Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

はじめに

 ようこそいらっしゃいました!
 管理人の山西と申します。
 この世にワールドワイドウェブというものが誕生してからどれくらいの年月が経過したのでしょうか?
 長い年月が経過(20年程でしょうか?)した後、そのワールドワイドウェブの辺境の地にこのサイトを開設する運びとなりました。なにぶん辺境の地ですので訪ねてくる方も何人居らっしゃるのか、あるいは居らっしゃらないのか?
 このサイトでは、これまで冒頭部分をコミックとして書き始めて画力のなさに断念したものや、頭の中にだけあったストーリーを改めて文章に書き起こして載せてみます。なんだわからない駄文も載せてみます。また何か挑戦できることがあればやってみます。
 尋ねてくださる方があれば道ができるでしょう。
 1人でボーっと物語を考えたりするのは幼いころから好きだったので、たくさん頭の中で積み上がって発酵しています。中には腐敗しているものもあります。
 小説を書けるほどの技量はないのですが、これを全部このまま腐らせるに忍びなくなりました。
 何とか発酵したものと腐敗したものを上手くより分けて、記録に残しておく場所にしたいと思っています。
 整理していればその過程で、何か新しいものも生まれる事もあるかもしれません。
 そのようなものでもお気に召しましたなら幸いです。もしご面倒でなければ拍手・コメントをいただけるととっても喜んで次に進みます。

 当サイトはリンクフリーです。どこにリンクを張っていただいてもかまいません。 連絡は必要ありませんが、メールででもお知らせいただけると山西は喜びます。

 このサイトに掲載された山西作成の小説・イラスト・写真の著作権は山西に帰属します。 転載、加工、再配布はご遠慮ください。また掲載しているフリーのイラスト・写真などはその作者の意向に従います。

 当然ですが掲載された小説はすべてフィクションです。専門知識も無しにストーリーを進めておりますので事実と異なる部分が多々あります。あくまで仮想世界での話ですのでご理解とご容赦をお願いします。

Since 2011.10.01

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目次

★シスカのイメージなど、いただいたイラストの記事です。
テンプレートとお礼!・
B787と700HIT・
アルマクってどんな子?・
シスカを見つけました。・
ユズキさんにイラストを描いていただきました~。
limeさんがシスカを描いてくださいました。そしてシスカの完結。
★長編: 物語の内容などは
「うちのオリキャラ」
「シスカの世界」
を参考にされるとよいかも……

☆シスカ(完結) 
プロローグ
1・
2・
3・
4・
5・
6・
7・
8・
9・
10・
11・
12・
13・
14・
15・
16・
17・
18・
19・
20・
21・
22・
23・
24・
25・
26・
27・
28・
29・
30・
31・
32・
33・
34・
35・
36・
37・
38・
39・
40・
41・
42・
43・
44・
45・
46・
47・
48・
49・
50・
51・
52・
53・
54・
55・
エピローグ・

☆シスカ・サイドストーリー
アモルファシア(アルナのお話しです。ラサも登場します。そしてシスカはここから始まります)
ナオミの夢
赤い記憶
地下鉄のエルフ
overhead-bin
Prologue Sikisima Miyuki Var.(limeさんのりクエストで書いたプロローグの別バージョンです)
ガントレットトラック(八少女夕さんの企画【オリキャラのオフ会】参加作品です

★掌編・ショートショート
VY Canis Majoris(オレンジの月)
ほうき星
Blue Moon(青の月)(サキの頭の中ってこんなふう?)
隣の天使
マタモヤ天使


【太陽風シンドロームシリーズ】一編ずつ独立して読める掌編です。
太陽風シンドローム
深海少女(シスカのサイドストーリー)
ダイヤモンド・ダスト
ニライカナイ
EEL
マッチ売りの少女
あなたがそうしたいのとおなじように・・・
キャンペーン
ムルチェラゴ
狐画(前編)(後編)
山女魚
フェールオーバ
センチの朝
センチのバトン


★中編・短編
☆V645 Centauri (プロキシマ)(完結・ただし未完成)
1.朔
2.上弦
3.幾望
反省会.
反省会2.
反省会完.

☆メテオそしてエリダヌス(「ショート・ショート メテオ」から発展した「エリダヌスシリーズ」)(アケルナルで完結・以降は続編やサイドストーリー)
Meteor(メテオ)
Eridanus(エリダヌス)1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
9.
10.
11.
最終話.
Achernar (アケルナル).
SAKURA.
サイハテ.
Horologium(ホロロギウム).

☆白い月と黒い月(連作)(夢のように美しい理想郷で展開する孤独な物語)(完結)
白い月
黒い月

☆254(バイクショップ・コンステレーションで繰り広げられる男と女の日常と非日常)(720で一応完結・以降は続編)
254(前編)(後編)
254 enhanced
720(Seven two zero)
1006(ラグランジア)(コトリとシスカの共演です)
8767 Commontern(前編)
8767 Commontern(後編)
696(パイロット国道)(オリキャラオフ会)参加作品
696(足寄国道)(オリキャラオフ会)参加作品
牧神達の午後(オリキャラオフ会)参加作品
いつかまた・・・(オリキャラオフ会)参加作品
166 (254シリーズ番外)


☆アスタリスク(宇宙空間で行われる賭けレース“アスタリスクレース”のパイロット、アルマクの物語)(未完)
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(ウェヌスの末裔)
(バルキリーの選択)-1
(バルキリーの選択)-2
(11)
(12)「チョコレートリキュール」前編・後編
(ウェヌスの印)
(最果てへの旅)

☆フォーマルハウト(サキの書いた初めてのファンタジー)(未完)
フォーマルハウト「プロローグ」
フォーマルハウト2「アルドラ」
ツィー Tsih
ワタリ Watari
ガザミ(Gazami)


☆新世界から (未完)
新世界から Scene1
新世界から Scene2
新世界から Scene3 (1)
新世界から Scene3 (2)
新世界から Scene4

★シリーズもの(1篇ずつでも読むことができます)
☆物書きエスの気まぐれプロット
物書きエスの気まぐれプロット
物書きエスの気まぐれプロット(2)
物書きエスの気まぐれプロット(番外)八少女夕さんとのコラボ作品です
物書きエスの気まぐれプロット Dreamy Wonderland 1/2
物書きエスの気まぐれプロット Dreamy Wonderland 2/2
物書きエスの気まぐれプロット(アプリコット色のヴィラ)
物書きエスの気まぐれプロット(4)
物書きエスの気まぐれプロット(5)コハクの街
物書きエスの気まぐれプロット(6)コハクの街
物書きエスの気まぐれプロット7(1コマに戯れる)
物書きエスの気まぐれプロット8(H1)
物書きエスの気まぐれプロット9(接触点)
物書きエスの気まぐれプロット10(南風)
物書きエスの気まぐれプロット「FindYou」
物書きエスの気まぐれプロット(ムルチェラゴ)
物書きエスの気まぐれプロット(12)前編
物書きエスの気まぐれプロット(12)中編
物書きエスの気まぐれプロット(12)後編……と、エスの部屋
物書きエスの気まぐれプロット(13)
物書きエスの気まぐれプロット(14)三宮D.S.S(ダブルスリップスイッチ)
物書きエスの気まぐれプロット 炉心融解  1/2
物書きエスの気まぐれプロット 炉心融解  2/2
物書きエスの気まぐれプロット(番外)新しい年
物書きエスの気まぐれプロット(16)
物書きエスのきまぐれプロット(H1A)
物書きエスの気まぐれプロット(神様の降りるところ)
物書きエスの気まぐれプロット(20)
物書きエスの気まぐれプロット(21)新年・コハク来襲
物書きエスの気まぐれプロット(22)午後のパレード
物書きエスの気まぐれプロット(23) エスはしゃぎまくる
物書きエスの気まぐれプロット(24)Breaking Silence
物書きエスの気まぐれプロット(お知らせ)
物書きエスの気まぐれプロット(25・前編)北極星に呪いを・・・
物書きエスの気まぐれプロット(25・後編)北極星に祝福を・・・
物書きエスの気まぐれプロット(26)クリステラと暗黒の石


☆絵夢の素敵な日常(空気の読めないお嬢様、絵夢が素敵!と感じたことを感じたままに写し取る、読んでくださる方の気持ちなど全く考えない、とっても自分勝手なショートストーリー)
(1)
(2)
(3)
(4)前編・後編
(5)
(6)
(7)
(フム・アル・サマカー)
(9)
(番外アルテミス達の午後)
(The Horizontal Blue(s))
(10)Promenad
HONG KONG EXPRESS(香港急行)
OSAKA EXPRESS(大阪急行)
(11)(ラグーン)
(12)Porto Expresso
絵夢の素敵な日常(初めての音)Porto Expresso2
Promenade 2
初めての音 Augsburg
初めての音 Porto Expresso3
カーテンコール・ジョゼ
カーテンコール・ミク
AIRPORT EXPRESS
貿易風(alisios) 前編後編
それぞれのロンド
ハニ・・・フラッシュ




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プロローグ

  シスカは国境の丘から目を戻し、ゆっくりと歩き始めた。西側の丘には濁った灰色の空をバックに大きな赤黒い太陽が沈んでいく。夕日が稜線にかかるとたちまち光は弱くなり、それにつれて気温がぐんぐん下がり始めた。シスカは途中から急ぎ足になって、そしてついには小走りになって丘を下って行く。
 完全に暗くなるまでに町に戻る必要があった。

 *

 ヤマネ・ショウが自分の中にもう一つの人格を感じるようになったのは2カ月ほど前からだ。
 自分の記憶が途切れていたり、知っているはずの無い知識がいつの間にかあったり、消極的で恥ずかしがり屋の性格ゆえに非常に苦手としている歌を上手に歌っている夢を見たり(熱唱していたりするのはさらに驚きだ)機械をいじりまわしている夢を見たり……。
 夢は非常にリアルでその中の自分はあらゆる動作を軽々とこなすことができ、はつらつとしていてその身体能力は病弱な自分よりもかなりすぐれていた。
 精神障害かとも思ったがそれなりの人生でそんなに精神的重圧がかかったことなど思い浮かばない。医者に行くことも、友人に相談することも、まして両親に打ち明けることも怖くてできないまま時間ばかりが経過していった。
 今も授業の終わったチャイムが鳴ったのに気がつくまで記憶が飛んでいる。しかも几帳面な字体で授業のノートが取られている。
(僕の字じゃないし……)茫然として机の上のノートを見つめていると「元気ないね」と後ろから声がかかった。驚いて振り向くとクラスメートのシキシマが立っていた。
 黒い髪をショートにした黒い瞳を持ったかわいい系の顔立ちの女の子で、ショウにとって声をかける勇気のない分類の子だ。まあショウにとってはほとんどすべての人類が程度の差こそあれ声をかける勇気のない分類に含まれるのだが……。
 今まで話をしたことがなかったので(なんで僕なんかに声をかけてくるのかな)と思いながら「あっ。いや。」と返事はしたが、驚いてドキドキなのは丸わかりだ。
「どうしたの?もうみんな帰ったよ。当番済まして戻ってきたら1人でボーっと座ってるからびっくりしちゃった」
「え?みんな帰ったの?さっきチャイムが鳴ったのに」とショウが驚いて周りを見回すと本当にもう誰もいなかった。さっきのノートからまた飛んだらしい。
「だれも声をかけなかったの?チャイムが鳴ってからもう30分以上たってるよ。なんか最近おかしいね?具合悪いの?」
「うん。相当おかしいかもしれない」下を向きながら正直な気持ちを呟くと、シキシマは前の席の椅子を横に向け後ろ向けに座った。
「自分でもわかってるんだ。みんなも気持ち悪がってるよ。そのまま言うけど」シキシマはストレートな物言いをした。おとなしい印象だったのに、素はかなり積極的で押しが強くてストレートな感じだ。
「ごめん」こんなかわいい子に声をかけてもらうだけでもショウの心臓ははちきれそうだ。でもこの実直な態度に何となく頼りがいを感じてしまいショウは話し始めた。「あの。時々飛んでるんだよね。記憶が……」
「それって、何も覚えていないってこと?」シキシマが訊くとショウはうなずいた。
「飛んでるんだけどその間もちゃんと生きてるみたいなんだ。これ……」と机の上のノートを見せた。
 シキシマはノートを見たが意味が良く分からないようだった。「これって普通のノートだよね?」疑問符を含んで訊いてくる。
「でも、僕の字じゃない。ほら」ショウは自分の他のノートを広げてそばに置いた。机の上にあったノートの字は比較的小さめの几帳面な字だったが、横に並んだ他のノートにはあまり上手じゃない四角い字が並んでいた。
 シキシマは机の上のノートの他のページの字とも比較していたが「ふーん」と意味ありげに頷いた。
「わざと字体を変えて書いて私の注意を引こうとしてるとか?」シキシマは上目使いでショウを見た。
「そんなことしない!」ショウが激しく抗議すると「わかってる。悪かった。ごめん、ついね」シキシマは謝った。
 そして「ヤマネ君、私と始めてしゃべってるって思ってる?」と笑った。
「私何度かヤマネ君と音楽の話で意気投合してるんだよ。さっきの授業前の休み時間だってあなたと話をしていたんだよ」
「へっ?」ショウは驚いて声が裏返った。
「覚えてないんだ。面白かったよ。こんなに歌に詳しかったかなあって、U・B・Aの話とか……。で当番済ませて帰ってきたら全然違うでしょ。ボーっとして。どうしたのかと思って」シキシマはショウの目を見ながら話し続けた。
「でもそれってショウともう一人誰かが出てきてるって事だよね?」シキシマに訊かれて「そうかな?僕、そんなになるほど精神的プレッシャーなんかうけたことないんだけど……」ショウは見つめられるわ、自分が名前で呼ばれるわでまた舞い上がって鼓動が速くなった。
 シキシマは口元に指を添えてすこし考えていたが「それともショウが誰かの交代人格だったりして……私が休み時間に話したのが主人格かもね」と呟いた。
「なんで?」ショウはよくわからないまま否定したが、シキシマは大まじめだった。
「だって、何かで読んだんだけど交代人格もすごくリアルだって書いてあったから、それだったら主人格の世界に出現していない時も仮想世界で生きてるんじゃないかって思ったの。それに基本人格じゃないからプレッシャーも受けてないし……」
「やめてよ!それでなくても何か起こりそうなのに」
「ごめん。SFフェチのバカ女の戯言だから気にしないで」と言ったそばからシキシマは「でもほんとに何か起りそうだったら一番に言ってね」と、勝手な要求を付け加えた。
そして「とりあえず帰らない?もう遅くなってるよ」と話を終わりにした。

