Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

隣の天使

scriviamo! scriviamo! 2016参加作品
 
前カゴでは買い物がガサガサと音を立てている。
 閉店間際のスーパーで仕入れた値引きシール付きの食材だが、ちゃんと手間をかければそれなりの上手い料理になる。それに田舎から送られてきた新米を組み合わせれば充分豪華な夕食だ。「さてっと」僕は愛用のママチャリのペダルに力を込めた。
 僕の住んでいるマンションはあまり良い立地にはない。最寄りの駅は、梅田からは若干不便な阪急伊丹駅だし、そこからさらにバスで20分はかかってしまうし、さらに徒歩8分だ。2車線の道路を挟んで向かいは自衛隊の弾薬庫で、すぐ隣はガソリンスタンドだ。これは環境面で言えば最悪だ。けれど、建物は小洒落ているし内装も綺麗だし、立地の悪さをカバーするためか、家賃もリーズナブルだ。それに車を持たない僕には今のところ関係ないが、建物の裏手、敷地内に舗装された駐車場も完備されている。若干の不便さと環境を我慢すれば、僕にとっては住み心地の良い住み家だった。
 自転車置き場に直接つながる通路は狭くて薄暗い。いつものようにその通路を避け、照明で照らされた駐車場を回り込もうとしていた僕は、そこに見慣れない車が止まっていることに気がついた。
 真新しい黒い車だ。僕は立ち止まってその後部を眺めた。
ルテシア?ルノート?スポート?エンブレムの読み方もわからない。あまり見かけない車だが、後ろ姿がグラマラスで色っぽい。そんなことを考えながら車の前方に回り込もうとした僕は驚いて立ち止まった。運転席に誰かが座っている。思わず覗き込むと、それは女性だった。よく見ると少女と言ってもいいくらいの若い女性で、シートを倒してどうやら眠っているようだ。短い髪、チョコンとついた鼻、小さくつぶった可愛い口元、照明に浮かび上がる白い肌、女性に縁のない僕にとって、それは充分過ぎるほど刺激的だった。跳ね上がる心臓をなだめながら僕は少しの間彼女を見ていたが、『う~ん』と彼女が少し首を動かしたので、慌てて別の方向に顔を向けて、何事もなかったように自転車置き場に向かった。変態扱いをされては迷惑だ。自転車を置いてからはもうその車には近づかないようにして、そのままエントランスを抜けてエレベーターに向かった。
 5階でエレベーターを降りて廊下を歩きながら、僕は504号室の扉が開いていることに気がついた。あれ?隣は空室だったから誰か引っ越してきたのかな?そう思いながら近づくと、中から黒いジャケット姿の男が出てきた。ドアを閉じると男はこちらへ向かって歩いてくる。ガッチリとした長身の男だ。サングラスをかけているし、照明の陰になっているので顔はよく分からない。お互いに軽く頭を下げてやり過ごす。引っ越してきたのかな?ということはあの車の持ち主かも、あの子とはどんな関係なんだろう・・・そんなことを考えながら僕は自分の505号室の鍵を開けた。

