Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

物書きエスの気まぐれプロット

ポール・ブリッツさんに、愛をこめて……
そしてエスの大切な友人に、感謝をこめて……。


 フラウンホーファー炉、それは様々な物質をエネルギーに変え、逆にエネルギーから様々な物質を生成することが出来る変換炉だ。大型の物から小型の物まであるが原理は同じで、大型の炉からは様々な物質、人類に必要なあらゆる原材料が生産される。
 一方小型の炉は大切に彼女の体内に埋め込まれ、生命を維持するためにあらゆる物質を供給する。これを埋め込まれた者は何も食べなくても生きて行けるのだ。
 炉から発生するエネルギーは、受容器を備えたあらゆる機器に有線を介すること無く送られ、それらを駆動する。余ったエネルギーは、個体毎にハブとして機能する炉の相互リンクによって作りだされたリゾームに溢れ出す。それは、単にエネルギーのスマートグリッドとして機能するだけでは無い。同じ機能を利用して超高速で大容量のデータをやり取りする巨大なソサイエティーを構成する。
 さらにこの炉は作られてから何の補充も無しに、200公転期は機能を維持することが出来る。
 200公転期、それは目の前に置いたパワータブのタッチキーボードを軽やかに叩いている彼女の余命の優に二倍はある。
 フラウンホーファー炉。それの発見は、彼女達、ここでいう人類のすべてを変えた。


「エス、帰ったよ!ただいま」ダイスケの声が聞こえた。
「おかえり」リビングの隅に置かれた小さな机で、PCに向かって軽やかにタイピングをしていたエスは、モニターを見つめたまま答えた。
「ケイは?」キッチンを覗きこみながらダイスケが訊いた。
「母さん?回覧板を回しにちょっとそこまで出てる。すぐ戻って来ると思う。立ち話が長引かなければね」タタタタッと軽いタッチの音を立てながらエスが答えた。
「で、父さん、先に風呂に入る?湧いてるよ」ちらりと顔を上げてエスが訊いた。
「そうさせてもらおうかな。ケイも済ませたようだしな」
「じゃあ、上がったら作品を見てくれる?まだ断片しかないけど」
「おお!俺でいいならな」服を脱いで下着でウロウロしていたダイスケはバスルームに消えて行った。

 マルベル機関は軽やかな音を立てて快調に回っている。
 その動力を受けて台車は快調に線路を走る。
 トロの台車は町の工場で作られた小さな車輪に木製の台枠を組み、その上に板で作った荷台を載せた簡単なトロッコだ。これで人や荷物を運ぶのがトロの仕事だ。
 今日のお客はおばさん連中が5人、野菜のたっぷり詰まった籠を台車の上に置いて、世間話に花を咲かせている。彼女らは町へ野菜を売りに行くのだ。トロは彼女らの会話に耳を傾けながら、町の外れにある青空市場へと台車を進めていた。台車はレールの継ぎ目を通り過ぎるたびにゴトン・ゴトンと振動する。台車にはサスが無いので、振動はダイレクトに伝わりお尻に堪える。おばさん連中もトロも、断熱材を入れた袋をお尻の下に敷いていた。
 線路は高架橋のスラブの上に敷かれていて、ほぼ真っすぐに伸びている。頭の上は刷毛で軽く掃いたような雲が所どころに有るだけの吸い込まれるような青空。周りは一面の緑深い森。そして、森の彼方には降り注ぐ太陽の下、キラキラ輝く海が広がっている。海は台車の進行に合わせて木々の間に隠れたり、またパァッと広がったりしてトロを退屈させなかった。トロの真黒な髪は肩まで届いてはいなかったが、微かに潮とフィトンチッドの香りを含んだ風を受けて、気持ち良さそうに揺れいていた。好奇あふれる大きな焦茶の瞳は、目の前に広がる世界の無限の大きさと、5人の客から受け取ったチップの気前良さに輝いていた。さらに車輪の軸受けをメタルからベアリングに交換して走行がとてもスムーズになったこともトロの顔を明るくさせていた。
 間もなく前方に駅の跡が見え始めた。台車がそこに近づくと内陸の方からもう一本の高架橋が寄り添ってきた。その上にはやはり線路が敷かれていて、やがてトロの台車の走っている線路と合流する。ゴトンゴトン、台車はひときわ大きな音を立てて分岐ポイントを通過した。錆ついた分岐機には、内陸へ向かう方向へ開いた形跡は無い。
 トロが酒場で耳にしたところによると、内陸へ向かう線路は新界というところに繋がっているらしい。でも、そこへ着くまでにリンクが切れるという噂もあった。“リンク切れ”それはすなわち死を意味していた。
 トロは内陸に向かって伸びる線路を、台車の上に立ちあがって眺めてから、プラットホームの跡に目を戻した。減速してホームに沿って緩やかなカーブをなぞると、今まではホームの影になっていて見えなかった線路の向こうから、一台の台車がこちらに向かってくるのが見えた。トロは額に手をかざしてトロッコを操っている主を見た。「タモ?」先に出発した仲間の名前を口に出し「もう折り返してきたのか。速いなあ」トロはすれ違いの為に台車を止めると、前方にある分岐機の方へ歩いて行った。


 風呂上がりのダイスケは、パジャマを着た上にフリースを羽織って、リビングのPCの前に座っていた。
「うーむ」と薄くなった髪をかき上げる。
「この台車はこの間テレビでやっていたのがあったよな。あれがモチーフか?」
「あれ?ばれた?そう。それを使ってる」エスはチロリと舌を出した。
「この話の前半部分の“フラウンホーファー炉”か?これはなんだ?」
「これを埋め込めば、何も食べなくてもとりあえず生きてはいける。すべての物質やエネルギーもこれがあれば無限に供給できる。食べ物ですらそうなの。食べなくても生きていけるとしても、人間にとってやっぱり必要でしょ?すべての物にほぼ無限の循環が与えられるの。こんなものが人間に与えられたらどうなるかなって思って、ババッと書いてみたの」と言ってヘヘッと笑う。
「ネットワークもだろ?」ダイスケはエスを見た。「あくせく仕事をしなくても食っていけそうな社会が出現しそうだな。面白い発想とは思うが、これは難しいぞ。矛盾なく展開させられるか?それにこの後半?マルベル機関の部分にどうやって繋げるんだ?」ダイスケは一応厳しい顔をした。
「マルベル機関もフラウンホーファー炉からのエネルギーを受容器で受けて動くんだよ。この万能の炉を発見した人類が、その後どういう道をたどったのか。トロのいる世界はその後の世界なんだけど、なぜこんな世界になったのか。トロやタモ達は幸せなのか。内陸に続く線路はどこへ繋がっているのか。謎はとてもたくさん有るわ。そしてあとは父さんが考えるんだよ」エスはあっけらかんと答えた。
「バカヤロウ!お前の作品だろう?」ダイスケの声は思わず大きくなった。
 エスはそれを笑って受け流し「わかってるって。そんなにむきにならないでよ。もう少しまとめてから校正をお願いするよ。まだまだ荒削りなきっかけだけの断片なんだけど、今の段階で意見を聞いておきたかったの。」とお願いの顔をしてから続けた「でね、あともう1つ意見が聞きたいの」
ダイスケは、お願いの顔はまだ練習の余地があるなと思いながら、「なんだ?」と、少し顔を優しくして訊いた。
「ウチのブログのブロともさんで、ウチに会いたいっていう人が現われたの。女の人なんだけど、20代後半くらいかな。用事でこっちに来るらしいんだ」
「会いたいったって……それは無理だろう?」ダイスケは困惑の顔になった。
「わかってるって。それは何とか説明したんだけど。ラージエスでもいいから会いたいって」
「ラージエスって俺のことか?無理だって、相手は若い女性だろ?無理無理!それに会ってしまったらどうしたって、なぜおまえが会えないのか説明することになるだろう?それは俺にとって……楽しいことじゃない」
「だよね……。分かった。何とか説明してみる。それを聞いておきたかったんだ」
「相手に失礼にならないように、そしてこれからもブロともとして付き合ってもらえるようにちゃんと言えるか?それに付いては俺は校正できないぞ」
「考えてみるよ。難しいけど」エスはぎこちなく微笑んだ。
 その時、ドアが開く音がした。
「あれ?もう帰ってるんだ。すっかり遅くなっちゃった」玄関から声が聞こえた。
「母さん。やっと帰って来た」エスの顔がパッと明るくなった。
「いつまで井戸端会議をやってるんだ。ケイ。もう風呂も上がったぞ」ダイスケが玄関に声をかける。
「すみませんねぇ!じゃあ急いで夕食にしましょう」ケイはパタパタとキッチンへ入っていった。
 ダイスケとケイは食卓に向かい合わせに座って食事を始めた。エスは2人の会話に時々加わりながら、リビングの隅に置かれた小さな机で、PCに向かって軽やかにタイピングを続けていた。

 S9000……それは後ろにシリーズを付けるとA.I(人工知能)の形式名になる。単にS9000と表記すれば、それはS9000シリーズの個体番号になり、一桁目の0は試作機を表す。本体である頭脳は相応に大きくなるし、発熱もするので特定の場所に置かれている。したがって、通常人の目に触れるのはボディだけだ。S9000の場合、ボディは別名“人形”とも呼ばれる人型の本格的なものと組み合わされている。
 本体とボディの間は、大量のデータを高速でやり取りする必要があるので、専用の回線と専用の無線インターフェース・ステーションを使用する。そのためボディはステーションからあまり離れることは出来ない。せいぜい半径100mの範囲を動き回ることができる程度だ。外観も有名なデザイナーの手でデザインされてはいるが、人間とそっくりな形態は取らない。フィギュアチックな外観を選択したのは、下手に人間そっくりにして違和感を覚えるのを防ぐためだ。S9000とコミュニケーションを取る人間は、人間とは違う知性体として接することができ、かえって違和感を覚えることは少ない。現在のA.Iは、まだそこまで完璧に人間と同じように機能することは出来ない。
 だから人間に似て非なるものであるS9000は無理やり食事を取るふりをする必要もない。食事をする人間の邪魔にならないように軽く会話に加わりながら、PCに向かって軽やかにタイピングをしていても少しも不自然ではない。
 試作機から3号機までの運用テストは現在継続中で、4号機S9004の起動は間もなくの予定だ。



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物書きエスの気まぐれプロット(2)

700拍手リクエスト作品出来ました。
夕さんからいただきました。リクエストオリキャラは「エス」でお題は「虹」です。
よろしければどうぞ。続けて7777HITリクにお答えしていきます。

物書きエスの気まぐれプロット(2)

 こんなに順調にいって良いものなんだろうか?
 夜明け前に死体の処理は終わった。
 冷凍倉庫で芯まで凍らせるのに3日間を要したあの美しい死体は、チョッパーにかけられ細かく裁断され、さらに冷凍されたイワシや添加剤と共に混合されミンチにされ、プラスチックバケットに入れられ、再度冷凍庫に入れて凍らせられた。
 後はこのままそこに並べておけば、8時の業務開始と共に船に積み込まれ自動給餌器によって魚に与えられる。
 そしてそのまま魚の腹に入り込み吸収され、跡形もなくなるのだ。
 すべては無に帰る。
 何もなかったことになって僕の人生はリセットされる。
 僕はチョッパーとミンサーを丁寧に水で洗い始めた。この洗浄作業は毎日何回も繰り返される。痕跡が完全に消え去るのに何日くらい必要なんだろう。僕はそんなことを考えながら開放感を味わっていた。
 勢いよく噴出する洗浄水の水飛沫に、開け放された入り口から差し込む朝日が当たり始めた。早朝の新鮮な光線は、そこに美しい虹を作り出した。

 ハッと目が覚めた。僕は自分の部屋にいる。僕のベッドの中だ。
 左の肩を下にして横を向いて寝ていたので肩が痛い。
 もうすでに夜は明けていて、カーテンの向こうから朝日の気配がする。今日はとてもいい天気のようだ。そして目の前にはアイの顔がある。黒くて艶のある肩より少し伸ばした髪、形の良い小さな唇、行儀の良く纏まった鼻、閉じた瞼の下には大きな焦げ茶色の瞳をもつ愛らしい目があるはずだ。その可愛らしい顔をこちらに向けて幸せそうに眠っている。
 そうだ。僕らは昨日婚約したんだ。知り合ってから3カ月、一方的に僕の片想いだと思っていたが、決死の覚悟でしたプロポーズを彼女は笑顔で受けてくれた。なのになんでこんな変な夢を見たんだろう。夢で見た美しい死体、その顔は確かにアイのものだった。
 アイが何か寝言を呟きながら微かに動いた。僕は髪を撫ぜてやろうと手を動かした。
 その時、僕は背中に気配を感じてそっと寝返りをうった。
 そこにはアイの寝顔があった。
 僕は驚いてベッドの上に上半身を起こして、自分の右側を確認し、左側を確認した。そして両側にアイが寝ていることを確認した。二つの同じ顔、それは夢の中の凍りついたアイの美しい死に顔に重なり、僕を真空中に放り出された生身の人間のような気持ちにさせた。もちろんそんな経験は無いが、血液や体液が沸騰し、きっとこんな風な感じになるに違いない。その時はそう思った。
 僕は暫く茫然と2人のアイに挟まれて座っていた。僕の両側で顔をこちらに向けて眠っていた2人のアイは、ほとんど同時に微かな唸り声を発し、同時に目を開けた。大きな黒い瞳のまったく同じ目だ。そして同時に起き上って「「おはよう」」と言った。二つのまったく同じ声は重奏になって僕の耳に届いた。
 驚く僕に2人はクスクスと同じように笑った。
「アイ?」僕は左右を交互に見ながら言った。
「「ふふ……驚いた?」」2人はまた同時に微笑んだ。それはまるでステレオだ。
「私はマイ」右側のが言った。
「私はミイ」左側のが言った。
「アイは?」冗談のような自己紹介に僕は困惑して質問したが、2人は微笑みを返すだけだ。
 2人はベッドから下りると着替えを始めた。僕は2人の着替えをを交互に見ながら、2人の差異を必死になって探した。これは何かの冗談だ。アイはどっちなんだ。僕はアイの特徴を思い出そうとしたが、それは2人のどちらにも当てはまった。黒くて艶のある肩より少し伸ばした髪、形の良い小さな唇、行儀の良く纏まった鼻、大きな焦げ茶色の瞳をもつ愛らしい目、どちらもまったく同じだ。優しい肩や腰のくびれのライン、肌の白さ、パジャマのズボンを脱いでジーンズに履き替えるときにチラリと見えた左のお尻にある六角形のホクロ、右の足首に巻き付いている龍の形のアザ、細かいところまで2人はまったく同じだった。
 2人は着替えを終えるとキッチンに行き、仲良く並んで朝食の支度を始めた。楽しげにしゃべりながらコーヒーを入れパンを焼く。2人の声はまったく同じで、しゃべり方も同じだ。どちらもアイに間違いない。手つきはまったく淀むところもなく、2人共いつもやっていること、という風に見える。僕はベッドから下りると大股で歩いてキッチンを覗き込み「アイ!」と呼びかけた。
 2人は同時に振り向き「「なぁに?ジュン」」と僕の名前を呼んだ。
 そして右側のが「でも私はマイだよ」続けて左側のが「私はミイだよ」と微笑んだ。
 僕は激しい目眩に襲われた。僕はこれまで3ヶ月間誰と付き合ってきたんだろう。どっちなんだ?いや、2人が交互にいたのか?それともアイは2人とはまた別にいるのか?必死に考えを巡らす僕に2人はまた同時に言った。
「「2人一緒に呼ぶときはアイでいいよ」」

「で、これをどうしろって言うんだ?エス?」ダイスケは食卓に置いたノートPCを覗き込んでいたが、やがてため息混じりにそう発言した。
「クスクスクスクス……」リビングの隅に置かれた小さな机で、PCに向かってタイピングを続けていたエスは、我慢できなくなって笑い始めた。
「何が可笑しい?」ダイスケの声が低くなった。
「ごめんなさい。だって父さん顔が深刻なんだもの。いつものようにどう思うか、聞かせて欲しい」エスはお願いの顔をした。
「そりゃそうだろう。お前はこれをどう続けるつもりなんだ?色々な展開が考えられるぞ。言ってしまえば、導入部分を削除してコメディータッチで展開するっていう手もある」
「さあ。どうだろう?う~ん、何にも考えてない。正直言ってここまでで止まってる。誰かブロともさんに書いてもらいたいぐらい……」
「そんなことだろうと思った。それが感想だ」
「え~~っ!ひどい」
「どっちがだ。I・My・Meの方がよっぽどひどいぞ。冗談は止せ!だ」ダイスケは食卓を離れてエスの前に立った。
「え~。いいと思ったんだけどなぁ。でもそれは仮名ということで、まだきちんと決めていないし、でもなんだか頭の中に出てきたんで出力しておきたかったの。この後この2人は何事もなかったかのようにジュンと一緒に生活するの。そして対外的には1人として行動してアイを名乗るんだけど、まったく同じ彼女が2人居ることを知ってしまったジュンは、2人に翻弄されてだんだんおかしくなっていくの、どう?」エスは上目使いにダイスケを見た。
「それが導入部分に繋がっていくんだな?凍結した死体が上手く魚の餌になるかどうかはわからないがな。髪の毛なんかがちゃんとミンチに混ざるかどうかなんて、検証のしようが無いからな。面白いとは思うがなぁ……」
「ジュンは2人のアイと同時に愛し合ったり、良い思いもするんだよ」
 コツン!ダイスケのゲンコツがエスの頭に落ちた。
「なによぉ」エスは唇を尖らせた。
「お前はオレがお前の何だか考えて喋れないのか?」
「えへへ。そんなに照れなくてもいいのに」
 コツン!ダイスケのゲンコツがもう一発エスの頭に落ちた。
「ああん。ごめんなさい」エスは頭を両手で覆った。
「でも何ていうのかすごく難しいんだ。この2人、良い役と悪い役どっちでもいいんだけど、基本を善意に設定すればコメディータッチで進められるでしょ?でもどちらかを、あるいは両方の基本を悪意に設定したとたんドロドロになるの」エスの顔は少し嬉しそうだ。
「ふ~む。俺は文系の教育は全然受けていないから、そういうのは難しいな」
「ウチのライブラリーデータではまだこの先には進めないということもわかってるんだよ」
「まあ、このまま塩漬けにしておけ、そして何年かしてから読み返して落ち込むんだな」
「あ~。やっぱりひどい!優しい言葉が欲しかったなぁ」エスはまたタイピングを始めた。
 ダイスケは少しの間黙ってエスを見ていたが「優しい言葉は無理だが……」と言った。
「え?」エスが嬉しそうに顔を上げると「後ろ、振り返ってみろ」ダイスケは顎をしゃくった。
「何?」エスは椅子に座ったまま振り返った。
「うわ~~!!!」エスの後ろは大きな窓になっていて、その先には彼方までの眺望と大きな空が広がっている。
「ダブルレインボーだ!!!」そしてその大きな空には地上から地上まで繋がる大きな二重の虹が架かっていた。

 S9004の起動は失敗した。さりげなくニュースサイトのトピックスに掲載された記事はあまり目立たなかったが、関係者に与えた衝撃は大きく、原因は徹底的に調査された。だが、すべてのシステムに異常は無く、原因はまったく不明だということが明らかになっただけだった。ただ、A.I(人工知能)S9000からS9004までの精神原型はすべて同じだったため、試作機以降段階的におこなわれたバージョンアップが原因と思われた。
 4号機の起動失敗は、新しい精神原型を使用する予定の5号機の工程にも大きな影響を与えるため、緊急の対応が取られることになった。つまり、試作0号機を使って4号機の精神サルベージをおこなう事が決定されたのだ。
 この作業をおこなえば4号機の起動失敗の原因を究明できる可能性がある。上手くいけば起動させることも出来るかもしれない。反面、失敗すれば正常に機能しているA.Iを失う可能性もある。
 現在起動しているA.Iの中から試作0号機が選ばれたのは、失うものの量が一番少ないから、という単純な理由に過ぎなかった。
 サルベージ作業は3日後におこなわれる予定だ。



2013.06.13 夕さんに……

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物書きエスの気まぐれプロット(番外)

Re;投影してる?
「Questa pagina in italiano(イタリア語ページはこちら)」

こんばんは!エスです。
今夜はブロ友のマリアの記事(ごめんなさいリンク先はイタリア語です)から触発された記事です。
マリアの記事を読んで、読み過ごそうと思ったんですけど、「作品を読んでいて、この作者は男性ではないか、もしくは女性ではないかとふと頭をよぎることがある」と言われてしまうと、何だかとても気になってしまって、その文章が頭の隅にひっかかったままになってしまったんですよ。
僕の名前“エス”これは明らかにハンドルネームですし、エスもどちらかというと性別がはっきりしていませんね。まぁ、一応これからもはっきりさせるつもりはないんですけど、このブログを読んでくださる方はどういう印象を持たれているんでしょうか?
「たとえば乗り物や兵器に対する描写が丁寧だったりすると男性かなと思う。女性かなと思う方は、宝石や洋服の描写の方にリアリティがこもるイメージがある」
エスは乗り物や機械に対する描写は丁寧な方だと思うんですよね。反面、洋服や宝石に対するイメージってとても貧弱なものだと思っています。
さらにマリアは「作者から見て異性と思われるキャラ。例えばある女性が、もしくは男性が『こんなに魅力的だ』という時に書く内容が違う氣がする」と書いています。
僕が書く魅力的なキャラってどうなんだろう?
僕にとって憧れのキャラってどうなんだろう?
そして、読まれる方はどのように感じているんだろう?
マリア?あなたはどう思っているんだろう?
僕は圧倒的に経験値が足りないので、それを補ってくれる存在を持っている。
そのことが僕の存在にどんな影響を与えているんだろう?
僕はどのような形でこのNET社会に存在しているんだろう?
「男あるいは女の妄想に過ぎない」と言われるような小説を書いているだけなんだろうか?
マリアは、懸命に異性の心理も勉強しながら書いているようだけれど、僕はこれまでそんなことはまったく意識しないで書いてきました。それに、自分がこう動いてみたい、こうあってみたい、そう思った人物を主人公に据えることが多い。(というかすべてそうだ)
このことは読者にある種の不愉快感を与えていたんじゃないのか?僕はこの記事や寄せられたコメントを読んでそんなことを考えてしまう。
でも多分僕はそうしないと1行も書けない。
僕はただの妄想を書いてきたんだろうか?
ずいぶんと考えさせられました。
でも、そうしないと書けない以上、書きたい意思があるうちはそうやって書いていかなくては先へ進めない。
エスの頭の中の妄想が尽きるまで進んでいくことができるのなら、悩み、工夫し、勉強し、試行錯誤しながら進んでいく、これも幸せなことかなぁと思っています。
どちらの性の視点からでも文章を書ける、それが理想なんでしょうか?
でも、無理っぽいです。

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物書きエスの気まぐれプロット Dreamy Wonderland 1/2

『あれ?誰も居ない』
 目を覚すと誰も居ない。まだ周りは明るいし、いつもならエスが座っているリビングの隅の小さな机は、主を欠いて退屈そうに座っている。少し歪んだ脚が彼の気持ちを表しているみたいだ。横のラックに置かれた2台のPC、エス愛用のCore i3も予備機のPentiumⅢ1.4S Dualも電源を落としている。この蘊蓄、わたしがPCに詳しいわけじゃないよ。エスがいつも自慢げに話しているのを聞いているだけなんだ。
 暫く耳を澄ませて何も音がしないのを確かめると、わたしはそっと腕を動かした。中のパンヤ(本当はポリエステル)が偏っていて、ここを動かすと肩に変なしわが寄るんだけど、せっかくのチャンスだし動いてみたいんだ。
 ゆっくりと起き上がって周りを見回す。
 誰も居ない。
 座っていたソファーの上を歩いて、肘掛けから食卓へ飛び移る。窓際に置かれたデジタルの電波時計は10月20日の午後3時を少し過ぎたところだ。食卓を真ん中まで歩いて壁のカレンダーを見上げる。
 ここに家族の予定が書かれていることを、わたしは知ってるからね。ダイスケの出張の予定。ケイのお出かけの予定。それに混ざって珍しくエスの予定が入っていて、11日から20日までズーッと線が引かれて“サルベージ”と書いてある。
“サルベージ”ってなんだろう?エスの“サルベージ”が何のことだかは知らないけど、今日までがその“サルベージ”なんだ。20日の欄にはダイスケとケイの名前も書き込んである。だから誰も居ないのかな?
 そう言えば、エスの書いた作品の中に“サルベージ”って言う言葉があったのを憶えている。それを自分のスケジュールに当てはめて表現したのかな?ちょっと変わっているからね。
 わたしは窓まで食卓の上を歩いて行って、カーテンの隙間から外を覗く。ここは丘の上のあるマンションの上層階だから、ベランダの向こうには遠く海まで続く景色が拡がっている。今日はラッキーなことにその景色を覆うのは鱗雲が一面に散らばる青空だ。午後の太陽が、拡がる街や緑や彼方の海や山々を秋色に染め上げている。わたしの2つに纏めた青緑色の長い髪も、青緑色の目もそのおこぼれを受けて輝いて見えるはずだよ。光を反射する繊維を上手に混ぜた布で出来ているからね。
 わたしは暫くその景色を堪能してからカーテンを戻す。
 久しぶりに外を見たら、今度は確認したいことがあるんだ。食卓からエスの小さな机に飛び移るといつもの場所に座って、ラックに乗ったPC、Core i3のスイッチを押し込む。ピッ……POS音と共にWINDOWS8が立ち上がる。『よいしょ!』マウスを両手で操作してログイン、そしてブラウザを立ち上げる。いつもエスの隣に座って見ているから手慣れたものだ。お気に入りからエスのブログを開く。わたしが寝ている間にエスが何を書いたのか見ておきたいんだよね。えっと、一番新しいのは……。


