Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

limeさんがシスカを描いてくださいました。そしてシスカの完結。

 limeさんがシスカを描いてくださいました。
 ありがとうございます!!!
 limeさんはブログ小説のお仲間で、ご自分のブログ「小説ブログ「DOOR」」にたくさんの小説(おもにミステリーかな?)を発表されています。人間の心理を奥深くまで読み込んで書かれる小説は、とても興味深くて面白いです。サキではここまで書けないよなぁ。とため息ものです。このブログはブログ名の示すとおり本来小説のブログのようなのですが、時折イラストも発表されて、それがまたすごくいいんですよ!ずっと前から素敵なイラストだなぁ・・・と憧れておりました。そのlimeさんに描いていただけたのですから、そりゃ~飛び上がってしまいましたよ。
 あの愛想の無いシスカをここまで表現できるって凄いなぁ・・・と感心すると同時に、めちゃくちゃ喜んでいます。完成のメッセージを開けたときは心臓がバクバクしてました。イラストのページを開けたときは感動でいっぱいになりました。おお~~・・・という感じですよ。思わず声が出ちゃいますね。

シスカlimeさん作
このイラストの著作権はlimeさんに有ります。

 シスカが形になることは、シスカのコミック化に失敗したサキにとってまた格別に嬉しいのです。自分では満足のいくシスカは描けなかったので諦めたようなものなのですから。ようするにへたくそなんですよ。
 limeさんは例のSSでサキが書いた設定を最大限尊重して描いてくださっています。サキのイメージ通りと言っても過言ではないでしょう。あの髪、あの目、あの表情、そしてセージ・グリーンのフライトジャケットにカーキ色のチノパンツという、シスカの普段の姿を初めて見ました。ちょっとドキッとしますね。背景もシスカのイメージにマッチしていてシックでカッコいいです。
 ですから、サキはまず初めに、limeさんのリクエストを受けて書いた例のSSで、このイラストを使わせていただこうと思っています。
 少し幼くなってしまったと仰っていますが、この物語で登場するシスカは仮想の人格と思われます。ですから問題はありません。自分が若い事を嫌がる女性はいないと思いますし。

 お忙しい中、シスカのために時間を割いてくださって感謝しています。
 心からお礼を申し上げます。

 limeさんのリクエストを受けて書いた例のSSです。よろしければ下のリンクからどうぞ。
「Prologue Sikisima Miyuki Var.」




 そしてこの嬉しい出来事の中「シスカ」を書き終えました。
 ついにです。
 書き始めてから3年以上かかりました。長くかかったなぁ。本来ならホッとして嬉しいんでしょうけれど、そういう気持ちはあまりありません。なぜならシスカが半分も生きていないような気がするからです。上手く書けていません。シスカはもっともっと生きたはずだ。サキの文章力では全然足りない。表現できていない。先の助けを借りても全然足りていない。そんなふうに思います。
 シスカはこういうふうに行動するべきじゃなかったの?こういう場面が全然足りないよ。シスカはこんな子じゃないだろ?もっとこうしたはずだよ!
 そんな反省点がドンドンと湧き上がってくるばかりです。
 サキの頭の中のシスカと文章になったシスカ、同じになっていないといけないはずなのに・・・不満な点がいっぱいです。すべてサキのせいです。分かってはいてもすでに文章は確定されててしまっていて他のキャラとの兼ね合いもあります。それにサキはそれぞれのキャラにもそれぞれに愛情を感じていて、シスカを思い通りにさせると物語が崩壊してしまいます。物語はもうそこまで固まってしまっているのです。サキの思いを達成するには、またまた大幅な書き直しが必要になってしまいます。
 でも今のサキに「シスカ」をまた始めから書き直す気力はもうありません。考えて考えて書いてタイプして書き直して書き換えて、あらん限りの脳味噌を使いました。使い切りました・・・今の段階でもう気力が残っていません。
 だから一旦は完成させておくべきなんじゃないか、そう判断しました。
 でないと永遠に形にならずに彷徨ったまんまになる、そう感じるのです。
 シスカを永遠に彷徨わせるなんて、そんなことはサキには出来ません。まがりなりにもエンディングを迎えさせて、ご苦労さんと言ってあげたい。強くそう思いました。あの運命を背負わせたまま永遠に彷徨わせるなんて、サキにはとうてい出来ないことです。サキが壊れてしまいそうです。
 迷った末に、サキは「シスカ」を書き終えました。

 そういう事情なのでとても完成品とは言えないものです。でも、一生懸命書いています。ですから自分勝手なことだとは思いますが、読んでいただけるのならとても嬉しいです。「シスカ」はやはり誰かに読んで欲しくて書いた物語なのですから。サキの頭の中に居たシスカってどんな女の子なのか、誰かに知って欲しくて書いた物語なのですから。全編を読んでいただける方がいらっしゃるならそれは無類の喜びです。たとえその誰かがたった1人であったとしても・・・。

『シスカ、ご苦労様。これからも色々と苦しいことも起こるだろうけど、たくさんの仲間に囲まれて、嬉しいことや楽しいこともそれと同じぐらい、いやそれ以上にたくさん起こるに違いないよ。シスカ、これからの人生を楽しんでね』
 limeさんに描いていただいたシスカに向かってそう応援しています。

 数日後、「シスカ」54話をUPする予定です。続く55話が最終話となります。あと少しです。お付き合いいただけると嬉しいです。
 そして55話の後にはエピローグが控えています。こちらもお楽しみに!

 この作品を書き直す可能性を否定しないで、この記事を終えようと思います。ふとそんな気力が湧いてくる。そういうことが起こるかもしれないですから。

おわり
2015.03.03
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---54---

 街は花で満ち溢れている。
 4月はこの街が最も素敵に見える時期なのかもしれない。家々の窓という窓、に置かれたフラワーポットには様々な花が咲き乱れ、狭い路地の一番奥まで歩いてもその花が途切れることは無い。石で造られた町並みはたいして裕福そうにも見えなかったが、このたくさんの花々の共演は見る者を浮き立つような気分にさせる。街の全てを花で埋める伝統でもあるんだろうか。ヨウコはそんな思いを抱きながら急な坂道を登っていた。

 狭い路地はまっすぐに丘を登っていて、登り切った先には大きな建物が見えている。道を尋ねた古老の案内によれば、それが丘の中腹に立つホテル・アノ・エルズラムのはずだ。タクシーを使ってグルリと廻るよりは街を突っ切って歩く方が安くて早い、そう老人はアドバイスをくれたのだが、半分を登った時点でヨウコはタクシーを使っても良かったかな?と考え始めていた。
 息を切らしながら路地の最上部まで登り詰めるとそこは小さな広場になっていて、その広場の海側には貴族の館を思わせる大きな石造りの建物が建っている。ヨウコは壁に取り付けられたフラワーポットの花で隠れそうになっているホテル・アノ・エルズラムの文字を確かめながら入り口に近づいた。
『いらっしゃいませ』ドアマンがネラブ語で礼儀正しく声をかけ、ドアを開けてくれた。ヨウコは軽く笑みを返しながらドアを入った。
 入ってすぐの所はロビーになっていて、フロントでは2人のフロントクラークが並んでヨウコの方を見つめている。ヨウコはロビーの中央で立ち止まるとロビーに繋がるテラスの方を確認した。今日のターゲットは女だった。ヨウコはテラスに人影を認めると、そのままテラスの方へ歩いて行った。
 開け放たれた大きな窓からは潮の香りを含んだ風が入ってくる。テラスの向こうにはエルズラムの街、その向こうには真っ青な海が広がっている。ヨウコはテラスへ出る前に立ち止まって人影を観察した。
 テラスの上に張り出して大きく広げられた日よけの下には幾つかのテーブル席が設けられ、そのうちの1つにゆったりと腰掛けている女は大きな麦わら帽子と明るい色の上着とフレアスカート姿だった。
 ヨウコがゆっくりとテーブルに近づくと、同じ速度で給仕係の男が近づいてくる。何気ない動作だったが、張り詰めるような殺気を感じたヨウコは彼の方に意識を向けた。
 その時、女が軽く手を払うような仕草をした。彼はその仕草を確認すると立ち止まり、お辞儀をしてから静かにテラスの隅に引き返した。
 ヨウコはそっとターゲットの横に立った。

「シスカは元気にしている?」ターゲットは静かに海を見つめたままグロー語で話しかけてきた。
「はい。元気ですよ。怪我1つありませんでした」ヨウコも海の方を見つめてグロー語で答えた。
「そう……ならよかった」ターゲットは麦わら帽子の下に見えている頬を緩めた。そして顔を上げて明るいブルーの瞳をヨウコに向けると、少し皮肉っぽく「ところであなたのことはなんてお呼びすればいいのかしら?アキヤマさん?それともゴリアテ?」と続けた。
「ゴリアテはやめていただけますか。ヨウコと呼んでくだされば嬉しいのですが、タカジュナさん」ヨウコの声も皮肉っぽくなった。
「ラサと呼んでくださればいいわ。ヨウコ」ラサはヨウコを見上げて笑顔を見せた。
「お久しぶりですね。ラサ」ヨウコも笑顔を作るとラサを見下ろした。
「妹が色々とご苦労をお掛けしたようね。お礼を申し上げるわ」
「いえ、これぐらいなんでもありません。友人ですから」
「ゴリアテに関する色々な情報から判断すると、それを素直に信ずることは出来ないように思うのだけれど……」
「それは……やむを得ないことかもしれませんね。これまでゴリアテはずいぶんと汚れ役を買ってきましたから」
「そう」
「信じてくださるかどうかはあなたの自由です。けれども、私は今回の事件では最後までシスカの友人として行動したつもりです。そして今では、これまで私が命をかけて仕えてきた組織を離れよう。ゴリアテを名乗るのはもう止めよう。そう思っています」
「そう」ラサは無機質に返事をしてから「よかったらお掛けにならない?」とテーブルの向かいの席を勧めた。
「ありがとうございます」ヨウコは勧めに従った。長距離の移動で少し疲れていたのだ。

「シスカのことを妹と言っても驚かないのね」ヨウコが腰掛けるのを待ってラサが口を開いた。
「それなりの情報収集能力は持っていますから」
「それがゴリアテの力という訳ね」
「それは……」ヨウコは抗議の声を上げようとしたが、ラサは無視して言葉を被せた。
「聞いたところでは、あなたはシスカをあんな目に合わせた張本人に、鉄槌を加えてくださったようね」
「どこからそんな情報を……」ヨウコは驚きの顔をした。この件はベクレラ特殊部隊の手によって処理され、表に出ることは無いはずだった。
「感謝するわ。ありがとう」ラサの顔から皮肉の色は消えていた。
「ひょっとして盗聴を?」ヨウコの質問にラサは薄い笑いで答え、ヨウコはそれをYESと解釈した。
「額に弾丸を撃ち込まれる寸前でしたから、そしてそれが私が組織を離れる理由です」
「私もそこまでは読めなかった。あそこに置けばすんなりと救出されると思っていたから。だから本当にありがとう」ラサは立ち上がり深々と頭を下げた。イルマ式の礼だった。
 ヨウコも立ち上がって礼を受けたが、かける言葉を無くしていた。
 暫くの間頭を下げ続けた後ラサはようやく頭を上げ、再びヨウコに椅子を進めた。ヨウコが遠慮がちに腰を掛けると続いてラサも座った。

