Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

物書きエスの気まぐれプロット(番外)新しい年

HARTS Field

「トロ!」タモは無遠慮にトロの工房に入っていくと辺りを見回した。工房は入り口より1段低い半地下になっていて中央にはトロのトロッコが置かれている。タモの改造の後を追い、或いは彼女独自の工夫で次々と改造を重ねてきたトロッコだ。タモがそれを真似ることもあり、商売敵の2人はお互いにライバルでもあったが良き協力者でもあった。
 タモはそのトロッコを見下ろしながら工房を巡る回廊を回り右手の階段に向かった。工房の隅には大きなテーブルがあって、いつものように肩まで届かないくらいの真黒な髪の女性が座っているのが見えた。
「あけましておめでとう」タモは新年の挨拶をした。
 そう、今日は新しい年の始まりの日だったのだ。
「タモ。早いね。まだ夜明け前だよ?」大きな焦げ茶色の瞳を輝かせながら挨拶を返す。
「どうせ夜更かしをしてるんだろうと思ってね」
「そうだね。いつも片付けものをしているうちに新年がやってくるよ」と少し首を傾げて微笑む。
「トロは追い詰められるまで片付けないからなぁ」そう言いながらタモは階段を降りた。
「それ、どういう意味?」
「はは、そのままの意味。でさ、トロは?」
 一瞬間があって「気づいていたの?」顔からは笑みが消えた。
「小さい頃からずっと一緒に育ったんだぜ。わかるさ!トモ」タモは悪戯っぽく笑うとトモの正面に立った。
「そう……」トモは視線を少し下げた。
「あらためて、あけましておめでとう!トモ」タモは顔を覗き込む。
「“前世”が作った歴を祝う必要はないよ……何の意味も無い」トモは一層視線を下げる。
「でも新しい年が明けてめでたいじゃないか、意固地になる必要は無いよ」
「何がめでたいの?終末が近づいただけじゃない」とうとうトモは後ろを向いてしまった。タモは両手を肩の上で広げお手上げのポーズをした。
「ところで、どうしてトモがここにいるんだ?トロは?」
「話を聞いてもらいに寄っただけ。トロはすぐに戻ってくる」
「なんの話を?」
「新しいエンジン」
「ロケットエンジンのか?!」タモの目が輝く。
 トモは背中で小さく頷いた。
「その話はぜひ後で聞かせてくれ。で、トロは?」
「すぐに戻ってくる」トモはチラリとタモを見てから目を伏せた。
 その時「遅くなってごめん」聞き覚えのある声がした。「あれ?タモ、来てたんだ」トロが回廊を回り込んで階段を降りてくる。
「あけましておめでとう」タモは新年の挨拶を繰り返した。
「あけましておめでとう!いい年になるといいね」トロは明るい声で答えると大きな焦げ茶色の瞳を輝かせた。


「ふう」エスはキーボードから手を離して顔を上げた。デスクトップに置いておいた時計が今午前零時を過ぎたのだ。
「あけましておめでとう」エスはモニター越しにダイスケとケイに挨拶をした。
「「あけましておめでとう」」2人もテレビから顔を戻すとエスに挨拶をした。
「ふつつかな娘ですが、本年もよろしくお願いします」エスは神妙な顔でそう言ってから、少し照れたように微笑んだ。
「何を言ってるんだ。こっちこそよろしくな」「よろしくね!」
「エス、一段落付けてコタツに入りなさいよ。ミカンを食べない?」ケイが声をかけた。
「食べよう食べよう。それに少しおせちももらって良い?」エスはPCを離れるとコタツに足を突っ込んだ。
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8767 Commontern (前編)