 教室を出て二人で歩いていると、ショウより小さなシキシマは、普通に歩くショウの後を少し大股で付いてきた。
「家はこっちだっけ?」ショウが訊くと「坂の上の交差点まではショウと同じだよ」と笑う。
 ショウは自分が今シキシマを独占している事に気づき、天にも昇る気持になった。
 ショウの気持ちなど全く意に介さないようにシキシマはずっと下を向いて考え事をしていたようだったが、ふと顔をあげてまた話しかけてきた。
「もしさあ。もしもだよ。ショウが交代人格だったとしてさ、人格的に統合するようなことがあったらこの世界は消えてしまうんだよね。私も消えてしまうことになるんだよね。ここは基本人格か主人格が作り上げた仮想世界ってことになるからね。そんなこと考えるとなんだか怖いよね」シキシマは考え考え話した。
「だけどここが基本人格か主人格の世界の情報で作り上げられているってことは、この世界のもののコピー元は必ず基本人格の世界にあるということにならない?」ここでまた振り向いたショウの目を覗き込んだ。
「もしショウが元の世界に復活したら私を探して!きっと私のコピー元が居る。それならショウの世界の中に残れるからさびしくないな。絶対だよ」
 ショウはほとんど理解できないままあっけにとられてシキシマを見つめていたが、なんとなくうなずいた。
「何の事だかわかってないな!変な女だと思ってるでしょう?まあいいや」シキシマは考えるのをやめたのか後ろに手を組んで、シキシマに合わせて少し速度を落としたショウに付いて坂を上った。
 3分の2ほど坂を登った時、シキシマはそのままショウに寄り添い、後ろに組んでいた手を解いてなんのためらいもなく手を繋いだ。
 顔から火を吹きそうになっているショウと繋がって坂を登り、交差点の横断歩道を渡ると「じゃあね!」シキシマは離した手を軽く挙げてあいさつして角を反対に曲がって帰って行った。
「うん。また」ショウは放心状態で制服姿のシキシマの後ろ姿を見つめていた。
 日々の生活はこの恋の始まりも含めて時の流れと共に順番に過ぎていき、そして続きもやって来るように思えた。

 しかし・・・・

(2013/02/17 序文の修正)
(2014/08/06 更新)

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テーマ : 自作連載小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

--- 1 ---

 *

 目を覚ますとそこは見知らぬ部屋の中だった。
 ショウは周りの風景の違いに自分がどこにいるかわからず混乱した。
 そこは10平米程の部屋で、ショウは布団の中にいた。混乱したショウの頭はまず例の夢の延長であるという結論に達して覚醒を試みた。夢であるという考えを意識の中央に持ってきて、冷静に目覚めようと努力した。
(夢だ。夢だ。)呪文のように頭の中で唱えると少しずつ落ち着いて、部屋の中を冷静に観察することができるようになった。
 布団はベッドではなく部屋の中央、床の上に直接敷かれていて、足の有る方の壁にはチェスト・クローゼット・小さなオーディオセット・机が揃えられていた。机の上にはノートパソコンやヘッドホン・鏡の一部が見えている。
 頭の有る方の壁は全面シンプルな本棚で、そこには航空機に関する専門書や教科書の類、ノベルズや写真集の類、飛行機やヘリコプターのディスプレイモデルが割と雑に並んでいるのが見える。
 少年の秘密基地の様相を呈しているが、それぞれの物は所有者によって場所を管理され、それなりの秩序を保っているように思われた。
 右側は天井から床まで下がるカーテンで、もうその向こうは日が差しているようだ。たぶんカーテンの外はベランダだろう。
(何時だ?)枕元の目覚まし時計は午前8時、アラームのセットは午前10時になっている。
 ずいぶん寝坊だ。日付は12月20日金曜日で、はく息が部屋の中でも白いのに気づいた。
 左側は開放できるパーテーションになっていてその向こうは何か部屋があるのだろう。よくあるアパートの一室のようだが全く覚えがない。しかしこれは夢にしてはあまりにリアルすぎる。
 ショウの頭の中ではシキシマの言葉が繰り返されていた。『それともショウが誰かの交代人格だったりして……』
「ここは(基本人格の世界)?」思わず独り言で呟いてしまい自分でないその声に驚いた。
 急いで起き上りいつも夢で感じていたような体の軽さを感じながら、机から椅子を引き出して座り、上に置いてある鏡を覗き込んだ。

 声が出なかった。
 そこには自分でない誰かが写っていた。
 なんと女性だ。
 髪の毛はプラチナブロンドと言えば聞こえは良いが、ほとんど白髪に近いくらい色素が少ないボブだ。触ってみるとサラサラとして気持ちがいい。染めたり脱色したりしているわけではなさそうで多分天然なんだろう。
 しかし肌は白い方ではあるが東域系のそれだ。強くつねってみるとやはり相当痛い。あとが赤くなった。
 目は右が黒、そして左は透き通るようなブルーだ。ショウは左右の目の色の違う人間を見るのは始めてだった。思わず目をしばたたいたが、やはりその不思議な組み合わせを持った顔がこちらを見て呆然としていた。
 彼女は基本東域系の作りだが、美人といえるくらいの整った顔立ちを持っており可愛さもあってその点ではショウ好みといえた。ただこの不思議な組み合わせはアンバランスで、ショウにとっては相当なマイナス評価だった。
 ショウはそっと自分の体を触ってみた。グラマーではなく少し細身に見えるがガッチリしている、しかし確かに男の体ではなかった。

 今自分がどのような状態なのか、身の回りのほんのわずかな現実しか把握できていない。このまま夢から覚めるのならいいが、ずっとこのままならこの状態でこもっているわけにもいかない。もう少し把握する範囲を広げてみよう。
 ショウは妙に冷静な自分に驚きながら、そう考えてカーテンの隙間からそっと外をのぞいてみた。やはりすぐ外はベランダで少し雪が積もっている。
 この部屋は3階くらいだろうか、すぐ向こうは歩道付きの2車線道路になっていて見慣れた国産車が一台通り過ぎて行った。歩道より外側は雪が薄く積もっている。向かいはやはりアパートなので、ここは結構北にある団地の一角らしい。
 次は隣の部屋だ。そっとパーテーションに近づいて耳を当ててみたが、人の気配はないようだ。ゆっくりと扉を開けてみると、そこはダイニングキッチンだった。
 こじんまりしたシステムキッチンと真ん中に4人掛けのダイニングテーブルがおいてある。
 シンクの横の食器乾燥用のかごの中には茶碗・皿・箸等1人分の食器が伏せられている。シンクの向こう側には発泡酒の空き缶が2本置いてある。
 壁に同じカレンダーが2つ並んでかけてあるのが目について近づくと、予定表のように使われているらしくそれぞれ上の余白部分にアツコ・シスカと記入されていた。
 今日の日付12月20日の部分にアツコは{出張(マザー2)}となっていて14日から23日まで線が引かれていた。
 シスカの部分は{第二勤務}21日は{休}となっている。ということはショウの名前はシスカだということだ。じゃあアツコは誰だ。
 後ろに廊下があって玄関が見えている。廊下に入ってみると左はまずトイレ、次は家事室になっていて洗面所や洗濯機が見えている、奥の扉は開けてみるとユニットバスだった。
 廊下の右側は扉があって開けてみると、いかにも女の子の部屋らしい感じの部屋だ。暖色系の色を中心にまとめたかわいい印象の部屋で、黒を基調とした直線的なイメージのシスカの部屋とはえらく違う印象だった。壁際の本棚を覗いていると3枚の写真たてが並んでいるのを見つけた。
 ひとつはVサインを出している黒い髪を肩まで伸ばした女性と、少し離れて何か作業をしている30位の細身の男性が潜水艇と思われるものの前で写っている。女性は大きな黒い瞳のきれいな子だ。(これがアツコかな)
 ふたつ目はアツコとシスカが仲よさそうに並んで写っている。アツコは笑っていて、シスカは不本意にはにかんでいるように見える。後ろには船が写っているが舳先にはマザー2の文字がある。アツコの出張先(マザー2)ってこのことだろう。
 最後の大きな写真はマザー2をバックに20人ほどの男達と一緒に写っている集合写真で、シスカとアツコは最前列の真ん中ににこやかにしゃがんでいる。女性は2人だけだ。
 シスカの肩には隣の40位のオジサンの手がのっており、アツコは30位のガッチリとした目つきの悪いのが肩を組んでいる。アツコが若干迷惑そうな笑顔に見えるのは光線のせいではないだろう。
 シスカには大勢の仲間がいてそれなりの信頼を得ているのをうかがわせるような写真だ。

 ここで体が凍え始めていることに気がついた。だいぶ落ち着いてきて神経の高ぶりで感じなかった寒さを感じるようになってきたのだろう。
 急いで部屋に戻ってチェストをあさってパジャマから着替えた。(女って何をどう着てるんだっけ?)自分でない体に興味津々で作業が止まってしまったり、恥ずかしくなったり、ブラジャーに思いのほか手間取ったり、慣れない着替えに時間はかかったが乏しい知識を総動員して何とかした。
 下はジーンズ、上は厚手のセーターがチェストの上に畳んで置いてあったのでそれを使う。ショウの感想としてそれはシンプルに過ぎて、若い女性の服装としてはかなり物足りないような気がした。
(これからどうしよう)このままではどのように動いてもおかしいと思われそうだ。ショウはシスカではないし上手く化けることなんか不可能だ。でもどこかに消えてしまうこともしたくないという気持ちは心の中にずっとあって、逃げる気持にはならない。
 こんな気持ちになることはショウとしては初めてのような気がして、なんとなくわくわくするような不思議な感情の高ぶりを感じていた。

 と、そこにシンプルな携帯電話の呼び出し音がする。シスカのか?あわてて音の先を探すとチェストの上だ。発信者を見るとサエとなっている。(放っておこうか?)考えたが体が先に反応して着信ボタンを押していた。
「はい・・・」「シスカ?起きてた?」若い女の声だ。「うん」ととりあえずうなずくと「どうしたの?何かあった?」と言ったが、どうしていいかわからず無言の時間が過ぎてゆく(これは困った)。
「ショウ?」「エッ」いきなり名前を呼ばれて言葉に詰まった。
「ショウね」
「・・・・」
「助けてあげる。そこにいなさい」電話は切れた。


(2013/02/17 文章再構成)
(2014/08/06 更新)
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--- 2 ---

 *

 サエは電話を切ると大急ぎで出かける用意を始めた。外は相当寒そうで、さっきの天気予報では寒波襲来を告げていた。防寒コートを羽織りふかふかの帽子を頭にのせると、自分の部屋を出て階段を下りた。
 サエの家は”19番”という食堂を経営していて階下はその食堂になっている。「かあさん、ちょっと出かけてくる」厨房の奥の小部屋でテレビを見ていた母親のシユに声をかけてからサエは玄間の方の出口を出た。
シスカのアパートはライトレールで停留所五つ目だ。サエは小走りで停留所へ急いだ。
 そう言えばここ二三日シスカの様子は変だった。サエの話を上の空で聞いていない時があったり、とんちんかんな返事が返ってきたりした。さっきのおびえたような受け答えはまるで別人で、とてもシスカとは思えない。そう、まるで12歳の時に出会ったショウのようだ。
 ライトレールの自動ドアが開くのを待ちかねたように停留所の低いホームに降りると、サエは道路を渡り小走りで商店の間を抜け団地の中へと入って行った。29と番号の振られた5階建ての建物の前で3階の窓を見上げてから一気に3階まで駆け上がった。鉄製のドアの前でいったん立ち止まり呼吸を整えてからゆっくりとインターホンを押した。部屋の中でインターホンが鳴っている。
 ドアの向こうで少し人の気配がしてからそっと鍵がはずされゆっくりとドアが開き、ドアチェーン越しに顔がのぞいた。そこに居るのはたしかにシスカだが、おびえたような顔はやはり別人のようだった。
「ショウ?・・・だね」
 サエはゆっくりと優しくそう言うと「私だよ。サエだよ。覚えてない?」と続けた。
「ここは寒いし、入れてくれないかな?」とサエが言うと、シスカはかすかにうなずきいったんドアが閉じられ、チェーンをはずす音がしてまたそっと開いた。
「入ってもいい?」と聞くとシスカは廊下の奥に引っ込んだので続けて入って念の為鍵を閉めた。


