Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

物書きエスの気まぐれプロット(21)新年・コハク来襲

Stella/s 月刊Stella12・1月合併号掲載作品

「エス!」ジッと後ろに立っていることが我慢できなくなって、コハクはついに声をかけた。
 イヤホンを両耳に突っ込んだままキーボードに指を走らせていたエスは、肩をビクッとさせて後ろを見上げた。
「なんだ、居るなら声をかけてよ」エスはイヤホンを耳から外した。
「部屋に入る時も、後ろに立つときも、ちゃんと声をかけたんだけど」コハクは声を重くする。
「かけたの?」エスはキョトンとした表情でコハクを見上げる。
「そう、大きな声で、はっきりとね」
「そうなんだ」エスはそう言いながら顔を戻した。
「ふう・・・」コハクはこの件についての意見は諦めて、次の質問に進むことにした。
「でさ、私の声も聞こえないくらい何を夢中になっているの?」
「あ、これ?」エスはラップトップPCを指さした。「これはこの前から書いている新作、『新世界“より”』のシーン2だよ」
「だいぶ前からここに立っているからそんなことは分かってる。聞きたいのは、なぜそのシーンを今頃いじっているのかって事。ブログにアップしたのはずいぶん前でしょう?」
「そうなんだけど。続きを書いているうちに、このシーン2が気になってきたの。やっぱりもう少し書き加えた方がいいんじゃないかってね」
「でも、シーン3の発表からだいぶ経っているし、シーン4を仕上げた方がいいんじゃないの?」
「わかってる。わかってるけど、ここを見直さないとシーン4が書けないの」
「じゃあ、シーン2は変わるんだね?」
「そうでもない。あ、変わるんだよ。でも大筋には変更はないから、わざわざ読み返す必要はないよ」
「だったら・・・」
「ストップ」エスは画面を見たままコハクの顔の前に手の平を差しだした。
「わかってる!コハクの言うことはもっともだけど、ウチの気持ちが許さないの。このシーンを直してからでないと、シーン4に手を付けられないの」
「ふう・・・」コハクはこの件についての質問は諦めて、次の質問に進むことにした。
「まぁいいや。じゃあ、年末に書いていた『素敵な午後』の続きはどうなったの?読ませてくれるんじゃなかったの?」
「あぁ・・・あれ、ね」エスはコハクを見上げて目を泳がせた。「あのお話しは、あの後の展開が確定してないから、そのもう一つ後のシーンで2パターンのストーリーを書いているんだ」
「2パターン?」コハクの目は少し大きくなった。
「そう、未確定部分が固まってからどちらを使うか考えるの」
「じゃあ、2つとも見せてくれない?」
「え?」エスはまた目を泳がせた。「それは無理だな」
「どうして?」コハクはたたみかける。
「だって、どちらもまだちゃんと書けてないもの」
「ふう・・・じゃぁ、何かわたしに見せられる作品は?」
「あぁ・・・」エスはもう一度目を泳がせた。そして「ごめんなさい。今、ちゃんと書き上がっているものはないんだ」と下を向いてしまった。
「やっぱり」コハクはエスを睨みつけた。「だいたいエスは途中で放り出している作品が多すぎる。わたしはいいけど、そんなんじゃ、ブログで作品を見てくださる方が呆れて離れていくよ。マリアにも愛想を尽かされちゃうよ」
「そうだね。でも・・・」エスは小さくなった。
「『コハクの街』の続きも待たされたままだし、トロとタモの話はどうなってるの?」コハクの説教が始まろうとしていた。
「そのうちに、ね!」エスはお願いの顔をした。
 その時部屋のドアがノックされた。
「お雑煮が出来てるけど食べる?」ケイの声だ。
「母さんだ。は~い。すぐ行く~」エスは明るく返事を返すと「食べよう食べよう」とコハクを引っ張った。
「ふう・・・」コハクは諦めてエスに従ったが、まだ新年の挨拶も交わしていないことを思い出した。