「計画は上手くいっているようですね」ヨウコは話題を変えた。
「ええ、今のところはね。街にあふれる花は見ていただけたかしら?」ラサは明るく問いかけた。
「はい、何かのお祭りですか?それとも古くからの風習?」
「いいえ、どちらでもないわ。これは自治権の回復に対する住民達の気持ちなの。本当は大集会でも打ち上げて大いに祝いたいところなんだけど、そういう派手な行動は慎むよう自治政府から、というより組織から達しが出ているの。だからたくさん花を飾ろう、そういう運動が静かに浸透したのよ」
「そうなんですか。でもここまできたら独立まで持っていくのが普通じゃないかと思うんですが?」
「今のところはここまで。身の丈をわきまえないと」ラサは静かに続けた。「30年は長いわ。この間に私達はバラバラになり、昔ほどの結束力も無い。ここで無理をすれば今度は本当に消滅する。だから過激な考え方の者には粘り強く説得したの。父が生きていればよかったんだけど」
「お父様?“白狼”のことですか?」ヨウコは“白狼”という意味のネラブ語を正確に発音した。
 ラサは一瞬驚いた顔になったが、すぐにヨウコに笑みを向けた。「父は前の独立戦争のリーダーの1人だったの。後から考えれば無謀な戦いだったわ。父も最初は今は蜂起の時ではないと反対したと聞いているわ。案の定世界中に見捨てられて矢折れ弾尽きて鎮圧された。でも父はもっとも功績をあげた戦士だった」
「カリスマだったんですね」
「そう、“白狼”たしかにそう呼ばれていたわ。あなたの発音はとても正確よ。そして私はいやでも彼の娘だったの。だから父の無念を晴らすために、その立場は思い切り利用させてもらったわ。でも私ではやはり役不足で、ここまで来るのにはたくさんの人の助けが必要だった」ラサはライトブルーの瞳を向けた。
 ヨウコはこの瞳で睨みつけられたら、大概の者は言うことをきくだろうに……と思いながら「自治権を回復して、これからどうするつもりですか?」と訊いた。
「あなたと同じよ」
「私と?」
「そう、私はもう組織を離れる。そして私を“白狼の娘”と呼ばない所へ行く。この国に、あぁ自治州だったわね……ここにカリスマはもう必要ないのよ、そしてその代役もね」ラサは視線を上げて目の前に広がる海を眺めた。暫くの間テラスを沈黙が支配した。

「うかがいたいことがあるのですが?」沈黙を破ってヨウコが声をかけた。
「あなたがここへ来た目的を果たさなくっちゃね」海の方に視線を向けたままラサは応えた。
「浮遊機雷を使いましたね?」ヨウコはいきなり本題に入った。
「ええ」ラサはまた無機質に返事を返し、そのまま「でも失敗だった。あの船を沈めることはできなかった」と続けた。
「沈めるつもりだったんですか?」
「もちろんそのつもりだった。一番優秀なチームを使えないようにすれば、我々がイニシアチブを取れる、そう考えていた。だから再度チャレンジする計画だった。でもシスカの顔を見てからは、すべてが変わったの。だって!彼女をここまで追い込んだ原因は私なんだもの!」ラサの声は大きくなり、歪んで止まった。
 自分の声に驚いたのか、ラサはトーンを少し落として続けた。「幼い私がアルナと私の父の結婚を素直に認めることができていたらアルナは死ななかったし、シスカもこんな人生を歩まなくてもよかったのよ。父も体を壊してこの世を去ることも無かったかもしれないし、私達はきっと仲の良い姉妹になっていたはずだわ」ラサは一旦言葉を止めた。
「でもその時の私にはどうしてもそれができなかった。アルナのお腹の中に妹が居るって言われたのに!」ラサの顔は苦痛にゆがんでいる。ヨウコはラサが言葉を続けるのを待った。
「そして、それはずっと大きな棘になって私の心に突き刺さっていたの。だからオルガで初めて彼女の顔を見たとき、私の神経はどうにかなってしまいそうだった。仲間達にも衝撃が走ったわ。だって彼女の髪は父とそっくりで、顔にははっきりとアルナの面影があったから」ラサは一息ついてから続けた。
「気になって調べてみてもやっぱりそう。全てのデータがあの子が私の妹だということを示していたわ。アルナが父の元を去ってからシスカがにどんな目にあったのか、調べていくうちに私の自責の念はどんどん強くなっていった……シスカの方が“白狼の娘”と呼ばれるのに相応しかったんじゃないかと考えたりもしたわ」ラサは吐き出すように言葉を続けた。「私はすべてのことに優先して彼女に償いがしたかった。でも私は組織の長としてそれができなかった」ラサは吐露するようにここまで喋ると、海から視線をヨウコに戻した。
 そしてポツリと付け足した。「だけど最善を尽くしたつもりよ」その視線には微かに満足感が現れていた。
 再びテラスを沈黙が支配した。

「それからガスの試掘井オルガⅢを破壊しましたか?」ヨウコは冷静に次の質問をした。
「ええ」ラサはまた海の方を見つめ、無機質に返事を返した。
「たくさんの死人が出ましたね」
「わかっているわ。私の手は血まみれよ。あなたと同じにね。だけどもうどうしようもない。誰も知らない所で、殺してしまった人々を弔いながら暮らしていくしかないんでしょうね……」ラサはまたヨウコに視線を戻した。
「ヨウコ、次の任務は私を捕まえることかしら?」そう訊いたラサの声はエネルギーを取り戻している。
「もう私にはあなたをどうこうしようという気持ちはありませんが、もう一つだけ質問があります」
「コバヤシの事かしら?」ラサの顔は悪戯っぽくなった。
「はい」
「彼と私は行動を共にするわ。それだけじゃダメ?」
「彼の意思ですか?」ヨウコは事務的に質問を続ける。
「そう。彼の意思よ。確認が必要?」
「いえ、それは結構ですが、彼は浮遊機雷の誘導を?」
 ラサの顔が一瞬固まった。「ヨウコ、さっきもう一つだけと言ったわよね?」
「ええ、これは私の個人的な興味です」
「では、それについてはお答えしない方が良いみたいね」ラサはにこやかに言った。
「わかりました」ヨウコは期待していた答えを得、質問を終えた。
「ヨウコ、時間があるならランチを付き合ってくださるかしら?」笑みをたたえたままでラサは言ったが、その微笑みはこの会話をそろそろ終わりにしたいというニュアンスを含んでいるように感じられた。ヨウコは「お誘いはありがたいのですが、なるべく急いで帰国しなければならないのです」と応えた。
「そう。それは残念ね」ラサは右手を差し出した。
 ヨウコは立ち上がってラサと握手を交わした。
「もう会うことは無いわ。だからお願いしておきます。シスカのこと、よろしくお願いしますね」
「残念ながら私もシスカの元を離れなければなりません。でも、シスカには大勢の仲間がいます。何も心配は無いはずです」
「そうね」ラサは頷いてから今思いついたように「さっきあなたは自分がシスカの友人だと言ったわね?」と尋ねた。
 ヨウコは黙っている。
「あなたがシスカの幼馴染のヨウコで無い事は察しがついているわ。そのヨウコが、組織最優先の非情な噂しか聞かないゴリアテが、シスカのために自分の所属する組織のボスを亡き者にする。これは彼にとっても予定外だったわよね?そして命をかけて仕えてきた組織を離れ、ゴリアテを名乗るのも止める。あなたにそうまでさせる感情は本当に友情なのかしら?」ラサは静かにヨウコを見上げる。
 ヨウコは諦めたように顔の緊張を解いた。
「一目惚れって本当にあるんですね」ヨウコの頬がほんのりと染まったように見えた。「最重要のターゲットとして初めて彼女に出会った時から、ゴリアテはゴリアテでなくなったのかもしれません」
「たしかにシスカは魅力的ね。でも彼女を手に入れようとしても、それはたぶん不可能よ」
「わかっています」ヨウコは顔を戻した。「シスカに何か伝言はありますか?自然な形で伝わるように配慮しますが?」
「いいえ、無いわ。私については何も伝えないでちょうだい」
「そうですか。わかりました。では……」ヨウコは軽く頭を下げるとテラスを後にした。
 ラサはまたゆったりと座り直し、海を眺め始めた。
 給仕係の男はヨウコに向かって姿勢正しく礼をした。
 ヨウコはもう一度ラサの後姿に目をやってから、ゆっくりとロビーに向かって歩き始めた。
 もう後ろは振り返らなかった。

2015.03.07
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シスカ54話をUPします。

今日は54話のUPです。53話を発表してからずいぶん間が開いてしまいました。本当は一挙に完結させるつもりだったのです。でもサキにとって意外だったのですが、エピローグに手間取っていました。普通は長編の打ち上げみたいなかんじでワイワイと騒ぎながらサッと書けるだろうと思っていたのですが、この間も書いたように悩みまくってしまったんですね。どうやって終わらせるんだよ~~ってお籠もりさんになっていました。こんなになっちゃうんだなぁ。次々と湧き上がってくる不満に決着をつけるために、時間が必要だったのかもしれません。他の作品は書けるのに「シスカ」だけは書けなかったんです。焦りましたね。

さて、久しぶりの更新ですが、もう完結まで書き上げていますから、今回は余裕の発表です。
あと、来週に55話、そして再来週くらいにエピローグをUPしようと思っています。55話は最終話なので一応エンディングを向かえていますが、この回では全てが回収されてきっちりと終わっているわけではありません。まがりなりにも(前にも書いたようにまがりなりにもです。でも一生懸命書きました)完結させるためには、やはりエピローグまで読んでいただく必要があります。「シスカ」はプロローグから始まっていますから。

