Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

---18---

 *

 地下鉄の車内アナウンスは次の停車駅がマエハマ駅であることを告げていた。
 シスカは等間隔に照明が通り過ぎる暗い車窓に映る自分の顔を見つめながら、電車がホームに入って外が明るくなるのを待っていた。
 シスカはショウの意思で帽子を被っていなかった。プラチナの髪を曝したその姿はやはり目立っていたが、人々の反応はマサゴ市で同じことをするよりはるかに穏やかで寛容だった。
 大都会はあらゆる人種が混在し共存する。
 国境に面していて争いの歴史を持つマサゴ市とはまったく違っていた。
 シスカは遅れて取った年始の特別休暇を利用して首都のシンキョウ市へ出てきていた。
 というのは年末にショウがシスカの記憶を得たことで、ショウが暮らしていた町の記憶がシスカが小さい頃住んでいたシンキョウ市カツネ区の記憶と重なることがわかったからだ。今回この町に出てきたのはそれを確かめるためだ。
 そしてその目的はほぼ達成された。シスカは小学校5年生までしかここに暮さなかったため、10年以上が経過し完全に一致はしなかったが、ショウの暮らしていた町のディテールはほぼこの街と一致した。
 ただショウの通っていた高校は、シスカが通っていたマサゴ第二高校がベースになっていた。シスカがマサゴ市へ引っ越してからはデータがないため、後を追うショウの環境はマサゴ市のデータを継ぎはぎして構成しているようだ。
 シキシマと上った坂道や手を挙げて別れた交差点もほぼそのまま存在した。
 住んでいた家はシスカが暮らしていた集合住宅だった。シスカの記憶の曖昧な部分は実際の風景が証明した。シスカの記憶には曖昧にしか残っていないものでも、ショウの世界でははっきりと正確に表現されていたのだ。
 ただショウの両親の記憶を始め、ショウの中でもぼやけてしまいはっきりとしないものも多かった。ショウがシスカに復活する際に、記憶が部分的に切り離されたようだ。
 だが、シスカの頭の中にあるパーツを使ってショウの世界は構成されている……という結論はほぼ的を得ていると思われた。シキシマの思いつきは戯言ではなかったのだ。
 精神的にも肉体的にも最悪の状況を向かえていた幼いシスカは、激しいダメージを受けた自分自身をショウとして切り離したのだ。そして最悪の記憶を封印し、シスカの頭の中に徐々に構成された穏やかな世界の中で、普通の日常生活を送らせていたのだ。
 それはシスカの根本を破壊しないための一種の自己防衛だったのかもしれない。シスカはそんな風に想像していた。
 シスカは一連の検証を済ませカツネ区にある最寄りの駅から地下鉄に乗り首都の中心であるシンキョウ駅へ向かっていた。
 家までの道のりは遠い。シンキョウ駅から高速鉄道で5時間、そこから小型の飛行機に乗り換えて2時間、マサゴ市の空港からはトロリーバスとライトレールで家まで、合わせると乗り継ぎ時間を含めて最短9時間弱の道のりだ。
 高速鉄道を利用すると全行程航空機を利用するより時間は相当かかるが25%ほど割安になる。給料の安い身にはこの差額は大きかった。
 次のマエハマ駅は副都心と呼ばれるカツネ区一の大きなジャンクションで、シンキョウ駅に向かうにはここで地下鉄を乗り換えなければならない。
 シスカはふと思い立ち、窓に映る自分の姿から目を離して携帯電話を忙しく操作し始めた。
 そしてこのまますぐ高速鉄道で出発しても空港での連絡が悪く、乗り継ぎに6時間以上の待ち時間が有ることを確認するとこの後の行動について考え始めた。
 まもなく電車はホームに滑り込み、窓の外は照明と華やかな人々で明るくなった。

 マエハマの駅は最近再開発されたようで記憶とはまったく異なっていた。
 地下鉄のホームは地下3階にあるが、そのホームからショッピングビルの10階までが吹き抜けとなっていて広大な空間を構成していた。
 電車を降りたシスカは驚いたようにゆっくりと上を見上げ、それから真っすぐエスカレーターに向かった。
 改札を出てインフォメーションボードを確認すると、吹き抜けに空中回廊のように設けられたエスカレーターを上って行き5階で降りた。
 そこはレディスのストリートモードを扱ったフロアで、こんな場所に来るのは初めてだった。
 シスカはオリーブドラブの作業着のような厚手のブルゾンとジーンズという格好をしていた。今まで自分でその格好に不満や疑問を持ったことはない。
 しかし今は我慢ならなかった。ショウの感性がそうさせているのだ。
 ショウにとってシスカのファッションはあまりにシンプルで実用的に過ぎるのだ。
 女性であることを拒絶し、実用的な作業服のような服ばかりを選択し、目立たないような物ばかり持っていた。
 目立ちすぎる必要は無いがもう少し見栄えを考えて選べばいいのにと思っていた。
 男であるショウはこれまで自分の格好に特に気を配ったことはない。はっきり言って無頓着だった。
 しかしシスカがこれに無頓着でいるのはもったいない気がしていた。
 おっかなびっくり通路を歩きながらショーウィンドウの中を覗いているとショーウィンドウの中と目が合った。
(うわっ!まずい)あわてて目をそらし立ち去ろうとしていると「シスカ……じゃない?」目が合った人物に声をかけられた。あわてて顔を見るが全く覚えがない。
(誰だろう?)と思っていると「シスカだよね。私のこと覚えてないよね?私アキヤマ・ヨウコ、小学5年の時同じクラスだった。」
 そう言えばマサゴ市への引っ越しが決まったときお別れ会を企画してくれた友達の中にアキヤマ・ヨウコという名前の子が居たのを憶えている。
「ああ。ヨウコ?憶えてるけどごめん、顔と名前が一致しない」シスカは少し曖昧に答えた。
 ヨウコと名乗ったその人物は美人とは少々言いにくいが整った顔立ちの、メガネの奥に利発そうな目がのぞく中肉中背の女だった。
「だよね。私もシスカじゃなかったらわからなかったよ。あ・ごめんね変な言い方だったよね」と申し訳なさそうに謝った。
「いいよ。僕みたいなのはそうはいないから」シスカが短く答えるとヨウコは「時間が有るならそこの喫茶室で話さない?」とシスカをお茶に誘った。
 フロアーの隅にあった喫茶室に2人で入ると、見晴らしの良い窓のそばの席を占拠した。飲み物を注文し終わるとヨウコは「ごめんね。ちょっと連絡を入れてくる」と携帯電話を取り出し一旦店の外へ出た。
 しばらくして飲み物が届く頃ヨウコは戻ってきた。「私、さっきの店の店長を任されてるの。連絡入れたからしばらく大丈夫だわ。でね……」ヨウコは懐かしそうに話を続けた。
「今もマサゴ市に住んでるの?サエはどうしてるの?」ひとしきり両方の現状確認と報告に時間を割いてから、「シスカは今日は何か用事で?」とここに来た目的を尋ねられた。
 シスカは一瞬固まってから照れくさそうに「この恰好を何とかしようと思って」と答えた。
「じゃあ……」とヨウコがシスカの服をコ―ディネートしてくれることになった。
 もちろん自分の店の商品を売るのが目的だと正直に言ってくれたが、気に入ったものがなければ勤務時間が終わってから他の店に付き合ってもいいと言ってくれた。アクセサリーや靴やメイクまできちんと見届けたいようだった。
「そのセンスだからね。今持ってる服は全部そんな感じ?」ややあきれた感じで聞いてきたヨウコに、そうだと答えると「予算は?何着か替えもいる?」話はどんどん大きくなった。
 シスカは男であるショウのセンスと、シスカの実用一点張りのセンスとだけでは選ぶ自信がなかったので、その話にありがたく乗ることにした。
 特別手当を含むボーナスが入ったばかりだったし、クレジットカードも持ってきていた。