 いつものように次の朝がやって来た。
「さて」僕は気合いを入れるために小さく呟くと玄関の扉を開けた。出勤前のいつもの儀式だ。エレベーターで1階に降りて自転車置き場へ向かう。そして僕はやっぱり例の黒い車に目を止めた。グラマラス・・・僕は彼女のお尻にそっと手を置いた。そして正面に回る。
「あれ?」僕は驚いて立ち止まった。運転席に人影が見える。『昨日の子だ。何をやってるんだ?』シートを倒してまた眠っている。
 不思議な様子に車内を覗き込んでいると、彼女が目を開けた。そして『あっ!』と驚いたふうにさらに大きく目を見開いた。
 そのまま立ち去るわけにもいかず、僕はフロントガラスを軽く叩いた。
 彼女はウインドウを少し下げた。「なにか?」
「こんな所で何をしているのかなと思って・・・」僕は少しオドオドしながら質問した。
「寝ていたの」彼女はなんでもないというふうに答える。そういえば彼女の体はシュラフに包まれている。僕はそれをジッと見つめてしまったので彼女は「これ?とても暖かいんだ」と付け加えた。
「なぜ、こんなところで寝ているんですか?」僕は質問する。
「他に寝るところが無いから・・・」乾いた声だ。
「ここで一晩過ごしたんですか?どうして?504に越してこられた方ですよね?」
「そうだけど。よく知ってるね」彼女はあさっての方向を向いて答える。
「僕の部屋は505で、隣ですから、それに昨日部屋から男の人が出てくるのを見ました。だから・・・」僕は事情を説明する。
「そう・・・で、そいつは出て行ったの?」どうでもいいことのように彼女は質問する。
「はい、廊下ですれ違いました。でもその後戻ってきているかも、それはわかりません」僕はきちんと返答する。
「ふ~ん、そうなんだ。どうもありがとう。じゃあね」彼女はウインドウを閉めようとする。
「待って」僕は慌てて声をかける。
「まだ何か用?」怠そうに答える彼女。
「まだ僕の質問に答えてない」
「どんな質問?」
「なぜ、こんなところで寝ているんですか?」
「他に寝るところが無いから・・・」また乾いた声だ。
「部屋へは戻らないんですか?」
「放り出されたの・・・」微かに入り込む憂い・・・。
「へ?」我ながら間抜けな声。
「部屋に入れてもらえないの」ほんのりと甘えが混じる・・・。
「どうして?」当然の質問。
「勝手にこの車を買っちゃったから!だからこの車だけは私の物なの」彼女は誇らしげに言った。見かけほど若くはないようだ。「でもどうしてあなたにそんなことを説明しなきゃいけないの?」とウインドウを閉めた。そしてシュラフにもぐりこみ目を瞑ってしまう。それはすべてを受け付けない、の意思表示に見えた。
 おせっかいを焼くなという事かな。僕はチラリと腕時計の時間を確かめると自転車置き場に向かった。容赦なく出勤時刻が迫っていた。

 午後11時を回った。「さてっと」少し遅くなったけど、何か簡単なものでも作って夜食にしよう。僕は自転車置き場に自転車を置くため、駐車場を回り込んだ。黒い車の方は見ないようにして・・・。
「お~ぃ・・・」小声での呼びかけに振り返ると例の黒い車の方からだ。
 僕は立ち止まって溜息を一回ついてから車の方へ引き返した。ウインドウが開いて、そこから例の彼女の顔が覗いている。
「何ですか?」できるだけ事務的に答える。
「こんばんは」彼女は少し微笑んで頭を下げる。オオッ!可愛い!僕の背筋に電撃が走る。いちころじゃないか。情けない。
「こんばんは」それでも僕の声は警戒を含んでいる。
「ドライブに付き合ってくれない?」彼女は唐突にそう言った。
「へ?」また我ながら間抜けな声。
「だから、ドライブに行かない?」彼女の笑顔は最高だ。「ちょっとムシャクシャが溜まってるし」そりゃ、こんなところで寝泊まりしていたら溜まるだろう。
「いいけど、僕は運転できないよ・・・」断る理由は思いつかなかった。
「あたしの車だから、もちろんあたしが運転する。乗って」彼女は助手席を指差した。
 僕は言われた通り助手席に乗り込んだ。彼女はもちろんシュラフには入っていない。黒のタンクトップ、そして同じく黒のタイトなミニだ。白い足が艶めかしい。
 彼女はスタートボタンを押す。抑制の効いた重いエンジン音が響いた。車庫を出て暫くは県道を走る。彼女のハンドル操作は滑らかで、とてもスムーズな運転だ。加速も減速も心地よい。カーオーディオでは甲高い声のボーカルが歌っている。
「この車はなんていう車?あまり見かけないけど」黙っていることに耐えられなくなって、僕は質問した。
「フィット」彼女は端的に答える。
「まさか!いくら僕でもそうじゃないことぐらいは分かるよ」僕は語気を強くした。
「ゴメン。でもそんなのどうでもいいことじゃない。楽しもうよ」生き生きとした声だ。
 信号が青に変わった。車は交差点を左折して国道に出る。すぐ先の信号は赤でこの車が先頭になった。前方はクリアーだ。
 僕は彼女の顔を確認する。
 彼女は前後を確認し、上唇を舐めた。
 シフトレバーの後ろにあるR.S.の文字が光る小さなボタンに手を触れる。
 エンジンの音が少し高くなった。
 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
 青
 加速が来た。
 体がシートに押しつけられる。
 レブメーターが上下を繰り返す。
 あっという間にスピードメーターは100を超えて、まだ駆け上っていく。
 街路灯がまるで点滅を繰り返すように過ぎていく。
 彼女がチラリとこっちを見てクスリと笑った。
 恐怖の、そして未知の世界の幕開けだった。

