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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

隣の天使

scriviamo! scriviamo! 2016参加作品
 
前カゴでは買い物がガサガサと音を立てている。
 閉店間際のスーパーで仕入れた値引きシール付きの食材だが、ちゃんと手間をかければそれなりの上手い料理になる。それに田舎から送られてきた新米を組み合わせれば充分豪華な夕食だ。「さてっと」僕は愛用のママチャリのペダルに力を込めた。
 僕の住んでいるマンションはあまり良い立地にはない。最寄りの駅は、梅田からは若干不便な阪急伊丹駅だし、そこからさらにバスで20分はかかってしまうし、さらに徒歩8分だ。2車線の道路を挟んで向かいは自衛隊の弾薬庫で、すぐ隣はガソリンスタンドだ。これは環境面で言えば最悪だ。けれど、建物は小洒落ているし内装も綺麗だし、立地の悪さをカバーするためか、家賃もリーズナブルだ。それに車を持たない僕には今のところ関係ないが、建物の裏手、敷地内に舗装された駐車場も完備されている。若干の不便さと環境を我慢すれば、僕にとっては住み心地の良い住み家だった。
 自転車置き場に直接つながる通路は狭くて薄暗い。いつものようにその通路を避け、照明で照らされた駐車場を回り込もうとしていた僕は、そこに見慣れない車が止まっていることに気がついた。
 真新しい黒い車だ。僕は立ち止まってその後部を眺めた。
ルテシア?ルノート?スポート?エンブレムの読み方もわからない。あまり見かけない車だが、後ろ姿がグラマラスで色っぽい。そんなことを考えながら車の前方に回り込もうとした僕は驚いて立ち止まった。運転席に誰かが座っている。思わず覗き込むと、それは女性だった。よく見ると少女と言ってもいいくらいの若い女性で、シートを倒してどうやら眠っているようだ。短い髪、チョコンとついた鼻、小さくつぶった可愛い口元、照明に浮かび上がる白い肌、女性に縁のない僕にとって、それは充分過ぎるほど刺激的だった。跳ね上がる心臓をなだめながら僕は少しの間彼女を見ていたが、『う~ん』と彼女が少し首を動かしたので、慌てて別の方向に顔を向けて、何事もなかったように自転車置き場に向かった。変態扱いをされては迷惑だ。自転車を置いてからはもうその車には近づかないようにして、そのままエントランスを抜けてエレベーターに向かった。
 5階でエレベーターを降りて廊下を歩きながら、僕は504号室の扉が開いていることに気がついた。あれ?隣は空室だったから誰か引っ越してきたのかな?そう思いながら近づくと、中から黒いジャケット姿の男が出てきた。ドアを閉じると男はこちらへ向かって歩いてくる。ガッチリとした長身の男だ。サングラスをかけているし、照明の陰になっているので顔はよく分からない。お互いに軽く頭を下げてやり過ごす。引っ越してきたのかな?ということはあの車の持ち主かも、あの子とはどんな関係なんだろう・・・そんなことを考えながら僕は自分の505号室の鍵を開けた。