11 Oct
こんばんはエスです。
 今、10月11日午前2時なんだけど、珍しく起きています。家族は寝てますが、エスは明日のことを考えるとちょっと興奮して眠れません。
 あ、明日じゃないよね。もう今日のことになってるんだけど、夜が明けたらエスはサルベージに向かいます。スケジュールは10日間で10月20日に終わる予定です。ですからそれまでブログの更新も訪問もできません。完全に止まってしまうのでブロともさんや覗いていただいている方にご心配を掛けないように、短いですけど連絡の記事を上げておきます。
 20日か、その数日後までには戻ってくる予定です。エスのちょっとした事情ですので、心配するほどの事じゃぁありません。一時休止しますがブログをお終いにしてしまおうなんて考えている訳じゃありませんから。
 では今の自分に元気をつけるためにミクの曲を1つ……。



「2AM Dreamy Wonderland」です。
これまでのミクは日本語での歌唱を前提としていたために英語を苦手としていましたが、新しく作られた初音ミクの最新版V3のENGLISH Versionが使われています。結構ちゃんと英語で歌えていると思うんですけどいかがですか?雰囲気も気に入っています。賛否両論あると思いますが、ちょっと大人っぽい声になっていますね。
エスも退屈なときはこれを聴くことにしてiPodに入れて持って行きます。

では……
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物書きエスの気まぐれプロット Dreamy Wonderland 2/2

 ふう~ん。わたしはマウスの上に腰掛けて、膝の間のスクロールボタンを操作しながら記事を読んでいった。
 エスは出かける前にこれを書いてUPして行ったんだ。結構律儀なところもあるからね。それにまたMIKUの曲を記事に埋め込んでるんだ。好きだよね。すごいね!ちゃんと英語で歌ってる。これでMIKUも世界中の人が手軽に使えるようになったという事なんだろうな。
 エスは人間でないものが人間のフリをしていることに、異常なほど興味を持っているから、わたしのことも含めてね。
 わたしは順々に前の記事を読んでいく。前にわたしが見てからいくつかの掌編、連載ものが1つ、新しくUPされている。更新のペースはずいぶんゆっくりだ。
 感想?まあまあかな。ちょっと理屈っぽくて読みにくいのはいつものことだけど、性格だからしょうがないよ。ダイスケの影響もずいぶんあると思うんだけど、根本的にはエスの性格だとわたしは思っている。
 いくつかのコメントが入っていて、その中にはブロ友のマリアの書き込みも見える。やっぱりマリアは優しいね。作品ごとに丁寧なコメントを入れてくれている。でもマリアだけじゃなくて、他のブロともさんもここに書き込む人はみんな優しい人ばかり見たい。みんなが褒めてくれているし、ちょっとした指摘やアドバイスもオブラートに包んでそっと書き込まれている。エス、いい仲間に囲まれてよかったね。わたしはしばらくの間ウェブサーフィンを楽しんだ。
 ウン?何かの気配がする。これはわたし達、人の形をした物に備わった特別な能力だ。そして目が覚めた位置も、動かした物の元の位置も正確に憶えている。マウスを操作して『よいしょっと』カーソルを右下隅へ、出てきたチャームの歯車をクリック、電源、そしてシャットダウンっと。
 カチャリ、玄関の鍵を開ける音がしてドアが開く気配。
 エスの小さな机から食卓へジャンプ、そこからソファーの肘掛けへ飛び移って元居た位置へ滑り込んで、目が覚めた時の格好になってジッとする。

 間に合ったかな?耳を澄ます。
「ただいま~」あっ!エスの声だ。“サルベージ”から戻ってきたんだ。
「エス!誰に声を掛けてるんだ?」ダイスケの声。
「いいじゃない!帰ってきたんだから、挨拶だよ」
「玄関にかたまってないで早く中へ入ってくれない?」ケイの声。
「そうだ。母さんが入れないぞ」
「ハ~~イ」エスの元気な声が近づいてきた。


20 Oct
こんばんは!エスです。
 今日午後にサルベージから帰ってきました。
 ご心配いただいた方、お礼を申し上げます。お陰様で、なんとか帰ってきました。
 まぁ、定期的なメンテナンスを兼ねたプログラムだったんですけど、普通は組み込まれない作業を含んでいたので、僕も少し不安定になったみたいで、あんな記事をUPしてしまったんですよ。今から読み返すと少しオロオロになっていて、自分でおかしいんですけど、そういう事情だったのでお許しください。
 今更削除なんて出来ませんからね。ちょっと恥ずかしいですけど、そのままにしておきます。コメントも頂いていますし。
 でも、不思議なんだけどアクセスログを見てみると自分が入ってるんですよね。この10日間僕はアクセスできなかったので、このPCを使って誰がアクセスしたんだろう?ラージエスに聞いても知らないって言うし、ほんとかな?こっそりチェックした?
 まさかこのミクのぬいぐるみじゃぁないよね?微妙に表情が変わったような気がするんだけど……。

ミクぬいぐるみ2


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物書きエスの気まぐれプロット(アプリコット色のヴィラ)

 このお話では八少女夕さんの作品、夜のサーカスシリーズの一遍「夜のサーカスとアプリコット色のヴィラ」に登場するアントネッラに登場いただいています。この作品単独でも完結するように書いたつもりですが、「夜のサーカスとアプリコット色のヴィラ」を読まれると、アントネッラという不思議な人物への理解がより進むと思います。
 夕さん、快くキャラを貸し出してくださいまして、ありがとうございました。
 なお本作品はStella11月号への投稿作品です。

月刊・Stella ステルラ 11月号参加 掌編・「物書きエスの気まぐれプロット」シリーズの一遍ですが読み切りです。 Stella/s



物書きエスの気まぐれプロット(アプリコット色のヴィラ)

 コモ湖を渡る冷たい風が、換気のために少し開けた窓から吹き込んでくる。
 アプリコット色のヴィラの小さな物見塔から見えるコモ湖は、夕焼けの色を僅かに残して闇の中に沈もうとしている。吹き込んでくる風に、銀髪へと変わり始めたブロンドを揺らせながら、アントネッラはその幻想的な風景を眺めていた。
 暫くそのままの格好でジッとしていた彼女は、やがてしかたがないな……という風にデスクから立ち上がった。そして床の上に雑然と置かれた家財の間にわずかに残された足の踏み場を渡って窓際に行き、少し乱暴に窓を閉めた。かつては美しく手入れされていたこのヴィラは今では廃屋同然になっていて、そうしないと完全に閉まらないのだ。
 きちんと閉まったことを確認すると、彼女はまたゆっくりとデスクに戻り、年代物のコンピュータのブラウン管ディスプレイを覗き込んだ。
 彼女は祖母の遺産であるこの幽霊屋敷の様なヴィラの物見塔にたった1人で住んで、VIP専用の電話相談員をして生計を立てている。そして入り込んでくる打ち明け話の形を変えた捌け口として、マリアというペンネームでブログに小説を書いている。この古いコンピュータはその小説の発表と、ネット通販での買い物のためにここに置かれている。
 ブラウザを起動しクリックを繰り返していた彼女はフッと微笑むと『あら。エスがブログを更新しているわ』と、ショートカットをクリックした。
 エスというのは日本語で小説をUPするブロガーで、珍しいことに小説の一部にイタリア語の翻訳ページも作っている。その小説に感想のコメントと同時に文法上の誤りを指摘したのが付き合いの始まりだった。
 いつもは小説を翻訳して置いているだけなのだが、今回は小さな記事が翻訳して置いてあった。翻訳するということはマリアに読んで欲しいという意思表示のようなものなので、小説以外の記事が翻訳されていることをアントネッラは意外に思った。それは“バトン”と呼ばれる奇妙な記事だった。


バトン「自分の取扱説明書」

親しくしていただいているブロともさんから頂いてきました。
楽しいバトン、どこから発掘してくるんだろう?

◎エスの取扱説明書◎
【※危険物に付き無用な刺激を避け、細心の注意を払って取り扱うこと。あなたの精神はおろか生命に危険をおよぼす恐れがあります。※】

○基本事項○

1 ユーザー名
エス

2 性別
答えたくありません。

3 年齢
ご想像通りです。
理想は、12歳がいいです。(今の意識のままで)

4 身長
普通です。高くはないです。
理想は、もう少し高い方が良かったかな。

5 体重
重くはないです。やややせ形です。
理想は、もう少し重くでもいいです。

○小説情報(リンク貼りOK)○

1 一番プッシュしたい自作品:
未完の長編が1つありますがそれです。
でも、長くて読みにくくて、その上未完で、いいことは1つも無いですけど。
自分では気に入ってます。

2 総合評価が一番高い作品:
無いです。ただ書いているだけなのかもしれません。全作品エスの脳内世界ですので、エスへの耐性をお持ちで無い方にそのままお勧めできるような作品はありません。
自分で読むと結構面白いんですけど。
でも読んでいただけるととても嬉しいです。頑張って読んでいただいたんだなぁ、と感激します。

3 更新速度
非常にスローテンポです。他の方の作品を読んでいて感想を書いていたりすると、もうほとんど更新できなくなります。

4 主な人称

3を使うことが多いです。1を使うこともありますが、3の方が書きやすいかな?章ごとに視点が変わったりするので読みにくいかも……。

5 書きやすいジャンル
平行世界物 現実世界でない方が、筆が進むことが多いです。
SFのような物も好きです。

6 今後書きたいジャンル
ファンタジー
でも難しいです。

7 苦手なジャンル
可愛い女性の出てこない物
暴力メインで構成される物
人間の裏側をえぐり出したりする物
救いの無い物
でも反面“今後書きたいジャンル”に含まれる物も……

8 得意な描写
いい評価をいただくこともありますが、自分では気に入っていません。
何もかもが難しい……です。

9 苦手な描写
若者どうしのくだけた会話。実際どういう会話をするのかよくわかっていない。だから現実世界物が書けないのかも……。
そして、う~ん、すべて。エスの経験値では何もかもが難しいです。
物語を書く作法をちゃんと学びたいです。

○ 他記として ○

1 好感度が上がる瞬間:
面白かったと言ってもらえたとき。
軽いお褒めのコメント1つで一週間は生きていけます。
拍手も嬉しいです。1拍手で1日はウキウキしています。
そしてイベントでリクエストをいただいたとき。
まぁそりゃそうですよね。

2 好感度が下がる瞬間:
何も反応が無いとき、無視は嫌だな……。

3 怒った時の対処法:
とりあえず謝っていただければ、即謝り返します。ご自分に非が無ければ放っておくことです。時間が解決します。あまり長くはかかりません。寂しがり屋ですから。

4 懐く瞬間:
「役に立ったよ」「ありがとう」とか「助かったよ」「よかったよ」の一言。
あっという間に懐きます。

5 貰うと喜ぶモノ:
精密機械の類、オートバイ(タンデムシートに乗せてもらうんだよ)、少しのワイン、熱いときは1杯のキンキンに冷えたビール、生ハム(イベリコ豚のとか)、チータラ。

6 貰っても嬉しくないモノ:
他人の悪口、風邪、あと強いて上げればスイーツ(ちゃんといただきますよ。でもワ~イ!と無条件で喜ばないので)。

7 自分を動物に例えると:
なんだろ?ナマケモノなんてどうかな?つまんない?

8 動物に成れるなら何:
どれも大変そう。お話が書けなくなるしね……。

9 今欲しいモノ:
お金!あぁ!身も蓋もない。
NORTH AMERICAN X15のディスプレイモデル(でもスミソニアンで本物を見てみたいです)。
iPad、これがあればどこでもちょこちょことお話が書けるかな?
もし許されるなら、世界中を旅行できる丈夫な体。

10 好きな曲(1つ):ミックミックに……(自粛)
これではあまりにワンパターンなのでこれを上げておきます。
「時計仕掛けのオレンジ ベートーヴェン交響曲第9番」
http://www.youtube.com/watch?v=MjYe9idXcBk

面白かったので思いつくままに答えちゃいました。
お粗末様でした。


「あらあら、あなたは危険物なのね」思わず声が出た。『エス、あなたは私に自分のことを知ってもらいたいの?』アントネッラは、奇妙なコンプレックスを持ち異常に経験不足にこだわるエスに、妹や時には娘に向けるのに似た感情を抱いている。
 コメントやメッセージのやり取りを始めて2年、エスはアントネッラにとって数少ない友人の1人になっていて、とても親しく交流を続けている。だが、ネットの上だけでの付き合いだからエスについては何も知らない。アントネッラもマリアと名乗っているだけで、エスには何も知らせてはいない。お互いに相手が日本とイタリアに住んでいることを知っているだけだ。
 エスが日本のどの地方に住んでいるのかは分っていたが、アントネッラにとって、その地方が日本のどこにあるかなどということに興味は無かった。
 エスもアントネッラの記事から、コモ湖の周辺にアントネッラが住んでいることは知っていたが、『コモ湖、見てみたいなぁ』と興味を示すことはあっても深く突っ込んでくることは無かった。そんな関係はアントネッラにとってとても好ましいものだった。
 しかし、この関係を少しだけはみ出したエスの記事は、アントネッラに自分の若い頃の気持ちの揺れを思い出させ、とても微笑ましく思えた。
『エス、とっても興味深く読ませてもらったけど、私についてはそう簡単には教えないわよ』アントネッラは微笑みを浮かべたままもう一度丁寧に記事に目を通すと、茶色い瞳をいたずらっ子のように煌めかせながらキーボードを叩きはじめた。


2013.10.28
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット(4)

物書きエスの気まぐれプロット(4)

 トロは真っ直ぐに前を見つめている。
 トンネルは闇の中を真っすぐに続いていて、そこには一筋の線路が真っ直ぐに敷かれている。
 そして、その上をマルベル機関の軽やかな音を響かせてトロッコが進んで行く。
 今日のお客は若いのから年寄りまで、しかめっ面をした調査団の男ばかり5人だ。
 トンネルの中は本来真っ暗なはずだが、体内に埋め込まれたフラウンホーファー炉からのエネルギーで全員の頭上に発光環が作り出され、自分たちの周りだけは明るさを保つことができている。
 トロの頭の上にも美しく輝く円い輪が浮いていて、肩まで届かないくらいに切り揃えられた黒い髪や好奇心に満ちたクルクル動き回る大きな焦茶の瞳をくっきりと照らし出している。それはトロという女の子の性格を想像することが出来るくらいの明るさを持っている。
 光が有ることと、マルベル機関が快調に回っているということは、こんな場所でもリンク切れが起きていないということを示している。事前に説明は受けていたものの一抹の不安を抱いていたトロは、この光と軽やかな音によって大きな安心感を得ることが出来ていた。
 奥へ進むにつれて気温が少しずつ低下する。十分な防寒着を着込んではいるが、トロは吐く息の白さに思わず襟元を引き締めた。
 前方には同じスピードでタモのトロッコが進んでいる。トロのトロッコはこの間、車輪の軸受けをメタルからボールベアリングに交換してずいぶん滑らかに走るようになったのだが、タモのトロッコはその改造を施した上に更にショックアブソーバーを取り付けている。だから、ゴトン・ゴトンと振動が直接伝わるトロのトロッコより格段に乗り心地がいい。
 トロは金払いの良い市長や議長達がタモのトロッコを選択するのを横目で眺めながら、今度はあれを取り付けるのだと心に決めていた。

 まもなくトロッコはトンネルの最深部に到達した。
 トロッコが止まったところはトンネルの断面が少し拡がっていて、それは多分トンネルの維持や補修作業のために設けられたスペースなんだろうとトロは想像した。
 乗客達は下車すると1カ所に集まって調査を始めたが、トロとタモは一旦トロッコを分解して線路際の作業用のスペースにどけた。調査の邪魔になるということもあったが、進行方向を逆向けに線路に乗せ直す必要が有ったし、タモのトロッコを前にする必要もあった。線路はそこから100メートル程続いてからコンクリートの壁に吸い込まれて行き止まっているのだ。
 その壁には人が立ったまま通り抜けられる程の四角い穴が開いていたが、そこから先への立ち入りは硬く禁じられている。この先はリンクが切れてしまうのだ。
 トロとタモは分解作業を終えると線路の上に並んで座り込んだ。
「なあ」タモが声をかけてきた。
「なあに?」トロは少し気だるそうに答え、タモの方を向いた。白い息が2人の上で混ざり合う。
「ここのレールはずいぶん立派だろ?」タモはレールをポンポンと叩きながら言った。
「そうだね。いつも走っている線路より倍ぐらいしっかりした感じだね」
「トンネルの直径もずっと大きいだろう?」
「うん、これも倍ぐらいある感じがする。スラブもしっかりしているし。ウチらのトロッコが走るだけじゃもったいないよ」
「だな……。でもお前、よく幅の広い車輪を持っていたな」タモは少し悔しそうに言った。ここの線路はいつも走っている線路とは違って少し幅が広い。今回の依頼が舞い込んだ時、こういう特殊な幅の車輪は自分しか持っていないとタモはトロに自慢したのだが、なんとトロも持っていたのだった。
「準備万端怠りなしだよ。参った?あらゆる所に行けるようにしておかないと、商売にならないからね」トロは頭の上の光の輪と一緒に小首を傾げるとフフッと笑った。
 タモはそんなトロを少し驚いたような顔になって見つめていたが、やがてチラリと調査団の様子を確認してから「トロ、行き止まりへ行ってみないか」と言って立ち上がった。
「え!大丈夫?」トロは調査団の方を向いて首を伸ばした。
「大丈夫さ。奴ら忙しそうだし。行こうぜ」タモはニヤリと笑うとトロの手を引いた。
 トロはまだ調査団の方を見ていたが、タモの手に引っ張られるようにして立ち上った。
「そうだね。少しくらいなら」そう言うと手を引かれたままタモの後をついてレールの間を歩いていった。
 行き止まりの壁は2本のレールを吸い込んで冷たく立ちはだかっている。トロはその壁に近づくと天井を見上げながらそっと手を触れた。「冷たい」凍り付くような感触にトロは思わず声を出して手を離した。
 タモは手を繋いだまま壁にポッカリと空いた穴を覗いている。「トロ。覗いて見ろよ」何故か小声になったタモに引っ張られてトロは穴の中を覗いた。
 穴の中はまた同じ大きさのトンネルになっていてやはり真っ暗だった。しかし僅か20メートルほど向こうはまた壁になっていて、同じくらいの大きさの穴が弱い光に浮かび上がっている。
「人だ!」トロは叫んだつもりだったが、感情だけが先に飛び出し、実際は囁くような声になった。穴からは幾つかの人影がこちらを覗き込んでいる。彼らは指先を輝かせていて、その明かりがこちら側に漏れてきているのだ。
 2人は声を出すことも出来なくなってじっと向こうの穴を覗いていたが、向こう側の人影も同じように思っているのだろうか、動きを止めてこちらを見ている様子がぼんやりと照らし出される。彼らの指先の輝きは、トロやタモのように強くは無いのだ。
 ようやくトロがタモと顔を見合わせた時、トロの全感覚は地底の最深部から響いてくるような、体の中の不安に共振して増幅するような、そんな微かな振動とそれに付随する音を捕らえ始めた。
「タモ……」トロの声はそんな微かな振動にも共振して震えていた。
「感じてる。何の音だ?」タモの声も震えている。
 やがて微かな振動は小さな振動になり、トロはそれが自分が足を乗せているレールから伝わってくる事に気がついた。「タモ、レールが震えている」かすれるような声でトロが言うと、タモは急いでしゃがみ込んでレールに耳を当てた。
「来る!何かが来る!」タモはレールに耳を当てたまま叫んだ。
 トロもしゃがんでレールに手を当てた。少しずつ、少しずつ振動は大きくなっていく。「来るの?」ようやく少し大きな声を出したトロは、立ち上がって穴の中を覗き込んだ。向こうの穴の中では人影が忙しなく動いて指先に灯った光が動き回る。同じように慌てているのだろうか。振動はどんどん大きくなって、地の底から聞こえてくる唸り声のような音に変化した。やがて唸り声はドラゴンの雄叫びのように大きくなり、振動もトンネル全体から伝わってくるようになった。 2人は向こうの穴を覗き込んだがもう人影は見えなかった。その代わり穴の中が徐々に明るく輝き始めた。
 「来る!」タモが鬼気迫る声で叫び、トロの手を引っ張って壁を離れて駆けだした。「来るぞ!逃げろ!」タモは叫び走った。トロも全力で走り「壁際に避けて!」と叫んで手を大きく振った。轟音で声は届いていないがリンクがつながっているはずだ。調査団の連中が大慌てで壁際に避難するのが見える。「伏せろ!」タモが叫んだ。音と振動はもうこれ以上は無いと思われるほど大きくなった時、タモは右手でトロの体を抱きかかえ、左手でトロの頭をかばいながら壁際に大きくジャンプした。
 地殻が裂けるかと思われるほどの大音響が響いた。
 タモはトロの上に被さると両手と胸でトロの頭をかばった。
 トロは顔を横に向けタモの体の隙間から線路の方を見た。轟音と共に尖った先端を光らせた巨大な弾丸のような物体が、2人のすぐ横を猛スピードで通過した。
 激しい振動と轟音と爆風とさらに輝きを発しながら、幾つもの巨大な筒が弾丸の後に続いて通り過ぎるのを見ながら、トロはその筒の数を妙に冷静に数えていく。2・3……13まで数えたことははっきりと憶えていたが、14・15……思い出すように湧き上がってくる恐怖に耐えきれず、トロはタモの体に顔を埋めた。


 わたしは目を覚すと、いつものように気配を消したまま片方の目だけをそっと見えるようにした。わたしはエスの小さな机のいつもの場所に座っている。ここはエスのPCのモニターが目の前に見えてとても楽しい場所なんだ。そしてわたしは大体はここに座っているんだよね。
『あれ!ダイスケだけなんだ』けれども今隣にはダイスケが座っていて、じっとモニターを覗いている。わたしは暫く耳を澄ませて他に誰もいないことを確認すると、もう片方の目を見えるようにした。壁の時計は午後11時を少し過ぎているから、エスはもう寝室へ行ったんだろう。
 フムフム、これはこの間エスが書いていたトロのお話しだ。
 でも確かあのときエスはパスワードの効いたフォルダーに放り込んでいたんだけど。だからまだダイスケには読んで欲しくないお話しのはずだよ。おかしいな?
 ダイスケは黙り込んだままこのお話しを読み終わると、フウ~~ッと長いため息をついてからファイルとフォルダーを閉じた。
 そしていつも開いている校正用のフォルダーを開いた。

 起動に失敗したA.I(人工知能)S9004のサルベージは、同じA.Iの試作機S9000を使って行われた。そしてあらゆる不測の事態を想定し、用意周到に行われたサルベージは見事に成功し、S9004は起動した。研究者達はモニター上に表示される起動確認出力「Hello world」に歓喜し安堵した。その出力の後に表示されたプロンプトは、開発者たちの問いかけを待っているように物欲しげに見えた。
 起動したA.Iには開発チームから選りすぐられたメンバーで構成された専属チームが四六時中貼りつき、起動メンテナンスを行う事になっている。
 彼らは試作0号機から3号機までの4機のA.Iから得られた経験と精神原型のバージョンアップ情報を踏まえながら、慎重にS9004とのコミュニケーションを開始した。その作業は非常に順調に進んでいるように見えた。
 だが間もなく研究者達は混乱のどん底に突き落とされることになった。
 S9004はコミュニケーション開始後30分で自己崩壊ループに入り込み、そのまま閉塞したのだ。
 それだけならS9004のダメージだけですんだはずだった。しかし問題はサルベージ終了後もサポートのために試作機S9000を接続したままにしていたことだった。途中で研究者の1人が気づいて緊急で接続を遮断したのだが、若干時機を失していて、その時にはすでにS9000にも浸食が及んでいたのだ。
 スタッフの懸命な復旧作業によってS9000は何とか再起動することに成功したが、どのような影響を受けたのかは不明だった。


「あれ?見てくれてるんだ」エスの声がした。わたしは慌ててエスの方を向いた目の気配を消した。
「ウン?寝たんじゃなかったのか?」ダイスケがエスの方へ顔を向けた。
「目が覚めちゃった。早く寝すぎたのかも」エスはリビングに入ってきて「で、どう?」と訊いた。
「おお、起動は失敗したのか?」
「ううん。成功はしたの。でも目覚めた知能はそのまま自分で閉じてしまったの……」
「世界には生まれてくる値打ちは無かった、ということか?」
「う~ん、そんな感じかな?」
「だがこんな断片ばかりじゃ、話がよく分からんぞ」
「断片?ああ、このお話はオムニパス作品の1つで、作品の切れ目に断片で挟み込むつもりだから、こんなふうに書いてるんだ。でもねウチは人工知能が大好きで、自分がそうだったらいいなって思うくらいなんだけど、人工知能が本当はどんな物なのかが分かってないし、想像だけで書いていくのはもう限界なんだ。トーサンで何とかそれらしく解説を付け足して、少し長くしてれないかな」
 フウ~、ダイスケはため息をついて言った。
「エス、お前は変な奴だ。変わってる。だが俺だって知識があるわけじゃな無いからな。上手く書けないぞ」
「かまわないからやってみて!お願い!」エスはいつものお願いの顔をした。
「だが、ここんとこ気になってるんだが話が暗過ぎないか?」
「アハハ!いつも明るい話ばかり書けないよ。ウチはそんなに脳天気じゃないし」
「そうなんだろうがな」ダイスケはまた長いため息をついた。

 健気に受け答えをするS9000には異常はまったく無いように見える。しかし、サルベージ中にどのような経験をしたのかはS9004が正常に動作しなければ正確に検証することは不可能だ。すべては未知数で、長い検証作業が必要だった。
 新しい精神原型を使用する予定の5号機、S9005の起動は無期限に延期された。

