Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

*アスタリスク(1)

 ドリフト・ターン、そしてスイッチ・ロール、続けてデブリ・フォール、シフティ・スピンと次々と操作を繰り出しながら星屑をすり抜け加速してゆく。
 大きい物は数メートル、小さいものは砂粒のようなものまで、無限にたくさんの星屑を感じる。その向こうには巨大なガスの惑星、まるで配合割合を微妙に変えたチョコレートクリームを何層にも重ねた巨大なパフェと表現されることがあるが……が広がっている。ただオレの感覚ではそんな風には感じないし、あまりにも巨大なので食欲に繋がることはない。そして気密Gスーツの中は窮屈だし、今は機体のコントロールで忙しい。
 この機体のデブリガードは直径10cmまでの物体の衝突に充分耐えることが出来る。しかし衝突しない方がレースには有利だ。衝突の個数や大きさに応じて定められた減点が課せられるのだ。減点は無い方が有利に決まっている。それに大きいのに当たったらお陀仏だ。ただし回避するためのロスが必要以上に発生するとタイムの方に影響が出る。コンピュータでもコースを予測はするが、大きいもの以外計算が間に合うことはほぼ無い。パイロットの勘がものをいう世界だ。
 コントロールスティックを微妙にかつ大胆に操作してゴールを目指す。あと少し……。集中力を切らさないように前方に意識を集中し、“無心”や“フォースのままに”という状態が本当に存在するならそれを維持しながらついにゴールを切った。モニターパネルは2着でのゴールを表示している。
(ストライクポイントは?)パネルの変化を待つ。(やった!)衝突減点の差でオレがTOPになったことを確認すると慣性航行のままサテライトを呼び出した。
「こちらアンドロメダ。オレがTOPだね。いただき!」
「今、判定中だ。少し待て……よし確定が出た。アンドロメダ、お前がTOPだ」サテライトの審判員が答えた。
「OK!ありがとう」
「おい!ドロメ!またストライクポイントの差か?」ヘッドセットから喚くような声が聞こえる。
「その泣くような声はデバラか?こっちにはちゃんとアンドロメダっていうコールサインがあるんだけど?」デバラは1着でゴールしたはずだ。
「へへっ。何がアンドロメダだ。お前なんかドロメで充分だろうが。それに俺にもアルデバランっていうコールサインがあるんだぜ。ストライクポイントの差でばかりTOPになりやがって、度胸ってもんが無いのか?」
「ストライクポイント差でもなんでもTOPはTOPだ。誰にも文句を言われる筋合いは無い。悔しかったらTOPを取ってから言って欲しいな」
「言ってくれるな。次は上手くやるさ!俺とお前で1・2だからどっちにしても結果は順当だと大方のギャラリーは思ってるんだろうけどな」
「順当なのは1だけだよ」オレは軽く付け加えた。
「口の減らないやつだ。後ろに気をつけろ」デバラは笑いを付け足すと軌道を変更し先に帰路に着いた。他の艇もそれぞれ短い挨拶や祝福の言葉を入れてから順次軌道を変更していった。
「こちらアンドロメダ。帰投する」オレは5秒ほど慣性航行を続けてから遅れて軌道を変更し帰路に着いた。



 昨日の夜オレは飲みすぎたのだろう。意識がまだ朦朧としている。頭もガンガンする。
 昨夜は確か地元産の麦芽とホップで作られたビールの発売イベントで飲んだんだ。女友達と行くことになっていたのにドタキャンされてちょっとふて腐れていたんだけど、飲んでみると味や飲み口の点では合格どころかかなりいけてるので、飲み放題というのをいいことにどんどんビールを追加した……というところまでは憶えている。本当にビールの味がちゃんとしたのに、何か未知の不純物でも含まれていたんだろうか。酔い方が半端でない。幻覚まで見えている。
 頭を上げると目眩がさらに酷くなりそうなので、ベッドに横になったまま首を少し上に曲げ眼球が回る範囲だけを確認すると、ここは確かに自分の部屋だ。憶えていないがちゃんと帰ったらしい。見慣れた壁紙、オレのクローゼット、デスク、その上にあるタブレットは最近買った最新型のものが少し見えている。いつものベッドだし寝具は見慣れた自分の物だ。窓に引かれたいつものカーテン、少し開いた向こうには朝の光があふれている。枕もとの時計は10時を少し過ぎている。
 いつもの自分の部屋だ。ただ1つの点を除いては。
 一周したオレの眼球は元の位置に戻って固定された。
 そこには女の子が眠っている。ほんのすぐ傍20センチ程のところだ。オレの顔のすぐ前で心地よさそうに寝息を立てている。整った顔立ちの長い金色の髪の女の子だ。オレの布団を軽く体に掛けて眠っている。やっぱりこれは幻覚だ。地元産のビールはやはり半端でない。