 それから慌ただしい時間が始まった。服は着まわしの利く普段使いの物を2セット、それに若干フォーマルよりの物を2セットを揃えた。ヨウコの店は「お手頃価格」路線を取っているのでなんとか予算内に収まった。あとはヨウコの勤務が終わるのを待って他の店で不足した物を揃え、薄いメイクまですませた。
 最後にヨウコの店に戻り更衣室を使わせてもらい、せっかくなので若干フォーマルよりの1セットに着替えさせてもらった。
 プラチナの髪に合わせたシックなデザインの濃色のハーフコートに、膝上のスカート、下にはいたスキニーパンツは実は寒さ対策で、それにかかとが低めのショートブーツを合わせてある。マフラーと耳まで覆う帽子もセットだがこれはマサゴ市の空港に着くまではお預けだ。
 耳元にはイヤリングが揺れている。
 これは飛行機がデザインされた珍しいもので、恐る恐る付いて行ったアクセサリーの店でシスカがこれがいいと飛び付いたのだ。
 決して派手ではないが驚くぐらい映えるようになった自分に驚きながら更衣室を出ると、ヨウコが「ほーら。やっぱり映えるよ。今まで何してたんだろうね」とはやし立てた。
 荷物が増えた分は宅配便で送る手配をして荷物を減らした。
 ヨウコがシンキョウ駅まで付き合ってくれることになって、地下鉄に2人で乗り込んだ。
 長身ですらりと伸びた長い足を持ったシスカは、足のシルエットをそのまま出したことでその特性が引き出され、そのプラチナの髪とあいまって非常に人目を引いた。
 衆目を集めたシスカは、マサゴ市で同じように衆目を集めた時とは違う体験をすることになった。シスカにとってそれは苦手なことだったが、ショウにとっては快感だった。

 電車の中でヨウコは少し静かにしていたが意を決したように話し始めた。
「あのね、私これからシスカと一緒にマサゴ市へ行こうと思うの」
 シスカは言われている事の意味が分からず、しばらくじっとヨウコを見下ろしていた。
 ヨウコはしばらくだまってシスカの目を見ていたが、もう一度同じセリフを繰り返した。
「それ、どういうこと?」シスカは驚いて尋ねた。
「色々あってね。私さっきお店をやめたの」
「えっ。なぜ?」
「色々あるのよ。もう辞めることは決まっていたの。それを今日にしただけ……」
「だけど。なぜマサゴ市なんだ。それも今から……」
「思いっきり遠くへ行ってしまいたかったの。私、決めたらすぐの人だから。ううん。心配してもらわなくても大丈夫。退職金もちゃんと振り込まれるし、しばらくは困らないわ。むしろ困るのはお店の方かも」といたずらっぽく笑った。
「マサゴに着いたらとりあえずホテル暮らしから始めて安いアパートを探すわ。こっちの家は落ち着いたら処分する。貯えの有るうちに仕事も探して新生活をスタートするわ。これで結構たくましいのよ」そして肩からかけた鞄を指して「これ、いつでも出発できるように旅支度が全部入ってるのよ」とふっきれた表情だ。
 シスカに有無を言う暇を与えず、シンキョウ駅に着いて早速ヨウコはチケットの手配を始めた。
 旅行センターに駆け込んでまず飛行機のチケットをゲットした(最後の1席だったらしい)。高速鉄道は2人並んで手に入った。乗り継ぎは1時間で丁度良い。
 チケットの手配ができるととりあえず安心だ。2人は高速鉄道の出発間際まで土産物売り場の散策をすることにした。


(2014/06/11 最終部分を書き直し)
(2014/08/06 更新)
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地下鉄のエルフ(18追加です)

--- 18 ---追加しました。
更新案内のひとりごとです。
18のサイドストーリーです。本文を読んでから読まれることをお勧めします。


 地下鉄の車内アナウンスは次の停車駅がマエハマ駅であることを告げていた。
 ヤスユキは文庫本から目を上げて暫く前から気になっていた女性をそっと観察した。
 彼女がホンマチの駅から乗ってきた瞬間、ヤスユキの目は彼女に釘付けになった。オリーブドラブの作業服のようなブルゾンにジーンズという格好は地味といえばまだ聞こえが良い。野暮ったいと表現したほうがピッタリだ。
 しかしこれだけでヤスユキの目が釘付けになったりはしない。問題はその上で、ボブにカットされた髪がプラチナだったのだ。それだけではない、ちらりと目が合った時に見えたのだが、右目は黒そして左目はなんと透き通るようなブルーだった。それが色白ではあるが東域系のどちらかというと可愛い部類の顔に付いている。
 そのなんとも不思議な組み合わせについちらちらと視線を送ってしまい、自分がストーカー一歩手前であることに気がついて文庫本を読むことに専念していたのだ。
 ヤスユキは本に目を落としていたが彼女が目の前に立ったのには気づいていた。本の向こうにオリーブドラブのブルゾンとジーンズが見えている。
 そっと観察を再開すると彼女はヤスユキの頭越しに真っ暗な地下鉄の窓の方をずっと見ている。(何を見てるんだろう?地下鉄には風景も何もないのに……)と思いながら見ていると、顔を少し左右に向けたり斜めに傾げたりしている。(あぁ窓に写る自分の顔を見てるんだ)そう思うと本に目を戻して口元に手を当てた。
 このまったく外見にかまわないような格好をした彼女が自分の顔をチェックしている様子がおかしかったのだ。(悪いけど……)
 彼女は急に窓から目を離すと今度は携帯電話を忙しく操作し始めた。何かを確認すると今度は窓の外を覗き始めた。電車はホームに入ったのか外が明るくなり、彼女はホームの様子を確認するように見ている。(ここで降りるつもりかな?)ヤスユキはまだ先まで行かなければならないので残念に思いながらその様子を観察していた。
 電車が止まると予想通り彼女はつり革から手を離した。ドアへ向かう一瞬手前、まともに目が合った。その瞬間彼女の口元が微笑んだように見えた。そしてブルーの目に見つめられてヤスユキは一瞬で茹であがったが、そのまま彼女は電車を降り人ごみの中に消えて行った。
 ヤスユキはまだドキドキする心臓を抱えたまま本を読むのも忘れて電車の揺れに身を任せていた。
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200HITに……

 200HITになったようです。
 お越しいただいた皆様ありがとうございます。
 何人かは読んでいただける方も現れて、コメントも頂けて山西喜んでおります。NETが無ければ世に出ることの無かったこんな駄文に、いつでも誰でも簡単にアクセスでき、その上いくつかでも感想をいただけるなんてNETという物の力のすごさを今更ながら感じています。
 何回か触れてはいますがこの物語、我慢できなくなって一気に書き上げてしまえ!!!と、勢いで始めたものですからプロットも何もありません。行ける所まで突っ走って行き倒れでもいいや……などと無責任な乗りで書き始めたものの、感想を頂いたりしているうちにもう少しきちんと進めて行きたいなと思う気持ちも湧いてきました。
 今更新速度が落ちているのはそのためです。行き倒れにならないよう設定を見直したり、構成を変更したりを進めています。遡っての改変も有りえますが、その場合はなるべく小幅なものに留めるつもりです。待っている方がいらっしゃるかどうかは分かりませんが暫くお待ちください。そう長くはお待たせしないつもりです。
 今、新しい挑戦も始めています。ここに発表できるように一生懸命進めていくつもりです。ガンバルゾー!
 では、またのお越しをお待ちしています。
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---19---

 シスカはシンキョウ駅のエントランスにある待ち合わせ場所、“銀の星”のベンチに腰掛けている。そして隣にはヨウコが座っている。
“銀の星”は列車の出発を待つ乗客でごった返していて、たくさん置かれているベンチもほぼ満席だ。2人は列車が入線するまでの少しの間、このベンチで時間をつぶしていた。
「我が国が再び戦争を始めるといった誤解がある。しかし、そんなことは断じてありえない」壁際に置かれているモニターでは国防大臣が声を張り上げている。シスカはそんな彼の言葉に信念や誠意、さらには責任感も感じることができず、ただ胸の奥が冷たく冷えていく感覚だけを感じていた。
 やがて胸の奥の冷たさを我慢することに慣れたシスカは、斜め前に座っている一人の男のことが気になり始めた。

