Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

物書きエスの気まぐれプロット(25・前編)北極星に呪いを・・・

Stella/s月刊Stella 2017 2・3月月合併号参加作品

「で、なにこれ?」コハクは顔をしかめた。
 先日の欧州旅行の写真整理が出来たとエスに呼び出されたのだが、モニターにあるのは飛行機から見おろしたと思われる灰色の町だ。

161210-4.jpg

「ふふ、これ、どこだと思う?」エスは得意気にモニターの写真を拡大した。
「だから・・・わざわざ呼びつけて何これ?」」コハクの声には怒気が含まれる。
「これはね。帰りの飛行機から撮したんだ」エスは気にする様子もなく答える。
「何をやっていたかと思えば・・・」コハクは呆れ顔になった。
「暇だったから、ずっと窓の下を見ていたの。コハクは横でグースカ寝てるし」
「当然でしょ。はしゃぎ回るあんたの相手で疲れていたし」
「ごめんね」エスは一応申し訳なさそうに言った。
「いや、そんなことはいいんだけど。これ、どこかの町だよね。明くなってるから、シベリアでも極東地方だと思うけど、大きな河だね」
「これを見て」エスは地図画面を開いた。

161210-5.jpg

「ああ、なるほど。ハバロフスクね。それにアムール川?うん、確かにそうだ」コハクは写真と地図を見比べて言った。

161210-6.jpg

「飛行機はここで右に旋回したから、きっとフランクフルトから東へ東へと飛んで、ハバロフスクで向きを南に変えて羽田へ向かったんだよ」
「なるほど・・・」

161210-4.png

「じゃぁこれは?ハバロフスクの後で撮したんだけど」エスは新しい写真を開いた。

DSCN3399.jpg

「人類が居るの?ここ。こんなのじゃわかるはずないよ」そこには2つの岬に挟まれた大きな入り江が写っていた。
「そう思うでしょ。でも飛行コースから推測して調べてみると」エスは地図を開き拡大してゆく。

161210.jpg

161210-2.png

「あ、この形!」
「そう。このヴェセリ・ヤルの辺りで間違いなさそうでしょ?」

161210-3.png

「たしかに。へえ、よく調べたね。こんなところにも町が有るんだ」コハクはエスの奇妙な好奇心に感心した。
 エスは得意気な顔になった。
「でも疲れてたんじゃないの?よく起きてたね」コハクはエスの顔を覗き込む。
「せっかく飛行機に乗ってるのに、おちおち寝てられないよ」
「好きだなぁ。とてもあんたには付き合ってられないよ」コハクの呆れ顔が戻ってくる。
「でも、こんな風景をぼんやりと見おろしていると、ふっと物語が浮かんでくるんだよね」エスが笑顔で見上げてくる。
 コハクは苦笑いになった。


