Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

Blue Moon(青い月)

はじめに書いておきましょう。
この物語は自分に対する自戒と激励です。
だから読んでくださっても意味不明だと思います。
ここに乗せるのはどうかと思いましたが、
やっぱり乗せておきます。
“整理し保存する”ということはとても重要です。
その時点での自分の素直な気持ちなんですから。

Blue Moon(青い月)

 海から吹いていた潮の香りを含んだ風は、陸から吹くもみ殻を燃やす焦げくさい臭いを微かに含んだ風に変わった。季節の変わり目を表わすその臭いは、この小屋から北に百キロ以上も離れた田園地帯から流れて来る。そしてそれがここで感じることのできる唯一の自分以外の人間の営みだった。
 サキが建てたこの小屋は10坪ほどの大きさで、南に向かって流れる片流れのシンプルな屋根が乗っている。北側の大きな壁の上の方には北からの安定した光を取り入れるための窓が開き、南側は風景を眺めるための壁一面の大きな窓と日差しを遮るための深いひさしを持っている。
 小屋の周りには草原が拡がり、そこには長い緑の葉っぱと銀色に輝く箒のような穂を持った背の高い植物が隆盛を誇っている。風が吹くとその長い葉っぱと銀色の穂はゆっくりと揺れ、まるで波のように果てしない草原を伝播していった。葉っぱや穂のすれ合う音は胎内で聞く母親の血流音のように心地よく心に入り込み、無数の銀色の穂が揺れ動く様は、どこか別空間の惑星の表面に迷い込んだかのように見る者を惑わせた。さらに意識を無の空間に置いた状態でそれを眺めれば、一層その感覚は増していった。
 だがこの広大な草原にも果ては存在する。小屋から北側は田園地帯までずっと草原が続いているが、南側は100メートルほど先で垂直に50メートルほど落ち込む崖になっていて、草原は唐突に終わりを告げる。そしてその先はただ海原だ。
 サキの小屋の南側に開けられた大きな窓の向こうには、広がる一面の草原、そしてその向こうにいきなり海、さらに空という風景が、何の演出も無くそのまま存在していた。

 サキが始めてここに来たのは何年前になるのだろう。何の当てもなくヤマハのTY50というオモチャのようなトライアルバイクにまたがってやってきて、草原の海に岩礁のように突き出した岩の上に座って、ぼんやりと草原の海とその向こうに唐突に広がる本物の海を眺めながら、散らばったセグメントをオブジェクトにする作業に没頭していた。当時これはアナログとして出力される予定だった。
 そのうちにこの作業に疲れてきたサキは、草原の中を土の道が迷路のように巡っている事に気づき、その道を思い切りバイクで走ってみたくなった。土の道は背の高い草に囲まれていてコースアウトしても安全そうだったし、コーナーやアップダウンも適度にあってサキの小さなバイクでも充分に楽しめそうだった。
 イグニッションをオンにし、体重をかけてキックレバーを蹴り下げると、小さな2ストロークエンジンは軽い音と少しの白煙をマフラーから吐きだした。サキはギアをローにカチンと入れ、アクセルを煽るとクラッチレバーを離し猛然とスパートした。エンジンの回転数を落とさないようにしながら足を付き、土煙を巻きあげながらコーナーを曲がり土の道を右に左に駆けまわった。そして加速して坂道を登りその頂上からジャンプしようとした時、サキの前に海が広がった。サキはとっさにアクセルを戻しブレーキをかけた。バイクは着地するとすぐに停止した。
 バイクのフロントタイヤの先・・・ほんの1メートル程だ・・・には海が広がっている。サキはバイクを降りると恐る恐る先へ歩を進めた。その先は垂直の崖になっていて、そっと覗き込むとはるか下に打ち寄せる白い波が見えた。道はそこで途切れていて、とっさにブレーキをかけなければサキのバイクがどうなっていたのか、結果は明白だった。
 サキは暫く崖の底を覗いていたが、やがて慎重に後ずさりした。そして安全な位置までバイクをバックさせてからUターンし、ゆっくりと元いた場所に戻って行った。
 湧き上がる恐怖に苛まれながら、サキはこの土地に運命のようなものを感じていた。