2016.01.04
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隣の天使

scriviamo! scriviamo! 2016参加作品
 
前カゴでは買い物がガサガサと音を立てている。
 閉店間際のスーパーで仕入れた値引きシール付きの食材だが、ちゃんと手間をかければそれなりの上手い料理になる。それに田舎から送られてきた新米を組み合わせれば充分豪華な夕食だ。「さてっと」僕は愛用のママチャリのペダルに力を込めた。
 僕の住んでいるマンションはあまり良い立地にはない。最寄りの駅は、梅田からは若干不便な阪急伊丹駅だし、そこからさらにバスで20分はかかってしまうし、さらに徒歩8分だ。2車線の道路を挟んで向かいは自衛隊の弾薬庫で、すぐ隣はガソリンスタンドだ。これは環境面で言えば最悪だ。けれど、建物は小洒落ているし内装も綺麗だし、立地の悪さをカバーするためか、家賃もリーズナブルだ。それに車を持たない僕には今のところ関係ないが、建物の裏手、敷地内に舗装された駐車場も完備されている。若干の不便さと環境を我慢すれば、僕にとっては住み心地の良い住み家だった。
 自転車置き場に直接つながる通路は狭くて薄暗い。いつものようにその通路を避け、照明で照らされた駐車場を回り込もうとしていた僕は、そこに見慣れない車が止まっていることに気がついた。
 真新しい黒い車だ。僕は立ち止まってその後部を眺めた。
ルテシア?ルノート?スポート?エンブレムの読み方もわからない。あまり見かけない車だが、後ろ姿がグラマラスで色っぽい。そんなことを考えながら車の前方に回り込もうとした僕は驚いて立ち止まった。運転席に誰かが座っている。思わず覗き込むと、それは女性だった。よく見ると少女と言ってもいいくらいの若い女性で、シートを倒してどうやら眠っているようだ。短い髪、チョコンとついた鼻、小さくつぶった可愛い口元、照明に浮かび上がる白い肌、女性に縁のない僕にとって、それは充分過ぎるほど刺激的だった。跳ね上がる心臓をなだめながら僕は少しの間彼女を見ていたが、『う~ん』と彼女が少し首を動かしたので、慌てて別の方向に顔を向けて、何事もなかったように自転車置き場に向かった。変態扱いをされては迷惑だ。自転車を置いてからはもうその車には近づかないようにして、そのままエントランスを抜けてエレベーターに向かった。
 5階でエレベーターを降りて廊下を歩きながら、僕は504号室の扉が開いていることに気がついた。あれ?隣は空室だったから誰か引っ越してきたのかな?そう思いながら近づくと、中から黒いジャケット姿の男が出てきた。ドアを閉じると男はこちらへ向かって歩いてくる。ガッチリとした長身の男だ。サングラスをかけているし、照明の陰になっているので顔はよく分からない。お互いに軽く頭を下げてやり過ごす。引っ越してきたのかな?ということはあの車の持ち主かも、あの子とはどんな関係なんだろう・・・そんなことを考えながら僕は自分の505号室の鍵を開けた。

 いつものように次の朝がやって来た。
「さて」僕は気合いを入れるために小さく呟くと玄関の扉を開けた。出勤前のいつもの儀式だ。エレベーターで1階に降りて自転車置き場へ向かう。そして僕はやっぱり例の黒い車に目を止めた。グラマラス・・・僕は彼女のお尻にそっと手を置いた。そして正面に回る。
「あれ?」僕は驚いて立ち止まった。運転席に人影が見える。『昨日の子だ。何をやってるんだ?』シートを倒してまた眠っている。
 不思議な様子に車内を覗き込んでいると、彼女が目を開けた。そして『あっ!』と驚いたふうにさらに大きく目を見開いた。
 そのまま立ち去るわけにもいかず、僕はフロントガラスを軽く叩いた。
 彼女はウインドウを少し下げた。「なにか?」
「こんな所で何をしているのかなと思って・・・」僕は少しオドオドしながら質問した。
「寝ていたの」彼女はなんでもないというふうに答える。そういえば彼女の体はシュラフに包まれている。僕はそれをジッと見つめてしまったので彼女は「これ?とても暖かいんだ」と付け加えた。
「なぜ、こんなところで寝ているんですか?」僕は質問する。
「他に寝るところが無いから・・・」乾いた声だ。
「ここで一晩過ごしたんですか?どうして?504に越してこられた方ですよね?」
「そうだけど。よく知ってるね」彼女はあさっての方向を向いて答える。
「僕の部屋は505で、隣ですから、それに昨日部屋から男の人が出てくるのを見ました。だから・・・」僕は事情を説明する。
「そう・・・で、そいつは出て行ったの?」どうでもいいことのように彼女は質問する。
「はい、廊下ですれ違いました。でもその後戻ってきているかも、それはわかりません」僕はきちんと返答する。
「ふ~ん、そうなんだ。どうもありがとう。じゃあね」彼女はウインドウを閉めようとする。
「待って」僕は慌てて声をかける。
「まだ何か用?」怠そうに答える彼女。
「まだ僕の質問に答えてない」
「どんな質問?」
「なぜ、こんなところで寝ているんですか?」
「他に寝るところが無いから・・・」また乾いた声だ。
「部屋へは戻らないんですか?」
「放り出されたの・・・」微かに入り込む憂い・・・。
「へ?」我ながら間抜けな声。
「部屋に入れてもらえないの」ほんのりと甘えが混じる・・・。
「どうして?」当然の質問。
「勝手にこの車を買っちゃったから!だからこの車だけは私の物なの」彼女は誇らしげに言った。見かけほど若くはないようだ。「でもどうしてあなたにそんなことを説明しなきゃいけないの?」とウインドウを閉めた。そしてシュラフにもぐりこみ目を瞑ってしまう。それはすべてを受け付けない、の意思表示に見えた。
 おせっかいを焼くなという事かな。僕はチラリと腕時計の時間を確かめると自転車置き場に向かった。容赦なく出勤時刻が迫っていた。