よろしければ下のリンクからどうぞ。

シスカ54話
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---55---

 *

「シスカ?用意できた?」声をかけながら奥の部屋を覗いたサエは動きを止めた。
 いつものように部屋の奥には着替を済ませたシスカが待っているはずだったのだが、今日はいつもとは違っていた。
 正面に白い背中が見えている。
「ちょっとまってくれ」シスカは黒いワンピースを身に着けると、背中のファスナーを上げて髪をかき上げた。このところ色々なことが起こりすぎてカットする暇も無かったのだろう、白く輝くプラチナの髪はいつもより長く伸びていて黒いワンピースの肩にふわりと落ちた。
 不覚にもサエの心臓は心拍数を上げた。
「お待たせ」シスカはクルリとこちらを向いた。真っ黒なワンピースを纏い、プラチナの髪を揺らし、青と黒の瞳をこちらに向けて少し微笑みながら真っ直ぐに立つその姿は、これまでサエが意識してきたシスカとは全く別人のように感じられた。
「どうしたの?」思わずサエの心根が漏れ出る。
「え……?」シスカは小首をかしげる。
「ショウ?じゃないよね」サエは慌てて否定した。
「何を言ってるんだ?」シスカはサエの顔を覗きこむ。
「ううん。なんでもない」サエは首を左右に振って雑念を振り払った。
「だって、シスカが戻ってから初めてじゃない?こうやって2人っきりで話をするのは……」サエは後ろ手に扉を閉めた。
「そうだったかな?でも、そういえば……」シスカは“口元に指を当てて”思案してから「そうかもしれないな」と顔を上げた。
(あなた、誰?)サエは思わずそう質問してしまいそうになる自分を抑えて「そうでしょ?ここへ来るのも一番遅かったし、だいたい何を歌うの?打ち合わせもまだじゃない」と言った。
「この順番で行くよ」シスカはメモを渡した。
「ふ~ん、アンコールはやっぱりこの曲ね。分かった」サエはメモを確認しながら答えた。
「まだ大丈夫なのか?」シスカが訊いているのはステージに上がるまでの時間のことだ。
「まだよ。もう少しだけ時間はあるわ。あ、そうそう、キタハラとはちゃんと話ができたの?」サエは気になっていたことを訊いた。
「うん。マサゴに帰ってきた最初の晩に2人っきりになれたから、ほとんど寝ずに話をした」シスカは胸元にアクセサリーを付けながら答えた。
「そう、よかった」
「一刻も早く話したかったんだけど全然時間がなかったんだ。マザー2で話そうとしていたのにいきなりオルガへ出発になったし、そのまま巻き込まれたし……開放されてからは、なんとか委員会とか軍とか警察とかの事情聴取だろ?」イヤリングを付け終わり、シスカはこちらを向いた。胸元のアクセサリーとイヤリングがキラキラと光を反射する。
「私も話したいことや訊きたいことがいっぱい有るんだけど?」サエは見てはいけないものを見てしまったような心持ちになっていた。
「わたしも!この集まりが終わってみんなが引き上げたら時間が取れるだろう?みんなには心配をかけたし無下にもできないよ」シスカはサエの目を見ながら話した。
(“わたし”?)いま目の前にいるのは確かにシスカだ。でも彼女はすでに今までのシスカではない。そしてショウでもない。また別の新しいシスカがそこにいる。サエははっきりとそう感じていた。
 トントントン……ノックの音がした。
「なに?」会話を邪魔されたサエは少し苛ついた声で答える。
「みんなお待ちかねだよ」扉の向こうからシユの声がする。
「わかった。すぐ行く。シスカ、用意はいい?」
 シスカは大きく深呼吸をすると右手の親指を上につきだしにやりと笑った。
 サエも同じ動作をするとコツンとこぶしを合わせた。それからいつものように棚に置いてあったトマトピュ―レの缶を手に取った。
「サエ。お金を取るのか?」シスカが慌てて訊いた。
「任意よ。任意。よろしければってことよ」サエはすまして答えた。
「それじゃいつもと同じじゃないか」シスカは呆れた顔をした。
 サエは部屋を出ると出口に一番近いテーブルにトマトピューレの空き缶を置いた。そしてステージの横でマイクに向かい「シスカ!歌って」と軽い調子で言った。
 奥の戸が開いてシスカが顔を見せると、ホールは歓声と拍手に包まれた。
 シスカは黒のノースリーブのワンピースにブーツという格好で、小さなステージに上がり、プラチナの髪を揺らして深々とお辞儀をした。イヤリングと胸元のアクセサリーがスポットライトを反射してキラキラと輝く。再びドオッと歓声が上がり、拍手が湧き起こった。
 サエは打ち合わせた曲の伴奏を始めた。

 今夜の19番は貸し切りだった。
 マザー2やシスカの所属するヘリコプター会社の面々がシスカとアツコ、そしてキリュウの帰還を祝いたいと集まって店を借り切ったのだ。マザー2は海洋調査のために近々出港することになっていて今日が集まれるリミットの日だった。当直として船に残る者はくじ引きで選ばれ、彼等は我が身に起こった不運に泣いたのだ。ヘリコプター会社でも同じように不運に泣いたものが居たが、残りのメンバーはこの催しに便乗できた。コバヤシのことは、まるで最初からそこに居なかったかのように処理された。それは全員の暗黙の了解だった。
 立錐の余地もないホールにアツコとキリュウは目を丸くしたが、それでもテーブルを回って言葉を交わし、ステージに立って挨拶をした。
 シスカは遅れて到着したので、細かいことは抜きにしてそのまま歌を披露することになったのだが、もっともそれは皆の希望でもあった。シスカは数曲自分のレパートリーを歌い、そして定番になった「家族の歌」を披露した。
 伴奏を続けながらサエは驚いていた。シスカの歌はまた進化を遂げていたのだ。(何があったのか知らないけど、またすごく良くなってる。是非その理由を知りたいものだわ)サエは歌い終わってゆっくりと頭を下げるシスカを見ながら、そんな感想を抱いていた。
 ホールを埋め尽くす観衆からは響めきが起こり、次いで嵐のような拍手が巻き起こった。シスカは頭を上げると、いつものように奥の部屋に引っ込んだ。やはり拍手は鳴り止まない。
 サエはシスカの後を追って奥の部屋に飛び込んだ。
「シスカ!シスカ!凄い凄い!とても素敵よ!」サエはそう叫ぶとシスカの胸に飛び込んだ。シスカの背はサエよりだいぶ高いので、自然とそういう格好になる。「いったい何があったの?」サエはシスカを見上げて訊いた。
「たくさんの事があったんだ」シスカは言葉を続けようとした。
「それは……是非聞かせて欲しいわ。でも今は時間がない。アンコールを、シスカ」拍手はまだ続いている。サエは演出の段取りが気になっていた。
「うん、わかってる。でも今、言える時に少しだけでも言っておきたいんだ。そうでないとまた消えてしまうかも……そんな気がするんだ」シスカは懇願した。
 サエは少しだけならと頷いた。
 シスカは早口で喋り始めた。「わたしの生い立ちのこともわかったし、家族のこともわかったんだ。“おかあさん”のことも、そして“おねえさん”のことも……」
「え!おかあさん?おねえさん?シスカの?」サエは混乱した。シスカがそんな単語を使うのを聞いたことが無かったからだ。
「それに、“おとうさん”のことまでわかったんだ」シスカは混乱を承知で付け足した。「そして今度の事件で、紛争中のわたしの記憶も戻ってきたんだ」
「え?でもシスカは大丈夫なの?」
「全体的にぼやっとした記憶だけど、抜け落ちていた部分が繋がったんだ。怖くて暗い記憶だけど大丈夫……」
「そう……」サエはそれ以上訊かなかった。
「そして拉致から開放されるときにヨウコを見たような気がするんだ」
「え?」
「意味がわからないよな。何だか、そんな気がするだけだ」
「ヨウコ、船を降りてしまったんでしょ?」
「辞表を置いてそのまま降りたみたいなんだけど、わたしが開放される前に眠らされてから、病院で目が覚めるまでの間にどこかで出会ったような気がするんだ」
「助けてくれたっていうこと?」
「わからない。ちゃんと憶えてない。だから消えてしまうかも……そんな気がするんだ」
「わかったわ。ちゃんと聞いた」
「ありがとう」シスカは礼を言ってからサエを見た。
「サエ?」
「なに?」
「今夜サエの部屋に泊まってもいいかな?」
 それは懐かしいシスカの顔だった。小学校の頃、サエの家に泊まりに行ってもいいかと訊いた、懐かしいシスカの顔だった。サエは新しくなったように見えるシスカは、きちんと再構築されたシスカなんだと思うことにした。
「いいに決まってるじゃない!私も話したいことや訊きたいことがいっぱい有るんだから。じゃ、約束よ」サエはそう言ってから思い出したように言った。
「あ、シスカ、アンコール」まだ拍手が続いていたのだ。
「うん」サエが体を離すとシスカは服を整えた。
 サエは部屋を出てキーボードの前に腰掛けた。

 *

 シスカがホールに出ていくと、拍手と歓声は一層大きくなった。
 シスカはステージに立ち、ゆっくりと頭を下げた。立錐の余地もないホールは水を打ったように静まりかえった。
 緊張感と高揚感が胃袋の下から突き上げるように全身を押し上げる。シスカは恍惚の中に母の面影を思い浮かべながら歌い始めた。
 小さいころ母のアルナから子守歌代わりに何度も聞かされてすっかり覚えていた歌を。
 歌声はシスカの体のつくりに絶妙に反響し、歌声は母と同化するように思えるほどとても素直なものになった。彼女の喉は音域も声量もあるので思う存分感情を歌に乗せることがでる。シスカはまるで何かに取り憑かれたように歌い上げた。
 歌い終わったシスカは急に羞恥心と郷愁と涙が同時に湧き上がってきてたまらなくなって、声を出すことが出来なくなってしまった。
 短い挨拶を入れる予定だったのだが、一言も発することができない。
 拍手が沸き起こった。涙がいっぱいになった目をそっと開けると、そこにはサエの顔があった。サエは軽く頷くとホールの方へ顔を振った。つられてホールを見るとそこにはアツコの顔があった。
 そこにはクラモチの顔があった。
 そこにはキリュウの顔があった。
 そこにはシユの顔があった。
 そこにはマザー2の皆の顔があった。
 そこには仲間の顔があった。

 そしてキタハラの顔があった。

 シスカは一旦顔を上げてから両手を横に拡げて大きくお辞儀をした。
 拍手は一層大きくなり、いつまでも鳴り止まなかった。

2015.03.13
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

「火星の人」アンディ―・ウィアー著(ハヤカワ文庫SF)を読みました。

 ハードなSFなのですが、正直とても面白かったです。ワクワクドキドキ、最後まで一気でした。
 火星基地アレス3が舞台です。基地は活動開始後6日目に猛烈な砂嵐に遭遇、想定外の強風に調査を打ち切って地球に引き上げることになりますが、その際クルーの1人が吹き飛ばされたパラボラアンテナに直撃されて飛ばされ、そのまま行方不明になります。
 他のメンバーは必死に捜索しますが、生命反応も無く、探査装置にも引っかかりません。そしてついに帰還用の上昇機が強風で倒れそうになったため、やむを得ず発進します。装備に余裕は無く、そのまま地球へと向かわなければなりません。
 ところが飛ばされた彼は生存していて、火星に1人取り残されます。アンテナが吹き飛ばされたため通信も不可能です。
 その彼が主人公のマーク・ワトニーで5年後の次の探査船が到着するまでどうやって生き延びるかがテーマです。ロビンソンクルーソーを彷彿とさせますが、いわばそれの宇宙版ですね。生存条件は遙かに厳しいですけれど。
 彼は前向きで(宇宙飛行士だから当然?)ユーモアのセンスにあふれていて絶体絶命の難関も軽いジョークで乗り切っていきます。
『見て見て! おっぱい!->(.Y.)』こんな乗りです。
 もちろん、軽く乗り切ったりなんかできないですし、ものすごい苦難と困難の連続です。でも彼の深い知識(植物学者でありエンジニアでもある)、生き延びるためのアイデアや創意工夫が実にリアルでサキはこのあたりの描写に感激してしまいます。化学的にも生物学的にも一定の説得力がありますし、無理も感じさせません。魔法の機械なんか一切登場しません。作者はそうとうオタクなんでしょうね。
 彼の生存に気が付いてからのNASAとのリアルなやり取りにもほれぼれしてしまいます。サキも参考にさせてもらおうっと。
 この辺のハードでコアな設定や展開に対するレビューは結構NETに有るので、サキはいつものように登場する人間について少し書いておきたいと思います。