北極星に呪いを・・・

 フェリーは両側から突き出した岬の間を抜けて、湾の中に入った。船はフェリーとしては非常に小型で、中型のトラック2台にオンボロのワンボックス、それにクラシカルなセダンを乗せただけで車両甲板はいっぱいだ。年期も相当に入っていて、もともとは真っ白だった船体も今は全体が錆色と表現してもいいくらいだ。エンジンは気怠そうに推力を絞り出し、煙突からは薄汚れた排気が漏れ出している。
 俺はデッキに出て通り過ぎて行く両側の岬の先端を眺め、それから船の進む方向に目を向けた。冷え切った風が吹き付け、顔は凍傷になりそうだったが、始めて見る風景にそうせずにはいられなかったのだ。
 湾内にはいると波は少し穏やかになり、船の上下動も治まった。
「軍の関係者か?」寒さに耐えかねてキャビンに戻ると、乗客の1人が声をかけてきた。乗客は俺を含めてもたった5人で、俺以外は積み込まれたそれぞれの車両のドライバーだ。この男はオンボロのワンボックスを運転していたはずだ。
「いや、観光だ」俺は少しの笑顔を付けて返答した。
「観光?」男は宇宙人を見るような目で俺を見つめた。「そりゃまたあんた、相当な物好きだな。こんな所、何もないぞ」
「そこがいいんだ」俺は“何でもない”という雰囲気が伝わるように返事を返した。
「そんなもんかね」ありがたいことに男はそれ以上追及してこなかった。
「正面に半島が見えるだろう?」男は窓の向こうを指差した。ひげに埋もれたその顔から表情を読み取るのは難しいが、少し愛想笑いを浮かべているようだ。髭を生やしているせいで年上かとも思ったが、声の調子からしても俺と同じ三十路半ばだろう。
「ああ」俺は短く返事をした。
「あれを左、つまり南だな、へ向かうとアイェナ・ムシカ。右、北だな、へ向かうとアイェナ・ナバートだ」
「この船はアイェナ行きだよな」俺は確認した。
「ああ、アイェナ・ムシカは元々はアイェナと呼ばれていたからな。アイェナ・ナバートが作られたとき、区別するためにムシカをくっつけたのさ。船はアイェナ・ムシカの港に入る」
「そのアイェナ・ナバートへは行かないのか?」
「あそこは軍事施設だからな。アイェナ・ムシカからバスで行くんだが、軍人専用だ。一般人は乗れない」
「アイェナという1つの町だと思っていた」
「オレ達もそう思ってるし、そう呼んでいる。だがここは貧しい所だ。漁業や農業だけではなかなかやっていけない。ほとんどがナバートの軍人たちを相手に商売をして食いつないでいるんだ。だからムシカの名前を黙って受け入れたってわけだ」
「大変だな」俺は愛想を言った。
「このあたりはやばい土地だぜ。観光なんかで来るところじゃない。もうこの時期、気温は氷点下のままだから、無人地帯なんかをうろついたらあっという間に遭難する。おまけにナバートは軍の施設だから周りを歩いているだけで即拘束だ。運が悪いと狙撃される。町を離れたら命が幾つあっても足りんぞ」
「えらい所へ来てしまったな」俺は半分嬉しくなって返事をした。こういう胡散臭さは望むところだ。
「今夜、宿のあてはあるのか?」男は思いついたように訊いてきた。
「いや、決めていない。行き当たりばったりが俺の旅行のもっとうなんでね」
「あんたは運が良い。下手をすると凍え死んじまうとこだったぞ」
「死にたくは無いな」
「だろ?オレのところは雑貨屋なんだが、宿屋もやってるんだ。オレの所へ泊ればいい」男は笑顔になったが、それは単なる親切心ではなさそうだった。
「値段は?」
 男は値段を言ったが、相場よりはかなり高めだ。
「部屋を見てから決めてもかまわないか?」俺は少し慎重になって言った。
「かまわんさ。だが、他に行くところなんかないぜ!」男はおどけた風に両手を横に広げた。
「まずは見てからだな」この土地に快適な宿があるとはとても思えなかったが、俺はとりあえずそう言っておいた。
「オレはクラフ・エチミア。クラフと呼んでくれ」
「俺はサトルだ」俺たちは握手を交わした。
 船体に何かがぶつかる音が断続的に響き始めた。
「流氷だ」クラフが窓の外を指さす。海面にはたくさんの流氷が見える。「今年は厳冬かもしれないな」クラフの顔は厳しくなった。
 船体が右に傾いた。フェリーは舳先を南に向け、アイェナ・ムシカに進路を取り始めた。