(2014/08/06 更新)
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--- 3 ---

 *

 サエと名乗った人物は後ろ手にそっと鍵を閉めダイニングキッチンへ入って来ると、コートと帽子をテーブルの隅に置いて椅子に座った。真黒な長い髪は後ろでくくられ、切れ長の目からはそれにはアンバランスな大きな黒い瞳がのぞいていた。
 ショウも斜め向かいに座ると懐かしいような笑顔で話しかけてきた。
「驚かせてごめんね。私シスカが12歳の時、小さい頃のショウにあったことがあるの。シスカはあなたを知っていて、私はあなたの話を聞かされていたからあなたに会っても驚かなかったわ。私と遊園地で小さなジェットコースターに乗ったの覚えてない?」サエのアンバランスな瞳はショウをゆっくりと観察しながら懐かしそうに見つめていた。
 ショウは自分の記憶の中に幼い頃知らないお姉さんとジェットコースターに乗ったものがあることを知っている。ショウは少しはにかみながらうなずいた。
「ショウはシスカを知ってる?」ショウは首を横に振った。
「突然で驚いたでしょう?」ショウはかすかにうなずいた。
「そう。でもシスカはあなたのことをよく知っているわ。ずいぶん細かいことまで教えてくれたのよ」と大きな瞳でジッと見つめる。
(細かいこと?)ショウは恥ずかしさを感じながら、この人にならしゃべってしまってもいいような気がした。
「シスカさん……って知らないですけど、その、最近知らないはずの記憶や知識はずいぶん増えてるように思うん……です」
「そう。記憶は共有し始めてるのかな」とサエは小さな声で呟いてから「どんな記憶?」と聞いた。
 ショウはすこしの間躊躇していたが「よくあるのは……恥ずかしい夢なんですけど、ステージで歌を歌ってるんです。僕、歌はとっても苦手で歌うことなんかないんだけど、とてもリアルで熱唱してたりするんです。まるでプロ歌手のようでとっても気持ちいいんです」と途中から高揚感を思い出しながら興奮気味にショウは答えた。
「ふーん。実はシスカはプロの歌手なのよ」とサエは驚かせるように言ったが、ショウはやっぱりと思った。
 なんとなくそんな感じがしていたのだ。とりあえず驚いたように「えっ」と返事しておく。
「うそうそ、ごめんね。プロっていうわけじゃないわ。ていうか、うちの食堂でだけ歌ってる感じかな。それだけでは歌手とも言えないかもね。」サエはショウのとりあえずの返事に気が付いたのか、すぐに種明かしをすることにしたようだった。
(プロじゃなかったんだ)ショウはすこし残念に思った。
「あとどんな知識?」サエは続けて質問した。
 「あの・・・これも良く見る夢ですけど何かエンジンの整備をしてるんです。タービンを分解しても自分でもびっくりするぐらい手際がいいし良く知ってます」
「いまシスカはショウの後ろに隠れてるけどちゃんと頭の中にいるんじゃないかな?多分すべての行動を助けてくれると思うわ」サエはそう言うと「コーヒーでも入れよっか?インスタントだけど」と区切りをつけるように立ち上がった。

 まるで自分の家のように段取り良くコーヒーをいれながらサエは教えてくれた。
「シスカの本業はね。飛行機の整備士なの。主にヘリコプターの整備をしているわ」
「なぜ僕が夢で見るんだろう」ショウは独り言のように呟いたがサエには聞こえていて「ショウがこの世界でやっていけるようにシスカがそうしてるんじゃない?」と軽い調子で答えた。
「結構優秀な整備士さんだよ。お父さんにあたる人がヘリコプターのパイロットなんで、一緒に働いてるわ」
「お父さんにあたる人?」ショウは疑問を呟くとサエは「育ての親ってことね。キタハラっていうの、シスカを育ててくれたんだよ。シスカはその人をキタハラって呼ぶわ。覚えておきなさい。だからキタハラ・シスカというのがフルネームね。女性ってのはわかってるね。」と答えた。
 ショウはシスカの髪を指で絡めて見つめながら「本当の両親は?」と聞いたが「私はシスカの幼馴染だけど、そこは良く知らないの。あっ、砂糖はそこのポッドの中、ミルクは……」と流された。
 2人でコーヒーを飲んでいるとけたたましい目覚まし時計の音がした。「あっと」ショウはシスカの部屋へ入りアラームをとめた。
 サエは「10時起床にセットされているってことは第二勤務?どうする?15時には出勤しなくちゃならないよ」と聞いた。ショウは困惑した。
 その気持ちがそのまま顔に出たのかサエは「夢の話もあるしなんとかなると思うけど、今日のところは止めとく?混乱してるみたいだし、もう少し準備が必要かな。調子が悪いって連絡入れてあげようか?」といたずらっぽく笑った。
 ショウが目でうなずくと「そうしようか」とサエは携帯電話を開いてボタンをいくつか操作した。
「もしもし……キタハラ?私、サエ。あのね。シスカなんだけどちょっと調子が悪いみたいなんだ。私、呼び出されて来たんだけど。うん、でね。今日休ませてほしいって……うん……」しばらく会話を続けていたがついに「だ・か・ら・生理痛だよ。すごく痛いんだって。こんなことなったの初めてだから恥ずかしいって……うん……そう……わかった。じゃあ」と電話を切った。
「一丁上がり」サエは片目をつぶって笑ったが、ショウは思わぬ欠勤理由に自分が女性だったことを思い出し赤くなって下を向いた。
「ひどいようだったら病院行っとけってさ。すごく心配してたよ」サエはショウの顔を下から覗くようにして言った。ショウはますます赤くなってもっと下を向いてしまった。
「ごめんね。調子に乗りすぎた。他に何か訊いておくことない?」サエは反省したのか申し訳なさそうに言った。
 ショウはしばらく逡巡していたが「あの……アツコ……さんってどんな……」と聞いた。
「ああアツコはねフルネームはシマ・アツコ、シスカのルームメイト、潜水艇のコ・パイロットなんだよ」
「あ、写真見ました」勝手に部屋に入ったのがわかるなと思いながらショウが短く答えると、サエはチラッとショウの目を見てニッと笑った。
 そして「そう。きれいな子でしょ。シスカとアツコは専門学校で仲良くなった同級生で学生時代から2人でルームシェアしてたの。就職先も2人共このマサゴ市になったから、また2人で住んでるってわけ」と続けた。
 この際疑問は一つでも解決しておこうと思って「マザー2って?」と訊くと、
「ああ、並んで写ってる写真があったわね。マザー2はアツコの潜水艇の母船なの。いまアツコは潜水艇で海洋調査に出てるから、この船に泊り込みのはずよ」と言いながらサエはカレンダーに近づいた。
「エーット、23日まで帰ってこないわ。ちょうどいいわね。ちょっと出ない?町を歩きながらいろいろ説明したいこともあるし。連れて行きたいところもあるし」「……」ショウは町の中を見てみたい気持ちもあったが、自分の考えがまとまらず返事ができずにいた。
 すると「ねっ。そうしましょう。ここに閉じこもっていても進まないよ。さあ、支度したく」サエはさっさとシスカの部屋に入って行って「ショウ、来て」とショウを呼んだ。
 ショウが入っていくと「確かこれと……これだったかな。これを着て」と防寒コートとふかふかの手袋と耳まで覆う帽子を渡された。帽子は黒の太い毛糸で編まれたもので頭全体と耳を覆うようになっていた。
「あの、ちょっといいですか?」ショウが遠慮がちに声を出した。
「何?」サエが訊くとショウは恥ずかしそうに「ちょっと、トイレ」と言った。
「なんだ。行っておいでよ。場所はわかってるね。あっ、方法も……」ショウは小さくなって飛んで行った。
 用がすむとサエは着るのを手伝ってくれていたが、ショウが帽子をかぶると「シスカはね、髪を出さないんだよね」と髪を帽子の中に入れてくれながら言った。続いて自分も服を着ると「鍵はここね。財布はここ、身分証明とかが入ってるからちゃんと持って」とまるで自分の家のようにありかを教えてくれた。


(2014/08/06 更新)
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--- 4 ---

「さあ行こう。靴はこれだよ」「あっ、そうそうこの自転車ね。シスカの通勤用なの」サエは玄関わきに置いてあった青いロードバイクを指して言ってからショウを玄関の外へ押し出した。
「このアパートの前の道を右へ真っすぐ行くと交差点があって、ライトレールが交差してるの。そこを過ぎて真っすぐ坂を登ったところが飛行場で、突き当たりの大きな格納庫がシスカの職場、シスカはいつもあの青い自転車で通ってるわ」
 サエは階段を降りながら手短に説明をすますと、ライトレールが交差する交差点に向かって歩き出した。
 並んで歩道を歩きながらショウはシスカの背がずいぶん高いのに気がついた。横を歩くサエの顔はずいぶん下に見える。「ここはどこかわかってる?」サエは見上げるように聞いてきたがショウは首を横に振った。
「ここはね、マサゴ市。キタカタ州って言えば場所はわかる?」ショウは地図を思い浮かべながら「国境の近くですか?」と訊いた。
「そう。ベクレラとの国境はすぐそこよ」手をポケットに突っ込んでいたので、サエはあごで前方を指した。
「この町の作法を教えとくわね。まずこの町は国境の緩衝地帯のど真ん中にあるの。だから国境特措法という特別な法律が決められているわけ。この町の周りは高さ3メートルのフェンスで囲まれていて、4か所ある門以外からの出入りは禁止されているの。特に警備員が居るわけじゃないから門からの出入りは自由なんだけど、フェンスの外側で何かあっても自己責任といわれるだけだから気をつけて。つまり命の保証は無いってことね」交差点に向かって歩きながらサエはとりあえず必要なことを教えてくれようと早口でしゃべっているようだった。
「国境から2Kmは非武装地帯で民間人の立ち入りは禁止なんだけど、その内側に設けられた緩衝地帯は特措法でも立ち入りが禁止されているわけではないの。緩衝地帯の中に町や農地が有るのと、表向き平和的に国境が維持されていることを対外的にアピールするためにこんな措置がとられているっていう話よ。だから、非武装地帯や国境にバリケードみたいなものは無くて簡単な標識が立っているだけなの。ただ非武装地帯に人が入ったり出たりしないよう国境警備軍が厳しく監視しているわ。つまり国境を越えて人や物が行き来しないようにね」
 サエがそこまでしゃべると交差点に差し掛かった。ライトレールの線路が走る広い通りが交差していた。
 真っすぐ行くと長い上り坂だ。緩やかなようだが結構距離がある。
 坂の上には大きな建物の上部が見えている。
 その上には灰色の雲で覆われた空が広がっていた。
「あの坂の上の建物がシスカの職場の格納庫よ。あそこまで毎日自転車で登って通ってるわけ」サエが見上げながら説明してくれたが、ショウはこの長い坂道を自転車で一気に上り切る自信はなかった。
 サエは道路を渡りライトレールの停留所の低いホームに上がった。ショウも続いて横に並ぶと、遠くから電車が近づいてくるのが見えた。
「とりあえず私の家へ来てもらうわ。試してみたいこともあるし」サエが謎めいたことを言って、ショウがそれについて尋ねる前に電車が滑り込んできた。

乗り込んだ電車は2両編成の窓が大きくデザインされた連接構造の低床車で、床は地面を這うように低く作られている。車内はほぼ座席が埋まるぐらいの混みぐあいだ。
 サエは2のボタンを押してからICカードを読み取り機にかざした。
 ショウはいいデザインだなと思いながら、何の気なしに運転席のすぐ後ろに立つと、後ろにいたサエが吹き出した。「シスカと同じだね。シスカもいつもそこに立つよ」
 電車はドアを閉じると出発の合図だろうかベルを2つ鳴らして出発し、次の停留所に向かって静かに加速していった。
 交差点の周りは店が密集していて商店街になっていたが、少し離れるとまた集合住宅が立ち並んでいる区画になった。
 二つ目の停留所を過ぎると周りは公園になり、その向こうに高いフェンスか延々と続いているのが見え始めた。
 フェンスは聞いた通り高さ3メートルほどで、目の細かいステンレス製の網で作られており、上部は乗り越えにくい構造にはなっていたが鉄条網を張り巡らすというような無粋な作りにはなっていなかった。
「あれが町を囲むフェンスよ」サエが他の乗客を意識してか少し小さな声で話しかけてきた。
「フェンスの中は、セーフティーゾーンだから24時間安全に過ごすことができるわ」
 サエの声はさらに小さくなった。
「だけど一歩フェンスを出るとそこは国境警備軍のテリトリーで、警備の為の銃撃などは普通に認められているの。パトロール隊は武器を持って動き回っているんだけど、昼間は農作業をする人やトラクターが居たり、車が結構頻繁に走ったりしていて、非武装ラインに近づかない限り人が歩いていても特に大きな危険が有るわけではないわ」
 サエはショウの襟を引っ張り耳のそばに口を近づけて続けた。
「でも夜間はナイトスコープを使って、見境なく撃たれるわ。日没から日の出まではフェンスを出ては駄目だからね。」
「絶対守ってね」最後は声が大きくなった。ショウは大きくうなずいて小さく「はい」と言った。

