Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

14R

 今日は一日中南風が強かったですね。
 山西は会社に出ていたんですが、事務所から工場への移動の時つい空を見上げてしまうんですよね。そう。南風の時は飛行機が北から進入してくるんです。
 めったに無いんですが、今日はほとんど北からの進入だったように思います。これとっても珍しいんですよね。
 小さなCRJやボンバルディア、エンブラエル、大きなB777が頭の上(正確には真上ではないんですが)を通って降りていきます。多分B767やB787もいたと思うんですがこの2機種には出会えませんでした。右旋回をしながら頭上でフラフラと翼を揺らす大小の機体は迫力があります。出力調整を細かに繰り返すジェットエンジン、翼が風を切る音なんでしょうか?独特の飛行音が聞こえます。
 ここからは見えないんですが滑走路へ向かう機体がタキシングするエンジン音や、離陸していくフルパワーのエンジン音も聞こえてきます。風向きによっては燃料のケロシンが燃焼する石油ストーブのような臭いもしてきます。
 ヒューンと大きな機体が降りてくるとやっぱり立ち止まって通り過ぎるまで見上げてしまいます。山西は、ええい!仕事仕事!と気持ちを振り払って職場へ帰っていくのでした。
 今日は妙にそわそわとした1日でした。
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Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-05 12:58

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-05 12:58

兄さん、「エリダヌス」は順調に加速を続けています。
宇宙空間は人間の思考回路の限界をオーバーフローさせてもまだまだ理解できないくらい広大で、僕は少し気分が沈んでいます。これはクルー・ブルーと呼ばれる精神状態だそうです。でもこれは麻疹みたいなもので、これを経験して始めて一人前のクルーだということです。もう少し航行を続けると自然と治って(諦めて)くるらしいので心配する必要はなくて、僕もやっと一人前のクルーの入り口までこれたのかなと思ってます。

今、僕は2勤の真っ最中で(8時から16時までの勤務)食事を取りながらこれを書いています。ランチタイムの休憩だね!
さっきまでサリーが食事について語っていました。それは食事と言うものの意味についての質問から始まって、何とか「食事」というものを理解しようと試行錯誤を繰り返し、単なるエネルギー補給では無く一種の娯楽をも兼ねることもある…という結論に達しようとして「娯楽」について理解できずまた質問を繰り返す。という思考作業でした。
これは相手を退屈させないためのプログラム上のルーチンワークかもしれないけど、禅問答や哲学のようで結構相手をしていて(相手をされている?)面白いものです。サリーは別に食事というものを本当に理解する必要なんてないから、単なる人間の相手をして退屈させないという思考プログラムが動いているだけなんだろうけど、本当に悩んでいるように聞こえます。
今は僕がメールの入力を始めたので、邪魔しないように静かにしてくれています。
船内のあらゆる場所はサリーの目であるカメラと耳であるマイクそしてセンサーによってくまなく監視され記録されています。僕らの行動や発言もすべてサリーによって記録されています。でも、僕らの個室(寝床)ではサリーの権限に一部を除いて制限がかかるのと、僕らが持っているこの小さな端末とここから出入りするデータは、サリーの管理下にないセキュリティーソフトによって厳しくチェックはされますが、サリーは内容を知ることはできません。この端末の中はプライベートが保たれているというわけですね。
これを書き終わったら送信して仕事に戻ります。
またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

PS:今、送信しようとしたらメールが来ました。送信者が兄さんになっていたので開けたんだけど、違うみたいです。何か間違って送った?セキュリティーソフトの反応は無いし、どうしたんだろう?後で調べてみます。退屈しのぎにはなりそうです。


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Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-08 20:12

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-08 20:12

兄さん、僕は元気です。
兄さんは僕の小さい頃のことをよく知っているから心配するんでしょうけど、僕はスペースクルーの国際資格を持ってるんだからね。もちろん資格試験の中では精神状態もきっちりテストされて、そういう精神的な圧力への耐性やコミュニケーション能力についても問題なしと判定されているということだから、御心配には及びません。
ちゃんと処理できる範囲内だよ。
本当に心配性だね。うっかりボヤキも書けないじゃない。
兄さんのことだからかえって心配するかなと思って、コミュニケーションについてはあまり話さなかったし(休暇の間直接話す機会もあまり無かったね。仕事忙しそうだったし)書いてこなかったけど、友達も結構多いし仲間たちとも上手くやっています。
この前も休暇でそちらに帰る乗り継ぎで月面で過ごしている時、女の子と知り合ったんだけど彼女なんとルナリアンだったんだよ。重力が小さいところで育ってるから背もすごく大きくて、僕なんかあまり大きくない方だから見上げるようにして喋らなくちゃならないんだ。びっくりしたよ。もうこんな時代なんですね。
彼女とは妙に気が合って彼女の恋の悩みを聞いたりしたんだよ。僕に相談しても無駄だと言ったんだけど……。帰りも月面で待ち合わせをして長いこと話し込んだり、今もメールのやり取りは続いています。いい友達の1人になりそうです。ルナリアンの友達ってちょっと自慢だったりして。

そして例のメール、兄さんは送っていないんですね。調べて見たんだけどはめ込まれた画像の中に何か未知のスクリプトが埋め込まれているようです。僕の私物のコンピュータで解析してみようと思います。この機械どこにも繋がっていないから壊れても大丈夫なんだ。一種のパズルみたいなものかも知れません。休日のお楽しみですね。

そちらでは稚児祭の準備は進んでいますか?色とりどりの大きなのや小さなのや「のぼり」がいくつも立ち初めているのでしょうね。兄さんの所で「のぼり」が立つのはいつのことですか?あぁ。あまりこういうことを言っちゃいけないんだったね。ごめんなさい。でもおばさん候補生としてはつい気になって……。それにいつも言われるばかりなので少し仕返しだよ。
こちらに跳ね返ってこないうちにメールを終わりにします。
またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

