Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

YOZORA

 ソコーロ広場の真ん中には、2頭のライオンを従えたヘラクレス像の噴水がある。僕はベンチに腰掛けて噴水を眺めながら、のんびりと時の過ぎるのを待っていた。
 広場にはパラソルが立ち並び、その下に置かれた椅子とテーブルは、酒を飲んだり軽い食事を取ったりする人々で賑わっている。観光客が多いのだろうが、地元の人もかなり含まれているようだ。気安く店員に話しかけ、くつろいだ様子で語り合っている。喧騒は暮れなずむ空にまで溢れ出し、噴水の水音も全く聞こえないくらいだ。
 その時、喧騒を破るように広場に鐘の音が響いた。広場に面して建つソコーロ教会の鐘だ。3.4.5・・・ 僕はゆっくりと鳴らされる鐘の音を数える。・・・7.8回。腕時計に目をやると8時を少し回ったところだ。僕はそれを確認するとゆっくりとベンチから立ち上がった。
 ホテルで紹介してもらったレストランはこの広場から通りを少し入ったところにある。店は7時半ごろ前を通った時にはまだ開いていなかった。ホテルのフロントが「8時からだよ」と言っていたのは間違いではなかったようだ。僕はそれを確認してから広場のベンチに腰掛けて、店が開くのを待っていたのだ。
 この国の夕食は総じて遅い。シエスタ(長い昼休み)の習慣があって昼食をしっかり取るから、などと聞いた事はあるが本当のところはよく分からない。まぁ、習慣だからよその国の人間がとやかく言える筋合いではないが、おおむね午後9時頃からが一般的で、遅くなると午後11時ごろの人もいるようだ。店に近づくとさっきまで締まっていた扉が大きく開いている。僕は一度店の看板を見上げてから入口を入った。

 店内にまだ客の姿は見えない。笑顔の青年が迎え入れてくれて、手振りで誘うように奥の突き当りの2人席へ案内された。店はそこで折れ曲がっていてさらに奥の方にもテーブルがある。
『何処から来た?』彼がたどたどしい英語で訊いてくる。
『日本』覚えたばかりの言葉で答えると。彼はわかったという具合に頷き、そのまま奥にあるドアから出て行った。
 1人で取り残された僕は少し不安になってあたりの様子を窺っていたが、やがて奥のドアから1人の女性が入ってきた。さっきの彼が戻ってくるものと思っていた僕は少し驚いたが、まぁ悪い事ではないと思い直した。幼く見えるが物腰は落ち着いていて、ほっそりとした体に裾が少し絞られた水色のワンピースを着ている。こちらで見かけるグラマラスな女性とは明らかに一線を画する体型だ。明るい色の髪は肩の上でフワリとそろえられて、整った顔はキュートな感じだ。傍まで来ると明るいブラウンの瞳が見て取れる。

YOZORA.jpg
このイラストの著作権はlimeさんに有ります。

「いらっしゃいませぇ」形の良い唇が動いた。だがそれが日本語だと理解できるまでには一瞬の間が必要だった。
「え?ああ、日本語ができるんですか?」僕は驚きを隠せない。
「はい。大丈夫ですよ。何を召し上がりますか?」彼女はメニューを広げ手際よくオーダーを取った。時折不思議なニュアンスが混ざるが流暢な日本語だ。
 覗き込むようにしてメニューの解説をしてくれる彼女は、僕のそばに寄り添うような形になる。料理の臭いが漂うレストランの中なのに、彼女の臭いが感じられるような気がして、僕は心拍数を上げようとする心臓を抑え込むのに苦労した。

