョゼのお腹を見た。
「なんだか腹ペコになったよ」ジョゼは頭をかいた。
 ミクはフッと笑顔になってジョゼを見上げた。「おばあさまは何か作って待っててくれると思うけど、ジョゼの分はあるかな?」
「メイコに抜かりはないよ」ジョゼがそう答えるとミクは声をたてて笑った。
 ミクはまた体を寄せて伸びあがると小さくキスをする。
 ジョゼはもう一度ミクを抱きしめた。
 ミクは暫くそのままの格好で立っていたが、「おばあさまに連絡を入れておかなきゃ・・・」と携帯を取り出した。そして手早くメッセージを作成し、送信しながら誰にともなく呟いた。「あ、絵夢にもメールしなきゃ、探し物は見つかった・・・って」
「え?絵夢に?探し物って何の話?」
「なんでもない。さあ行きましょう!」ミクはさっさと歩きはじめる。
「待てよ」ジョゼは慌ててスーツケースを曳いて後を追い、ミクの横に並んだ。
 ミクはジョゼの肘にそっと手を通した。


2017.04.26
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ポルトにて・・・

 今夜は絵夢の素敵な日常シリーズ、ミクとジョゼのお話です。
 短い休暇を利用してミクがポルトへ帰ってきます。ミクはちゃんと結論を得るつもりなのですが、はたしてジョゼはどういうふうに反応するのでしょう?
 いつものようにジョゼは空港へミクを迎えに行ったようです。研修旅行で長いこと職場を留守にしたので、休暇は非常に取りにくくなっているはずですが、また“女がらみ”ということで特別に認めてもらったのかな?

「ジョゼがそんなに言うってことは、また女がらみか?」店長はジョゼの顔を覗きこむ。
 ジョゼは自分の顔が火照るのをなんとか抑えようとした。
「しょ~がね~な~」店長はジョゼの肩にトンと手を置いた。
な~んてぐあいにね・・・

 でもあまり時間はありません。明日はジョゼはフルタイムで勤務でしょうし、明後日にはミクはミュンヘンへ発たなければなりませんから。

 この背中合わせの2人の物語、ポルトを舞台に書かれた部分もたくさんあるのですが、サキはポルトの町を訪れたことがありません。ですから町の様子は八乙女夕さんの小説「黄金の枷」やそれに関連して書かれた作品の描写のモチーフをそのままに、あるいは参考に、観光ガイドやストリートビュー等を駆使して作り上げています。便利な世の中になったものですが、やっぱり実際とは違っているだろうなぁと思っています。夕さん以外、実際に行かれた方が読まれることは無いと思いますが、もしそういう点がありましてもお許しください。“Pの街”にしておけばよかったな、と今更ながら思ってます。
 もしサキが実際に訪れることができたら改稿することもあるかもしれません。というか改稿できるようになることを願っています。

 よろしければ下のリンクからお進みください。

 絵夢の素敵な日常 初めての音(Port of Port)
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こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
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アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
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