 オンボロのワンボックスは機嫌の悪そうなエンジン音を響かせながらフェリーを降りた。ランプウェイの段差で嫌な軋み音を立てるのは、荷物がこれ以上は乗らないくらい一杯に詰め込まれているからだろう。『今にも車軸が折れそうだな』俺は助手席でその音を聞いていた。
「大丈夫だよ。いつもこんなだ」俺の不安を感じたのかクラフが気休めを言ってくる。
「この前までは大丈夫だったんだろうが、今日はどうかな?」俺は素直な気持ちを口にした。
「心配性だな。大丈夫だって」クラフはスピードを上げた。
 気温はもちろん氷点をかなり下回っていて、あらゆるものが凍りつき、雪と氷で覆われている。だが雪はそんなに積らないようだ。路面の轍の部分は開いていて、ひび割れたアスファルトが覗いている。ワンボックスは路面の白い部分を避けるようにその轍に沿って進む。
 凍りついた海に沿って暫く走り、真っ白になった川に架かる小さな橋を渡ると町が見えてくる。寒さから身を守る為だろうか、コンテナハウスのような建物が身を寄せ合うように集落を形成している。厳しい気候による傷みを手入れをする資金も無いのだろう、それぞれは薄汚れ、くすんでいて、申し合わせた様に灰色か赤茶色だ。
 ワンボックスは町に入ったところで急停車した。
「どうした?」
「またやられたな!」クラフは舌打ちをした。
 車の前方、道路の上を横切って走るパイプラインから白い物が勢いよく漏れ出している。
「蒸気か?」
「ああ、暖房用の蒸気配管だ。背の高い車両が当てやがったんだ」
「充分高い位置を通っていると思うけど・・・」俺は配管を見上げる。
「軍の車両に決まってるだろう。とんでもなく背の高いやつだ。連絡を入れて修理をしなけりゃならん」クラフはワンボックスを発進させた。
 少し進んで広場に出ると、その向かいにひときわ大きな建物が見えた。ワンボックスはその前で停車した。
 大型の船舶コンテナを幾つも積み上げ、それを繋ぎ合わせた様な建物だ。例にもれず灰色と赤茶色で塗られ、店の名前と思われる文字列が赤茶色の上に黄色で書かれている。その一角にアルミサッシ製の両開きの扉があり、そこが入口のようだ。
「オレの店だ。入ってくれ」サイドブレーキを引きながらクラフが言った。
 俺は車を降りると大きなザックを肩にかけ、入口の戸を開けた。
 中は雑多な日用品をメインに食料品や酒も扱っている店舗になっていた。入ってすぐの位置に有るレジの隣はカウンターで、立ち飲みで一杯やれるようだ。棚には強そうなアルコールが並んでいる。
「ルル、帰ったぞ」クラフが奥に向かって声をかける。
「お帰りなさい」棚の間から少女が現れた。じっとこちらを見てニコリともしない。
「それにお客さんだ。部屋を見せてやってくれ。暫くの間、泊まりたいんだそうだ」クラフはもう決まっているような言い方をする。
「いらっしゃいませ」ルルと呼ばれた少女はきちんと頭を下げて挨拶をした。
 この地方では同じ音を繰り返す名前を付けることは少ない。ルルというのはたぶんニックネームなのだろう。12歳くらいだろうか、胸まで延ばした真っ直ぐな黒髪に小さめの顔、はっきりとした目鼻立ちは将来の美人を予感させる。そして誰だってその大きな黒い瞳で見つめられたら、この宿を断る理由を無くしてしまうだろう。
「ルル、本通りの蒸気配管が漏れてるんだ。オレはすぐに修理の手配をしなきゃならん。すまんが部屋を見せてやって、宿泊の手続きをしておいてくれ。」クラフはテキパキと用事を言いつける。
「はい」ルルは返事を返し背中を向けると、そのまま通路を進み、狭い階段の上がり口で振り返った。どうやら『ついてこい』という事らしい。そして階段を上り、廊下の先の右側の扉を開け「こちらです」と言った。抑揚を欠いた物言いで最小限しかしゃべらないが、取り立てて愛想が悪い印象でもない。
 部屋は非常にシンプルな作りだったが、大きめのベッドに暖かそうなフトン、小さな机と椅子、壁際には大きなスチームヒータが供えられていた。古ぼけてはいるが居心地は良さそうだ。カーテンを開けると小さな2重サッシの向こうに表の通りが見えている。通りは閑散として寒々しく、全ての外来人を拒絶しているかのようだ。だが俺はここに宿泊することに決めた。
 俺が室内を見回していると、ルルが「トイレとシャワーは共同で、廊下の反対側にあります」と言った。どうも客の心の動きはお見通しのようだ。トイレもシャワーもくたびれてはいたが手入れの行き届いた清潔なもので全く問題は無い。
「ルル」俺は声をかけた。
「はい」ルルは俺の顔を見る。
「さっきクラフに言われたんだが」俺はクラフに言われた1泊の値段より少し安めの値段を言ってみた。
 ルルの表情は変わらなかった。
 俺はそれを確認すると「いくらかまからないかな?1週間分先払いするから」と笑顔で言った。
 ルルは少しの間考えていたが、いくらかまかった値段を言った。これなら充分相場価格だ。
「じゃ、それで決まりだ。ここに暫く泊めてもらうことにする」
 ルルは生真面目に「ではフロントで手続きを・・・」と答え、階段を降りて行く。
 俺は快適な宿を手に入れることができた幸運を喜びながら、ルルの背中を追った。


後編へ続く
2016.12.19
関連記事
スポンサーサイト
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

クリスマスが近づいてきました

今夜は物書きエスの気まぐれプロットシリーズの発表です。
クリスマスが近づいてきていますね。
サキにとってはハロウィンよりもずっと馴染のあるイベントなので、頑張ってクリスマス物を書いてみたのですが、サキの事ですからやはりストレートにはいきません。
例によって仮想世界なので“生誕節”とかいう変な名前になっている上に、特に前編では何がクリスマス?という展開になっています。
今の時点で9000文字以上になっていますので前後編に分けて発表しますが、後編はそれこそクリスマスイブかクリスマス当日の発表に向けて、現在構成と推敲を行っている最中です(先が頑張ってます)。
間に合わなかったらすみません(先のせいです)。