 3つ目の停留所を過ぎたとき、ショウは自分でも思ってもいなかった結果をまねく行動をとった。若干効きすぎた暖房のせいなのか、緊張のせいなのか、それとも他に理由があったのか自分でもわからないが、帽子を脱いでしまったのだ。
 なんとなく右手で帽子をとって左脇に抱え、フーッとため息をつきながら頭を左右に振ったのだ。
 プラチナの髪が左右に揺れる。
 サエはその瞬間ちょっとだけ目を見張ったが何も言わなかった。
 しかし周りの乗客の反応は違った。周りの乗客全員の奇異なものを見るような視線がシスカに集まった。
 しばらくして周囲の反応の変化に気づいたショウは、その変化がシスカに向けられたものだと気づいてあわてて帽子を元の位置に戻した。
 サエは何事もなかったようにシスカの前に立って乗客からの視線を遮り、帽子からはみ出た髪を直してくれた。
 しかしサエの身長はシスカには足らず、ショウは乗客の様子を見ることができた。
 視線はすでにシスカからは外れていて、何事も無かったかのようにみんなそれぞれの方向を向いていたが、気配はまだ向けられたままだった。
 ショウはあわてて運転席のほうから前を見るように乗客に背を向けた。
 ショウはまだ乗客の反応の変化の意味がわからず心臓は早鐘のように打ち続けていた。
(僕が何かおかしいことをしたのか?それともシスカが何か問題なんだろうか?)ショウは考えながら事が収まるのを待った。
 電車は4つ目の停留所を出発した。
「次で降りるよ」サエが耳元で囁いた。
 ショウにとって、多分サエにとってもそれは長い時間だった。
 長い時間を耐えた後、電車はようやく5つ目の停留所に滑り込んだ。
 錯覚だろうが自動ドアがシューと長い音を立てて妙にゆっくりと開くと、サエはICカードを読み取り機にかざした。
「いいよ」と言われてショウは何事もなかったかのように少しゆっくりと電車を降りた。電車はドアを閉じるとベルを2つ鳴らして出発していった。
「ごめんね。びっくりした?」サエがそっと声をかけた。
「ショウが悪いわけじゃないのよ。シスカのプラチナブロンドってベクル人のイメージがあるの」サエがすまなそうに言った。

 ライトレールが真ん中を走る道路の向こうは道路に沿った幅30メートルほどの細長い広場になっており、その向こうには例のフェンスが長々と続いている。
 少し先には4か所あるうちの1つであろう町の門が見えている。
 門と言ってもそこを通る道幅の分だけフェンスが途切れているだけのもので、装飾などは一切施されていない。
 フェンスの向こうには薄っすらと雪をかぶった丘陵地帯が続いている。
 そしてその道の反対側は商店街になっている。
 車の切れ目を待って商店街の方へ道路を渡ると、サエは少しずつ話し始めた。
「先の大戦で同盟国だったイルマとベクレラの2つの国は一緒に戦勝国になったんだけど、お互いにこの島の領有権を主張して、戦勝国同士で大戦後にさらに戦争をしたっていうのは知識として持ってる?」
 サエは確認を取るように聞いてきた。ショウは記憶にあったのでうなずくとサエは続けた。
「ようやく大戦が終わったのにまだ長引く争いに国力を使い果たして、今のこの国境線でお互いに仮に納得して、とりあえず矛をおさめたのが今の状態でしょ。イルマ人、特にここの住民としては、ベクル人に対してわだかまりが無いと言えばうそになるわ。もう20年も前の話なのにね」サエは自分の本心を吐露しているのか少し苦しげに見えた。
「やっと平和になったのにまだやるのかってね。でも向こうも同じように思ってるんでしょうね。意地と面子だけで争ってるようなもんだと私は思うわ」サエは道路に沿って歩きながらしゃべり続けた。
「私たちイルマ人の髪はほとんど黒かそれに近い色でしょ。でもシスカのプラチナブロンドはベクル人の特徴と同じなの。ベクル人にはブロンドの人の割合が結構多いから、ブロンド・イコール・ベクル人という意識を持ってる人がほとんどなんだよね。だからさっきみたいな反応が起こるわけ」
 ショウは帽子をかぶった時のサエの仕草を思い出しながら「シスカが髪を出さないのはそれで?」と訊いた。
 サエはシスカの気持ちを考えているのか間を置いた。
「そうね。無用なトラブルを避けたいんじゃないかな」そして気持ちを切り替えるように、「お互いにこの島を自分の領土と主張してるんだけど、本音は今の国境線を何とか落とし所にして、平和条約の締結にこぎつけたいというところなんじゃないのかな?」と話しながら「こっちよ」と角を曲がった。


(2014/08/06 更新)
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--- 5 ---

 曲がった先はアーケードの架かっている歩行者専用道路で、200メートル程続く商店街になっていた。
 商店街のアーケードの入り口から振り返ってみると、道路を挟んで正面に町の門があった。
 サエは19番と書かれた看板の横の路地を入っていき、そこにあったドアを開けた。
「入って」とショウを入れてから自分も入ってきた。
「ただいまー」と奥に向かって声をかけてから服を片付けた。
「こっちに来て」と連れて行かれたのは食堂のホールだった。手前の厨房との境にはカウンターが設けられ、その向こう側にはテーブルやいすが並べられていた。
 その片隅に小さなステージというか段差があり、ちょっとしたパフォーマンスができるようになっていた。ショウは何となく覚えのある場所のような気がして眺めていた。
「ここは狭いけどシスカのメインステージなんだよ。ちょっと待ってね。用意するから」サエはまわりにつんであるオーディオ機器のスイッチを入れていった。
「OKシスカ。何か歌ってみてよ」ショウはシスカと呼ばれて他人事のように構えていたが、自分のことだと気がつくと「エッ。僕?」と慌てた。
「他に誰がいるのよ。ちょっと試しにやってみて、アカペラだけど少しエコーかけといたわ」
「ぼ・僕、歌なんか歌ったことないから」
「夢で熱唱してたのは誰?そこでは何を歌ってたの?やってみないと!夢の通りやってごらん。あなたはシスカなんだから」サエにそう言われても躊躇していたが、長い緊張の末ついにショウは顔を上げた。
 誰か別の意思が自分を突き動かしている(シスカ?)
 自分が自分でないような気がして、夢で見たのと同じようにステージに近づいてマイクを握った。
 目を瞑って夢の中の世界を必死に思い出す。
 緊張感と高揚感が胃袋の下から突き上げるように全身を押し上げ、しばしの恍惚の中に母の面影を見たような気がしてショウは歌い始めた。
 小さいころよく聞いてすっかり覚えていて、今は忘れてしまっていたように思っていた歌を。
 シスカの喉から出る歌声はシスカの体のつくりに絶妙に反響し、ショウにとってとても気持ちの良い声だったうえに、音域も声量もあるので思う存分感情を歌に乗せることができた。
 歌い終わると急に羞恥心と郷愁と涙が同時に湧き上がってきてたまらなくなって、ショウは目をつぶったまま座り込んでしまった。
 拍手が沸き起こった。涙がいっぱいになった目をそっと開けると、厨房の奥から女性がこちらに向かって歩いてきて、涙をボロボロこぼしたまま座り込んでいるシスカの横にいっしょに座ってそっと肩を抱いてくれた。
 サエが「かあさん」と驚いたように声をかけると「驚いたのはこっちだよ。シスカがこの歌をこんなに感動的に歌うなんて」と涙声になった。 
「この歌って?」サエが尋ねると「ベクレラの子守唄さ。シスカはそれをベクル語で歌ったのさ」「いい声が出ていたよ。私は人間がこんな声で感情豊かに歌うのを聞いたのは初めてだよ。この歌にシスカの声がこんなに合うなんて驚いた。すばらしいよ」と涙をこぼしながら言った。
「でもなぜシスカがこの歌を?私もすごくいい歌だと思ったけど、いつものシスカの歌ではないわ。ショウのせい?なぜベクレラ?なぜベクル語?感動と疑問でいっぱいだわ」歌わせた張本人のサエが一番驚いた様子で、自然と声が大きくなった。
 ショウはシスカとしてまだひざを抱えて座り込んでいた。
 抗いがたい激情で肩が震えていた。
 涙が止まらなかった。

 *

「かあさん、シスカがいなくなった」サエは母親のシユ部屋のドアを勢いよく開けて叫んだ。
「えっ。一緒にいたんじゃないの?」シユはテレビのボリュームを下げながら言った。
「すごく興奮してるみたいだったからそっとしておいたほうが良いかと思って一人にしておいたの」
「そしたらいなくなったって?別に子供じゃないんだからそんなにあわてなくたって」
「いま、シスカはちょっとおかしいのよ精神的に。さっきの歌だっておかしかったでしょ?」
「そりゃまあ、シスカがあんな歌を歌うとは驚きだったけど。いったいどうしたんだい」
「私もよくわかんない。どこいったんだろう?あんな状態で。心当たりを当たってみる!かあさん留守番しててくれる?」
「いいさ。どうせこれから仕込みをしなきゃならないからキッチンにずっといるさ」
「悪いけど店をお願い。もしシスカが帰ってきたら電話頂戴」サエは早口でそれだけ言うと大急ぎで出かける支度をして玄関の方の出口を出た。
「くそ!シスカに携帯を持たせなかった」サエはチェストの上にあったシスカの携帯を思い出しながら舌打ちした。念のためにシスカの携帯を鳴らしたが呼び出し音を20回聞いてからあきらめて切った。
 商店街に出てアーケードの入口のほうを見ると正面に町の門、その向こうに薄っすらと雪をかぶった丘陵地帯が続いている。サエの脳裏に暗い記憶がよみがえってきた。


(2014/08/06 更新)
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--- 6 ---

 *

「もう帰ろうよ!」サエは心配そうにあたりを見回しながらシスカの肩を触った。大きな赤黒い夕日が西側の丘の方向に濁った灰色の空をバックにして沈んでいこうとしていた。
 シスカは国境の丘の方を向いたまま押し黙っていた。
 いつもは強く吹く風が今日は珍しく凪いでいた。
 動く物の無いこの丘で空気まで静止しているという状態は、この場所に音の無い世界を作り出していた。
 国境の丘と丘の間の谷間には、向こうの町の明かりが輝き始めていた。
 昼間は小さく霞んで見えにくいのだが暗くなるとはっきりと人々の暮らしを感じることができる。
 サエとシスカは18歳、高校3年生の同級生で、小学校3年生のころシスカが編入してきてからの付き合いだった。
 小さいころからそうだったように、シスカが涙を見せないようにしているのがわかったので、サエはそれが乾くまでしばらく待ってやろうと思った。
 それが悪い方へ転がる要因の一つだったのは後になってからわかったのだが、その時はそこまで深刻には考えていなかった。
 それよりもサエは今日学校であったことを思い返していた・・・・なぜそこまで話が展開したのか思い出せない。
 きっかけは些細なことだったのだろう。シスカの容姿のことでクラスメートと一悶着あったのだ。
 普段は暗黙の了解のようなものが有って、誰も触れないシスカの髪・目・肌のことで、なぜそんな組み合わせなのかと揉めたのだ。髪やそのブルーの左目は国境の向こう、ベクレラの民族のものじゃないのかというのだ。
「シスカのせいでは無いし、誰もそんなことわからないし答えられないよ」サエは抗議したが聞き入れられず、シスカは唇をギュッとかみ締めてその尋問に耐えていた。
 きっかけを作ってしまっただけの意地で追求を止められないクラスメートに、ついに追い詰められたようにシスカはその場から逃げ出した。
 そしてそのまますべてを振り払ってここまでやってきてしまったのだ・・・・。
 夕日はいよいよ丘の上端の部分に一筋の光を残すだけになり、濁った灰色の雲に反射するわずかな光が弱々しく地面を照らしていたが、ついに一つの点になってまもなく消えた。
 向こうの町の明かりはますますはっきりと輝き始め、気温はぐんぐん下がり始めたがシスカはまだ動かなかった。
 2人は学校の制服である厚手のコートを着、帽子をかぶっていたが、本格的な防寒服のようにここでの寒さに耐えきれるものではなかった。
「シスカ!」切羽詰まったサエの声にシスカはハッとなって、暗さにまぎれて自分の袖で顔をぬぐってからサエの方を向いた。
「やばい、帰ろう!」いよいよ暗くなっていた。国境から2Kmは非武装地帯とされ民間人の立ち入りは禁止されているが、その内側に設けられた緩衝地帯については立ち入りが禁止されているわけではない。
 しかし夜間はナイトスコープを使って、かなり見境なく射撃を加えられる。
 このような事情は一般市民にも徹底的に周知されていて、町の住民がそのような時間帯にセーフティーゾーンを出て自己責任でうろつく事は無いと考えられていた。
 しかし今、私たちはそこに居る……サエはそう考えて胃袋がグーッと収縮し鼓動がさらに速くなるのを感じた。
 ここに来るときはシスカの後を夢中で追いかけて止めるのに精いっぱいだったので、ここまでの道のりを覚えているわけではない。走りながら帰っていくシスカの後をついて行くのがやっとだった。
 と、シスカが少し速度を落として手を差し出してきた。いよいよ暗くなってきたので手をつないで走ることにしたらしい。そしてまた走り始める。ずいぶん走って呼吸が苦しくなってきたのにシスカは走り続ける。まだ町の門にたどり着けない。
 はた、とシスカの足が止まった。
「ここ、どこだろう?」
「えっ!」サエが腰を折り膝の上に手を置いて荒く息をしながら「迷ったの?」と尋ねると、シスカも荒い息使いで「ごめん」と言った。
 あたりはもう方向感覚を失うほどの闇だ。
 サエは言い知れぬ恐怖と、恐ろしいほどの寒さを感じてその場から動けなくなってしまった。
 その時「アツッ・・」サエは胸の辺りに痛みを感じ、そんなはずは無いと思いながら声を出した。
「どうした?」シスカが声をかけてきたがサエは意識のうすれを感じシスカにゆっくりと寄りかかった。
「サエ!」シスカの声が聞こえるが意識はどんどん低下していく。体重をかけるとあわててサエを支える手を感じる。
「どこをやられた?サエ!」「・・・痛い」そう言ったまま意識が落ちていく浮遊感を感じていると、軽い咳きと共に口の中に暖かい液体が上がってきた。
「撃つなーーーーーーーーーー!」薄れゆく意識の中で聞いたシスカのその声は、このまったく音の無い丘陵地帯に響き渡っていった。