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Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-15 19:39

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-15 19:39

兄さん、少し厄介なことが起こっています。
例のメールのことです。ログの解析で分かったんだけど、船内の誰か宛てに送られたものが自立型偽装プログラムのバグで僕のところに紛れ込んだようです。自立して動くから作者の思惑通り動かなかったんだろうね。
とっても複雑に暗号化されていて僕の持っている解析プログラムでは一部分しか復号できませんでした。
だからまだ何のプログラムなのかわからないんだけど、僕の想像ではこれは多分データ麻薬の一種じゃないかと思います。解析結果は一部分だけで不完全なんだけどライブラリーのデータ麻薬と一致する部分もあるように見えるし、こんなに複雑に暗号化されているってことはそういう系列のものなんじゃないかという気がしています。
兄さん達は体内にナノマシーンを入れていないから縁がないと思うけど、データ麻薬って分かるかな?データ麻薬というのは体内のナノマシーンに作用する一種の覚せい剤のようなプログラムのことで、嗜好性も強くて今スペースクルーの間ではちょっとした問題になっています。みんなナノマシーンを入れているからね。
これで本部のファイヤウォールを通過するなんて、すごいクラッカーだね。
でも心配しなくても大丈夫だよ。このデータを船長に渡して相談したから、多分最適な時期を選んで調査が入ることになると思います。
まだ単なる推測だから大騒ぎするわけにもいかないし、きちんと調べたら全然別のウイルスだったってことも有るからね。「エリダヌス」はもう出発してしまっているし引き返すこともできません、クルーの交代も不可能だし、周りは延々と続く宇宙空間です。誰宛のものなのか不明である以上デリケートな対応が必要なんだそうです。船長には個人的に解析を始めてしまったことを叱られました。あとの調査は船長の持っている調査権で船長が本部と連絡を取りながらおこないます。僕はもうこの件にはかかわらないようにとのことです。兄さんの忠告どおりになったから良かったでしょ?
このまま帰還するまで様子見という感じになるのかな?
多分いつものように心配させてしまいましたね。でも兄さんには本当のことを報告しておこうと思いました。こまった妹をお許しください。なんてね!
またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

PS:僕のクルー・ブルーはすっかり解消しています。本部の診断でも順調に回復したということですのでご安心ください。これで一人前の入口ぐらいには立てたかな。

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『第3回目(となった)短編小説書いてみよう会』

『第3回目(となった)短編小説書いてみよう会』 参加させていただくことにしました。
 ずいぶん迷ったんですが……。実は今回「エリダヌス」でいっぱいいっぱいだったんです。山西は今宇宙空間を進んでいて頭の切り替えが上手くできず(「シスカ」も放置状態になっています)なかなかテーマの「町」で物語が出てきませんでした。
「エリダヌス」、あまり読んで下さっている方はいらっしゃらないようなんですが、山西にとってある意味新しくて難しい作品で結構エネルギーを振り向けないと書けません。合間に仕事もしなくてはなりませんし(コラ!)。それに先送りもできない設定で(自己満足ですが)、この作品を一旦中断して『第3回目』にかかりきりになるわけにもいかないかなと思ったのです。
 でも「2XX2-05-15 19:39」を書き上げた後の隙間を利用して一応のプロットを完成させ、何とか書いていけるめどが立ったので、思い切って参加を申し込みました。中途半端になってしまうんじゃないかとの危惧も持っておりますが、締め切りに向かって懸命に書いていこうと思います。
 参加者の皆さん、遅くからの参加になってしまいましたがよろしくお願いします。
 書きながらまた途中経過など報告できるような余裕ができればいいなと思っています。
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『第三回…』完成間近です。

 第三回短編小説を書いてみよう会参加作品、ほぼ書き終わっています。
 少し長くなって10000文字強になってしまいました。すみません。
 これから何回も読みなおして文章に校正を入れていきます。
 何度修正してもおかしな文章には変わりありませんが、やらないよりはましでしょうか。
 この作品の大体のところをキャッチコピー風に書くと下のような感じになります。
----------------------------------
 カンデシティーの下町3桁国道の側道わきにひっそりと存在するバイクショップ コンステレーション。
 店主の親父さん、店に居候する女の子コトリ、そして常連のヤキダマが繰り広げる日常と非日常。
 親父さんが彼女に託したバイクは、はたして動くのか?
 親父さんが正採用の条件に持ち出した変な条件とは?
 なぜコトリはここにやって来たのか?
 伝説は現実となるのか?
 旅立ちを前に2人の心は揺れる。
----------------------------------
 こんな感じでしょうか?これ実はこの作品のプロットの骨格に少し手を加えたものです。最近山西もプロットを書くようになっています。まだまだ簡単な物しか書きませんが、空中分解と暴走に対する安全装置くらいにはなっているようです。やはりこれは必要な物で、プロット無しで「シスカ」を書き始めたのはものすごく無謀なことだったんだな、と思っている今日この頃です。
 舞台はいつものように平行世界を使いました。山西は現実の舞台設定を使うと下調べに時間をたくさん使ってしまい、書くのが非常に遅くなるような気がしています。仮想の世界は自分が見たり感じたりしたものを不自然にならないように上手く組み合わせて構成できますので楽と言えば楽です。反面苦労することもありますが。時代設定はこちらの世界で言うと現在と10年程未来との間にしました。
 いま「エリダヌス」を同時進行で書いている関係で、こちらは気分を変えたくなって宇宙空間から離れ、ほぼ現実のどこにでもありそうな世界です。バイクの話はこれで2作目になります。退屈な方もいらっしゃるかもしれないなぁ…と思いながら「まあいいか方式」で書き上げてしまいました。
 不満足な点や反省している点も色々とありますが(当然ですね)、まもなくUPする予定ですのでよろしければ読んでみてください。参加者以外の方の感想も頂けたら嬉しいです。泣いて喜びます。では、もう少々お待ちください。