 農耕をつかさどる年老いた神の名前を与えられた巨大なガス惑星。その惑星は赤道面に美しい輪を持ち、さらに衛星タトゥーンを従えている。そしてその衛星の表面には人類が設けたものの中でも最大級の殖民都市が存在する。
 銀河市あるいはギャラクシアス・シティと名付けられたその都市は、自給自足を基本理念に建設されている。直径千メートルほどの管理用や居住用や生産用等のドームが多数設けられ、それぞれが泡のように重なり合い、あるいはチューブで結ばれて一つの都市を形成している。さらにいくつものドームが建設中で、それらを含め人口は当面百万人が計画されている。
 オレはその都市の32番ドームにあるアパルトマンの一室に居を構えている。この2LDK50㎡ほどの慎ましやかなアジトで目覚めたオレの、昨夜イベントの無料ビールをたらふく飲んで少し羽目を外しただけの慎ましやかな生活に、あるいは不純物入りのタトゥーン産ビールを飲みすぎた脳に、今異変が起こっている。

 オレはその女の子をつぶさに観察した。
 幻覚にしては寝息を立てる肩の動きが妙にリアルだし、彼女のシャンプーだかコロンだか汗だかなんだ知らないが、の微かな匂いまでしてくる。ほっそりとした体型だが肩や腕などバランスよく筋肉が付いていて何かスポーツでもやっているんだろうか?ゆったりと着たマリンブルーのカットソーの大きく開いた首元からキャミソールの紐が見えている。その向こうはオレの布団をかぶっていて、その先には長い足が見えている。これはひょっとして現実なんだろうか。そう思い始めた時、彼女は微かに唸って顔を上げパチッと目を開けた。
 やっぱり幻覚だ。
 だって瞳の色が赤だなんてありえない。彼女が少し顔を上げたのでカーテンの隙間から入って来る外の光が彼女の目に入っている。輝くルビーのような赤だ。RPGじゃあるまいし。オレはそんなにハマる方じゃ無いんだけど……。すぐに彼女は顔を下ろしたので光が入らなくなって、夕焼けの光の中に置かれた赤ワインの色に変化した。 
 オレは姿勢を保ったまま一旦目を閉じて自我を確認するために深呼吸をしてから再びゆっくりと目を開けた。
 やっぱりその瞳が目の前にある。今は赤ワインの色だ。
 どこを見ているのかいまいち視点が定まっていないが、人懐っこいけど少し引いたような笑顔を向けてくる。そしてそのまま布団をはね上げて起き上ると向こうを向いて、ベッドのパネルにひっかけてあったヘッドホーンを頭に付けた。耳あての部分が細く前方に伸びた“流線形”のデザインの前世紀のSFにでも出てきそうな代物だ。
 彼女の金色の髪は腰まで届いていて美しい。しかし寝癖が付いていてボサボサだし、ファッションはそのまま寝ていたもんだからしわが寄っていて見苦しいし、その上ショートパンツからスラリと伸びた長い足は精神衛生上よろしくない。ドキドキする。何とも摩訶不思議な姿に唖然としていると、くるりと振り向いて赤い瞳をオレの方に向け「お腹空いた」と言った。
 ややハスキーな刺激的な声だった。

スポンサーサイト
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(2)