 彼は明らかにシスカのことを気にしている。自分の容姿のせいだろうとシスカは考えていたが、チラチラと視線を向けてくる。
 オリーブドラブの軍服に身を包み、制帽を目深に被っていて、歳は30ぐらいだろうか。肩には2曹の階級章が付いていて、そのすぐ上には3つの矢が交差した徽章が縫い付けられている。この徽章が国境軍の物だということは一般市民の間でも周知の事実だ。
 国境軍、それは本来島国であるイルマが、拠所無い事情で抱え込むことになった陸上の国境線を防衛するため、陸海空軍の枠を超えた精鋭で組織されたスタンドアローンの軍事組織だ。隣国ベクレラとの国境紛争を抱えたキタカタ州北部に展開し、不測の事態に備えている。
 シスカはその徽章を意識した瞬間、心の中に何かが流れ込んでくるのを感じた。それはどす黒い粘着性のもので、心臓の鼓動や神経の昂り方から怒りという感情と恐怖という感情の入り混じった物のように思われた。
 シスカは恐ろしくなってそれを押し止めようとした。しかし、この感情はもう1人の自分、ショウの記憶から来ているように思われ、コントロールは不可能だった。今回の旅の目的はショウの記憶を確かめるためだったが、シスカは改めてショウというもう1人の自分を意識せざるを得なくなった。

「シスカ!斜め前の軍服の彼、わかる?」ヨウコが耳元で囁いた。色恋ごとに縁のなさそうなシスカに対する軽いからかいの気持ちが感じられたが、今のシスカにそれを受け流す余裕は無かった。
 シスカはちらりと顔を上げてまた下を向くと「ああ……マグロだ」と冷たい声で言った。“マグロ”は国境軍の別称だが、“ヤマカガシ”というコードネームと違って蔑称の意味合いが強い。時には死体を表す隠語である上に、陸上では全く役に立たないからだ。うっかりこれを口にすると、軍に対する侮辱罪で罰せられる事もあるため、シスカも普段この別称を使うことはない。どうしてこの言葉を使ったのか、ショウの記憶が関係しているのか、シスカ自身にもわからなかった。
 ヨウコはこの別称が使われたことに驚いたのか、この話題に触れることを止めた。そしてしばらくシスカの横顔を見つめていたが、やがて手持無沙汰気にショルダーバッグから携帯端末を取り出した。

 5分ほどの間ヨウコは携帯端末の画面を操作していたが、発車の時間が迫るとそれをポケットにしまった。
「何の連絡?」少し感情が落ち着いていたシスカは訊いた。
「ううん、ちょっとお別れの連絡をね。急だったから」ヨウコは首を左右に振りながら答えた。
「だったら思いつきで行動しなければいいのに。あとから来てもちゃんと迎えに行くよ」シスカは固くなっていた表情を崩した。
「私は思い立ったら……の人だから。しょうがないのよ」ヨウコはシスカの表情を確認するように覗きながら答えた。
「じゃぁ、行こうか。もう入線してるだろう」シスカは立ち上がった。

 シンキョウ駅の高速鉄道ホームは頭端式になっていて、行き止まりの6本の線路が7本の櫛状のホームに囲まれている。さらにホーム全体は巨大なドームに覆われ、心地よく響く出発のアナウンスが旅情をかき立てる。
 このレトロな雰囲気のホームは、イルマに高速鉄道が初めて作られたとき、以前から運用が面倒で取り壊しがささやかれていた古い駅を文化遺産に指定して転用した物だ。
 シスカは車両番号を確認しながら、自分が乗車する列車が停車している6番ホームを急いでいた。
 この駅の作りは古いのでホームが低く、車両のドアまでは高さがある。そのままではドアまで上がれないので、それぞれのドアの前には移動式のタラップが置いてある。シスカは立ち止まるとエントランスの方に目をやり、軍服の彼がこちらに向かって急いでいるのを確認してからすぐにヨウコの方を向いて「ここだ」とタラップを上がった。
 横に立っていたパーサーがスーツケースをデッキまで上げてくれる。ヨウコは、鞄を肩から提げたままタラップを上がった。
「本当に身軽だな」シスカはあきれて言った。
「思い立ったら……の人だから、って何回言わせるのよ」ヨウコが明るく答えると、シスカもつられて笑った。

 デッキから客室に入るとすぐに荷物置き場がある。ワンコインでロックをかけ、外すとコインが戻る方式だ。シスカはそこにスーツケースを置くとロックをかけ座席に向かった。座席は通路を挟んで2列ずつ並んでいて、家族連れや商用の乗客でほとんど満員だ。リザーブしたシートは進行方向左側で右側の2席はまだ空席だった。シスカはさっさと窓側に腰掛け、ヨウコは通路側に席を取った。
 シスカは座るとすぐに首を後ろにまげてホームを見下ろした。軍服の彼の様子が気になったのだ。なるべく見ないようにしているつもりなのだが、どうしても視線を向けてしまう。そしてそのたびに得体のしれないどす黒い感情に慄くのだ。ヨウコもシスカの上から同じ方向を覗き込んだ。
 ホームの上には軍服の彼がエントランスの方向を見つめたままじっと立っている。
「気になる?」ヨウコはシスカの白い髪の上に顎をトンッと置いて尋ねた。
「何が?」シスカの声は冷たい声を出した。
「彼、誰かを待ってるのかな?」
「さあ……」シスカはどうでもいいような口調で答えたが、目つきは睨みつけるように厳しくなった。
 彼は苛ただしげにエントランスとホームの時計を交互に見ていたが、やがて諦めたように動きだし、タラップを駆け上がって列車に乗り込んだ。
 シスカはそれを確認すると外を見るのをやめ、顔をまっすぐ前に向けた。プラグドアが閉まる気配がして列車は静かに動き始めた。
 プラットホームが流れ去り、古風な作りのドームを出た列車が少し速度を上げる頃、例の彼が客室に入ってきた。
 彼は二人の通路を挟んだ反対側のシートの窓際に座った。通路側は彼の待ち人のためのリザーブなのだろう、空席のままだった。彼は気落ちした様子で流れ去る窓の向こうの景色を眺めている。シスカはそこまでを横目で確認すると、彼を見つめるのを止め、厳しい視線をまっすぐ前方に向けた。得体の知れないどす黒い感情が再び流れ込み始めていたからだ。

 車内放送が次の停車駅がシンキョウセントラルであることを告げた。ビジネス街やショッピング街の中心にあるシンキョウ駅と違って、セントラル駅は官庁街の中心に有る。時間にして10分もかからない。列車は速度を上げきらないままシンキョウの堀端を進んでいく。
「何かあるの?」ヨウコはシスカの様子が気になる様子で訊いた。
「なんでもない」前を見つめたままシスカは答える。
「とてもなんでもないという顔じゃないよ」ヨウコはシスカの顔を見つめる。
「あいつら国境軍は国境線の利害だけで動く。そこに住んでいる住民なんかどうでもいいんだ。だからマサゴでは鼻つまみ者だ。国境警備隊の方がずっとましだ。それだけだ」そう言った後、シスカは自分が別人のような声で喋るのを聞いた。「蜘蛛みたいな長い手足の大男なんだ。吐き気がするほど汚らわしい。ぞっとするほど悍ましい。思い出した……あのマーク……国境軍のだったんだ」
「長い手足の大男?誰のこと?あのマークって、国境軍のマークがどうしたの?」ヨウコはシスカの耳元に口を近づけて、シスカにだけ聞こえるような声で繰り返した。
 シスカはヨウコの言葉に反応しようとしてできなかった。そして苛立ちにまかせて前の座席の背をドスンと叩いた。
 前席の客が驚いてふり返ったので、ヨウコが慌てて愛想笑いを返し「すみません」と謝った。
「ごめん。もう訊かないから。ね!」ヨウコの手がそっと肩に触れる。シスカは目をヨウコの方に向けて、ヨウコを確認しようと必死で眼球を動かす。そしてようやくヨウコに焦点を合わせると唇の端を微かに上げた。それは笑顔と呼ぶにはほど遠いものだった。