 午後11時を回った。「さてっと」少し遅くなったけど、何か簡単なものでも作って夜食にしよう。僕は自転車置き場に自転車を置くため、駐車場を回り込んだ。黒い車の方は見ないようにして・・・。
「お~ぃ・・・」小声での呼びかけに振り返ると例の黒い車の方からだ。
 僕は立ち止まって溜息を一回ついてから車の方へ引き返した。ウインドウが開いて、そこから例の彼女の顔が覗いている。
「何ですか?」できるだけ事務的に答える。
「こんばんは」彼女は少し微笑んで頭を下げる。オオッ!可愛い!僕の背筋に電撃が走る。いちころじゃないか。情けない。
「こんばんは」それでも僕の声は警戒を含んでいる。
「ドライブに付き合ってくれない?」彼女は唐突にそう言った。
「へ?」また我ながら間抜けな声。
「だから、ドライブに行かない?」彼女の笑顔は最高だ。「ちょっとムシャクシャが溜まってるし」そりゃ、こんなところで寝泊まりしていたら溜まるだろう。
「いいけど、僕は運転できないよ・・・」断る理由は思いつかなかった。
「あたしの車だから、もちろんあたしが運転する。乗って」彼女は助手席を指差した。
 僕は言われた通り助手席に乗り込んだ。彼女はもちろんシュラフには入っていない。黒のタンクトップ、そして同じく黒のタイトなミニだ。白い足が艶めかしい。
 彼女はスタートボタンを押す。抑制の効いた重いエンジン音が響いた。車庫を出て暫くは県道を走る。彼女のハンドル操作は滑らかで、とてもスムーズな運転だ。加速も減速も心地よい。カーオーディオでは甲高い声のボーカルが歌っている。
「この車はなんていう車?あまり見かけないけど」黙っていることに耐えられなくなって、僕は質問した。
「フィット」彼女は端的に答える。
「まさか!いくら僕でもそうじゃないことぐらいは分かるよ」僕は語気を強くした。
「ゴメン。でもそんなのどうでもいいことじゃない。楽しもうよ」生き生きとした声だ。
 信号が青に変わった。車は交差点を左折して国道に出る。すぐ先の信号は赤でこの車が先頭になった。前方はクリアーだ。
 僕は彼女の顔を確認する。
 彼女は前後を確認し、上唇を舐めた。
 シフトレバーの後ろにあるR.S.の文字が光る小さなボタンに手を触れる。
 エンジンの音が少し高くなった。
 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
 青
 加速が来た。
 体がシートに押しつけられる。
 レブメーターが上下を繰り返す。
 あっという間にスピードメーターは100を超えて、まだ駆け上っていく。
 街路灯がまるで点滅を繰り返すように過ぎていく。
 彼女がチラリとこっちを見てクスリと笑った。
 恐怖の、そして未知の世界の幕開けだった。

 ピッ・ピッ・ピッ・ピッ
 オーブンが加熱の終了を告げている。僕はオーブンを開け両手にミトンをはめるとオーブン皿を取り出し、ガス台の上に置いた。竹串を刺して焼け具合を確認する。『OK、バッチリだ』僕は結果に満足した。
 僕はこれを大皿に乗せ替え、テーブルの真ん中にセットした。一歩下がって腰に手を当てて、テーブルの上を点検する。全ては揃っているし、配置も色のバランスも美しい。暖かくて、何よりもまず美味しそうだ。いや、美味しいに決まっている。『よし』僕は大きく頷くとリビングダイニングを出た。そして廊下を進んで寝室の扉を開ける。
「出来たよ。さあパーティーを始めよう」僕はベッドで眠っている彼女に声をかけた。
「何のパーティー?」甘えた声が返ってきた。