 まもなく国境だ。
 丘の間をいくつものS字カーブで抜け、アップダウンを繰り返し、かれこれ1時間以上走り続けている。ペースは落としてくれているのだろうが、ついていくのが大変だ。「ほんと、好きだなぁ」ヤキダマは右に左に車体を傾けてコーナーを抜けて行く深紅のバイクのお尻を眺めながらヘルメットの中でつぶやいた。
 と、前のバイクがスピードを落とした。右手をアクセルから離して軽く手を上げている。休憩の合図だ。
 前方に信号機があることを示す標識が右側を通り過ぎ、ヤキダマもそれに合わせて速度を落とした。
 やがてセンターラインを挟んで隣り合っていた対向車線が離れていき、走行している車線と交差して十字路になっている地点に差し掛かった。十字路には信号機が立っていて赤が点灯している。国境を示す標識が交差点のすぐ横に立っているので、青になったらそのまま国境を越えることができるようだ。深紅のバイクはその手前に設けられたパーキングスペースに停車し、ヤキダマも続いて自分のバイクを横に並べた。
 深紅のバイクのライダーはサイドスタンドを下ろすとエンジンを止めヘルメットを脱いだ。サラッとしたオカッパの髪が流れ出す
「相変わらずコトリは速いな」ヤキダマはヘルメットを脱ぎながらコトリに声をかけた。
 コトリは頭を振って髪の毛の形を整えると、ヤキダマの顔を覗きこんで「走りすぎたかな?大丈夫?」と訊いた。
「大丈夫さ!僕だって600マイルを1日で走った事があるんだからな」ヤキダマは少し虚勢を張った。
「いつのことだと思ってるの?あれから6年以上たってるんだよ」コトリはそう言って小さく笑った。

 もう新婚旅行に出てから1週間になる。どこにしようか?とヤキダマがコトリに尋ねたとき、彼女はヤキダマに任せると言った。しかしそれにはバイクで行けたら最高だな、という付帯意見が付いていた。ヤキダマがその意見を無視するはずも無く、自分の希望と上手く付き合わせてひねり出したプランは、フェリーを使ってベクレラの大陸側に渡り大自然を満喫し、その後オルガノ島へ渡り南下、国境を越えてキタカタへ入り、キタカタ最南端の街からまたフェリーを使ってカンデまで帰るというツーリングプランだった。
「国境を見に行こう」ヤキダマがそう提案した時、実はコトリは一瞬静止した。そして静かに頷いたのだ。スケジュールの関係でベクレラからイルマに向かって国境を越えることになった時も「方向は関係ない」という返事だった。
 国境が開放される前、ベクレラとの国境紛争を抱えていたあの時代、軍は国境を守るために強大な権力を持っていた。
 先の大戦でイルマを戦勝国に導いた功績も相まって、軍は敵国ベクレラに対して大量破壊兵器NAGI、そしてB94型戦略爆撃機ピースキーパーと矢継ぎ早に開発し、実戦に投入しようとしていた。
 国境紛争を優位にするために開発されたその新兵器の実戦投入テスト中の事故、それがコトリの家族全員の命を奪い、跡形も無く蒸発させるという結果をもたらしたのだ。
 軍の激しい抵抗があったと噂されてはいるが、ベクレラとの国境紛争が両国の痛み分けという形で平和裏に終結した現在、この開放された国境を見てみたい、通過してみたいとコトリが考えるのは当然と思えた。
 感情を表に出さず静かに頷く顔を見てヤキダマは、コトリの思いをくみ取ることができたような気がしてとても嬉しかった。
 国境はパーキングエリアの先、信号機のある交差点の中央を左右に横切っているはずだ。以前は国境軍に守られ、国境警備隊によって厳重に警備され、何人も通過することができなかった国境は、現在は簡単な標識によって存在を示しているだけで、信号が青になれば自由に何の障害も無く通過できるのだ。