 ピッ・ピッ・ピッ・ピッ
 オーブンが加熱の終了を告げている。僕はオーブンを開け両手にミトンをはめるとオーブン皿を取り出し、ガス台の上に置いた。竹串を刺して焼け具合を確認する。『OK、バッチリだ』僕は結果に満足した。
 僕はこれを大皿に乗せ替え、テーブルの真ん中にセットした。一歩下がって腰に手を当てて、テーブルの上を点検する。全ては揃っているし、配置も色のバランスも美しい。暖かくて、何よりもまず美味しそうだ。いや、美味しいに決まっている。『よし』僕は大きく頷くとリビングダイニングを出た。そして廊下を進んで寝室の扉を開ける。
「出来たよ。さあパーティーを始めよう」僕はベッドで眠っている彼女に声をかけた。
「何のパーティー?」甘えた声が返ってきた。


2016.01.17
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

マタモヤ天使

170120_またもや天使
このイラストの著作権はlimeさんに有ります。

「楽園はすぐそこよ。ついてきて・・・」エーディンは大きな複眼を備えた頭部を少し傾げて言った。そして紫色に輝く羽を羽ばたかせ、軽やかに舞い上がる。
「エーディン、駄目なの」マタモヤは少し涙目になってエーディンを見上げる。
「どうして?マタモヤ。あなたも羽を持ってるんでしょう?」エーディンはマタモヤの顔の前に舞い戻った。
「ええ、でも駄目なの。飛べないわ」
「普段からそうやって隠していて使わないから、いざというとき役に立たないのよ」エーディンは羽を優雅に動かしながら言った。
「そんなんじゃなくて・・・」
「言い訳はいいわ。とにかく羽を出しなさい」
「そんな・・・」
「なによ。わたしの言うことが聞けないの?」エーディンの羽ばたきは少し忙しなくなった。
「恥ずかしいもの・・・」マタモヤは下を向いてしまう。
「なにをオボコい事言ってるのよ。つべこべ言わずに出しなさい。見てあげるから」エーディンはマタモヤの金色の髪にとまって背中側を覗き込んだ。
 マタモヤは諦めたようにピンク色のワンピースの胸元を開けた。そして襟元を両手で拡げて肩を出し、胸を隠せるギリギリの位置まで下げた。
 一瞬の間をおいてマタモヤの背中から羽が拡がった。真っ白な羽は新緑に反射する光に輝き、白銀色に浮かび上がる。久しぶりに解放されて、伸びをするように二度三度と羽ばたく。
 何枚かの純白の羽毛がひらひらと舞った。

「なにこれ?」エーディンはその羽を見て言った。
「だから、駄目だって言ってるじゃない」
「体重に比較してあきらかに翼面積が小さすぎる」エーディンは独り言のように呟く。
「余計なお世話よ」マタモヤはエーディンを睨みつけた。
「ちょっと羽ばたいてみて」かまわずにエーディンは指示をする。
 マタモヤはパタパタと羽ばたいてみせた。
「う~ん。下手くそだわ。それにこの様子じゃパワー不足で、浮かぶだけの揚力も発生しない」
「だから、恥ずかしいって言ったじゃない」マタモヤは顔を赤くした。
「まったく飛べる気がしないわ。マタモヤ、この羽は飾り物なの?」エーディンの発言には遠慮が無い。
「もう!エーディンなんか知らない」マタモヤは完全にふくれっ面になって、羽を大きく羽ばたかせてエーディンを追い払った。
 追い払われたエーディンは暫く上空を舞っていたが、やがて諦めたように楽園の方へ飛び去って行った。


おしまい

2016.01.20
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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
ようこそ!


頂き物のイラスト

アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
天使のささやき_limeさん2
limeさんのイラストをイメージにSSを書いてみました。「ダイヤモンド・ダスト」
イラストをクリックすると記事に飛びます。よろしければご覧くださいネ!
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シスカ・イメージ高橋月子さん作
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コトリ(コンステレーションにて)ユズキさん作
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