 いつものように次の朝がやって来た。
「さて」僕は気合いを入れるために小さく呟くと玄関の扉を開けた。出勤前のいつもの儀式だ。エレベーターで1階に降りて自転車置き場へ向かう。そして僕はやっぱり例の黒い車に目を止めた。グラマラス・・・僕は彼女のお尻にそっと手を置いた。そして正面に回る。
「あれ?」僕は驚いて立ち止まった。運転席に人影が見える。『昨日の子だ。何をやってるんだ?』シートを倒してまた眠っている。
 不思議な様子に車内を覗き込んでいると、彼女が目を開けた。そして『あっ!』と驚いたふうにさらに大きく目を見開いた。
 そのまま立ち去るわけにもいかず、僕はフロントガラスを軽く叩いた。
 彼女はウインドウを少し下げた。「なにか?」
「こんな所で何をしているのかなと思って・・・」僕は少しオドオドしながら質問した。
「寝ていたの」彼女はなんでもないというふうに答える。そういえば彼女の体はシュラフに包まれている。僕はそれをジッと見つめてしまったので彼女は「これ?とても暖かいんだ」と付け加えた。
「なぜ、こんなところで寝ているんですか?」僕は質問する。
「他に寝るところが無いから・・・」乾いた声だ。
「ここで一晩過ごしたんですか?どうして?504に越してこられた方ですよね?」
「そうだけど。よく知ってるね」彼女はあさっての方向を向いて答える。
「僕の部屋は505で、隣ですから、それに昨日部屋から男の人が出てくるのを見ました。だから・・・」僕は事情を説明する。
「そう・・・で、そいつは出て行ったの?」どうでもいいことのように彼女は質問する。
「はい、廊下ですれ違いました。でもその後戻ってきているかも、それはわかりません」僕はきちんと返答する。
「ふ~ん、そうなんだ。どうもありがとう。じゃあね」彼女はウインドウを閉めようとする。
「待って」僕は慌てて声をかける。
「まだ何か用?」怠そうに答える彼女。
「まだ僕の質問に答えてない」
「どんな質問?」
「なぜ、こんなところで寝ているんですか?」
「他に寝るところが無いから・・・」また乾いた声だ。
「部屋へは戻らないんですか?」
「放り出されたの・・・」微かに入り込む憂い・・・。
「へ?」我ながら間抜けな声。
「部屋に入れてもらえないの」ほんのりと甘えが混じる・・・。
「どうして?」当然の質問。
「勝手にこの車を買っちゃったから!だからこの車だけは私の物なの」彼女は誇らしげに言った。見かけほど若くはないようだ。「でもどうしてあなたにそんなことを説明しなきゃいけないの?」とウインドウを閉めた。そしてシュラフにもぐりこみ目を瞑ってしまう。それはすべてを受け付けない、の意思表示に見えた。
 おせっかいを焼くなという事かな。僕はチラリと腕時計の時間を確かめると自転車置き場に向かった。容赦なく出勤時刻が迫っていた。

 午後11時を回った。「さてっと」少し遅くなったけど、何か簡単なものでも作って夜食にしよう。僕は自転車置き場に自転車を置くため、駐車場を回り込んだ。黒い車の方は見ないようにして・・・。
「お~ぃ・・・」小声での呼びかけに振り返ると例の黒い車の方からだ。
 僕は立ち止まって溜息を一回ついてから車の方へ引き返した。ウインドウが開いて、そこから例の彼女の顔が覗いている。
「何ですか?」できるだけ事務的に答える。
「こんばんは」彼女は少し微笑んで頭を下げる。オオッ!可愛い!僕の背筋に電撃が走る。いちころじゃないか。情けない。
「こんばんは」それでも僕の声は警戒を含んでいる。
「ドライブに付き合ってくれない?」彼女は唐突にそう言った。
「へ?」また我ながら間抜けな声。
「だから、ドライブに行かない?」彼女の笑顔は最高だ。「ちょっとムシャクシャが溜まってるし」そりゃ、こんなところで寝泊まりしていたら溜まるだろう。
「いいけど、僕は運転できないよ・・・」断る理由は思いつかなかった。
「あたしの車だから、もちろんあたしが運転する。乗って」彼女は助手席を指差した。
 僕は言われた通り助手席に乗り込んだ。彼女はもちろんシュラフには入っていない。黒のタンクトップ、そして同じく黒のタイトなミニだ。白い足が艶めかしい。
 彼女はスタートボタンを押す。抑制の効いた重いエンジン音が響いた。車庫を出て暫くは県道を走る。彼女のハンドル操作は滑らかで、とてもスムーズな運転だ。加速も減速も心地よい。カーオーディオでは甲高い声のボーカルが歌っている。
「この車はなんていう車?あまり見かけないけど」黙っていることに耐えられなくなって、僕は質問した。
「フィット」彼女は端的に答える。
「まさか!いくら僕でもそうじゃないことぐらいは分かるよ」僕は語気を強くした。
「ゴメン。でもそんなのどうでもいいことじゃない。楽しもうよ」生き生きとした声だ。
 信号が青に変わった。車は交差点を左折して国道に出る。すぐ先の信号は赤でこの車が先頭になった。前方はクリアーだ。
 僕は彼女の顔を確認する。
 彼女は前後を確認し、上唇を舐めた。
 シフトレバーの後ろにあるR.S.の文字が光る小さなボタンに手を触れる。
 エンジンの音が少し高くなった。
 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
 青
 加速が来た。
 体がシートに押しつけられる。
 レブメーターが上下を繰り返す。
 あっという間にスピードメーターは100を超えて、まだ駆け上っていく。
 街路灯がまるで点滅を繰り返すように過ぎていく。
 彼女がチラリとこっちを見てクスリと笑った。
 恐怖の、そして未知の世界の幕開けだった。