 小さく笑ったコトリは続けて顔を上げると国境線の方をぐるりと見やった。このあたりは冬の間気温が低く風が強い日が多いせいか、背の高い木は生えていない。ただ若草色の丘の連なりが彼方まで続いているだけだ。その中をイルマの方から国境線を越えて大型トラックや乗用車の列がやってくる。信号が変わると今度はベクレラの方から大型トラックや乗用車の列がイルマの方へと国境を越えて行く。コトリはそんな様子を長い間ただ黙って眺めていた。
 ヤキダマはそんなコトリの隣に立ち、時々コトリの様子を気にかけながら国境線を眺めていた。
「国境だから信号機があるのかな?」ヤキダマは何気なく疑問を口にした。
「国境としてはこの信号機すらもう必要ないみたいだよ」コトリが答えた。
「じゃぁなぜなんだろう?」
「ヤキダマ、ここまで道路のどちら側を走ってきた?」コトリがヤキダマの方を向いてまた小さく笑った。
「え?あ!そうか。国境で右側通行から左側通行に変わるのか」
「そう。だから車線が交差していて、そのために信号機があるの」
「右側通行だからということは知識としてあっても、国境で切り替わるなんてこと、気にしたこともなかったな」
「あっちはイルマだからね」コトリは優しい感じでそういうと空を見上げた。
 それはコトリが亡くなった家族の事を想っている時の仕草だったので、ヤキダマはただ黙ってコトリの好きなようにさせていた。
 空は抜けるように青く、果てしが無かった。はるか上空では小さな鳥が速い調子で鳴き声を上げていたが、信号が変わると自動車の音にかき消された。自動車が走り去るとまた鳴き声が聞こえ始める。静かだ。やがて小鳥は急降下して若草色の草原の中に消えた。
「行こうか」コトリがヤキダマの方を向いた。
「いいのか?」相変わらずワンパターンだな・・・そんなことを考えながらヤキダマはバイクに跨った。



 ヤキダマはピットのドアの前で立ち止まると暫く躊躇してから、やがて覚悟を決めてドアをノックした。
「ヤキダマ?」コトリの声がする。
 相変わらず“ヤキダマ”だ。本名で呼び合うという試みは、暫くするとまた元に戻ってしまう。「うん」ヤキダマは少しはにかみながら返事をした。
「どうぞ、入って。いま、誰もいないから」
 ヤキダマは深呼吸をするとドアを少し開けて部屋に入った。
 ピットの中には真っ白なドレスをまとったコトリが座っていた。店の常連が特別に用意してくれたドレスだ。
 化粧も髪のセットもすっかり終わって、後は立ち上がるだけになっている。
 コンステレーションの常連には美容師や理容師、コーディネーターもいる。そいつらにスギウラ先生まで加わって、よってたかってコトリをメイクアップしたのだ。スギウラ先生はコトリが世話になった女性弁護士で39歳独身、もちろん店の常連だ。
 ほっそりとしたコトリの体には、生地の良さを生かしたシンプルなドレスがとてもよく似合っていた。何度か試着しているのを傍で見ていたが、今日のコトリは全然違って見える。白い物が混じっていた髪は黒く染めたのだろうか、白い髪飾りがその若々しさをいっそう引き立たせている。
「・・・綺麗だ」口の中で呟いたつもりだったが口に出ていたようだ。コトリの頬がほんのりと染まる。
「ありがとう」コトリが微かに頭を下げ、そして小さいがはっきりとした声で続けた「わたしがこんな格好ができるなんて夢にも思わなかった。ヤキダマがここまで連れてきてくれたんだよ。あの高熱で焼かれたわたしの家から・・・」
 ヤキダマは一瞬、初めて出会った時の全てを拒否するようなコトリの顔を思い浮かべた。「僕こそ礼を言うよ。僕と出会ってくれてありがとう。本当にうれしいよ」
「わたしも嬉しい」コトリは顔を上げた。
 あの時とは違う、全てを受け入れてくれたコトリの顔が目の前にある。
 2人の目があった。
 ヤキダマは姿勢を低くするとゆっくりと顔を近づけた。
 そして自分の唇をそっとコトリの唇に重ね合わせる。軽く触れるぐらいに。
 一瞬でコトリの息づかいと体温を感じとると、ヤキダマは唇を離した。
「じゃ、そろそろ行くよ。またあとで・・・」
「うん」コトリは頬を染めたまま頷いた。