 料理は美味しかった。一品づつの量が少なめな上に日本語でやり取りできるので、いろいろな料理を味わうことができる。アルコールに弱い僕が調子に乗ってお替りまでしたくらいだ。ほろ酔いになった僕は食事のペースを落とし、彼女の様子を追いかけ始めた。
 このレストランには結構日本人がやって来る。ホテルからの紹介や、口コミ情報があるのだろう。現に今も日本人らしきグループがやって来てテーブルに着いたところだ。店員が日本人であることを確認すると彼女がテーブルにやって来る。たちまち席は盛り上がり、日本語で次々とオーダーを取って行く。そして評判は評判を呼び、また日本人がやって来るという具合に回っているのだろう。彼女は忙しそうに立ち働いている。
 トレイの上にたくさんの小皿料理を乗せてテーブルを行き来しながらチラリチラリと僕の方を見ていた彼女は、少し時間ができたのかこちらへ近づいてきた。
「いかがですかぁ?」
「美味しいよ。ちょっと食べ過ぎてしまったかも・・・」
「それはよかったです。ところで・・・」彼女は耳元へ顔を寄せた。「私は今夜2時に仕事を上がるんですが、それから一緒に散歩に出かけませんか?」
「そんな時間に?」僕は怪訝な顔をしたのだろう。彼女は慌てて付けたした。「夜の街をご案内します」彼女は値段を言った。「もしよろしかったらということですけど・・・」
「そういうこと・・・」僕はまた驚いたが、酔った勢いもあってその話に乗ってみることにした。「オーケー、じゃぁお願いしようかな」
「私のアパートだとその4倍ですけれど?」
「いや、それは遠慮しておくよ」僕は首を振った。「一緒に散歩しよう。それがいい」
「わかりました」彼女は少し気落ちした様子だったが、僕の泊まっているホテルを聞いた。そして僕のわかる場所を待ち合わせ場所に指定し時間を確認するとテーブルを離れた。
 僕は少しの間彼女の仕事ぶりを眺めていたが、最初の彼が番をしているレジで勘定を済ませて店を出た。そしてすっかり暗くなった空を見上げてから石畳の上を歩き始めた。
 白い壁の間から満月が覗いていた。

 午前2時を少し回ったころ、僕はホテルを出てすぐ傍に有る闘牛場へ向かった。さすがにもう人通りは無く、たまに道路を走る自動車のヘッドライトが白い建物を照らし出すだけだ。道の向こう、闘牛場の道路に面した部分は小さな広場になっていて、そこに有名な闘牛士2人の銅像が立っている。
 広場に入るとその右側の象の傍に人影が見えた。裾が少し絞られたワンピースに白っぽいガーディガンを羽織っているのだろうか、明るい色の髪とほっそりとした体が月の光に浮かび上がる。
「来ないかと思った」彼女の声は少しの咎めを含んでいる。
「ごめん、どうも本当の事には思えなかったんだ。なにかの勘違いか夢みたいなものに思えてきて・・・」
「これは紛れもない現実よ」彼女は妙に冷たい調子で言ってから「どこへ行こうかぁ」と寄り添って僕の肘につかまった。
「どこでも、君の好きなところ・・・」
「じゃぁ、私のアパートに行っちゃおうかなぁ」彼女は甘えた調子で言う。