 ピッ・ピッ・ピッ・ピッ
 オーブンが加熱の終了を告げている。僕はオーブンを開け両手にミトンをはめるとオーブン皿を取り出し、ガス台の上に置いた。竹串を刺して焼け具合を確認する。『OK、バッチリだ』僕は結果に満足した。
 僕はこれを大皿に乗せ替え、テーブルの真ん中にセットした。一歩下がって腰に手を当てて、テーブルの上を点検する。全ては揃っているし、配置も色のバランスも美しい。暖かくて、何よりもまず美味しそうだ。いや、美味しいに決まっている。『よし』僕は大きく頷くとリビングダイニングを出た。そして廊下を進んで寝室の扉を開ける。
「出来たよ。さあパーティーを始めよう」僕はベッドで眠っている彼女に声をかけた。
「何のパーティー?」甘えた声が返ってきた。


2016.01.17
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

マタモヤ天使

170120_またもや天使
このイラストの著作権はlimeさんに有ります。

「楽園はすぐそこよ。ついてきて・・・」エーディンは大きな複眼を備えた頭部を少し傾げて言った。そして紫色に輝く羽を羽ばたかせ、軽やかに舞い上がる。
「エーディン、駄目なの」マタモヤは少し涙目になってエーディンを見上げる。
「どうして?マタモヤ。あなたも羽を持ってるんでしょう?」エーディンはマタモヤの顔の前に舞い戻った。
「ええ、でも駄目なの。飛べないわ」
「普段からそうやって隠していて使わないから、いざというとき役に立たないのよ」エーディンは羽を優雅に動かしながら言った。
「そんなんじゃなくて・・・」
「言い訳はいいわ。とにかく羽を出しなさい」
「そんな・・・」
「なによ。わたしの言うことが聞けないの?」エーディンの羽ばたきは少し忙しなくなった。
「恥ずかしいもの・・・」マタモヤは下を向いてしまう。
「なにをオボコい事言ってるのよ。つべこべ言わずに出しなさい。見てあげるから」エーディンはマタモヤの金色の髪にとまって背中側を覗き込んだ。
 マタモヤは諦めたようにピンク色のワンピースの胸元を開けた。そして襟元を両手で拡げて肩を出し、胸を隠せるギリギリの位置まで下げた。
 一瞬の間をおいてマタモヤの背中から羽が拡がった。真っ白な羽は新緑に反射する光に輝き、白銀色に浮かび上がる。久しぶりに解放されて、伸びをするように二度三度と羽ばたく。
 何枚かの純白の羽毛がひらひらと舞った。

「なにこれ?」エーディンはその羽を見て言った。
「だから、駄目だって言ってるじゃない」
「体重に比較してあきらかに翼面積が小さすぎる」エーディンは独り言のように呟く。
「余計なお世話よ」マタモヤはエーディンを睨みつけた。
「ちょっと羽ばたいてみて」かまわずにエーディンは指示をする。
 マタモヤはパタパタと羽ばたいてみせた。
「う~ん。下手くそだわ。それにこの様子じゃパワー不足で、浮かぶだけの揚力も発生しない」
「だから、恥ずかしいって言ったじゃない」マタモヤは顔を赤くした。
「まったく飛べる気がしないわ。マタモヤ、この羽は飾り物なの?」エーディンの発言には遠慮が無い。
「もう!エーディンなんか知らない」マタモヤは完全にふくれっ面になって、羽を大きく羽ばたかせてエーディンを追い払った。
 追い払われたエーディンは暫く上空を舞っていたが、やがて諦めたように楽園の方へ飛び去って行った。


おしまい

2016.01.20
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

天使の分け前

 あ、空席がある。喫茶コーナーに空席を見つけたテイは、大急ぎでカウンターに向かうとホットコーヒーを注文した。
 コーヒーは大きなマグカップに7分目くらい注がれる。
 テイはそれがちゃんと熱いことを確認すると砂糖とミルクを追加し、こぼさないようにそろりそろりと目的の席へ向かった。
 喫茶コーナーは駅ビル9階の巨大書店の一角にある。テイが向かった席は大きな窓に面して10席ほど並べられた1人掛けのソファーのうちの1つで、窓の向こうにはメガステーションのプラットホームが見下ろせるようになっている。
 メガステーションにはたくさんのプラットホームがあって、すべてのホームは駅の北側と南側に建てられた高層ビルに跨って架けられた巨大な屋根に覆われている。
 喫茶コーナーの窓はその屋根の下の一番高い位置に設けられているから眺めは抜群だ。眺めを求める人は多いらしく、この窓の傍の席だけは空いていないことが多い。だが大概の場合、そこに座る人々は目の前に広げた本に夢中で、窓の外など見てはいない。