そしてこの作品がたぶん今年最終の作品になると思います。
来年もよろしくお願い申し上げます・・・て、まだ早いですか。
鬼が笑いますね。

よろしければ下のリンクからお進みください。
「北極星に呪いを・・・」(前編)
関連記事
テーマ : つぶやき    ジャンル : 小説・文学
 
 

後編、できた・・・かなぁ

 以前から気になっていたのですが、サキの書く物語の主人公は女性が多いです。
男性が主人公として登場することもあるんですが、ヒーローを名乗るのは面はゆい感じの登場人物ばかりです。そして必ず女性が助演することになります。
 そして登場する主演あるいは助演の女性は必ず重い物を抱えているか、抱えることになるんですよね。
 ざっと振り返っても・・・

シスカ (戦争で家族を失っている。戦場での虐待で精神的にも問題を抱えている)登場作品「シスカ」
スピカ (ある日突然すべてを失い孤独な人生を生きることに)登場作品「白い月・黒い月」
ファム (生まれながらにして重い役目を背負い、そのために常に命を狙われる)登場作品「フォーマルハウト」
ツィー (高貴な生まれのようだが奴隷として売られる)登場作品「フォーマルハウト」
クウ (徐々に運命に追い詰められていく)登場作品「メテオ」シリーズ
コトリ (家族全員を失う不幸に見舞われている)登場作品「254」シリーズ
フワリ (巨大な組織の後継者だが、それ故に存在を邪魔に思うものも・・・)登場作品「新世界から」
ズイキ (自分の最も得意で好きなことが人の命を奪うことに繋がっている)登場作品「新世界から」
エリ (悪魔のような過去の自分を抱えている)登場作品「新世界から」
絵夢 (名門の家系の一員として様々な義務を抱えている)登場作品「絵夢の素敵な日常」
ミク (家の後継者争いに翻弄される。道を切り開こうとするが・・・)登場作品「絵夢の素敵な日常」
エス (能天気だが、何かを抱え込んでいる様子)登場作品「物書きエスの気まぐれプロット」
アルマク ((特殊な一族の末裔として、その血を背負う)登場作品「アスタリスク」

 重すぎるのかなぁ?でも何か抱えてないと物語が始まらないし進まないし・・・。もう少し軽くすることも考える必要があるかもしれません。もっと軽やかにサラッと、も有りだと思うんですよね。何でも無い日常を描いた心を打つ掌編、書けたらいいなぁ。
 でもやはりサキには叶わぬ夢なんでしょう。今校正と推敲を終えようとしている作品も同じです。やっぱり助演の彼女は重い何かを抱え込んでいるようです。

ルル (後編で何を抱えているのかが明らかに・・・)登場作品「物書きエスの気まぐれプロット」

 イブに間に合うように間もなくUP予定です。読んでいただけると嬉しいです。
関連記事
テーマ : つぶやき    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット(25・後編)北極星に祝福を・・・