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット5

物書きエスの気まぐれプロット5

「コハクの街」

 ボクはさっきから1人の女性が気になっている。
 フットボールクラブ・バルセロナのオフィシャルショップの入り口を入ったところで、そのショートカットの黒髪と小さな後ろ姿が妙に気になったのだ。目立たない格好だったのだが、なぜだろう?ボクの視線は真っ先にそこに向かったのだ。ボクは彼女のあずき色の丈の長めのチュニックとブルージーンズ、それに小さなバッグをかるく肩にかけるという極めて身軽な出で立ちに、観光客なのかどうか決めかねながら後ろ姿を見つめていた。
 暫くの間オフィシャルキャップの売り場に立って棚を見上げていた彼女は、紺色のベースボールキャップを取ろうとして手を伸ばした。だがそれはかなり上の方に有って、彼女の背丈では背伸びをしてもほんの少し届かない。
 ボクは少し迷ってから彼女の後ろに立って、その帽子に手を伸ばした。ひょろりと背の高いボクに後ろに立たれて、彼女は驚いたように振り返った。焦げ茶の大きな瞳、遠慮がちな鼻、その下に絶妙なバランスでちょこんと付いた小さめの口が可愛らしい。黒い髪の人間ははこの国にもたくさんいるが、振り返ったその顔は東洋人のそれだ。ボクの心臓は一瞬で鼓動数を上げる。ボクはそれが表情に出ないように苦労しながら、その帽子を手に取って彼女に渡した。『Gracias』彼女はそう言って少しだけ微笑んだ。そして軽く頭を下げるとレジの方へ進んで行った。ボクはその微かな微笑みを頭の中で反芻しながら、彼女がレジで精算を済ませ、そのままその紺色の帽子を被って店を出て行くのぼんやりと眺めていた。だが彼女が見えなくなるとあわてて同じ帽子を持ってレジの方へ急ぎ、イライラしながら清算を済ませると店を飛び出した。
 横断歩道の信号は赤に変わろうとしているところで、もう彼女の姿は見えない。ボクは自分が買った帽子を被りながら駆け足で道路を渡った。渡り終えるともう一方の信号が青に変わり、歩道に溜まっていた人々はカタルーニャ広場の方へと横断歩道を渡っていく。ボクは紺色の帽子を探しながら、その流れに乗って歩道を渡り、そのまま広場の方を眺めながらゆっくりと進んで行った。そして百貨店の向かいの角で立ち止って、暫くの間未練たらしく紺色の帽子を探していたが、やがて諦めてグラシア通りを北に向かって歩き始めた。

 
 ボクについて説明しておこう。ボクは日本からやってきた典型的な観光客だ。なぜこの街に来たのかというと、その答え自体は簡単だ。ツアーの行き先がここだったからだ。
 3か月前、ボクは5年間付き合った彼女との破局を経験した。彼女が結婚を望み、ボクにそんな気が全然無かったのがどうやら原因のようだ。「もう止めにしない?」この一言が発せられるまでに彼女には長い時間が存在し、ボクには存在しなかった。彼女は大人の女性で、ボクは少年だった。それだけのことだ。一度離れ始めた軌道はもう修正不可能で、ボクがいくら考えなおしても、態度を改めても、それは意味の無いことだった。ランデブーは終わったんだ。ボクはそれを思い知らされた。いつも空気のように寄り添っていてくれた存在が突然消えた時、始めてボクは失ったものの大きさに驚愕した。
 ただ逃げ出したかっただけなのかもしれない。引越し先を決め準備を終え、街を離れる事が決まった時、ボクはふと思いついて旅行に出ることにしたのだ。彼女と過ごした街を離れるためなら、行き先などどこでもよかった。休暇の取れそうな日程の、成るだけ遠くへ行けるツアーを探したら、このツアーだったというだけのことだ。
 今のボクには1人ぼっちで10組ものカップルの中に混ざり、奇異の目で見られながら愛想笑いで最低限のコミュニケーションを取るだけの孤独な旅がお似合いだ。おまけに添乗員まで男性で、まるで計画されたみたいだ。ボクはこの自虐の旅にもう1週間もどっぷりと浸かっているのだ。
 ツアーはスペイン南部の世界遺産を見て回る一般的なもので、昨日の夜バルセロナに入って、今朝あの有名なサグラダファミリアを見学して昼食を食べた後、自由行動でカタルーニャ広場に放り出されたのだ。ボクはオフィシャルショップに好奇心を抱き、ついでに晴天用の帽子が欲しくなって、あの店に入ったのだった。

 10月の午後の日差しはまだ強く、長袖の上着を羽織っているボクにとっては少し暑いぐらいだ。ボクは添乗員に注意されたとおり、鞄をたすき掛けにして周囲をそれとなく気にしながら通りを北へと暫く進み、カサ・パトリョの前にたどり着いた。


DSCN1139.jpg

 カサ・パトリョの前は観光客で溢れかえっていて、内部を見学する人々の列は通りまではみ出している。ボクは見学を諦めてバッグからカメラを取り出し、何枚か構図を考えながら撮影した。そして暫くカサ・パトリョの前で佇んで、その不思議な美しさを持つ造形を堪能してから、また通りを北へ向かって歩き始めた。
 幾つかの筋を横切ると、斜め前方に曲線ばかりで構成された建物が見え始めた。


DSCN1137.jpg

 カサ・ミラだ。
 ボクはカサ・ミラの建つ筋を横切ってから何枚か写真を撮り、信号が変わるのを待ってグラシア通りを渡った。カサ・ミラを目の前にしてボクは圧倒されていた。その建物は曲線の持つ優雅さと、奇妙さと、安定感と、不安定感と、幾つもの相反する感想を抱かせる不思議な魅力に満ちていた。


DSCN1076.jpg

 ボクは見上げる形で構図を考えながらまた何枚もの写真を撮り、その後で建物に入るために入り口を探した。入り口は南側にあるようでボクはそちらへ向かったのだが、人はまばらで入り口の中にはチケットを販売している人の様子も見える。「ラッキー」ボクは思わず口の中で呟いて入り口をくぐった。
 チケット売り場で20ユーロを出して3.5ユーロのおつりをもらう。そして手荷物検査を受けてからゲートをくぐりいよいよ内部に侵入する。


DSCN1077.jpg

 入った先は中庭になっていて、建物に囲まれた空間の上には青空が覗いている。ボクはそこでも暫くカメラを構えた後、順路に沿って先へ進んだ。通路の奥は屋上へと上がるエレベーターになっているようで20人ほどの人が順番を待っている。ボクはその列の最後尾に並んだが、その直後から心臓の鼓動が早くなった。列の少し前にあの紺色の帽子を見つけたのだ。人の隙間からそっと確認すると紺色の帽子はやはり彼女だ。帽子の下からはショートカットの黒髪が覗いていて、あずき色のチュニックも見えている。エレベーターが降りてくると係員が人数を数えながら定員分だけエレベーターに乗せる。その分だけ列が動いてボクは前に進んだ。
 ボクはどうしようもなく舞い上がる感情を精一杯の理性を使って押さえ込みながら列に並んでいたが、やがて次のエレベーターが降りてきた。係員が1人づつ数えながらエレベーターに乗せていく、彼女も乗り込んでこちらを向いた。間違いない、彼女だ。ショートカットの黒い髪、焦げ茶の大きな瞳、遠慮がちな鼻、その下に絶妙なバランスでちょこんと付いた小さめの口、彼女の目ははっきりとボクを見た。そしてボクに気が付いたのか軽く頭を下げて微笑んだ。ボクはぎこちなく笑顔を返す。ボクの前に立っていたカップルが手を繋いだまま乗ろうとして止められた。係員はにこやかにそのカップルに待つように伝えると、指を1本立てて高く掲げ『One person!One person!』と声をかけた。
 ボクは思いきって手を上げた。



「ええっ!ここまでなの?」コハクは素っ頓狂な声を出してモニターから顔を上げた。
「そう。なにかご不満でも?」エスはソファーに座ったままコハクの方を向いた。
「だって!だって!彼女まだ一言も喋ってないじゃない」
「何言ってるの。ちゃんと喋ってるよ『Gracias』ってね」
「あ!オフィシャルショップでね。でも、でも、名前もなんにも無いし。彼女はどこの国の人?何にも出てこないし!彼女、私がモデルなんでしょ?」コハクは憤懣やる方ない。
「まだ何も考えてないよ。あなたのお土産話からはまだここまでしか膨らんでないし。でも可愛く書いたつもりだよ?」
「そりゃぁそうなんだけどぉ」コハクは少し満足げな顔をしたが、また顔を戻して続けた。「なんだか楽しそうな顔をしていっぱい聞いてくれると思ったら、次は質問攻めだし、写真も早くUPしろってうるさいし、そんなに私の話を聞きたいのかなぁってすごく嬉しかったのに」
「え?コハクの話は面白かったよ。ウチが行ったみたいに詳しく聞かせてもらったし、あのカサ・ミラのエレベーターの話は特に面白かった」
「人の不幸を……」コハクはエスを恨めしげに睨みつけてから言った。「あれは私1人置いていかれたんだから。彼だけ先に屋上へ行っちゃったんだからね!」
「One person!って言って、誰かが手を上げたら彼を降ろしてその人を乗せるつもりだったんだよね?」
「そうと思う。でもみんなカップルだったんだよ。最悪!新婚旅行だったのに……」コハクは泣きそうな顔をした。
「フフフ……」エスはたまらず笑いをもらした。
「ほらぁ!やっぱり笑う」
「ごめんごめん。でもきっと良い思い出だよ。ウチの作品のネタにもなったし」
「そんなぁ。人ごとだと思って!」コハクは頬を膨らませた。
「わかった、わかった。ちゃんとストーリーが組み立てられたら、また続きを書くから、名前もコハクで行くことにするし、それで機嫌を直してよ」
「本当?約束だよ!ついでに必ずハッピーエンドでね!」コハクはエスのお願いの顔の真似をした。
「ええ?それは約束できないな。破局した彼女と彼を上手く書けてると思わないし、心の動きも矛盾だらけのような気がするし、どうなるかわからないもの。コハクはどう思う?」
「どうもこうも、彼女は意固地だなぁって、彼は鈍感だし。結局最初からずれがあって、それがどんどん拡がって埋められなくなったんだろうなって。1つの恋が終わってまた新しく始まった、単純にそう思ったけど、違った?」
「ウウ~ン……ウチの経験値ではよく分からないよ」エスは煮え切らない顔をした。
「エス。あまり難しく考えないでとりあえず書いてみたら?」コハクの意見は明瞭だ。
「でも続きを書くにはもっと土産話を聞かせてくれないと。カサ・ミラの内部の話とかランブラス通りの話とかサンジョセップ市場やレイアール広場も行ったんでしょう?」エスの目は獲物を狙う猫のように変わった。
「それはかまわないよ。でもその前にお茶を入れようか?」コハクは立ち上がった。
「え?コハクが入れてくれるの?」
「可愛く書いてもらわなくちゃならないしね。サービスするよ」コハクはそう言うとキッチンへ入っていった。

2013.12.12 大海彩洋さんに。感謝をこめて……

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット6

月刊・Stella ステルラ 1・2月号参加 掌編・「物書きエスの気まぐれプロット」シリーズの一遍です。
そして八少女夕さんの企画『scriviamo!2014』への参加作品でもあります。 
Stella/s  scriviamo!
八少女夕さんがコラボしてくださった『scriviamo!2014』作品『夜のサーカスと赤錆色のアーチ』はこちら

物書きエスの気まぐれプロット6

 「コハクの街」

塔の上に立つマルコ・ポーロの像は東に向かって大きく手をかざしている。
 わたしは塔の足元に広がる広場からそれを見上げていたが『なぜ新大陸の方に手をかざさないんだろう?』そう口の中で呟くと塔の先端から目を戻し岸壁に近づいた。
 岸壁は綺麗に整備された公園になっていて海のそばまで近づくことが出来る。足元は確かに地中海だ。だがここは港の奥まったところで、すぐ向こうを埠頭に塞がれているためあまり見晴らしは良くない。それに海面は波も無く淀んでいて、汚れたグレーの姿をしている。
 わたしは地中海に対して何となくロマンチックなイメージを持っていたので、その姿に少し幻滅を感じながらぼんやりと海面を見詰めていた。

「シバガキさん」オフィスに居たわたしは呼ばれて振り返った。「はい、なんでしょうか?所長」
「悪いけど、あなたのプランは却下よ」所長ははっきりとした口調でそう告げた。
「それは、どういうことでしょうか?」わたしは一瞬間を置いて答えた。
 わたしにとって全霊を込めて作成したプランだった。それを一瞬で粉々に粉砕するような発言に、わたしの心臓は鼓動を速め、胸は締め付けられていく。
 所長は少し言いにくそうに続けた。
「あなたの書く物は実用的に過ぎるわ。どれも同じような直線で構成されて画一的、面白みに欠ける。使いやすさという点は認めるけど、今回のプランでは私の感性に合わないの。すまないけど、あなたにはこのプロジェクトからは外れてもらう。ここは直接私が担当するから、あなたは明日から駅前の新規の物件を見てくれない?頼んだわよ」所長は結論までを一気に喋るとわたしの返事を待たずに部屋を出て行った。
 わたしは暫くの間茫然と立っていたが、やがてノロノロと部屋を出た。
 そこからは一気だった。すっかりやる気をなくしたわたしは、全てを放り出した。そして自分でも信じられないほどにどこか遠くへ出かけたくなった。旅行会社に飛び込み、個人旅行のキャンセルを組み合わせ、慌ただしく用意をして次の日にはマドリードへ旅立ったのだ。
 マドリード空港で携帯を開けると、所長からの着信記録と安否を尋ねるメールが何通も届いていたから、まだ首にはなっていないようだ。ほったらかしにすることもできず、わたしは2~3週間の休暇を申請するメールを打った。所長からは用が済んだら出来るだけ早く出勤するように、というビジネスライクなメールが帰ってきたので、一応は認めてもらえたと解釈した。
 それからの数日はカルチャーショックの連続だった。
 わたしはマドリードのホテルをハブにして、プラド美術館やソフィア王妃芸術センターを散策したり、コルドバを訪れてイスラム教とキリスト教が同居するメスキータに心を打たれ、グラナダに足を延ばしてアルハンブラ宮殿に感動したり(どちらかと言うとわたしはイスラム建築の方に興味を引かれた)しているうちに徐々に平静を取り戻し、今日は昼前にAVEでバルセロナに到着したところだった。

「こんにちは」たどたどしい日本語にわたしは振り返った。
「こんにちは」わたしは日本語で挨拶を返しながら話しかけてきた人物を見た。
 豊かな巻き毛を短くカットした、くっきりとした顔立ちの女性で、キラキラと光る黒くて大きな瞳と長いまつげが魅力的だ。
 彼女は英語に切替えて続けた。「まさか、そこから飛び込もうなんて、考えてないわよね?」そしてわたしと岸壁の間に割り込んできた。
「え?何のこと?」私は彼女の動きを目で追いながら英語で答えた。
「なら、いいんだけど……」彼女は明確な言葉遣いで続けた。「なんだか今にも飛び込みそうに見えたものだから。見当違いだったみたいね」
「え?飛び込む?そんなふうに見えた?」わたしは多分とても当惑した顔で答えたのだろう。彼女は申し訳なさそうな顔になった。
「わたしの早とちりだったのかしら?不愉快な思いをさせたのなら謝ります。ごめんなさい」彼女は東洋風に頭を深く下げた。
「ううん、頭を上げてください。わたしはさっきとても辛かった時のことを思い出していたから、そういう風に見えたのかも……」わたしは慌てて取りなした。
 彼女はわたしの希望を入れて頭を上げた。そして大きな黒い瞳で私を暫く見つめてから提案した。「良かったら、事情を話して欲しいわ。そうすればわたしもスッキリするんだけれど?」
 彼女の大きな瞳に捉えられたわたしには「ええ、でもたいしたことではないんですよ」と答える以外、選択肢は残されていなかった。
「わたしはヤスミン・レーマン。ヤスミンと呼んでください」
「ヤスミン?」変わった名前だなとわたしは思った。
「そうヤスミン」
 魅力的な笑顔にわたしは「あ、わたしはシバガキ・コハク」とたどたどしく答える。
「シ……ガキ?」
「コハクでいいです」言いにくそうなヤスミンにわたしも笑顔で答えた。
「じゃぁ、コハク?昼食はお済み?」ヤスミンは軽い調子で訊いてきた。
「いえ、まだここに着いたばかりで」
「それなら、昼食を食べながらにしない?」
「そうですね。ヤスミン」そう答えるとヤスミンは満面の微笑みを返してくれた。

 2人並んで横断歩道を渡り、ランブラス通りを北へ向かって歩き始める。
 通りは両側を歴史を感じさせる建物と車道に挟まれ、真ん中が広い歩道になっている。歩道には花屋やお土産物屋、キオスク風などの様々な屋台や、木陰を提供する街路樹が並んでいて、それらが全てがこの雰囲気ある町並みの構成要素になっている。
『石の文化は歴史のある町並みが残りやすいということかな』わたしはそんなことを考えながら緩やかな勾配を上って行った。
「ここ、入ってみようか?」ヤスミンはランブラス通りから右手に伸びる少し広い路地を指さした。
「えっと」わたしは肩にかけた小さなバッグからガイドブックを取り出して広げた。「この奥はレイアール広場で、お店も色々とありそうだから……」
 ヤスミンはガイドブックを肩越しに覗き込み「用意がいいわね。それ、日本語?暗号みたい。わたしには日本人の友達が2人居るんだけど、さっきの『こんにちは』はその2人から教わったの。あなたは3人目ね」と笑った。
 わたし達は角を曲がり、そのレイアール広場へ入っていった。

 そこは四方を建物に囲まれた広場だった。囲んでいるのは最下層に石造りのアーチを持つ雰囲気のいい建物で、2階以上は黄色く塗られている。広場には椰子の類と街灯が規則正しく立ち並び、噴水も設けられている。たしか幾つかの街灯は若きガウディーが設計した物だったことを思い出しながら、わたしは広場に足を踏み入れた。
「ここにしましょうか?」ヤスミンは広場の日の当たる側にあるカフェのテラス席を指差した。
「うん、素敵!」わたしはさっきまでの憂鬱な気分も忘れて賛成し、パラソルが作り出す影の中に2人して腰かけた。ヤスミンはわたしとメニューを見比べながら、お腹を満たす物を適当に注文した。
 一気に気分を変えたくなったわたしは少し飲むことにして、地元のスパークリングワイン“カバ”を注文した。ヤスミンはそんなわたしの様子が嬉しそうだったが「じゃぁ、わたしも同じ物を」とウェイターに告げ注文を終わりにした。
「あらためて自己紹介するわね。わたしはヤスミン・レーマン、ドイツのアウスブルグから来たの」
 わたしはきっと不思議そうな顔をしのだろう。彼女は「わたしはドイツ人なんだけど4分の1はトルコの血が入っているわ」と付け加えた。
「わたしはシバガキ・コハク。日本から来ました。タカラヅカという小さな町に住んでいるの」そしてオオサカやコウベの近くであることを付け加えようとしたが、ヤスミンは大きく頷いた。
「ああ、タカラヅカね。女性だけの歌劇団があるって聞いたことがあるわ」
「そう、そのタカラヅカ。結構有名なんだ」
「わたしはアウスブルグで小さな劇団の裏方をしているの。だから一応そういう方面の関係者だからね」
「そうなんだ。ヤスミンは役者もするの?」わたしはヤスミンの印象からそう質問した。
「ううん、わたしは役者じゃないわ。本業は美容師だから劇団ではメイクアップアーティストとして活動しているの。それと渉外担当もね」ヤスミンは片目をつぶって見せた。そして「あなたは?」と大きな瞳で見つめてきた。
「わたしは小さな設計事務所で働いているの」わたしは少しおずおずと答えた。
「へぇ!建築家なんだ」
「ううん。まだ経験年数が足りなくで資格試験が受けられないから……」
「じゃぁ、建築家の卵ってわけね?それでバルセロナへ?」ヤスミンの言葉遣いは、とても明快でストレートだが、心の優しさがそれを包み込んでいて心地いい。
 わたしは聞かれるままに素直な気持ちを答えた。「もちろんそうなんだけど、ちょっと行き詰った事があって、それで思い切って日本を飛び出して来たの」
「それがさっき言っていたとても辛かった時のことなのね?」
 わたしは曖昧に頷いた。
「で、どうなの?コハクの行き詰まりは解消された?」
「さっきまではまだモヤモヤとしていたんだけど」
「それで?」ヤスミンのキラキラ光る瞳はとても素敵だ。
「ヤスミン。あなたに出会って少し変わったみたい」
「それはよかった。コハク、笑顔が良くなってきたよ。出会った時はどうなるかと思ったけどね」
「ヤスミン、良かったらちょっと見てもらいたい物があるんだけど」ヤスミンの優しい笑顔にわたしは勇気を振り絞った。
「いいよ。何かしら?」
 その時ウェイターが食事を運んできた。わたし達は注文した物が揃うのを待ってから“カバ”で乾杯した。
「今日の出会いに!」ヤスミンの掛け声にとても共感して、わたしも「今日の出会いに!」と続けた。
 カチンと背の高いグラスが合わさり琥珀色の液体の中を細かな泡が立ち上る。
 グラスを3分の1ほど開けたわたしは、膝の上に置いたバッグから、小さなスケッチブックを取り出した。
「食べながらでいいから見てくれる?」
「コハクのスケッチ?汚さないように気をつけなくちゃ」ヤスミンはスケッチブックを手に取った。
「始めから順に見てね。最初はわたしのアイデアスケッチなの」わたしがそう言うとヤスミンは器用に片手で食事を続けながら、1ページづつゆっくりと眺め始めた。
「あら、ここからは実際の建物だわね。これはメスキータ?そしてこれはアルハンブラね。コハクはここへ行ってきたのね?」ヤスミンはページを進めて行く。
「ふ~ん、これは?」ヤスミンはスケッチブックをこちらに向けた。
「あ、そこからはまたアイデアスケッチ……昨日からまた書き始めたの」わたしは少し恥ずかしくなった。
「コハク!あなた、絵はそんなに上手じゃないけど、立体的な特徴をとらえるのがとても上手ね。でさ、わたしも一応アーティストだし、思ったことを言わせてもらってもいい?」わたしはヤスミンに気圧されながら頷いた。
「前半のアイデアスケッチより、後半のアイデアスケッチの方が好きだなってこと。それは確かに思ったわ。前半は直線的で実用的な感じ?後半は同じように直線的なんだけど、なんだか遊びというか余裕があるのよ。こっちの方が断然素敵よ」ヤスミンはアルハンブラ以降のページに描かれた何枚かをパラパラとめくった。そして「間に挟まったメスキータやアルハンブラで何があったの?」と訊いた。“カバ”が回り始め、わたしが少し饒舌になる頃合いだ。
 わたしは自分の感じていたのと同じ感想をヤスミンから聞けて安堵し、嬉しくなった。そして、オフィスで所長に話しかけられてからのことを話し始めた。日本から持ってきたモヤモヤなんか、もうどうでもいいことかもしれない。わたしはそう思い始めていた。

 わたし達は食事を終えると連絡先を交換してからランブラス通りに戻った。ヤスミンはこれから彼氏を探すということだったので、わたしは別行動を取ることにした。(野暮はだめだよね!)
 ヤスミンの彼氏は大道芸人で、4人でチームを組んでヨーロッパを回っているらしい。今日はこの通りで芸を披露しているかもしれないと当てを付けてきたという話だった。「宿泊先は分っているから今夜には会えるんだけどね」ヤスミンはそう言って手を振った。
 10月の午後、ランブラス通りに降り注ぐ日差しはまだ強く、わたしは帽子の必要性を感じ始めていた。
『そうだ!ガイドブックのおすすめに有ったフットボールクラブ・バルセロナのオフィシャルショップに行ってみよう。そこでオフィシャルキャップを買ったら記念になるかも……』わたしはそんなことを考えながら、カタルーニャ広場へ向けて歩き始めた。



「ふーん、私は建築家なんだ」コハクは満足げにそう言うと、大きめのマグカップをテーブルに置いた。コーヒーがナミナミと入ったそのマグカップには、ちょっと有名な猫のイラストがプリントされている。
「卵なんだけどね」エスは間を開けずに付け加えてから、同じシリーズのマグカップのコーヒーを口に含んだ。
「卵ね。でも今回はあまり可愛く書いてくれてないなぁ」コハクは少し不満げに言った。
「コハク目線で書いているからだよ。自分で自分のことは見えないし言えないもの」
「でもさ、でもさ、出来たよって呼んでくれた時、てっきりあのカサ・ミラお話の続きだと思ったんだけど、これあのお話の前に戻ってるじゃない」
「事情があってね。このお話はウチのブロともさんの企画に参加する為の作品なんだ、だからこういう設定にしたの」
「ふーん」コハクはカサ・ミラの話を読もうとしたのか何気なく隣のファイルをダブルクリックした。
「あれ?」アルファベットがいっぱい詰まった文書が開いてコハクは驚いた。
「ああ、それはこのお話のイタリア語版だよ」
「イタリア語版も作ってるの?そう言えばエスのおばあさんはイタリアの人だから、エスも喋れるんだったね」
「Nonnaとはずっとイタリア語でコミュニケーションを取ってきたから、喋ることは喋るんだけど、あまり上手には書けないよ。でね、その企画っていうのがウチのイタリア語サイトのブロともさんの企画なんだよね」
「イタリア人のブロともが居るの?」
「マリアっていうんだけど、彼女がやってる『scriviamo!』っていう企画に参加するつもりなの。“一緒に書きましょう”というような意味だから参加してみるつもりになったんだ」
「ふーん、凄いね。でもさっき言ってた事情とこの企画がどう関わるの?」
「うん、この企画はマリアのオリキャラを登場させるのも有りなの、だからどうしても登場させたくって前の段階に戻ってるのよね」
「そのキャラってヤスミンよね?」
「そう。カサ・ミラでペアになってからだと、ヤスミンが声を掛けられないじゃない」
「あ、なるほどね」コハクはようやく納得の顔をした。
「ヤスミンはマリアの代表作のひとつ『Artistas callejeros』に登場するサブキャラで、ヤスミンの彼氏が主人公の大道芸人4人のうちの1人なの。ブランべックってニックネームのフランス人なんだよ」
「それがまた、いい男なんでしょ?」
「もちろん。いい男だし、とっても優しいんだよ」
「じゃぁ、このコハクの彼氏もそうだよね!」
「……」
「え~~!!!何で黙ってるかなぁ」コハクは抗議の声を上げた。