 ヤキダマとコトリは国境を越え、夕方マサゴの街に入った。予約しておいたホテルは街の外れに最近建てられた近代的なもので、2人が想像していたよりずっと居心地が良さそうだった。
 ヤキダマはチェックインの手続きを終えると、フロントクロークに声をかけた。「このあたりで夕食のとれる店はありますか?」
「当ホテルのレストランもございますが?」フロントクロークは如才なく返答を返したが、ヤキダマは「地の料理が食べたいんです。お勧めの店を紹介してもらえませんか」と言った。
「そうですね。地元の人がよく通うお店があるのですが、そこをご紹介しましょう」そう言うとフロントクロークは簡単な地図を書いてくれた。徒歩で10分かからないということだった。
 バイクを指定の駐車スペースに移すと2人は一旦部屋に入った。そしてシャワーを浴び、暫くくつろいでから紹介された店に向かった。ホテルを出て少し歩くと通りに出る。通りの一方は街の外へ向かって伸びており、反対側には大きな交差点が見えている。2人はその大きな交差点に向かって並んで歩き始めた。
 ヤキダマがフッと立ち止まった。コトリもそれにつられて歩みを止める。
「ここにフェンスと町のゲートがあったんだ」ヤキダマが記念碑の様な物に書かれた文字を読みながら言った。
「フェンス?ゲート?」コトリがそっと寄り添う。
「そう、まだここが国境の緩衝地帯のど真ん中だったころ。セーフティーゾーンと緩衝地帯を区切っていたフェンスがここにあったんだ」
「聞いたことがある。夜間にフェンスの外側に出たら国境警備隊に狙撃されるって・・・」
「国境紛争のあったころは、ここより外側を夜間にうろついたら射殺されても文句が言えなかったんだ」
「でもわたし達の泊まってるホテル、ここより外側だね」
「紛争が終わってフェンスが撤去されてから街が広がったみたいだな」
「だからあんなに新しいんだ」
「ええっと」コトリが納得したところでヤキダマはさっき書いてもらった地図を取り出した。
「こっちでいいみたいだ」ヤキダマは交差点に向かって歩き始めた。
 交差点では、路面電車の線路が走る広い通りが交差していた。歩行者用の信号は赤で、真ん中をモダンなデザインの電車がゆっくりと通り過ぎて行く。通りの向こうはアーケードになっている。
 信号が青に変わった。
 2人は横断歩道を渡りアーケードの中へ入って行った。アーケードは歩行者専用道路で、200メートル程続く商店街になっていた。
 ヤキダマは地図を見ながら“19番”と書かれた看板に近づいた。

8767 Commontern (後編)へつづく
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15000HIT企画作品第2段の発表です。

随分長い間お待たせしてしまいました。リクエストをいただいていた大海彩洋さんにはお詫びを申し上げます。

ということでようやく書きあがったのですが、彩洋さんからのリクエスト。

コトリにします!コトリでもサヤカでもいいのですけれど、やっぱりコトリ、って呼んでいていいのですよね。で、これって無謀なお願いでなければ、ぜひ、結婚式の話なんか……だめかしら? あるいは結婚前夜、とか。
…・・ど、どうでしょうか??


ということは、キャラクターは「コトリ」、そしてお題は「結婚式」ということなのかな?ということで・・・
実はちょっと悩んでいました。結婚式?どうやって書こう?
サキにとって書けるだけの経験が無いんですよ。先は何度も出席した経験はありますが、もう一つ頼りないし。自分の結婚式なんて緊張してちゃんと覚えてない、などとほざきますし、役に立たないんです。
で、一生懸命考えた末、仲間たちの手作り結婚式という形にして経験不足を補おうと考えました。それに、以前から構想に有ったストーリーを絡めて書くという形を取ったので、思ったより長くなってしまいました。
ですから推敲の関係もあって2回に分けさせていただきました。今日のところは前編だけの発表です。
だらだらとヤキダマを追いかけるメリハリの無いお話になってしまい、単独で読まれる方には退屈かもしれませんが、もちろん単独でも読むことは出来ます。
そして「254」シリーズを読まれた方にははめ込んだギミックなどを楽しんでいただけるかも、と思っています。
また、お話の底に流れる“抑圧からの解放”みたいなことについても少し触れています。コトリとヤキダマの顛末と合わせてお楽しみいただければ幸甚です。