 ワトニーの性格がとても気に入ったのは、まぁ主人公なので当たり前ですから置いておきますね。

 まず一番のお気に入りはサットコンのミンディーですね。彼女は火星を周回する人工衛星の軌道管理をしている技術者なのですが、衛星に搭載されているカメラで基地を上空から撮影し、ワトニーが生きていることを最初に確認した人物です。最初はオドオドしたところがあって、遠慮気味に報告を上げたりしていますが、観察眼は理論的でとても的確です。細かい変化にも間違いなく気づきます。見込まれてワトニーの“覗き屋”に任命されるのですが、少しずつ自信を持った言動になっていくところが楽しいですね。好きな人物です。
 美人で可愛いのに、性格のせいで上手くそれが表面に出ていない人、そんなイメージです。

 次はヨハンセンです。火星探査チームの一員でワトニーの仲間です。チームの中では一番小柄の可愛らしい女性のようなのですが、とても優秀です。(宇宙飛行士ですからこれも当たり前)普段は沈着冷静な超オタクなのですが、突っ込まれて顔を赤くしてしまうところ、最後は顔を覆ってしまうところ、素敵でした。
 でも彼女が船長から受けた指令について父親に語るシーンは鬼気迫るものがあって怖かったです。そこまで考えるのか・・・SFを書くサキにはとても参考になりました。他のメンバーもその指令を受け入れたということですから彼らの精神力はもの凄いです。

 その次はルイス船長です。火星探査チームのリーダーですね。沈着冷静な女性なのですが、彼女のクールさの中に垣間見える人間味がとてもいいですね。ワトニーを残して出発したことをずっと後悔しています。どう考えてもやむを得ない判断だったと思いますけれど。
 軍人のようなので統率力や決断力も相当なものですし、人望も厚いです。その隙間にチラリと見える弱さが良いのかもしれません。彼女の好きな音楽や娯楽とのギャップも楽しいです。
 こういうキャラも好きですねぇ。きっと彼女も美人なんだろうと思います。こっちは大人の雰囲気かな?

 広報担当のアニーもいいですが、サキにとっては彼女たちの次になってしまいます。

 あ、他の男連中もちゃんとカッコいいですよ!(サキは男性キャラに関しては手抜きでいいかげんです)

 ワトニーが生きていることが分かってからの人々の協力や助け合いは、利害が絡みながらも素晴らしいと思いますし、救出作戦の奇想天外さも、ちょっとなぁ・・・と思うこともありましたが、とても面白かったです。考察はきちんとされていますが、適当にハチャメチャでしたしね。
 全編アメリカ的乗りで、とにかく楽しく読ませてもらいました。
 このお話、もともとはNET小説のようですが、すごいなぁ。そして、羨ましいです。
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テーマ : つぶやき    ジャンル : 小説・文学
 
 

エピローグ

 最北の街マサゴ、その短い夏が終わろうとしている。
 ムクムクと盛り上がり夏を謳歌していた入道雲たちはいつの間にか姿を消し、真っ青な空を下地にして刷毛で掃いたような薄い雲が漂っている。横断歩道を渡って行く人々の服装ももうほとんどが長袖だ。
 前方の信号が青に変わった。
 ライトレールは独特のインバーター音を響かせながら加速し、大通りの中央を進み始めた。運転席のすぐ後ろに立っていた髪の長い女は、ゆっくりと流れていくマサゴの街の様子を懐かしそうに眺めていた。

 ベクレラとの国境が解放されて自由に行き来ができるようになってから8年が経過していた。あのガス試掘井オルガⅢの爆破テロが、イルマ・ベクレラ両国の緊張状態にもたらした変化は小さなものだったが、それは着実な変化の兆しだった。両国はこの事件に曲がりなりにも協力して対応し、オイルの流出や環境の破壊を止め、人質の解放にも成功した。数名の行方不明者を出したが、その行方不明者はテロの犯人であり、見返りを一切与えずに一般人の解放に成功したとされていた。
 この事件の解決を機に、それまで凍りついて固まっていた両国の関係は少しずつ雪解けを始め、そしてその雪解けが連鎖反応的に全体に広がって行くことを止めることは強力な軍の力をもってしても不可能だった。ベクレラはこの機会に国の西の端と東の端に抱えていた厄介な問題に決着をつけておきたかったし、イルマは過去の呪縛からの解放を望んだ。双方の利害はとりあえずの一致を見て、両国は国境線を定め、平和条約を結んだのだ。この快挙に一時の間世界は沸いたが、やがて次々と巻き起こるもっと別の大きな問題に紛れ、人々の記憶からは忘れ去られていった。国境軍と国境警備隊は解体され、その分国防費の負担は軽くなった。セーフティーゾーンを仕切っていたフェンスは撤去され、マサゴやオルガの町は大きく発展した。両国の協定の元でガス田は開発され、それらは両国の国庫を潤した。
 そしてマサゴ市のバスターミナルからは、今日もオルガ市行きの特急バスが何便も出発し、オルガ市からも到着するようになった。人々は檻に囲まれた陰鬱な生活から解放され、それなりに明るい自由な生活を送るようになっていた。

 やがてライトレールは停留所に滑り込んだ。そこが目的の停留所だったのか、彼女は待ちきれない様子でドアのところに歩いていき、ドアが開くと同時にそのままポンとホームに飛び降りた。
 乾燥した空気が爽やかに頬を撫ぜる。彼女は車の切れ目を待ち、長い髪を風になびかせながら道路を渡っていく。
 道路を渡ると目の前はすぐに団地で、彼女は歩道を歩きながら建物に描かれている番号を確認していく。そして[17]と描かれた建物を見つけるとそちらへ向かって公園を横切り始めた。
 公園には子供たちが遊ぶ声が響いている。滑り台やジャングルジムなどの遊具にはいくつかの子供のグループが集まり、それぞれの遊びに夢中になっている。彼女はあまり興味の無い様子で子供たちを眺めながら公園を横切っていたが、ブランコの前に差し掛かった時、何かに驚いた様子で歩みを止めた。
 ブランコは2つ並んでいて、それぞれに小さな子供が座っている。4歳ぐらいだろうか、ゆっくりとブランコを揺らしながら楽しそうに話している。彼女が目を止めたのは左側の子で、なんと髪の毛が真っ白だったのだ。彼女は引き寄せられるように二人に近づいた。2人は同じようなボブカットで、歳も同じぐらいに見える。右側の黒い髪の子が女の子なのは、スカートをはいているから想像できるが、左側の子はジーンズなので男の子なんだろうか?彼女は想像をたくましくしながら、2人がよく見える位置のベンチに目立たないように腰をかけた。
 まず彼女は左側の男の子?を観察した。髪の毛はさっき目に飛び込んできた印象のとおり、ほとんど白に近いくらいのプラチナブロンドだ。それは彼女にとって忘れることの出来ない友人の特徴と同じだった。彼女はその友人のもう一つの特徴と同じなのを確かめようと、その子の顔を覗き込んだ。やはりそうだ。その子の瞳は降り注ぐ晩夏の太陽光線を反射して明るいブルーに輝いたのだ。
(両目共なんだ)彼女はその結果に少し驚いたが、自分の判断に疑念は持たなかった。
 右側の女の子は?イルマ人に見えるけど?左側の子の友達?そう思いながら彼女はその子の顔を覗き込んで驚愕した。
(アルナ?)そう、その子の顔は友人の母親アルナの面影を強く宿していた。友人の顔も母親の面立ちをひいていたのでもちろん友人にも似ているのだが、それよりもさらに友人の母親であるアルナにそっくりなように見えた。
(まさか……)彼女の推測はもう想像の範囲を超えてふくれあがる。
 我慢が出来なくなって2人に声をかけようとしたその時「ショウ!ミユキ!」背後から2人に呼びかける声が響いた。2人は同時に顔を上げると「「おかあさん!」」と二重唱で返事をした。
(ショウ!?ミユキ!?)彼女の推測は確信に変わった。その確信を現実に変えるべく彼女はゆっくりと振り返る。そこにはこの2人の母親が居るはずだ。ゆっくりと顔を回転させながら心臓ははちきれんばかりに鼓動した。
 ほとんど白に近いプラチナブロンドの髪、明るいブルーの左目、黒い右目、そこには彼女の友人が居た。
「シスカ!」彼女はほとんど悲鳴のような声を上げた。
 シスカと呼ばれた女性は暫くの間動きを止め、彼女の顔をじっと覗き込んでいたがやがて「ヨウコ?……ヨウコなのか?」と驚きの声を上げた。
「もちろん!ひさしぶりだね。シスカ」
「何年ぶりだろう?わたしが事件に巻き込まれている間にマザー2を降りて、そのままだったから……」
「わたし……って?」ヨウコは一瞬言葉を止めた。
「え?」シスカが聞き返す。
「ううん、何でも無い。でも、10年ぶりになるはずよ。シスカ」ヨウコは左右に軽く顔を振ってから言った。
「そうか。もう10年も経つのか。髪を伸ばしたんだな。それに眼鏡を止めたのか?」シスカは感慨深げだ。
 不思議そうな顔をして見上げている子供達に目をやりながらヨウコは「この子達は?」と訊いた。
「うん」シスカは一瞬恥ずかしそうな顔になってから「わたしの子供、双子なんだ」と続けた。そしてシスカが子供達に目をやると、まるでそれが合図だったように2人はシスカの太ももに抱きついた。シスカは髪の白い子の頭に手を載せて「この子がショウ」そして黒い髪の子に手を載せて「この子がミユキ」と言った。
 そして子供達を見下ろして「この人はおかあさんのお友達だ。ご挨拶なさい」と言った。
 子供達はシスカから離れるとピョコンと頭を下げて「「こんにちは」」と二重唱で挨拶をした。そしてまたシスカの太ももにつかまった。
 ヨウコは子供たちに向かって「こんにちは」とにこやかに挨拶を返した。
「ところでヨウコ、今日はゆっくりできるんだろうな?」
「もちろん。今はちゃんと休暇中だから時間はたっぷり」
「じゃぁ今夜は泊まっても大丈夫だよな」
「え?ほんと?……って、実はそうできれば良いなと思ってた」
「よかった。わたし達はこれから19番に行くんだけど、一緒に行こう」
「19番?サエの店、まだあるんだ。懐かしいなぁ。もちろん、そうさせてもらう。私はずっと海外にいたからこの街の様子や、みんながどうしているかや、情報が全然無かったの。だから空港から一番近いここをまず覗いてみて、それからアツコとシスカの部屋、そして19番へ行ってみようと思ってたんだけど」
「ちょうどよかったな。わたし達は19番へ出かけてしまうところだったし、アツコと住んでいた部屋はもう別の人が住んでいるよ」
「そう。ラッキーだったというわけね。でもシスカが19番へ行くということは歌うの?」
「ああ、まだ歌ってるんだ」
「それこそラッキーね。今夜シスカの歌が聴けるんだ」
「ショウ!ミユキ!出かけるよ」シスカが子供たちに声をかけた。
「「はーい」」2人は返事をすると先に立って歩き始めた。
 ヨウコは2人の後に従って歩きながらシスカの方を向き「ビックリした!シスカがおかあさんだなんて」と言った。
「悪いか!」シスカは唇を尖らせる。
「そんな意味じゃ無いわ!」ヨウコは慌てて否定し「ショウは髪と瞳がシスカと同じだね」と付け加えた。
「わたしと、と言うよりわたしの父に似ている。父は白い髪とブルーの瞳だったから……」
「じゃあミユキはアルナ似?だよね」
「うん、似ているというよりそっくりだ。不思議なことだな」
「じゃあ、そのショウとミユキっていう名前はどこから?」ヨウコは念のために質問してみた。
「ショウとミユキ?この名前、やっぱり何か有るのか?」シスカは疑問の顔になった。
 ヨウコはまたシスカの目を覗き込んでいたが「ううん。特に何かがあるというわけじゃないの。ショウもミユキもどちらも素敵な名前だなと思って……」
「男の子と女の子の双子だと訊いた時、どうしてもこの2つの名前を付けたくなって頼んだんだ。特に意味は無いんだけど、ヨウコには何か心当たりがあるのか?あるのなら是非知りたい。この2つの名前にはとても思い入れがあるのに、なぜだかはわたしもわかっていないんだ。誰も知らないと言うし……」
「そう、でも心当たりがあるわけじゃないわ。どちらもシスカにとって大切な名前なのね」ヨウコにはもちろん心当たりがあったが、それは言わない方が良いと判断した。そしてショウの目元にあるもう一つの印象について訊こうとしたが、シスカの質問が先になった。
「ところでヨウコ。今日はまた突然だな。事件以降、完全に行方不明だったから本当に心配したんだけど」
「ごめんね。心配かけて、でも私がそういう事情の仕事をしていたっていうのは、何となく想像していたんじゃないの?」
「まあね。でも今もヨウコって呼んでいいのか?」
「もちろん!ヨウコ以外にどんな呼び方が有るって言うの?」
 シスカは少しの間ヨウコの顔をじっと見つめていたが「いや、ヨウコはヨウコだよ」と言った。
「ありがとう」ヨウコは微笑んだ。そしてチラリと2人の子供達の背中に目をやってから「聞きたいことがあるんだけど?」と上目づかいにシスカを見た。
「なに?」シスカは少し顎を引いた。
「もし差し支えなかったらでいいから答えて欲しい。この子達のお父さんはどういう人なの?つまり……」ヨウコは複雑な面持ちで遠慮気味に訊いた。
 シスカの顔が一気に硬くなったので、ヨウコは慌てて言った「ううん、答えたくなければ答えなくてもいいよ。単に私の好奇心だけだから。ね!シスカ、ごめんね」
 謝らなくてもいいという意味だろう。シスカは顔を左右に振ってから「キタハラ、キタハラ・ロクだよ・・・」と言った。ヨウコは驚いたが、さっきショウの目元から抱いた印象は気のせいではなかったということだ。立ち止まって「でも、シスカはキタハラの養子だったよね?」と疑問を投げかける。
「養子と養親はたとえその関係を解消しても結婚できない?」シスカも立ち止まってヨウコの方を向いた。子供達も大人2人がついてこないので大通りに出たところで立ち止まっている。大通りの真ん中にはさっき降りたライトレールの停留所が見え、向こうから電車がゆっくりと近づいて来る。
 ヨウコは言葉を発せないまま頷いた。
「難民条例による特例里親制度?親の生死が分からない孤児がたくさんいた混乱の中だったから、ママさんはその制度を利用したみたいなんだ。名字もわたしの名字が不明だったからキタハラを当てただけらしい。だから……」
「そうだったんだ。おめでとう」ヨウコはホッとしたような顔になってお祝いを言った。
「ありがとう」シスカは小さな声で礼を言ってから「さあ、あの電車に乗ってしまおう」と子供たちの方へ駈け出した。
 ヨウコは慌ててシスカの後について駈け出した。
 車の切れ目を待って4人で道路を渡ると、ちょうどライトレールがホームに滑り込んで来るところだった。