(2014/08/06 更新)
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--- 7 ---

 *

 気が付くとサエは町の門を走り出て道路をたどり、そこからわかれた丘へと続く道を登り始めていた。
 確かこっちだったと、何度か来たことのある丘への細い道をたどる。
 道は枯れ木のようにくねくねと折れ曲がり枝分かれし、何度も立ち止まって思い出しながら進んでゆく。
 丘を回り込みアップダウンを繰り返すと町はすっかり丘の影になり見えなくなった。
 この土地は冬の間気温が低く風が強い日が多いせいか、背の高い木は生えておらず草原のような風景が単調に広がっている。
 雪はまだ少なく歩くのに不自由は無いが、目印の町が見えなくなると単調な草原の丘の重なりあいになり、注意して歩かないと方向を見失う。
 初めのうちはまだ時間は充分にあるから焦らなくてもいい、と自分に言い聞かせ慎重に方向を確認して歩いていた。しかし数か所の丘でシスカを見つけることができず、徐々に夕方が迫ってきて自然と早足になってよけいに息が切れてくる。
 行きつ戻りつしながらいくつ目かの丘の頂上に続く道へと入り、心臓は酸素不足で心は心配ではちきれそうになりながら丘を登って行った。
 シスカがこの丘に居るという保証は何もない。
 あれからシスカはこの丘陵地帯に時々足を運んでいたが、トラウマもあってサエが付き合うことはまれで何箇所かあるシスカの丘全部の場所を把握しているわけではない。
 ショウがこの丘を知っているわけは無く、疲れ果てたサエはシスカがここ来ている可能性は無いような気がしてきた。
(何で丘に行ったと思ったんだろう?)時間を無駄に消費してしまった罪悪感に苛まれながら、ここを最後にして引き返すことに決めて一歩ずつ歩を進めた。
 丘の頂上が近付いて視界が開けてくると、頂上の平らな部分の反対側に小さく人影が見えた。
 シスカがどのような状態なのかわからないので、大声で呼びかけたいのをこらえて早足に近づいてゆくと人影はやはりシスカだった。

 シスカは国境の丘の方を眺めていた。腕を前に抱え、寒さで凍りついたようにじっと固まったまま立っていた。
 暗くなり始めた国境の丘と丘の間の谷間には、小さく向こうの町の明かりが輝き始めていた。
 西側の丘の方向には、濁った灰色の空をバックにして大きな赤黒い夕日が沈んでいこうとしていた。
 あの時と違うのは風が有ることだ。強くはないが一定の冷たい風が着実に体温を奪ってゆく。そして、流れる風が丘に自生する低い植物群の間をすり抜ける際に発生させる音が、どこかの大陸の呪術師が使う楽器の音のように響いていた。
 サエはシスカの横にそっと並んで立った。シスカはサエを無視するように真っすぐ向こうの町の明かりを見つめていたが、その頬には涙が伝っていた。
 ゆっくりとシスカの口が開いた。
「ここで僕の涙の乾くのを待っているうちに日没を過ぎてしまったんですよね?」
 サエは驚いて一瞬固まった。
「なぜ?それを?」サエはどちらに尋ねればよいのか迷いながら訊いた。
「僕はまだショウです。でもシスカのことも思い出してきてます。サエに話したいことがあるんですけど、帰りながらでいいですか。」シスカははっきりとした口調で答えた。
「そうだね。またやられたら嫌だし。帰ろう。今日は風が有るからシスカの声も届かないよ」サエはショウの言葉の中にシスカを感じたのでシスカに対するつもりで応えた。
 憶えが有るのかシスカは「そうですね」と返事をし、二人は踵を返して歩き始めた。
「サエ、僕は食堂で1人で座っていた時、シスカの記憶がつながっていくのを感じたんです」
 シスカは歩調を速めた。
「小学校3年生の時、本土の小学校に編入してサエと出会ったこと。小学校5年生の時一緒にキタカタ州に引っ越してきて髪や目の色でいじめられたこと、サエと一緒に泣いたことや怒ったこと、そして高校時代のあのサエの撃たれたときのこと、全部思い出しました」
 ショウのあの遠慮がちな喋り方は影をひそめ、シスカの力強さが少しだけ顔をのぞかせていた。
「でもシスカの記憶にもなかったキタハラと出会う前のこと、それは僕の中にあったんです。多分……」シスカはここで遠い目をした。
「それはこの丘にきて思い出しました。シスカが思い出そうとしてここにきて何度もチャレンジしてできなかったこと……」
「それって、どんな?」それは育ての親のキタハラ夫妻でも知らないことだったのでサエが思わず尋ねると、「今ここでは言いたくないです」シスカの毅然とした返事が返ってきた。
 気温がぐんぐん下がり始めたので、途中から2人はさらに急ぎ足になって、町に向かって歩いていった。
 早く帰らないと明度が落ちてしまう。暗くなったら下手を打つと命を落とす恐れがある。
 何もない丘陵地帯の中の地道を小走りになって急ぎ、真っ暗になる前にようやく町の入口の門の前までたどり着いた。
 ここまで来ると門を照らす照明や町の窓々に灯る明かりでようやく足元が見えるようになり、2人は小走りから急ぎ足になって門を入った。

 町の中は仕事を終えた人々が大勢歩いていたが、あまりの気温の低さに追いたれられるように白い息を蒸気機関車みたいにまき上げながら、ほとんどは大きなアーケードに飲み込まれ、一部は自宅へ帰ってゆくところだった。
 「シスカ、サエ、何してるんだ!」サエが振り返るとそこにはキタハラが立っていた。キタハラはシスカより若干背の低いガッチリした感じの40位の無精ひげの男で、シスカの育ての親だ。
 サエはシスカの反応が気になってじっと様子を見ていたが、シスカに混乱している様子は無く打ちとけた様子なので少し安心した。
「今日は体調不良だったんじゃなかったのか?」「ちょっと町の外を散歩していたんです」シスカは記憶が戻っているのか何気なく答えたが、サエは言葉遣いにひやりとした。
キタハラは大きく眉の間に皴を作り「また町を出たのか、命を落とすぞ。サエが迎えに行ってくれたのか?生理痛はどうした?明後日の勤務に現れなかったら俺が迷惑するんだぞ。代わりの整備士なんかそんなに簡単に捕まらないってことぐらいわかってんだろう」と一気にまくし立てた。
「ごめんなさい、どうしても夕日が見たかったんです」シスカはそうしゃべったが、キタハラはまた眉の間に皴を作り「どうした?お前ほんとに大丈夫なのか?」と訊いてきた。
(うわ!まずい)しゃべろうとするシスカをそっと抑えてサエが替わりに答えた。
「シスカ、ちょっと今日は不安定みたいなの。許してやって」キタハラはまだ怪訝そうな顔をしていたが「そうか……」と頷いてくれた。
 サエは「キタハラ、うちの店で晩御飯食べてかない?今からシスカと帰るところだったの」と水を向けると「そうだな。このまま帰るつもりだったんだが、どうせ晩飯を食べなきゃならんしな。ちょっと寄らせてもらおうか」と言った。

 3人は人波に逆らわずアーケードに飲み込まれ、19番と書かれた看板の下にある小さなくぐり戸を開けた。
 カウンターを含めて30席ほどの小さな店で、豊かな漁場に囲まれた地方の郷土料理が美味しいと評判が口コミで広がり、ようやく安定した経営ができるようになってきたところだった。
 中ではもう20人ほどの客が食事をしており、「ようキタハラ久しぶりだな」「サエちゃんこっち来てくれよ」などと口々に声をかけてきた。最後に入ってきたシスカを見つけると「シスカ!1曲頼むよ!」と声もかかった。
 サエが「後でね」といなしながらキタハラの席を確保し厨房に声をかけた。
「かあさん帰ったよ。シスカ見つかったよ」
「ああ、お帰り。シスカも、よかった。心配してたんだよ」シユは忙しく立ち働きながら厨房から出てきてシスカの顔を確認して、また仕事に戻った。
 サエはキタハラとシスカの防寒コートと帽子をハンガーに掛け、自分の物を奥の部屋に放り込みながら「キタハラはわかったんだね?」と訊いた。
 シスカは「はい。覚えてます。僕の育ての親ですから」と言った。
「あぁ。その、です・ますと僕はやめた方がいいかも」サエは笑いながら指摘した。
「うん。覚えてる。私の育ての親だから」シスカは照れくさいのか少し下を向いて言い直した。
「65点、可というところかな。さあお店、手伝って」
「でも、帽子は……?」心配そうにシスカが訊くとサエは「なんだ。まだ所どころ繋がってないみたいだね?この店は大丈夫。みんなわかってるから」とシスカを引っ張って行った。
 2人はそれから2時間ほど店を手伝った。ショウはシスカとして気を使わない楽しい時間を過ごしたようだった。
 午後8時を過ぎた頃夕食を食べる客も回転して、少しお酒が入った客がくつろぎ始めた。キタハラも食事を終えて少し酒が入ってシユや飲み友達と話し込んでいた。
 手が空いてきたサエは小さなステージというか段差の横に置いてある小型のキーボードの前に座って軽い音楽を弾き始めた。何曲か弾いて軽く拍手を受けた後マイクを持って「シスカ!歌って」と軽い調子で言った。そして出口に一番近いテーブルにいつものトマトピューレの空き缶を置いた。
 客はいつものように少し湧いて歓迎の軽い拍手が起こった。シスカは厨房の中でゴソゴソしていたが、名前を呼ばれて顔を上げた。そして拍手を受けて戸惑っている様子だった。
 シユに背中を押されて厨房を出てきたが、セーターとジーンズにエプロンという自分の格好を見下ろして(これでいいのか?)というふうにサエを見た。
「いいよ!シスカ。早く」サエに呼ばれてエプロンを外し、おどおどとステージに近づいてくる様はショウのキャラクターだ。
「サエ、僕は何を歌うの?」マイクを切って小声で打合せだ。
「シスカのナンバー思い出さない?」サエは楽譜ではなく歌詞カードの方を見せた。
 シスカはカードを見ていたがちょっと考えてから「これかな?」と古い映画のテーマを指差した。
「歌えそう?」
「たぶん。これですね?」と軽くメロディーを口ずさんだ。
「そうそう。じゃいくよ」とサエは伴奏をスタートさせた。
 シスカはピタリと歌い出しをあわせて歌いだした。
 その柔らかい声はその柔らかさを保ったまま力強くまた優しく美しく、これまで聴いた事のあるシスカの歌声を超えて観客を優しく包み込むように響いた。少なくともサエにはそう聞こえた。
 2曲目3曲目と1曲ごとに打ち合わせをしながらシスカは歌ったが、1曲ごとに拍手は大きくなった。3曲目が終わったとき大きな拍手が起こる中、シスカは打ち合わせをせずマイクを構えた。そしてアカペラで歌い始めた。
 その歌は家族をテーマにしたシンプルなメロディーの曲で、頭の芯が懐かしい思いで満たされる。そんな印象の曲だった。
 シスカの声はその曲に良くマッチし、声の特性をすべて使い切るように表現した。1番・2番と歌い3番に差し掛かったとき内容がわからなくなった。
 ベクル語だ、シスカはまたベクル語で歌っているのだ。
(そうだ本来この言葉で歌われる歌なんだ)サエはそう思いながら恍惚感の中に浸っていた。
 歌が終わってシスカは深々とお辞儀をした。
 プラチナの髪が揺れる。
 食堂は静寂に包まれた。
 数秒の静けさの後、大きな拍手と歓声が沸き起こった。
 たった20人ほどの客だがみんな泣いている、笑っている、歓声を上げている、手が赤くなるほど拍手している。感動が食堂を包んでいる。
 キタハラは最初放心したようにシスカの歌を聴いていたが今は難しい顔をして黙って座っている。
 シスカはもう一度お辞儀をするとそのまま奥の部屋へと引っ込んだ。
「ブラボー!」
「すごい!いい歌ね」
「いつの間にあんなにうまくなったんだ」客の問いかけに「今朝からよ」サエは軽く突っ込んだ。
 客が次々感想をサエに伝えにきた。そして次々トマトピューレの空き缶にお金を入れていく。札を入れる客も多い。こんなことは初めてだ。そのうち「アンコール」の掛け声がかかって収集がつかなくなった。
 サエは奥の部屋へシスカの様子を見に行った。
「シスカ!アンコールだって」声をかけながら部屋を覗くとシスカはひざを抱えて背中を向けていた。
「シスカ」肩に手を置いて顔を覗くとやっぱり泣いていた。
「ちょっと無理?」声をかけると「大丈夫です。でも少し待ってください。ドキドキしてる」シスカは笑顔を作って答えた。
 サエは「じゃ。落ち着いてからでいいから顔を出して」と言うと棚からタオルを出して渡して食堂へ戻った。
 アンコールの掛け声を少し待つように抑えていると奥からシスカが顔を出した。
 するとまたどっと拍手が起きた。シスカはおどおどとショウのキャラクターでステージに立った。目は少し赤くなっているがとにかく涙を抑えたようだ。
 そっとマイクを取ると打ち合わせに近づこうとしたサエを手で制して正面を見つめた。
 客が落ち着いて自分に集中するタイミングを計っている。
(したたかにやってる)サエが感心していると、シスカはアカペラで歌い始めた。
 例のベクレラの子守唄だ。今度はイルマ語で歌っている。観客は静かに聞き入っていて、そこにシスカの声が気持ちよく響いている。そして2番はベクル語になった。
 そして静かに歌い終えるとシスカはまた深々とお辞儀をした。
 大きな拍手と歓声がシスカを包んだ。シスカは頃合を見てマイクを口元に持っていった。
 拍手が鳴り止む。そのタイミングでしゃべり始める。
(シスカになってる)サエはにやりとした。
「今日は僕の歌を聞いていただいてありがとうございました。今日はいろんな事が起ったものですからとても疲れています。こんなに喜んで頂いてもう少し歌わなくてはいけないんでしょうが、今日はこの辺で終わりにさせてください。ごめんなさい」もう一度深々とお辞儀をしてそのまま奥の部屋に引っ込んだ。
(相変わらずボクなんだ)サエは今度は苦笑いした。
 もう一度大きな拍手が起きたが、気心の知れた客なのでそれ以上アンコールを無理強いすることはなかった。
「ベクル語が上手ね。シスカはやっぱりあっちの血を引いてるの?」
 感想を伝えにきた客の声の中にこの質問を聞いて、にこやかに応対していたサエは固まった。
「あっ。ごめんなさい。失礼な質問だったわね」その女性はばつが悪そうに自分の席に戻っていった。
 サエはその女性の後ろ姿を見つめながら、その質問は自分がシスカに対して一番に投げかけたかった質問だったことに気づいていた。
 客が落ち着いて自分の席で談笑を再開したころ「ご苦労だったな」と声をかけられ振り返るとキタハラが立っていた。
「えらい生理痛だったようだな」と皮肉たっぷりに言われてサエは苦笑した。「ごめん。でもシスカずいぶん混乱してて……」
「シスカでなくなってたのか?」キタハラは心当たりがあるように尋ねた。
「うん。まあ」サエはあやふやに答えた。
「シスカは家に来たときずいぶん不安定だったんだ。ほとんど破綻していたといってもいい。フラッシュバックを起こして暴れたり、急にいい子になったり、別の子になったり、幼児帰りを起こしたり、俺たちに馴染むまでずいぶん時間がかかった。少しずつ馴染んではくれたが普通に生活できるようになったのはサエ、お前に出会う少し前だ。」キタハラは遠い目をした。
「今までシスカはあんな声で歌ったことは無い。ベクレラの歌も歌ったことはない。ベクル語は最初しゃべっていたが通じないとわかると二度としゃべらなかった。一言だってだ」一瞬溜めてから「何があったんだ。サエ」とキタハラは真剣な目つきでサエの目を見た。
 サエは観念して今日起こったことすべてを話した。キタハラを店に誘った時点ですでにそうするつもりだったかもしれない。
「今はそのショウがいると思うんだけど、もうシスカとの境目がわからなくなってきているみたい。それにシスカの記憶にもなかったキタハラと出会う前のことも思い出しているみたい。多分それは物心付いてからの記憶のことだと思う」と最後に付け加えた。
「ムウ……。俺たちもそれを尋ねなかったし。シスカもしゃべったことは無い」
「一応訊いたんだけど『今ここでは言いたくないです』って言われたわ」
「シスカとショウに任せるしかないのかな。ありがとう。すまなかったな。今日は任せたぞ」キタハラはサエの頭をポンと軽くなぜてから大きな札で食事代を払い、釣りを全部トマトピューレの缶に入れてから家に帰っていった。
 サエが奥の部屋を覗いてみると、シスカは膝を抱えた状態のままパタリと横に倒れてぐっすりと眠りこんでいた。
 一日でこんなにいろんなことが起こったので疲れ果てたのだろう。また泣いていたのか目元は泣きはらしたままだが、こんなにシスカの涙を見たことは無い。
 ショウが涙もろいんだろうなと思いながら、シスカの上に分厚い布団をそっと掛けた。
「サエ」シスカの声がした。
「起きてたの」サエはシスカの顔を覗き込んだ。
「シスカになると、僕は消えてしまう?すごく怖い……でも僕はシスカにすごくわくわくしてる……消えるって死ぬのと同じ?」子供のように口の中でモゴモゴ言ってまた寝息を立て始めた。
 肩の上にやさしく手を置いて静かな寝息の揺れを感じながら、シスカとショウの今日の混乱と動揺を思いやり、それからそっと電気を消した。
 シスカとショウそしてサエの長い長い一日はようやく終わったようだった。