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Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-28 21:58

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-28 21:58

兄さん、もうすぐ雨の季節がやってきますね。
しばらく兄さんの嫌いな鬱陶しい天気が続きますが、雨の向こうに霞む半島の木々もそれはそれで美しいものだと思うんだけど。
この季節に降る雨はシトシトと長く降るのがほとんどなので、そういう時僕は1人で傘をさして半島の遊歩道をゆっくりと歩き回るのが大好きです。なんといっても雨の日は誰も歩いていないし、木から落ちてきて傘に当たる雨音のリズミカルな様子も心にとても気持ちよくて考え事をするのに最適です。体が濡れるのなんかへっちゃらです。先端のイーサ公園までいって水滴を大量に含んだ大気の層を透過させてセナの海からコーチ湾までを見渡すと、不思議の世界に迷い込んだみたいで心が不安にうち震えます。この感覚に僕の精神はゾクゾクするのです。この時期僕がよくずぶぬれで家に帰ってきていたのはこういう理由でした。よく叱られたね。
今度の休暇、晴れの季節の東カナルの岸辺と雨の季節のウエマチ半島のどちらかを選択しろと言われたら、僕はどちらを取るだろう?難しい選択ですね。
えっ?有りもしない選択に悩むなって?そうだよね。でも船内の退屈な生活環境では丁度いい頭のトレーニングなんだよ。誰にも迷惑をかけないしね。みんなもそれぞれ独特の方法を持っているみたいです。
でも今日は船内で一大イベントがありました。
今まで加速を続けてきた「エリダヌス」と4隻の無人輸送船のΩドライブシステムを一旦停止し、船の向きを180度転換して再起動をかけ、今度は減速を始めたのです。Ωドライブを停止している間、船内では久しぶりに無重力を味わうことができます。僕らはクルクルと無重力の船内を飛び回りながら転換作業を済ませました。みんなベテランなんだけど子供みたいに無重力を楽しんでいました。その様子も含めて面白かったです。
今はもう減速フェーズに入っているので、また弱いながらも重力を感じています。
このまま資源探査船団とのランデブー地点まで変化のない航行が続きます。僕はまた空想に耽る時間が増えてゆくのです。
前のメールから少し間が開いてしまいましたね。
空想に耽る以外にも色々とやることがあって……忘れていたわけではないんだよ。ごめんなさい。
またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

PS:例のメール、今のところ何も動きはありません。やっぱりこのまま帰還するまで様子見という感じになるのかな?
僕の体調も精神状態も異常なく万全です。ご心配なく。


2013.03.21 微妙に修正

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Eridanus(エリダヌス)フェイントでUPです!

 今日はフェイントで「Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-28 21:58」をUPしてしまいます。
 山西のつまらないこだわりで今日UPしておかないといけなくなりました。
「エリダヌス」は今日減速フェーズに入ったので往行程の半分を消化したということになります。兄貴の心配をよそに妹は自由奔放にやっているように見えますが実はそうでもないようです。自らの良心に従って精一杯生きているんだと思います。でも海千山千の手練に上手く立ち回られて何もできなくてイライラしているというのが実際のところかもしれません。よろしければ『Meteor(メテオ)』から順に読んでみてください。別に単独で読んでいただいてもなんの副作用もありません。

『第三回…』はまだ校正を続けています。少しは読みやすくなっているんじゃないかと思っていますが、読まれる方はどう思われるのでしょう。
 こちらも間もなくUPいたします。


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254(前編)

 雨の季節が終わろうとしていた。
 ここ1ヶ月ほど居座り続けた前線は少しずつ北へと位置を移し始めていて、カンデシティーを当たり前のように覆っていた雨雲は徐々に隙間を生み出し始めていた。隙間からのぞく青い空は、まるで空色のカンバスに感性の趣くまま灰色を塗り重ねたモダンアートのように、塗り残された空色がバランスよく配置されていた。
 そのモダンアートの下、カンデシティーの真ん中を貫く3桁のナンバーを付けられた国道から、それをアンダーパスする産業道路へと下りて行く側道に面して、バイクショップ「コンステレーション」は存在した。二階建ての古い建物の一階部分にひっそりとあるその店は、大きなベニヤ板の手書きの看板を掲げた以外は何の装飾も無く、倉庫のような内装のままの店内に大型バイクばかりを並べた一風変わった作りだ。
 しかし奥に入ってみると小型のバイクや俗に言うファミリーバイクも何台かは置かれ、こまめな商いでも経営を支えている様子がみえる。店の中に人影は無く、前を走る国道の自動車のノイズだけが聞こえていた。