「254」シリーズに興味を持たれた方はこちらのリンクから。
254
254 enhanced
720(Seven two zero)
1006(ラグランジア)

そして最新作15000HIT企画作品第2段へはこのリンクから。
8767 Commontern(前編)

そして次はlimeさんのリクエストにお応えすべく書いていきます。
limeさん、長らくお待たせしています。
もうしばらくお時間を頂戴しますが、ちゃんと仕上げるつもりですので、よろしくお願いします。

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8767 Commontern(後編)



 バイクショップ・コンステレーションの店内は常連客でいっぱいだ。店の前の駐車場はおろか、道路にもはみ出さんばかりの勢いだ。驚いたことに全員がフォーマルだ。普段のむさ苦しい格好が想像できないほど、今日はきっちりと決めている。
 ヤキダマはコトリがいつも寝床にしていた台の上に立って、花嫁を待っている。横には立会人のスギウラ先生が並んでいて、台のすぐ前にはヤキダマの両親や妹のコダマの顔も見える。コダマはチラリと腕時計を見るとピットのドアに駆け寄った。そして中を覗いてからヤキダマの方を向いて指でOKのマークを作った。
 コダマがピットのドアをゆっくりと開けた。ピットの中にはタキシードに身を固めた親父さんと真っ白なドレスのコトリが並んで立っている。
 お祝いのコーラスが響き始めた。常連客の中でコーラスの経験のある連中が歌ってくれているのだ。
 親父さんが一歩を踏み出し、コトリがそれにつられてピットを出ると大きなどよめきが起き、続けて拍手と歓声が巻き起こった。フラッユが光る。撮影しているのはプロのカメラマンだが、彼も店の常連だ。コダマはそのままコトリの後ろに付き添う。
 俯き加減にゆっくりと歩を進めるコトリは美しかった。真っ白なドレスは、フォーマルで固めた連中の中で華やかに輝いた。胸の前に捧げたブーケが彩りを添える。これも常連客のフラワーデザイナーが作ってくれたものだ。
 髪飾りの下で揺れる黒い髪、ふわりと動く滑らかな生地は光線を複雑に反射し屈折させ、ヤキダマの目にはまるで妖精のように見えた。
 コトリが進むのに合わせるように周りの人々の視線が移動する。そして笑顔も移動する。コトリはもう俯いてはいなかった。視線を上げ、真っ直ぐに前を見つめ、ほんの少しだけ笑顔を見せた。そしてヤキダマの顔を見上げ本当にニッコリと微笑んだ。こんな風に笑うんだ。ヤキダマにとってそれは初めての経験のように思えた。ヤキダマが笑顔を返すと、いっそう拍手が大きくなった。
 親父さんはコトリをヤキダマの隣に並ばせると、ニヤリと意味深に笑ってから台を降りていった。ヤキダマはコトリを見つめ、コトリはヤキダマを見つめた。拍手と声援はさらに大きくなった。
「静かに!」スギウラ先生の声が響くと周りは水を打ったようになった。
 怒ると怖いスギウラ先生の開式宣言が始まった。