 テイは嬉々としてその席に荷物を置くと、早々に窓に近づいて外を見下ろした。
 足元に見えるのは11番ホームだ。長距離を走る特急が出発するホームで、特急列車の屋根が見えている。その向こうは上りのホームが並び、その向こうは下りのホームだ。新快速や快速、普通電車の屋根が見える。一番向こうは市内を廻る環状線のホームで、“内回り”と“外回り”と呼ばれる線路に挟まれたホームは、他のホームより幾分幅を取ってある。ホームの端にそって埋め込まれたLEDランプがオレンジの点滅を繰り返しているので、間もなく電車が入って来るのだろう。
 すぐにオレンジの電車が入ってくる。ドアが開き、たくさんの人が電車から吐き出される。その様子を眺めながら、テイは少し後ろに下がってソファーに腰をおろした。
 腰を下ろしてしまうと向かいの駅ビルが視界の大半を占めるようになり、見下ろせる範囲は一気に狭くなる。見えるのは環状線のホームと、その手前の下りホームが少しだけだ。
 座ってしまうと意味がないのかな?テイはホームを眺めることを諦め、ショルダーバックから文庫本を取り出して読み始めた。

 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
『ちょっと待って・・・』テイは耳元で優しくささやかれた様な気がして本から顔を上げた。
 あたりへ顔を向けるが、左右に人は立ってない。後ろのテーブルも空席で、1メートル程離れた隣の席に誰かが座っているだけだ。
『綺麗だよ』また耳元で囁かれる。
 誰?生まれてからこの方、そんなことを言われたことの無いテイは、今度はキョロキョロと周りを見渡す。
 やはりあたりには誰もおらず、隣の席に誰かが座っているだけだ。
 テイは改めてその誰かを観察した。
 軽くウェーブしたゴールデンブロンドの髪を持ったスマートな青年だった。歳はテイより年下、もしかしたら十代かもしれない。
 窓に面した特等席のソファーに浅く腰を掛け、膝の上に文庫本を乗せたまま窓の下、環状線のホームを凝視している。
 テイは彼につられて窓ガラスの向こう、環状線のホームを見下ろした。
 ホームでは大勢の人が電車を待っている。
 そのうちの1人にテイの目が留まった。
 若い女だった。
 シックな秋色のツーピースの下からスラリとした長い足が覗いている。少し茶色の髪は短めに纏められ、色白の小顔の・・・ここからでは少し距離がありすぎるが、たぶん美しい人だ。
 誰かを待っている様子でホームの柱に軽くもたれているのだが、そこだけが華が咲いたように引き立っている。
 ホームの端にそって埋め込まれたLEDランプがオレンジの点滅を繰り返し始めた。間もなく電車がホームに入って来る。
『行こう』また声がした。
 彼女が柱から離れた。
 待ち人来るかな?それとも電車に乗る?
 彼女はゆっくりと黄色い線に近づいて行く。
『進んで・・・怖がらなくていい』声が耳元で囁く。
「え?」テイの口から声が漏れた。
 テイは隣の席の男を見る。
 男はじっと窓の向こう、ちょうどホームの上の彼女の方を見つめている。
『前へ・・・』
 彼の口は確かにそう動いた。
 テイはホームに目を戻した。
 彼女はホームの端へと進んで行く。
「え?!え?!」テイは立ち上がって窓ガラスに顔をくっつける。
 視界の隅にホームへ侵入してくる電車が見えた。
「あ!」テイは叫び声を上げた。
 彼女がホームから転落するのが見えたのだ。
 激しいブレーキの音。こんな所から聞こえるはずはないのに、すぐ傍に立っているようにはっきりと響く。
 テイは思わず目を瞑り顔を逸らせた。