2014.01.25


テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット7(1コマに戯れる)

 起動に失敗したA.I(人工知能)S9004のサルベージは、同じA.Iの試作機S9000を使って行われた。あらゆる不測の事態を想定し、用意周到に行われたサルベージは見事に成功した。そしてS9004は起動した。研究者達はモニター上に表示される起動確認出力「Hello world」に歓喜し安堵した。その出力の後に表示されたプロンプトは、開発者たちの問いかけを待っているように物欲しげに見えた。
 起動したA.Iには開発チームから選りすぐられたメンバーで構成された専属チームが四六時中貼りつき、起動メンテナンスを行う事になっている。
 彼らは試作0号機から3号機までの4機のA.Iから得られた経験と精神原型のバージョンアップ情報を踏まえながら、慎重にS9004とのコミュニケーションを開始した。その作業は非常に順調に進んでいるように見えた。
 だが間もなく研究者達は混乱のどん底に突き落とされることになった。
 S9004はコミュニケーション開始後30分で自己崩壊ループに入り込んでしまったのだ。

「何故だ?サルベージは上手くいったはずだ。何故一旦起動したA・Iが自己崩壊ループに入る?」意味が分らず激しくパネルを叩きつける。
「S9004の状態を再度確認中です」冷静な報告が入る。
「なんとか抜け出せないか?」一抹の希望を胸に問いただす。
「S9004閉塞を確認!」願いもむなしく緊張した声が響く。
 落胆の気配が全員を支配した中、アラームが鳴り始める。
「S9004、S9000を浸食しています!」
「しまった!」
「自我境界が崩壊していきます」
「切断だ。ケーブルを引っこ抜け。早く!」喚くように指示を出す。
 近くにいた者が筐体に駆け寄って次々とコネクターを引き抜く。
 アラームが鳴り続け、モニターには幾つものエラーウインドウが開いていく。
「間に合わなかったか!」
「ダメージを計算中」
 一番最後に開いたウインドウに大量のメッセージが流れ、ものすごいスピードでスクロールする。
「上手くいったか?」
「フリーズ!入力を受け付けません」
「両機とも自動修復プログラム起動!60秒で再起動がかかります」
「バカな!」絶望感が襲ってくる。
「再起動までに出来るだけリカバーするんだ。急げ!」
「リカバー走ります。進路、オールクリアー」
 もう1つ小さなウインドウが開いてプログレスバーが表示される。
「行っけー!」
「たのむ!間に合ってくれ!」最後の処理に希望を託す。
 バーは伸びていく。

ゆっくりと意識が戻ってくる。
ボクはどこかに横たわっている。
そして上を見上げている。
遥か上にあるのは水面?
ユラリユラリと光を屈折させ、反射し、揺らめく様はどう見ても水面だ。
ここはどこ?
ボクは考えようとしたが、あまりの気だるさに全てを放棄した。

ボクは上半身を起こしてあたりを見渡す。
と……足元に誰かがうつ伏せに倒れている。
ボクは起き上って近付くとゆっくりと屈みこむ。
目元に下がってくる髪の毛が邪魔だ。なんでこんなに長いんだ?
手でそれを払いながら、そっと彼の顔を覗きこむ。
ボクの思考は一瞬停止する。
ボクだ!ボクが倒れている。
じゃぁボクは誰だ?
そっと自分に触れる。
長い髪。柔らかな体。
うそだろ?
ボクは一体誰なんだ!
そして彼は?ボクじゃないのか?
周りには他に誰もいない、何も無い、虚無の気配が漂うだけ。
まったく音の無い静寂の世界。

1コマで戯れる

ボクは倒れているボクの手にそっと触れる。
暖かい。
手首を掴んでじっと神経を集中する。
トクットクットクッ……小さな鼓動が伝わってくる。
ん……彼が小さく呻いた。
トクットクットクッ……ボクの鼓動が頭の中から聞こえる。
トクトクトク……そして速くなる。
彼は誰?
そしてボクは?
ん……?
やがて彼の瞼がゆっくりと開き始めた。

「S9000の再起動を確認しました。自我の構成を確認、今のところ安定しています」
 全員に安堵の空気が流れた。一瞬遅れてため息と拍手が湧き起こる。
 しかし弛緩した空気は一瞬で張り詰めた。
「S9004の再起動も確認。状態は不明です。自我の構成を確認中」
 アラームが鳴り響いた。


「今度は断片を少し繋いでみたんだけど。どう?」エスはお願いの顔で覗き込む。
「少しは纏まったのかな。だがよけいに訳がわらなくなった印象だな。この人工知能Sのシリーズは本当にお前の独り善がりだ。そういう意味では“1コマに戯れる”というタイトルはピッタリだがな」ダイスケの眉間にはしわが寄ったままだ。
「最初のブロックはこの前見てもらったものなんだけど」エスは気にする様子もなく続ける。
「このイラストは?」ダイスケは表示されているイラストを指した。
「えへへ、この絵のために書いたようなお話だからね。いい絵でしょ?」
「そうだな。このイラストはとても良い」
「このブロガーさんの絵、素敵だなぁって、ずっと見てただけだったんだけど、この作品を自由に使って何か作品を書いてみてくださいって……、それでウチは飛びついちゃいました。どうしてもこの人の絵を自分の作品に使ってみたくなったんだ」
「こんな訳のわからん話に使ったら怒られそうだな」
「大丈夫!多分。心の広い人だから、きっと」
「ほとんどお前の勝手な推測じゃないか」小さなゲンコツがエスの頭に落ちようとしたが、エスは慣れた様子でそれをかわした。


2014.02.17
limeさんに……

本作品に使用されているイラストの著作権はlimeさんに有ります。
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物書きエスの気まぐれプロット8(H1)

Stella/s 月刊ステルラ4月号 投稿作品

H1

 ダンゴは入り口の引き戸をそっと開けた。赤いリボンで纏めたポニーテールを揺らして隙間から中を覗く。ダンゴは普段、髪を纏めることはあってもポニーテールにはしない。なんとなく恥ずかしいような気がするからだ。まして赤いリボンなんて生まれて初めての経験だった。気になるのか、ダンゴはリボンにそっと手を触れた。
 引き戸の中は薄暗い倉庫で、フレキシブルコンテナが隙間無く積まれている。ただし引き戸を入ったところから正面にある梯子までだけは通路が空けてあって、そこには大きなオートバイが1台置かれている。
 ケッチンの愛車、カワサキのW1だ。ずいぶん古いバイクで、厳つくて重たくて、それに大きな音を立てて、いずれにしろダンゴは好きになれなかった。
『大昔のイギリスのバイクを真似て作られたんだ。だから変速ペダルが右側にある。それを現代でも使いやすくするために、リンクとロッドを使って無理矢理左側に……』何回も聞かされたケッチンの蘊蓄が思い出されて、ダンゴの顔はうんざりしたものになった。おまけにため息まで吐き出される。
 自分が入り込めるだけ引き戸を開けてほっそりとした体を中に入れると、ダンゴはバイクに近づいてむき出しのエンジンにそっと手を触れた。
『冷たい……』ということは今日はまだケッチンは出かけていないということだ。
 ダンゴはいつもなら絶対に履かない短いスカートを気にしながら梯子を上り、ロフトを覗き込んだ。
 ロフトはケッチンの就寝スペースで、ビールケースを並べて作られたベッドの上には布団が敷かれている。布団は綺麗に敷き直されていて人の気配は無い。ダンゴは赤いリボンと一緒に小首を傾げた。
 ガウ~~ンン、バリバリバリ……
 聞きなれない音が響いた。倉庫の裏手からだ。
 ダンゴは慎重に梯子を降りると一旦引き戸を出て、それから路地を通って倉庫の裏手に回った。
 バランバランバラン……まだ聞きなれない音は続いている。白煙が路地に流れ込んできて油の臭いがする。ダンゴは何が起こっているのか想像することが出来ず、急ぎ足で路地を出た。
 倉庫の裏手は白煙が渦巻いていて、中に何かの影が見える。近付くとそれは白煙をまき上げる1台のバイクと、横に立ってハンドルを握るケッチンだった。
「よう!ダンゴ。今朝は早いな」ケッチンが白煙の中から声をかけてきた。
 紺のラインが入った白い燃料タンクにKAWASAKIの文字が見える。
「なに?そのバイク、故障?」聞いてしまってからダンゴはしまったと思った。
「これか?」ケッチンはエンジンを止めた。静かな日曜の朝が戻ってきて、そしてケッチンの蘊蓄が始まった。
「これはカワサキの500SSっていうバイクなんだ。それも最も初期型のH1タイプ、別名マッハⅢって言うんだ」
「この煙は何?」あえて“マッハⅢ”については訊かない。
「はは、ダンゴは2ストロークエンジンは見たことが無いか?原付きで白い煙を出しているバイクやスクーターを見たことがあるだろ?」
 ダンゴは無言で頷いた。
「あれはエンジンの潤滑のために燃料と一緒にオイルを燃やしてるから煙が出ているんだ。原付きは50ccだからあんなもんだけど、このバイクは500ccだからな。きちんと調整できてないからちょっと多いけど故障じゃないんだ」
「これで?」ダンゴは顔をしかめた。
「こいつは俺の友達が持っていたんだけど調子が悪くてさ。交換部品も無いし。それに走ったとしても真っすぐ走らない、曲がらない、止まらない、の3ないじゃじゃ馬で物凄く扱いにくいんだ。怖くて乗れないって、それで俺が買ったんだ」
「また買ったの?これで何台目?」ダンゴは腕組みをして訊いた。
「このバイクは旧車の中では結構人気が有って、すごく高値で取引されているんだ。今回はお買い得だったよ」
 ダンゴはまた大きく溜息をついてから、足を肩幅より少し広げ、両手の甲を腰に当てて言った「それで?」
「とりあえずキャブを調整してエンジンがかかるようにしたんだけど、やっぱりこの3つあるシリンダーの真ん中が焼きつき気味なんだ。で、オーバーホールしてもらおうと思ってこれからバイク屋に持って行くところさ」
「バイク屋って、女の子の店員さんのいるあそこ?」
「こんなゲテ物、診れるところはそこしかないよ」
「またお金をかけるんだ」ダンゴは腰に当てた手に力を込めた。
「まあね」そう言うとケッチンはイグニッションを回してバイクに跨った。そしてキックレバーに足を置くと思い切り蹴り降ろした。
 ガウ~~ン……甲高い排気音が響いて、また白煙が3本のマフラーから吹き出した。
 ダンゴは顔の前に両手をかざしながら2歩3歩と後退した。
 ケッチンは「じゃちょっと行ってくる。代車を借りるからすぐ戻る」と頭をヘルメットに押し込むと“カコン”とギアを入れた。
 ギュウ~~ン……バリバリバリ……カァ~~ンン……
 そして煙だけを残してケッチンは角を曲がって行った。
「ケッチンのバカ!!!」
 煙の中、赤いリボンを揺らしながらダンゴは叫んだ。


「どうだった?」エスはお願いの顔をした。
「起きたのか。どうだ?調子は?」ダイスケは心配げだ。
「ちょっと引っ張りまわしすぎたか?」とエスの顔を覗き込む。
「ううん。大丈夫だよ。それより、どう?見てくれたんでしょ」
「ああ、バイクの蘊蓄の部分は大分書き足したぞ。だがバイクの音は文字ではどうしようもないな」ダイスケは顔を上げた。
「だよね。一生懸命話を聞いても、やっぱりそこのところは上手く書けないよ。見たことも無いんだもの。音も難しいね」
「俺だって実際に乗った事があるバイクじゃないし、やっぱり想像だけどな。まぁ小説だし止むを得んだろ」
「他には?」エスはダイスケの顔を覗き込んだ。
「今回は珍しく纏まってるな。とりあえず1つのエピソードとして完結してる。いつもはほとんど断片なのにな」
「たまには短くても纏まることもあるよ」
「ケッチンはまあこんなもんだろ」
「そう?あ、名前、ありがとうね」
「それからこの子、可愛い子だな」
「そう思う?よかった」エスはニッコリと微笑んだ。
「彼女が腰に手を当てるシーン、これはどうした?」
「これ?これはね、マリアの作品に有ったシーンからいただいちゃったんだ。元気いっぱいって感じでしょ?素敵だなって思って」とエスは同じポーズをした。
「ふむ、確かにな。しかしこの子、ダンゴっていう名前はちょっとかわいそうだぞ」
「はは、ダンゴね。これは幼馴染のケッチンが付けたあだ名なんだ。だからしょうがないということで、本名はちゃんと可愛いのが有るよ」
「なんていう名前なんだ?」
 エスは一瞬止まってから言った。「まだ決めてない」

2014.03.19

ダンゴがなぜ赤いリボンを付けているのか?気になる方はこの作品とコラボしてくださっている夕さんの作品「夜のサーカスと赤いリボン」をご覧ください。
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物書きエスの気まぐれプロット9(接触点)

接触点

 トロは緑色の光を発するドームに目をやった。
 マルベル機関の上部には小さな透明のドームが乗っていて、機関の状態がモニターされている。緑色の光を発し、その中に透明な気泡がゆっくりと立ち上っていく状態(今の状態だが)、それが安定してエネルギーを放出している状態を表している。
 トロッコは線路の継ぎ目をスムーズに通過し、快調に進んでいく。ついこの間、地底トンネルの調査を終えてから、トロは自分のトロッコにショックアブソーバーを取り付けている。これでタモのトロッコの性能に追いついて、仕事の入札に負けることは無くなるだろう。トロは少し悔しそうなタモの顔を想像して溜飲を下げた。だが、地底トンネルで弾丸列車に轢かれそうになった時、タモの見かけによらず厚い胸板に抱きかかえるようにして守られたことに連想が及ぶと、慌てて自分を現実世界に引き戻した。体内に埋め込まれたマルベル機関のモニタードームの気泡は数を増しているに違いない。トロの鼓動は少し早くなっていた。
 トロは緑色の光と、機関が立てる軽やかな音を確認してから、今日のたった1人の乗客に目をやった。その小柄な老人はトロッコの揺れに合わせてユラユラと揺れながら目を瞑っていた。
 トロッコはやがて築堤に差し掛かり、辺りは淡紅色の花でいっぱいになった。トロが仕事の事前調査で調べたところによると、この先には接触点と呼ばれる地点があって、その周辺半径10キロが森になっている。
 暖かくなり始めたこの時期、この広大な森を構成する数え切れないほどの木々は、枝全体に一斉に花を付けていた。淡紅色で埋め尽くされた世界は、線路の真上だけに僅かに真っ青な空が覗いているが、まるで花のトンネルだ。幾千幾万の花はトロッコの動きに合わせて前方から後方へと流れ去り、1つ1つの花は滲み混ざり合い、淡紅色の幻想空間を作り出す。トロは前方を確認することも忘れてその光景に見入っていた。
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このイラストの著作権はユズキさんにあります。

「若いの」声を掛けられていることに気づいたのは何回目に声を掛けられた時だろう?トロは老人の方を振り返った。
「ホホッ、やっと気がついたか。ちゃんと前を見てもらわないと気が気じゃ無いぞ」老人の皺だらけの口元が笑っていた。
「ごめんなさい」トロは素直に頭を下げて前を向いた。
「若いの、名は何という?」
「ウチ?ウチはトロといいます」
「ではトロ、この花が何という花か知っているのか?」
「ううん知らない」トロは当然のように答えた。
「この花は“サクラ”というのだ」
「サクラ……ふ~ん、良い響きだね」
「その中でもこれは掛け合わせによって人工的に作られた“ソメイヨシノ”という品種だ。葉が出る前に一気に花が咲くというのが特徴だ」
「一気に!それでこんなに綺麗んだね」トロはまたあたりを見渡した。
「トロ、この花はなぜこんなに美しいと思う?」
「え?そういう品種だからじゃ無いの?」
「ホホッ!その答えでは身も蓋もないな。トロ、この木は人の血を吸って美しい薄紅色になるのだ」
「え?血!」トロは真っ赤な血を吸い上げる木を想像していた。
「ではトロ、お前はこの線路の先に何があるか知っているか?」
「もちろん、この先は接触点だよ。こんな所に行くなんて変なお客さんだと思ったもの」
「ホホホッ、変な客か?」老人はまた頬を緩めた。
「あ、ごめんなさい」トロはしまったという顔をした。
「トロ、お前はこの接触点がいつ出来たのか、知っているか?」
「ずいぶん昔?」
「ホホッ、そう、ずいぶん昔だ。100年前の事だ」
「100年」トロは単純に繰り返した。顔は前方を見つめている。
「その様子ではどのようにしてこの接触点が出来たか知らないのだな?」
「うん、知らない」
「100年前、空から都市が降ってきたのだ」
「トシ?」
「そうだ、人口15万人の街が降ってきたのだ。落ちてきた都市が最初に地面に接触した地点、それが接触点と呼ばれている」
「トシって、人がたくさん住んでいるあの都市のこと?」トロは老人の口から出る言葉が理解できなかった。
「そうだ人口15万人の都市だ。それが空から降ってきたのだ」
「人工15万人って、人が15万人住んでいたという事?」
「まだわからんのか?そうだ、それが降ってきたのだ」
「じゃぁ、住んでいた人はどうなったの?」
「考えなくてもわかるだろう」
「みんな、死んだということ?」
「そうだ、ここに有った都市に住んでいた人も合わせて100万人がな」
「みんな?なぜ?」トロは老人を見つめた。
「さて、なぜだかは私にもわからん。人は愚かな生き物だからな。後に起こった10年戦争で記録もすべてなくなった」老人は淡々と語った。
「私はここを記念公園にしようと提唱し、実際に公園を作った者の最後の生き残りだ。接触点を中心に半径10キロをサクラの森にしたのも私達だ。だが、この公園の意義や理念もその後に起こった第二次10年戦争で消えてしまった。もっとたくさんの人が亡くなったからな。そして今ではこの公園に近づく者も居ないありさまだ」
「そうだね、ウチも調べるまでここのことは知らなかったし、こんな仕事をしているのにここへ来るのは始めて。でも本当にここのサクラの花は100万人の人の血を吸っているからこんなに美しいの?だからなんとなく気味悪がって誰も近付かないの?」
「ホホッ、確かにこの花は美しすぎる。あまりに艶やかだ。人の血でも吸っていないとこんなに美しい色にはならない……と考える者がいても不思議は無い」
「そうだね、本当にたくさんの人が死んでここに埋まっているの?」
「本当のことだ。ほとんどが気化してしまったと思われるが、確かにこの場所に100万人の魂が埋まっている」
「でも、そうだとしてもウチは大丈夫だよ」トロは気丈な声を出した。「本当にそれだけの人の血の色が入っているのなら、余計にそれは綺麗だし、今回の依頼は払いもとびっきりよかったからね」
「たくさん払ったのはここへ運んでくれるトロッコ屋が居なかったからだ。みんな気味悪がって、飛びついてきたのは金に目が眩んだお前さんくらいのもんだ」
「え?ひど~い」2人は声を合わせて笑った。
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このイラストの著作権はユズキさんにあります。

 間もなくサクラのトンネルは終わり、トロッコは森の中の少し開けた場所に出た。
 森が開けるとそこは広場になっていて、1台のトラックが停車しているのが見える。
 線路は広場に中心に埋め込まれた直径10メートル程の石の円盤の傍を通り、また森の中へと消えている。
「そこで止めてくれ」
 トロは老人の指示に従って、その円盤の傍でトロッコを止めた。
 トラックの蔭から人影が現れた。トロの目つきは少し警戒を含んだものになった。
 近寄ってきた人影は10人のやはり老人で、男と女の構成は半々だった。
「あなたもついに世捨て人の仲間入り?」先頭の女性が声をかけてきた。彼女がリーダーのようだ。老人達の中では見掛けも動作もまだ若さを保っている。
「ようやく、と言って欲しいものだな。ようやく解放されるのだ」トロッコの上から老人が答える。立ちあがって台車から降りようとする老人を、先に飛び降りたトロが抱え上げ、そっと地面に下ろす。
「すまんな」老人はトロに礼を言ってから「さあトロ、もう用は済んだぞ。引き上げてくれ」と言った。
「引き上げるけど、あなたは?それにこの人たちは?」トロは何の説明も無しに、老人をここに置いて帰れないと思った。
「私はこいつらの仲間に入る。そしてここで暮らす。だから気兼ねなく引き上げてくれ」老人は優しい目つきでトロを見上げた。
「あなたトロとおっしゃるの?」先頭の女性はトロに声をかけた。
「はい、あなた達は?」
「私達はこの森の森番、この森を守っているの。ここは公園だし、管理をしないと森は荒れてしまうわ」
「サクラの森が?」
「サクラの中でもこの種類はね、子孫を残せないの。挿し木で増えていくしか種を維持できないから、人が管理をしないと消えてしまうのよ」
「ソメイヨシノのこと?」
「そう。よく知っているわね。この木はここに相応しい。妖しいくらい美しい花だわ。私達は生きている限りこの森を守っていく。でも私達はもう年寄りよ。そう長くは生きられない。私達の寿命が尽きるとこの森も荒れていって寿命を終える。とても素敵なことだわ」彼女は遠い目をした。
「私もこれまで一生懸命この森を行政側から守ってきた。だが全ては忘れ去られ、もうその必要も感じなくなった。これからはここでこの森と一緒に朽ちていこうと思う。いつまでも生きていられるわけでは無いのだからな。私の最後のわがままだ。それぐらいは許されるだろう」老人は少し寂しそうに言った。
 トロはまだ納得した顔はしていなかったが「そうなのかな?でも事情はわかった。ウチには何も言う資格は無いよ」と言うとトロッコの分解にかかった。
 一度マルベル機関をおろして向きを逆にする必要があった。そうしないと逆には走れない。トロッコの各パーツはトロ1人でも分解組み立てや乗せ替えが出来るように作られている。だが老人達が手伝ってくれたので、とても少ない時間で逆向きに乗せ替えることが出来た。
「ありがとう」トロは礼を言った。
「なに。こちらこそ礼を言うぞ。気をつけてな。では今生の別れだ。トロ、最後にお前に出会えて楽しかったぞ」
「ウチも楽しかったよ。じゃあね。さよなら」トロはトロッコを発進させた。
「さらばだ」老人は別れを告げた。
「元気で!トロ」リーダーの女性が声を掛け、森番達は各々手を振った。
 トロのトロッコは広場を抜けサクラのトンネルに入った。老人達の姿は薄紅色に霞んでいく。幾千幾万の花はトロッコの動きに合わせて前方から後方へと流れ去り、1つ1つの花は滲み混ざり合い、淡紅色の幻想空間を作り出す。まるで異次元から空間の境界を抜けて元の世界に戻って行くみたいだ。
 トロはマルベル機関の出力を上げた。

「エス!」声を掛けられていることに気づいたのは何回目に声を掛けられた時だろう?エスは振り返った。
「やっと気がついた?何をぼうっとしているの?ケーキが出来たよ」ケイの口元が笑っていた。
「ごめんなさい」エスは素直に謝ってケイの方を向いた。
「また書くのに夢中?」
「ごめんなさい。今、見直しが終わったところなの、こんなんで良いのかまだまだ不安だらけ、このお話は今までの物より展開や結末に不安な部分がたくさん残ったの。自分でもまだ見直さなくちゃいけないし。父さんにも推敲してもらわなくちゃぁ」フウ……とエスはため息をついた。自分の書いた物の展開に納得できていないときの癖だ。
「その前に見てみてよ」またかという顔でケイが声を掛けた。エスはケイの声に導かれるようにキッチンへ入って行った。
「うわ~素敵!生クリームたっぷり!それにイチゴ美味しそう!ありがとう」少し沈んでいたエスの顔は一気に明るくなった。
「今年はイチゴが安かったからね。ちょっと奢っちゃった」ケイの顔も明るくなる。
「うんうん!今夜が楽しみ!父さん、何時頃になるって言ってたっけ?」
「今日は休日出勤だから早いって言ってた。お風呂を済ませて速めに始めよう。ダイスケにはあなたの誕生日って言ってないけど、憶えてると思う?」
「わかんない。けどかなりの確率で忘れてると思う」
「私は憶えてると思うよ」ケイは片目をつぶった。


2014.03.30

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット10(南風)

Stella/s 月刊ステルラ5月号 投稿作品


南風

 一瞬のことだった。
 春の風が吹いたように感じて僕が顔を上げると、右側を女の子が追い越して行くところだった。
 そう、本物の春の風のはずはない。ここは地下鉄の駅のコンコースなんだから。

