Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

絵夢の素敵な日常 ハニ・・・フラッシュ

ハニ・・・フラッシュ

「あんたがミク・エストレーラ?」ブロンドの女が声をかけてきた。低いトーンの気怠げな声だ。ミクの顔を覗き込み、透き通るような碧眼で睨み付けてくる。サンディブロンドの髪はミクと同じボブにカットされていたが、ミクよりもだいぶ長く、肩先で優雅に揺れている。同い年くらいだろうか?端正な顔に残るニキビの跡が青春の名残を感じさせる。
 ミクは気押されないよう、まず気持ちを落ち着かせた。

 ミクは午前中、自分の所属する劇団の事務所に顔を出していた。
 古ぼけた建物にあるその事務所は、専有面積も必要最小限しか無く、見栄えも使い勝っても相当に悪い。おまけにミュンヘンの繁華街から外れた少し不便な所にある。
 それは何よりも賃料の安いことが優先された結果だったが、そこは劇団の運営拠点であるだけでなく、所属する団員たちのマネージメントも行う、いわゆるエージェンシーの様な機能も合わせ持つ場所だった。
 主宰であるハンスはまだ前の公演の後始末で事務所には居なかったが、次の公演の打ち合わせ、音楽稽古や立ち稽古のスケジュールの確認、そして新しいオファーも有ったのでそれについての連絡、手続き、慌ただしく時は過ぎて行った。
 ようやくデスクワークから解放されたのは、正午を少し回ったころだった。ミクはサンドイッチでも頬張る事にして、繁華街まで歩いてカフェに入り、ハムを挟んだバゲットサンドとミルクコーヒーを注文したところだった。

「ええ、そうですが。何か?」ミクは顔を上げ視線を合わせた。
「思っていたよりも華奢だね。もっと大きいと思ってた」女はずけずけとした物言いをした。
「ずっとこんなですけど?」
「舞台と比べてってこと。メイクも違うし、全然印象が変わるね」
「舞台を観ていただいたんですか?」ひょっとしてわたしのファン?ミクの心はほんの少し浮き上がった。
「舞台だともっと大きく見えた」ミクの様子には構わず女は話を続ける。
「ありがとうございます。でも、それって、誉めていただいてます?」
「フフッ」女は笑みを漏らした。睨み付けるようだった顔は、一瞬で可愛らしく変化した。
 ミクも笑顔で見つめ返す。
 暫く無言で見つめあってから「私はハンネローレ・クラーナハ。ここに座ってもいい?」女は向かいの席を指差した。
「かまいませんよ。ぞうぞ」ミクは警戒心を解くことにした。
 女が腰掛けるとウェイターがやって来る。
「ミク・・・と呼ばせてもらっていい?」
「ええ」ミクは簡潔に答える。
「じゃぁミク、ミクは何を頼んだの?」
「え?わたし?」
「そう、ランチにするんでしょ?」
「ええ、わたしはバゲットサンドとミルクコーヒーを・・・」
「じゃ、私も同じものを・・・」女はウェイターを見上げる。
「畏まりました」ウェイターはにこやかに頭を下げるとテーブルを離れた。ミクはウェイターの様子を目で追っていたが、すぐに女の方に向き直った。
「クラーナハさん?とお呼びすればいいですか?」
「友達にはハニって呼ばれてる」
「それなら最初に戻るけどハニ」ミクはここで口調を戻し「何か?」と改まった声で言った。
「フフッ」ハニはまた笑みを漏らした。
 ミクも笑顔で見つめ返す。
「舞台を見せてもらったんだけど・・・」ハニは舞台のタイトルを言った。この前の公演だ。
「それはありがとうございます」今一つハニの意図が分からなかったが、ミクはとりあえず礼を言った。
「とてもよかった」
「わたしに感想を伝えにいらしたのですか?」ミクの声は皮肉を帯びる。
「それもある。それもあるけど、兄者が見初めた女がいったいどんな女なのか、それを見ておきたかったというのが本命」
「兄者って?」
「ハンス・ガイテルは私の兄なの」
「ハニはハンスの妹さんなの?」ミクの声は裏返った。
「父親は違っているけれどね」ハニは少し顔を歪めて言った。
そう言われればハニの髪と虹彩はハンスと同じ色だ。「そう・・・」ミクは改めてハニの顔を観察した。
「そんな目でじろじろ見ないでよ」
「ごめんなさい。だって・・・それに見初めただなんて・・・」
「兄者があんなに熱く語るなんて、めったにないからね。それにミク、あんたは兄者を見事に振ったそうじゃない」
「だって・・・」ミクは言葉に詰まった。
「フフ、気にしなくてもいいよ。兄者は惚れっぽいからね。あんたの才能に惚れたのか、あんた自身に惚れたのか、自分でも区別がついてないんだよ。でも、あんたに肘鉄を喰わされてもまだコンビを続けてるってことは、いま兄者はあんたの才能に一点張りだっていうことなんだ。だから、私はそのあんたの才能っていうのを見ておきたかったんだ」
「そんな、才能だなんて・・・」
「そういうのを“謙遜”っていうんだろ?それとも“遠慮”?日本人がよく用いる表現らしいね」ハニはミクの言葉を遮った。
「ケンソン?エンリョ?」ミクの頭は日本語に切り替わらない。
「普通こんな話の流れなら、自分の才能について訊いてくると思うんだ。『私の才能をどう思う?』ってね。でもあんたはそうじゃなかった。自分に才能なんて無いというような言い方をした」
「だから謙遜?」
「そう。もちろん誰だって謙遜したり遠慮したりすることもあるさ。だけどあんた達はそれが強すぎる傾向がある。だからそれで損をすることもあるって兄者が言ってた」
「・・・」
「ミク、兄者を振ったのはなぜ?」ハニは単刀直入に迫ってきた。
「なぜって・・・」
「返答によっては怒るよ」
「そんな・・・」
「意中の人が居るってこと?」
「・・・」ミクの顔がほんのりと赤くなる。
「当たりか・・・」ハニはしてやったりの顔をした。
 その時トレイを持ったウェイターがやって来た。注文していたバゲットサンドとミルクコーヒーを2人分テーブルに並べ、2人に笑顔を向けると軽やかに戻っていく。ミクの視線は彼の様子をずっと追っている。
 ハニは頬杖をついてそれを眺めていたが「ふーん」と意味深な声を出し、唐突に「でさ、その意中の人ってポルトの人?」と訊いた。
「え?・・・まぁ」ミクは不意を突かれ曖昧に返答する。
「幼馴染とか?」ハニは舐めつけるようにミクを見る。
 ミクは無意識にだが微かに頷いた。
「ウェイターさんなのかな?」
 ミクの顔が赤みを増す。
「ごめんごめん。でもこれは記事にはしないから」もう十分と判断したのかハニは頬を弛めた。
「え?」ミクが顔を上げる。
「実は私はライターなんだ。小さなコラムも持っている」ハニは結構有名な音楽専門誌の名前を挙げた。
「ええっ!」ミクは驚きの声を上げる。
「驚かせてごめん。でも安心して。今の話は今回の記事にはしない。身内が絡むことだしね。でも将来に渡って使わないという保証はしない。なりゆきによっては面白く使えそうだしね」
「そんなぁ・・・」
「大丈夫だよ。ウチはゴシップは扱わないから。だけどミクについてコラムは書かせてもらうよ。大先生のコラムでなくて申し訳ないけど、良い記事が書けそうだ」
「わたしなんかがコラムになるの?」
「ほら!それが謙遜だっていうの!」
「・・・」ミクは少し視線を下げる。
「ミク、あんたの演技はよかったよ。それが私の素直な感想。だからそれをコラムに書かせてもらう。それだけだ。謙遜や遠慮なんてしなくていい。ミクはもっと注目されてもいいはずだ」
「ありがとう」
「もっと自信を持つべきだよ!」
「ハニ」ミクは顔を上げた。
「で、彼にはもう告白した?」ハニはトーンを変え、ミクの顔を覗き込む。
 ミクはいっそう赤くなった。
「まだ・・・か、こりゃ兄者が絆(ほだ)されるはずだ」ハニは小さく溜息をついた。そして「ミク、謙遜や遠慮は時として美徳になるけど、それで損をすることもあるんだよ」と告げた。
「・・・うん」もうグズグズするのは止めよう。ミクは突然そんな気になった。
 たしかジョゼがポルトに戻るのは4日後のはずだ。今日確認した自分のスケジュールだと音楽稽古と立ち稽古の間に3日連続の休日がある。そこでポルトに帰ろう。あとでジョゼに電話を入れてそう伝えよう。そして家に帰ろう・・・うん!決めた!
 ミクが顔を上げるとそれを待っていたようにハニが口を開いた。「よしっと。さあ、コーヒーが冷めてしまうよ。食べようよ」
「ええ」ミクはコーヒーを口元へ運びながら窓の外へ目をやった。
 ミュンヘンの町は午後の経済活動を始めようとしている。窓ガラスの向こうを大勢のビジネスマンが通り過ぎる。通りには栃の木が秋風に葉を揺らし、その向こう、重々しい建物の間には抜けるような青空が広がっている。
 こんな気持ちになったのはいつ以来だろう?ミクは大きく息を吸い込み、そして大きく吐き出した。そのまま視線を戻すと、目の前ではハニが大口を開けてバゲットサンドを頬張っている。ハニは見つめられているのに気が付くと、少し恥ずかしそうに顔をしかめてから、ミクに向かって『早く食べろ』と合図を送った。
 ミクはとりあえず新しい友人とのランチを楽しむことにした。