Stella/s月刊Stella 2017 2・3月月合併号参加作品

北極星に祝福を・・・

 ルルは13歳だった。この町にたった一つある国民学校の7年生で、家業である雑貨屋と宿屋を手伝いながら通っている。俺はここに宿を取って今日までの3日間、昼間のうちは情報収集のために町のあちこちを歩き回り、夕方になると店の手伝いをしているルルの横に座って、ルルを手伝ってやったり、やって来る客の話し相手になったりしながら、ルルと話をする機会を持つようにしていた。
 ルルはあまりコミニケーションを取ることが上手ではないが、レジ打ちやフロントでの業務は正確で早い。真面目過ぎる性格のせいで愛想無く見えるが、思いやりのある優しい心の持ち主だった。母親は彼女が小さい時に何らかの事故で亡くなっているようだが、詳しい事情は聞きだせていない。
「なあルル」俺はレジの前に座って真っ直ぐに店内を見つめているルルに声をかけた。町をうろついてもいっこうに解決しない疑問に業を煮やした俺は、思い切って実力行使に訴えることにしたのだ。
 俺は何も無い極寒の辺境に観光にやって来た変わり者、そういうレッテルを張られ、町では結構有名人になっていたが、いくら気安げに接しても住民たちはそう簡単には心を開いてはくれなかった。店内に客の姿はなく、クラフは町の会合に出かけていて暫くは帰ってこない。
『ん?』という感じでルルの顔がこちらを向く。
「ずっと気になっていたんだが、ちょっと質問してもいいか?」
 ルルは小さく頷いた。
「俺の部屋もこの店もそうだけど、この町では暖房に蒸気を使っているよな?」
 ルルは少しだけ目を見開いてまた小さく頷いた。
「配管が傷んで蒸気が漏れたりして管理が大変だと思うんだが、なぜ蒸気暖房なんだろう?」
 ルルは何を考えているのか答えない。
「俺が来た日も軍用車かなんかに配管を当てられて、クラフが修理に走り回っていただろう?なぜこんな面倒なシステムなんだ?」
「分からない。昔からそうだから」ルルは生真面目に答えた。
「じゃぁ、蒸気はどこで作ってるんだろう?ずいぶん町を歩き回ったがそれらしい設備はないんだ。ルルは何か知らないか?」
 ルルは俺の方へ顔を向けたまま黙っている。沈黙の時間が流れ、返答は帰ってこない。
「そうか・・・」俺が諦めてルルの傍を離れようとしたとき、ルルがおもむろに立ち上がった。
 カウンターに座る俺の横を通り過ぎ、店の入り口に“閉店”の札をぶら下げてから鍵をかけ、そのまま通路を進んだ。そして壁の前で振り返る。どうやらまた『ついてこい』という事らしい。俺はゆっくりと立ち上がり、ルルに近づいた。
 壁には人1人がなんとか通れるくらいの小さなハッチが埋め込まれていた。それは壁に一体化されていて、一見してそこに通路が有る様に見えない造りになっている。
 ルルは小さなハンドルを回しハッチを開けた。ハッチはパッキンを備えた水密構造になっている。水圧に耐える必要が有るとは思えないがハッチは分厚く、ヒンジの部分がその重さに耐えかねて不快な金属音を立てた。
 奥は下に降りる階段になっていて、ルルは照明をつけて降りて行く。俺は後を追った。
 階段には2度の踊り場と折り返しがあった。相当に下ったように思えた時、地下空間が開けた。そこには空間いっぱいに、はみ出さんばかりの大きな黒い塊が置かれていた。それは円柱形の巨大な構造物で、何本もの配管がそこから突き出している。
「ここで蒸気が作られているのか?」俺はルルの方を向いた。
「そう」ルルは静かに頷いた。
 この黒い構造物はおそらく俺の探していたものだ。『こんな所にあったのか』灯台もと暗しとは正にこのことだ。俺はその構造物に近づくとそっと手を触れた。
「それは北極星型原子力潜水艦の原子炉ユニットだ」突然上から声が降ってきた。
 見上げると階段にはクラフの姿があった。「やはりそれを探していたんだな」クラフは俺とルルの姿を確認するとゆっくりと階段を下ってくる。
 俺はクラフが階段を下りきるのを待った。ルルも動きを止めた。
「サトルはこれをどうするつもりだ」
「出来れば記事にしたいと思っている」俺は覚悟を決めて正直に話した。
 クラフは階段を下りきると原子炉ユニットを見上げた。「サトルはコイツがなぜここに有るのか、ある程度知っているんだろう?」
「核兵器削減条約の結果だと考えている」
「ああ、それが主な理由だ。数を減らすためにたくさんの原子力潜水艦が退役になり、大型の艦に置き換えられた。核ミサイルも多弾頭の物に置き換えられ廃棄された。そして核廃棄物が大量に発生したんだ」
「処理には膨大な金がかかる」俺が付け加える。
「そしてこの国には金が無い」クラフが返す。
「だから?」
「とりあえず纏めて置いておくことにしたのさ・・・」
「こっそりと」今度は俺が返す。
「そう、こっそりとだ。サトルはナバートに何があるのか知っているんだろう?」クラフはニヤリと笑った。
「断片的な情報から推測しているだけだが・・・」
「あそこの北にはたくさんの核廃棄物や廃棄炉が眠っているのさ。その中で最も程度の良かったこのユニットがここに置かれたんだ。そしてこの町全体に蒸気と電気を供給している」
「危険性はないのか?」
「ユニットは完全に安全な物だ。でなければ潜水艦には使えない。ただし適切な管理とメンテナンスが必要だ」
「なぜ、この町に置かれたんだ?」
「ここの住民を黙らせるためだ」
「黙らせる?」
「ナバートの北に核廃棄物の保管地区を作ったとき、見返りとしてこの町に与えたのさ」
「原子炉をか」
「まだ夢のエネルギーと言われていた時代だ。安全性なんか気にする奴は居なかった。反対に大いに歓迎されたぐらいだ。最果てのこの町に、いきなりセントラルヒーティングと電気がやって来たんだからな。それにナバートに軍の基地が出来て大勢の人がやって来た。彼等にも生活があり日常がある。町はさらに潤うというわけさ」
「なるほど」
「この子の母親も核廃棄物処理の研究者としてナバートにやって来たんだ。幼いこの子を連れてな。この町、アイェナにとっては夢のような時代だった」
「だった?」
「そう、夢は続かなかった。まず、原子炉の廃棄処理中に放射線が漏れ出す事故があって、その時にこの子の母親が犠牲になった」
「この子の?」俺はルルの方を見た。ルルは慌てて目を逸らした。
「クラフはルルの父親じゃないのか?」俺はクラフの物言いが気になって訊いた。
「オレは・・・」クラフは一瞬言い淀んだが続けた。「本当の父親じゃない。オレはこの子の保護者だ。長年北極星型原潜の機関長だったオレは、北極星型原潜が退役した時、この原子炉ユニットを飼い慣らすためにこの町へ派遣されたんだ。オレとこの子の父親は同じ部隊で親友だったんだが、もうその時は亡くなっていた。だから、母親が亡くなったとき、オレが保護者を引き受けたんだ」
「それで?」俺は続きを促した。
「あの事故から全ては負の連鎖に陥った。全ての廃棄されたユニットは老朽化し、発熱や放射線漏れのトラブルが頻発した。今や放射線漏れで防護服無しでは近づけない区画が存在するのも事実だ。この原子炉ユニットも耐用期限をとっくに過ぎて、保守用の部品の調達もままならない。いつ暴走してもおかしくないのが正直なところだ」クラフは黒い構造物を見上げた。「早いうちに適切に処理する必要がある。そうしないとこの町はとんでもない危険物をど真ん中に抱え込むことになる」
「俺にどうしろと言うんだ?」
「これを記事にしろ。そしてお前の繋がっている最も影響力のあるメディアにそれを持ち込め。そしてこの町の抱え込む闇に光を当ててくれ」
「望むところだが、クラフ達はそれでいいのか?」
「オレやルルの関与を直接出されては困るが、今の生活を捨てる覚悟は出来ている。猶予はあまりない」
 俺はルルの方を見た。
 ルルの大きな黒い瞳がこっちをジッと見つめていた。