 ドアが開くとショウはさっさと乗り込んで運転席のすぐ後ろに立った。ミユキも後を追ってすぐ横に並ぶ。
「いつもそこ?」ヨウコが後ろに立って尋ねると、2人は振り返って大きく頷いた。
 ヨウコは横に並んだシスカに「誰かと同じだね」と言った。
 シスカは無言で微笑んだ。
 電車はドアを閉じベルを2つ鳴らすと発車した。他に乗客はいなかったので子供たちをそこに立たせたまま、ヨウコとシスカは少し離れたシートに腰掛けた。子供達は前を見るのに夢中になっている。
「ヨウコ、結婚は?」突然シスカが声をかけてきた。
 ヨウコは顔を左右に振った。
「ごめん。立ち入った事を聞いて」
「いいよ。気にしなくて」ヨウコは明るく答えたが『誰のせいだと思ってるの?』と心の中で毒舌をついた。
「差支えなければでいいんだけど、ヨウコはなぜ消えてしまったんだ?」シスカは遠慮気味に訊いてきた。
「シスカが納得できるまで説明できればいいんだけど全部は無理なの。それはわかってもらえる?」
 シスカは無言で頷いた。
「最初に謝っておくね。もうわかっていると思うけど、私はあなたの幼馴染のヨウコじゃないの」
 シスカはまた無言で頷いた。
「私はある任務のために、幼馴染のふりをしてあなたに近づいてマサゴまでついて来たの。あのマエハマのショッピングモールでの出会いも、あなたがあの店に辿り着く直前に私達がお膳立てをしていたのよ」
「直前に?すごいな」
「私が居た組織の力は強大で、一瞬で店の従業員を仲間と入れ替えることなど朝飯前だったのよ」
「居た?」
「うん、あの後すぐに辞めてしまったの」ヨウコはサラッと言った。
「ふ~ん。それは任務が上手くいかなかったから?」
「まあ、任務自体は上手くいったんだけど、そうではない部分もあったの」ヨウコは少し笑みを浮かべた。
「それはラサが消えてしまったことと何か関係があるのか?」
 ヨウコは返事に窮した。
「ラサはどこへ行ってしまったんだろう?やっぱりテロリストだったということなのか?」シスカがたたみかける。
「それについては答えることはできないの。これ以上追求しないでいてくれると嬉しい」ヨウコはチラリと辺りに目を配ってから「でも彼女は上手くやってるわ」と付け加えた。
「そう・・・」シスカは遠くを見つめてからヨウコに目を戻し「それから、ヨウコはわたしを助けてくれたのか?開放するために犯人に眠らされてから目が覚めるまでの間にヨウコを見たような気がするんだ」と訊いた。
「ごめんなさい。それについても何も答えることができないの」
「わかった。でもわたしには記憶がある。そしてもしそこにヨウコが居なかったら、わたしは今ここに居ない。それだけははっきりと感じている」
「シスカ……」ヨウコは喋り出してしまいそうな自分を抑え込んだ。
「ヨウコは必要以上にわたしにかかわって、必要以上に助けてくれたということはわかってる。そしてそのために、わたしの前には居られなくなったんだと思っていた。今日、ここへ来てくれて感謝してる。やっとお礼が言えるから」シスカは子供たちを見てからヨウコの方へ顔を向けた。
「本当にありがとう」
「そんな、お礼なんて」ヨウコは戸惑った表情を窓の外に向けたが、広がる風景にシスカの肩を叩いた。意識してそう行動したのだ。そうしなければ硬く突き固めた自分の心が崩れ出しそうだったのだ。
「ねえ!シスカ!ここにはフェンスがずっと続いていたよね?」
「ヨウコこそ国境が解放されたのは知ってるだろ?だったら……」シスカは顔を上げた。
「だって、実際こうやってフェンスが無くなっているのを目の当たりにしたら、なんだか感激!」
「平和条約が結ばれて国境が解放されてから取り壊されてもう残ってないよ。道路も接続されて自由に行き来できるし」
「そうだったよね。国境軍もバラバラにされて3軍に吸収されたし」ヨウコはシスカの顔をそっと見てから続けた。「国境警備隊も警察組織に編入されたんだったね」
「イルマの町だけじゃなくてオルガの町も随分と開放的になって明るくなった」シスカは感慨深げだ。
 かつて有ったフェンスに沿って電車は走っていく。以前はフェンス越しにしか見ることができなかった丘陵地帯の風景は、今や低木や草が1本1本見えるくらいはっきりと見通すことができるようになった。
 やがて電車がスピードを落とし停留所に停車すると20人ほどの客が乗り込んできた。それぞれが座席に座り、あるいはバーにつかまり、会話を始める者もいる。
『込み入った話はできないね』シスカとヨウコは目で合図をすると、他愛のない会話に切り替えた。

 *

 19番の低い潜り戸を抜けていくシスカ達に続いて潜り戸を入ると、そこには見覚えのある風景が広がっていた。まだ夕食の時間には早すぎるのか客の姿は無い。
「変わらないな」ヨウコは懐かしい気分になった。
「シスカ、今日はお早いお出ましだね。ショウ、ミユキいらっしゃい」聞き覚えのある声がする。
「「こんにちわ~」」ショウとミユキが明るく答える。
「ゆっくり旧交を暖めてくれ、じゃあ後で」シスカはそう言うとショウとミユキを連れて2階へ行ってしまった。
「すみません。まだ休憩中なんですけど」声の主はヨウコの方を向いて声をかけてきた。
 ヨウコは顔を上げて「お久しぶり」と言った。
 声の主は目を見開いたまま動かなくなった。そして暫くの間ヨウコを見つめてから、ようやく声を出した。「ヨウコ?ヨウコなの?」
「サエ、お久しぶり」ヨウコは懐かしさでいっぱいになって言った。
「メガネは?髪を伸ばしたんだね」サエも懐かしそうに近づいてくる。
「少しイメージが変わっていたから……。でも元気そうだね」
「もちろん!サエも変わらない?」
「見ての通りよ。ちょっと待ってよ」サエはヨウコの傍を離れると奥に向かって声をかけた。「かあさん!ヨウコ、ヨウコが来てくれてるよ!」
「ヨウコ?」懐かしい声がしてシユがキッチンから顔を出した。
「おばさん!」ヨウコはシユに駆け寄った。シユはヨウコの顔を暫く確認してから「本当だ。確かにヨウコだ」と言って笑顔で両手を広げた。
 ヨウコは勢いよくその胸に飛び込んだ。ヨウコは自分の母に関する記憶を持っていなかったが、もし母がいたらこういう風に迎えてくれるのだろうと想像した。シユからは美味しそうな料理の匂いがした。
「何年ぶりになる?全然連絡もくれずに……」サエは少し怒ったように言った。
「そうだよ。何も言わずに居なくなってしまって、心配したんだよ」シユもヨウコに詰め寄ってくる。
「ごめんなさい」ヨウコは頭を下げた。「いろいろ事情があって連絡を取ることが出来なかったの。本当に心配をかけてごめんなさい」
「すごく心配したんだよ。だけど、何か大変な事情があるんだろうなとは思ってた」サエの顔は穏やかになった。
「ありがとう。でもサエ、私にはまだあなたに謝らなくちゃならないことがあるの」ヨウコは話を続けようとした。
「ヨウコ」サエは言葉を挟んだ。「そんなに謝らなくていいよ。そして私に対して全部喋らなくても構わないよ。私にとってヨウコは今目の前に立っているあなただけなんだから」
 ヨウコは自分の視界がかすみ始めていることに気がついた。
 涙?こんなことで?そんなバカな。ヨウコは自分をコントロールして、あらゆる感情を表現できる。そのように厳しい訓練を受けてきたし、自らもトレーニングを積んできた。
 一瞬歪んだように見えたヨウコの顔はすぐに平静を取り戻し、それに若干の笑みを付け足すこともできた。「ありがとう」ヨウコは静かに礼を言った。