YOZORA__.jpg
このイラストの著作権はlimeさんに有ります。

「それは勘弁、約束が違う」
「ふふ・・・じゃぁ、この街をごあんな~い」彼女は寄り添ったまま歩き出した。僕は押し出されるようにそれに従う。暫く道路沿いに狭い歩道を進みホテルの前を通り過ぎると左に折れて公園に入った。人影はない。彼女は黙って歩いている。
「あのさ」僕はたまりかねて声をかけた。
「なに?」
「君の名は?」
「じゃぁ、訊くけどぉ。あなたこそ名前は?」
「フジマキ」
「それは名字でしょ?名前は?」
「ヒロユキ」
「へぇ!イロユキ、ヒロユキ・・・ちょっと言いにくいなぁ」彼女は僕の名前を繰り返した。
「君は?」
「私?私はヨゾラ」
「ヨゾラ?ヨゾラってそれは日本語?」
「わかんない。こっちの言葉じゃないのは確かなんだけど、アルファベットで書くんだもの」
 僕らは公園の端までやって来た。そこには鉄製の柵があって、その先はこの町の特徴でもある100メートル以上ある断崖絶壁だ。この町は断崖絶壁の上、まさに崖っぷちに有るのだ。
「うわ」僕は会話を中断して目の前に広がる景色に見とれた。断崖の下には広大な田園風景、その遙か向こうは山並みなのだが、そこには目につく建物が無いために灯りがほとんどない。それを満月の光だけが浮かび上がらせていて、まるで中世そのままのような世界が拡がっている。僕は我を忘れてその風景に見入った。
「ヒロユキ?」僕が黙っているので彼女が肘を少し引っ張った。
「ああ、ごめん。あんまり綺麗だったから驚いたんだ」
「でも、こんなの普通だよ。満月の夜はいつもこんな感じ」
「君たちにとってはそうかもしれないけど、よそから来た者にとってはこれは凄いよ。それにこの空」僕は満月を見上げた。「君の名前はこんなイメージから来ているのかもしれないね。澄み切って冴えわたって静かで、そしてとても美しい」
「ふふ・・・」ヨゾラは自嘲気味に笑った。
「私はこの町の生まれじゃないんだ。隣の国の一番大きな町で生まれたの。母はこの国の人だったけど、父はたぶん日本人ね」
「たぶん?」
「わかんないの。私が日本語を喋れるのは父のせいだから、多分そうだったんじゃないかって思ってる」
「だった?」
「父はどこかへ行ってしまったの。母はこの町へ来てから亡くなったわ。だから私の名前はここの空じゃないんだ。もっと汚れた大都会の夜空なの」
「そんなことはない。どこにでも綺麗な夜空はあるよ」僕がそう言うとヨゾラの手に力がこもった。僕らはまた歩き始め。闘牛博物館の前を抜けて再び崖の方へ向かう。
「ここはアルデウエラ展望台」ヨゾラが解説してくれる。
 そこは崖が空中に突き出したようになった部分で180度以上の展望が開けている。僕らはそこでもう一度風景を堪能してから、展望台に設けられたあずまや(ガゼボというらしい)に並んで腰を下ろした。
「もしさぁ・・・」暫く喋らなかったヨゾラがそっと口を開いた。「もしこのまま私を連れて逃げてって言ったらヒロユキはどうする?」
「君を連れて逃げるって?何から?」
「いろんなものから。お金や、組織や、義務や、義理や、しがらみや、何もかもから・・・」
「お金が一番難しいだろうね。それさえ何とかできれば、あとはヨゾラが覚悟をきめれば逃げ出せると思う」
「お金かぁ」ヨゾラはため息をついた。
「それはいつまでも追いかけてくる」
「だよね・・・」沈黙。
「それに、ヨゾラが今持っている幸せも投げ出すことになる」
「そんなもの、ほとんど無いから、かまわないんだ・・・」また沈黙。
 僕らはガゼボの段々に肩を寄せ合って座っている。彼女の体は温かく柔らかい。
「ごめんね。変な話をして。もう少し歩こうよ」ヨゾラが立ち上がった。
「やってみてもいいよ」僕は最初の質問に答えた
「え?」ヨゾラが振り返る。
「いっしょに逃げてもいいよ」僕は立ち上がって言った。
「本当に?」
「本当だ。こんな話、冗談ではできないよ」
 ヨゾラは目を大きく開いてこちらを見ている。
 アハハハハハ・・・突然ヨゾラが笑いだした。
「ありがとう。嬉しい!」ヨゾラは僕の胸に飛び込んできた。「でも冗談!冗談だよぉ。こんなことを本気にする人が居るとは思わなかった。ヒロユキ、あなたはとてもいい人ね」
「冗談って・・・」僕は苦笑いを返す。
 ヨゾラは僕の胸から顔を離し、体の間隔を取った。
 僕は見逃さなかった。ヨゾラが僕の胸から顔を離したその瞬間、彼女の目頭に光るものがあったことを・・・。
 満月が雲に隠れ、辺りがサッと暗くなった。
「魔法は解けたわ。今夜はここで終わりにしましょう。私の都合だからお金はいらないわ」ヨゾラの表情は読めない。
「じゃぁ」ヨゾラはクルリと背を向けると早足で歩き始めた。
「ヨゾラ!」僕は強く呼びかけた。
 ヨゾラの足が止まる。
「僕は夜が明けたらホテルを出発する。一緒に行こう」
 はっきりと聞こえたはずだ。だが彼女は何も言わずにまた早足で歩き始めた。
 雲に隠れていた満月が顔を出す。
 夜空は再び透明さを増し、月光が彼女の姿を白く浮かび上がらせる。だがそれは一瞬の事だった。彼女はそのまま角の向こうに消えた。
 僕はその場に立ちつくしていた。まるで尻尾を掴みそこねた間抜けなフェアリーハンターのように・・・