 列車は徐々に速度を落とし、セントラル駅のホームに滑り込む。
 セントラルは高速鉄道のために新しく建設された駅で、ホームはタラップを使わなくても乗車できるように高く作られている。列車は停車位置に向かって緩やかに減速を続けている。シスカはドンドンと叩かれる窓ガラスの音に顔を上げた。窓の外にはグレイの大きな帽子とコートの女がいて窓を覗き込んでいる。ヨウコも窓の外を見ていたので2人して窓の外の女を見ることになった。。列車は停止しプラグドアの開く気配がした。
 彼女はなおも窓を叩いている。何か言っているがよく聞き取れない。周囲の乗客も何事が起ったのかとざわつき始めた。シスカも彼女の行動に驚いてはいたが、さらにシスカを驚かせたのは彼女の瞳がシスカと同じライトブルーだったことだ。ヨウコも同じように思っているのか、驚いたように彼女の顔を見つめている。だが、彼女の視線はシスカ達2人には向いていない。シスカは振り返って例の軍服の彼の方を向いた。彼はまだぼんやりと向こう側の窓から外を眺めている。「そこの軍人さん!」ヨウコが彼に呼びかけた。
 彼は窓の外から顔を戻した。そしてシスカとヨウコを見たが、すぐに2人の後ろ、窓の外にいる女に視線を合わせて立ち上がった。
「ヒムカ!」彼は確かにそう言った。女の名前だろうか。
 彼は突如行動した。頭上の収納ラックを開けて鞄を取り出すと、通路を前方に向かってダッシュしたのだ。
 すぐにプラグドアの閉じる気配がして、列車はそろりと動き出す。シスカは窓の外を見つめ、ヨウコもシスカの頭越しに顔を窓の外に向ける。
 列車は徐々にスピードを上げながら1つになった2人の前を通過した。
 彼は彼女をしっかりと抱きしめていた。
 大きなグレーの帽子がポトリと落ちる。
 金色の豊かな髪がふわりと広がった。
「はぁ……綺麗!彼女ベクル人?」ヨウコがポツリと言った。
 ホームの2人はどんどん遠ざかる。
「国境軍の男とベクル人の女?ありえない組み合わせだね。でも彼女の作戦勝ちね」ヨウコの言葉にシスカが顔を上げる。
 ヨウコはシスカの疑問に答えた。「この恋を成就させるには、彼は国境軍を辞める必要があるもの」軽い感じで口に出してからヨウコは言葉を止めてシスカの顔を見つめていたが、やがて笑顔で言った。「2人に祝福を……」
 シスカは諦めたように笑顔を作った。流れ込んでいたどす黒い感情は薄まり始めていた。
 満員の列車は2つの空席を残したまま、最高速度に向けて加速していく。
 ヨウコは北の大地へと旅立ち、シスカは北の大地へと帰っていった。


(2014/06/08 完成し本文に追加)

 *

 小さな空港の到着ロビーは20人ほどの出迎えでいつもより賑やかだった。
 本土最北の特別市ホマレシティからの便は15分ほど前に到着していた。
 キタハラは到着口が見渡せるベンチに座っていた。
 シスカがシンキョウへの1人旅を相談してきたときは精神状態を考えて非常に心配した。
 ナオミのことを思い出して泣きに泣いた日から、夜の発作を恐れてシスカはキタハラの家で寝泊まりしていたのだ。発作はあれ以来起こらなかったが起こした時が心配だった。
 しかし訳を話すその様子に、ずっと寄り添ってきたものとしてこれまでにない安定感を感じ、渋々ではあったが了承したのだ。もっとも了承しなくても結果は同じだろうという思いも少しあった。
『大丈夫だ。迎えはいらない』という愛想の無いメールを受けてはいたが、丁度年始の特別休暇だったこともあって、居ても立ってもいられなくなってここに来てしまったのだ。
 パラパラと到着口から人が出てき始めた。到着した飛行機は70人乗りで、もうその人数ぐらいは通り過ぎていっただろうか。しばらく待っていたがシスカは見当たらない。
(おかしいな)と思ったところに後ろから声をかけられた。
「キタハラ!迎えに来てくれてたのか」シスカの声にあわてて振り向いたキタハラは目を疑った。
 濃色のハーフコートにブーツ、マフラーを巻き、耳まで覆う帽子を被った女がそこに立っていた。
 暫く固まってから「どうしたんだ?」尋ねる声もつい大きくなる。
「似合うか?イメージチェンジしてみた。迎えに来てると思わなかったから行き過ぎるところだったよ」シスカはニッと笑った。
「こっちも気がつかなかった。イメージチェンジってなんでまた。びっくりだな」
 決して派手ではないが驚くぐらい映えるようになったシスカに、キタハラの目はうかつにも釘づけになって少しの間見つめていた。
 シスカもキタハラをじっと見つめていたので暫くお見合い状態になっていたが、パッと目を離すと後ろに控えていた女をキタハラの前に押し出した。
「こちらは?」キタハラは目の前に押し出された女性に驚いて尋ねた。
「ヨウコ、アキヤマ・ヨウコ、小学校5年の時の同級生。今度こっちで暮らすことに決めて一緒に来たんだ」シスカが紹介した。
「ヨウコ?そう言えば引越し前にそんな名前の子がいたな」親として、特殊なシスカの友人関係には神経質にならざるを得なかったので、キタハラには覚えがあった。
「アキヤマ・ヨウコです。お久しぶりですって言ったらいいんでしょうか?」
「そうだな。たしかに名前は覚えてる。久しぶりなんだろうな。でも顔は覚えてないな。ずいぶん大きくなったからな」
「こんなに大きくなりました」ヨウコは少しおどけて言ってから「こちらの町で厄介になることにしましたので、またよろしくお願いします」と愛想よく社交辞令を述べた。
「こちらこそよろしく。で、これからどうする予定だ?」キタハラはシスカとヨウコを交互に見ながら尋ねた。
 シスカが「これからサエのところにヨウコを連れていく。電話で打合せしたんだけど、とりあえず二階に泊めてくれそうなんだ」と言いながらトロリーバスの乗り場に向かって歩き出した。
「私はとりあえずホテルで良かったんだけど」ヨウコが言ったが「節約しないと」とシスカに一喝された。
 2人のかけあいの様子にホッとしながらキタハラは2人を追った。


(2014/08/06 更新)
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クリスマスの冒険

只今、『第1回短編小説コンテスト』に参加しています。山西にとって大冒険です。
テーマは「クリスマスに関わるもの(自分にとってそうで有るものも可とする) 」です。
締切は2011年12月25日の23時なのでいそいそと書き始めております。長いものはとても無理のようですのでショートショートくらいの短~いものを考えています。参加者の皆さんのサイト、偵察してみましたがレベル高いので大変!!!
まあ開き直ってゆっくりと間に合うように書いていきます。早めにできてもここにUPする予定です。

それから「シスカ」18話までを更新しました。セコセコとプロットを作りそれにあわせて少しずつ改変しています。物語の進行に大きな変更はありませんので、わざわざ戻らなくても大丈夫です。
あっ、一つ大きな変更があります。キタハラのファーストネームを仮のものから正式なものにしました。
でも何の影響も無いはずです。山西のこだわりだけです。
まもなく19話がUPできると思います。では……

2011.12.16追記

19話と20話を追加しました。
プロットがやっと固まりました。ギューッとちょっと無理して押し込みました。
大丈夫かな?不安は残りますが一旦これで再開してみます。
よろしければ、どうぞ。