 ヤキダマは少し腰をかがめて“19番”と書かれた看板の下にある小さなくぐり戸を入った。コトリも少し遅れて入ってくる。くぐり戸の中はカウンターを含めて30席ほどの小さな食堂で、数人の客が食事をしている。厨房では大柄な女性がフライパンをあおっていて、ホールでは“アネゴ”風の若い女性と、もう1人高校生位の少女が働いている。
「いらっしゃいませ~」アネゴの方が声をかけてきた。真黒な長い髪は後ろでくくられ、切れ長の目からはそれにはアンバランスな大きな黒い瞳がのぞいている。案内された席に着き、地の食材を食べたいというリクエストを伝えると、おまかせコースというのを勧められた。それを注文すると厨房から顔を出していた大柄な女性が親指を立てて『美味しいよ!』という風にニッコリと笑った。アネゴが“かあさん”と呼んでいたので、多分この女性の母親なんだろう。ヤキダマはそう推測した。
 次々と出される料理はとても美味かった。コトリは普段そんなにたくさん食べないのだが、今日は全ての料理を完食した。そして「美味しい」を連発した。ヤキダマはペースを合わせて食べながら、そんなコトリの様子に満足していた。
 食事を終え、地酒をちびちびやりながら食後の時間を楽しんでいると、少しずつ食堂が混雑し始めた。「いつまでも席を占領しているわけにも行かないな」ヤキダマはコトリに声をかけると立ち上がってレジに向かった。
 レジにはアネゴの方が座っていた。たしかキッチンの女性にサエと呼ばれていた。
「お帰りですか?」サエと呼ばれていた女性はとがめるような様子でいった。
「混み始めたようだし、いつまでも席を占領しても悪いから……」
「お気遣いありがとうございます。これから小さなコンサートがあるので、それを目当てにお客さんが増えてきてるんですよ。よろしかったら、カウンターに移られますか?そこでしたらゆっくりしていただいても大丈夫ですよ」帰るのはまだ早いですよ。サエは言外にそう言っていた。
「そうさせてもらおうか?」ヤキダマはコトリを見た。コトリが頷いたので「じゃあ、そうさせてもらおうかな」2人はカウンターの端の席に移り、地酒と肴の注文を追加した。
 暫く飲んでいるとくぐり戸が開いた。入って来たのは若い女性だったが、その姿を見てヤキダマは驚いた。髪が真っ白だったのだ。
「シスカ!聞かせてもらうよ」「いつものやつ、頼むよ!」客が口々に声をかける。シスカと呼ばれた女性はそれぞれに笑顔で応え、ヤキダマ達の方をチラリと見てからホールに居た少女に「サヨちゃん、冷たい水をもらえるかな?」と声をかけ、奥へと入っていった。「は~い」少女は明るく返事を返した。
「オッドアイなんだ」ヤキダマはそう言いながらコトリの方を向いたが、コトリは女性の入っていったドアを見つめたまま固まっている。
「どうした?」ヤキダマが問いかけるとコトリは「ううん、何でも無い」と首を振った。「ならいいけど……」そう言いながらヤキダマはシスカという名前に覚えがあるような気がして首を傾げた。
『そうだ。あの油田爆破テロの被害者の中にたしか……』ヤキダマはそこで追求を止めた。コトリがヤキダマの方に視線を戻したからだ。
 サエは小さなステージの横に置いてある小型のキーボードの前に座って軽い音楽を弾き始めた。何曲か弾いて軽く拍手を受けた後、マイクを持って「シスカ!歌って」と軽い調子で言った。そして出口に一番近いテーブルにトマトピューレの空き缶を置いた。
 奥の戸が開いてシスカが出てきた。シスカはゆったりとしたマリンブルーの衣装で、小さなステージに上がった。そして白い髪を揺らして深々とお辞儀をする。イヤリングがキラリと輝いた。
 ドオッと歓声が上がり、拍手が起こった。