(2013/02/17 文章再構成)
(2014/08/06 更新)
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--- 8 ---

 *

「メインタンクブロー」
 チーフパイロットのキリュウが声を上げたのでコ・パイロットのシマ・アツコも復唱してブローの操作を行った。潜水艇はゆっくりと浮上のプロセスに入って人間世界への帰路に着いた。
「シマ、深度計とジャイロから目を離なさないように。それから100メートルを切ったら10メートルごとに深度を読み上げてくれ。あと、シマのマイクをマザー2にも繋いでおいてくれ」
 キリュウは背だけは高いがヒョロッとした体型の男で、指示を出しているくせになんとなく自信なさげに聞こえるしゃべりくちで指示してきた。
「了解、マザー2に接続します。マザー2?こちらWR2現在深度360」アツコは計器を凝視しながらハキハキした口調で現在の震度を読み上げ、母船のマザー2からは復唱があった。
 彼女は新人のコ・パイロットでまだ深海への潜航は5回目だ。研修を終え半年前の人事異動で配属された。女性で潜水艇に乗るというのは非常に稀だが、高分子吸収素材の発達によって女性にも無理なく搭乗することが可能になったのだ。もちろん男性にも恩恵があるのは言うまでもないが。
 彼女は黒い瞳と肩までかかるストレートの黒い髪を持った小柄な体格で、小柄という点では潜水艇乗り向きといえた。
 アツコが「300」と声をかけると、キリュウが「浮上時には少し揺れます。しっかり構えておいてください」と3人目の乗員、エネルギー会社の開発部研究員に声をかけ「シマもだ」とアツコにも念を押してからコントローラを握った。
「250」アツコのカウントが入る。
「マザー2こちらWR2順調に浮上中、位置確認は大丈夫か?・・・・」
「任せとけ、位置は補正中、浮上までには完了する。波は1.0メートル、風弱し、回収に差し支えなし、そのまま浮上せよ」キリュウの問いかけに微妙な間を置いてプロジェクトリーダーのクラモチの野太い声が返ってきた。
「200」アツコは読み上げたが、キリュウはアツコの行った操作を確認しているのかパネルを覗いている。
 アツコは他の機器のチェックを済ませ「マザー2?現在深度100」の声を上げた。
「こちらマザー2深度100了解、回収シークエンス・ステップ1に入る」「90」アツコはカウントを続けた。
「80」「70」「60」「50」
 そのとき激しい衝撃と大音響を感じ、「キャ―――――」アツコの長くて甲高い悲鳴とともに3人は耐圧球の天井壁に叩きつけられた。
 そして何が起こったのか考える暇もなく照明が消えた。
 薄れてゆく意識の中で「緊急浮上!エマージェンシーブロー!」キリュウの叫び声が聞こえた。
「シマ!研究員!大丈夫か?」声をかけられて意識が戻ってきた。
「水漏れは無いな。シマ!動けるか?マザー2を呼んでくれ!」アツコは頭を振りながらよろよろと起き上がると通信装置に向かったがすぐに電源が入っていないことに気づき、電源が入らないのを確認して「艇長!通信装置死んでます」と報告した。
「わかった。電源がお釈迦のようだ。エマージェンシーブローは失敗した。非常バラスト系だけは生きてるな。艇はわずかに沈降している。毎秒0.2メートルといったところか?浮力材に異常は無いようだ。バランスもOK。二人とも自分の体を確認して、怪我は無いか?」キリュウはアツコにも聞こえるように現状をしゃべってくれてから訊いた。
 非常バラスト系が生きていることにほっとしながら、アツコは自分の体を確認してから研究員の確認を手伝って報告した。
「艇長、私は大丈夫ですけどナトリさん頭から血が・・・・」
キリュウはあまり時間がないと判断したのか、本当にとりあえずという感じで「ナトリさん、とりあえずそこのタオル自分で当てといてください」と指示してから「シマ、非常用バラストを捨てて緊急浮上しよう。電力無しでいつまでもここに居たら危ない」と本題をつけくわえた。
「了解」とアツコが返事をすると、キリュウは腹に力を入れた声で叫んだ。
「2人とも揺れるぞ。掴まれ!バラスト投下!
クラモチ!
どいてろよ!」

 *

ドシャ―――――ン、水と空気が激しく振動するような大音響とともに巨大な水柱が上がり、船が大きく揺れた、
 クラモチは操作板につかまりながら「どうした――?各部署現況を報告しろ!」とわめいた。
「第1デッキ、船尾水中で大きな爆発が有りましたー!被害は調査中!」
「第2デッキ、同じく!」
「操舵生きてます!」
「コントロールルームの機能は大丈夫です!非常電源作動しました!」
「機関室、大量浸水中だが機関は稼働中、3分は動けるぞ!」各部署から報告が入り始めた。
 クラモチは船が動けるという報告を聞いてすぐマイクに向けてどなった。
「船長!WR2の上をクリアーに保て!緊急浮上してくるぞ!機関室、5分は持ちこたえろ!水密扉の閉鎖は機関長に任せる。イシダ!救難要請を入れろ。爆発と浸水と機関停止だ。超特急だ。モニター、WR2と連絡は?」
「途絶えています」モニターの返事は簡潔だった。
「ソナー、WR2の様子はどうだ?」
「姿勢は正常。わずかに沈降しています。毎秒0.2メートル」
「よし、コバヤシ、本部に緊急連絡しておけ」クラモチは質問と指示を次々と繰り出した。
 さらに各部署からの報告が続き、おおむね無事のようだと安心し始めたとき矢継ぎ早に致命的な報告が入った。
「第2デッキ、ハンガーが損傷!WR2の収容は不可能!足が1本おれちまってる」
「第1デッキ、小型艇4隻とも損傷!航行不能」
「ソナー、WR2緊急浮上中!浮上まで後10秒、浮上域クリアー」
「クソ!来るぞ!船長、浮上確認しだい接近しろ!」クラモチはどなったが機関長の声が重なった。
「機関停止、もう無理だ。水密扉を閉じる。沈んじまう!」
「5分持たせろと言ったはずだ!」クラモチが食い下がったが、機関長に「死人が出ちまうよ!3分と言ったじゃねーか」と片づけられた。
「リーダー、WR2浮上。右舷後方100メートル」ソナーの報告が入る。
「コバヤシ、本部に追加報告を、爆発のことは伝えたな。今度はどちらも動力を失ってWR2を収容できずに流されていると言え。超特急だ。あっちも電源が無いんだろう。こっちの状況を伝えて本部長の判断を仰ぐと言え。畜生、手も足ももがれたか・・・・」クラモチは携帯電話を取り上げると、ハンドフリー用のイヤホンを耳に突っ込み、「俺は現場へ行く。イシダ、代わりに指揮を取れ、俺の携帯もグループ通話にしておくから。それからモニター、WR2と連絡を取れ。もう携帯が使えるだろう」
「今呼び出し中です!」とモニター。
「よし!すぐ戻る!」指示してからクラモチは勢いよく立ちあがった。
 大きな熊のような体型に似合わず豹のようにラダーを飛び降り、第1デッキで小型艇を確認し、第2デッキでハンガーの状態と、負傷者と船体の破損状況を確認したクラモチはそれこそ熊のようにうなり声をあげた。
「う――ん。いったい何が爆発したんだ?死人が出なかったのが不思議なくらいだな」
「わかりません。機雷に触れたみたいでした」
「機雷か、よし、何が爆発したか調査を始めてくれ」クラモチは甲板長に指示を出すと、今度はラダーを飛び上がるように登ってコントロールルームへ帰って行った。
「イシダ、WR2の位置は?」ドアを開けるや否やクラモチは次々と質問を浴びせる。
「右舷後方100メートル、あまり変わりません。同じように流されているようです」
「救難要請は?」
「軍への要請は拒否されました。沿岸警備隊が向かってくれていますが、遠いので到着に3時間といったところです」
「機関室はどうだ?」
「水密扉の閉鎖はうまくいったようです。軽傷が3名、重傷が3名いますが命に別状は無し。沈没の心配は無いと言っています」
「コバヤシ、本部の反応は?」
「マザー1をこちらに振り向けるそうです。到着時刻は追って知らせると。それから本部長は民間のヘリを手配すると言ってました。時間が無いのでとりあえずヘリを使ってゴムボートを運んでくる算段のようです。それで何とかしてWR2と乗組員を回収しろということです」とコバヤシが報告した。
「モニター、WR2はなんて言ってる」
「お客が頭に軽傷だそうですがとりあえず全員無事。衝撃で電気系統全部がだめで、まったく動けないが沈没の心配は無いと」
「アッちゃんは無事だったんだな」クラモチはコントロールルーム全員の期待を裏切らないように、乗組員全員ではなくアツコの心配だけをした。そしてこれからの方針を伝えた。
「よし、ヘリを待とう。WR2にはそのまま待機と伝えろ。各部署はリーダーの指示で復旧を急げ。俺が本部長と話をする。繋げ!」