2016.01.17
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「隣の天使」UPします。

 limeさんが携帯小説サイトさんで挑戦された、「お題ショートショート」を読ませていただいて、サキも書いてみたくなりました。
 そのお題は、「隣に引っ越して来たのは・・・?というテーマで妄想を広げてください」というもので、limeさんは「となりの天使」という作品でご自身のブログ(小説ブログ「DOOR」)にUPされています。軽いタッチのコミカルで可愛いファンタジーで、limeさんは書いたことがない分野だとおっしゃっていますが、とても面白かったのです。そしてこのお題の持つドキドキ感に触発されてしまいました。
 ですから、ずうずうしいのですが、limeさんの作品と同じタイトルにしました。さすがに全く同じはなんなんで“となり”を漢字にしました。(同じか?)
 内容は・・・ま、あいかわらずなんですが、いつものように断片ではっきりとしたエンディングが有りません。サキはこういう組み合わせのカップルが多いですね。理想型と思っているのかな?
 ということで、八少女夕さんが企画されている「scriviamo! 2016」に参加させていただくことにして、夕さんの反応をうかがってみることにしました。
夕さん、すみませんご迷惑を顧みずUPさせていただきます。
ダブルチャレンジ(手抜きとも言う)です。よろしければ下のリンクからどうぞ。

「隣の天使」


追記:そしてイメージソングです。シチュエーションは違いますが、車内でこれが鳴っていてもいいかも・・・。


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20000 HITですね。

 20000 HITがゆっくりとちかづいてきました。何年かかってるんだろう?
 2011年10月1日、この変なブログ「Debris circus」は生まれています。
 ですから4年と4ヶ月ほど?で到達ですね。
 サキの書く物語は今の流行と遠く離れた、そして自分勝手な(独りよがりともいいます)物です。おまけにあまりはやらないSFをベースとした作品も多いです。そんな物語は、たくさんの方に読んでいただけるわけではないので、そしてサキの体力的にも幅広く活動範囲を広げることも出来ないので、本当にゆっくり、ユルユルという感じで到達しようとしています。
 でも、たくさんの暖かいコメント、ご意見をいただきました。たくさんの企画に参加させていただきました。
 ブロ友の皆様を始め、このブログに係わっていただいた皆様には感謝しています。本当にありがとうございます。
 1人で自分の殻に閉じこもりがちだったサキにとって、それは新鮮な経験でしたし、とても楽しいことでした。こういうコミュニケーションの取り方があるというのは驚きでしたし、バーチャルではありましたが他人と関わり、楽しく活動できた4年間でした。
 NET上のお友達も出来ましたが、執筆活動がきっかけとなって関係が深まったリアル友います。(リアルコハク始め、他にも・・・)
 悶々と頭の中だけで「シスカ」を練っていたときよりも、ずいぶん世界は拡がったと感じています。(これでも・・・です)
 サルベージの結果からは、まだ暫くの間はこのブログを続けられそうです。
 ホッとしていますし、わくわくもしています。
 さらに、そういうことならと、もう少し他の分野にも活動範囲を広げていこうという欲も出てきています。頑張ろう!という意欲も湧いています。

 ということで20000 HITの企画を立ち上げます。
 あ、そんなに新しいことが出来るわけではないんですよ。サキは融通がききませんから。
 ですから、いつものように20000 HITになった瞬間から先着順に3名の方、お題とサキのオリキャラ(例のごとく女性に限定させていただきます)を指定してください。それを使って小さなお話しを書いてみようと思います。
 もしも続きを読みたい話がおありなら、それをリクエストしていただいても結構です。その物語のキャラとお題を指定してくだされば、続きになる可能性も出てきます。サイドストーリーになるかもしれませんが。
 この記事にコメントをいただければ受け付けます。期限は特に設けません。サキが諦めるまで、あるいは3人の方が揃うまでお待ちします。
 お時間はいただくと思いますが30000HITまでには何とか仕上げたいと思います。
 リクエストされた方が忘れてしまいそうですが、それくらいゆっくりになりそうです。お許しください。

 山西左紀のブログ「Debris circus」に関心を持っていただいてありがとうございます。また、サキにかまっていただいて感謝しています。

 先とサキの2人の作者から厚く御礼申し上げます。
 そして、これからもよろしくお願いいたします。

山西 先
山西 サキ
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狐画(前編)