 オフィスはざわめきに包まれていた。この衛星タトゥーンを従えている巨大な母惑星のとてつもなく厚いガス層の表面を掠めようとしていたタンカーが一隻、制御不能になって行方不明になったのだ。ガスの採取というのは極めて危険な作業であるため、会社もある程度の失敗はあらかじめ複雑な予測計算をして織り込み済みだ。もちろん無人だし、タンカーにかけるコストもこうしたロスを見込んだものだ。『今回発生したことはあくまで事故では無い、想定の中で発生した一種の損失にすぎない』いつものようにそう会社は発表するはずだ。
 でもオレはこれで今日帰宅できなくなった。たぶんこの事故(事故じゃないか)の処理でここに張り付いていなければならなくなるだろう。次回からのロス率を下げるためにデータの収集と解析はとても重要な作業になる。仕事だからしょうがないが、今日のオレには別に事情があった。
「こまったな」つい言葉が口をついた。
「デートの約束でもあったのか?」部長がそれを聞き付けて後ろから声を掛けてきた。
「いいえ。べつにたいしたことじゃないです」
 部屋に赤い瞳の眠り姫を置いてきたからそれが気になる……なんて言えるわけない。オレは何でもない、という風に手を横に振りながら否定した。
 今朝オレは彼女に朝食を食べさせた。それもたっぷりとだ。トーストを3枚にミートやサラダを山盛り食べやがった。そして午後3時からの勤務に間に合うように部屋を出てきたのだが、うかつにも部屋の予備の鍵を渡してきてしまった。出ていく時これで部屋に鍵を掛けること。そして鍵をドアポケットに入れておくこと。と言い置いて出てきたのだが、気が気でない。嫌に愛想よく鍵を受け取っていたけど、あいつ『お腹空いた』以外喋って無い。部屋に帰ったら中は家具も何もかも空っぽだったなんてことを想像して、オレの心は不安だらけになった。
 その後オレはそんな不安と付き合っている暇が無いほど忙しく立ち働いた。モニターをにらみキーボードを叩いて片っぱしからデータを収集し解析していく作業は、どうもオレの性にあっているらしい。夜が明けるころになって(といってもこの都市は人口照明なので、夜パターンから昼パターンへの変化の時間帯ということだ)ようやく損失に値するデータの解析が終了した。
 これで次回作業からのロス率を何ポイントか下げることができると、うちのメインコンピュータがはじき出した。ようやく手の空いたオレは給湯室で2人分のコーヒーを入れると、1つをまだモニターを覗き込んでいた部長に手渡した。
「オォ。サンキュー。やれやれ、これで週末のアスタリスクをゆっくり家で見ることができるな」部長が大きく伸びをしながら言った。
「部長はアスタリスクをやられるんですか?」いままでそんな話は聞いたことが無かったので驚いて尋ねると「ここじゃあまりレジャーというものが無いからな。ちょっとした憂さ晴らしだ。お前はやらんのか?」少し疲れた表情で椅子の背にもたれながら部長が振り向いた。
 アスタリスクというのは正式な名称をアスタリスクレースという賭けレースで、小型の高速艇で宇宙空間を航行し速さを競うものだ。このレースの特徴は途中で惑星の輪の中を斜めに通過することだ。輪の中には無数の大小の星屑があってこれを避けながら航行しなければならない。もちろん艇にはデブリガードという防御装置があって小さいものならあたってもどうということはない。ただストライクポイント(衝突減点)として衝突の個数や大きさに応じて定められた減点が課せれ、ゴールタイムに一定の比率で加えられる。当たらないように避けて航行すればタイムロスが大きくなる。当たれば減点を食らう上に、大きい物に当たるとお陀仏となる。艇の性能とパイロットの腕が物を言うスリル満点の掛けレースだ。
「基本的なことは知ってますけど、詳しくはないです。やったことも無いです」オレは答えを返した。
「そうか。でもけっこう面白いんだぞ。単純な賭けレースのようだが結構複雑だ。ストライクポイントの減点とタイムの駆け引きはなかなか熱くなる。搭載カメラの映像もスリルあるしな」
「少しくらいやってみてもいいかなとは思ってるんですけど。部長はどこに賭けることが多いんですか?」
「そうだな。チームだったらブースカだな」チームというのはアスタリスクレースの厳しい規格に合わせて、競争艇を製造しチューニングするメーカーだ。「メジャークラスのパイロットならアルデバランがいいと思うんだが、チームとの組み合わせが問題だな。艇との相性ってのは結構あるからな。アンドロメダもいいんだが、勝負のかけかたがもう1つ好きになれんなぁ。ま、クールといえばクールだし、人気も実力もトップかもしれんが。好みの問題だな」パイロットはその名の通り艇を操縦する人間だ。星や星座の名前を付けたコールサインで呼ばれることが多い。彼らのテクニックは定評があるし、輪の中を駆け回る度胸は相当なものだ。特にメジャークラスにランクされるパイロットは特別だ。
「アルデバランとアンドロメダですか?憶えておきます。今度買ってみようかな」オレがそう言うとと「2人とも今週は出てないぞ。先週出てたからな。俺は今週は見るだけにするか、それともストロボナイツのモノケロスでも買ってみるかな。やってみる気になったら休み時間にでも声をかけろ。オレの端末で買ってやるよ」そういいながらカップを空にすると部長は「コーヒーもう一杯もらおう。お前にも入れてきてやるよ」と立ちあがった。