 ガタン!その時大きな音がしてドタドタと階段を降りる音が響く。
「ヨウコだって?」190センチ以上ありそうな巨漢が廊下に顔を出し、ホールを覗き込んだ。
「リーダー!?」今度はヨウコが目を丸くした。
「ヨウコか?本当にヨウコか?シスカの言ったとおりだな。すこしイメージが変わった」クラモチは仁王立ちになって両腕を少し開いた。
 ヨウコはかなり戸惑ったが、やがて諦めてその大きな胸に飛び込んだ。
「久しぶりだな」クラモチはそっとヨウコの頭を撫でた。
 ヨウコにとって苦手な臭いがしたが、今日に限ってそれはどうでもよくなった。ヨウコはその胸に少しの間、顔を埋めた。それから顔を上げて訊いた。
「リーダーはどうしてここに?」
「あ?俺か?」クラモチはガラにも無く言い淀み、人差し指で耳の後ろを掻いた。そしてサエと目を合わすとサエが口を開いた。「私達、結婚したの。そういうことよ」
 ヨウコは暫くの間言葉を発せずにサエとクラモチを交互に見つめていたが、ようやく「おめでとう」と言った。
「そう、そういうことだ。だからお前の使っていた部屋を俺が使えるように空けてもらいたい」
 クラモチの言葉にヨウコはまた目を丸くした。「まだ私の部屋を・・・?」
「あんた、またこんな時にそんなことを・・・ヨウコの部屋はまだそのままにしてあるのよ」
「10年も?」
「いつ帰ってくるかわからなかったからね。それに部屋に余裕もあったし」
「そう。ありがとう」サエの言葉にヨウコの目元は再び緩む。自分がこんなに涙もろいなんて・・・ヨウコにとってそれは信じ難い事だった。
「おい、サエ、これは招集をかけなくちゃならんな」クラモチがサエに告げる。
「分かってる。ヨウコを知ってるマザー2のメンバーには声をかけるわ。もちろんOBやお馴染みさんにも。そして今夜は貸し切りね」
「そうしてくれ」
「え?」ヨウコは成り行きに付いて行けずヨウコの顔を見る。
「マザー2チームのメンバーに招集をかけるのよ。もちろん転勤したり引退した連中もいるけど、参加可能な連中には声をかけてお馴染みさんも入れて今夜は宴会よ。もちろん貸し切りでね」
「アツコも?」
「アツコにはもう伝えてある」後ろでシスカの声がした。クラモチの後を付いて2階からおりてきたようだ。「もう着くんじゃないか?すぐそこだから」そう付け足すとまた2階へと上がっていった。
 その時くぐり戸の開く音がして、すぐに大きな声が響いた。「ヨウコ!」アツコの声だ。ヨウコはすぐに振り返ろうとしたが、その間は完全には与えられなかった。斜めの体勢で激しいハグが襲ってきた。
「ちょっと、アツコ。苦しいよ」ヨウコは嬉しい悲鳴を上げた。
 長いハグになった。
「ヨウコ、いったいどこへ行っていたの?」アツコの疑問はもっともだった。ヨウコは順番にそれに答え、続いてアツコの近況に話題は移った。
 話を振られたアツコは遠慮がちに答えた。
「今?私は今艇長なんだ。ついこの間新造されたWR-4潜水艇のね」
「すごい!おめでとう!さすがはアツコね。じゃあ、艇長は?キリュウは?」
 アツコはチラリとサエの方を見てから答えた。「キリュウ?キリュウは今はしがない管理職、潜水艇チームのリーダーをやっているわ」
 ヨウコはサエの肩を抱くとアツコに背を向けて訊いた。「サエ、アツコ結婚は?」
「それがね。あの唐変木ったらなかなか告白しないのよ。アツコは待ってるっていうのにね」
「そう。それは残念」
「でも、もう時間の問題だと思うわ。もう外堀は完全に埋めたから」
 それを聞くとヨウコはクルリとアツコの方を向いた。そして今度はヨウコがアツコに抱きついて「そう!頑張ってね」と言った。アツコは恥ずかしそうな顔で応えたが、あとをクラモチが引き継いで解説した。
「マザー2は去年改修工事を行って電子機器は最新のものになっている。そしてWR-2は引退して最新型のWR-4を積載するようになった。それを機にアツコが艇長に抜擢され、キリュウはマザー1のWR-3も含めて統括する潜水艇チームのチームリーダーに任命されたという訳だ」
「今日は艇長、キリュウは?」ヨウコが訊いた。
「奴は来ない。奴は今、北西海に居るんだ」クラモチが答える。
「北西海!」思いもよらぬ答えにヨウコは驚いた。
「新しい調査計画があって、その下見に行ってるの」ヨウコが答えた。
「そう、それは残念だわ。どんな顔で2人が並ぶのか見てみたかったのに」
「別に見なくていいよ」アツコは恥ずかしそうだ。
「リーダー、あなたは?」ヨウコはクラモチの方を向いた。
「俺か?俺は何というか、まだ現場に置いてもらっている。だから相変わらずマザー2チームのプロジェクトリーダーだ」
「丘に上がれと言われているみたいなんだけど。この人、上の言うことを聞かないから」サエが話を補った。
「あともう少しだけわがままを聞いてほしいと申し入れている。無暗に後進を抑え込むつもりはない」
「リーダーらしいね」ヨウコはサエと顔を見合わせて笑った。
「それでキタハラは?キタハラは来れるのかな?」ようやくヨウコは気になっていたことを口にした。
 ホールのざわめきが消えた。
「え?」ヨウコは辺りを見渡しながら、小さくそして弱々しく声を出した。
 クラモチが顔を上げ喋ろうとしたが、それをサエが手で制した。そして静かに告げた。
「ヨウコ、キタハラは死んでしまったの。だからもうここへは来ることができないのよ」
『ヨウコは何を言っているんだろう・・・』全ての音が消えた。現実は遙か彼方に遠ざかった。ヨウコの頭脳は起こったことを冷静に分析し、適切に対応するために感情を制御しようとしている。
 しかし今は自分を自分ではない何かが勝手にコントロールしている・・・。それに抗う事はとても出来そうにない。涙が勝手に溢れてくる。激しい衝動か突き上げてくる。ヨウコはその感情の中に微かな喜びと安心、そして満足感が存在することに衝撃を受けていた。ヨウコはその微かな感情を嫌悪し呪った。そして感情は爆発した。
「アアアアア~~」肺にある空気が全て音になって吐き出された。
「ずっとシスカを愛してくれていたんだね。そしてシスカの命を助けてくれたんだね。ありがとう。ずっとお礼が言いたかった」サエはヨウコの肩をそっと抱いた。
「アアアアア~~」ヨウコは自分が肩をふるわせ声を漏らして泣いていることに気が付いた。ヨウコにとってこんなことは生まれて初めてだった。
 シスカと再会した時はなんとか抑えることができていた感情が、完全に制御できなくなっている。これを“嗚咽”というのだろうか。ヨウコは激しい感情の噴出を感じながら、それを止めることが出来なかった。
 サエはそんなヨウコのかたをそっと抱いてくれていた。長い時間そのままの体勢でじっと待ってくれた。
 感情が治まるまでにはさらに長い時間が必要だった。ようやく落ち着きを取り戻したヨウコはサエの肩からそっと顔を上げた。
「なぜ?どうして?」ヨウコの声はかすれている。
「もう2年になる。北極で救難活動中だった・・・」クラモチが苦しそうに答えた。
「北極・・・」ヨウコは放心したように言った。
「キタハラほどのベテランでも事故は起こる」クラモチがそう答えてから無音の時間が経過する。
 やがて「顔を洗いたいな」ヨウコがそう言うと、サエは無言で頷いた。
 ヨウコは洗面所へ入って顔を洗った。メイクはとりあえず諦め、涙の跡を洗い流す。10年間、いや、それよりずっと前からヨウコの中に溜まっていた涙が、全て流れ出したようだった。まるで巨大なロックフィールドダムが突然崩壊したように。
「サエの服、ずいぶん濡らしちゃったな」ヨウコは小さな声で他愛のないことを口にした。そして自分を理解してくれている人がいる。そのことがどんなに心安らかなことか、ヨウコは生まれて初めて実感した。
 気配を感じてふと顔を上げると鏡の中にシスカの顔があった。ヨウコの心臓は跳ね上がる。
「シスカ!」
 鏡の中のシスカは静かに微笑んだ。
「シスカ!シスカ!シスカ・・・」ヨウコは振り返るとシスカの胸に顔を埋めた。「ごめんなさい。シスカ・・・」ヨウコの涙は静かにシスカの胸に吸い込まれていった。

 一晩が経過しただけなのに、秋はまた一歩あゆみを進めている。
 ヨウコはシスカと並んでライトレールの駅に向かって歩いていた。昨日よりも空は一層高くなり、空気は微かに乾燥度を高め、温度は僅かに低くなったように感じられた。
 昨夜のコンサートのシスカは魅力的だった。以前は感じられた鮮烈さの中の荒削りな部分は経験に裏打ちされて消え去り、鮮烈さをより強く印象づけるように置き換えられていた。初々しさは、それを損なうことなく安定度を増していた。安定は聞いているものの神経を弛緩させ、より歌に集中できる環境を作り出す。プラチナブロンドの髪は優雅に揺れ、黒いワンピースやキラキラ輝くアクセサリーは落ち着きの中に華やかさを漂わす。向けられるオッドアイはヨウコの心臓をキリキリと締め上げ、艶やかな唇はヨウコを完膚なきまでに打ちのめし骨抜きにした。マザー2のメンバーやお馴染みさんとの気の置けない会話は懐かしく暖かかった。女4人での水入らずの会話は楽しかった。夜明けまでのシスカと2人だけの時間はまるで夢のようだった。永遠にこの時間がリピートされればいいのに、ヨウコは本気でそんなことを考え始めていた。でも朝目覚めてみると、空気は昨日とは確実に違っていた。地球は着実に公転と自転とを続けていて、それは誰にも止められない。
『私はここを去らなければならない』ヨウコの心に強い意思の渦巻きが中心を据えた。全ての雑念は中心に吸い込まれ、それに抗うことはできない。

 ヨウコはまた旅の続きを始めることにした。
 退職金はたんまりとせしめていたし、まだ会っていない人や風景、そしてそれらが作り出す新しい世界がたくさん残っている、そんな気がした。
 幸せは同じ物を繰り返すと薄まってしまう……。だから次々と新しい世界を求めて旅を続けていかなければならない、それがヨウコの持論だ。
 だが、薄まり方は人によって異なるのかもしれない。同じ幸せに見えてそれが繰り返しになるのかどうかは、それを感じる人によって異なるのかもしれない。ヨウコはそんなふうに感じ始めていた。
 でもヨウコにとって、それはもう薄まり始めているように感じられたのだ。
「パイロットは続けるつもり?」ヨウコはシスカに質問した。
「もちろん。苦労して取ったライセンスだし、それがキタハラの遺志だと思う。それにわたしはこの仕事が大好きだから」
「歌は?」
「続ける。歌はわたしの血だと思うから・・・」
「血・・・そういうの、私は好きだな」
「・・・」
「今度合うのは500年後かな」ヨウコはふと思いついてそう言った。
「うん」シスカは笑顔になり、はっきりと頷いた。
 それはあながち冗談とは思えなかった。
 ゆっくりとライトレールが近づいてきた。
 再会までの長い長いアプローチが始まった。