Stella/s月刊Stella 2016 2・3月合併号掲載作品

 あの不思議な体験からは随分時が経ってしまったから、その時僕がどう感じたのか、どう考えたのか、どう行動したのか、言葉では細かい部分まで正確に表現することはできないと思う。あの現実離れした出来事は無理に言葉にしようとすると大切な部分があっという間に失われ、そうでない部分だけが君に伝わってしまいそうな気がする。
 だから僕はこの体験を長い文章にした。一つ一つの動作を確認し、細かい部分まで記憶を呼び覚ました。これからのこともあるし、君には全てをなるべく正確に順序立てて説明しておいた方が良いと考えたんだ。もちろん、読む読まないは君の自由だけれど・・・
 どうだろう?君は読んでくれるのだろうか?
 そしてまた僕に連絡をくれるのだろうか?


 当時僕はT市の町はずれにある一軒家に住んでいた。家は駅から歩いて10分程の住宅街にあったが、近くにはまだ田んぼや畑があって自然を感じることができた。車の往来も少なく静かで、構想を纏めるために散歩をするのにも最適の環境だった。それに建物が古かったせいで家賃が割安だった。ま、当時から一戸建てというのが僕の家選びの最重要条件だったから、ぼろ屋でもこの家には充分に満足していた。
 12月のある日のことだ。クリスマスの直前だったことは覚えている。夜11時頃、息が白かったから相当冷え込んでいたと思う。家路を急いでいた僕は、駅からの路地を出たところで立ち止まった。少し広くなった道の先にはオリーブドラブの幅の広い軍用車が道を塞いでいた。その先にもまだ何台も並んでいる。
「軍の車だ」その大仰な様子に驚いて僕はポツリとそう呟いた。
 車の後ろには3人の隊員が、通行止めの指示をするためか、赤いシグナル灯を持って立っている。
 突っ立っている僕に隊員の1人が近づいてきた。
「どちらへいらっしゃいますか?」にこやかに訊いてくる。
「この先です。家がそっちなんで・・・」僕は多分素っ気なく答えたんだと思う。
「我々は現在特務行動中です。この車両の関係で自動車の方には迂回をお願いしていますが、今のところ徒歩の方には何も制限はありません。どうぞお通りください。少し狭くなっていますので、お気を付けください」隊員は行き先をライトで照らしてくれた。
「どうも・・・」僕は軍用車の横を抜けて家へと向かった。その先にはたくさんの隊員が待機していた。『こんなところで、軍がいったい何の作戦だろう?』僕は不安な気持ちを抱えながら、冷え込みの中で黙々と待機している隊員たちの脇を抜けて家の玄関に辿りついた。
 家の中は冷凍庫のように冷え切っていた。僕はコートを脱ぐ前にダイニングキッチンの石油ストーブに火を入れ、そのままやかんで湯を沸かす。続けてコーヒー豆を挽き、ペーパーフィルターをセットしてコーヒーを入れ始める。いい香りが漂い始めるころ部屋は温まり始め、僕はようやくマフラーを外しコートを脱いで壁際のハンガーに掛けた。カップにコーヒーを注ぐと、ダイニングテーブルの硬い木の椅子に腰かけてゆっくりと口を付ける。一口目を空気と一緒に吸い込み、喉の奥に送り込んだ時、玄関の方で物音がした。
『なんだ?さっきの隊員かな?』そう思いながら僕はドアに向かい、ドア越しに返事をする。「はい?」応答がないのでそっとドアを開けようとしたが開かない。どうやらドアの向こうに何か障害物があるようだ。僕は両手に力を込めてドアを押した。隙間が徐々に広くなる。その隙間から白いくて細い人の手が見える。驚いてさらにドアを押し広げ、自分が通れるくらいの最低限の幅を確保すると頭を外に出した。誰かがドアに寄りかかるように倒れている。もがきながら隙間を抜けて外に飛び出し、かがみ込んで様子を見る。それは女性だった。ツバの広い黒い帽子を被り、同じ黒のゆったりとした上着、そしてロングスカート姿だ。「大丈夫ですか?」僕は声をかけた。微かに目を開けたが意識がもうろうとしているようだ。僕は助けを呼ぶために玄関先を離れ、路地を抜けて表の道に出た。軍の連中がたくさん待機していたはずだ。
 しかし表の道に出た僕は呆然と左右を見渡した。そこには人っ子1人居なかったからだ。あれだけ止まっていた軍用車も、待機していた隊員達も、みんな消えていた。僕は諦めて玄関に戻った。するとドアの前の女性も消えていた。何事もなかったように玄関は静かだ。僕は狐につままれたような気分でドアを開けた。そう言えばコーヒーを入れたままだった。鍵を閉めた事を確認し、廊下を進んでダイニングキッチンに入る。コーヒーカップを手にとって一口すすろうとしたその時、僕の目は床に釘付けになった。そこにさっきの女性が倒れていたからだ。
 僕は暫く固まってから心を落ち着かせ、女性の横にひざまずいた。今度は完全に気を失っているようだ。そっと肩を揺すり「もしもし」と声をかける。ポトリと帽子が堕ち、銀色の長い髪が溢れ出す。「おお」そして驚いたことに、女性の頭には一対の耳が生えていたんだ。普通の耳じゃない。猫や犬に付いているあの三角の耳だ。『コスプレ?』僕はそっとその三角の耳に触れる。柔らかな銀色の毛が生えていて体温まで感じられる。それにちゃんと頭皮につながっている。『付け耳じゃない』僕はふと気になって、本来人間の耳が付いている場所の髪を掻き分けたが、そこに耳はない。「どういうことだ」心の声は思わず口をついて出た。白い顔は滑らかで、ほっそりとした鼻と、どきりとするような鮮やかな唇が印象的で、それはどう見ても人間のものだ。そっと鼻の下に手を当てると微かな呼吸が感じられる。大丈夫そうだ。僕は誰かに助けを求めることを諦め、女性をそっと抱き上げた。ほっそりとしたその体は思っていたよりもずっと軽く、柔らかく、そして冷え切っていた。隣室との境の襖を足で開け、その部屋にある自分のベッドに女性をそっと降ろす。靴を脱がせ、着ていた服を緩めると、毛布と掛け布団を被せた。暫く様子をうかがっていたが、体温が上がってきたのだろう、小さく唸って体を伸ばす動作をした。それを見ていた僕は少し安心して、リビングダイニングに戻った。
 僕はコーヒーが冷め切っていることに気がついた。やれやれ、僕はコーヒーを温め直しにかかった。