(2014/08/06 更新)
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--- 9 ---

 *

 シスカは鏡の中の自分と向き合っていた。朝食後(といっても今日は第二勤務なので昼食後と同じだ)のルーチンだが化粧というわけではなく、主にUVカットを目的としている。肌の強い方ではないシスカはそうそう手を抜くわけにはいかないのだ。
 作業をこなしながら、シスカの頭の中にはなぜこんなだろう?という気持ちがわきあがってくる。きれいな顔なのに自分でも好きになれないのは、バランスを欠いた組み合わせであると同時に非常に目立つからだ。
 どういう遺伝子が組み合わさるとこんなことになるんだろうと疑問に思うが、ある程度記憶が戻ったとはいえ両親を憶えていないシスカには自分で答えを得ることは不可能だった。またサエはもちろん、育ててもらったキタハラ夫婦でさえシスカの両親を知らないので解答はさらに絶望的だった。
 今日は本来休日なのだが、昨日は例の生理痛で休んだので“第2勤務でいいから出て来い”というメールが今朝キタハラから入った。そのメールの指示に従って、今朝は定時に起きてサエの家から出勤の用意のためにアパートに帰ってきていた。
 そしてルーチン作業の最中というわけだ。
 キタハラにはサエからすでにシスカとショウの事情について話されているので、出勤に特に不安は無い。
(こんなものかな)と思いながら洗面所から短い廊下に出た。
 正面はルームシェアしている友人の個室、左は玄間、右は共用のダイニングキッチン、そこに入って左側がシスカの個室だ。自分の個室に入って支度を終えて、携帯電話の方をちらりと見やると同時にシンプルな呼び出し音が鳴った。
 表示を見るとキタハラからだ。心を落ち着かせ「はい、キタハラです」と事務的に電話に出ると電話の向こうから「体は大丈夫か?すぐに格納庫に来れるか?緊急招集だ。第1級特別手当!」と思わず電話から耳を離したくなるような大声が飛び出した。
「すぐ行きます」と短く答え、電話を切ると大急ぎで防寒コートをひっかけ、帽子をかぶり例の髪を押しこむ作業をし、今朝一生懸命チェックした荷物をひっつかんでアパートを出た。
 年末祭直前の土曜日の町は買い物客で賑わっていた。その賑わいを冷ますような厳寒の空気の中を青いロードサイクルで飛ばすと、防寒コートを着込んでいるにもかかわらず鼻や手が千切れそうに痛んだ。
 空はこの時期にしては珍しく晴れわたっていて、真っ青なドームをカラカラに乾燥した空気が支えていた。シスカは体が軽いし息も苦しくないなと思いながらペダルに力をこめた。

 家並みを外れ、息を切らしながら緩やかな長い坂道を登り切ると、大きな倉庫のような格納庫が正面に見えてきた。自転車のまま車庫の中に入って足をつくと、「体調はどうだ?気分はいいか?」キタハラの大きな声がした。
 気分はいいか?と言う問いの中には“精神的に”という意味が含まれているのがわかったので「はい。大丈夫です。気分もすこぶるいいです」シスカは息を切らせたまま答えた。
「だいぶ印象が変わったな……」とキタハラは困ったような感じになったが「よし。じゃあ行こうか。自転車はその隅に置いておけ」とシスカは息を切らしたままブリーフィングルームへ連れて行かれ、待ち受けていた運行部長からブリーフィングを受けた。
「今日の任務は潜水母船のマザー2の海難救助だ」
「マザー2ですか?」知っているマザー2だったのでショウが驚くと、運行部長は“ですか?”に一瞬怪訝な顔をしたようだったがすぐ元の顔に戻り「マザー2で爆発があり、エンジン停止のため潜水艇が回収不能になった。母船も潜水艇も動けなくなっている。マザー2はけが人が出ているらしいが、潜水艇は緊急浮上していて乗組員も無事らしい。回収作業用にゴムボートを持ってこいと言ってきている。うちは慣れているから選ばれたそうだ」と早口で続けた。
 無事らしいという報告にシスカはホッとして顔にもその表情が出たが、運航部長はそれには構わず続けた。
「ゴムボートはキャビンに積み込んである。これを下ろす必要があるからヘリポートに降りることになるが、気象条件は良好なので可能だろう」
「本日、機長はキタハラ・ロク、整備士としてキタハラ・シスカが同乗。飛行コースは……」
 シスカの整備センスの良さに目を付けたキタハラは、社内に手をまわして、しばらく前から自分の機をシスカに任せていた。
 天候などの細かい説明が続き、質疑応答の後ブリーフィングは3分で終了した。
 すでに強力なエンジン付きの大型ゴムボート2隻が空気を抜かれた状態で、シートを一部はずしたキャビンに積み込まれていた。
 機体に向かいながらキタハラが「シスカ、俺の後ろに付いて真似をしてみろ」と言って、持っていた2部のファイルのうち1部をシスカに渡した。
 そして機体の周りをクルクルと動き回りながらあちこちを指でさして、あるいは触ってチェックしていった。シスカは後ろにくっついて後から真似していたが、キタハラが何をしているのか手順まで十分理解している自分に驚いていた。
 キタハラは真似をして指差し呼称するシスカの様子を時々振り返りながら黙って見ていたが、途中からシスカをグイと前に出し自分は再度確認する側に廻ってくれた。シスカはいつのまにか自分の判断でチェックを進めることができていた。
「シスカこのファイルが何か分かるか?」一通りチェックが終わるとキタハラは尋ねてきた。
「チェックリストです」シスカは当たり前のように答えた。
「じゃあ、もう一度最初から機体チェックをやりなおしてみろ。少しだけ時間をやる」キタハラはシスカの肩にポンと手を置いて励ますように言った。
「はい」シスカは機体の周りを今度は慣れた様子で回りながらあちこちを指でさして、あるいは触ってチェックしていった。やはりキタハラはシスカの後ろで再度確認しながら付いてきた。
 チェックを終えるとキタハラは「意識と知識がうまくつながってきてるみたいだな」とホッとした顔をした。
 次に機体に乗り込んで、シスカにチェックリストを読み上げさせながら消化していった。
 チェックリストを読み上げるシスカの様子を見ながらキタハラの顔は一瞬だけ微笑んだ。
 すべてのチェックリストを消化すると、キタハラのAW289はあわただしく飛び立った。
 
 AW289は海の上を国境線に近づきすぎないよう、許可された空域をほぼ最高速度で東へ飛んでいた。
「キタハラ、僕、やっぱり変ですか?」シスカはようやく言葉を出すことができた。ヘッドホンを経由すると少しは言い易い。
「いいさ。お前のせいじゃない。だいぶ印象が変わったがすぐ慣れるさ」
「変わりました?」
「何年親代わりをやってきたと思ってるんだ?お前は忘れてるんだろうが、俺たちは小さいころのショウにも何度か会ったことがあるんだぞ。その後は出てこなくなったから俺たちはシスカと一緒になったと思ってた。無理して上手くやる必要は無い。シスカもショウも俺たちの子供だ。」
「ごめんなさい」シスカはあやまったが、キタハラは檄を飛ばした。「もうあやまらなくていい。意識と知識はつながってきてるから自信を持って受け答えしろ。自信なさそうな態度をするな。自信を持て、うまくいく。俺が保障する。わかったか、シスカ!」「はい!」シスカは覚悟を決めてうなずき、キタハラは親指を立てて初めてニヤッと笑った。
「シスカ、この辺の空域は軍により厳しく制限されていて慎重な操縦が要求される。海の上には標識もないからGPSだけが頼りだ。もし非武装地帯に近づこうものならあっという間にお陀仏だ。通いなれた道のりだがそれなりに気は使う」キタハラの一応の説明はここで途切れた。
 彼方に小さくマザー2のオレンジの船体が見え始めたのだ。
「キタハラ!見えました」シスカが叫んだ。「わかってるよ。ゆっくり行こうや」キタハラは徐々に速度を落としながら大きく右舷から回り込んでゆっくりと接近した。
 マザー2の船尾側は爆発の影響かあちこちがヘシャゲたり吹っ飛んでいたりして酷いものであったが、ヘリポートの有る船首側はブリッジの影になったのか無事であった。
 キタハラの指示でシスカが「マザー2こちらOS1036ご機嫌いかが?ちょっと早いけど年末祭のプレゼントを持ってきました」と無線で呼びかけると、「シスカか・・・どうした?今日はやけによそよそしいな」とクラモチの声が返ってきた。
 シスカはなんとかうまく言えたのでほっとしていると、親しげに続けて呼びかけてきた。
「こっちは手も足ももがれてるんだ。遊んでないでさっさとヘリポートに降りてくれ。うちの若いのを貸すからプレゼントを降ろしてくれ、ありがたく頂戴する。WR2も電源を失って限界が近いから、できるだけ早く回収してやりたい。」
「すぐに降ります」少し自信を得てシスカが答えると、キタハラはまたニヤッとしてからAW289をゆっくりと船首にあるヘリポートへと近づけていき、少しもふらつくことなくホバリングしてそのままスッと着船した。

 ローターが回転を落としシスカがサイドのドアを開けると、作業員が駆け寄ってきた。
 搭載された大型の荷物は手早く降ろされ、エアーコンプレッサーに接続された。エアーが入ると大型の荷物は大型のゴムボートに変身し、続けて降ろされた強力な船外機が取り付けられた。
 もう1隻も同じように組み立てられた。2隻のボートは早速クレーンで吊り下げられ海へと降ろされ、作業員が乗り込むとそのうちの1隻に、マザー2に設置された制御ドラムから引き出された高張力ロープが繋がれた。シスカはコ・パイロットの席で待機し、キタハラは作業の様子を確認するために機外に出て行った。
 きびきびした作業に目を奪われていると「シスカ、ドクターの判断で念のため精密検査を受けた方が良い者をお前のヘリで中央病院へ運ぶことになった。シマも一緒だ、よろしく頼む」とクラモチから連絡が入った。
「了解。シマは……?」シスカは一番訊きたかったことをやっと訊くことができた。「ぴんぴんしてるさ。念のためだ。それから乗せる人数の打合せをしたい、固定作業が終わったらキタハラと一緒にコントロールルームまで御足労願いたい」
「了解」シスカはそう答えるとキタハラに声をかけに行った。エンジン音がしたので海面を見降ろすと、ロープを曳いたボートがWR2に向けて発進していくところだった。
「キタハラ、クラモチさんからの連絡で、ヘリでけが人を運ぶことになったみたい。すぐにコントロールルームまで一緒に来てくれって……」シスカは発進していったボートを見やっているキタハラに声をかけた。
「お前も一緒にってか?クラモチは記憶にあるな?」シスカがうなずくと「わかった。一緒に来い。俺がカバーするから適当にしゃべっておけ。気を使うやつじゃないからそんなに緊張するな。いずれは顔を合わせにゃならん」と言った。

 コントロールルームにはキタハラが先に入った。部屋の中には数人の男が居て、その中の30歳くらいの190センチはあろうかというガッチリとした目つきの悪そうなのが「ご苦労さん。遠路はるばるすまないな」と声をかけてきた。「なんの、こっちも仕事さ。ご用命感謝しますよ。クラモチリーダー」キタハラは軽く流して答えた。
「シスカ、今日はなんだかおしとやかだな?」クラモチはシスカにも声をかけたが、シスカは緊張で張り裂けそうになりながらやっと笑顔だけを返した。
 キタハラは「シスカは最近不安定なんだ。今日も気分転換で連れ出したようなもんだが、任務に支障が出るようなことはないから勘弁してくれ」と渋い顔で言った。
 クラモチは「不安定?信じられんな。何か俺のこととんでもなく怒ってるとかじゃないよな?」とシスカを見た。
「違います」シスカはあわてて首を横に激しく振った。(そんな怖い顔で絡まないで)シスカは緊張で立っているのもつらくなってきた。
 クラモチは疑問だらけの顔をしていたが「まあキタハラがそう言うならかまわんが」とその場は納めてくれた。話はヘリコプターに乗せるけが人の人数の打合せに入っていった。


(2014/08/06 更新)
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更新です。

--- 9 ---を追加しました。
本文も各所訂正・追記が入ってます。
それぞれ更新しましたが内容に変化はありません。
読み返すたびに矛盾や意味不明部分が浮き出てきて細かい修正が入りますが、
今のところストーリーには大きな変更はありませんので読み返す必要はないと思います。
すみませんが我慢してやってください。

テンプレートもいろいろ試していますがなかなか良いものがありません。
ブログを使う限りある程度我慢が必要かもしれません。
読みづらくて申し訳ないです。
少しずつ研究してみます。
気ままにゆっくりと書き進めていくつもりにしています。

よろしかったら読んでみてください。

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微調整

フォントサイズと行間を調整してみました。なかなか難しいです。
このテンプレートの作者の方は自助努力を好まれるようですので。
あちこち資料をあさって勉強してみました。
こんなものでしょうか?少しは見やすくなったかな。