***

「北極星に呪いを・・・」夕食を取るために店のカウンターに腰を掛けると、ルルが声をかけてきた。
「え・・・?」俺は思いもよらぬ不穏な言葉に驚いてルルの顔を覗きこむ。
 ルルはさっきの言葉を発したまま固まっている。
「ちゃんと返してやってくれよ。呪いが解けないじゃないか」カウンターに背中を向け、夕食の準備をしていたクラフが振り返った。
「何のことだ?」俺は何の事だかわからず助けを求める。
「ははは、分からないのも無理はない。今日は何日だ?」
「12月24日だが?あ・・・」
「そう、今日は生誕説の前夜だ。だがこの町じゃ生誕説は地の宗教と混ざり合って奇妙なお祭りになっている。さっきルルはその挨拶をしたんだ」
「あれが挨拶なのか?本当に奇妙だな」
「そうだ。あの挨拶で呪いがかかってしまって、ルルは今動けないでいる。サトルはその呪いを解いてやらなくちゃならん」
「動けない?」確かにルルは動きを止めたままだ。「で、どうすればいい?」
「まずルルの額に右の手のひらを置く」
「こうか?」俺はカウンター越しにルルの額にそっと手を置いた。
「そして、北極星に祝福を!と言ってやるんだ」
「北極星に祝福を!」俺は努めて明るく呪文を唱えた。
「ふう」ルルが息を吐いて動き始めた。何事もなかったように俺の前に夕食を並べ始める。
「これでよかったのか?」俺はルルとクラフを交互に見た。
「上手い上手い」クラフは手を叩いて喜んだ。
 ルルはチラリと俺の顔を見たが、そのまま作業を続ける。
「召し上がれ」用意を終えたルルが言った。いつものように地酒のお湯割りも付けてくれている。
「いただきます」俺は夕食を始めた。
「ところで、記事は書けているのか?」クラフはカウンターの向かいに座り声を小さくした。
「書いてるさ。ナバートの保管地区に接近できたのは収穫だった。撮影も上手くいったしな。感謝している。情報の出所については最大限配慮する。そして俺は明日一番のフェリーで引き上げる」俺はクラフの耳元で告げた。
「そうか。いよいよだな」クラフが小声で答えた時、店の入り口が開いて10人ほどのの客が入ってきた。仕事を終えた連中が一杯やりに来たのだ。店内は一気ににぎやかになる。
「北極星に呪いを・・・」ルルは1人1人に声をかけて呪いを解いてもらっている。「北極星に祝福を・・・」呪いを解く言葉が繰り返され、店内は和やかな空気に包まれた。
 夕食を終え酒も入った俺はすっかりいい気分になって、他の客たちと談笑を続けていた。
「さて・・・」クラフがビワ型の弦楽器を抱えて、商品ラックの前に広げた折りたたみ椅子に腰かけた。
「おお!」歓声が上がり、客たちもそれぞれの椅子に腰かける。俺も何が起こるのか理解できないまま、カウンターの隅の椅子に納まった。
 ルルがカウンターを出てクラフの横に立つと、クラフが演奏を始めた。繊細な音を奏でる楽器だ。拍手が湧きあがる。
『ルルが歌うのか?』思わぬ展開に俺はあらためて坐りなおした。
 ルルは大きく息を吸い込むと伴奏に合わせて歌い始めた。
 なんと形容すればいいのだろう。まるで天使のような、などというたとえすら陳腐に思えてしまうほど、素晴らしい歌声だった。この地方の民謡なのだろうか、素朴でシンプルなメロディーにルルの歌声は良くマッチしている。その柔らかい声はその柔らかさを保ったまま力強くまた優しく美しく、聞いているものを包み込む。俺は知らないうちに溢れ出た涙を無意識に拭っていた。
 曲が終わり聴衆が拍手を送る。ルルが俺の方を向いた。
 歌の加減なのだろう、微かに頬笑んでいる。
 それは自然に生まれた美しい笑顔だった。
 俺はゆっくりと立ち上がるとルルに近づき、その小さな額に右手を置いた。
 笑顔のまま、ルルの漆黒の瞳が見上げてくる。
 俺は小さな声で呪文を唱えた「ルル、君にこそ祝福を・・・」
 クラフは2曲目の伴奏を始め、店はさらに盛り上がった。