 コトリは「コンステレーション」に向かって自転車を走らせていた。ひょろりとした体に自分で適当に切りそろえたような“オカッパ”の黒い髪を揺らし、あちこちに油のシミの付いた白いTシャツを着て薄汚れたジーンズをはいていたが、そんな格好のことは全く気にしていない様子で、のんびりと自転車を進めてゆく。そして店の横手の路地に入って足を着かないまま自転車を壁に寄り掛からせると、前のカゴに入れていた紙袋を抱えて店の中へスタスタと入っていった。
 コトリは店内をぐるりと見渡して客の姿が見えないのを確認すると「ただいま!」と大きな声をだした。
「おう!コトリか?帰ったんならコーヒーを入れてくれないか?今、手が離せないんだ」TOILETと書かれたプレートの付いたドアの内側から男の大きな声が答えた。
 コトリは「うん。わかった」と答えると今入ってきた裏口のすぐ横にあるドアを開けた。ドアの中はキッチンで、手を洗うとやかんに水を一杯に入れて火をつけた。そして棚からコーヒー豆と電動ミルを出して豆を挽き始めた。湯が沸くとサーバーを保温プレートの上に置き、ドリッパーとペーパーフィルターをセットして粉を入れ、慎重にお湯を注ぎ始めた。
 いい香りが漂い始めたころドアの開く音がして、小柄だがガッチリとした男が顔を出した。男はそのままキッチンに入ると「いい臭いだな」と鼻をヒクヒクさせた。
「親父さん。臭いじゃなくて香り!それから手洗い!」コトリが慎重に湯を注ぐ作業を続けながら低い声で言った。
「いい香りだな」親父さんと呼ばれた男はニヤッと笑ってそう言い直すと流しで手を洗った。そしてコトリの抱えてきた紙袋から食パンを2枚取り出すとトースターに放り込んでレバーを押し下げた。親父はそのままキッチンを出ると店の一番奥にある大きなデーブルにセットされた木製の長椅子に腰をかけ、テーブルに置いてあった老眼鏡を掛けると新聞を読み始めた。
 目についた記事を幾つか読み終えた頃、キッチンからコトリが保温プレートごとサーバーを持って出てきて、テーブルの上のコンセントにセットした。もう一度キッチンに戻ると、たっぷりのバターとマーマレードを塗ったトースト、カップ、砂糖壺、ミルクピッチャーとスプーンをトレイに載せて出てきて、それをテーブルに並べた。
「じゃあ。少し遅いブレックファーストと行こうか」親父が声をかけると、コトリも親父の向かいに座り、コーヒーに砂糖を1杯半とミルクを入れた。
 親父はコーヒーだけをカップに注ぐと少し持ち上げ「いただきます」と言った。コトリもその所作をまねて「いただきます」と言うと食事を始めた。大きなテーブルに向かい合わせに座って黙って食事をする2人と前を走る国道の自動車のノイズが重なる。それはまるで古い短編映画のオープニングシーンの雰囲気だった。