2015.03.20

ここまで読んでくださった方に感謝を込めて・・・

おわり
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「シスカ」エピローグの発表です。

 ついに完結してしまいました。色々と不満もありますが「シスカ」はこの回でおしまいです。拾えるだけ伏線を拾っています。残ったものもありますがサキの技量ではもう拾えません。もっとちゃんとプロットを立ててから筋を進めるべきだったかも、反省しています。でも、とりあえず完結です。

シスカlimeさん作420
このイラストの著作権はlimeさんに有ります。

 シスカのために始めたブログ・・・だったのですが、サキの頭の中からは彼女以外にもたくさんのキャラクターが生まれてきました。ですからシスカがちゃんと生きたんだからこのブログはこれでおしまい!という単純な構図では収まらなくなっています。生まれ出たキャラみんなに愛着がありますし、それぞれにちゃんと生きて欲しいと思う気持ちも強いです。その気持ちが続いている限り、このブログをそのキャラ達の生活の場にしておいても良いかも、と思っています。さらに新しいキャラも生まれて来るかもしれませんしね。今のところ・・・という条件付きですが(これ重要です)。

 エピローグまで読み通してくださるかたがどのくらいいらっしゃるか想像もつきませんが(数名でもいらっしゃれば驚きです)、ここまでお付き合いいただいた方にお礼を申し上げます。
 退屈な文章に貴重な時間を割いてくださいまして、本当にありがとうございました。これに懲りずまたサキを適当にかまってやってください。
 サキ自身がこのブログで生活しているように感じるほど、のめり込んでいると感じています。でもその割にレスポンスは鈍いです。体力的に高頻度の更新は難しいです。
 気長に、そして広い心でお付き合いいただければ嬉しいです。

「シスカ」エピローグ、お楽しみください。

 エピローグの後、打ち上げの松江旅行掌編をUPする予定です。こちらもお楽しみに!ではまた・・・。

山西 サキ

2015.03.19
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ガントレットトラック

offkai.png【オリキャラのオフ会】参加作品です。

 敷香(シスカ)は息を詰めて水面を見つめていた。
 薄い半紙で出来たおみくじは表面張力でようやく水面に浮いている。そのかろうじて船の役割を果たしているおみくじの上には百円玉が乗せられていて、自らの重みによって少しずつおみくじを水中に沈めようとしている。おみくじの船は微かな風の動きによってゆっくりとこちらに近づいてくる。少しずつ周りから水が入り始めた。侵入した水はついに百円玉に達し、それと同時におみくじを水中へ引き込んだ。
「3分28秒」クロノグラフを見つめていた敦子が声を上げた。敦子の浮かせたおみくじは徐々に遠ざかろうとしている。
「早いね!しかもすぐ手前じゃない。身近にいるってことかしら?」紗枝は自分のおみくじを見つめながら言った。紗枝のおみくじに乗せられた百円玉はかなり沈み込んでいる。
「でも、意外!敷香が一番だなんて」洋子がコメントを入れる。洋子のおみくじにはほとんど動きが無い。
「ほっといてくれ!こんなのただの偶然だよ」敷香は唇を尖らせた。

 *

 怜子はゆっくりと2回礼をした。そして柏手を打つ。平日ということもあるのだろうか、珍しいことに観光客の姿も無く、静かな境内に柏手の音だけが響く。手を合わせたままもう一度礼をして、頭の中で願い事をとなえる。静かに礼を終えると怜子は社務所で薄い半紙のおみくじを買った。
 本殿から裏手に抜けて暫く小道を進むと森の中に小さな祠がある。その祠の傍には「鏡の池」と呼ばれる神池がある。「鏡の池」は稲田姫命が、スサノオノミコトに勧められ、この社でヤマタノオロチから身を隠している間、鏡代わりに姿を映したと伝えられるもので、良縁占いで有名だ。
 占いの方法は簡単だ。社務所で売られている薄い半紙の中央に、小銭を乗せて池に浮かべると、お告げの文字が浮かびあがり、やがて池の中へ沈んでゆく。沈むまでに紙が遠くの方へ流れていけば、遠くの人と縁があり、早く沈めば、早く縁づくといわれる。
 怜子が森の中を進んでいくと、しめ縄が渡されたその池の淵には4人の女性が佇んでいた。池の淵に近づこうとした怜子は、ドキリとして一瞬立ち止まった。立っている3人のうちの1人の女性の髪が真っ白だったからだ。日が差し込んでくるとその白に近いプラチナブロンドの髪はキラキラと輝いた・・・それは実に華麗な、そして不思議な光景だった。4人の女性は一緒に旅行している仲間らしく、立っている3人は会話を交わしている。髪の白い女性は外国人かと思っていたが日本語で喋っている。1人だけしゃがんでいる女性は、水面をじっと見つめていて、池には半紙のおみくじが1つだけ孤独に漂っている。怜子は立っている3人の分はすでに沈み、しゃがんでいる彼女の分が沈むのを待っているのだと推測した。そして心を落ち着かせると何事もなかったかのように池の淵にしゃがみこんだ。
 怜子は自分の半紙のおみくじに、ポケットから出した百円玉を乗せて水面にそっと浮かべた。チラリと腕の時計を見る。半紙に文字が浮かび上がる。それは怜子にとって嬉しい予言だった。それに“吉”とある。しゃがんでいる女性がチラリと視線を向けてきた。彼女のおみくじはまだ浮かんだままだ。
 怜子は息を詰めて水面を見つめた。表面張力でようやく水面に浮いている薄い半紙のおみくじは、ゆっくりとこちらに近づいてくる。少しずつ周りから水が入り始める。そしてゆっくりと回転を始めると水をまきこみながら優雅に沈んでいった。時間にして2分弱といったところだろうか。祈るように両手を組み合わせていた怜子はホッと溜息を洩らした。
 隣にしゃがんでいた女性のおみくじはまだそのまま水面を漂っている。怜子はそっとその場を離れた。

 怜子は鳥居をくぐって道路に出るとバス停に向かった。停留所のポストは鳥居から少し離れた広場の隅に立っている。怜子はバス停のポストの下に付いている時刻表を覗き込む。「あれ?」時刻を確認しながら怜子は思わず気落ちした声を出した。次のバスまで30分以上時間があったのだ。さっき出たばかりのようだ。「まぁいいよね」怜子は傍の待合室のベンチに腰掛けようと向きを変えた。
 その時エンジンの音がして一台のステーションワゴンが停車した。助手席の窓が開いてさっき池の淵でしゃがんでいた女性が顔を覗かせた。利発そうな目が印象的だ。
「どちらまで行かれるんですか?」にこやかに声をかけてくる。
「え?」怜子は意味を計りかねて答えに窮した。
「松江の街中までなら送っていきますよ。よかったら乗っていませんか?」
「でも・・・」
「あ、怪しい物じゃないです。私達女ばかり4人で北海道から来たんです。のんびりとした旅行だから遠慮はいりませんから」
 こうにこやかに誘われると怜子は断る理由を思いつけなくなった。そして「本当にいいんですか?それじゃぁ、お言葉に甘えちゃおうかな」と遠慮気味に言った。
「どうそ!遠慮しないで・・・って、私の車じゃないんだけどね」と片目をつぶる。怜子は吹き出してしまった。
「じゃぁ、ここに乗ってください。私は後ろで3人で座るから」
「あ、そんな・・・」
「いいからいいから」彼女はさっさと車を降りると後部座席に座った。
「すみません」開いたままになったドアから車に乗り込むとドライバーズシートではさっきのプラチナの髪の女性がハンドルを握っていた。「どうぞ、遠慮しないで」つっけんどんだが温かみのある喋り方だ。そして目を合わせて驚いた。『オッドアイなんだ』彼女の瞳は左が明るいブルー、そして右が焦げ茶だった。
 真後ろの席に移った彼女を中心に会話を交わすうちに、和菓子職人をしている彼の家まで送ってもらうことになった。彼女は話の誘導が上手で、いつの間にかそういう話になってしまったのだ。プラチナの髪の女性は怜子が告げた住所をカーナビに手早く入力すると車を発進させた。
「あ、そうそう自己紹介がまだだったわね」後ろの席に移った彼女がシート越しに話しかけてくる。「横でハンドルを握っているのが敷香」敷香は運転しながら軽く頭を下げた。短めのプラチナのボブが揺れる。「変わった名前でしょ?でも気にしないで。後ろの真ん中が紗枝」
「こんにちは」紗枝が笑顔で挨拶をする。長い髪と切れ長の目に大きな瞳が素敵だ。
「そして窓側が敦子」
「敦子です。よろしくね」顔つきからの想像どおりの可愛い声だ。
「そして私が洋子」洋子は簡単にメンバーの紹介を終えた。
「私は怜子といいます。大学生です」怜子は振り返って頭を下げた。
「皆さんは北海道からこの自動車で?」怜子は質問した。
「そう」洋子が答える。
「ずっと走って来たんですか?」
「まさか!小樽から敦賀まではフェリーで、そこからは京都経由で日本海沿いをドライブしてきたの。敷香がいくらでも運転できるから私たちは楽チン。彼女、ヘリコプターのパイロットなの。だから運転が好きなのね」
「へえ!」怜子は驚いて隣を見た。敷香は関心の無い様子で前方を見つめている。
「あ、ついでだから紹介してしまうね。敦子は船のオペレーター、紗枝はレストランをやってる。そして私はしがない国家公務員」
「バラバラですね」
「そう、でも何となく友達としてまとまっているの。不思議でしょう?」
「女子会旅行みたいな感じですか?」
「そうね。この旅行は私達4人が係っていた大きなプロジェクトの打ち上げなの。何とか無事に終わったから羽を伸ばそうってわけ」洋子が答える。
「まずは出雲大社だと思ったんだけど、八重垣神社の恋占いの噂を聞いて、先にこっちへやって来たのよ」紗枝が言葉を繋げた。
「でも地元のあなたがわざわざ八重垣神社に詣でていたのはやっぱり恋占い?」敦子が興味津々で聞いてくる。
「ええ、まぁ」怜子は言葉を濁して話題を振った。「洋子さんのおみくじは上手く沈みましたか?」
「やっぱり見てた?」洋子が答えるまでに一瞬の間があった。
「敷香のおみくじが一番早くて3分28秒。次が紗枝で4分54秒。私が7分16秒。そして洋子は・・・」敦子は言葉を止めた。洋子が睨んでいたのだ。
「実はね、あなたがやって来たとき私たちはもう1時間以上あそこで待っていたのよ」紗枝が言葉を続けた。
「1時間以上!ですか?」
「悪かったわね。だから最後は指でチョイっと・・・」洋子が言った。
「え!突っついたんですか?」怜子は呆れた声を出した。
「いくらのんびり旅行でも限度があるわ。感謝なさい。あんなところで暗くなるまで待ってられないでしょ。ええ!そうなの。私は一生結婚なんてしないのよ」洋子は開き直ってしまった。