2016.12.24
関連記事
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

クリスマス企画・後編のUPです

こんばんは~。
メリークリスマス!(あ、まだ早いか・・・)
今夜は物書きエスの気まぐれプロット(25・後編)をUPします。
若干早く校正と推敲が終わったので(急かしまくったとも言います)予定より少しだけ早くなりました。
推敲の結果、少しだけ変化があって、タイトルが前編とは違って「北極星に祝福を・・・」になっています。
読んでいただければおわかりいただけると思いますが、サキがちょっと遊んでいます。こういう設定を考えるのは楽しいんですけど、ちゃんと書けているかはわかりません。風習って想像で創り出すのは難しいですから・・・。
さあ、ルルは何を抱えているのでしょうか?
やっぱり重いですか?
よろしければ、下のリンクからお進みください。

物書きエスの気まぐれプロット(25・後編)北極星に祝福を・・・

DSCN3255.jpg

サグラダ・ファミリア教会(新しく完成したステンドグラス)


関連記事
テーマ : つぶやき    ジャンル : 小説・文学
 
 

行く年、来る年

 サキにとって、2016年は波乱万丈の1年でした。
 といっても旅行に出かけただけなのですが、サキにとっては信じられないようなスリルと興奮に満ちた冒険の1年でした。
だって、ついこの間まではこんな事が実現するなんて、夢にも思ってませんでしたから・・・いや、夢には思ってたかな?
サキのキャラクターであるエスを物語上でイタリアへ行かせてみたりはしていましたからね。
物書きエスの気まぐれプロット(22)午後のパレード
 でも、まさか本当に自分が行けることになるとは・・・。驚きでした。
 何事も、たとえ実現不可能と思えることでも、思い続ければ実現する。というよりも、思い続けなければけっして実現することはない・・・そういうことなんでしょう。
 このお話を書いた後、サキはやってみようと思ったんです。
 積極的に「やってみたい」と表明し、行動しました。
「いずれまた」とか「どうせ・・・だから」は封印しました。
 まず欧州旅行を慎重に検討し、申し込みました(後でキャンセルは出来ますからね)。そして1泊の京都旅行を決行して(この旅行だってサキにとってはドキドキものですよ)自信を深め、実績を作りました。
物書きエスの気まぐれプロット(23) エスはしゃぎまくる
 家族が心配しながらも協力してくれたことも大きかったし、“先”に時間的な余裕が出来ていたこともとてもラッキーだったと思います。
 実現するときはこういうものなんですね。動き出したら一気でした。
 そして夢のような時間が過ごせました。旅行に付きものの小さなアクシデントはありましたが、それも楽しい旅行のスパイスです。
 楽しかったなぁ。
 ほとんど旅行については記事にしてないんですが、軽~く行程を・・・。
 マドリード・セゴビア・トレド・コルドバ・セビリア・ジブラルタル・ロンダ・ミハス・グラナダ、そしてバルセロナでした。
 夜のトレド旧市街、そしてアルハンブラ宮殿内での1泊、そしてロンダの月夜、印象深い思い出になりました。
絵夢の素敵な日常(番外) ラス・メニーナス
YOZORA
「また行きたい」という次の目標が出来ました。