 食事が終わる頃「コトリ?」親父が声をかけると(ウン?)という感じでコトリが反応し、パンをくわえたまま顔を上げた。「お前。ここに来てもうどれぐらいになる?」
「1年を少し過ぎたくらいだよ。ちょうど雨季に入った頃だったから……」
「そういやぁ……ずぶ濡れで店に入ってきたっけな。そして熱を出して倒れて、そのままここに居付いてしまったんだったな」
「ありがとう」コトリはここに迷い込んだ時のことを思い出してそう呟いたが、そのままコーヒーカップを口にあてたまま俯いていた。
「いや。そう言う意味で言ったんじゃない。ここんとこのお前の手つきを見ていて、ずいぶん進歩したもんだと思ってな。1年でこれだけ出来りゃあまあ大したもんだ」親父の目は孫娘を見つめるような目になっていたが、一瞬で職人の目に戻って続けた「……でだ、お前に1つ仕事を任せてみようと思ってな。さっき入ったばっかりなんだがピットを覗いてみろ」
「ピットを?」最後のパンを口に放り込むとコトリは立ち上がった。店の隅に設けられたピットの防音を兼ねた大きなドアを開けると、コトリは一瞬固まってから「かわいい!」と声を上げた。そこには真っ赤な中型のバイクが置かれていた。
「かわいい!……か」小さな声で呟いてから親父は立ち上がった。
「これ何?ずいぶん前のバイクだよね」
「MOTOAEROの254だ。どうだ?珍しいんだぞ」
「始めて見る!小さいエンジン!なのに4気筒?これ……」
「そうだ。231ccでOHC、市販では世界最小の4気筒エンジンだ。28馬力10500回転、車重は約120キロ、さっき届いたばかりなんだがまったく動かん。コトリ!これを動くようにできるか?」
 コトリは質問には答えず、ゆっくりと254のボディーを触りながら全体を舐めまわすように観察した。「120キロって軽いね。コントールしやすそう。車体は綺麗だよね。丁寧に保管されていたんだね。キャブレター……しかも4連……。電気系統はダメかな?セルしかないみたいだけどセルモーターは大丈夫かな?パッキンやホース類もそのまま使えればいいけど」
「今のバイクは半分程が電動だ。ガソリンエンジンの物でもまずインジェクションだしな。キャブの、しかもこんな小さな4連キャブの面倒が見れるか?」親父がコトリの丸まった背中越しに訊いた。
「やってみる!ううん。やってみたい!」コトリは真っ赤なタンクを撫ぜながら振り向いて親父の顔を見上げた。
「お前がここにやってきた時乗っていたバイクはお前の希望で治療代やらの為に売ってしまったな!」親父がそういうと、コトリはいまさらなぜ?という具合に首を傾げた。「いいバイクだった。高く売れたし治療代を払っても結構おつりが出た」
「わたし肺炎を起こしていたし、健康保険も無かったからお金もかかったし、納得してお願いしたんだから……」コトリは続けようとしたが親父の言葉が遮った。
「そこでだ。替わりにこのバイクをやろう」うっすらと笑いを浮かべながら親父はコトリの目を見つめて言った。「ただし動いたらだが。そして俺の出す条件をクリアーしたら……」
「クリアーしたら?」
「俺んとこで正社員として採用しよう。お前さえよければだが」今度は親父はニヤリとしながらそう言った。
「ほんとに?ほんとに?」コトリは目を大きく見開いてそう言うと「条件って?」と親父を見上げた。
 その時「なんだい。そのバイク?」大きな声にコトリと親父が驚いてピットの入り口を振り返ると、そこには背の高い男がピットの入り口の鴨居に頭をぶつけないように少し背なかを丸めて立っていた。
「なんだ。ヤキダマか。音も無くやってきやがって驚かすなよ」親父が振り返った。
 コトリはなんだか分からない気持ちがわき上がってきて、自分の言葉に少し軽蔑のニュアンスが入り込んでいるのを感じながら「仕方がないよ。ヤキダマは電動スクーターなんだから」と続けた。
「なんだよ。その言い方。僕だってバイク乗りだし客だよ。ここで買ったんだから」ヤキダマは少しむくれた口調だ。
「すまないな。許してやってくれ」親父は収めにかかったが、コトリは収まらない。
「わたし、スクーターは嫌いなんだ。おまけにヤキダマは免許がAT限定だし」
「僕の免許は放っておいてくれ。いまどきガソリンエンジンの、しかもクラッチの付いたバイクに乗ってる奴なんていないよ。電動か、HVやガソリンでもATだろ?」
「そんなことは分かってる。クラッチが無くたって許す。でも、スクーターは好きになれない」コトリが少し顔を赤くして突っかかった。
「コトリ、熱くなるな。言ってることが支離滅裂だぞ。それにヤキダマはお客さんだ」親父はコトリの頭をそっと押さえた。コトリは不満そうに少し唇を尖らせたが次の言葉を飲み込んだ。
「今日はコトリ、やけに突っかかってくるよな」ヤキダマの顔も不満げだ。
 親父が2人の顔を見比べた。「そりゃ。コトリがここに来た時の話が出ている時にタイミング良くお前が現れたからだ」
「そうだったのか?悪かったよ。急に声をかけたりして。ちょっと脅かしてやろうって思ったんだ」ヤキダマが謝ると「ごめんなさい。わたしも言い過ぎた」コトリは気まずそうに俯いてしまった。
「おまけにもっと大事な話も進行中だったのにぶち壊しやがって!」
「そうだ!親父さん、条件って?」コトリは懇願するような目つきだ。
「ちゃんと話をしてやろう。テーブルに来い。ヤキダマ。ちょうどいい。お前は立会人だ」親父は2人をテーブルに誘った。
「まあ、そこに並んで座れ」親父は2人を並んで座らせると「で、続きだ。あのバイク動くように直せたらコトリにやろう。そして俺の出す条件をクリアーしたら、俺んとこで正社員として採用しよう。と言ってるんだ」
「ほんとに?ほんとに?」コトリはまた目を大きく見開いてそう言うと「条件って?」と親父の顔を覗き込んだ。ヤキダマはもう一つ事情が呑み込めないのか黙って座っている。
「お前ら“600マイルブレンド”というのを聞いたことがあるか?」
 2人は顔を見合わせてから親父の方を見て同時に首を横に振った。
「俺が若い頃この店の先代にツーリングに連れ出されたことがあってな。行き先も告げられずに昼前になってから連れていかれたんだが、フリーウェイを150キロ以上で行けども行けども終わらないんだ。へとへとになってようやくたどり着いたのはウラスの珈琲屋でな」
「ウラスってここから500キロ以上ありますよ」ヤキダマが驚きの声を上げた。
 コトリは思い出したくないような出来事が頭の中に蘇り、気が遠くなりそうになるのを堪えながら喋ることもできずにいた。顔も血の気が失せて白い。
 親父はそんなコトリの様子を用心深く見つめていた。
「ようようたどり着いたその珈琲屋でコーヒーを飲んでいるとだな。先代は帰るというんだ。家でゆっくり風呂に入りたいってな。そしてその日のうちに帰ってきたんだ。カンデまでな」
「じゃあ往復1千キロを1日というか半日で?無茶苦茶だ」
「大陸のツーリングではこれぐらい当たり前だと言うんだ。何人ものつわものの名前を上げて説明されたがそんなもの憶えちゃいないさ。俺は途中で置いて行かれた。もうスピードも上げられなくなってな。帰ったのは真夜中だったよ。もうフラフラだったな」
「それで600マイルブレンドって言うんですか?」
「そうだ。先代の若い頃から伝わる伝説のツアーなんだそうだ。そうまでして飲む値打ちのある旨いブレンドコーヒーがあって始まったらしいんだが、店も無くなっちまったし今じゃ単なる肝試しみたいなものになってる」
 コトリは下を向いて固まったままだ。
「それで……だ」親父はコトリの肩に手を置いた。
 コトリはビクッとして顔を上げた。
「大丈夫か?」親父が声をかけると「うん」コトリは小さく頷いた。
「ピットの254を動くようにしたらコトリ、お前にやろう。そしてその254で600マイルブレンドを問題無くこなしたら正社員として採用しよう。無茶苦茶だがこれがこの店の採用試験だ。俺もそうだったしな」
「ウラス……でないとだめ?」コトリが細い声を出した。
「そうだな。悪いがそういう風に決まっている」
「ウラスって言ったら例の事故のあった町だよな」ヤキダマが口をはさんだ。
 ヤキダマの発言を見事に無視した親父は「どうだ。コトリ、やってみるか?」また俯いてしまったコトリに向かって挑発するように語りかけた。
 長い沈黙が続いた。ヤキダマも黙って見つめている。
 親父の目が孫娘を見つめる目になって何か言おうとしたその時「やってみる……ううん!やってみたい!」コトリが顔を上げた。血の気を失って白かった顔にはうっすらと赤みがさし始めていた。
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254(後編)