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---20---

 *

 ラサ・タカジュナは試掘井のライザーの中を泥水から海水に置き換える作業が終わろうとするのを、コントロールルームの隣の部屋から窓越しに見ていた。
 反対側の窓の外には厳寒のやや荒れた鉛色の海原が広がっていた。
 この部屋は作業現場もコントロールルームも窓越しに観察することができ、担当でない者が邪魔にならないように進行具合を見るのには都合が良いのだ。作業は順調に進んでいるようで、このまま支障がなければBOPの上部を開放する次の作業に進むはずだ。
 ラサの居るリグと呼ばれる天然ガス掘削用のプラットフォームは、一番近い陸地から50キロほど離れた東北海の真っただ中に孤島のように存在していた。
 その上には掘削やガスの生産用の施設がいくつも置かれ、そのうちの一番大きい建物の屋上はヘリポート、そのすぐ下は居住区域、その下は管理区域で、そこにある1室でラサは緊張する時間を過ごしていた。
 ラサは早世した父親の後を継いでサルベージ会社の社長をしている。まだ31歳でしかも女だ。そんなラサが荒くれ男がほとんどのこの業界でまがりなりにもやっていけているのは、先代の血を引いていることがまず一番の要素で、次に先代から仕えてくれていた優秀なスタッフが彼女を支えてくれていることと、彼女自身の持って生まれた人を引き付けるような魅力ある性格と、人より少し強めの好奇心による所が大きかった。
 ラサは母親からは西域系の顔とブラウンの髪を受け継ぎ、父親からはブルーの瞳を受け継いでいて、そのボーイッシュで端正な顔つきにはショートカットがよく似合っていた。
 ラサはまだこの職ついて3年だがすっかりこの環境に馴染み、まったく門外漢のここの業界での知識も、持ち前の好奇心で貪欲に吸収していた。もちろんラサの立場としてはその努力は必須であった。
 このリグの下には大量の天然ガスが埋蔵されており、商業的に生産が可能なことは、試掘井の掘削ではっきりと証明された。そして数日前からこの試掘井を生産井にするための作業が始まっていた。
 ラサはこのリグの下請け会社の社長としてだけでなく他にも理由があって、もう少しここで作業の成り行きを見ていたかった。しかし、そうはできない大きな理由があったし、さらに夕方に役員会議もある。会議に顔を出さないと役員達に大目玉を食らってしまう。ヘリコプターを待たせてはいるがその出発時間はもう過ぎている。
 ラサはコントロールルームのドアを少し開け、一番後ろに居た管理官に声をかけると部屋を出た。そして廊下を歩き屋上のヘリポートに繋がる階段を駆け上ろうとした。

 そのとき不気味な音と振動がリグ全体を包み込んだ。
 試掘井から泥水が噴出し始めたのではないかと思い始めた時、不快な警報音がリグ全体に響き渡った。
「試掘井で異常事態が発生しています。全員非常事態に備えてください!」スピーカーから警告指示が流れた。ラサは階段を大急ぎで駆け上るとヘリポートに通ずる扉を勢い良く開けヘリコプターに駆け寄った。
「すぐに出せ!」ラサはパイロットに叫んだ。
「だめです社長!テールローターをやられました。噴出で何か飛んできて……」あわてているパイロットに「飛べないんならすぐに船に向かえ!」とパイロットにわめいた。
 ラサはパイロットと一緒に階段を駆け降りるとパイロットを先に船に向かわせた。
 ラサはどうしても起こっていることを確かめたくなって階段室から廊下へ抜け、スピーカーからの「当直員以外はただちに係留船に避難を開始してください」という指示を聞きながらコントロールルームの隣の部屋に飛び込んだ。
 窓の向こうは泥色だった。窓全面が井戸のライザーかドリルパイプから噴出した泥水で視界が無くなっていた。
 あわてて対応しようとしている作業員が泥水の中に数名見えるがどうしようもないのは明らかだった。何人かは吹き飛ばされたのかもしれない。コントロールルームは混乱状態だ。
 管理官がドアを開けてラサに向かって何か喚いているが耳に入ってこない。
 ラサはガラス越しに見える地獄にただ呆然と立ち尽くしていることしかできなかった。
 今噴出しているのは海水のようで、先に噴出した泥を洗い流す勢いで天高く吹き上げている。 どれぐらいの時間が経過したのだろう、突然気体の噴出す音と振動が不気味に響き渡り海水と気体が交互に噴出す状態になった。対応していた作業員の姿も消えていた。コントロールルームのスタッフもドアを開け脱出しようとしている。
(ガスだ!)ラサは部屋を飛び出して一目散に係留船を目指して走った。他人にかまっている余裕は無かった。
 ラダーを飛び降り係留船に繋がるデッキに飛び出したとき大爆発が起こった。
 鼓膜を引き裂くような大音響と爆風を受けて空中へ巻き上げられ、そのまま海面に叩きつけられた。
 海中で長い間もがいた末ようやく海面に顔を出すと、炎を吹き上げて沈んでいこうとしているリグが見えた。周りを見回して係留船を探すが近くには見当たらない。リグはまもなく完全に海中に没した。
 ラサはこの水温だと長くはもたないなと思いながら海面を漂っていたが、浮かんでいた大きめの何かの破片に泳ぎ寄り、何回か失敗してからようやくその上に登った。
 海面には大量の油が広がり始めていた。


(2014/08/06 更新)
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VY Canis Majoris(オレンジの月)

只今、『第1回短編小説コンテスト』に参加しています。山西にとって大冒険です。
それとは別に、VY Canis Majoris(オレンジの月)をUPします。
書いていきながら途中でテーマのクリスマスが入らなくなりました。
ですから、『第1回短編小説コンテスト』とは別に独立したショートショート試作品として仕上げてしまいました。コンテスト用の作品は別に書いていますので、でき次第UPの予定です。
以下試作品ですが、よろしければどうぞ読んでみてください。

2011.12.20微妙に改変
VY Canis Majoris(オレンジの月)

 絵夢は部屋の照明を消しベランダに出て夜空を見上げた。
 絵夢の長い髪は背中の後ろに流れ落ち、白い顔はずいぶん弱くなった月光のせいで輝きを失っていたが、満月であれば真っ白に浮かび上がるはずだ。
 寒気が肌を突く夜空は快晴で、遥か上空には暗いオレンジ色の月がまるで現実の物ではないかのようにぽっかりと浮かんでいた。
 今、頭の上では皆既月食が起こっていて、第2接触を終えた月は絵夢の目の前で地球の影の中にすっぽりと収まっていた。
 月の直径は3,474km、地球の約4分の1で衛星としては不釣合いに大きい。
 地球は直径12,756kmだ。
 絵夢は空想の中で記憶を探り始めた。

 太陽は直径で比較すると地球の109倍の大きさを持っている。
 アルクトゥルスは自由研究で計算した時、たしか地球の約1700倍の大きさになった。
 アルデバランは4700倍の大きさになったはずだ。
 アンタレスは76000倍。
 ベテルギウスは109000倍だったかな。
 ケフェウス座のV354は165000倍。
 ケフェウス座のVV星は190000倍。
 大犬座のVY星は212000倍という結果だったと思う。
 絵夢はこのVY星の横に地球を置いてみた様子を想像し、その目に見えないくらい小さい砂粒のような星をそっと想像上の精密機器用ピンセットでつまんで、潰さないようにそしてなくさないように想像上のプレパラートの上に置いた。吹き飛ばさないように息をするのも慎重にする必要がある。そっとカバーグラスをかけ、水/グリセリン混液1:1をその隙間に浸透させ固定し鏡検すると青い地球が見えるのだろうか。絵夢は我ながらあまりにいい加減な空想にちょっと吹き出してしまった。
 その目に見えないくらい小さい砂粒の表面では、ウィルスのように小さな人間がこれらの恒星の寿命や、大きさや、距離や、誕生や死の時どうなるのかや、中身がどうなっているのかや、さらには宇宙の始まる時の様子や、いつ始まったのかや、大きさはどれぐらいあるのかや、広がっているのか縮んでいるのかや、加速しているのか減速しているのかや、時間の流れや光の速度や重力や、そして宇宙がいつ終わるのか終わらないのかなどを、小さな不正確な装置を使って観測し、計算し、予測し、推測し、仮説を立て、証明しようとしている。
 しかしそんなこととは関係なく、月は第3接触を終え端の方が明るくなり始めた。