 思っていたより遙かに素晴らしい歌声だった。北の果ての町でこんな歌声が聞けるとは予想していなかった。心の琴線を直接振るわせるような歌声は、ヤキダマの胸を感動でいっぱいにした。
 何曲か歌い終わり拍手が収まると、サエがマイクを持った。「いつものようにリクエストがありましたらお受けします。手を上げてください」
 何人もの手が挙がったが、ヤキダマはコトリの手も挙がっているのを見て目を丸くした。観客の様子を見渡していたサエは、「カウンターの女性の方、常連さんじゃないですよね?何かシスカにうたって欲しい曲がありますか?」とコトリを指名した。ヤキダマはまだコトリを見つめていたが、コトリは(まかせて)という風に頷くとキーボードの女性の方を向いた。
「わたしでいいですか?では、紫陽花をモチーフにした少女の歌、ありましたよね?それをお願いします」コトリは悪戯っぽい笑顔でリクエストした。
「紫陽花……ですか?どうしてこの曲を?」サエが驚いた顔で答えたが、シスカの顔も驚きでいっぱいになっていた。
「え?紫陽花って、この2人があの時の?」ヤキダマも驚いてコトリの顔を見た。
「うん、彼女の顔を見てあの時の子だってわかった。そして歌声と演奏を聞いて間違いないと思った」コトリはシスカの方を見た。
「ひょっとしてあなたはあの取水塔で出会った自転車の女の子?」サエが訊いた。
「はい。リクエストに答えていただけますか?」コトリが尋ねる。
 サエは観客に向かって言った。「偶然なんですが、彼女は私とシスカの幼馴染みです。リクエストいただいたのは私が昔作った“紫陽花の歌”という曲です。懐かしいなぁ。シスカは覚えてる?」
「もちろん。出会った時のことも、曲も」シスカが即答した。
「じゃ、リクエストをお受けしますが、小さな条件を付けてもいいですか?」今度はサエが悪戯っぽい笑顔になった。
「え、どういう?」コトリは少し引いた顔をになった。
「コンサートが終わってから少しおしゃべりをしない?時間はある?」サエが尋ねる。
 コトリはヤキダマを見上げ、ヤキダマが頷いた。
「ええ、喜んで!」コトリが嬉しそうに条件を飲んだ。
「では、リクエストにお応えして、ここでは初公開の曲です。紫陽花の歌」サエがキーボードの演奏を始め、大きな拍手が巻き起こった。
 シスカが深々とお辞儀をした。白い髪がまるで振り子のように揺れた。



 スギウラ先生がヤキダマとコトリの結婚成立を高々と宣言した。
 バイクショップ・コンステレーションの店内は、また拍手と歓声でいっぱいになった。そして、お約束通りそれはやがて徐々にキッス!キッス!のかけ声に変わっていった。
 ヤキダマはコトリに近づき両手をコトリの両頬にそっと当て、コトリは覚悟を決めたように目をつぶる。その直後、ドォ!!!大きな歓声が上がり、やっぱりコトリは頬を赤く染めたまま俯いた。
 ヤキダマはコトリの腕を取って自分の肘を絡めると並んで台を降りた。皆が道を開けてくれる。2人はゆっくりと歩いて店から駐車場へ出た。並んで歩く2人に花びらや紙ふぶき、お祝いの言葉や歓声が降り注ぐ。そしてその歓声の先には、深紅のバイクと親父さんが待っていた。「コトリ!新婚旅行、バイクで行くんだろう?コイツは俺からの結婚祝いだ。受け取ってくれ」
 コトリはヤキダマの元を離れ、バイクに駆け寄った。ブーケも傍に居たスギウラ先生に預けてしまう動揺ぶりだ。
「DEZMO720……」コトリはバイクのボディーにそっと触ってロゴを確認する。「それもダッシュ5、ここへ来た時に乗っていたのと同じ……」両手でグリップを握ってみる。
「探すのが大変だったぞ。自分で心ゆくまで整備して出かけてくれ。状態はかなり良いはずだ」
「親父さん……ありがとう」コトリは親父さんの胸に飛び込んだ。
 また皆の歓声と拍手が湧き起こった。
 やがてヤキダマの周りに男どもが集まり、ヤキダマを連れ去ると胴上げを始めた。「わっしょい!わっしょい!」ヤキダマの体が高々と2回、3回と宙に舞う。
 ポカンとその様子を見ていたコトリの周りに、今度は女性陣が集まった。そしてコトリをそっと差し上げると「わっしょい!わっしょい!」ヤキダマの場合とは違ってかなり優しい胴上げだったが、コトリはふわりと3回宙に舞った。
 コトリは事故で家族全員を失っている。その家族の事を想う時、コトリは必ず空を見上げる。そのことを胴上げをしてくれている連中は知っているのだろう。
 コトリの上には青空が拡がっている。
 コトリは笑顔で幸せの報告をした。