 レインウェアの隙間から浸みこんだ雨が体温を奪ってゆく。
 L型ツインの豪快なレーシングサウンドが響いているはずだがもう聞こえてこない。
 激しく降る雨の中コトリはDEZMO 720を走らせていた。いや正しくは走る720にしがみついていた。もう何時間になるだろう、やみくもにウラスの町を飛び出して夢中でアクセルだけを開け続け、ガス欠もリザーブになるまで気がつかないありさまだった。
 給油を除いてずっと走り続けている。
 激しい寒気をずっと前から感じている。昨日から何も食べていない。
 目までかすみだしたような気がしてフリーウェイを下りた。
 フリーウェイ沿いの国道を速度を落として走る。
 どこか雨宿りのできる所を探すが高架になっている場所が多くて見つからない。
 大きな橋を渡ったところで側道に入った。もう限界だ。
 さらに速度を落として止まろうとした時、道沿いの建物の庇の下に並んだ何台かの大型バイクが目に留まった。ベニヤ板の看板に「コンステレーション」の文字が見える。(バイクショップ?)ほとんど意識の無い状態で、並んでいる大型バイクの横に720を止めてサイドスタンドを立てるのが精一杯だった。数歩歩いて店の引き戸を開けたところで意識は真っ暗になった。

 目が開いた。コトリはいつもの寝袋の中に自分が居ることを確認すると、ホッとしたように表情を緩めた。(最近はこんな夢、見なくなっていたのに)確認するように上半身を起こして周りを見回す。外はもう明るい。
 店の隅に置かれた台の上で寝袋に入って寝るようになってもう1年以上経つ。見慣れた風景の中に自分が置かれていることに安心感を覚えながら寝袋を出た。そのままそっとピットを覗く。赤い254がコトリを迎えた。
 エンジンは一度バラして組み上げた。電気系統はチェックした。セルも回るようになった。燃料系の調整も終わったが夜遅くなったのでさすがにエンジンはかけられなかった。そっとエンジンを撫ぜながら「親父さんが来たら起こしてあげるからね」と囁くと着替えのためにキッチンへ入って行った。そこの一画がコトリのための更衣室になっていた。

「コトリ!おはよう。どこだ?」親父の大きな声が聞こえた。
「いるよ!」ピットから油のシミの付いた白いTシャツと薄汚れたジーンズのコトリが頭を出した。「あれ?もうこんな時間?」壁に掛けられた時計は9時を指していた。
「どんな具合だ?」親父はピットの中を覗き込んだ。
「たぶんかかるとは思うけど」
「やってみろ」
「うん」コトリは換気装置のスイッチを入れると、燃料コックを開けセルモーターを回した。何秒かセルモーターが回った後、あたりをはばからないエキゾーストノートが轟いた。親父はあわててピットのドアを閉じた。
 何回かアクセルをあおった後アクセルをアイドリングの位置に戻すとエンジンは不安定な息継ぎのあと停止した。何回かやってみるが結果は同じだ。
「生き返ったな。上手いもんだ。だが、やはり同調が取れてないな」親父が呟いた。
「取ってみる」コトリがバキュームゲージを取りに行こうとしたが、親父はコトリの肩に手を置き「まて。あわてるな!254は目を覚ました。次は俺達のブレックファーストといこうか」と言った。頷くとコトリはコーヒー豆を挽きにキッチンへ入っていった。

 親父とヤキダマは昼食を食べに小さな食堂に入っていた。コトリは店番だ。今頃254と格闘しているはずだ。いやデートの真っ最中というべきか。
「今朝254が目覚めた」定食を注文し終わると親父が口を開いた。
「エンジンかかったんですか?」
「ああ。上手いもんだよ。この分だと走れるようになるのも時間の問題だな」
「で、そのウラスへ行かせるんですか?」
「ああ。うちの採用試験は先代の頃からこれだからな。だが本当の行き先は隣町のマエハマだったんだがな」
「なぜウラスにしたんですか?」
「コトリがここに着いて倒れた時、お前と一緒にコトリを病院に運んだろ」
 ヤキダマは話の流れがよく分からないという風情で頷いた。
「その時俺はコトリの財布に入っていた免許証を見つけたんだ。その時はメモだけ取って戻しておいたんだが。あとで調べさせてもらった」
「コトリの素性をですか?」
「そうだ。意識が回復してから行くところがないとか、ここに置いてくれとか言い出すし。誘拐犯にはなりたくなかったんでな」
「で?」ヤキダマは先を促した。
「ウラスでの事故のことはお前知っていたな?」
「そりゃ。大きな事故だったから。普通知ってますよ」
「コトリの家はその事故現場の中心にあったんだ。事故で家族全員を失っている」
「えっ!」ヤキダマは言葉を失った。
「コトリはツーリングに出ていて助かったようだ。混乱してそのまま飛び出して来たみたいだな」
「失踪、ということですか?」
「いや。その辺が微妙でな。あの事故は1年たっても被害者のほんの一部しか身元の確認が済んでいない。だから、コトリは死亡の可能性の高い行方不明者になっている」
「じゃあ……」
「俺は転がり込んできた女を何も知らずにバイトとして雇っただけだ。免許証で身元も確認したが、そんな事故の被害者とは思いもしなかったということだ」
「それはまた無茶苦茶な理屈ですね」
「かまわん。責めは受ける。そんなにひどいことにはならんだろう。これがメモだ」親父はテーブルの上に小さな紙を広げた。
「へえ!サヤカっていう名前なんだ。どこかのお嬢様みたいだ。コトリって本名だと思ってました」
「頑なに素性は明かさなかったし、問い詰めたら自殺でもしそうな勢いだったからな。迷い込んできたコトリの様に見えて俺が適当にそう呼んだだけだ」
「生まれからいうと今22歳、ここへ来た時はちゃんと成人だったんですね」
「その点、抜かりは無い」
「抜かりって……」ヤキダマは呆れた顔になった。
「両親と兄と弟の5人家族で、コトリは真ん中の1人娘だ。まだ確認されていないが、状況から見てコトリ以外全員亡くなっている」わずかの間沈黙が支配した。そして「俺の想像なんだが、暖かい家庭で何の心配も無しに育った少し飛んだ娘だったんだろうなと思う」親父は静かに付け加えた。
「僕もそんな風に思います。少なくとも今みたいに暗くは無かったんだろうなと……」そしてヤキダマは確認を取るように訊いた「もう心の修復は済んでいると考えているんですか?」
「無制限に時間をかけるわけにもいかんし、ずっと見てきた俺の勘だ。」
「やはり無茶苦茶ですね」
「でだ。お前の仕事だが、コトリに付き添ってウラスまで往復だ」
「エエッ!付き添い。なんで僕が……」
「どうせ院生だしそろそろ夏休みだろう?お前、コトリのことが心配なんじゃないのか?」
 ヤキダマが何か言おうとしたその時、定食がやってきた。