 絵夢は部屋に入り窓を閉めると照明を点けた。
(明日のデートは何を着て行こうかな?)今夜の月のようなドラマチックな洋服を持っていない絵夢は、自分のドレッサーの中身を思い起こしながら少し考えた。
(夜はレストランを予約したようなことを言っていたけど、何を食べるんだろう?)絵夢は少し空腹だったのでそんなことに空想を巡らせた。
 絵夢は照明を点けた後は、人間の生殖と生息に直接関係する思考をした。
 
 

コメット(12月24日)

只今、『第1回短編小説コンテスト』に参加しています。山西にとって大冒険です。
テーマは「クリスマスに関わるもの(自分にとってそうで有るものも可とする) 」です。
 参加者リスト(2011/12/24現在)
玩具箱を引っくり返したッ!! 自分 自身 様 この企画の黒幕さんです。詳しくはこちらのサイトで……
Blah-Blah-Time  N0min 様
 sonAs =幸=  藤仲美湖 様
kiminisottoblog  ゆり 様
妄想書架~郭公、KEIの小説ブログ。~  郭公 様
ピクルスの味  のりまき 様
マタアリ 様
白川琉 様
汰丸 様
と山西です。
で、締め切りには一日早いですが今日はクリスマスイブですので、コンテスト参加作品をとりあえずUPします。
すみません本当にショートショートです。

コメット(12月24日) 『第1回短編小説コンテスト』参加作品

 ネオエリア社の最新型旅客機コメットは、ホマレシティの南側を東西に連なる山脈の上空で着陸態勢に入っていた。
 CAのアナウンスは到着予定時刻、天候は快晴であること、空港の気温がマイナス5度であること、気流が乱れているが着陸に支障はないことを告げていた。
 北西風の強まるこの時期、空港への進入はこのコースを使うことがほとんどだ。逆に夏場は南からの風の影響を受け北からの進入になることが多い。

 エルはさっき、窓際の席で目を覚ましたところだった。腕時計を見ると18時20分、アナウンスにあった到着予定時刻に後10分ほどだ。
 隣の席では婚約者のシンが文庫本の上に目を落としている。時計を見る仕草で気がついたのか「目が覚めた?」と声を掛けてきた。
「うん。さっきね。ずっと本を読んでたの?」エルは少し甘えた声を出した。
「エルが寝てからずっとね。古い話だけど結構面白いんだ」と赤い表紙を見せてくれた。
 シンは本のタイトルと大まかな内容を説明してくれたが、エルにとってそれはあまり興味を持てる内容では無かった。
 それが表情に出たのかシンはエルの顔を暫く見つめてから「エルはあんまり本を読まないからなぁ」と言った。
「ごめんね。でも、好きじゃないものはやっぱりなかなか好きにはなれないもの。でも少しづつ好きになるように頑張る!」エルは最後のところに力を込めた。
「無理しなくていいよ。アレルギーにでもなったら大変だ」頑張るエルの様子が可笑しかったのかシンは顔をほころばせた。
 シンは前の席を斜めに覗きこんでから、そのままエルの方へ体を寄せてくると「今日は何の日だか知ってるよね?」と肩を抱いて髪をそっと撫でてくれた。
 エルも体をシンの方へ寄せ、シンの肩の上にそっと頬をのせて「クリスマスイブだよ」と答えた。
「じゃあ僕からのクリスマスプレゼント」とシンは手を伸ばしてウィンドウシェードを上げた。
 エルは窓の外を見て息をのんだ。
 窓の向こうには巨大な漆黒の大理石のテーブルがあって、その上にはこの銀河にある星の数ほどの宝石を詰め込んだ大きな宝石箱をひっくり返したように、ダイヤモンドやルビーやサファイアやエメラルドや瑪瑙や翡翠や……あらゆる種類の宝石がばらまかれていた。
 銀河の星の数ほどもある大小様々な宝石は、星々の原子の光を組み合わせて複雑に屈折させたように万色に輝き、放射状に並んだり、散らばったり、塊まったり、あるいは点滅したりした。
 それらの輝きは前方から新しいものが次々と現れて、そして後方へ滑るように流れ去って行く。
 エルは突然だったことと、あまりに美しかったことで、言葉を発するのも忘れて窓の外に見入っていた。
 コメットはホマレシティの中心部からやや外れた地域を低空で通過する着陸コースを、ILSに従って順調に飛行していたので、この窓からちょうどシティの中心部が斜め下正面に見える。
 そこは眩い宝石の塔が幾つもいくつもそびえ立ち、さながらクリスマスツリーの森の上空に迷い込んだかのような眺めだった。
 エルはシンの手を握ったまま、自分が眩いツリーの森の木々の上を通り過ぎるのを呆然と眺めていた。
 シンは手をエルに預けたまま優しく寄り添って、一緒に流れ去る宝石たちを見てくれていた。

 コメットは大きな川を飛び越えファイナルアプローチに入った。川を越えると町外れになるのか宝石の数はぐんと減って、同時に光はどんどん大きくなって、一つひとつの正体が分かるようになった。
 まもなく迫ったタッチダウンに向けてエンジンの出力を調整しているのか、エンジン音が強くそして弱くそしてまた強く変化する。
 エルはようやく現実の世界に引き戻されて、シンの方へ振り返った。
 エルは言葉を発しようとしたが、奇妙な浮遊感に不安を感じてシンの目を見た。シンもエルの目を見ていた。
 その時、自分の体が左側に傾き始め、エルはシンとつないだ手に力を込めた。
 大きな振動を感じ傾きが大きくなった。
 傾きはさらに大きくなり、振動も激しくなって、機内ではたくさんの悲鳴が聞こえ始めた。
 シンがエルの体を背中から抱え込んでくれた。何か言ってくれているが、騒音のせいで良く聞こえない。
 機体は悲鳴を上げながら少し上昇したように感じたが、弱々しく首をもたげただけで飛び立つことはできなかったのだろう。激しい衝撃が伝わってきた。騒音と振動の中、シートベルトがおなかに食い込む激しい痛みと、力強く支えるシンの手を背中に感じたのが最後だった。

 周りは真っ暗になった。

 エルは窓際の席で目を覚ました。
 心臓はまだ早鐘のように鼓動を打ち続けていた。エルは周りを見回し今の状況を把握しようとした。
 機体は水平で、安定したエンジン音が静かに聞こえている。こちらを向いて座っているCAと目が合うと、彼女は小さく微笑みを返してくれた。
 隣の席では婚約者のシンが文庫本の上に目を落としている。周りを見回す仕草で気がついたのか「目が覚めた?」と声を掛けてきた。
「うん。さっきね。ずっと本を読んでたの?」エルは少しかすれた声を出した。
「エルが寝てからずっとね。古い話だけど結構面白いんだ」と赤い表紙を見せてくれた。
 シンは本のタイトルと大まかな内容を説明してくれたが、エルにとってはそれどころではなく曖昧に相槌を打つのが精いっぱいだった。
 それが表情に出たのかシンはエルの顔を暫く見つめてから「エルはあんまり本を読まないからなぁ」と言った。
「ごめんね。でも、好きじゃないものはやっぱりなかなか好きにはなれないもの……」言葉は途中で止まった。
「無理しなくていいよ。アレルギーにでもなっったら大変だ」シンは顔をほころばせた。
 シンは前の席を斜めに覗きこんでから、そのままエルの方へ体を寄せてくると「今日は何の日だか知ってるよね?」と肩を抱いて髪をそっと撫でてくれた。
 エルも体をシンの方へ寄せ、その手をしっかりと握って「クリスマスイブだよ」と少しこわばった声で答えた。心臓は早鐘のように鼓動を打ち続けている。
「じゃあ僕からのクリスマスプレゼント」とシンは反対側の手を伸ばしてウィンドウシェードを上げた。
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300HITを超えていました