2016.01.28

狐画(後編へ)
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狐画(後編)

Stella/s月刊Stella 2016 2・3月合併号掲載作品

 目覚めた僕は暫く自分がどこに居るのか分からなくて、ボンヤリと天井を見つめていた。『そうだ、昨夜はあの子を僕のベッドに寝かせて、自分はリビングのソファーで横になったんだ』徐々に記憶と意識が戻ってくる。今日は休日だったので目覚ましもかけていない。
『何時だ?うわっ!もう10時じゃないか!』僕は慌てて体を起こした。そして『そうだ。あの子は?』跡形もなく消えてしまっている予感がして、ベッドを確かめに行く。
 予感は当たらなかった。小さな寝息が聞こえ、布団がゆっくりと上下する。じつに気持ちよさそうな顔で眠っている。まるで小さい頃に映画館で見たどこかのお姫様みたいに。そのお姫様に三角の耳は生えていなかったけれど。
 面倒な事に巻き込まれたくないという気持ちも強かったが、正直に言って安堵の気持ちの方が大きかった。僕はその耳にそっと触れ、興味津々で耳の穴に指を入れた。彼女は耳をピクリと動かして、そのまま寝返りを打った。
『やっぱり本物の耳だ』僕はビックリして手を引っ込めた。その時彼女の目が開いた。少し切れ長の目がこちらを見上げてくる。何回か確認するように瞬きを繰り返し、そして少し大きく見開いた。吸い込まれるような琥珀色の瞳だった。言葉を発さず、ただジッと見つめてくる。少しの間沈黙が続いた。
『コノコエデツウジテイル?』
「え?」僕は驚いて答えた。頭の中に直接響くような声を感じたのだ。
『コノコエデツウジテイル?』彼女は繰り返した。そう、この声は彼女が発しているのだ。「通じているよ」僕は頷きながら答えた。
『ヤットツウジタ』そう頭の中に響いてから「ヤットツウジタ」と彼女の口が動いた。
「ああ、喋れるんだ。大丈夫?」僕は彼女の琥珀色の瞳を覗き込んだ。
「モンダイナイ。ココハ?」少したどたどしく彼女は答える。
「僕の家だ。君はこの家の玄関で倒れていたんだ」
「ソウ・・・リカイシタ」
「どうして倒れていたの?」
「オワレテイタ」
「軍に?」隊員は特務行動中だと言っていた。
「ワルイヤツラ、ワタシヲツカマエヨウトシテイル」
「どうして?」
「ワタシノコトヲシラベヨウトシテイル」
「君はどこから来たの」僕は本題に入った。
「トオイトコロ。デモバショハイエナイ。イッテモワカラナイ」
「だろうね。君は宇宙人なのか?」僕は直球で訊いてみた。
「ワタシハニンゲンダ」
「人間?その格好で?あ、失礼」僕は思わず思っていることをそのまま口にしてしまった。
「カマワナイ。アナタトワタシニハ、チガッテイルトコロガアル。オナジジャナイ」彼女はベッドから足を降ろし立ち上がった。そして止める間も無く上着とロングスカートを脱いだ。上着とスカートの下には体にピッタリとフィットした服をまとっていたので、僕の想像した事態は起こらなかった。だが、それを上回る予想外の事態が僕をさらに驚かせた。髪は銀色で腰のあたりまで達するロングヘアーで、頭に例の三角の耳が生えているのは前に説明した通りだ。驚いたのはお尻から生えている尻尾だった。髪の毛と同じ銀色の長い毛がお尻から生え、床まで届いている。僕は我を忘れてこの世のものとは思えないその光景を眺めていた。
「オドロイタ?」彼女が体を動かすと、その長い髪と長い尻尾が優雅に揺れる。
「そりゃぁもう・・・」僕は上ずった声で答えた。