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(3)

 オレは並んで乗り込もうとしている通勤客の動きに逆らうようにトラムを降りた。徹夜の仕事になったのでもうクタクタだ。ゆっくりと改札を通るとオレの体内のチップに反応して緑のLEDが点灯し運賃が表示された。今日・明日と特別休暇をもらったがとりあえず腹が減ったし、やたらと眠い。だがこのまま部屋に帰っても冷蔵庫は空だし、ひと眠りしてから食料の買い出しなんかに出かけるスケジュールを組んだら、エネルギー不足で眠ったまま遭難しそうだ。止むを得ず先に買い出しをすることにして広場の向こうにあるコンビニエンスストアのドアを押した。
 銀河市では農産物の工場栽培を進めており、ほぼ自給できる状態になっている。それを使ったライス系やパスタ系の出来合いのパックを買いこもうとして、ふと赤い瞳の眠り姫のことを思い出した。
 ずっと気になっていたのだが、なんとなく泥棒には見えないし、ましてや本当に家中の家具を強奪する一味のメンバーとも思えない。そういうふうに自分に思い込ませて、そしてまあ金に関する重要な情報はオレのチップの中だし家具位かまうものか、と仕事に集中しているうちに忘れてしまっていた。
 もう彼女は退散しただろう。そう思いながらも少しの期待もあって買い込む量を1.5倍にした。オレの購入用ポイントにはまだ余裕がある。植物性タンパクや人工タンパクを使ったミートの類、そして発泡酒(まだ本物のビールは発売されていない)とワイン(これは銀河市産のブドウを使ったものだ)もどうせ消費するものだから多めにカゴに放り込んだ。レジを済ませ小さく折りたたんで持ち歩いていたマイバッグに買い込んだ物を入れると店を出た。アパルトマンまであと少しだ。オレの周りには朝の光があふれていた。もちろん人工照明だが……。

 オレはエレベーターを13階で降りた。オープンになっている廊下を自分の部屋へと歩いて行く。
 ドアのノブに手を掛けるとやはり閉まっている。自分の鍵でドアを開けると、自分の部屋なのになんだか遠慮しながらそっと入り込んだ。
 中の様子を窺うが静かなものだ。急いで上がり込んでリビングやキッチンの家具や貴重品を確認したが、無くなっている様子はない。
 オレは大丈夫と判断し、玄関に戻りドアポケットを開けた。(?)鍵が入っていない。持っていかれたのか?まあいいか、と考えながら部屋着に着替えようと寝室に入った。
 ここにも家具はちゃんとある。
 ホッとした時、ベッドの上の毛布の膨らみに気が付いた。
 変な不安と少しの期待に胸をドキドキさせながらベッドに近づいて毛布をそっとめくる。すると金色の長い髪が目に飛び込んできた。壁の方を向いて丸くなって、やっぱり眠っている。丸めている背中から肩にかけてが、聞こえてくる小さな寝息に合わせてゆっくりと動いている。
 よくまあこれだけ寝れるもんだ。少し呆れながらよく見るとパジャマを着ている。ピンク色の着心地の良さそうなものだ。昨日の朝は何も持っていなかったはずだ。長い髪も丁寧に手入れされているみたいで、昨日のようにボサボサではなくサラリとまとまって流れている。微かにシャンプーの香りもする。ということは一旦買い物に出かけて、パジャマを買って、帰ってきて、風呂に入ったかシャワーでも浴びて、着替えて、また寝たということになる。(何を考えてるんだ?こいつは)オレは眠いことなんかすっかり忘れて眠り姫を起こす方法を考えていた。
「眠り姫を起こす方法は王子様のキスしかないよなぁ」少し大きめの声で言ってみた。暫くすると彼女は寝がえりをうち、ゆっくりと顔をこちらに向けた。起きてるんじゃないのか?
 寝ている顔は結構かわいい……と思う。やがてまた規則正しく寝息が聞こえ始め、小さな胸がゆっくりと上下し始めた。
 オレは覚悟を決め、ゆっくりと顔を近づけていった。昨日の朝出会った彼女はどう見ても普通の女の子では無い。急に口が大きく裂けて飛び出した牙に引き裂かれ喰われてしまう自分の姿を想像しながら、おっかなびっくりそしてそっと唇を合わせた。
 柔らかい唇を感じるが特に何も起こらなかった。暫くそうして顔を見つめていると彼女の目がそっと開いた。焦点の定まらない赤い瞳がずっとこちらを向いている。オレはそっと唇を離した。彼女の唇がゆっくりと動き始める。
「お腹空いた」