2017.04.16
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ミクのお話、UPします

今夜は絵夢の素敵な日常シリーズからミクの続きの発表です。
 ジョゼからのアクションを待ってばかりはいられません。こんなことじゃ埒が明かない・・・いよいよ決着をつけるべくミクが(あ・・・いや、正確には業を煮やしたサキが)動いています。

 今回のお話には新たなキャラクターが登場しますが、彼女(やっぱり女性ですね)はまず名前ありきの人です。どこかの物語で登場した名前をサキが気に入ってメモの中に残していたのですが、名前と漠然としたイメージだけが先行し、登場機会に恵まれていませんでした。
 彼女の演技力に期待して、ここでチョイ役として登場させます。
 チョイ役ですがけっこう重要な役回りなので、演じがいはあると思いますし、サキは楽しんで演技させたつもりです。

 そして、物語の中に登場する2人の昼食メニューについて、夕さんのアドバイスをいただいています。
 日本の様なお洒落なメニューをイメージしていたのですが、あっちでは実用的なものが多いみたいですね。現実のミュンヘンとかけ離れたものは出したくなかったものですから、アドバイスを参考に変更しています。
 ストーリーに影響は無いのですが、サキの小さな拘りです。
 夕さん、ありがとうございました。

 あと前作「それぞれのロンド」を予告通り修正しています。あ、ストーリー自体に変更はありませんので読み直しの必要はありません。
 ミクがあまりに可哀想だったのと、整合性の観点から、アパートの散らかり具合を若干ましに修正しただけですから。

 よろしければ下のリンクからお進みください。

 絵夢の素敵な日常「ハニ・・・フラッシュ」
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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
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アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
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左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
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limeさんのイラストをイメージにSSを書いてみました。「ダイヤモンド・ダスト」
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