「これをどうしろって言うのよ」スギウラ先生はブーケを手に困った顔をした。


おしまい。
2015.01.16
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8767 Commontern(後編)UPします。

コトリとヤキダマ

 この2人のお話は「254」から始まって結構長いシリーズになっています。
「8767」を単独で読まれても意味不明の部分もあると思いましたので、その辺のところを書いてみます。

「8767」前編でも少しだけ触れていますが、物語の舞台はバイクショップ(それもかなり風変わりな)コンステレーションです。
 世界は「シスカ」と全く同じ仮想世界を使っています。コトリとシスカは同じ年生まれですから、物語は完全に重なっています。場所が遠くに離れているだけですが、このお話ではコトリ達が旅行中なので「シスカ」とシンクロしています。

「254」はこういう風に始まります。
 雨の季節のある日、コトリはバイクショップ・コンステレーションにずぶ濡れで飛び込んできます。そしてそのまま高熱で倒れ込んでしまうのです。店主の親父さんは驚きながらもコトリの身元を確認し、同じく店に居た常連のヤキダマと2人でコトリを病院へ運びます。コトリはなんとか回復しますが、自分の身元を頑なに隠します。名前もわからないので、親父さんがやむを得ずつけたニックネームが「コトリ」なのです。
 親父さんは身元について追及はしないで、そのままコトリをアルバイトの店員として住み込みで雇います。(実は最初に身元を確認したときに事情はある程度分かっていたんですけれど)
 コトリはそこそこ裕福な、そして幸せな家庭に育った、どちらかと言えば恵まれた子です。バイクが趣味で、暇を見てはあちこちツーリングに出かけている、少し変わった子でした。家族は両親と兄、そして弟です。彼女は3人兄弟の真ん中なんですね。本名はサヤカと言います。
「8767」でもちらっと出てきますが、コトリはその家族全員を一瞬で失っています。
 原因は軍の大量破壊兵器NAGIを搭載した最新鋭爆撃機が試験飛行中にコトリの家に墜落するという事故なのですが、コトリはたまたまツーリングに出かけていて、まさに家にたどり着く寸前でした。もう少し早く帰ってきていたらコトリも犠牲になっていたはずです。
 彼女は落ちていく爆撃機と大爆発を目の当たりにし、跡形もなく蒸発した自分の家があった場所(爆心地)を彷徨った後、狂ったように愛車のバイク720ダッシュ5で雨の中を西へと爆走し、ずぶ濡れになってコンステレーションに飛び込んだのです。
 物語はそのヒロイン、コトリが仲間の(中でも親父さんとヤキダマの)力を借りながら立ち直っていく過程をなぞったものです。
 ヤキダマとはついに結婚ということになるのですが、その顛末を書いたのが今回の作品というわけです。最初の構想では「254 enhanced」以降は全く書く予定の無かったパートだったのですが、皆さんのリクエストをいただきながら、コトリはここまでストーリーを生きてきたのです。

 それでは「8767」後編をお楽しみください。

 「8767」前編はこちら

本日のおまけ:
これがヤキダマというニックネームの由来になったヤキダマエンジンです。


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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
ようこそ!


頂き物のイラスト

アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
天使のささやき_limeさん2
limeさんのイラストをイメージにSSを書いてみました。「ダイヤモンド・ダスト」
イラストをクリックすると記事に飛びます。よろしければご覧くださいネ!
スカイさんシスカイメージ
スカイさんのシスカイメージ
シスカ・イメージ高橋月子さん作
シスカ・イメージ 高橋月子さん作
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シスカ・イメージ limeさん作 コトリ・イメージユズキさん作
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