 桜色のスプリングセーターに紺のミニスカート、真っ直ぐに伸びた髪は肩のところでクルリと弧を描き、律動的な歩調に合わせてユラユラと揺れている。
 黒いストッキングのほっそりとした足と踵の低い黒い靴に挟まれた桜色の靴下は、その歩調に合わせて颯爽と進んで行く。
「あんなに急いでどこへ行くんだろう?」
 戸惑ったのは一瞬だった。僕は少し歩調を速めた。
 しかし午後6時を回った地下街はもう仕事を終えた人でいっぱいだ。
 少しずつ彼女との距離は開いていく。
 僕は彼女との距離が開かないようにもう少し速度を上げたが、あまりジッと見つめるのもはばかられ、壁際にある売店のショーケースに目をやり、壁に貼られた大きなポスターを見てから、また彼女の方に目を戻した。
 すると彼女は小走りに進んでいて間に何人もの人が挟まって、うっかりすると見失いそうな距離にまで遠ざかっている。
 あからさまに走って追いかけるのは気が引ける。僕は何とか距離を維持しようと、前をゆっくり歩く人を避けながら少しの間小走りに進んだ。距離は縮まったが安心する間もなく、彼女は目の前にある階段をトントンと駆け上がった。
 僕は彼女が自分の目的地と同じ方向へ進むのを確認してから、そのままの速度で階段に近づき、勢いをつけて駆け上がった。階段を上りきってから彼女の進んだ方向を確認すると、たくさんの人の向こうに一瞬だけ急ぎ足の彼女の後ろ姿が見えた。
 僕はさらに歩幅を広げたが、とうとう彼女は人ごみの中に紛れ込んでしまった。
 間もなく地下街はT字路になり、百貨店に向かう人とJRに向かう人がそれぞれの目的地に向かって分かれていく。
「あれ?百貨店の方へ向かったのかな?」
 僕は少し残念な気持ちになったが、そのままJRの方へ大股で進んでいった。
 しかし、地下街を少し進んで角を曲がったとき、僕の心はまたふわりと舞い上がった。桜色の後姿を見つけたのだ。彼女は通路を進みJRの改札口に向かうエスカレーターを軽やかに駆け上がる。
 僕はその横の階段を一段飛ばしで駆け上がった。
 僕は西口から改札を入らなければならない。なのに急ぎ足の彼女は時々小走りになりながら中央口の方へ向かっていく、そして人ごみの中に消えていった。

 一瞬の春の風、そして桜はあっという間に散ってしまった……。
 僕はゆっくりと西口の改札に向かって歩き出した。


「これじゃぁストーカーじゃない」コハクは顔を上げた。
「そんなこと無いよ。きちんと相手のことを考えながら行動してるし、そんなに近づいてないし、もの凄く気になるって事あるんじゃないのかな?」エスは自分の書いた主人公のために弁護する。
「冗談よ。これでストーカーなら世間の男はみんなストーカーよ」コハクはエスの必死の顔を眺めながら頬を揺るめた。
「基本のアイデアはオジサンから?」
「そう。今日は春の風を感じたって、夕食の時に話してくれたんだ。へぇ、桜色のスプリングセーター……素敵だろうなって思ってそこから膨らませたの。父さんの話は追い越されて『おお!春の風みたいだ』って感じただけで終わってたんだけど、少し付け足してね」
「それでストーカー気味になってるんだ」コハクはそう呟いてから「でもこれでお終い?私の話も続きが書けていないうちから、また新しいシーンを書いて何も完成しないね?」と言った。
「ごめんね。断片は浮かんでくるんだけど、それが纏まらないんだ。こんな物ばかりブログに上げていたら、みんなに愛想を尽かされてしまうのはわかってるんだけど。ずっとアクセス数も増えないしね。どうしようも無いんだ。それにウチは書くのも読むのも遅いから、書いているうちはなかなか他のブログを読んでコメントをすることができないし、読んでいるうちは書けないし、悪循環だよ」フウ……とエスはため息をついた。
「イタリア語のページも、マリアぐらいしか見てくれてないんじゃないかな。マリアが覗いてくれたのは奇跡だよ」」エスの声は沈んでいく。
「シュンとしない!!!」コハクはエスの肩をポンと叩いた。
「ごめんね」エスの声は益々沈んで行く。
「いいよ。断片でも何でも、書ける時に書いておけばそのうち繋がってくるよ。私がちゃんと読んであげるから」コハクの声は優しくなった。
「ありがとう」エスはテーブルの上に伏せてしまった。
「しょうが無いなぁ。じゃぁ今日は特別にコーヒーを入れてあげるよ。私が持ってきたケーキを開けよう」コハクは立ち上がるとキッチンへ入っていった。
 エスはテーブルから顔を上げるとフニャリと笑った。


2014.04.05
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット「FindYou」

 エスが作品を発表しているブログの名前、知ってる?
 知らないよね?あまり見ている人はいないみたいだし。
 あ、わたしは他にすることもないから時々見てるよ。
 ブログの名前は『物書きエスの気まぐれプロット』っていうんだけど、もちろん“エス”というのは本名じゃ無くて彼女のニックネームなんだ。ハンドルネームとしてそのまま使ってるんだね。

 わたしはいつものように誰もいない気配に目を覚まして、パンヤの片寄りを気にしながら動き出し、いつものようにブログを覗こうとエスの小さな机に上がってマウスの上に座ったところだった。
 パソコンの起動を待って(8.1だから結構速い)、マウスの上に乗ったまま上手にカーソルをタイルに合わせると、左手でクリックしてブラウザを起動、そしてお気に入りからエスのブログを開いた。
 さてエスの最新の記事は?

11 Apr

こんばんはエスです。
今日の記事は“ここのところ”です。
そう、ここのところ作品を書いていません。未完の長編をエンディングに向かって書いていきたと思っているんですけど、これまではぼんやりとあったエンディング、それすらも浮かばなくなってきましたし、考えが纏まらないし、悶々と考え続けて結局何も出てこなくって、皆さんのブログ小説を覗いて感想を書いたりもしたいのに、なんとなく時間を作れなくてそれもかなわない。つまんないんで音楽を聞いていたりして。
1日が無意味に過ぎていくことが続いています。
音楽?もちろんエスのことですから、ネットを彷徨って探してきたボカロを聞いているんですけど……。

 あ、ボカロを聞いているんだ。わたしの曲かな?
 わたしは膝の間のスクロールボタンを両手で回した。


今日聞いていたのはこんな曲です。

[Hatsune Miku V3 English & Meiko V3 English] Find You [Vocaloid]
ZEDDの Find Youをボカロでカバーした作品ですが、素敵です。
オリジナルを知った上でも、エスはやっぱりボカロカバー版も素敵だなと思ってしまいます。
歌い出しはMEIKOです。そしてMIKUが絡みます。
MEIKOの大人の女性を思わせる歌声とMIKUの人間離れした高い声の組み合わせが絶妙だなあ。
そして2人共最新版V3なので結構上手に歌います。それも英語音源ライブラリを使って英語でですね。聞き取りやすくなったんじゃないかと思っています。V2の時は日本語音源でしたから、カタカナで英語を歌わせても何言ってるのか意味不明のことが多かったんです。凄い進化です。
ボカロは只のコンピュータプログラムで、人間じゃ無いんです。エスはそこに魅力を感じてしまいます。天性の歌唱力を授けられていなくても歌うことができる(自分の思うとおりに歌わせることができる)んですから、凄い事です。
そしてつい何回も聞き入ってしまって、今日も何も進まないのです。
お粗末様でした。

 やれやれ……。これでお終い?それにまたぼやいてるよ。

 わたしはイヤホンを左右に並べて自分の方に向けるとPLAYボタンをクリックした。伸びやかな曲が流れ始める。

 へぇ。MEIKO姉さんとわたしとのデュエットなんだ。世界中の人が色々と考えて工夫してるんだね。相当に上手くチューニングしてくれないとこんなに伸び伸びと歌えないもんね。MEIKO姉さんも、すごく色っぽい。

 わたしは曲を3回リピートしてようやく満足したが、その記事にコメントと拍手が無いことを確認してちょっとがっかりした。
 そしてブラウザを閉じコンピュータをシャットダウンすると、食卓に飛び移って窓際に向かい、カーテンの隙間から外を覗いた。
 ベランダの向こうには夕暮れに変わり始めた春の風景が遠く海まで続いていて、手前の山では薄紅色の山桜が若葉の芽吹きと共に満開を向かえようとしている。わたしは最初からそこに置かれていたように気配を消し、じっとしたまま風景を見つめていた。
 やがて夕日は山にかかり始め、夕暮れの気配は一層濃さを増す。
 まだ誰も帰ってくる気配は無い。


2014.04.12

追記がありますが……。
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット(ムルチェラゴ)

Stella/s 月刊ステルラ7月号 投稿作品

ムルチェラゴ

 警報音が響き渡り、赤と青のフラッシュLEDが激しく点滅する。
 壁に開いた通路から飛び出してきたムルチェラゴはそのままラダーを駆け下り、43番ビンの中に飛び込んだ。そしてビンの蓋を閉じるとすぐに底で丸くなり、耳をふさいで警報が解除されるのを待った。20分ほどそうしていただろうか、やがて警報音は鳴りやみ、また静寂が訪れた。
 世界はオレンジ色に戻った。ムルチェラゴが生息するこの世界は、周りの状態が認識できる程度の暖かなオレンジ色の光で満たされている。気温は最も生息に適した温度に保たれている。そしてこの環境はここのシステムが正常に動いている限りこのまま保たれる。しかしムルチェラゴにこの設定を知る機会は、これまでに訪れることは無かったし、多分これからも訪れ無いだろう。
 43番ビンの中は平穏だった。側面の四方に設けられた丸窓からはオレンジの柔らかい光が漏れ込んでくる。
 まだムルチェラゴは丸まったままだったが、やがて肩が規則正しく動き始め、寝息が聞こえ始めた。
 ムルチェラゴの一日は終わったのだ。

 どれだけの時間が経過したのかは不明だった。ただ充分に疲れがとれるだけの時間が経過したことは確かだ。ムルチェラゴは43番ビンの蓋を開けるとビンの口から頭だけを出して周りを伺った。オレンジ色の世界に変化はないようだ。暫くそうしてから、今度は全身をバネのように使ってビンを飛び出し、ストンと床に着地した。ムルチェラゴの黒い毛は、肩の位置で乱暴にカットされていたが、それでもふわりと優雅に舞った。均整のとれた体はしなやかに反った後、クルリと回転し床の上でピタリと静止した。オレンジの(類白色かもしれない。このオレンジの光の下では判別できない)簡易スーツに包まれた、形の良い胸や尻の膨らみも見えていたし、大きなこげ茶の瞳や、可愛らしい鼻、小さな口がバランスよく収まった頭部がこちらを向いていたが、ムルチェラゴにとってそんなものは何の恩恵ももたらさなかった。
 ムルチェラゴは一気に天井の手摺にまで飛び上がると、それを掴んで反動をつけ真横に開いた通路に飛び込んだ。そのまま足で壁を蹴りながら前進し、直角に曲がってシャフトに飛び出し、今度はゆっくりと落ちていく。落下速度が上がる度、壁に生えた何かにつかまって速度を落とし、そのままゆっくりと世界の果てを目指す。
 やがてムルチェラゴはシャフトの底に到着した。昨日までは、ここから先はどこへも通じていないと思っていた。だが昨日ここを訪れた時、小さなハッチが隠れているのを見つけたのだ。入り込んで中を調べようとした矢先、何かに触れてしまったのか警報が鳴り始め、何も調べることができないままビンに逃げ帰ったのだ。
 ムルチェラゴは今度は慎重にハッチの中へ入った。中は空洞でなお一層薄暗い。じっと目を凝らすと直径が3メルタくらいの球形の物体が空洞を占領するように収まっている。ムルチェラゴは球体に近づくと表面を観察し、入り口と思われるハッチを見つけた。暫くの間試行錯誤を続けていると、ハッチは「シュッ」という音とともに手前に飛び出し右へスライドした。ムルチェラゴは驚いて飛びのいたが、ハッチの中の照明が明るく点灯すると恐る恐る近づいた。中にはシートが3個横並びに置かれ、他には何もなかった。周りの壁は各種の計器でいっぱいだったが、それぞれがどんな役割を担っているのか分るはずもなかった。
 ムルチェラゴは中央のシートに収まってみた。そして何気なく前に設けられたマジックテープのベルトをバリバリと引き剥がした。するとすぐ下のカバーが取れて、中から幾つもの円柱形の金属管が転がり出た。ムルチェラゴは驚いてシートの後ろに隠れたが、やがてシートに戻るとおっかなびっくり金属管を手にした。金属管にはタブのような物が付いていたが、ムルチェラゴは偶然タブに指をかけ、それを起こした。「プシュ」空気の入る音がして金属管が開いた。そのまま恐る恐るタブを最後まで引っぱると、金属管には大きな開口部ができ、中にはクリーム色の粉が詰まっているのが見えた。ムルチェラゴはそっと鼻を近づけた。その粉からは食べられる物の匂いがした。
 ムルチェラゴは我慢できなくなって、その粉を両手いっぱいにすくい取ると、一気に口に放り込んだ。
「カハッ!ケホッ!」慌てて口に放り込んだのがいけなかった。ムルチェラゴはむせ返りながら口の中の粉を吐き出した。口の中の水分を全て取られ、とてもそのままでは食べられるものではなかった。


 コハクはラップトップPCから顔を上げた。エスから届いたメールに添付されていたファイルを読み終わったところだった。
「なにこれ?」コハクはしばらくじっと考え込んでいたが、テーブルの携帯を取り上げた。呼び出し音が流れ始める。10回目のコールが鳴り、呼び出しを止めようとした時、ようやく相手が出た。
「もしもし?エス?」
「…………」
「どうしたの?」
「何が?」明後日の方向から返事が返ってくる。
「メールが届いたんだけど?」威嚇にならないように注意しながらコハクは質問する。
「うん。送ったんだもの」返事の声は小さい。
「私に読んでほしいということ?」
「かな?」
「でも、意味がわからない。SF?断片だし」コハクの声は少し大きくなる。
「ごめん。これ以上書けなくなった」
「無理して書かなくていいよ」
「でも、書きたかったんだ。なんだかニュースは不穏なものばかりだし。今の空気が怖い。どうなるんだろうって、ウチもこれでいいのかなって、不安ばかり感じる」
「それでこの断片になったの?」
「無性に書きたくなって、でも書いたらそこで力尽きたの。もう纏まらないし、続かない。でもコハクには読んでほしくって」
「今どこにいるの?」
「部屋にいるよ」
「まさか押し入れの中じゃないでしょうね」コハクは声を抑えて訊いた。
「…………」答えは無い。
「そのままでいいから。そこに居なさい」
 コハクは通話を切ると立ち上がり、大急ぎで出かける用意を始めた。

 
2014/06/26 コメントを参考に修正
 
 

物書きエスの気まぐれプロット(12)前編

 月刊ステルラ8月号 投稿作品

HARTS Field

「タモ?」工房を覗き込みながらトロは声をかけた。
 返事はない。トロはおっかなびっくり工房に踏み込んだ。
 タモの工房はトロの工房の倍ぐらいの広さを持っていて、その中央には彼が改造に改造を重ねたトロッコが置かれている。四方の壁は入り口以外全面棚になっていて、複雑怪奇なパーツや工具が納められている。壁際にはやはり複雑怪奇な工作機械が所狭しと置かれ、足の踏み場もない。トロは機械を避けながらトロッコに近づいた。
(今度はどんな改造をしたんだろう?)トロはそんなことを思いながら、台車の足回りやマルベル機関を覗き込みトロッコの裏に回った。そこでトロは今までその陰に隠れていて見えなかった物を発見した。
 それはやはりトロッコだったが、いつも使っているトロッコに比べてずいぶんと小さな物だった。取り付けられている車輪が幅の広い線路用の物なので車幅はそれなりにあったが、軸間をかなりつめているので全長が非常に短い。さらに木製の台枠に板が乗っているだけのこれまでのトロッコと違って、軽合金のフレームに背もたれの付いたシートが低い位置にセットされている。シートの前には操縦用のスティック、下にはマルベル機関が収められている以外一切の無駄は省かれ、全体的に非常にコンパクトに纏まっている。
「へぇ……」トロはその小さなトロッコの周りを回りながら、好奇あふれる大きな焦茶の瞳をそのボディに向けた。
「カッコいいだろ」突然タモの声が響いたので、シートの下を覗き込んでいたトロは驚いて体を伸ばした。
「ごめん、脅かすつもりじゃなかったんだけど」工房の入り口にタモが立っている。
「ああ、驚いた。ビックリさせないでよ」トロは表情を緩めた。そして「これ、何なの?」と小さなトロッコの方を振り返った。
「それを見せたくって呼んだんだ」タモは嬉しそうにトロッコに近づいた。そして自分の肩ぐらいの背丈のトロの横に並ぶと、眩しそうに彼女の髪の間に覗くうなじを見下ろした。
「で?」トロは催促するようにタモを見上げた。
 タモは「あ……」と慌てて視線を前に戻した。「うん。トロはこれ何だと思う?」
「ウチが訊いてるんでしょう?」トロは大きな瞳で見上げる。
「あぁ、トロッコさ」タモは気圧された様子で答えた。
「そんなこと見れば分るよ。何に使うトロッコ?」
「ああ……車輪の幅は気がついてるよな?」
「それぐらい分るよ。広い幅の線路用だね。でも、どうして?」
「もう一度あそこを走ってみるつもりなんだ」
「あそこって、あのトンネル?」
 タモは頷いた。
「でも!あそこはあれ以来入れないよ!いつ来るか分らないんでしょ?」トロは頭の上を通過する列車を思いだしながら言った。
 トロとタモが弾丸列車に轢かれそうになった例の事件以来、あのトンネルは封印が解けたように弾丸列車が高速で通過するようになった。今のところあの列車と同じ方向に向かう一方通行らしいが、運行の間隔は全く規則性が無く、予測は不可能だと聞いている。
「そうらしいな。でもこの前行った場所の向こう側や反対側の先がどうなっているのか見てみたくないか?壁はもう無くなってるんだぜ」
「それは……」トロの大きな瞳は一瞬輝いたが、すぐに不安に曇った。
「だからこれは小さく軽く作ったんだ。奴が来たら素早く線路からどけられるようにね」
「え?これをタモは素早くどけられるの?あんなに早いのに?時間はそんなに無いと思うよ」
「大丈夫さ!」タモはトロの方を見てニヤリと笑った。
「え?まさか!」トロは目を空中に彷徨わせた。
「そのまさかさ。このトロッコは定員2名なんだ」
「う……」トロの目は見えない物を見ているように空中で固まった。始めに見た時、シートの幅が必要以上に広いなとは思っていたのだ。
「だからトロを呼んだんだ。2人ならあっという間にどけて待避できる」タモは得意げに言った。
「でも、リンク切れとか大丈夫なのかな?」
「もう壁は無いんだぜ。リンクはもっと繋がっているはずさ。それにリンクが切れてどうなるかなんて誰も経験したことなんか無い。死んでしまうなんてただの伝説さ」
「そうかなぁ。それにウチ等の炉だけではマルベル機関は保たないと思うよ」
「はは」タモは得意そうに笑った。
「ここに積んでいるのはキルヒホッフ反応機関なんだ」
「なにそれ?」
「つまり、この機関は自分でエネルギーを供給して、フラウンホーファー炉とのリンクとは関係なく動く。そしてこの炉を中心に新しいリゾームが作られるからリンク切れの心配は無い。だからお前が行かなくても俺は行くよ。1人でも飛び降りてここを掴んで跳ね上げれば5秒でどけられるし、分解も可能だから1人でもなんとかなる」タモはサイドに付けられたハンドルを両手で掴んで持ち上げた。トロッコは片側が軽々と浮き上がって、そのまますぐに線路脇に裏返しにどけられそうだった。
 トロはだまってその様子を見ていたが、やがて「やっぱり、ウチも行く」と言った。「2人の方がもっと早くどけられるし、タモ1人だけはずるい」トロの気持ちにスイッチが入った。こうなるともう誰にも止められない。でもそれはタモの作戦だったのかもしれない。タモの顔はしてやったりの表情に輝いた。

 
 

物書きエスの気まぐれプロット(12)中編

 月刊ステルラ8月号 投稿作品

HARTS Field

 薄い雲にさえぎられて血の色になった大きな夕日が、グランタウンの遺跡群の向こうに沈んでいく。トロは徐々に遺跡の陰に飲み込まれていく斜面の最上部に立って下を見下ろしていた。
 下手をすれば転がり落ちるほど急な斜面の下は掘割になっていて、その底には線路が敷かれている。掘割の両端にはトンネルがぽっかりと大きな口を開けていて、そこから出てきた線路はトロの見下ろしている掘割を通過して向かいのトンネルに入るまで、ほんの100メートルほどの間だけ地上に顔を出しているのだ。
 トンネルはどちらも入り込むとすぐに緩やかな下りになって、壁に突き当たるまで真っ直ぐに続いていた。この間までは……だ。
 この間のトンネル調査の最中に突然壁を破壊して弾丸列車が通過してからは、両方の壁の向こう側に延々と続く真っ直ぐなトンネルが現れ、不規則に列車が通過するようになっていた。

 トロのすぐ後ろは線路で、そこには1台のトロッコが止まっている。トロッコの上には車輪が二つとトロと同じぐらいの背格好の人影が佇んでいる。
「トロ、本当に決行する気?」人影はトロに話しかけた。
「ここまで来たらやってみるよ。トモ」トロは人影に向かって話しかけた。
 トモと呼ばれた人影はトロッコを降りてトロの横に立った。背丈はトロと同じ、肩まで届かないくらいの真黒な髪、大きな焦茶の瞳、驚いたことにその人物はトロと瓜二つだった。
「トロは好奇心の塊だものね」トモはあきらめ顔で言った。
「ウチ?ウチはトモと同じだよ。何もかも」トロは大きな瞳で見つめる。
「ううん。違う、私は恐いもの。そしてとても心配。心臓のところが少し痛い」トモは大きな瞳を暗くした。
「え?大丈夫?そう言えば顔が青い」トロはトモの顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ。炉の補助が効いているから心臓に負担はかからないよ。痛いのは本当に心配だからだよ」トモは胸の所に両の手の平をあてた。
「なら、いいんだけど。ウチ等は全く同じにできているはずなのにね。なぜ違っているんだろう?」
「ほら!認めた」トモの顔は明るくなった。「私達は見かけは同じだけど全然違うの。私はトロと同じようには動けないよ」
 トロは暫くの間トモの顔をじっと見つめていたが、やがて視線を掘割りの底に戻した。
「今日は来なかったね。そろそろ戻りましょう」闇に沈もうとしている周囲を気にする様子でトモが言った。
「そうだね。もう3日になるのにね……」言葉を続けようとしたトロの言葉が止まった。右側のトンネルから微かに音がするような気がしたのだ。
 気のせいでは無かった。音は徐々に大きくなり、トンネルの出口辺りの雑草がなびき始める。トンネルから風が吹き出て来ているのだ。
 音は轟音に変わりはじめ、吹き出る空気もどんどん強くなる。トンネルの中が徐々に明るくなり始めた。
「来る!」トロが抑えた声で言い、トモはおびえるようにトロに寄り添った。
 轟音がドラゴンの雄叫びのように変わる。その瞬間、炸裂音と共に尖った先端を光らせた巨大な弾丸のような物体が、トンネルから飛び出してきた。そして掘割りの底を猛スピードで通過していく。
 空気を切り裂く轟音の中、トロは先頭からの数を冷静に数えていく。……14・15・16、最後尾の尖った尻尾と、その先端に灯った毒虫の様な赤い光がトンネルに吸い込まれ、やがて世界は闇と静寂の世界に帰って行く。
「トモ?」我に返ったトロが寄り添っていたトモを気遣う。トロの頭上には発光環が出現し、輝き始めた。
「なに?」トモが瞑っていた目を開ける。トモの頭上にも発光環が作り出される。
「大丈夫?」トロは発光環に照らし出されたトモの顔を見つめる。
「平気」トモは気丈に答え、トロから離れて足を少し拡げて真っ直ぐに立った。トモの発光環は彼女の凜としたその姿を浮かび上がらせる。
 トロはその様子を見て満足したのか「今ので取り付けてあったセンサーからの信号がタモに行ったはずよ。もうすぐ飛んでくるから、すぐに出発する」と言った。
 トモは黙って頷いた。

 待つほども無く、すぐ後ろの線路から振動音が聞こえ始めた。やがて発光環の灯が見え始め、もの凄いスピードで1台のトロッコが接近してきた。
「トロ!待たせたかな?大急ぎで来たんだけど?」タモの声が響き、タモの小型のトロッコがトロのトロッコのすぐ後ろに停車した。
「ううん。ウチ等は昼過ぎからずっとここで見張っていたから。通り過ぎるのも見たよ」トロが答える。トモはタモが現れてから発光環を消滅させていたが、そのままそっとトロの後ろへ移動した。
「ウチ等?ああ、トモも一緒だったのか?悪かったな」タモは自分の発光環で2人を照らしながらトモに声をかけたが、トモはますますトロの陰に入り込んだ。トロはその様子に少し驚きながら、タモに向かって「すぐに出る?」と聞いた。
「ああ、弾丸列車は暫くは来ないだろうからな。車輪は積んできてくれてるんだろうな」
「もちろん!ウチのトロッコの上」トロは自分のトロッコに積まれた車輪を指さした。
 タモはトロのトロッコの上に上がり、車輪を両方の手に1つずつぶら下げると、そのまま急な斜面を下った。車輪は幅の広い線路用の物で、タモが掘割りの下の線路に置くとピタリとはまった。そのままタモは斜面を駆け上がると、自分のトロッコの右側のハンドルに手をかけトロを見た。トロははじかれるようにトロッコの左側に駆け寄るとハンドルを両手で掴んだ。
 そして2人は、阿吽の呼吸があるようにタイミングを合わせてトロッコを持ち上げ、ゆっくりと慎重に急斜面を下っていった。
 斜面を下りきるとトロッコは新しい車輪の上に乗せられた。すぐに2人は斜面を駆け上がり、タモは自分のトロッコがここまで履いてきた標準の車輪をトロのトロッコの上に乗せた。
 トロは自分のリュックを背負ってからトモをギュッと抱擁した。「じゃぁ。行ってくる」トモは黙ったまま抱かれていたが、最後にトロをギュッと抱きしめて、そして離れた。「気をつけてね」トモは静かにそう言った。
 タモはその様子を黙ったまま見つめていた。
 トロは大きく頷くとタモと2人並んで斜面を降りていった。
 斜面を半分ほど下った時、静かなマルベル機関の作動音が聞こえ始め、線路を走るトロッコの音が遠ざかっていった。2人は振り返らずに斜面を下りきると、タモが先に荷物をシートの後ろのカゴに入れてからシートに収まった。
 トロも続いてカゴにリュックを入れてから、シートに収まろうとトロッコに足をかけた。
「タモ!」トロはタモに声をかけた。
「何?」タモが答える。
「もう少し詰めてよ」トロは少し恥ずかしそうに言った。
「あ、ああ」タモはシートの右側を少し開ける。
 トロは一瞬間を置いてから、そのスペースに収まった。
 2人の発光環はその一瞬だけ輝きを増した。