2016.11.04

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『YOZORA』をUPします

小説『YOZORA』WEB月間誌「Stella」5周年記念作品 Stella/s


サキ(左紀)が投稿させていただいているWEB月間誌「Stella」が、この秋で創刊5周年を迎えました。
その記念企画として、主催されているスカイさんが作品を募集されていたのですが、締め切りギリギリで間に合いました。
是非参加させていただきたかったのでホッとしています。
言い訳になりますが、サキは旅行に出かけていて、その間まったく作品を書いていませんでした。旅行で刺激を受けたらきっとアイデアがポンポン出てくるだろうと高をくくっていたのです。ところが心はHighになって舞い上がり、頭の中は真っ白で思い通りに構想が浮かばず、例のごとく締め切り間近に慌ててしまう羽目になってしまいました。そして先!まだ出来ないの?と急かしまくることに・・・。

今回の企画ではスカイさんから「夜空」をテーマに・・・というお題が出されていましたので、作品のタイトルは「YOZORA」です。
安易な名付けですが、ちゃんと夜空をテーマにしているつもりです。
キャラクターイメージはlimeさんに無理を言って1枚のイラストを持ち帰らせていただきました。このイラストを見ているうちにヒントが閃いたのです。
limeさん素敵なイラストありがとうございます。勝手にイメージを作り上げてしまってすみません。(作品を一部トリミングをしています。問題がありましたらカットしますので言ってくださいね)

舞台はスペインの空中都市「ロンダ」をモデルにしていますが、物語の中では町の名前は出てきません。一応架空の町と言うことにしておいてください。

よろしければこの下のリンクからお進みください。
リンクの下にはイメージとなったロンダの写真を貼り付けています。サキが先日訪問した時の物で、作中にも同じ場所が登場します。
ヌエボ橋は超有名ですが、サキは天邪鬼ですので作中には出てきません。
こちらもご覧いただけると嬉しいです。

太陽風シンドロームシリーズ「YOZORA」
月刊・Stella(ステルラ)10-11月合併号参加作品


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空中都市 ロンダ

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アルデウエラ(ロンダ)展望台

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ヌエボ橋

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ソコーロ広場と噴水

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ソコーロ教会

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レストラン

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夜のロンダ(闘牛場前の広場)

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夜のロンダ

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夜のロンダ
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絵夢の素敵な日常(番外) ラス・メニーナス

Stella/s月刊Stella 2016 12月2017年1月合併号掲載作品

 プラド美術館は大勢の人でごった返している。
 特にこの展示室に掲げられた「ラス・メニーナス」の前は、世界的な名画を一目見ようとする人々で立錐の余地もない。僕の背は低い方ではないが、欧州の人々は総じて背が高めで横幅も大きいから、絵の全体像を眺める事は困難だ。
 僕は鑑賞を終えた人が立ち去るたびに少しずつ前方へと移動し、ようやく人々の肩越しに絵の全体像が見える位置にまで移動した。
 絵のサイズは125 in × 109 inだが、その存在感は圧倒的で、データよりずっと大きく見える。
 舞台はフェリペ4世のマドリッド宮殿の大きな一室だ。ベラスケスはその並外れた描写力で、宮廷に住まう人々の様子を、まるでスナップ写真のように瞬間的に切り取っている。
 描かれた人物達は、ある者はカンバスの中からこちらに視線を向け、ある者は意図する動作を行っている。人々の輪の中央には幼いマルガリータ王女が立ち、その白い顔とドレス、金色の髪は、光に浮かび上がる人々の中でも、いっそうの輝きを放っている。
 背後には、大きなカンバスに向かうベラスケス自身が、やや控えめに描かれているが、彼もまたカンバスの中からこちらに視線を向け、まるで鑑賞者である僕を見ているようにも見える。背景の鏡には王と王妃の上半身が小さく映っていることから、王と王妃は絵の外、つまり僕の立ち位置と同じ場所に立っていて、ベラスケスはこの2人の肖像を描いているというのが、この絵の構図に対する一般的な考え方だ。