 彼女はこんなふうに僕の家にやって来た。当然ながら僕は彼女がどこからやって来たのか、何者なのかを知りたいと思った。だけどすぐに諦めてしまった。訊いても返ってくる答えは曖昧で、雲をつかむような話だったし。なにより彼女自身にも分かっていないように思えたからだ。軍隊も絡んでいるようだし、そんな厄介なことに首を突っ込んで、僕の大事な時間をつぶされたくはなかった。人類の安全保障が絡んでいるような予感もあったが、その時の僕にそこまで真剣に考える余裕は無かった。名前だけは突き止めることができたが、それは何度聞いても僕には発音できるような代物じゃなかった。だから僕は彼女のことを妖狐(ヨーコ)と呼ぶことにした。これは完全に偶然だ。彼女の風貌が白狐(しかもとびきり妖しいやつ)を連想させたからそう呼んだのだが、不思議なことだと思っている。
 ヨーコは数日の間を僕のベッドで過ごし、体力の回復を待った。軍からの逃避行は相当の体力の消耗を伴ったようだ。誤解の無いように言っておくけれど、僕はヨーコがベッドを使っている間はもちろんソファーで寝た。その後ヨーコは少しずつ起きられるようになって、僕のアトリエにも入ってくるようになった。
 僕はその頃、展覧会に出品する作品の仕上げにかかっていたんだけど、ヨーコは興味深げに僕が描いている絵を眺めた。
「何をしているの?」ここ数日でヨーコの発音はどんどんネィティブになっている。
「絵を描いているんだ」僕は筆を走らせながら答えた。
「それは何?」
「女性」答えはつっけんどんになった。
「分かっている。けれど、それは上手くない」
「はは」僕は筆を止めた。上手くないのは僕自身が一番よくわかっていたからだ。
「私を描けばいい」ヨーコがポツリと言った。
 衝撃が走った。そうだ!ヨーコを描けばいい。どうしてそんな簡単なことに気付かなかったんだろう。出会った時のあの衝撃のままに筆を走らせればいいんだ。僕はイーゼルに乗っていた描きかけのカンバスをどけて横の壁に立てかけると、代わりに同じ大きさの新しいカンバスを乗せた。
 それから僕はヨーコをモデルにして無我夢中でアトリエに籠った。もちろん食事もしなくちゃいけないし、そのための買い出しもある。その役目はすべて僕が担わざるを得なかったが、それ以外は創作に没頭し、湧き出るように作品は誕生した(もちろんその間、僕はソファーで眠った)。そしてまるでその完成を待っていたかのようにヨーコは消えてしまった。
 朝になったら居なくなっていた。あの黒い服が無くなっていたから、それを着て夜中のうちに出て行ったようだ。まったくそんな気配は無かったのに。本当に突然だった。何が起こったのだろう・・・僕は暫くの喪失感にさいなまれたが、やがて意を決してその絵を展覧会に出した。喪失感を埋めるためには、何らかの行動を起こす必要を感じたからだ。
 だけど喪失感に浸っている時間はあまりたくさんは与えられなかった。そう、僕の作品が展覧会で特賞を取ったんだ。それがこの間君が見たあの作品だ。あの作品のおかげで僕の評判は上がり、その後描いた作品にも買い手が付くようになった。そしてもう少し広いアトリエが必要になって、僕は今の家に引っ越した。