 そしてもう一つブロ友の皆さんにお目にかかったんですよ。
 といっても“サキ”ではなくて“先”がなんですけれど。
 せっかくお誘いいただいたんですけど、サキはどうしても出席できなくて、代わりに“先”を遣わしました(なんて、先もお誘いいただいていました)。
 出席は、まず発起人の八少女 夕さん、幹事を引き受けていただいたTOM-Fさん大海 彩洋さん、そして山西 左紀の片割れ、山西 先です。
 “先”から伝え聞くところによると、眺めの良い(夜景が素晴らしかったそうです)レストラン、美味しい食事、楽しい会話(創作裏話含む)だったそうで、夢のような時間だったんだろうなぁ・・・と想像しています。
 予想通り、皆さんそれぞれに経験を積まれた方ばかりでしたから(“先”が最年長だったみたい)それなりに落ち着いた、でもとても盛り上がった会合になったみたいです。なんと、けいさんlimeさんも電話で飛び入り参加してくださったそうです。凄い豪華メンバーになりましたね(“先”以外は)。
 “先”の感想としては、何しろお顔を拝見するのも声を聞くのもまったく初めて、出会いの瞬間驚かなかったというのは嘘になるが、一瞬で持っていたイメージと実像が融合し旧知の間柄のように打ち解けてしまった・・・。ということです。
 こういう関係も素敵ですね。
 サキにとってもいっそう親しみを感じることが出来て、とても嬉しい出来事でした(写真でお顔を拝見させていただきましたし)。
 失礼ながら率直な印象を少しだけ・・・。
 サキにとって夕さんはけっこうイメージに近い印象です。スパッと決断して積極的に行動する。そんな印象でしょうか?先はエネルギー(眼力も)を感じる方だったぞ、と申しております。
 彩洋さんは思っていたよりもお若い感じです(失礼)。温和で懐が深く、優しさ溢れる印象です。先はその優しさの中に芯の強さを感じたぞ、と申しております。サキなんかハイ!って、素直にいうことを聞いてしまいそう。
 TOM-Fさんは穏やかで思いやりのある方という印象です。本物のオタクなんですが、普段はまったくそんなことは表に出さないで、テキパキと仕事をこなしておられるんじゃないでしょうか?メカの蘊蓄なんかで勝負したら負けそうだ、と先が申しております。
 以上はサキの勝手な印象ですが(すみません)、はっきり言えるのはお三方ともとても素敵な方だということです。今後ブログへのコメントがなれなれしくなるかも知れませんが、大目に見てやってください。

 さて、まもなく新しい年がやって来ます。
 また次に向かって進んでいかなければなりません。
「思い続けなければけっして実現することはない」のですから・・・。
 今年もこのブログをご覧いただいてありがとうございました。
 新しい年も山西 左紀(先とサキ)そしてこのブログ、Debriscircusをよろしくお願い申し上げます。
 良いお年をお迎えください。

山西 左紀 (先&サキ)

DSCN3189.jpg
バルセロナ・サグラダファミリア教会・完成したステンドグラス

DSCN3271.jpg
バルセロナ・サグラダファミリア教会・正門前(まだまだ未完成、この道路を跨いで公園に向かってスロープが建設される予定。公園用地には2000人が暮らす巨大マンションが建つ。いったいいつ出来るの?状態)

DSCN3274.jpg
建物の隙間から見えるサグラダファミリア教会(建設中の主塔、副塔の基礎部分が見える。これが出来上がったらどれだけ荘厳な建物が出来るのだろう?空想が膨らむ)
関連記事
テーマ : つぶやき    ジャンル : 小説・文学
 
<- 12 2016 ->
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
ようこそ!


頂き物のイラスト

アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
天使のささやき_limeさん2
limeさんのイラストをイメージにSSを書いてみました。「ダイヤモンド・ダスト」
イラストをクリックすると記事に飛びます。よろしければご覧くださいネ!
スカイさんシスカイメージ
スカイさんのシスカイメージ
シスカ・イメージ高橋月子さん作
シスカ・イメージ 高橋月子さん作
シスカ・イメージlimeさん作
シスカ・イメージ limeさん作 コトリ・イメージユズキさん作
コトリ(コンステレーションにて)ユズキさん作
リンク
ブロとも申請フォーム

Archive RSS Login