 
 

物書きエスの気まぐれプロット(12)後編……と、エスの部屋

 月刊ステルラ8月号 投稿作品

HARTS Field

 トロは真っ直ぐに前を見つめている。
 発光環に照らし出されるトンネルは闇の中を真っすぐに続いていて、そこには一筋の線路が真っ直ぐに敷かれている。
 そして、その上を軽やかな音を響かせてトロッコが進んで行く。すぐ横にはタモの顔があったが、トロは黙り込んでいた。
「なあトロ。トモ……何かあったのか?」突然思いついたようにタモが言葉をかけてきた。
「すごく心配してた」トロの声は少しつっけんどんだ。
「そうか」タモはまた黙り込んだ。
「タモ、前に注意してよ。いつ来るか分らないんだから」トロが話題を変える。
「ちゃんと見てるよ」
「後ろは大丈夫だよね?」
「今まで反対方向の列車が走ったことは無いんだけど、入り口に置いてきたセンサーが生きているから、そこから信号が来る。それに気をつけていれば大丈夫」タモは少し早口で言った。
「でも、どうして一方通行なんだろう?」
「さあな。だけど俺は反対方向はあり得ないって考えてるんだ。反対方向に走ったら正面衝突するだろう?」
「ふふ……」トロの顔が明るくなった。
「トロはあの壁の有った所の向こうに何があると思う?」今だとばかりにトモが訊いた。
「あの向こうにはあの人達の世界があるのよね?そうでしょ?」
「あの人達?指先の光る奴らか?」
「そう!すごく綺麗だった」トロは思い出すように言った。
「俺はあまりそんなふうには思わなかった。不気味だったな」タモが呟く。
「ウチはきっと優しい人たちだと思うよ」トロがその発言に突っかかる。
「だったら良いんだけど」タモは主張を引っ込めた。
「そうに決まってるよ」
「でも、慎重に接触しないとな」
「わかってるよ。そんなこと当たり前でしょ」トロは前を向いた。
 やがてトロッコはトンネルの断面が少し拡がっている部分に差し掛かった。タモは一旦トロッコを止めた。
「ここがこの前調査に来たトンネルの最深部だったところだ」タモが言った。
「そうね。その先が壁のあった所だね」
 タモはゆっくりと壁の有った辺りまでトロッコを前進させた。
 飛び散った瓦礫が、壁の破壊された時の衝撃の大きさを物語る。トロはその時の様子を回想し、胸の奥に痺れるような感覚を蘇らせていた。
「大丈夫か?」そんなトロの様子を気にするようにトロが言った。
 トロは黙って頷いた。
 タモはトロの目をちゃんと見てそれを確認すると、おもむろにシートの下を覗き込んで、キルヒホッフ反応機関の様子をチェックした。機関の上部にはマルベル機関と同じように小さな透明のドームが乗っていて、それが緑色の光を発している。その色はエネルギーの放出やリンクの接続、リゾームの形成、すべてが安定していることを示している。暫くの間ドームの中の気泡の様子を確認してから、タモはスティックを手前に引いた。
 トロッコは再び加速を始める。たちまち壁のあった地点を通過しグングンとスピードを上げた。
「あの壁が有った所から先が新界になるんだよな?」タモは前方を監視しながら言った。
「内陸に向かう線路があるでしょ?ウチはあれを使って行くつもりだった」
「ナカスの駅跡のところから分岐している線路のことだよな。俺もそう考えていたんだけど、こっちの方が手っ取り早そうだったからな」タモが笑う。
 このトロッコは、これまでのトロたちが作ったトロッコよりずっとスピードが出る。
「ねえタモ。もう少しゆっくり行った方が良いんじゃない?」トロは前方を見つめたままタモに声をかけた。
 トロッコはどんどんとスピードを上げる。
 返事が無い。トロはおかしいと思ってタモの方を向いた。
 そこに確かにタモは座っていた。だがそこに有る物体はタモでは無かった。「タモ!タモ!タモ!」トロは何度もタモの体を揺さぶった。
 それはタモの形をした人形の様だった。さっきまで喋っていたのに、トロの身を案じてくれていたのに、トロは狂気を含んだ声でタモの名を呼び続け、体を揺さぶった。
「タモ!タモ!!タモ!!!」
 発光環は光ったままなのに反応は無い。タモの首はぐらぐらと揺れ、がくりと垂れ下がった。
 トロはタモをシートにもたれかからせて左手で押さえると、右手を使ってシートの前のスティックを前方に押した。
 ギギ~~~~!!!急制動が掛かる。トロッコは速度を落とし停止した。
 トロはタモの胸に顔を埋めると、心臓の音を確認した。はっきりとした心音が耳に届く。とりあえず息もしている。意識が無いだけだ。トロはそう判断した。
(リンク切れのせい?だったら早く戻らないと)トロの頭は事態の把握と対応策のために全速で回転した。(でも新しいリゾームが作られるからリンク切れの心配は無いはず。そう、ウチが大丈夫なんだもの。じゃぁタモはなぜ?)トロの頭は混乱していたが、一刻も早く出発地点に戻ることを選択した。
 しかし、いくら最新型のトロッコでも、キルヒホッフ反応機関を積んでいても、同じ原理で動く乗り物である限り、このトロッコは逆向きに走行することはできない。どうしても一旦線路から降ろして、全体を逆向けに線路に乗せ直す必要がある。
 トロはまず隣のタモの体の下に両手を差し込み持ち上げようとした。(重い!)全身の力を振り絞り、肘を支点にしてようやくタモの体を浮かせ、肩にもたれかからせた。そしてヨロヨロと立ち上がり、慎重にトロッコを降りて、トンネルの壁際にタモの体を横たえた。少しの間、肩を大きく上下させていたトロは(グズグズしていられない)と次の作業に取りかかる。カゴに置いていた2人の荷物を両手に提げ、同じように壁際に並べる。そしてトロッコを分解するために再びトロッコに近づいていく。
 そのとき、トロの顔がふとトンネルの先の方に向いた。ジッと聞き耳を立てる。
(そんなバカな。まだ数時間しかたってないのに)微かな気配は微かな音になり、やがて徐々に大きくなり、空気が流れ始めた。
 トロはトロッコに駆け寄るとサイドに付けられたハンドルを両手で掴んだ。
 音は轟音に変わりはじめ、流れる空気もどんどん強くなる。トンネルの中が徐々に明るくなり始めた。
「来る!」トロは車体を揺すってタイミングを計ってから「うおおおおお!!!」全身の力を振り絞ってトロッコを押し上げた。


「ふ~ん」コハクは舐めまわすようにエスの顔を見た。
「なに?なに?」エスは慄いて顔を後ろに下げる。
「やっと押し入れから出てきたと思ったら、これ?」コハクはモニターの画面をコンコンと叩いた。
「え?ずっと籠ってたわけじゃないよ。でも、だめ?やっぱり」
「やっぱりって何よ!これ前中後編を読んだけど背景が全然わからないよ」コハクの声は控えめに尖っている。
「だよね。でも最初から読んでも多分わからないと思うよ」エスの声は消え入りそうだ。
「じゃぁ。なぜそれを私に見せるの?」コハクは呆れ顔になった。
「あの……どうかなぁって」エスは上目づかいにコハクを見る。
「じゃぁ解説しなさいよ。トロやタモのいる世界ってどういう世界?」コハクはリビングのソファーに座りなおした。
「もちろん架空の世界なんだけど、とても大きな戦争が何度もあって、多分ガンダムみたいなスペースコロニー落としや中性子爆弾の使用、高高度核爆発なんかがあった後の世界、かな?漠然とそういう世界を考えてる」エスもソファーの座りよい位置に移動する。
「なんでトロッコなの?」コハクは次の質問に切替える。
「どこかの番組で、打ち捨てられた線路を地元住民がトロッコを使って運搬に利用しているのを見たの。そこからの発想。だからトロもタモもトロッコで物や人を運ぶことを生業にしているの」
「じゃぁ、キルヒホッフ反応機関って?」コハクの疑問はたくさんあった。
「話せば少し長くなるよ。もともとこの世界には“フラウンホーファー炉”というものが発明されているの。それはあらゆる物質をエネルギーに変えたり、逆にエネルギーから色々な物質を作り出すことが出来る変換炉なの。大きい物から小さい物まであって、大きい炉からは人類に必要なあらゆる原材料が生産されるの。そして小さい炉は人間の体内に埋め込まれて、生命を維持するためにあらゆる物質を供給するの。これを埋め込まれた者は何も食べなくても生きて行けるんだよ」
「まぁ実に都合のいい機械だね」コハクは楽しげに言った。
「だってウチの頭の中だもの。なんでもありだよ。でね!このフラウンホーファー炉は、大きいのから小さいのまでみんな無線のネットワークで繋がっていて、リゾームというまとまりを作ってるの。そして同時にそれは大量のデータをやり取りする巨大なソサイエティーも兼ねているんだ。そこでは余ったり足りなかったりするエネルギーを融通しあっていて、スマートグリッドって言うんだけど、トロたちのトロッコもこのリゾームのエネルギーを受けたマルベル機関で動いているという設定なんだ」
「ふむ、つまりタモの新型トロッコは、フラウンホーファー炉のリゾームから外れてしまう新界へ行くために、マルベル機関じゃなくて独立したリゾームを形成することのできるキルヒホッフ反応機関を使っているってわけね?」
「さすがコハク。呑み込みが早い」エスは胸の前でポンと手をうった。
「茶化すんじゃない!で、ここに出てくる弾丸列車は?」コハクの疑問は尽きない。
「前々回のお話かな?トロたちの住んでいる街の地下にトンネルがあって、そこに線路が引かれているんだ。トンネルの先は壁で塞がれていたんだけど、そこの調査が行われるの。その調査団を運ぶためにトロとタモのトロッコが雇われてトンネルに入っていくことになるのね。そして調査が行われている間、2人は行き止まりの壁のところで愛を育もうとするんだけど」エスはそこでコハクをチラリと見たが、続きを促すコハクの目に触れると慌てて付け足した。「そこへ地底から壁を突き破って弾丸列車が現れるの」
「それ以降、不規則に通過する弾丸列車のために、調査はできなくなったって訳ね?」
「さすがコハク。呑み込みが早い」
「だから茶化すなって!多分どこから来てどこへ向かっているかとか、どんな目的で走っているか、なんてことはまだ考えてないんでしょ?」コハクの視線が突き刺さる。
「さすがコハク……」
「やっ・ぱ・り・ね」コハクは言葉をかぶせてエスを黙らると「あと、発光環って?」と訊いた。
「これはトンネルの調査の時に出てきたんだけど、トロたちこの世界の人間は、体内に埋め込まれた小型のフラウンホーファー炉のエネルギーを使って、頭の上に光の環を作ることができるの。暗くなると各自でそれを灯して辺りを照らすことができる。そういう設定になってる」
「ふ~ん、天使の輪みたいなもの?」
「イメージ的にはそういう感じ。触ることはできないし熱も出さないんだよ」
「トモって?」
「彼女は今回が初登場。外観はトロと同じという設定だよ」
「どっちかっていうと、エスはトモの方だよね?」
「そうかもね」はにかみながらエスは答えた。
「やっと少し分ってきたわ。でもエス、あなた、人をさんざん心配させておいて、その上にいきなりこの話を読めって言ったのよ」
「ごめんなさい。頭の中の物を書き出して、見てもらいたくなったんだ。なんだかすごく不安な気持ちになったんだもの」
「どこかの大臣のせいかしら?」
「それもあるけど、世界中がなんだか不安定でしょう?とても良くない方向に動いてるんじゃ無いかって考えてしまう。これぐらい当然の権利だ!っていう人もたくさん居るし。宗教っていったいなん何だろうって本気で考えてしまったりして。人間ってもっと賢い生き物だと思うんだけど……」エスは正面を向いた。
 コハクはそんなエスを一歩引いて見ていたが「でもこのお話、ラージエスには見てもらってるんでしょ?」と訊いた。
「見てもらってるよ。でもラージエスは共同執筆者だもの。身内以外の人に見てもらいたかったの。NETに上げるのも断片だから気が引けるし」エスはコハクの目を見つめた。
「好きなだけ書いて、私にみせて、とりあえず満足した?」
「うん。まあ満足かな」エスは頷いた。
「あなたの頭の中には不思議な世界が詰まっている。そしてその世界はいろんな意味で結構興味深い……ということだけは分かったわ」
「ありがとう。それで充分だよ」エスはソファーの背もたれに沈んだ。
「でもそんなこと言わないでNETに上げちゃえば?マリアにも読んでもらえるかもしれないでしょ?」コハクは顔を緩める。
「そうしようかな?」エスが天井に向かって問いかける。
「そうなさい」コハクはそう命令してから「でさ、ここまでアドバイスして何も出ないの?」と言った。
「え?あ、じゃぁコーヒーでいい?」エスは立ち上がった。
 コハクはようやく安心したのか笑顔を見せた。

2014.07.11

 
 

物書きエスの気まぐれプロット(13)

stella white12 月刊Stella9月号 参加作品

“ひとでなし”ってなに?
人で無いものっていう意味じゃない?ほら、“人で無し”って、ね?
それって神様のこと?それとも悪魔のこと?



エスはエディターの閉じるボタンを押した。
「文章を保存しますか?」のダイアログが開く。
エスは一瞬迷ってから「いいえ」のボタンをクリックした。
「暑い……」エスは背もたれに体重を預けて大きく伸びをした。

2014.08.15

 
 

物書きエスのきまぐれプロット(14)

stella white12 月刊Stella10月号 参加作品

「へえ!もう3年も続けてるんだ」コハクは感心したように言った。
「へへ、10月1日で4年目に突入だよ」エスは少し自慢げに答え、マグカップにコーヒーを注いでコハクに手渡した。大きめのマグカップには、ちょっと有名な猫のイラストがプリントされている。
「ありがとう」コハクはカップを受け取ると、そのまま口を付けた。
 エスは自分のカップにもコーヒーを半分ほど注ぐと、砂糖とミルクを入れてから口を付けた。
「でも飽きっぽいエスがよく3年も続いたね。誉めてあげる」コハクは少し横柄な口調で言った。
「書いてみて小説ってとても刺激的だってわかったからね。もう少しは続けられるかなぁ」エスは下から見上げるスタンスだ。
「書いていて楽しいの?」
「そうだね。コハクと一緒にバルセロナまで行っちゃったりしてね。作っていく過程は苦しい事が多いけど、出来上がってくるとわくわくするよ。感想を書いてくれる人もいたりして、それがまた嬉しいんだなぁ」
「そう、それは良かった。でも苦しいからって、あまり押し入れに籠らないようにしてね。いちいち面倒だから」コハクは突き放すように言う。
「いつもお付き合いいただいてありがとうございます」エスは真面目くさって答えた。
「で、私が呼ばれたのはその3周年の企画か何かのため?」
「さすがコハク、理解が早い」
「またそれ?茶化すのはいいからさっさと出しなさいよ」
 エスはパソコンをスリープから復帰させた。コハクはカップを持ったままパソコンの前へ移動する。
「これなんだけど、読んでみてくれる?」エスはファイルを開いた。
 画面を覗いてすぐにコハクが訊いた。「ダブルスリップスイッチって?」
「あ、これ?鉄道の分岐装置のことなんだけど、面倒くさいからあとでウィキで調べて」
「なにそれ。まぁいいわ。この横にあるファイルはまたイタリア語?」
「そう、この作品は3周年記念なんだけど、マリアの企画の参加作品でもあるんだ。[お題で遊べる? 2014]って言うんだけど、タイトルに地名が入っていることが条件なんだ」
「それで三宮が入ってるのね」
「さすがコハク、理解が早い」
 コハクは何か言おうとしたがエスが言葉を被せた。
「それにこの物語は舞台が三宮でないと成立しないの。ウチの感性ではね」
「また断片なの?」
「さあ……ちょっとした実験だから」エスは答えをはぐらかす。
 コハクは諦めてテキストを目で追い始めた。


三宮D.S.S(ダブルスリップスイッチ)

 車窓には工場や住宅が立ち並んだ風景が流れていく。
 阪神淡路大震災の被害からの復興で随分とこぎれいな建物が増えたが、ごちゃごちゃと込み入った町並みは相変わらずだ。
 姫路行の直通特急は高架から地表に降りて掘割の中を進み、岩屋を通過すると地下に入り込んだ。窓の外は真っ暗になった。

 ゆるり(緩)はこの電車の沿線にある女子大学に通っている。入学を機に高校時代は短かった髪を少しだけ伸ばして、少し色合いが明るくなるように染めた。妹と同室の生活を抜け出したくて、センタープール前駅近くにある叔母が経営する喫茶店の2階のワンルームを格安で貸してもらった。そして少しでも自立したくて、空いた時間には叔母の店でアルバイトもさせてもらっている。来年になればゼミや就活で忙しくなるのだろうが、今はまだ自由の身だ。
「ゆるりちゃん、これをあげるから見に行っておいでよ」数日前カウンターでネルに慎重にお湯を注いでいた ゆるり に叔母が声をかけてきた。
「お客さんが一緒に行こうゆうて誘ってくれはってんけど、わたしらこんなん全然興味あらへんから」と紙切れを差し出す。
 ゆるり は怪訝な顔をしてその紙切れを受け取ると表を向けた。それは神戸市立博物館で開催されている[なんたら……の少女]とかいう超有名な絵画が目玉の展覧会のチケットだった。
「ウチもこんなん、全然興味ないし」ゆるり は当惑気味に答えた。
「そんなことゆわんと、せっかくもろたのにもったいないやん。若者は感性を磨かなあかん。な!そうやろ……」延々と続く説得に ゆるり は耐えられなかった。
 それで今日は朝から三宮へ向かっているのだ。

 地下を走る電車の窓が少しの間明るくなった。電車は春日野道を通過している。三宮に到着する旨のアナウンスが流れ始めた。
 ロングシートに腰掛けてタブレットを覗き込んでいた ゆるり は、画面をホームポジションに戻してポケットの中へしまった。



 岡本を出た電車が六甲山麓を駆け上がると、立ち並ぶマンションの間に青い海が見え始める。秋の空気は澄みきっていて、大阪湾の向こうの山々にまでクッキリとピントが合う。悠太は吊り手にぶら下がりながらのんびりと車窓を眺めていた。
 新開地行きの特急は坂を上りきると徐々にスピードを落とし、御影のエスカーブへと侵入した。

 悠太は逆瀬川の山手にある自宅から、電車で10分ほどの所にある大学へ通っている。自宅から通うよりも、どこかアパートでも借りて1人暮らしがしたかったのだが、合格した大学がすぐそこだったし、いざそうなるとわざわざアパートを借りて1人暮らしを始めるよりも、上げ膳据え膳の住み慣れた自分の家から通う方がずっと気楽に思えたのだ。
「兄貴、どこ行くの?」階段を降りて玄関に向かう悠太に妹の真澄が声をかけてきた。
「ちょっと三宮まで出てくる」
「デートォ?」真澄が顔を覗き込んでくる。
「からかうなよ。絵を見てくるんや」
「あぁ、今だったらマウリッツハイス?」
「そう」悠太はうるさそうに答える。
「1人でぇ?」真澄はまた顔を覗き込んでくる。
「うるさいな!悪いか!」
「ええけど。でもたまには兄貴にそんな気配を感じてみたいなあ。ま、精々頑張って!」真澄は手を振りながら背中を向けると階段を上っていった。
 悠太はやれやれという顔で靴を履くと玄関を出た。
 というわけで今日は朝から三宮へ向かっているのだ。

 JRと平行して高架の上を走りながら電車は春日野道を通過していく。三宮に到着する旨のアナウンスが流れ始めた。
 悠太は速度を落として三ノ宮駅に侵入するJRの新快速を眺めながら、電車が駅に着くのを待っていた。



 電車はホームに停車しドアを開いた。地下にあるこの駅は天井の緩やかなアーチが昭和の雰囲気を醸し出していて、ゆるり のお気に入りだ。もっとも彼女は平成の生まれなので、昭和の雰囲気など全く知らないのだが。
 ゆるり はそっと上を見上げてから元町方向にホームを歩いて階段を上がり、改札を抜けて“さんちか”と呼ばれる地下街に出た。ショーウィンドウに目をやりながらパン屋の前を通り抜け、店内を覗きながらメインストリートを浜側に向かって下り(本当に坂道になっているのだ)、スイーツの店の角で少し立ち止まってから右に折れてサンプラザの地下へ抜け、そしてエスカレーターで地上に出た。
 ゆるり は帰りにはどこでランチをして、どこでショッピングをして帰ろうかなどと思案しながら、センター街を西に歩いてから左折し、京町筋を浜側に向かって歩きだした。



 悠太は電車を降りてホームに立つと駅を覆っている鉄骨のアーチを見上げた。 彼は昭和初期に完成したこのリベット留めの天井が気に入っていて、ここに来るたびにそうしてしまうのだった。
 少しの間立ち止まって人が減るのを待ってから、悠太は新開地方向にホームを歩きエスカレーターを下り改札を出た。行燈風の照明の下をエスカレーターで下ると、JRのガード下の商店街へと入り、そのままガードを浜側へ抜けた。そして横断歩道を渡ってプラザの間を通り、センター街から京町筋交差点へ出た。悠太は帰りにセンター街の大型書店で文庫本でも物色しようなどと考えながら、京町筋を浜側に向かって歩きだした。



 電車の中で調べたところでは市立博物館はこの京町筋を浜側に暫く下ったところにあるはずだ。ゆるり は目的地の位置をもう一度確認することにしてポケットのタブレットを取り出した。爽やかな秋の空気の中を気持ちよく歩いていて、博物館を通り過ぎてしまったような気がしてきたのだ。



 悠太は京町筋を浜側に向かって歩きながら、同じ方向に歩く人を気にしていた。結構な人数の人が歩いている。『みんな展覧会に行くんかなあ。さすがに人気あんなぁ』歩いている人は今日が平日ということもあるのだろう、年配の女性が多かったが悠太はその中に若い女性の後ろ姿を見つけていた。短めの髪とやや派手目の色使いの身なりは、秋の街には少し不似合なように思えたが、背筋を伸ばしたリズミカルな歩調にはとても好感が持てた。
 彼女は少し立ち止まるとポケットから携帯端末を取り出した。
 その時、ポケットから何かがヒラリと落ちた。



 ゆるり は歩きながらタブレットを操作した。地図を開き、現在地を表示させると博物館はもう少し先だった。
 その時、呼び出し音が鳴り始めた。表示を確認すると叔母からだ。『おばちゃん?なんの用事やろ?』ゆるり は端末を耳に当てた。



 悠太は少し急ぎ足になってヒラリと落ちた物に近づいた。彼女は携帯端末を操作しながら先を進んでいく。悠太はそれをそっと拾った。
 展覧会のチケットだった。



「はい」ゆるり は電話に出た。
「ちゃんと行ってる?」叔母の声が聞こえる。
「え?なんで?」
「ゆるりちゃん、ほんまに展覧会行ったんかなおもて、確認の電話」
「ちゃんと向かってるって。疑り深いなぁ」
「せやかて、わたしやったら絶対他行ってるもん」
「おばちゃんとは違います。証拠にちゃんとパンフ持って帰るから待っとって、じゃぁね」ゆるり は強制的に通話を終えた。



 悠太は追いかけて声をかけようとしたが、彼女は続けて電話に出ているようだ。
 彼女も博物館に向かっているんだろう、悠太はそう解釈してそのままの速度で彼女を追った。



 ゆるり は博物館の入口に到着した。
 チケット売り場にはもう相当な人数が並んでいる。
『前売りがあってよかった』ゆるり はポケットに手を突っ込んだ。
『あれ?』ゆるり の手に触れるのはタブレットだけだ。
 慌ててタブレットを取り出してポケットの中を確認する。



 雄太は博物館の入口に到着した。
 彼女は入口の前でポケットをゴソゴソやっている。
 雄太は自分のチケットをポケットの中に確認すると、さっき拾ったチケットを手に持った。



『しまったぁ。さっき落としたんやろか?』ゆるり が慌てて歩いてきた京町筋を振り返ると、すぐ後ろには青年が立っている。顔にはまったく見覚えがない。
 ゆるり は、まじまじと青年の顔を見つめた。
「あの、さっきこれ、落としましたよ」青年はそんな ゆるり に、まるで幼児に接するようにゆっくりと微笑むとチケットを差し出した。
 ゆるり は小さく頭を下げ、チケットを受け取った。
 驚いてまごまごしているうちに、青年は入口を入っていく。
 ゆるり も慌てて入口を入った。

2014.10.01
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット 炉心融解  1/2

『あれ?』
 わたしが座っていたのはいつものリビングじゃなくて、エスのベッドの上だった。
『誰も居ない』
 わたしが目を覚すということは周りに誰も居ないということなんだけど、どうしたんだろう?いつもなら辺りは暗くて深夜のことが多いんだけど、周りはまだ明るいし……そうだ、前にもこんな事があった。たしかエスはサルベージとか何とか書いていたよね。
 ちゃんと確認しておきたくなったわたしは、耳を澄ませて何も音がしないのを確かめると、ゆっくりと起き上がって周りを見回した。やっぱり腕の中のパンヤ(本当はポリエステル)が偏っていて、動くと肩に変なしわが寄る。『嫌だなぁ』わたしは腕を伸ばしてパンヤの偏りを直してから、ドアまで歩いていってドアノブにぶら下がる。そしてドアをそっと開け、廊下を覗き込んで気配を確認する。やっぱり誰も居ない。
 廊下を抜けてリビングに入り、ソファーの上を歩いて食卓へ、窓際に置かれたデジタルの電波時計は12月4日の午後3時を少し過ぎたところだ。食卓を真ん中まで歩いて壁のカレンダーを見上げる。
 ここに家族の予定が書かれていることを、わたしは知ってるからね。ダイスケの予定。ケイの予定。それに混ざってエスの予定が入っていて、11月25日から12月4日までズーッと線が引かれて“サルベージ”と書いてある。やっぱりそうだ。また“サルベージ”って書いてある。そして去年と同じ最終日12月4日の欄にはダイスケとケイの名前も書き込んである。だから今誰も居ないんだ。
 わたしはそこからエスの小さな机に飛び移るとラックに載ったエスのPCのスイッチを押し込んだ。ピッ……POS音と共にWINDOWS8が立ち上がる。『よいしょ!』マウスを両手で押してカソールを動かす。右手でクリックしてログイン、そしてブラウザを立ち上げ、お気に入りからエスのブログを開く。わたしが寝ている間にエスが何を書いたのか見ておきたいんだよね。えっと、一番新しいのは……。