 コトリはアイドリングを少し高くした状態で4連のバキュームゲージを見つめていた。調子を見ながらバタフライバルブの調整ねじを微妙に回していく。同調を確認すると2度3度と再調整を繰り返してから、アイドリングスクリューを通常のアイドリング回転数にセットした。小さな体に似合わないエキゾーストノートを出していたエンジンは、回転数をアイドリングまで下げ安定した。コトリは少し微笑むとアクセルを数回煽った。豪快なエキゾーストノートが響いた後エンジンは再びアイドリングになり安定した。何度もこれを繰り返し安定することを確認するとエンジンを止めた。あとは細かい調整をしながらボディーを組み上げれば走れるようにはなる。
 でも、連続で1000キロ走るためにはもっと整備や調整、さらには改造の必要もありそうだ。コトリは軽くため息をつくとピットを出て耳栓を外し長椅子に腰掛けた。
 親父さんから与えられた入社の課題は600マイルブレンドのクリアーだ。
 そのためには、ウラスの町へ行かなければならない。傷口は既にかさぶたに覆われている。周りから見れば治っているように見えるだろう。ただそれを剥がしてしまったら、中はどうなっているんだろう?
 そしてその後、きちんと住民票をこのカンデシティーに移して雇用の手続きができるようにしろと言われている。この様子だと自分の素性は親父さんにもう知られている。自分がどういう状態にあるのかはわかっているつもりだが、自分の住民票を触ることでどんな騒ぎが起こるんだろう?コトリの気持ちは不安でいっぱいだった。
 でも、コトリは旅立つことを決めていた。
 あの時は自分がどんな行動を取ったのか、どんな事が起こったのかよく覚えていない。まずウラスまでの往復をこなして自分の育った町をこの目で確かめよう。そしてもう一度ウラスの町へ行って再出発の手続きを始めよう。

 コーナーが迫ってきた。ブレーキングしながら4・3・2とギアを落とす。1段落とすたびにエンジンは悲鳴を上げる。減速で浮いたリアタイアが路面から途切れ途切れにホップするのがわかる。体重を右のステップにかけ左に移す。バイクは自然に左に傾きステップを路面にこすりながら左ヘと曲がり始めた。遠心力でダイアモンドフレームが変形する。コーナーの出口が見えた。アクセルを開けると今度は8千回転まで歓声を上げて加速する。間髪を入れずシフトアップ。あっという間に次のコーナーが迫ってくる……。
 サンライズドライブウェイのケーブル山上駅前の広場に254を止めてコトリはヘルメットを脱いだ。7月の日差しはレーシングスーツの上から燦燦と照りつけ走っていないと暑い。ファスナーを胸の下まで下ろし中にたまった熱気を逃がしてやる。
 早朝の山の木々は心の闇を吹き飛ばすくらい明るく輝き、吸い込む空気は肺の中に溜まった不安を排出する力を持っているかのように透明だ。空は雲の蓋が取れて突き抜けるように高く青い。
 コトリは両手を上にあげ肺一杯に空気を吸い込むと「ウ~ン」とはきだした。
(なんていう鳥なんだろう?)忙しくさえずる鳥の声が彼方から聞こえていた。それに混じって微かにモーターの音が聞こえ始め、黒いスクーターがコーナーを曲がって近づいてきた。スクーターを254の隣に止めるとヤキダマはバイザーを上げた。「早すぎるぞ!ちょっとは加減してくれよ」声は怒っていた。
「まだいっぱいには回していないよ。でもこの状態でもオイルハザードが点く。オイルクーラーを付けた方がいいかも」コトリはヤキダマのことは全く気にしていない様子で言った。
「そんなに飛ばして怖くないのか?」溜息をつきながらヤキダマが訊いた。
「きちんと曲がれるという確信はあるよ。でもサーキットじゃないからアクシデントの確率はずっと高い。そう言う意味での怖さはあるよ」コトリは興味なさそうに答えた。そしてヤキダマの少し怒ったような顔を見て「ヤキダマ。わたしって変?」と続けた。
 ヤキダマは少し戸惑った顔になったが「そうだな。普通の女の子では無いよな。その辺自覚、有るんじゃないの?でも全然問題無いよ」と言ってから「かわいいし……」と小さく付け足した。
 コトリは付け足された一言は無視して「普通じゃぁないよね」と呟いた。
「コトリ?」ヤキダマの呼びかけに(ウン?)という感じでコトリが反応し顔を上げた。
「僕は朝早くから引っ張り廻されてもうくたくただ。そこのベンチで休憩したい」
「いいけど。これぐらいでくたくたになるんだったら1000キロなんてとても無理だよ」
「その時は足手まといにならないよう頑張るよ」2人はすぐそこにある自動販売機で缶コーヒーを買うと、なんとなく並んで木陰にあるベンチに腰をかけた。2人の正面にはカンデの街並み、その向こうには大きな港、さらにその向こうには海が広がっている。コトリはキラキラ光る海や行きかう船をぼんやりと眺め缶コーヒーをゆっくりと飲みながら、無限の安心感を得たような気になっていつの間にか眠ってしまった。
 ふと目が覚めたコトリは自分の頭がヤキダマの肩に乗っているのに気付いた。
「ごめんなさい」
(わたし汗臭くなかったかな)そう思いながらあわてて頭を起こした。
「わたし寝てた?」
「少しの間ね」ヤキダマの顔が照れているように見えるのは気のせいだろうか。
「帰る?」ヤキダマの様子を気にしながらコトリは尋ねた。
「コトリさえ良ければ。僕はもう疲れが取れたよ」
「じゃぁ大丈夫だね。トロトロ走ってると置いて行くよ」コトリは勢いをつけて立ち上がった。