 少しの間をおいてテイはそっと目を開けた。
 電車は彼女の上を通り過ぎて止まっている。
 電車の向こうには人だかりが出来ている。
 ホームの係員も駆けつけようとしている。
 どうしようもない。テイはゆっくりと窓ガラスから離れると、ストンとソファーに腰を下ろした。
 そっと辺りを観察する。
 喫茶コーナーは何事も無かったように静かだ。
 皆、ソファーに腰を掛けたまま読書したり、談笑したり、各々の時間を過ごしている。
 隣に座っていた彼が膝の上に置いていた本を仕舞って立ち上がった。
 テーブルのマグカップを持って歩いていく。
 一瞬の躊躇の後、テイも慌てて文庫本をショルダーバッグに入れて立ち上がった。
 どの様な行動をするのが正しいのか、テイには判断できなかったが、そうせずにはおれなかったのだ。マグカップを持って後を追う。
 彼は返却用カウンターにマグカップを戻して、エレベーターの方へ向かう。
 テイもマグカップを戻し、少し離れて後を追う。
 彼はエレベーターホールに入ると下りのボタンを押した。
 テイは少し離れた柱の陰に隠れ、そこに置かれた植木の隙間から彼の方を観察する。ゴールデンブロンドの髪にスレンダーな体型。すこしやせすぎの様な気もするが、何とも不思議な魅力を持った青年だ。
 ポ~ン、エレベーターが到着した。
 彼はスマートにエレベーターに乗り込む。
 向きを変え行先階のボタンを押す。
 テイは柱の陰から出た。
 彼はこちらを向きテイと目を合わせた。まるでテイがそこに立っている事を予期していたかのように。
 彼がニッコリと頬笑む。
 明るいブルーの瞳だった。
 その印象だけを残して、エレベーターのドアが閉じる。
 まるで天使の微笑だ。テイはただ呆然とそこに立ちすくんでいた。


2018.10.03
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

天使の営み

今夜はイレギュラー作品の発表です。
limeさん、企画作品は鋭意改稿中です。もう少しお待ちください。

天使の営み

 深い深い森の奥にその巣はあった。
 森の植物を使って巧みに作られたそれは、機能的で清潔で、充分な広さがあり、暖かで住み心地が良さそうだった。
 そこには14個体の生き物が棲んでいた。
 勤勉な生き物だった。
 形は人にとてもよく似ていたが、例外なく金色に輝く髪、真っ白な肌の細面の顔、澄んだ青い目を持っていた。ただし身長は60センチ程度と人よりずっと小さかった。
 雌雄(ここでは便宜上女・男と呼ことにする)に分かれていたが、その違いは見た目にはほとんど分からなかった。だが、女の髪が腰まであるのに比して、男は肩の下までと少し短いこと、男の方が若干筋肉質なこと、そして行動パターンが異なることで見分けることは可能だった。
 毎日決まった時間に起床し、決まった時間に朝食を済ませると、決まった時間に仕事を始めた。
 男(に分類されると思われる個体)たちは自分たちの所有する鉱山に出かけ、弁当を食べる以外は鉱石の採掘に勤しんだ。採掘される鉱石は希少金属の原料となるもので、彼らの良い収入源だった。
 女(に分類されると思われる個体)たちは朝食の後片付けを終えると自分たちの工房にこもり、昼食の時間以外は機織に勤しんだ。この織物は目が非常に細かく高額で取引されていた。そして時間になると夕食の用意を始めた。
 男も女も冗談を飛ばしながら、笑顔を交わしながらそれはよく働いた。
 そして決まった時間になると男たちが帰ってきてそのまま夕食が始まる。
 屈託の無い会話を交わしながら夕食を終えると全員で後片付けをし、決まった時間に眠りにつく。まるで判で押したような毎日が繰り返された。