 300HITを超えていました。
お越しいただいた皆様、本当にありがとうございます。
2011年々末の大冒険「自分 自身さん」の規格『第一回短編小説コンテスト』に参加させて頂きました。
 いきなりコンテストなんてどうかな?と思ったんですが、思い切って参加させてもらってとても面白かったです。
 感想もいくつか頂いて、アッなるほど、こう読まれちゃうのか!とか、こういう風に読み込まれるのか…とか、色々と新しい発見もありました。ものすごく独りよがりで書いてるんだなぁと反省しきりです。
 今、他の参加者の皆さんの作品をゆっくりと読み砕いております。参加作品すべてに感想を書き込むというルールですので、ちゃんと書きこませてもらいますので暫くお待ちください。結構読むのが遅い(飲み込みが悪い)もんですから、ごめんなさい。
 年末です。更新は「シスカ」を29日にUPする予定にしています。
 それ以降は年末年始の冬眠に入って環境的にNETか使いにくくなりますので、書き込まなくなると思います。(読んでますけど…)いつ冬眠から覚めるのかは29日に決めます。
 お付き合いいただいてありがとうございます。見ていただいている皆さんに感謝をこめて。どうか孤独に漂流する山西に愛(合い)の手を……


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コメントへの返信

コメント欄へ返信すると読みにくくなりそうなので、今回は本文記事でコメントさせていただくことにしました。
---------------------------------------
以下コメントへの返信です。

高橋様
コメントありがとうございます。
山西は飛行機って大好きなんです。
けど、まったく信用していません。乗った時はなるべく窓際の席を確保。そして窓からエンジンと翼を見張っています。(無駄!無駄!)

マアタリさん
感想ありがとうございます。
想像するのが難しかったですか。
結構独りよがりで書いていたかな、ちょっと反省しています。

自分 自身さん
ウ~ン、説明不足でしたか。2人は婚約者ということでOKかなと思い込んでおりました。
次の作品への糧にします。(糧になるようがんばります)

汰丸さん
感想ありがとうございます。
ドキドキしてもらえてよかったです。
実はそれが狙いだったんですがなかなか上手くいきません。

のりまきさん
こちらこそお知り合いになれたらありがたいです。
いい感じに想像できたみたいでうれしいです。
一種の「夢落ち」と思いますが、正夢だったら?シンの行動はまったく同じですもんね。

藤中美湖さん
こちらこそよろしくお願いします。
頭?とんでもないです。ゆっくりとしか動きません。
飛行機は乗客として乗ったことがある程度ですよ。でもとっても好きです。
ロマンチックなプレゼントを用意しましたが、気に入っていただけましたら幸いです。

ななさん
実は、ホラーでした。
恐がっていただけた方はほとんどいらっしゃらなかったんですが、これも狙いの一つでした。
構成力の甘さを反省しています。どうも思い込みでどんどん書いちゃうんですね。反省!

郭公さん
感想ありがとうございます。
そうです。一種の「夢落ち」ですね。やっぱり表現力も反省します。
物語と展開ほめていただいてありがとうございます。

『第1回短編小説コンテスト』参加者の皆様、感想ありがとうございました。
皆さんの作品、きちんと読ませていただいたら感想を書き込みに窺います。
暫く時間を頂きますようお願いいたします。
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---21---

 *

「おっと」クラモチは頭をぶつけそうになりながら19番のくぐり戸をくぐった。
 丁度夕食の時間だったので店内は客でにぎやかだった。
「いらっしゃいませー」愛想の良い声が響くが聞いたことの無い声だ。首を傾げながら奥を覗くと1人の女性が出てきた。
「見たことの無い顔だな」クラモチが訝しげに尋ねると、「常連さんですか?私、新人です。よろしくお願いします」と愛想よく笑った。
「ごめんなさい」奥の戸が開いてサエが顔を出した。「うちのニューフェース、アキヤマ・ヨウコさん。今日から手伝ってもらうことになったの。小学校時代の同級生なのよ。かわいがってあげてね」
「新しい就職先が決まるまで、ここでお手伝いしながら2階に居候させてもらうことになりました。みなさんよろしくお願いします」ヨウコが客に声をかけると歓声が上がった。
「そうなのか。俺はクラモチだ、こちらこそよろしく」クラモチの顔はかなり緩んだ。
「クラモチ!顔がゆるんでるぞー」とまわりの客が声をかける。
「うるさいぞ」クラモチはまわりを威嚇してから「で、今日シスカは?」と少し顔を戻して訊いた。
「今日は8時から歌うことになってるからもうすぐやってくると思うわ。歌の時間には間に合うようにって決めてるけど、やってくる時間はシスカの自由だから」サエが答えた。
「そうか。じゃあ晩飯食ってこうかな」と近くのテーブルに座り「ヨウコ、今日のお勧めは?」ともうなれなれしくヨウコを呼んだ。

 クラモチが夕食を済ませるころ19番のくぐり戸が開きハーフコートの女が入ってきた。
 食器を重ねながら何の気なしにクラモチは女のほうを見ていたが、女が帽子を取ると目を剥いた。取った帽子の下からプラチナの髪が出てきたのだ。
「シスカか?」クラモチは唸ったが、他の客の反応もおおむね同様だった。
「シスカ!今日はやけにおめかしだな」みんなから声がかかるが、クラモチは驚きが勝って声をかけ損ねた。
「今日は金曜日だからな。サービスだ」ハーフコートを脱ぐと帽子と一緒に抱えてシスカは奥の部屋へ入っていった。
「びっくりした?シスカ変わったでしょ。私もシンキョウから帰って来た時びっくりしたもの」サエが後ろから声をかけてきた。
「そうだな。女になった。俺がずっと目を付けていただけのことはある。だが、どういう風の吹きまわしだ。この前は妙におしとやかだったしな」クラモチはマザー2でのことを思い出しながら奥の部屋の方を見やった。
「色々あったみたいよ。ここのところ不安定だったでしょ。でもシンキョウへ行って落ち着いたみたい。おしとやかから元に戻てしまったもの。ヨウコまで連れて帰って来たし」
「それは関係ないでしょ。私は私の都合で付いて来たんだから。服はね、私のコーディネートなの。頼まれたのよ」会話の端を聞き付けてヨウコが話に入ってきた。
「シスカが頼んだのか?これは驚きだな」クラモチは驚きの表情になった。
「恰好だけでなく歌がどう変わったのか、俺が評論家の耳で確かめてやる」
「私も今日が初めてなんでとっても楽しみにしてるの。シスカと歌って私にとって繋がらないもの」ヨウコは時計をチラッと見ながらはしゃいだ。いつもの時間はそろそろ過ぎようとしていた。
 シスカの歌が良くなった、といううわさは船内でも話題だった。
 マザー2に乗っている限り、ヘリコプターはよく利用することになるので、別会社であるヘリコプター運行会社の社員であってもシスカを知っている者は結構多い(レアな女性整備士であるからよけいにだが)。
 シスカを知っている者の中には食事がてら歌を目当てに19番に行く者も何人か居て、歌が良くなったと評判になっていた。クラモチも常連として歌を聴きに来ていたくちだったが、この噂を聞きつけて今日やってきたと言うわけだ。ここのところ海洋調査で忙しかったのだが、事故でドック入りしたマザー2の修理対応がひと段落して時間ができてきたことや、事故のときのシスカの様子が気になっていたということもある。