 この世界が誕生してからどれくらいの年月が経過しただろう?この世界は最初小さな実験的な煌めきの縺れのようなものから始まって、そして考えられないようなスピードで大きくなった。10年ほどもするとその中心部は光り輝く超高層ビルが林立する都市の様相を呈し、さらに年月が経過した後、そこはメガロポリスをも凌駕する超巨大都市にまで成長した。
 人々が情報社会の繁栄を謳歌するそんな時代に、そこから遥か離れた辺境の地、まさに地の果てのようなこの草原にサキは居場所を定めた。それがこの小屋だ。
 誰にも邪魔されず、頭の中に溜まっていた色々なセグメントを一度きちんと出力して整理しオブジェクトにして、ライブラリーに並べておこうと考えたのがその動機だった。そう思った時、場所はここしかないと思ったのだ。頭の隅っこに残っていた葉っぱや穂のすれ合う音や、深い緑の中に揺れる無数の銀色の穂の記憶、そして何よりあのバイクの先に広がった海の記憶がそうさせたのかもしれない。
 サキは小さな小屋に1人籠って少しづつ少しづつまるでインタープリターのようにセグメントを読みこみ、書き出し、そしてそれを校正し、構成し、出力し、出来上がったオブジェクトをライブラリーに並べていった。
 ようするに自分の頭から消えてしまう前に、あるいは自分が消えてしまう前にオブジェクトを整理して並べておきたかったのだ。誰かに見られることはあくまで副次的な作用だった。
 サキにとってこういうことは全くの素人だったし、特にこういう物を作り上げる勉強をしてきた訳でもなかったし、能力や知識もかなり不足していたから、出来上がったものはやはりそれなりのものでしかなかった。だが、サキは整理し保存するということ自体に意義があると考えていた。
 サキの考えに揺らぎが出たのは、並べたオブジェクトにアクセスがあったことからだった。サキにとってこの世界でのアクセスは始めてだったし、反応も暖かいものがほとんどだったのでサキは分からないなりにアクセスを返し始めた。
 そして他のオブジェクトを認識し、比較することができるようになって、自分の未熟さや弱点にあらためて気付いたのだ。それらのオブジェクトは色々な種類の物があり、中にはサキのデバイスと相性の合わないものもあったが、いくつかの物は絶妙に構成され、輝きを放ち、サキを圧倒した。サキはへこんだ気持ちになっている自分に驚くと同時に、こんな気持ちになっている自分に腹を立てた。

 もう1人のサキがサキに声をかける。
「解っていてこの場所に小屋を建てたんだろ?スタンドアローンにしなかったのは、少しはアクセスを期待したんじゃないの?整理と保存のためだけならスタンドアローンで充分だもの」
 サキはゆっくりと顔を上げもう1人のサキの目を見つめてからまた俯いた。
「あの時あんたはあそこでアクセルを戻してブレーキをかけたじゃない。あのままアクセルをいっぱいに開けていれば新しい世界が広がったかもしれなかったのに」ともう1人のサキは俯いているサキの目を覗きこんだ。
「僕は死んでいたと思うけど」サキは俯いたままボソリと言った。
「そういう考え方もある。恐らくそうだろうけど」もう一人のサキは上目使いでそう言うとニヤッと笑った。サキは俯いたまま動かなかった。
「サキ!フリーズしてるよ。さっさと修復してビールでも飲もうよ」もう1人のサキは軽快に立ち上がると台所に入って大きな鍋に湯を沸かし、夕方サキがもいでおいた枝豆を塩でもみ始めた。手慣れた様子でその枝豆を茹で上げ湯を切り、鉢に盛り付けるとテーブルの真ん中にタン、とおいた。それに連続する動作で冷蔵庫を開けてバドワイザーの瓶を2本出してテーブルにゴトンと置き、棚を開けてコップを2個とせん抜きを出して来た。
「ほら」もう1人のサキは笑顔でサキにコップを渡すと栓を抜きサキのコップに注いだ。そのまま自分のコップにも注ぐとまた笑顔になって「乾杯!」と言った。サキもつられて笑顔になって「乾杯!」カチッとそれを受けた。グーッと飲むとそれは微かにパイナップルの味がした。
「これは黒大豆の枝豆だよね。大きくて甘いよ」もう1人のサキはどんどん枝豆をつまんで殻をテーブルの上に置いた。すぐにテーブルの上には殻のピラミッドができた。サキも負けずにつまんで殻をピラミッドに追加した。それはいつものように大きくて甘かった。
 バドワイザーはどんどん追加されてやがて心地よい眠りが訪れた。

 響き渡る爆音に目が覚めたサキは暫く事情が飲み込めなかった。
 やがてまどろみの世界から強制的に呼び戻されたサキは、その音が小屋の南側のベランダに置いてあるオフロードバイク、ハスラー250のエンジン音であることを理解した。サキが慌てて外に飛び出すと上空には真っ青な満月が輝き、見渡す限りの草原は青い光に浮かび上がっていた。銀色の穂が月光を反射して青白く輝き、波のようにゆっくりと揺れている。その中をハスラーのヘッドライトが右に左に走り回る。乗っているのはもう1人のサキだ。丁寧にレストアされたサキのハスラーは、その美しいスタイルを月光の中に浮かび上がらせながらサキの前を通過した。サキはそれを追って駆けだした。
 ハスラーはからかうようにスピードを落としてサキが追い付くのを待っていたが、サキが追い付くと海岸の坂道に向かってフルパワーで加速した。サキはそれをさらに追いかけようとして駆けだしたが坂の下でよろめいてひっくり返った。地面から見上げるサキの視線の先には青い満月が輝いていた。ハスラーは甲高い排気音を響かせながら高くジャンプして一瞬青い満月の中を通過すると・・・サキの視界から消えていった。
 サキは息を切らせて坂道を駆けあがり、頂上の先を見まわした。
 そこには青い月の光に照らされた海が広がっているだけだった。

2012.03.30 書き下ろし
2017.02.20 更改・再掲


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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
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