 ある日男たちは、炭鉱へ通う道筋に彼らの背の高さほどもある大きなキノコが幾つも生えているのを見つけた。オレンジ色の大きな傘を持つキノコだった。
 彼らは始めそれに近づいて恐る恐る臭いをかいだが、彼らにとって魅力的な色と香りに耐えられず、それぞれに指でキノコをほんの少しちぎって口に含んだ。
 恐る恐るの行動だったが見た目には何も起こらなかったので、彼らはそのまま鉱山へ向かい仕事を始めた。
 いつもの時間、帰り道を急いでいた彼らは、キノコの傍まで来ると立ち止まった。そして朝と同じようにそれぞれにキノコをほんの少しちぎって口に含んだ。けれどやはり何も起こらなかったので、彼らはそのまま巣に帰っていった。
 次の日には持ち帰る鉱物の上にキノコの欠片が乗せられた。そしてそれは女たちへのお土産になった。
 その次の日も、その次の日も同じことが繰り返され、徐々にちぎられる欠片は大きくなった。そしてそれに合わせるように持ち帰る鉱物の量が減っていった。
 巣に帰っても夕食の支度が出来ていないことが多くなり、男たちはそれを怒った。女たちは持ち帰る鉱物の量が減ったことに文句を言った。
 諍いが多くなり、女たちの織る織物の量も徐々に減っていった。
 そのうちに男たちは仕事に出かけなくなったが、必要に駆られて時々キノコだけは採りに出かけた。
 女たちは機織りをしなくなり、男も女も眠って過ごすことが多くなった。
 そんなふうにして怠惰に過ごすうちに、キノコが切れると苦しみが襲ってくるようになった。苦しみから逃れるにはキノコが必要だったが、新鮮なキノコしか効果がなかったし、初めよりたくさんの量が必要になったので、頻繁にキノコを採ってくる必要があった。
 今度は誰が採りに行くかで喧嘩になった。巧妙に立ち回った者が楽をし、そうでない者がやむを得ずキノコを採りに行くはめになった。
 やがてキノコが切れた時の苦しみは耐えきれないほどになった。
 快楽を求めて、彼らは半狂乱になった。彼らはなるべく楽に快楽だけが手に入ることを望み、それ以外のことはどうでもよくなった。
 ついにキノコを採りに行ったまま帰ってこない者が現れた。争いの末、代わりの者が派遣されが、そのうちに誰も帰ってこなくなった。
 残された者には、もう動く気力も残っていなかった。激しい苦しみが襲ったが、もう何もできなかった。
 息をしている者は居なくなった。

 * * *

 あたしは覗き見甲虫の目と連動したスコープを外し甲虫を呼び戻した。
 戻ってきた甲虫をケースに収め、道具類の整理を終えると、迷彩テントを出てキノコの破壊処理を行った。このキノコは生態系を破壊するから、いつまでも繁殖させておくことはできないのだ。
 キノコの使用には賛否両論がある。だが彼らは特殊な能力を持っていて、我々が直接介入することは難しい。無理に介入しようとしても手痛いしっぺ返しを喰らうか、時には命を奪われることすらある。だから介入にはキノコを使うのが最良の手段なのだ。
 すべての処理を終えてから、これまでずっと観察を続けていた巣へと向かう。
 話し声や笑い声で賑やかだった巣は静まり返っていた。
 小さな窓からそっと内部を覗いて動く物が無いことを確認すると、あたしは貯蔵用の部屋の蓋を開けた。
 中にはたくさんの鉱石と織物が整然と積み上げられていた。
 それはあたしを幸福な気持ちにさせるには充分過ぎるほどの量だった。

2019.07.24
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

ドットビズ  隣の天使

この作品は、毎年恒例の八少女夕さんの企画「scriviamo! 2023」への参加作品です。

scriviamo!


ドットビズ  隣の天使

 繁華街・・・から少し離れた下町の、さらにその裏通りにある小さな画廊の、接客用の見かけだけは豪華なソファーに、一人の男が座っていた。
 いくら場末の画廊とはいえ、そこにふさわしい恰好とはとても言えたものではない。ダウンジャケットにブルージーンズ、茶色のスニーカー、どれも体に馴染んではいるが相当にくたびれた代物だ。
「ほらよ!ベージン」向かいに座ったオーナーが男に封筒を手渡した。
 ベージンと呼ばれた男は不信顔でそれを受け取り、その場で中身が少なくない現金であることを確認した。「どういうことだ?」
「売れたんや。世の中には物好きもいるもんやな」オーナーはベージンの肩をポンと叩きながら言った。
「あの絵がか?」ベージンは念のために確認する。
「売れた言うたらあの絵に決まっとるがな。儂とお前の仲やし、儂も面白いと思うたから隅っこに置かせとったんやが、あっけなく買い手が見つかってな。もう少し値ぇを高こう付けといてもよかったかな思うとるぐらいや」
「驚いたな。あの絵がこんな値段で・・・」丁寧に札を数えながらベージンは言った。
「もちろん仲介料と諸費用は引かせてもろうとるが、それがお前の取り分や」
「そうか」ベージンはこみあげてくる笑いを堪えた。
「なぁ、サインには.Bizとあるけど作者は誰や。頭のドットいうのがミソやな。とにかく儂にそのドットビズとやらを紹介せぇ」
「いやなこった。直接取引されてたまるもんか。オレがきっちりエージェントを勤めさせてもらうさ」
「がめついやっちゃ。せやけどちゃんと作者に利益は還元せぇよ。お前のこっちゃ。競馬やパチンコにつぎ込んだらあかんで」
「ちゃんとやるさ」ベージンはニヤリと笑った。
「ほんまかいな?」オーナーは疑りの目を向けた。これまでにこの男がちゃんとやったためしはない。浮いた金があれば湯水のごとく博打に注ぎ込んでしまうのだ。
「まぁええわ。その作家の他の作品があるんやったら悪いようにはせん。儂のところに持ち込んでくれ。もっと大きいサイズがあったらなおええんやが」オーナーの商魂は良心よりもずっとたくましい。
「大きいサイズ?聞いておくよ」ベージンは意気揚々と画廊を後にした。