あと、パパッとプロフィール変えました。
気にしないでください。

誰か読んでくれてるのかな?
更新もう少しお待ちください。

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--- 10 ---

 *

 緊急浮上してからどれだけたったろうか、電気を失った耐圧球の中は相当に冷えていたので、シマ・アツコとナトリは背中と背中をくっつけて毛布を巻き付けブルブル震えていた。
「どんどん冷えてきますね」アツコは愛想よく声をかけたつもりだったが声は細かく震えた。
 ナトリは申し訳なさそうに「すみません。くっつかせてもらって……」と言った。
「いえ。こうしないと私も凍えますから」少し事務的に答えてから「正面というわけにはいきませんけど・・」と付け加えた。
「いや・・」ナトリは返事に困って下を向いたがアツコの背中は少し暖かくなった。
 ハッチを閉める音がして、マザー2と携帯電話で話をするためセイルに出ていたキリュウがラダーを下ってきた。
「シマ、ヘリが到着した。ボートを運んできてくれたそうだ。これからそのボートを使ってロープをこっちへ渡してくる。受け取って繋がったらマザー2から引っ張ってくれる。君らはボートで回収だ。それでやっとこの寒さからも解放ですよ」最後が丁寧になったのはナトリに案内したからだ。
 こわばる口でそういうと「俺がロープを受け取って接続するから、ここで待機してください。シマもだ」とまたラダーを上がっていこうとする。
「待ってください。私が受け取ります。艇長ずっと上だからもう低体温ですよ」アツコが言ったが、「俺が艇長だ!」キリュウは一喝して上がっていった。
「細くて弱っちそうなんですけど、結構頑固なんですよ」アツコはナトリに言った。
 しばらくすると船体に振動が伝わってきた。アツコはボートが横付けされてロープの接続作業が行われている様子を想像しながらナトリと二人かたまっていた。

 *

 キリュウがセイルに出るとゴムボートが近づいてくるのが見えた。手を挙げると、向こうも手を挙げて応え船体を横付けにした。1人が艫綱を持ってこちらに飛び移って固定すると舳綱も固定した。
「お待たせ、キリュウ。体は大丈夫か?動けるか?」よく知った顔だが名前は覚えていない。
「ずいぶん待ったよ。寒くて寒くて。下に女性とお客が待ってるから、そちらを回収してやってくれないか」
「あとちょっと待ってくれ、牽引用のロープをつないでセッティングしてしまうよ」すぐにもう1隻のゴムボートが横付けされ、それから牽引用の高張力ロープが降ろされて、船首にあるビットに固定された。
「これで準備完了だ。下に居るお2人さんにも声をかけて戻ってくれ」
「いや、俺はこの船と一緒に回収されるよ。あとの2人を連れて引き上げてくれ」
「そのままキリュウの意見を採用できないな。リーダーに確認する。ちょっと待ってくれ……こちらイノウエ……」携帯電話を開いて連絡をしている相手はたぶんクラモチだ。
(そうそうイノウエだった)とキリュウは思い出しながら話の成り行きをうかがっていると、雲行きがおかしい。何か揉めている。
 イノウエはこっちを向いて携帯電話を差し出した。「リーダーだ。替われと言ってる」携帯電話を受け取って耳にあてる。「キリュウです。」
「こら!ゴネてないでとっとと帰ってこい。充分低体温だろうが!」野太いクラモチの怒鳴り声だ。
 キリュウは黙ってなにも答えずにいた。しばらくクラモチは何かしゃべっていたが、「わかった。わかったよ。相変わらず頑固だな!」イノウエと替わってくれと言った。
 しばらくイノウエとしゃべっていたが話は終わったようだ。携帯電話をたたむとイノウエは言った。「俺とキリュウで残れと言ってる。後2人は引き上げるようにということだ」
「わかった。2人を呼んでくる」キリュウはいったんハッチの中に入ってラダーを降りた。
「シマ、ナトリさんとボートでマザー2に引き上げてくれ」
「艇長は一緒じゃないんですか?」とアツコが詰め寄ってきた。
「俺はこの船と一緒に回収される」当然の成り行きと言う顔で答える。
「そんな。ずっと船外に居て冷え切ってるから無理ですよ。一緒に引き上げてください」
アツコは食ってかかった。
「艇をこのまま放って帰るわけにはいかないよ」
「だったら私が残ります。私の方が体型的にも寒さに強いと思います」
「艇長は俺だ」
 2人は言い争いを続けながらナトリを伴ってデッキに出た。
 デッキでも言い争いを続けているとイノウエがうんざりした顔でこちらを見ている。
「これ以上無駄な時間は取れない。ここは俺に任せて引き上げてくれ。俺の命令が聞けないなら次からはコパイロットは別の人間にやってもらうよ」最後にキリュウがそういうとアツコは黙ってしまった。
 その頃合を見てイノウエは言った。「じゃあ2人ともこちらの船に乗ってもらおうか、1隻はここに置いておく」アツコは黙って唇をかんでいたが突然キリュウにハグをした。
 キリュウはびっくりした顔になって棒のように立っていた。
 しばらくしてアツコはキリュウから離れると「おまじないです!」といってニコッと笑って、ゴムボートに乗り込んだ。そしてキリュウとイノウエを残してゴムボートは引き上げていった。
 携帯電話でウィンチと打ち合わせをしたイノウエは「よーし牽引を開始してくれ」と指示を送った。ロープが張っていくのを確認してから、残ったゴムボートの中から大きな防寒コートを引っ張り出して「キリュウ、これを着ろ。相当冷えているはずだ。」と放った。
「ありがとう。まるで俺が残るのがわかっていたようだね」とキリュウが言うと「リーダーだ」とイノウエが短く答えた。キリュウはコートを着ながらポケットの中に使いきり懐炉が入っているのを発見して、よけいに苦虫を噛み潰したような顔になった。
「それから、ホレ・・・」とイノウエは魔法瓶から熱いコーヒーを注いで渡した。WR2はゆっくりとマザー2の方へと近づいていった。

 *

 ゴムボートは速度を上げてマザー2に近づいて行く。
 アツコは渡された防寒コートにくるまりながら、やっと人心地がついて緊張が解けたのか体の震えが収まるのを感じていた。ボートは速度を落としマザー2の船尾ゲートに接舷した。
 ゲート付近はひどく破損していたが接舷した部分だけは片付けられていた。
 アツコはナトリとタラップを上りながら顔を外側に向けWR2がロープにひかれてゆっくりと近づいてくるのを確認してから甲板に上がった。
 そのとたん大きな歓声に迎えられ2人は大勢の人に囲まれた。たくさんの知った顔がこちらを見て歓迎の意を示している。一番手前に居た甲板長に先導され、どさくさまぎれに抱きついてくる野郎どもをはねのけながら医務室へ向かう。
 簡単な診察をすませるとクラモチからアツコとナトリにすぐにコントロールルームに上がるよう指示が来た。二人で三階層を登り、アツコはコントロールルームのドアを警戒しながら開けた。
「無事だったか」クラモチがかけ寄ってきたがハグされる前にサッとナトリの後ろに回避した。
 アツコは簡単に爆発時の潜水艇の状況を説明した。「さすがアッちゃんだな、いい判断だ」クラモチが言ったが「すべて艇長の指示で動いただけです」とにべもなかった。
 クラモチとはこのコントのようなやり取りがお約束になっている。
 クラモチは表情を切り替えて指示した。「ナトリ研究員とシマはドクターの判断で念のため精密検査を受けた方が良いとのことだ。他のけが人と一緒にヘリで中央病院に行ってもらう。いいな」
「わかりました」アツコは答えながら部屋の隅にキタハラの顔を見つけていた。
「リーダー、ヘリはキタハラさんのですか?」と訊きながらキタハラの後ろに隠れるようにしているシスカの横顔も見つけた。
「そうだ。すぐに向かってくれ。他のけが人は待機中だ。急げ!」
「はい」アツコは返事しながらシスカに近寄った。
「シスカ!一緒に来てたんだ」声をかけると一瞬アツコを見てから微妙に視線を外し「無事で良かったね」と言った。
「エッ?」予想外の反応にアツコの返事も変なものになったが「さあヘリへ急いでくれ」というキタハラの言葉におされてその場はそのままになってしまった。
(シスカどうしたんだろう?)アツコは疑問と不安を抱えたままヘリコプターへ急いだ。シスカはその隊列から少し遅れてついてくるようだった。

 *

 ゆっくりと、責任を持たされた立場のものにとっては本当にゆっくりとWR2が近づいてくる。キタハラのヘリコプターはキリュウを待ちきれずしばらく前に出発した。
 クラモチはコントロールルームの窓からそれを見ながら、イライラする気持ちを抑えるように冷めたコーヒーをゆっくりと飲み込んだ。
 さらに長い時間が経過してからWR2は慎重にマザー2の船尾ゲートに接舷した。WR2から降りてきた2つの人影はたちまち多くの人々に囲まれた。
 やっと1つの項目をクリアーしたが、これからこの船が母港に接岸するまでの膨大な作業量を思うと、クラモチは憂鬱な気持ちになるのを抑えることができなかった。

 *

 キリュウはタラップを上がりながらふと見上げた。たくさんの知った顔がこちらを見て歓迎の意を示している。
(ああ、何とかたどり着いた)と思った瞬間世界が急に夕暮れになったように感じて、まずい、ちょっとカッコ悪いぞ。俺、気を失いかけて・・・「おい!キリュウ!」すぐ後ろからタラップを上がっていたイノウエは倒れてきたキリュウを支えながら叫んだ。
 出迎えムードだったまわりは一瞬で大騒ぎになった。

 *

「何で俺達が2往復なんだ?」マザー2の負傷者達を中央病院に送り届けた後、格納庫に戻ってきたキタハラらに、運行部長からマザー2への2往復目の飛行プランが伝えられた。
「追加の急病人が出たらしい。ちょうど運用中で飛び立てるチームが君達だけ、というだけのことだ。すぐに給油を済ませて出発してくれ」
「そんな!」キタハラはわめいたが「第1級特別手当付与」と付け加えられてしぶしぶうなずいた。
「まず中央病院に寄って、医者と第1便で来ていたマザー2の看護師の2名を拾ってくれ……」シスカが対応できるようになっていたのでブリーフィングを例のごとく3分で終了させ、いつものようにあわただしく給油と機体チェックさらにチェックリストを消化してキタハラのAW289は再び飛び立っていった。

 *

「他に聞いておくことはないか?」クラモチは尋ねたが「今のところ順調です」とコバヤシは答えた。沿岸警備隊の中型巡視船がマザー2に到着してすでに30分はたっていた。
 すでにマザー2での対応はおおかた終了していたので、巡視船がすることは特になく警備のためだけに横付けされているようなものだった。
 けが人や体調の良くないものはすでにヘリコプターで中央病院に搬送されていたし、破壊された船体の応急処置もほぼ終了し、まもなく到着する予定のマザー1を待つだけになっていた。
 マザー1のハンガーを使用してWR2を収容し、そのまま曳航してもらって母港に帰る段取りが整えられていた。
 段取りがうまくいかなかったのは、急病人が発生しさらにヘリコプターの到着をも待たなくてはならなくなったことぐらいだ。
「キリュウのやつ、わがままばかり通した挙句これだ。もっと強引にやる必要があったかな?コバヤシ」何杯目かの冷めたコーヒーに口をつけながらクラモチは訊いた。
「リーダーの指示を聞かないのは組織としては問題です。潜水艇に責任を感じるのはわかりますが、結果がこれではキリュウの責任問題として取り上げる必要が有ると思います」
「厳しいな。まあそう言うな。俺も最終的に折れてるんだから俺の責任でもあるしな……」クラモチは頭をかきながら少し言い訳がましく言った。
「シマはどうだ?コバヤシ」
「順調に成長していると思います。今回の対応もしっかりしたものです」
「そうだな。女ということで少し気になっていたんだが判断や対応は的確だ。このまま育てようと思う」クラモチはニヤついたが、ふと顔を上げた。
 かすかにヘリコプターのローター音が聞こえ始めていた。
「マザー2こちらOS1036ご機嫌いかが?」
「シスカか?マイク替われ」クラモチはシスカだとわかるとマイクを取り上げた。
「シスカか?2往復も悪いな。聞いているとおり急病人だ。大急ぎで頼む」
「了解。すぐに降ります」
「恩にきる」マイクを返しながらクラモチは「何か調子がくるうな」と付け加えた。
 夕暮れの迫る中AW289はスムーズに着船した。
 AW289はただちにマザー2の看護師を降ろし、担架ごとキリュウを乗せると医師の診察を受けさせながら全速で飛び立っていった。


(2014/08/06 更新)
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更新しました。

やっと更新です。
シスカの乗っているヘリAW289は、アグスタウェストランド社の新型AW189双発タービン・ヘリコプターがモデルです。
こんな感じ↓
AW189

カテゴリーA、離着陸時や飛行中にエンジンの一つが止まっても安全な飛行が続けられるような機能を持っていて、海底油田の開発支援や捜索救難、旅客輸送、さらには警察、消防などの多用途に使えペイロードの大きいこと、航続距離の長いことが特徴という設定です。
エンジンはターボシャフトが2基。機体は標準16席だが、18席まで増やすことができる。
巡航速度は270~280㎞/hと非常に速い。航続距離は乗客18人が乗って沖合260kmの石油プラットフォームまで往復できるし、乗客12人ならば320kmまで往復可能。くらいの性能を持っていることにしています。
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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
ようこそ!


頂き物のイラスト

アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
天使のささやき_limeさん2
limeさんのイラストをイメージにSSを書いてみました。「ダイヤモンド・ダスト」
イラストをクリックすると記事に飛びます。よろしければご覧くださいネ!
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