160124_妖狐
このイラストの著作権はlimeさんにあります。

 どういう事情で僕があの絵を描いたのか、モデルが誰だったのか、僕は起こった事すべてを順序通り、できるだけ正確に伝えたつもりだ。とても本当にあった事とは思えないかもしれないが、これが真実だ。ヨーコは完全に消えてしまって、何者だったのか、どこに行ったのかも分からない。そしてなんの連絡もない。
 信じる信じないは君の自由だが、僕は君が連絡をくれると信じている。
 陽子、僕は待っているよ。

 ***

 私は長い文章を読み終えて顔をあげた。
 自然と笑みがこぼれてくる。
 あの時は体力を使い果たしていたし、精神的に余裕もなかった。もう少し体温が低い状態が続いたらきっと死んでいたと思う。だから、自分の姿に構っている余裕なんてなかったんだ。
 でも今は細胞変換も完璧に行われているし、遺伝子レベルまで完全に同化している。もうあの時のように尻尾をつかまれる心配はない。
 だから、この間あの絵を見せてもらった時に、ちょっといたずら心を起こして焼もちのそぶりを見せたんだ。深刻な顔をして追求しすぎたのかもしれない。喋っているうちに感情が高ぶってきて、うっかり涙を見せたのはやりすぎだったかもしれない。だってオロオロしている様子がとても可愛かったんだもの。つい・・・ね。そうしたら、このメールが送られてきてちょっと焦ったけど・・・。
 大丈夫。私はあなたが優しいことも誠実なことも充分に分かっているよ。そして今、私を思ってくれている事も伝わったよ。

 私はスマートホンのテレホンアイコンに触れた。
 もちろん、大急ぎであなたに連絡を入れるために・・・
 だって、あなたは私の命の恩人なんだもの。
 そしてなにより、私が選んだ人なんだもの。

おしまい

2016.01.28
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20000HITリクエストと、limeさんのお題『狐画』について

「Debris circus」は20000HITに到達しました。
4年以上かけて緩々とですが到達です。
そこで今、このブログを訪れてくださる方や、ブロともとしてサキに構ってくださる方に感謝の意を込めて、リクエストイベントを企画中です。

今のところ

●TOM‐Fさんからキャラクターリクエストとして「絵夢」。
●八少女夕さんからキャラクターリクエストとして「エス(アントネッラと絡ませてほしい)」。お題として「カーニバル」。

というご希望を承っています。

 あと一枠残っていますのでリクエストを希望される方、いらっしゃいましたら遠慮なくお申し出ください。お待ちしています。 サキのキャラクター(女性)とお題を指定してください。サキはそれを使って短い物語を書いてみます。サキは書くのが遅いので、時間をいただく事になると思いますが、ご了承ください。

1/29追記:
彩洋さんにリクエストをいただきました。
●オリキャラの指定は「シスカ」お題は「キタハラとシスカがどんなふうに想いを実らせたのかってところ」・・・です。
これは難問ですが、玉砕してしまうかも・・・という条件付きで受け付けました。
この二人の人間関係は難しいです。書いてみたい気持ちはたっぷりとあるのですが、未知の世界です。
書いてみたい気持ちと、書けないんじゃないかという不安な気持ちが鬩ぎ合っています。
どうなりますか、お楽しみに。

 さて、今夜は20000HIT後の初の掲載小説としてlimeさんのところの(妄想らくがき企画)『狐画』に乗ってみました。
 このイラスト『狐画』というタイトルが示すように妖狐の絵と、それの手前に立つ若い男性が一緒に描かれたイラストです。妖狐は人と狐とが混ざり合った妖艶な姿をしています。一見イメージが膨らみそうですが、妖狐が額縁に入った絵であるという時点で展開に制限がかかってくるような気がしています。展開するためにはなにか不思議な力が必要になってくるんですね。魔法の力とか、何かの精であるという設定とか、ですね。ただの絵として展開させるのは惜しいと考えてしまうんですよ。つまり妖狐を動かして喋らせてみたいって思ってしまうんです。そのあたり、limeさんの筆力でしょうか。
 ですからサキはSFを絡めてその思いを達成することにしました。いかがでしょうか?
 よろしければ下のリンクからどうぞ。
 前後編に分かれていますが、間延びしてしまうよう気がしましたので一挙に2つ共UPしてしまいます。よろしくお願いします。

狐画(前編)
狐画(後編)

160124_妖狐
このイラストの著作権はlimeさんにあります。
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シスカ・イメージ高橋月子さん作
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