 電車はまるで減速を強いられるのが不満であるかのようにブレーキを軋ませながら停車した。
 そこは都心にあるターミナル駅のすぐ手前に付け足すように設けられ、そのまま繁栄の女神に忘れられてしまったような不憫な駅だった。切れかけの蛍光灯に照らされた薄暗い地下ホームは電車4両分の長さしかなく、8両編成の「特急」や「急行」はおろか、6両編成の「普通電車」も通過する。かろうじて残された4両編成の「各駅停車」だけが1時間に1本か2本停車するだけだ。
 膨らんだショルダーバッグを肩にかけ、両手に重そうにエコバッグを下げたベージンはコンクリートがむき出しの薄暗い階段を上り、かろうじてICカード読み取り機が置かれた有人の改札を抜けた。どうやら鉄道会社は自動改札機を設置する気もないようだ。
 駅は大きな公園の最寄りなのだが、ターミナルとは僅かしか離れていないため、わざわざこの駅を使う人は少ない。ベージンは公園とは反対側に向かい、下町情緒たっぷりの住宅街へ出た。
 住宅街は台地の上に広がっている。そこには雑多な古い建物か不規則に詰め込まれ、建物と建物の隙間には入り組んだ細い路地が脈絡もなく入り込んでいる。何気なく立ち寄った人が何の知識もなくここに迷い込んだら脱出するのに難儀しそうだ。
 ベージンはそのうちのひとつの路地を選び、始めは道なりに、続いてさらに細い路地を右に左に折れながら進み、やがてひとつの古ぼけたアパートの前にたどり着いた。
 三階建てのそのアパートは鉄筋コンクリート構造だったが、いかにも古ぼけていて前時代的だった。玄関は単純にその役割を果たせばいいというだけの単純な作りで、そこから奥に続く階段もそれに準じた作りだ。ベージンはその玄関脇に設けられた郵便ポストにチラリと目をやり、赤木とプリントされた紙片が示されたポストになにも届いていないのを確認してから、ひび割れた階段を3階まで昇った。3階の廊下の一番奥、愛層のない鉄の扉が目的地だ。
 暗い廊下には古いアパート特有の匂いがする。様々な人間の長期にわたる生活が生み出す混然とした匂いだ。長く住んでいればそういう匂いにも慣れてしまのだろうが、ここを住処にしていない者にはいつまでも心休まる匂いになることはない。ベージンは足早に廊下を進み、ポケットから鍵を取り出すと鍵を開けた。
 部屋の中は静まり返っていたが、玄関に置かれた薄汚れたズック靴が住人の在宅を告げている。ベージンはズック靴の隣に靴を脱ぎ捨て、暗い廊下を奥へと進む。突き当りは一応のリビングだったが、そこを覗き込みながら中に向かって声をかけた。「ビズ!いるんだろ?」
 カーテンが閉じられた6畳ほどの小さなリビングは雑多な物であふれていて、奥には大きな机が窓に向かって置かれている。デスクライトに照らされた机ではこの部屋の住人が作業に夢中になっていて、まるまった背中をこちらに向けている。こちらを振り返る様子はない。
「ビズッ!!!」ベージンはさらに大きな声で呼びかけた。
 部屋の住人は肩をビクリと震わせてからようやくこちらに顔を向けた。
「なんだ。ベージンかぁ。脅かさないでよぉ」けだるい雰囲気で答えたのは赤木ビズ。この部屋の住人だ。肩の位置でカットされたフワリとした黒い髪を制作の邪魔にならないように後ろで短く纏め、様々な絵の具で汚れた濃いグレーの作業服を着ている。少しこけた頬にはピンクとグリーンの絵具が、遠慮がちに上を向いた鼻にはブルーの絵の具がこすれた後を残している。どうせ徹夜を続けたのだろう。猫のようにクルリとした大きな黒い瞳は眠そうによどみ、いつもなら引き結ぶように閉じられている小さめの口は少し開いて白い歯が覗いている。
「どうせ食べてないんだろ。食料の配給だ」ベージンは下げていたバッグを下ろし、中から品物を取り出した。まずビズが簡単に調理できる各種インスタント食品、牛乳やオレンジジュース、そしてベージンが調理するのを前提とした様々な野菜と果物、魚と肉、豆腐、チーズ、卵パック、ドレッシングや調味料、最後に一番底から冷えた缶ビールの6缶パック。