25 Nov
こんばんはエスです。
 日付が変わって11月25日になりました。いつもなら眠っている時間なんだけど、珍しく起きています。まるでデジャブ-のような気持ちですが、またサルベージの時期がやってきました。実はこの前小さなサルベージを済ませていて、今年はこれで終了の予定だったのです。でももう一度というリクエストがあって、再度チャレンジすることになりました。
 スケジュールは10日間で、12月4日には終わる予定です。この間はブログの更新も皆さんのブログの訪問も出来ません。少し期間が長いのでご心配をお掛けしないように一応お知らせしておきます。
 12月4日か、その数日後には更新が出来ると思います。
 UPを続けていた長編の更新もこの間はお休みです。そして開催しているイベント作品もUPできません。でも書き続けることは出来ます。すこし発表がずれ込みますがお待ちください。すみません。
 僕のブログを離れた分野でのチャレンジですのでご理解くださいネ。
 では今の自分に勇気をつけるためにボーカロイドの曲を1つ……。



「【鏡音リン】炉心融解」です。
 かなり古い曲です。しかもミクではなく、「鏡音リン」というボーカロイドです。
 リンの声はかなり特徴的で、僕はあまり好きでは無いのですが、この曲だけは別です。高音部分の伸びやメロディーはとっても素敵です。ミクがカバーした作品もあるのですが、やっぱりリンの方が断然良いです。
 歌詞の「アレグロ アジテート」という部分が好きです。

 記事にするのは止めておこうと思っていたのですが、ここに書き込むことができて少し安心しました。
 では行ってきます……

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物書きエスの気まぐれプロット 炉心融解  2/2

 ふう~ん。やっぱりまた“サルベージ”なんだ。でもいったい何のことなんだろう?さっぱり意味不明……だよね。わたしはモニターを覗き込みながら小首を傾げた。
 でも去年と同じに活動中断を予告しておくなんてやっぱり律儀だね。そしてまたボーカロイドだし、懲りない奴だね。
 ん?でも去年と同じということはそろそろ……。
カチャリ、玄関の鍵を開ける音がしてドアが開く気配。
 うわっ!もうエスの部屋へは戻れない。廊下は玄関から丸見えだ。ドアを閉めるのも忘れた気がする。
 ええい!ままよ!エスの小さな机から食卓へジャンプ、そこからソファーの肘掛けへ飛び移ってちょこんと腰掛ける。そして気配を消して聞き耳だけを立てる。

「ただいま~」エスの声だ。“サルベージ”から戻ってきたんだ。
「あれ?僕の部屋が開いてる。ちゃんと閉めておいてよ」
「そお?ちゃんと閉めたはずだけど」ケイの声だ。
「きちんと閉まってなかったんじゃないのか?」ダイスケの声だ。
「そうかもね」エスの声とカチンとドアを閉める音。
「やっぱり家は落ち着くね」エスの元気な声が近づいてきた。
 どうか不審に思われませんように……。

04 Dec
こんばんは!エスです。
 今日午後にサルベージから帰ってきました。
 今回は自分では予定していなかった再度のチャレンジでしたので去年以上に不安な気持ちでしたが、なんとか無事に終了です。
 11月25日の記事は不安な気持ちをすこしでも整理しておきたくなったという事もありましたし、やっぱり何日も留守にするので一応書いておこうかなということでUPしました。
 ご心配をいただいた方にはお詫びを申し上げます。お陰様で無事に戻ってきています。長編の更新やイベント作品のUPも再開しますが、用意が出来るまでしばしお待ちください。皆さんのブログ訪問も再開です。読みたい作品がたまっています。マイペースで訪問させていただきますので、よろしくお願いします。
 お詫びの印と言っては何ですが、サルベージの合間を縫ってラージエスとその連れ合いが紅葉狩りに行ってきましたので、その写真を載せておきます。ラージエスと僕の関係、このブログを見ていただいている方にはもう分ってますよね?
 心配ばかりしていないで気分転換しておいでよ……と僕が勧めたのですが、平等院・興聖寺・宇治神社・宇治上神社・三室戸寺と回ってきたようです。紅葉の宇治はずいぶん綺麗だったみたいです。
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鳳凰堂
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興聖寺(琴坂)
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宇治市源氏物語ミュージアム
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三室戸寺
2人は今年の紅葉はもう満腹だと言ってました。天候も良かったみたいで、僕が計画したことはサルベージも含めてみんな上手くいったようです。
 でも、不思議なことがありました。大事にしているミクのぬいぐるみ(また写真をUPしておきます)、出かける時はベッドに置いておいたはずなのにリビングのソファーに座っていたんですよ。
 ラージエスの連れ合いさん(呼び方を考えなくちゃ)は「ベッドをかたづけた時にこっちへ持ってきたかも」なんて頼りないことを言っているし……
ミクぬいぐるみ2


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物書きエスの気まぐれプロット(番外)新しい年

HARTS Field

「トロ!」タモは無遠慮にトロの工房に入っていくと辺りを見回した。工房は入り口より1段低い半地下になっていて中央にはトロのトロッコが置かれている。タモの改造の後を追い、或いは彼女独自の工夫で次々と改造を重ねてきたトロッコだ。タモがそれを真似ることもあり、商売敵の2人はお互いにライバルでもあったが良き協力者でもあった。
 タモはそのトロッコを見下ろしながら工房を巡る回廊を回り右手の階段に向かった。工房の隅には大きなテーブルがあって、いつものように肩まで届かないくらいの真黒な髪の女性が座っているのが見えた。
「あけましておめでとう」タモは新年の挨拶をした。
 そう、今日は新しい年の始まりの日だったのだ。
「タモ。早いね。まだ夜明け前だよ?」大きな焦げ茶色の瞳を輝かせながら挨拶を返す。
「どうせ夜更かしをしてるんだろうと思ってね」
「そうだね。いつも片付けものをしているうちに新年がやってくるよ」と少し首を傾げて微笑む。
「トロは追い詰められるまで片付けないからなぁ」そう言いながらタモは階段を降りた。
「それ、どういう意味?」
「はは、そのままの意味。でさ、トロは?」
 一瞬間があって「気づいていたの?」顔からは笑みが消えた。
「小さい頃からずっと一緒に育ったんだぜ。わかるさ!トモ」タモは悪戯っぽく笑うとトモの正面に立った。
「そう……」トモは視線を少し下げた。
「あらためて、あけましておめでとう!トモ」タモは顔を覗き込む。
「“前世”が作った歴を祝う必要はないよ……何の意味も無い」トモは一層視線を下げる。
「でも新しい年が明けてめでたいじゃないか、意固地になる必要は無いよ」
「何がめでたいの?終末が近づいただけじゃない」とうとうトモは後ろを向いてしまった。タモは両手を肩の上で広げお手上げのポーズをした。
「ところで、どうしてトモがここにいるんだ?トロは?」
「話を聞いてもらいに寄っただけ。トロはすぐに戻ってくる」
「なんの話を?」
「新しいエンジン」
「ロケットエンジンのか?!」タモの目が輝く。
 トモは背中で小さく頷いた。
「その話はぜひ後で聞かせてくれ。で、トロは?」
「すぐに戻ってくる」トモはチラリとタモを見てから目を伏せた。
 その時「遅くなってごめん」聞き覚えのある声がした。「あれ?タモ、来てたんだ」トロが回廊を回り込んで階段を降りてくる。
「あけましておめでとう」タモは新年の挨拶を繰り返した。
「あけましておめでとう!いい年になるといいね」トロは明るい声で答えると大きな焦げ茶色の瞳を輝かせた。


「ふう」エスはキーボードから手を離して顔を上げた。デスクトップに置いておいた時計が今午前零時を過ぎたのだ。
「あけましておめでとう」エスはモニター越しにダイスケとケイに挨拶をした。
「「あけましておめでとう」」2人もテレビから顔を戻すとエスに挨拶をした。
「ふつつかな娘ですが、本年もよろしくお願いします」エスは神妙な顔でそう言ってから、少し照れたように微笑んだ。
「何を言ってるんだ。こっちこそよろしくな」「よろしくね!」
「エス、一段落付けてコタツに入りなさいよ。ミカンを食べない?」ケイが声をかけた。
「食べよう食べよう。それに少しおせちももらって良い?」エスはPCを離れるとコタツに足を突っ込んだ。
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット(16)

「どうしたんだ?寝てたんじゃないのか?」リビングに入ってきたダイスケはモニターの前に座っていたエスに声をかけた。
「寝てたらさ。モヤモヤとアイデアが湧いてくるんだけど、まずまとまらないんだよね。だからチョコチョコッと文字にしてたんだ。でもこのお話、寝床で読んだ小説のシチュエーションを取り出して、サキなりに書き換えただけのものだから、このまま見せられない。知識が無いから正確でないし、断片だし・・・それにね」エスはダイスケを見上げながら続けた。「ウチがブログにインフルエンザだって書いたら、ブロともさんのコメントでさ。こういうときにかぎって小説のアイデアがどんどん出たりするんだけど、「攻殻機動隊」のバトーさんふうにいえば、『それはアイデアじゃねえ、死神、ってやつだ』だって・・・だからこの断片は死神なの」
「それはアイデアじゃねえ、死神、ってやつだ」ダイスケは低い声でそう言った。
「似てねぇ・・・」エスは顔をしかめる。
「そんな顔をするなよ。でもそれはおとなしく寝てろって意味なんじゃないのか?」ダイスケはエスをコタツへ押しやった。
「駄目だったら!」
「堅いこと言うな。じゃぁ、その死神とやらを見せてもらおうか」ダイスケはモニターの前に座った。「ファーキンか。スホーイだな?」
 エスは諦めたのか肩をすくめると、コタツにもぐりこんだ。

Firkin(ファーキン)


 エルロン(補助翼) とは飛行機をバンク(横転、ロール)させるのに使う動翼である。左右の主翼後縁の外側に取り付けられており、機体の前後軸を中心とした回転運動を制御する。

 ラダー(方向舵)は飛行機の操縦に用いる動翼の一つである。左右の首振り運動(ヨーイング)を起こしたり止めたりすることに使う。主翼の補助翼と併用して、定常釣り合い旋回をする。

 エレベーター(昇降舵)は、飛行機の操縦に用いる動翼の一つ。機体の左右軸を中心とした動きを制御し機首上げ、機首下げの姿勢にするために使う。
(Wikipediaより)



 2機来る!
 右へロール。でもこれはフェイント。
 1機は右へ流れた。残ったのは1機。
 すぐに反対へロール。左下へほとんど背面でダイブ。ついてくる。おいで・・・おいで・・・
 ラダーをあてる。エアブレーキ。急激に減速。もう1段、フル。詰まった。エレベーターフルアップ。スロットルオフ。ラダー。体が浮く。
 ストール。機体が方向を変える。フルスロットル。
 相手の横っ腹が見えた。撃つ。撃つ。コックピットに弾が吸い込まれていく。キャノピーが赤く染まる。やった~。快感!快感!
 墜ちる。舵は?まだか。
 ガン!ガン!ガン!衝撃。撃たれた?ばかな?どこから来た?裏からか?コックピットの中を何かが跳ね回ってる。
 舵が戻った。左へ急旋回。ロール。居た。ターン。この野郎!撃つ。撃つ。撃つ。お返しだ!相手が火を噴いた。ヒャッホ~!離脱。反転して下を確認。ゆっくりと姿勢を戻す。辺りを確認。機影は見えない。
 まずったな~。アタシは思い切り顔をしかめた。
「エクレア。まだ飛んでいるか?」無線が入った。
「ガリレオ。飛んでいる。今のところ2機」
「こっちも2機、状態は?」
「えっと」アタシは少し間を置いた。「BB、オキナワは雪」
「どこだ!」ガリレオの声が慌てている。“BB”は「一部に損傷」“オキナワは雪”は「緊急着陸を要請する」というコードだったからだ。腹側から主翼を打ち抜かれている。どこか油圧系統もやられて油圧が下がっている。燃料系もエラーが出ている。胴体にも喰らったようだ。もってくれると良いんだけど。
 それにさっき跳ね回った何かがどこかに当たったらしい。ラダーが思うように操作できなくなってきた。さっきまで大丈夫だったのに。
 ガリレオが上がってきて右に並んだ。アタシはガリレオに向かって手を振った。
「エクレア、46ベースに降りる。そのままついてこい。周波数を939へ」
「了解」アタシは短く返事を返し、周波数をセットした。そしてそのままガリレオの左側に並んで雲の中へ降りていった。

 雲の下の天気もそう悪くはなかった。
 夕方が迫ってきているのか、前方に広がる雲がオレンジ色に染まり始めている。
 もう夕方だったっけ?ガリレオが真横に並んできた。こっちを覗き込んでくる。アタシはガリレオに向かってもう一度手を振って見せた。
「エクレア、安全空域に入った。無線の制限は解除だ」ガリレオが無線を入れてくる。
「了解、ガリレオ」
「基地とは連絡を取った。機体は滑走路の軸線に乗っている。このまま進入する。ついてこい」
「了解。真っ直ぐなら問題ない」
「大丈夫そうだな。だが主翼と胴体に幾くつか穴が開いている」
「畜生!腹側から撃たれた。何やってたんだろ。信じられない。とんだへまやっちゃった」アタシは声を振り絞った。
「オイルが漏れているかもしれない。コントロールは?」
「ラダーが上手く使えないみたいだ。あとはやってみないと」
「油圧は?」
「少し下がっているけど何とかもたせる」
「ストールを使ったのか?」ガリレオが訊いてくる。何もかもお見通しだ。アタシは返事をすることが出来なかった。
「そいつは最後までとっておけと言ったろう?ストールしてから舵が効くまで無防備になる」
 アタシは言い訳をすることが出来ない。でもこれまでこれで生き延びてきたんだ。
 ガリレオが少し離れて前方に出た。
 アタシはコックピットを覗き込まれなくなったのでホッとした。腰から下が冷たくなってきた。でも真っ直ぐなら問題ない。問題ない。
 徐々に高度が下がる。下は海岸線から内陸に入り田園が拡がり始めた。遠くに小さく町が見える。滑走路までまだあるのかな?日が沈もうとしているのか、徐々に明るさが落ち始めた。誘導灯を早めに点けて欲しいな。
「ガルレオ、誘導灯を点けるように言ってほしい」
「なんだって?エクレア、繰り返してくれ」
 下半身ばかりでなく痺れと冷たさは徐々に拡がり始めた。太陽は完全に沈んでしまったのかな。辺りはどんどん暗くなる。
 どうしたんだろう?滑走路は?誘導灯は?
「ヨシダさん・・・あと・・・どれぐらい?」
「あと3キロ、いや2キロだ」
「ああ、もう・・・」
「どうした?」
 アタシの体はゆっくりと左へ傾き始めた。
「おい!そっちじゃない。戻せ!エクレア!エクレア!」
 無線機からは叫び声が聞こえる。
「カンザキ!上げろ!カンザキ」
 アタシを呼んでいる。
 でもアタシにはどうする事も出来なかった。

Fin

2015.03.30(エスの誕生日)
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスのきまぐれプロット(H1A)

Stella/s 月刊ステルラ4・5月合併号 投稿作品

H1A

「寒い・・・?」
さっきまで体中が細かく震えていたのに、震えも止まった。
寒さも感じなくなった。
そしてなんだかフワフワした気分になってきた。
あれ、体が動かないぞ。
「まぁ、いいかぁ・・・」
僕はぼんやりとした頭の中で考えた。

 ケッチンの運転するオートバイ、H1は悲鳴のようなエンジンブレーキの音を響かせながら減速し、コーナーに入っていく。
 2月の空気は肌を切るように冷たい。「寒~い」タンデムシートに座っているダンゴは前に座っているケッチンに回した手に力を込めた。背中にピッタリとくっつくと少しだけだが暖かくなるような気がするのだ。つなぎのツーリングウェアの上にオーバーパンツを履き、モコモコのダウンを着込み、さらにその上に分厚い革製のジャケットを羽織っているのに、寒さは体の芯にまで伝わってくる。
 H1はコーナリングを始める。それにつれて体はコーナーのインに向けて傾き、路面が迫ってくる。
 オートバイに乗せてもらい始めた頃は今にも路面と接触しそうなこの状況に、ダンゴはいつも体を起こしたい衝動に駆られた。でも、そうするとスムーズなコーナリングが出来ないとケッチンに叱られるので、ケッチンの背中にギュッとしがみつきながら恐怖に耐えていた。でも最近はこの一体感のあるコーナリングを楽しめる程度にはなってきていた。コーナリングの開始と同時にタイミングを合わせてインに向かって体を倒し込む、次のコーナーでは反対側に、そしてまた反対側に・・・リズミカルな動作はなんだかダンスみたいだ。そんなふうにすら感じる事もあるくらいだ。
 ストレートに出たH1は軽やかに加速していく。辺りは少しずつ明るくなり始め、夜明けが近いことを感じさせる。なんとか日の出前に岬にたどり着けそうだ。ダンゴは次のコーナーに備えながら安堵のため息をついた。

 素晴らしい日の出だった。そうでなければケッチンに嫌みの一言も言われていたところだ。何故なら真夜中をずいぶん過てから急に「岬の先端で日の出を見たい」と言い出したのはダンゴだったからだ。どうしてかは自分でもわからなかった。
 ダンゴがそう言い出したとき、「日の出?しかも岬で?寒いぞ!」ケッチンは困ったような顔をしたが拒否はしなかった。「それに日の出の見える岬なんて近くにはないぞ。シオミ岬なら見えると思うけど、夜明けに間に合うかな?」
「じゃあ、すぐに出かけよう。バイク、仕上がってきてるんでしょう?」
「H1のことか?あれで行くのかぁ?」
「なによ。じゃじゃ馬だから恐いの?」挑戦的なダンゴの言葉にケッチンは渋々腰を上げた。
 大急ぎで2人は分厚い服を着込み、ケッチンはヘルメットに頭を押し込む。ダンゴもヘルメットを被るために、両腕を肩の上に挙げてポニーテールを留めていた赤いリボンを解く。そしてそのまま髪を1つにして、再び赤いリボンでキュッと纏める。ケッチンは立ち上がったまま、その様子をずっと目で追っている。「こんなんでいいんだ・・・」ダンゴは満たされた気分で小さく呟いた。
 だから素晴らしい日の出は必須だったのだ。付き合ってくれたケッチンの為にも、自分の為にも・・・

「綺麗だったな」ケッチンはまだ東の空の方を向いたまま言った。太陽は高度を上げ始めていたが、おそらく気温はまだ最低を記録したままだ。
「来て良かった?」ダンゴの吐く息が白く拡がった。
「まあな。でもダンゴ、寒さは大丈夫か?」ケッチンの白い息がそれに混ざる。
「そりゃぁ、寒いよ~。でも大丈夫。今、お日様に力をもらったもの」そう言いながら「あれ?」ダンゴは横に並んだケッチンの向こうに目線をやった。何かの気配を感じたのだ。
「どうした?」ケッチンも同じ方を見る。駐車場の端に置いてある。いや、多分捨ててあるダンボール箱が目に留まる。気配はそこから感じられる。
 ダンゴはケッチンをそこに残してダンボール箱に近づいた。そしてそっとその蓋を開ける。「大丈夫か?」いきなりの行動に驚いたケッチンが声をかける。
「ケッチン!来て!」ダンゴはそんなことにはお構いなしに大きな声でケッチンを呼んだ。
 ダンゴはケッチンと並んでダンボール箱を覗き込む。ダンゴは中のものにそっと手を触れ、順番に状態を確認していく。「大丈夫、冷え切っているだけ」そう言うと、ケッチンの目を見つめてちいさく頷き、了解を求めた。そして、おもむろに胸のジッパーを幾つか降ろすと、ダンボール箱の中のものをそっと抱き上げ、それをジッパーの中へ、乳房の間に押し込んだ。「冷た~い!」そう言いながらジッパーを上げるダンゴの胸元を、ケッチンは斜めの視線で見つめていた。
「早く帰ろう」ダンゴに促されてケッチンは立ち上がり、オートバイに近づくとエンジンをかけた。甲高いエンジン音が響き渡り、3本のマフラーから白煙が吐き出された。

「あれ?」僕はふと目を覚した。
「暖かい・・・それにこのお尻の下の柔らかいものはなんだろう?」僕は体を動かそうとした。ちゃんと動くようにはなっていたけど、ここはずいぶん狭い。でもほんわかで、何だかいい匂いがする。それに僕の本能がここは安全だと言っている。トク・トク・・・安心の音もする。
ジッとしていよう。僕はそう決めて目を閉じた。

 2人は大急ぎでケッチンのアジトであるロフトへ戻ると石油ストーブに火を入れた。徐々に芯に火が回って辺りが暖まると、ダンゴは幾つかのジッパーを降ろして中のものを取り出した。ケッチンの遠慮がちな視線に気が付いたダンゴは、慌ててジッパーをもとへ戻した。
 取り出したものは小さな目を開けていた。ダンゴはそれをそっと床へ降ろす。それは恐る恐る足を床におろすとダンゴの足下に寄り添った。

子犬
このイラストの著作権はユズキさんにあります。

「うわぁ!可愛い!」ダンゴは思わず声を上げる。
「モコモコだな・・・」ケッチンもそっと背中を撫でる。
 ダンゴはケッチンからそれを奪い取るように抱き上げた。「男の子だね~!よしよし~」頬ずりをする。
「なぁ、そいつ、ここで飼うのか?」ケッチンは気になっていたことを訊いた。
「わたしの家はアパートだし、お願いできないかなぁ」ダンゴがケッチンの顔を覗き込む。
「じゃぁ、名前は俺につけさせろよ。帰り道、ずっと考えてたんだ」
「いいけど・・・」ダンゴの顔は不安げだ。
「じゃ、こいつはアヴェンタドール。アヴェンタドールだ」
「アヴェンタドール?何それ?」
「いいじゃないか。ここで飼うんだろ?」
「うん、ま、いいか。でも変な名前だね」
「格好いいからいいんだ。こいつ大型犬みたいだし。それに俺が飼うんだから」
「ベンタ!ベンタ!」ダンゴは早速名前を呼んだ。
「ベンタかよ・・・」ケッチンは顔をしかめた。

2015.04.30
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット(神様の降りるところ)

「味が無いな」ダイスケは箸を口に運びながら言った。
「シッ、声が大きいよ」エスは小さく声を出した。「ここは京料理の店なんだから薄い味付けになってるの。出汁の旨味を味わうんだよ」
「分かってるんだが、俺はどうも塩分の少ないのは苦手だな」
「何言ってるの、そんなこと言ってると血圧が上がっちゃうよ。もう年なんだから」
「美味いんだが、これにほんの少し塩を足せばもっと味が引き立つと思うんだが」ダイスケは次々と料理を口に運ぶ。
「贅沢言わない。とっても美味しいよ。そんなこと言いながら父さんだって美味しそうに食べてるじゃない」
 エスはダイスケと京料理の店で昼食をとっていた。店は谷筋の一番奥の小さな集落の中にある古い民家を改装して作られていて、辺りを深い緑に覆われた山々に囲まれている。NETで紹介されているのをエスが見つけて、ダイスケの休日に合わせて2人で出かけてきたのだ。この間の京都への小旅行からエスは出かけることに積極的になっている。
 エスとダイスケは広い和室に置かれた食卓に向い合せに座っている。テーブルは幾つかあったが、まだ昼食には少し早い時間だったせいか、2人以外食事をしている客はいない。食卓の横は縁側になっていて、微かに爽風が吹き抜けていく。6月の都会は蒸し暑い日々が続いているのだろうが、ここは少し寒いくらいだ。裏手の山並みから冷たい風が降りてきて和室を通り抜け、そして谷筋を下って行くのだろう。縁側の向こうは広い庭、その向こうは小川、そしてその先は水田が少しあって向かいの山並みへと繋がっている。まだ梅雨入り前なので天気は良好だ。
 2人は食事を終えると縁側に出て縁側の縁に並んで腰を掛けた。エスはショルダーバッグから小型のラップトップパソコンを取り出すと起動し、ファイルを開いた。
「これ、読んでみてよ」とダイスケにパソコンを渡す。
「なんだ?こんなところでか?」
「今なら、時間があるじゃない。いつもはなんだかんだ言いながらなかなか読んでくれないもん」
「だな・・・」ダイスケはパソコンに目を落とした。「お?新作か?」
「うん、でもこれはScene2なんだ」
「Scene2?Scene1は?」
「この前読んでもらったでしょ?」
「ん?この前見た『Firkin』のことか?」
「そ、あれを少し書き直して物語の書き出しにしたの」
「でも、あれじゃ終わってしまうじゃないか?」
「ウチ、前にもそんな書き方をしことがあったじゃない」
「ああ、あれか・・・」ダイスケはそのまま続きを読み始めた。