「見えないんだけど・・・」後ろで女性の声が聞こえた。それはスペイン語ではなく英語だった。
 僕は反射的に振り返ったが、男ばかりで声の主は見当たらない。僕はまた前を向いて、さらに前進すべく空間が開くのを待った。
「ねえあなた。見えないのよ」また後ろで女性の声が聞こえる。僕はまた振り返った。
「何とかしてくださらないかしら?」声は下から聞こえてくる。僕は背後にある人と人との隙間を覗き込んだ。
 そこには黒い髪の少女が埋まっていた。てっぺんに結ばれた赤いリボンが印象的だ。
「こんな所からじゃ鑑賞どころではないわ。考えられないくらい酷い境遇だわ」少女は少し気取った声でそう言ったが、僕が上から覗いているのに気が付くと小さな白い顔に微笑みを浮かべた。その幼い笑顔と大人びた喋り方は、僕に奇妙な親切心を起こさせた。
「お待ちください」僕は笑顔になってそう声をかけると少女に背を向け「すみません。すみません」と人々の隙間を縫って前進を始めた。振り返って確認すると少女は僕の後についてゆっくりと前進している。やがて人垣は無くなって、僕は最前列に到達した。そこから先はロープが張られていて前には進めなかったが、僕は少女の両肩をそっとつかみ、体を入れ替えるように彼女を前に押し出した。6歳くらいだろうか?肩の上でオカッパにした真っ直ぐな黒髪に赤いリボン、ほっそりとした体にブルーのワンピースを着て、淡いクリーム色のカーディガンを羽織っている。明らかに東洋人だが、どことなく絵の中のマルガリータの雰囲気を漂わせている。
 少女は首を後ろにまげて利発そうな大きな黒い瞳で僕を観察していたが、どうやら合格判定だったらしい。「あなたは中国の方?」と質問してきた。
「いや」僕は小さく首を横に振ると「日本人ですよ」と答えた。
「そうなの」少女はここまでを英語で話してから「どうもありがとう」と日本語で礼を言った。
「どういたしまして、あなたも日本人ですね」僕が日本語で確認を取ると、少女は小さく頷いた。
「さあ、せっかくですから絵を鑑賞されてはいかがですか?」僕は畏まった口調で言った。
「そうね。では、遠慮なく」少女はそのまま絵の方に向き直った。
「う~ん」少女は人差し指を少し曲げて唇の下に添えてじっと絵の方を見上げていたが、やがて「可哀そうな王女様・・・」と呟くと黙り込んでしまった。
「どうしてそう思うんですか?」僕は少女の頭の上から質問した。
「だって、お友達が無さそうなんですもの。周りに何人も人が居るけれど誰もお友達になりそうにないわ。それにこの顔、とてもつまらなさそうに見える。
こんな薄暗い部屋で、こんな人たちに囲まれて、いい事なんて一つもないわ。だから可哀そう。そう思ったの」
「この人は王女ですよ。だから不自由なんて何一つない贅沢な生活を送っていると思うんですが?」
「そうかしら?とてもそんなふうには見えないわ」
 少女はまた黙り込んでしまった。
「この時代、宮殿を一歩出るだけで、飢えや病気、略奪や戦争という名前の悪魔や妖怪がそこらじゅうを歩き回っているんです。それに比べれば宮殿の中はどれだけ守られている事か・・・」
「でも・・・」
「そんなふうに思うのは、あなたがそうだからですか?」僕は上から覗き込むようにして質問した。
 少女は短い判断の時間をおいて「少し前まではそうだったの・・・」と答えた。
「今は違っているのですか?」
 少女は首を回して僕を見上げた。今は違っている・・・少女の顔はそう告げている。
「ねえあなた。今度は少し離れて絵の全体を見てみたいわ」信頼しきったような表情でそう言われると、とても逆らうことはできない。
 僕は後方を見渡したが、絵の前は人でいっぱいだ。後ろに下がると背の低い彼女は絵の全体を見ることはできない。思案の末最前列を明け渡して少し後方に下がった僕は、少女の腰を持って彼女を左肩の上に抱き挙げた。
「キャッ」少女は小さく悲鳴をあげて、僕の肩の上にフワリと乗った。まるで小鳥のように軽い。彼女の頭は観衆の上に飛び出したが、係員が咎める様子は無い。
「どうぞ、ごゆっくりご覧ください」僕は肩に乗った少女に声をかけた。
「ありがとう」少女は僕の方を向いて丁寧に礼を言うと静かに絵を眺め始めた。僕らの行動に驚いたのだろうか、観衆は一歩ずつ引いて、僕らの周りには空間が出現していた。
「もう結構です。下ろしてくださるかしら」やがて満足したのか彼女は言った。
 僕は人ごみを離れ、彼女をそっと床に下ろした。
「どうもありがとう。おかげさまで存分に絵を鑑賞することができました」
「それはよかった。離れて鑑賞して印象は変わりましたか?」
「印象は変わりません」少女はきっぱりと宣言してから続けた。「でも描かれている人の気持ちや描かれた時代の事を色々と想像できて、とても素敵な絵だと思うわ」彼女は満足そうに言った。
「それだけこれを描いたベラスケスの表現力が素晴らしい、ということですか?」僕は少女の目の高さに合わせてしゃがみこんだ。
「そうね。とても上手」少女はまた小さく頷いた。
「次は何を見るつもりですか?」僕は辺りを見回しながら尋ねた。
「マハがいいわ」彼女は嬉しそうに言う。
「わかりました。でもその前に・・・」僕は館内図を確認すると少女の手を取って歩き始める。
「どこへ行くの?」少女は疑問を口にしながらも素直についてくる。 
 階段を下りエントランスホールに出るとカウンターに向かって歩く。
 カウンターの前に立っていた地味な服装の女性がこちらを向いた。
「コズミ!」少女はそう叫び、僕の手を離してその女性に駆け寄った。
「エル様!」女性は膝をついて、突進してくる少女を抱きとめた。
「どこへ行ってらしたんですか?本当にもう!こういうところはお母様にそっくりですね」と少女の頭をそっとなでる。
 少女の環境を変えたのはこの女性かな?しっかりと抱きしめられている少女を見ながら、僕はそう思った。