 *

 敷香はあらかじめセットされていた玉造温泉をカーナビに呼び出すとガイドを開始した。
「どうもありがとうございました」「またぜひいらしてください。次は町を案内しますよ」車の外で怜子と怜子の恋人と思われるルドヴィコが頭を下げている。怜子はあくまでアルバイト先の同僚として紹介したが、2人はどう見ても恋仲だ。『気づいていないのは怜子だけじゃないのか?』鈍い敷香ですらそう感じていた。
「こちらこそご馳走様でした。怜子、今度は2人で北海道にいらっしゃい。案内するわ」洋子が助手席で、後ろの座席では紗枝と敦子が頭を下げている。
「じゃ、出すよ」敷香は車を発進させた。
 リアウインドウには見えなくなるまで並んで頭を下げている2人の姿があった。
「松江で和菓子職人のスイス人に合うとは思わなかったね」洋子が言った。
「それがまた日本人より日本的で、すごく素敵だった。怜子とお似合いだわ」紗枝が答える。
「だって、怜子のおみくじ、あっという間に沈んだじゃない。しかも怜子の目の前で」敦子が付け加える。
「ええ、ええ、どうせ私のは沈みませんでしたよ」また洋子が拗ねてしまった。

 敷香は鮮やかなハンドルさばきで車を進めていく。だが広い道路に出てから徐々に車速が落ち、やがて信号待ちの列に取り込まれてしまった。松江の町は夕方のラッシュにかかり始めたようだ。さっきまで騒いでいた3人もウトウトしているようで静かになった。さすがに旅の疲れが出始めたかな。敷香はそんなことを思いながらふと視線を右に向けた。
 敷香の運転するレヴォーグの右側は右折車線でシルバーのベンツが並んで止まっている。運転席には濃いグレーのスーツをきっちりと着込んだ運転手が、生真面目な視線を前方に向けている。ベンツが僅かに車間を詰めたので後部座席が真横に並んだ。
 何気なく視線を右に向けていた敷香は目を疑った。後部座席には真珠色の長い髪の女性が優雅に座っていたのだ。向こうも驚いたのかこちらを見て、目を見開いた。なんとオッドアイだ。左側はサファイアの青、右目はルビーの深紅。敷香も多分大きく目を見開いたのだろう。2人は暫くの間見つめ合うことになった。
 信じられないことだった。自分と同じ白い髪とオッドアイを持つ女性に日本で、しかも一地方都市である松江で出会うなどということがあり得るのだろうか。しばらく見つめ合うと、女性は微かに不敵な笑みを浮かべてから視線を外し、向こう側に座っている金髪の大柄な男性の方へ顔を向けた。
 オートクルーズが前車の発進を告げた。敷香は慌てて視線を前方へ戻し、アクセルをそっと踏んだ。レヴォーグは車速を上げた。

つづく、のか?

2015.03.21
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【オリキャラのオフ会】参加作品発表です。

うわっ!大変です。彩洋さんの作品がUPされて焦らざるを得なくなりました。 offkai.png

【学院七不思議シリーズ】番外編・松江ループ(1)始まりは露天風呂~学院の8つ目の謎と闘え!~

実は、夕さんの松江オフ会の企画作品、書き上がっていたのです。
で、後はゆっくり“先”に校正と推敲をしてもらおうと思っていたのですが、彩洋さんの作品ではどうやら敷香(シスカ)に何らかのアクセスがありそうです。その部分を彩洋さんが発表されると、今書き上がっている作品との整合性が心配になってきたのです。書き上がっていなければ、楽しみにお待ちすれば良いのですが、もう書き上がっていますので上手く繋がらなければちょっと困りますよね。同じ時間の中を動いているのですから。それにお話しを展開できる名所も限りがありますし・・・。
で、“先”に至急で校正と推敲を要請しました。文句を言いながらも事情を理解して、ちゃちゃっと見てくれました。「もっとゆっくり読みたかったな」と言われましたがやむを得ません。
というわけで、scribo ergo sumの八少女夕さん企画の【オリキャラのオフ会】、『島根県松江にて』、への参加作品発表です。
よろしければ下のリンクからお進みください。

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インフルエンザですって・・・

だるいので病院に行きました。どうしたんだろうと少し心配していましたが、インフルエンザだそうです。
熱もそんなにないし節々が痛いわけでもないのに。
B型?AだかBだか知らないけどコイツのせいか。
ある意味安心しましたが、これはこれで油断できません。
早く寝ることにします。
あぁ・・・コメントしたい記事があるのに、でもだるいから寝る!!!
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物書きエスの気まぐれプロット(16)

「どうしたんだ?寝てたんじゃないのか?」リビングに入ってきたダイスケはモニターの前に座っていたエスに声をかけた。
「寝てたらさ。モヤモヤとアイデアが湧いてくるんだけど、まずまとまらないんだよね。だからチョコチョコッと文字にしてたんだ。でもこのお話、寝床で読んだ小説のシチュエーションを取り出して、サキなりに書き換えただけのものだから、このまま見せられない。知識が無いから正確でないし、断片だし・・・それにね」エスはダイスケを見上げながら続けた。「ウチがブログにインフルエンザだって書いたら、ブロともさんのコメントでさ。こういうときにかぎって小説のアイデアがどんどん出たりするんだけど、「攻殻機動隊」のバトーさんふうにいえば、『それはアイデアじゃねえ、死神、ってやつだ』だって・・・だからこの断片は死神なの」
「それはアイデアじゃねえ、死神、ってやつだ」ダイスケは低い声でそう言った。
「似てねぇ・・・」エスは顔をしかめる。
「そんな顔をするなよ。でもそれはおとなしく寝てろって意味なんじゃないのか?」ダイスケはエスをコタツへ押しやった。
「駄目だったら!」
「堅いこと言うな。じゃぁ、その死神とやらを見せてもらおうか」ダイスケはモニターの前に座った。「ファーキンか。スホーイだな?」
 エスは諦めたのか肩をすくめると、コタツにもぐりこんだ。

Firkin(ファーキン)


 エルロン(補助翼) とは飛行機をバンク(横転、ロール)させるのに使う動翼である。左右の主翼後縁の外側に取り付けられており、機体の前後軸を中心とした回転運動を制御する。

 ラダー(方向舵)は飛行機の操縦に用いる動翼の一つである。左右の首振り運動(ヨーイング)を起こしたり止めたりすることに使う。主翼の補助翼と併用して、定常釣り合い旋回をする。

 エレベーター(昇降舵)は、飛行機の操縦に用いる動翼の一つ。機体の左右軸を中心とした動きを制御し機首上げ、機首下げの姿勢にするために使う。
(Wikipediaより)



 2機来る!
 右へロール。でもこれはフェイント。
 1機は右へ流れた。残ったのは1機。
 すぐに反対へロール。左下へほとんど背面でダイブ。ついてくる。おいで・・・おいで・・・
 ラダーをあてる。エアブレーキ。急激に減速。もう1段、フル。詰まった。エレベーターフルアップ。スロットルオフ。ラダー。体が浮く。
 ストール。機体が方向を変える。フルスロットル。
 相手の横っ腹が見えた。撃つ。撃つ。コックピットに弾が吸い込まれていく。キャノピーが赤く染まる。やった~。快感!快感!
 墜ちる。舵は?まだか。
 ガン!ガン!ガン!衝撃。撃たれた?ばかな?どこから来た?裏からか?コックピットの中を何かが跳ね回ってる。
 舵が戻った。左へ急旋回。ロール。居た。ターン。この野郎!撃つ。撃つ。撃つ。お返しだ!相手が火を噴いた。ヒャッホ~!離脱。反転して下を確認。ゆっくりと姿勢を戻す。辺りを確認。機影は見えない。
 まずったな~。アタシは思い切り顔をしかめた。
「エクレア。まだ飛んでいるか?」無線が入った。
「ガリレオ。飛んでいる。今のところ2機」
「こっちも2機、状態は?」
「えっと」アタシは少し間を置いた。「BB、オキナワは雪」
「どこだ!」ガリレオの声が慌てている。“BB”は「一部に損傷」“オキナワは雪”は「緊急着陸を要請する」というコードだったからだ。腹側から主翼を打ち抜かれている。どこか油圧系統もやられて油圧が下がっている。燃料系もエラーが出ている。胴体にも喰らったようだ。もってくれると良いんだけど。
 それにさっき跳ね回った何かがどこかに当たったらしい。ラダーが思うように操作できなくなってきた。さっきまで大丈夫だったのに。
 ガリレオが上がってきて右に並んだ。アタシはガリレオに向かって手を振った。
「エクレア、46ベースに降りる。そのままついてこい。周波数を939へ」
「了解」アタシは短く返事を返し、周波数をセットした。そしてそのままガリレオの左側に並んで雲の中へ降りていった。

 雲の下の天気もそう悪くはなかった。
 夕方が迫ってきているのか、前方に広がる雲がオレンジ色に染まり始めている。
 もう夕方だったっけ?ガリレオが真横に並んできた。こっちを覗き込んでくる。アタシはガリレオに向かってもう一度手を振って見せた。
「エクレア、安全空域に入った。無線の制限は解除だ」ガリレオが無線を入れてくる。
「了解、ガリレオ」
「基地とは連絡を取った。機体は滑走路の軸線に乗っている。このまま進入する。ついてこい」
「了解。真っ直ぐなら問題ない」
「大丈夫そうだな。だが主翼と胴体に幾くつか穴が開いている」
「畜生!腹側から撃たれた。何やってたんだろ。信じられない。とんだへまやっちゃった」アタシは声を振り絞った。
「オイルが漏れているかもしれない。コントロールは?」
「ラダーが上手く使えないみたいだ。あとはやってみないと」
「油圧は?」
「少し下がっているけど何とかもたせる」
「ストールを使ったのか?」ガリレオが訊いてくる。何もかもお見通しだ。アタシは返事をすることが出来なかった。
「そいつは最後までとっておけと言ったろう?ストールしてから舵が効くまで無防備になる」
 アタシは言い訳をすることが出来ない。でもこれまでこれで生き延びてきたんだ。
 ガリレオが少し離れて前方に出た。
 アタシはコックピットを覗き込まれなくなったのでホッとした。腰から下が冷たくなってきた。でも真っ直ぐなら問題ない。問題ない。
 徐々に高度が下がる。下は海岸線から内陸に入り田園が拡がり始めた。遠くに小さく町が見える。滑走路までまだあるのかな?日が沈もうとしているのか、徐々に明るさが落ち始めた。誘導灯を早めに点けて欲しいな。
「ガルレオ、誘導灯を点けるように言ってほしい」
「なんだって?エクレア、繰り返してくれ」
 下半身ばかりでなく痺れと冷たさは徐々に拡がり始めた。太陽は完全に沈んでしまったのかな。辺りはどんどん暗くなる。
 どうしたんだろう?滑走路は?誘導灯は?
「ヨシダさん・・・あと・・・どれぐらい?」
「あと3キロ、いや2キロだ」
「ああ、もう・・・」
「どうした?」
 アタシの体はゆっくりと左へ傾き始めた。
「おい!そっちじゃない。戻せ!エクレア!エクレア!」
 無線機からは叫び声が聞こえる。
「カンザキ!上げろ!カンザキ」
 アタシを呼んでいる。
 でもアタシにはどうする事も出来なかった。

Fin

2015.03.30(エスの誕生日)
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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
ようこそ!


頂き物のイラスト

アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
天使のささやき_limeさん2
limeさんのイラストをイメージにSSを書いてみました。「ダイヤモンド・ダスト」
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