 そのとき、またくぐり戸が開いて見慣れた女が入ってきた。「アッちゃん」クラモチは両手を広げてお約束どおりアツコに近づいたが、これもお約束どおりアツコは厨房から出てきていたシユの後ろにスッと逃げ込んだ。そしてシユの後ろから首だけ出して「こんばんは、リーダー」と愛想笑いを返した。
「いやだよ。この子は、私は壁かい?」シユは笑った。
「あなたがシスカのルームメイトのアツコさん?はじめまして私ヨウコ、アキヤマ・ヨウコです」ヨウコが手を差し出しながら声をかけた。
「私こそ始めまして、話は聞いてます。シマ・アツコです」と差し出された手を無視してアツコはいきなりハグをした。そして驚いているヨウコに「今日はどうしてもシスカの歌声が聞きたかったんで来ちゃいました。良くなったってすごい噂なんで」と言った。
「仕事忙しかったんじゃなかったの?」サエが横から口を出したが「最終の調整は艇長に任せちゃいました。行ってこいって、言い出したら聞かないんですよ」アツコは困った顔になった。
(キリュウだったら言いそうなことだ)クラモチは頑なになっているキリュウの顔を思い出していた。
「仕事って確か潜水艇の?」ヨウコが興味深そうに尋ねた。
「ええ。事故で故障したから今修復の最終段階で、これが終わったら現場に復帰するんです。今回のステージを逃したらまた海に出ちゃうだろうからって」
「すごいなぁ。潜水艇のパイロットなんて」ヨウコは夢見るような目をしている。
「いえ。コ・パイロットですよ。しかも新米の」アツコは笑った。
サエは「なかなか頑張り屋さんなんだよ」と言ってアツコの肩をポンと叩くと、打ち合わせのために奥の部屋へ入っていった。
 ヨウコはスタッフなのでシユと一緒に厨房の中に入った。アツコは席がもういっぱいだったので、立ち上がって空けてくれたクラモチの席に遠慮がちに座った。もちろんクラモチはすぐ後ろに立ってアツコの肩に手を置いた。(一応遠慮がちに)

 しばらくすると奥の部屋からサエが出てきて、マイクを持って「シスカ!歌って」と軽い調子で言った。そして出口に一番近いテーブルにいつものトマトピューレの空き缶を置いた。
 奥の戸が開いてシスカが出てきた。シスカは黒いノースリーブのワンピースにブーツという格好で、小さなステージというか段差に上がった。
 そしてプラチナの髪を揺らして深々とお辞儀をする。イヤリングがキラリと輝いた。
 ドオッと歓声が上がり、拍手が起こった。
 プラチナの髪と白い肌は黒い衣装によく映えた。胸元のアクセサリーもキラキラと照明を反射し、シンプルなデザインの衣装にアクセントを加えている。アクセサリーが良く見ると飛行機のデザインなのはご愛敬だ。(どこでこんなデザインのものを探してきたんだ)
 セーターにジーンズというやぼったい恰好でやや素人っぽく歌う以前のシスカは影をひそめ、控え目ながらもステージに立つその姿は一人前の歌い手に見えた。
(何があったか知らんが見かけはずいぶん良くなったな)と思いながらクラモチはニヤついてくる顔を抑えることができなかった。
 いつの間にこんなに集まったのだろう、テーブル席は合席でいっぱいの上、立っている客も20人以上いる。そんな熱気の中シスカのステージは始まった。

 トマトピューレの空き缶の中身を勘定しながらサエはホクホク顔だった。
「すごいね!こんなの初めてだよ。シスカ」
 シスカはそれを興味のなさそうな顔で見ている。
「すごかったわ。私感動した。涙が止まらなかったわ。いい声だね」ヨウコはまだ興奮気味だ。
「びっくりした!信じられない!こう、鳥肌が立つ感じだよね」アツコもまた両手を握り締めている。頬も少し赤いままだ。
 クラモチは4人の女に囲まれてグラスを片手にチビチビやっていた。客はもう引き揚げてクラモチだけが残っていた。
 不覚ながら感動で胸がいっぱいになっていた。湧き上がる涙をこらえるのに苦労したが今はようやく治まっていた。
 シスカの歌がそれだけの力を持っているということを認めざるを得なかった。
「締めて63240イキューだからシスカの取り分は31620イキューね。いつものように後で税金引いて振り込むから、明細は明日以降取りに来て」サエが発表した。
「サエが半分も取るのか?ぼったくりだな!」クラモチが後ろから声をかけた。
「ぼった……。人聞きの悪い!ステージを貸してるんだからこんなものよ。伴奏私だし。ちゃんとシスカとも合意の上よ」サエが抗議の声を上げた。
「シスカはいいのか?そんなんで」クラモチがシスカの方を向いて訊いた。
「いいよ。僕は歌えるだけでもいいんだ。あまり金儲けとして考えたくない。そんなに上手いとも思ってないし」シスカは興味なさそうに厨房の方を見ている。
「上手くないことなんかない。俺は一流だと思うぞ。これだけ俺を感動させるんだ。もっと金も取れる」クラモチは力説したが、シスカは笑って顔を左右に振って流してしまった。
「私ベクル語を喋るんだけど、シスカのベクル語の歌詞もすごく良かったわ。ネィティブだし」ヨウコも言った。
「喋れるわけじゃない。言葉はもう忘れてしまってるけど歌詞だけは覚えてた。なぜだかわからないけど」
「幼い頃歌い聞かせてもらったんだよ。きっと……」サエは言葉を途中で気遣わしげに切った。
 クラモチは微妙な空気を感じ、シスカは少し遠い目をしているように見えた。
「こんなとこじゃなくてもう少し大きなホールを使うことを考えた方がいいかもしれないわね」サエはトマトピューレの空き缶を眺めながら誰とはなしに呟いた。
 聞こえていたのかシスカが「いや。今のままでいい。この小さな段差のステージで、ここのお客さんでいい。今の仕事が好きだし。歌で食っていくつもりはない」頑なに言った。
「もったいない。絶対たくさんの人が聞きたがると思うわ。私初めてでもう虜になったもの」ヨウコは残念そうな顔をした。
「私ももったいないと思うけど、シスカの気持ちもわかるかな」アツコがクラモチを見た。
「今の仕事を大事にしてくれるのはうれしいがな。そうだ、マザー2は来週ドックを出る。WR2も復帰する。また仕事を頼むことになるからよろしく頼むぞ。シスカ」とクラモチは帰り支度を始めた。
 するとヨウコが「えー、いいなあ船のお仕事、雇ってもらえないかなぁ」と冗談っぽく言った。
「何か特技でもあるか?」クラモチがきまじめに訊くと「えー特技?看護師だって事ぐらいかな」とヨウコが答えた。
「看護師なのか?」
「なに?その目は。これでも私、大卒だよ。しかもかなり優秀!」と顔を上げた。
「見かけによらんな」クラモチは驚いたが「憶えておく」と答えた。
「よろしくお願いします」ヨウコは営業スマイルに切り替えてにこやかにお辞儀した。
「じゃあもう遅いし俺は引き揚げるぞ」クラモチはくぐり戸をくぐって外に出た。
 女連中は4人そろって店の前の出てきて並んで「ありがとうございましたー」と頭を下げた。
(悪い気持はしないな)と思いながら手を上げて歩き出すと「よろしくお願いしまーす」とヨウコの作った声が追いかけてきた。
(何をよろしくだ?)と思いながらもう一度手を軽く上げてアーケードをライトレールの方に向かって歩き出した。


(2014/08/09 更新)
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21話それとコメント返信追加です。

 12月29日です。「シスカ」21話をUPします。
 ショートショートを気に入っていただけた方、もしいらっしゃいましたら、こっちの方も読んでみませんか?ダラダラやたらと長いし、くどいので根性がいりますけど……
 すみません。すみません。やっぱりお勧めしません。やめておきます。無かったことにしてください。
 明日から年末年始の冬眠に入って環境的にNETか使いにくくなりますので、書き込まなくなると思います。(読んでますけど…)冬眠から覚めるのは1月4日の予定です。
 お付き合いいただいてありがとうございます。見ていただいている皆さんに感謝をこめて。どうか孤独に漂流する山西に愛(合い)の手を……


N0minさん感想ありがとうございました。
面白かったですか?過分なお褒めのお言葉、本当にありがとうございます。
とっても嬉しいんですけど、次回作にまで期待いただいてちょっとプレッシャーです。
気になさっていた部分ですが、山西も何度も書き直した部分でした。締め切りが迫っていましたので(どうしても24日にあげたかった)この状態でUPしましたが、仰るとおりかもしれません。
結末の感想、作者の意図を読み込んでいただきありがとうございます。自分だけの思い込みでどんどん書いちゃたかな?と萎れておりましたので少しほっとしています。
N0minさんの作品、きちんと読ませていただいたら感想を書き込みに窺います。
暫く時間を頂きますようお願いいたします。
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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
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アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
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