2016.11.17
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今夜は絵夢シリーズをUPします。

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絵夢の素敵な日常(番外) ラス・メニーナス です。 (あ、上は宿泊したホテルの部屋ですね)
・・・といっても本作に絵夢は登場しません。ですから番外編扱いになっていますが、絵夢シリーズを読んでくださっている方には、少しは驚いていただけるかなぁと期待しています。
サキのスペイン旅行の印象から生まれた一篇ですから、舞台はマドリッドのプラド美術館です。

よろしければ下のリンクからお進みください。

絵夢の素敵な日常(番外)
「ラス・メニーナス」

プラド美術館、予約の関係もあってあまり時間は取れなかったのですが、この絵だけはちゃんと見ておきたいと思っていましたので、時間をかけてじっくりと鑑賞させてもらいました。
ソフィア王妃美術館も訪れ、ゲルニカにも圧倒されたのですが、この2つの美術館だけで時間はいくらあっても足りないんじゃないかと思います。

写真はマドリッド近郊のセゴビアです。
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ここにある城(アルカサル)はディズニーアニメに登場する白雪姫城のモデルらしいです。
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ローマの水道橋も残る歴史ありすぎる街並み、時折小雨がぱらつく中でしたがいっぱい散策しました。細かい細工の壁、石畳の道、尖がったお城の塔、町の雰囲気も素晴らしかったです。
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家々の壁には細かい細工が・・・
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これは車止めかしら?