 寒気が入ってきたのだろうか。今朝、カンデシティーは靄の中に沈んでいた。「コンステレーション」の前の側道には254と、ヤキダマが親父から貸し出しを受けたEXP600が並んで止まっていた。EXP600はV4エンジンを積んだツアラーだ。ATであることは言うまでもないが。トルクもあり扱いやすくヤキダマには最適の選択といえた。254にはエンジンへの風を妨げない位置にオイルクーラーが増設されている。
 コトリとヤキダマはツーリングウェアに身を固め、フルフェイスのヘルメットを持って親父の前に並んで立っていた。
「みんな見送りに来たがったんだが、これは試験でイベントじゃないということで断った。早朝だしな、うっかりすると30人以上集まって大騒ぎになりそうだった」
「目立たなくていいよ」コトリがタンクに張り付けた腕時計を見た。
「そろそろだな。大丈夫か?」親父がニヤニヤしながら尋ねた。
「私と254は大丈夫だよ。オイルクーラーを着けたし耐久性は大丈夫と思う。EXP600も問題ないでしょう?一番の問題はやっぱり……」
「やっぱり、何だよ」不満げにヤキダマが訊いた。
「やっぱりヤキダマかな?」コトリが微笑んだ。
 ヤキダマはまるで珍しいものでも見るようにそれを見つめていた。
「コトリ。足手まといになりそうなら捨てて来い。ただしウラスではヤキダマの立会を受けるようにしろよ。立会人なんだからな。後は捨ててきてもいいだろう。お前の好きにしろ」親父はヤキダマのほうを向いて「バイクを置いて来たら実費はもらうからな。覚悟してかかれ。コトリを頼むぞ!」そして2人を見ながら「それから2人ともこまめに携帯で連絡しろ。余計な心配はしたくないからな。命を落とすな!じゃ。出発!」とゲンコツを上に突き出した。
「ありがとう」コトリは親父に抱きついてギューッと力を込めた。親父も両手をコトリの背中に回してから頭を優しく撫でた。コトリは暫くされるままになっていたが決心をしたようにパッと離れ、ヘルメットを被りバイクに跨った。
 ヤキダマも軽く手を上げ「行ってきます」と言うと同じようにバイクに跨った。
 豪快なそして静かな2つのエキゾーストノートが響き、2台のバイクはコトリの育った町を目指して靄の中へ消えていった。
 親父は孫を見つめる目になって2つの影を見送っていたが、ゆっくりと空を見上げてから店の中へと消えた。
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ひとりごと『半分の休日』と、『第三回…』参加作品『254』をUPします。

 今日は昼からお休みをもらいまして、ちょっと梅田まで出てきました。雷雨の隙間を縫って駅まで歩きました。傘を持ってなかったんですが梅田は日本一の地下街(要確認)がありますので雨に濡れずに大概のところに行けます。だから大丈夫です。(多分)
 まず、西梅田のドー地下からアバンザへ入ってお昼ごはんです。やっぱりここへ来たら「インデアンカレー」が必須です。前にも書いたことがあったんですが、山西はこれを見つけてから他のカレーを食べなくなりました。どうせカレーなら…とこれを食べてしまいます。そしていつものコース、ジュンク堂へ向かいます。ここは立ち読みというか、座って読めるんですよね。買い物カゴを持って目に付いた本をいくつか漁ります。そして空いている席を探して座ってゆっくりと選びます。めったに無い誰にも邪魔されない半分の休日、山西にとって至福の時間です。
 いつもはカゴに入っていた本から2~3冊ほどを選んで購入します。でも今日は欲しい本があったので、それとは別に検索システムを使って在庫と場所を調べます。おっ!有るようですね。データをプリントアウトして(便利なものですね!)指示された棚に向かいます。エーッとアレ?無いみたいですねぇ。
 無い時は係員に問い合わせろと注意書きがありましたので、横で本の整理をしていた店員さんに尋ねてみました。が、この店には在庫が無いとのこと、カッガリ。近くの店の在庫を調べてくれるとのことなので、お願いして暫し待ちます。
 店員さんが戻ってきました。梅田店に在庫があるとのこと。エーッ梅田店って茶屋町じゃない。遠いよ~おまけに地下街、繋がってないよ。雷雨大丈夫かな?1週間は取り置いてくれるとのことだったけどそんなに何度も出て来れないし…どうしても欲しい本だったので行ってみることにしました。
 アバンザの窓から外を見ると案の定、ピカッと雷光が見え雨が降っています。しょうがないので地下のコーヒーショップで今買った本を捲りながらコーヒータイムをすることにしました。暫く時間を潰してから地下を歩いて阪急梅田駅へ向かいます。ここの北の端っこまでは地下街が繋がってるんだよね。これはほぼ梅田の地下街の南西の端から北東の端まで歩くことになります。遠いな~。着いてみると幸い雨は小止みです。小走りにビルを伝って梅田店へ駆け込みやっと目的の本を買ったのでした。いやぁ~梅田の地下街はやっぱり日本一なんじゃないかな?広いよやっぱり。山西の半分の休日が終わりました。

 そして『第三回…』参加作品『254』をUPします。読んでいただけたら嬉しいです。

254(前編)254(後編)
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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
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アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
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