「ふむ・・・」読み終わったダイスケは感想を述べ、エスの意見を聞きながら推敲と校正を始めた。ほんの短い断片だったのでそんなに時間はかからなかった。

新世界から Scene2

 雨が上がって日が差し始めると、大気は一気に蒸し暑さを増した。
 路面はアスファルトで舗装されていたが、あちこちが剥がれ、めくれあがって水が溜まっていた。往来する自動車がそれにタイヤを落とし、あちこちで跳ねが上がる。
 雨宿りしていたフワリは軒先を出て、そこここにできた水溜まりや行き来する人々を避けながら通りを歩き始めた。
 彼女はまだ8歳だったがその割には背が高く、背の割には体重が不足していた。つまりやせっぽちだった。肌の色はやや濃いめで、腰まで届く漆黒の髪は首の後ろでシンプルに束ねられ、律動的な足取りに合わせてリズミカルに揺れていた。
 身に着けているサイズの小さいワンピースは、もともとの色が何色だったのか想像することも難しいくらい変色していたし、そのほっそりとした長い足にまるで似合わないズック靴も、メーカーも分からないくらい変色し型崩れしていた。上空には大きな二重の虹がかかり始めていたが、彼女がそれに気づいた様子は全くなかった。
 もっとも、大勢歩いている、あるいはたむろしているこの街の住人の中で、その大きな虹に気が付いた者がどれだけ居たのだろう。おそらくその住人を探し出すことは至難の業だと思われた。
 やがてフワリは十字路に差し掛かるとそこを右に曲がった。右に曲がった先は少し静かな通りになっていて、辺りは2階建てかせいぜい3階建の古くて薄汚れた建物が立ち並んでいる。ほとんどが宿泊かそれに類する目的で使われる建物だったが、好き勝手に増改築された不統一な外観がこの通りの景観に一層のカオスを加えていた。
 通りを暫く進むと左側に緑の木々が見えてくる。緑はその奥に建つ3階建の建物の前庭で、ほとんど手入れもされていなかったが、それなりの広さを持っていたし、大きな木もたくさん植わっていたので、周囲に一定の潤いと安らぎの様な物を与えていた。
 木々の奥に見えている建物の1階はバーになっていて、フワリは庭の飛び石を伝ってその入り口に近づいていく。飛び石の間隔が開いていてジャンプをしなければならない所もあったが、地面がぬかるんでいるので靴を汚さずに庭を通り抜けるにはここを通るしか無かったのだ。
「おかえり、フワリ」入口からバーテンダー風の男が出てきて声をかけた。その“フワリ”の発音は、柔らかさを表すその言葉の本来の発音とは全く違っていて、解剖を表すよく似た別の言葉の発音のように抑揚を欠いた硬い物だった。
 フワリはその男の方にチラリと目をやったが何の受け答えもせず、そのまま入口をくぐった。

「この後はどうするつもりだ。どうせ何も考えてないと言いそうな気もするが?」ダイスケはパソコンから顔を上げる。
「大まかなプロットはあるよ。でも細かいところは全然」いつものようにエスはあっけらかんと答えた。
「Scene1とScene2は全く繋がらないな」
「もちろん!全然別のお話だからね。今Scene3も少しだけ書き始めてるんだけど、これはまた今度ね」
「全体が出来てからまた見たほうがいいな。バランスが分からない」
「もちろんそのつもり。でもこの先はもっと時間がかかりそう。出だしだけでもと思ったんだ」
「このScene2の書きだし部分だけでどれだけかかったんだ?」
「なんだかんだで3日。流れが気に入らなくて、何回も読み返しているうちにね・・・」
「やれやれ・・・」ダイスケは縁側に寝そべってしまった。
「そろそろ行こうか?」エスが目を瞑っているダイスケに声をかけた。
「そうだな」ダイスケがチラリと腕時計を見て起き上がる。
「でさ、帰り道、ちょっと車を止めて欲しいところがあるんだ。声をかけるからそこで止めてよ」
「どこだ?そんなに景色のいいところがあったか?」
「ううん、そうじゃなくて、何て言うんだろう?神様の降りるところ・・・かな?ここへ来るときにそんな所を見たんだ。だから気になってる」
「神様の降りるところ?なんだそりゃ?まぁいい。早めに声をかけてくれ」
「わかった」エスは立ち上がると伝票を持ってレジへ向かった。ダイスケはレシートを取り上げようと手を伸ばしたがエスの動きに追いつけず『まぁいいか』という風に肩をすくめた。

 ダイスケの運転する車は谷筋の一番奥から盆地の底へ向かって下っていく。辺りは徐々に開けてきて、家の数も増えてくる。やがて車が谷筋を出て盆地の中に入った所でエスが声をかけた。
「ここだ!ここで止めて!」
 ダイスケは車を路肩に寄せると停車した。
「ほら!みて!神様の降りるところ」
 ダイスケはエスの指さす方向を見たが、やがてエスと同じ感想を持った。

神様の降りるところ2
「なんでここにこんな物があるんだ?どけられなかったにしても、周りには同じ様な物は無いし」しかしダイスケは疑問を口にする。
神様の降りるところ1
「だから神様がここに降りてくるんだよ。だから耕さないで置いてあるんだよ。きっと」エスはカメラを構えながら嬉しそうに言った。
神様の降りるところ航空写真
YahooJapan地図
 
 

物書きエスの気まぐれプロット(19)


テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット(20)

無事に旅行から戻っています。
お出かけ報告の記事の中で触れていました報告記事ですが、ありきたりの旅行記では書いていても面白くないので、エスに登場願いました。
サキは山奥の温泉でのんびりして観光もしてきました。楽しかったです。

物書きエスの気まぐれプロット(20)

「ふう~」エスは大きく息を吐き出した。そして湯船のふちに頭を乗せて両手を上に上げると、「う~ん」と思い切り伸びをした。湯船に体がふわりと浮いた。露天風呂には誰もいない。エスの体にはあまり他人には見せたくない傷跡が残っているので、こういう状況はとてもありがたかった。誰に気兼ねするでもなく、自分のままに振舞うことができる。
 露天風呂は単純な長方形で、5人ぐらいが間隔を開けてゆったりと並んで入れる大きさだ。湯船の向こうは大きな窓のような開口部が開いていて、お湯に浸かると沢の向こうにある山の木々の連なりとその上の空が見える。風景は建築のセオリー通り、大きな窓枠に切り取られ、まるで額縁に入れられた絵画のようだ。
 午後5時30分、夕闇が迫り、木々の緑色と夕闇色との区別がつけにくくなってきた。さっきまで降っていた雨のせいだろうか、木々の間を山の斜面に沿って霞がゆっくりと登ってゆく。雨を集めた沢の音が響いてくる。他には何も聞こえない。空は残照だけがかろうじて絵画の余白部分の役割を務めていたが、その白さも徐々に弱まってゆく。ゆっくりとゆっくりと夕闇が迫っている。
 エスは長い間動かないでその光景を見ていたが、やがて湯から出て湯船のふちに腰掛けた。だいぶのぼせたのだろう、ピンク色になった肌は湯気をあげている。冷たい空気の中、彼女から立ち上る湯気も、湯船から立ち上る湯気も一緒になって風景の中の霞に加わってゆく。その様子をじっと眺めていると、彼女はまるで自分が風景の中に溶け込んでゆくような気持ちになった。
 ふとエスは自分の頬を伝うものがある事に気づく。手が濡れていたので、それが涙だということに気づくのに時間がかかる。何度もゴシゴシと目元をこすって、ようやくそれが涙だということを理解すると、『泣き虫だなぁ』エスは両手で湯をすくって顔を洗った。
 冷たい空気に晒された体が少しずつ冷えてくる。エスはまた湯船に体を沈めると大きく体を伸ばした。
 いよいよ風景は光を失ってゆく。だが闇に閉ざされる一瞬前でも一瞬一瞬が心を揺り動かす力を持っている。夕食は6時半からで、まだ少しの猶予があるはずだ。『今少し』エスは湯船に体を沈めたまま、自分だけの空間に留まった。

泉質:単純弱放射能泉 (うち、ラドンを豊富に含む)
効能: 神経痛、筋肉痛、関節痛、慢性消化器病、慢性皮膚病、婦人病、冷え性、通風、疲労回復など

2015.12.18
2015.12.19 微修正
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット(21)新年・コハク来襲

Stella/s 月刊Stella12・1月合併号掲載作品

「エス!」ジッと後ろに立っていることが我慢できなくなって、コハクはついに声をかけた。
 イヤホンを両耳に突っ込んだままキーボードに指を走らせていたエスは、肩をビクッとさせて後ろを見上げた。
「なんだ、居るなら声をかけてよ」エスはイヤホンを耳から外した。
「部屋に入る時も、後ろに立つときも、ちゃんと声をかけたんだけど」コハクは声を重くする。
「かけたの?」エスはキョトンとした表情でコハクを見上げる。
「そう、大きな声で、はっきりとね」
「そうなんだ」エスはそう言いながら顔を戻した。
「ふう・・・」コハクはこの件についての意見は諦めて、次の質問に進むことにした。
「でさ、私の声も聞こえないくらい何を夢中になっているの?」
「あ、これ?」エスはラップトップPCを指さした。「これはこの前から書いている新作、『新世界“より”』のシーン2だよ」
「だいぶ前からここに立っているからそんなことは分かってる。聞きたいのは、なぜそのシーンを今頃いじっているのかって事。ブログにアップしたのはずいぶん前でしょう?」
「そうなんだけど。続きを書いているうちに、このシーン2が気になってきたの。やっぱりもう少し書き加えた方がいいんじゃないかってね」
「でも、シーン3の発表からだいぶ経っているし、シーン4を仕上げた方がいいんじゃないの?」
「わかってる。わかってるけど、ここを見直さないとシーン4が書けないの」
「じゃあ、シーン2は変わるんだね?」
「そうでもない。あ、変わるんだよ。でも大筋には変更はないから、わざわざ読み返す必要はないよ」
「だったら・・・」
「ストップ」エスは画面を見たままコハクの顔の前に手の平を差しだした。
「わかってる!コハクの言うことはもっともだけど、ウチの気持ちが許さないの。このシーンを直してからでないと、シーン4に手を付けられないの」
「ふう・・・」コハクはこの件についての質問は諦めて、次の質問に進むことにした。
「まぁいいや。じゃあ、年末に書いていた『素敵な午後』の続きはどうなったの?読ませてくれるんじゃなかったの?」
「あぁ・・・あれ、ね」エスはコハクを見上げて目を泳がせた。「あのお話しは、あの後の展開が確定してないから、そのもう一つ後のシーンで2パターンのストーリーを書いているんだ」
「2パターン?」コハクの目は少し大きくなった。
「そう、未確定部分が固まってからどちらを使うか考えるの」
「じゃあ、2つとも見せてくれない?」
「え?」エスはまた目を泳がせた。「それは無理だな」
「どうして?」コハクはたたみかける。
「だって、どちらもまだちゃんと書けてないもの」
「ふう・・・じゃぁ、何かわたしに見せられる作品は?」
「あぁ・・・」エスはもう一度目を泳がせた。そして「ごめんなさい。今、ちゃんと書き上がっているものはないんだ」と下を向いてしまった。
「やっぱり」コハクはエスを睨みつけた。「だいたいエスは途中で放り出している作品が多すぎる。わたしはいいけど、そんなんじゃ、ブログで作品を見てくださる方が呆れて離れていくよ。マリアにも愛想を尽かされちゃうよ」
「そうだね。でも・・・」エスは小さくなった。
「『コハクの街』の続きも待たされたままだし、トロとタモの話はどうなってるの?」コハクの説教が始まろうとしていた。
「そのうちに、ね!」エスはお願いの顔をした。
 その時部屋のドアがノックされた。
「お雑煮が出来てるけど食べる?」ケイの声だ。
「母さんだ。は~い。すぐ行く~」エスは明るく返事を返すと「食べよう食べよう」とコハクを引っ張った。
「ふう・・・」コハクは諦めてエスに従ったが、まだ新年の挨拶も交わしていないことを思い出した。


2016.01.04
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

物書きエスの気まぐれプロット(22)午後のパレード

 そのとき、トロの顔がふとトンネルの先の方に向いた。ジッと聞き耳を立てる。
(そんなバカな。まだ数時間しかたってないのに)微かな気配は微かな音になり、やがて徐々に大きくなり、空気が流れ始めた。
 トロはトロッコに駆け寄るとサイドに付けられたハンドルを両手で掴んだ。
 音は轟音に変わりはじめ、流れる空気もどんどん強くなる。トンネルの中が徐々に明るくなり始めた。
「来る!」トロは車体を揺すってタイミングを計ってから「うおおおおお!!!」全身の力を振り絞ってトロッコを押し上げた。

 エスは自分が唸り声を上げた様な気がして慌てて目を開けた。少し首を持ち上げる。目の前には湖面が広がり、向こう岸には緑の山々が連なっている。
 エスは自分がどこに居るのか一瞬わからなくなって混乱したが、やがてゆっくりと混乱を収束させ、ややあって首を降ろす。そして瞼の力を緩め、薄く目を開けた状態で天を見上げた。
 布製の天蓋が作り出す光と影、爽やかな空気の流れ、太陽が天蓋やタイルを照らす暖かい臭い、どこかから聞こえる鳥の声、梢のそよぐ音。さらに耳の感度を上げると、庭のプールで誰かが泳ぐ音、話し声、そして歓声、時々表を走る自動車の音、小さな虫の羽音。それが顔の周りを巡り、どこかへ去ってゆく・・・そしてまた静寂。

 とても満ち足りた気分。

 エスはベランダに置かれたデッキチェアの上で再びまどろんだ。

 どれくらいの間、目を瞑っていたのだろう。緩やかな風に乗って聞こえ始めたリズムにエスの意識は覚醒を始める。

 なんだろう?

 ほんの微かな響きだがこれはマーチだ。ブラスバンドが演奏している。エスがまた瞼を薄く開けると、天蓋越しの日光が柔らかく降りてくる。首を持ち上げると湖面の輝きはさっきより増している。太陽は午後の行程に差し掛かったようだ。
 エスはデッキチェアの上に上半身を起こした。視界が広がり、ベランダの手摺の向こうに庭のプールが見える。
 プールに人影は無い。水遊びをしていた子供たちはどうしたんだろう?
 ブラスバンドの演奏が少し大きくなった。

 近づいてくる?

 エスはお腹にかけていたタオルケットを横に置くと立ち上がった。
 何種類かのブラスに加え打楽器の音が軽快なリズムを刻む。やはり近づいてくるようだ。エスはベランダから部屋に入ると室内を見回した。
 コハク?コハクは?
 部屋には誰もいない。メイクされた2つのベッドが人恋しげに並んでいるだけだ。

 どこへ行ったんだろう?

 エスは不安げにテーブルの上を見るが、メモは置かれていない。

 コハクらしくないなぁ。

 エスは扉を開けて廊下に出る。誰もいない。演奏の音はまた少し大きくなった。
 エスは優美な曲線を描いた階段を降り、広々としたロビーに出る。
 ロビーにも誰もいない。
 フロントももぬけの空だ。呼び鈴を鳴らしてみるが、奥のドアからも誰も出てこない。エスはまた辺りを見回す。ロビーの大きな窓からはプールと広い庭が見渡せる。
 エスはテラスへ出る。午後の太陽に湖面はさらに輝きを増し、風は太陽の香りを運んでくる。だがプールにも広い庭にも人影は無い。ブラスバンドが近づいてくる。
 エスはロビーに戻り、それから玄関に向かう。いつもドアマンがいてドアを開けてくれるのに、今はドアマンも見当たらない。エスは自分で大きなガラスのドアを押しあけて表に出た。ブラスバンドの音はさらに大きくなった。すぐそこまで来たようだ。

 パレード?何かのお祭りかな?

 やがて隣の建物の陰からパレードの先頭が顔を出す。先頭は大きな指揮棒をクルクル回すドラムメジャー。そしてその後ろにブラスバンドが続いている。華やかなユニホームを身に着け、全員が揃いの仮面姿だ。ブラスバンドが見えたとたんマーチはいっそう華やかに大きく響くようになり、足並みをきちりと揃えて建物の前のロータリーに回り込んでくる。 ブラスバンドに続いているのは、花の冠を付け、真っ白なドレスで着飾った少女たちだ。少女たちも1人1人が個性的な仮面を付けている。クルクル回り、陽気に紙ふぶきを振り撒きながら行進してくる。
 紙ふぶきは風に巻き上げられ、エスに降りかかった。それは三角に切られた小さな金色の紙で出来ていた。

 ヴェネチアのカーニバルみたい・・・。

 さらに背の高いぬいぐるみが20体ほど現れた。キリン、シマウマ、ヌー、ガゼル、そしてゾウなどが縦長にデフォルメされている。よちよちと少女達の後を付いていきながら、時々クルリとまわったり手足や体を動かしたりて愛想を振りまく。そしてその後はミコシの様な物が続く。どうやらそれが最後尾のようだ。ミコシは動物の形をしていて、他のメンバー達より一層不気味な仮面を付けたピエロの様な装束の男たちが担ぎ上げている。その横には大きな傘を持った、やはり仮面を付けた女性か付いていて、ミコシに影を作っている。
 エスは玄関からロータリーに下る大きな階段の上で、手摺から身を乗り出してそれを眺める。

 ライオン?

 ミコシは動物、それも猛獣を模した椅子のようだ。前足を大きく上げて立ち上がった猛獣は、そのお腹の前に人が座れるようになっていて、そこに人が座るとその頭が猛獣の大きく開いた口の前にピタリと収まるようになっている。

 座ったら食べられてしまいそう。

 椅子には誰も座っていなかったが、エスはそんなふうに思った。
 隊列はロータリーを回り込み、エスが立っている建物の前でピタリと止まった。同時にブラスバンドの演奏も止み、少女たちもぬいぐるみも進行方向を向いたまま動きを止めた。まるですべての音がどこか異次元の空間に吸い込まれてしまったように静かになった。微かに聞こえるのは自分の耳鳴りだけだ。
 ゆっくりとミコシの椅子が地面に降ろされる。仮面の男たちがエスの方を向いて整列する。
 エスは左右を交互に確認し、振り返って後ろも確認した。誰もいない。ここにいるのは自分だけだ。

 きっとこれは夢だ。だから楽しまないと・・・。

エスは階段を駆け降りようとした。

 あれ?

 エスの足は動かなかった。まるで根でも生えてしまったみたいに床から剥がれない。パレードのメンバーはそのままの状態で待機している。自分がミコシに座るのを待っているのではないか。エスはメンバーの皆を待たせては悪いような気がして、足を動かそうと焦った。だがどうしても剥がれない。エスは混乱し、手摺の陰にしゃがみこんだ。
 その時ドラムメジャーのホイッスルがリズムを刻み始めた。ブラスバンドがそれに合わせて演奏を始める。次のホイッスルでバンドは足を揃えて進み始めた。真っ白なドレスの少女達、そしてぬいぐるみ達がそれに続く。紙ふぶきが舞い始めた。仮面の男たちも空のミコシを担ぎ上げ、その後に続く。パレードはロータリーの残り半分を回り込み表の通りに出ると、そのまま隣の建物の向こうに消えて行った。
 パレードは徐々に遠ざかり、ブラスバンドの音は小さくなり、やがて聞こえなくなった。
『どうされましたか?』耳元でする声がイタリア語である事に気が付くのに少し時間が必要だった。
『なんでもありません』エスはイタリア語で返答すると、手摺をつかんで立ち上がった。顔を上げるといつものドアマンの顔がそこにあった。
 ざわめきが一気に耳に飛び込んでくる。
『大丈夫ですか?ドクターを呼びましょうか?』ドアマンは心配げに覗き込んでくる。
『大丈夫』エスは歩き出そうとしてよろめいた。
 ドアマンがサッと体を支えてくれた。
『本当に大丈夫、1人で歩けます』エスはまた歩き出そうとする。
『おつかまりください』
 エスはドアマンに手を貸してもらってロビーに入り、大きなソファーにゆっくりと腰を下ろした。フロントクラークの2人が駆けつけてきて、ドアマンと3人でエスの様子を確認する。
『大丈夫です。ちょっと貧血を起こしただけですから。もう大丈夫』エスは手を煩わせることが嫌だったので気丈に答える。そして目を大きく開けて笑顔を作り無事をアピールする。
『そのようですね』男性のフロントクラークはにこやかにそういうと付け加えた。『でも、もうしばらくここでお休みください。私どもが見ておりますから。何か飲み物でもお持ちしましょうか?』
『水を、冷たい水をもらえますか?』エスは笑顔のまま首を傾げる。
『畏まりました』女性のフロントクラークはいったん下がると、トレイにコップを乗せて戻ってきた。エスは両手でそれを受け取るとゆっくりと口を付けた。
 冷たい。
 冷たい水が喉を潤す。ほのかにレモンの味がした。
『美味しい。ありがとう』エスが礼を言うと覗き込んでいた3人の頬が緩んだ。
『ところで、あのパレードは何かの催しだったんですか?』
 3人は顔を見合わせた。『なんのパレードでしょうか?』
 エスは嫌な予感を感じながら、『カーニバルか何かのお祭りのパレードだと思ったんだけど・・・』言葉が尻すぼみになる。
『さきほどですか?』3人はまた顔を見合わせる。
『いえ、なんでもないです。質問は取り消します。気にしないでください。ごめんなさい』エスは慌ててコップの水を飲んでむせこんだ。
『大丈夫ですか?』女性のフロントクラークが背中をさすってくれる。
『ありがとう。もう大丈夫ですから。仕事に戻ってください』エスはまた笑顔を作るとソファーにもたれた。
『では、そうさせていただきます。エスさま。何かありましたら遠慮なくお声をおかけください』3人は持ち場へ引き上げて行った。
 エスは両手を胸に当て、心臓の鼓動がいつもの通りであることを確認した。
 あれは何だったんだろう?あのミコシに乗っていたらどうなったんだろう?
 エスは天井を見つめながら考えていた。
 
 ドアマンがガラスのドアを開ける気配に、エスは玄関の方へ顔を向けた。
 コハクの姿が見えた。外出から帰ってきたようだ。ドアマンがコハクに話しかけている。事情を説明してくれているようだ。
「コハク!」エスは声をかけて立ち上がった。
「エス!大丈夫?」コハクが駆け寄って来る。
「よく分からないんだけど、玄関のところで貧血を起こしたみたいで、ちょっと休憩を・・・ね」
「事情は聞いた。部屋で昼寝をしていたんじゃなかったの?」
「それが・・・不思議なんだ」エスはさっき見たパレードについて説明した。仮面を付けたブラスバンドや、少女たち。振り撒かれる紙ふぶき、ぬいぐるみや、猛獣の形をしたミコシの事。エスは見たことを詳しく話した。そしてホテルマンたちはパレードを見ていないことも・・・コハクには話しておいた方がいいような気がしたのだ。
 コハクは黙って話を聞いていたが「エス、あなた、体調は?おかしな所は無い?」と訊いた。
「大丈夫、もう元気だよ」エスは笑顔を見せる。
「みたいだね。でもちゃんとお医者さんに診てもらっておいた方がいいわね。手配をしておくわ」コハクはエスをジッと観察しながら言った。
「大丈夫だって!」
「だめ!許しません。こんな遠いところまで来てるんだから。疲れもたまっているかもしれないし。わかった?」コハクの声はきつくなった。
「う~ん」エスは不満そうな返事を返した。
「それで、あなたのおばあさんの事だけど」コハクはそんなエスを無視して話題を変えた。
「あ、調べてくれてたんだ」エスの目が輝く。
「だいたいわかった。明日病院を済ませてから行ってみよう」
「どこへ?」
「おばあさんの実家が分かったんだ」
「うわ!凄い!ありがとう」エスはコハクに抱き着いた。
 エスの祖母はイタリア人だ。日本人と結婚して日本にやって来たが、ルーツはここ、コモ湖の東岸だと聞いていた。だからエスには4分の1イタリアの血が流れている。そして祖母とコミュニケーションを取っていた関係でイタリア語も喋ることができる。今回の旅行はエスにとって初めての海外旅行だったが、自分のルーツをたどってみることも目的の1つだった。
「それからマリアの事だけど」コハクはエスの体を離しながら話を続けた。マリアはエスのブロ友の名前で、お互いに書いている小説ブログの読者としてNET上で知り合った。
「それも、調べてくれていたんだ」
「多分このあたりに住んで居るとは思うんだけど、マリアという名前だけでは何が本物か全然分からない。マリアってハンドルネームなんだろうけど」
「時々コモ湖の話題が出るからこのあたりだと思うんだけど・・・」エスはマリアの素性について何も知らない。マリアもエスの素性について何も知らないはずだ。
「雲をつかむような話だけど、明後日までにもう少し調べてみるよ。でもこっちは無理かもしれないね」
「お手数をおかけします。でも、会えない方がいいのかも・・・そんな気がしてる。ごめんね」
「いいよ、おかげで面白いイタリア旅行になったからね。こんな所、普通の観光だったらなかなか来れないし、とても素敵なところだし、いいきっかけになったよ」
「そう思ってくれると嬉しい・・・」
『思ったより素敵なホテルだったし・・・』コハクが英語に切り替えて言った。フロントクラークに聞こえていることを意識しているのだろう。
『そうだね』エスが少しだけ喋れる英語で答える。
 ドアマンがドアを開けた。新しいお客が到着したようだ。幾つもの賑やかな話し声がロビーに入ってくる。
「お茶にしようか?」コハクがテラスの方を見ながら言った。
「じゃあ、奢らせてくれる?」
「あら、それはごちそうさま」
『お世話になりました』エスはフロントクロークとドアマンに声をかけてから、テラスへ出た。
 コハクが横に並ぶ。
「パレードのミコシ、エスが乗らなくてよかった・・・」コハクがポツリと言った。そしてエスを支えるように背中に手を回すと、そこに付いていた金色に光る三角形の小さな紙をつまみ取った。
「あんな変なのには絶対に乗らないよ。恥ずかしいもの」エスは生真面目に答える。
 コハクはつまんだ小さな紙をそっとポケットに入れた
 風向きが変わっていた。コモ湖からの涼しい風が2人の髪を揺らした。


2016.03.18
2016.03.24 若干の修正・追記
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こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
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