「うわ~!ありがとう」ビズは礼を言い、さっそく6缶パックから1缶を取り出し、「合格!冷え冷えだ」と、嬉しそうにプルタブを開け豪快に飲み干した。
「ここに入れておくぞ」ベージンは買い物を棚と冷蔵庫に分類して収納する。
「今度はいつまで居られるの?」ビズが背中から声をかける。
「1週間くらいかな?」冷蔵庫を覗き込んだままベージンが答える。
「そのあとは?」
「また出かけなくちゃならない」
「長い?」ビズは首を小さく傾げながら質問を続ける。
「さあなぁ・・・風の吹くまま気の向くままってとこだな」
「旅から旅への旅ガラス?」
「そうってことよ・・・」ベージンはおどけた調子で言うと思いついたように続けた。「それから頼まれていた写真。このメモリーに入れておいたから」と、SDカードを取り出した。
「ありがとう」再び礼を言ってビズはメモリーを受け取り、部屋の隅に埋もれていたパソコンを掘り出し、起動して接続する。
 ビズの作品は写真をキャンバスに見立て、その上にアクリル絵の具で自分のイメージを描くものだ。写真はモノクロでもカラーでもその時の気分によって選択され、それをプリントしたものの上に彼女が抱いたイメージが大胆に描き込まれた。写真は風景写真であることが多く、たまに静物写真が選ばれることもあった。描かれるのはベースとなった写真に写された空のイメージであったり、海のイメージであったり、時には写真とは全く関係のないモチーフであったりした。
 始め写真は自分で撮影したものを使っていたが、途中からベージンが撮りためた写真から選んで使うようになった。選ばれると嬉しいもので、ベージンも作品として使われることを目標に様々な写真を撮影するようになった。今日もそのようにして撮影した作品を持参してきたのだ。
「う~ん」ビズは写真のコピーを済ませるとファイルをサムネールで開き、「これとこれを使おうかな・・・」イメージに会うものを選び出す。
「なんならそれをこれまでより大きなサイズで印刷してきてやろうか?たとえばB0とかB1とか・・・」ベージンはビズの隣に腰かけ、何気ない風を装い提案する。
「それだとかなり大きくなるよね。うん、B2サイズぐらいなら・・・そういうのもやってみたいかも」ビズが視線を上げた。
「そうか!」ベージンは笑顔になった。「ファイル番号を確認させてくれ。印刷してきてやるよ」
 ベージンが笑顔になるとビズはやはり嬉しいようで「OK!頑張っちゃおうかな?」と、彼の肩に頭をのせる。
「おい!頭」ベージンはビズの肩に腕を回したところで動きを止めた。
「なに?」ビズはベージンに顔を向ける。
「ちょっとくさいぞ。お前、何日風呂に入ってない?」
「え?そう?でもちゃんと金曜ロードショーで魔女宅を見た後で入ったからそんなには・・・」ビズは自分の二の腕のにおいを嗅ぐ。
「今日何曜日だと思ってるんだ?金曜日は5日も前だぞ!」そう言ってからベージンは一拍間を置き、そして続けた。「それに魔女宅って、たしか放送はその前の週だったはずだ」
「そうだったっけ?」ビズの返答はとぼけているわけではないようだ。
 ベージンは無言でビズの首根っこをつかむとユーティリティーに連れていき、シャワーの温度をセットするとそのまま浴室に放り込んだ。まもなくシャワーを浴びる音が聞こえ始める。
「頭もちゃんと洗うんだぞ」
「は~い」呑気な返事が帰ってくる。
 ベージンはそれを確認すると急いでリビングに戻り、部屋の隅の棚に納められたたくさんの作品の中から適当なものを2点選び出した。筆立ての中から白い絵具のついた細筆を取り出し、パレットに出された白い絵の具をつけた。そして2点の作品に手早く .Biz と描き込むと絵具がこすれないように慎重にショルダーバッグの中に入れた。

おしまい

2023.02.27

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
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