お城の中はちょっとおどろおどろしい雰囲気でしたけど・・・。
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ミクとジョゼの物語について

 ミクとジョゼ、本当に“背中合わせの2人”だなぁ。
 ピッタリとくっついているのに、お互いの顔が見えない。困った奴らです。
 山西 左紀の「絵夢の素敵な日常シリーズ」のヒロイン・絵夢の小さな友人として登場したミク(高校生だった)。
 八少女 夕さんの「黄金の枷シリーズ」のヒロイン・マイアの幼馴染みとして登場したジョゼ(小学生だった)。
 この2人がひょんな事からポルトという町で出会い、成長し、恋をして・・・。物語の中では、出会いからもう10年以上が経過しています。
 大海 彩洋さんはポルトを舞台として「青の海 桜色の風」で「黄金の枷シリーズ」とはコラボされ、「絵夢の素敵な日常シリーズ」とのコラボも予約されています。豪華なキャラでの展開になるのは何となく予想しているのですが、詳細はもちろん不明です。

miku

 何の気なしに始まったポルトチームのコラボレーション、様々なキャラクターを巻き込んで今や収拾がつかない状態に。
 ミクはジョゼより6つ年上で、ミクはそれを結構気にしています。そしてジョゼは気の良い弟分から脱却できないでいます。ウェイターを生業にしているジョゼ、オペラ歌手としてスポットライトを浴び始めたミク。ジョゼは劣等感に苛まれ、ミクはそのジョゼの気持ちが理解できないでいます。ミクの才能を見出しミクに気があるハンスや、ジョゼに猛烈にアタックをかけるエレクトラの登場。
 なんとか治まりそうな気配がしてもサキが設定を変えてしまう。なんとか収拾しようとしても夕さんが引っかき回す。彩洋さんの部分はお忙しくてまだ空白のまま。
 いったいどうなることやら。
 この混乱に加えて長期間にわたって途切れ途切れに、しかもサイトを跨いで書かれてきた物語は、書いている本人ですらどこから始まってどう展開してきたのか、あやふやな状態になってきています。
 そこでとりあえず、混乱の極みの物語を順番通りに並べてみることにしました。
 ちゃんと並んでいれば良いんですが。
 夕さん、もし間違いや抜け落ちが有りましたら言ってくださいね。
 彩洋さん、作品が発表され次第付け加えます。あ、けっして急かしているわけではありません。いつまでもお待ちしますのでご心配なく。

 興味を持たれた方、もしいらっしゃいましたら、この下のリンクからお進みください。

「背中合わせの2人」ミクとジョゼの物語 整理ページ

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ミクとジョゼの物語について2

 1つ前の記事「ミクとジョゼの物語について」からリンクしている『ジョゼとミクの物語、「背中合わせの2人」のまとめのページ』なんですが、実は八少女夕さんに協力いただいてできあがった物です。
 このページはFC2ホームページ上に置いてありますので、INDEXなどはHTMLで作成しなければなりませんでした。で、FC2ホームページのエディターを使ったりしてとりあえずINDEXを作って置いていたのですが、これが酷い物で、サキはどうしても気に入りませんでした。だって、文字とリンクしか無いんですもの。出来れば写真やイラスト、色のコーディネートなんかも拘ってみたいし・・・。
 色々試してみたんですが上手く行かないし、サキのイライラもピークに達してしまいました。
 ブツブツ言いながらサキがエディターを諦め、HIMLを直接編集しようとしていたとき、“先”が「夕さんにお願いしてみたらどうだ」と言ったんですよ。
 そうそう夕さんならHTMLにもお詳しいだろう。と言うことで協力をお願いして、そして快諾いただいて、もうほとんど作っていただいたようなものです。
 それでこのミク色のページが出来上がっています。
 感謝の気持ちはお伝えしたのですが、それだけではサキの気持ちが治まりません。
 で・・・ですね、ここに書いておくことにしました。
 夕さん、ありがとうございました。

「背中合わせの2人」ミクとジョゼの物語 整理ページへのリンク

ついでですので、サキの旅行の記録を少しだけ公開しておきますね・・・
あと、この下の3枚目(ここはどこ?)の写真の場所が分かったので、整理できたらまた他の写真と合わせてUPする予定です。

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シベリア上空から (羽田へ向かう機内から)

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月と地球(シベリア上空・羽田へ向かう機内から)

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ここはどこ?(シベリア上空・羽田へ向かう機内から)


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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
ようこそ!


頂き物のイラスト

アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
天使のささやき_limeさん2
limeさんのイラストをイメージにSSを書いてみました。「ダイヤモンド・ダスト」
イラストをクリックすると記事に飛びます。よろしければご覧くださいネ!
スカイさんシスカイメージ
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