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(4)

 オレは大きくため息をつくともう一度唇を合わせた。彼女はぺろっとオレの舌を絡め取ると唇を離し、また「お腹すいた」と言った。放っておいたらオレが食われてしまいそうだったので、オレは仕方なくキッチンに向かった。
 それからが大変だった、オレは出来合いのライス系のパックとパスタ系のパックをレンジに入れ加熱するとテーブルに並べ「お~い」と彼女を呼んだ。彼女は昨日のようにヘッドホーンを付けてゆっくりとキッチンに入ってきた。
「食べるか?どっちがいい?」オレが尋ねるとライス系の方の前に座り蓋を開け、オレがスプーンを渡すとがっつくように食べ始めた。 オレは残されたパスタ系を食べ始めたがすぐに中断することになった。
 彼女が空の容器とスプーンを持って黙って座っているので、次のライス系を用意しなければならなくなったのだ。彼女はライス系のパック2つ目と、驚くことにパスタ系をもう1つペロリとたいらげると、今度は「喉渇いた」と言った。オレはもうやけくそで「発泡酒でいいか?」と訊いた。
 ニッコリとする彼女の前に缶を置くと、クウ~ッとそれを空けこっちを向いてまた「喉渇いた」と言った。これを繰り返し合計3本の缶を空にするとようやく落ち着いたのか、オレがパスタ系を食い終わり発泡酒を1缶飲み終わるまで、おとなしく座っていた。
「お前、名前は?」ようやく人心地が付いたオレが尋ねると、彼女は「名前?好きに呼んでいいよ。お前は?」と逆に訊いてきた。「オレはミラク。オレが名乗ったんだからお前もちゃんと名乗れよ。好きになんて呼べない」そう言ってやると彼女は少し考えてから「オレはアルマク」と言った。
 なんだ?こいつ。と思ったが「アルマク、お腹はいっぱいになったのか?」と名前を付けて訊いてやると「オレ?うん。いっぱいになったよ。ミラク」ニッコリとなんだかもう言葉まで馴れ馴れしい。
 ここらあたりできちんと線引きをしておかないと取って喰われてしまいそうな気がするので、オレは勢いを付けて立ち上がって「オレは今日は徹夜明けでものすごく疲れてる。これからシャワーを浴びて寝るから、アルマク、お前が自分の棲処に帰るなら前にも言ったようにドアに鍵を掛けて鍵をドアポケットに入れて置いてくれ。じゃあな」と一気にまくし立てて浴室に向かった。アルマクは慌てて立ち上がってすぐ後ろを付いてくる。「なんだよ」オレが振り返って訊くと「一緒にオレもシャワーを浴びる」またニッコリとしてそう言うので、オレはまた大きく大きく溜息をついてアルマクの両肩に手を乗せた。(あれ?)アルマクの肩はずいぶん下にある。アルマクってずいぶん小さいんだな、と頭の隅で思いながら言ったので「たのむからオレを1人にしておいてくれ。シャワーは1人で浴びたい」オレの台詞はもう1つ強い調子にはならなかった。アルマクは少しの間そのままじっとしていたが残念そうにキッチンに戻って行った。
 ちゃんと戻っていったことを確認してからオレはドアを閉め服を脱ぎ始めた。何の気なしに洗面所の棚に目が行くと(あれ?)オレの紺の歯ブラシの横に水色の歯ブラシが立っている。それにタオル掛けには二つタオルが並んでかけてある。これも買ってきたのか?そう思いながら浴室に入るとシャンプーとコンディショナーそしてボディーソープが並んでいるのを見つけた。オレのオールインワンのがみすぼらしく見えるくらい高そうな代物だ。またまた溜息をついてからオレはシャワーを浴び始めた。
 シャワーを終え体をふき(ここでまた見慣れないふわふわのバスタオルを発見した)頭を念入りに乾かすとそっと廊下へ出た。廊下からキッチンを覗くと、アルマクはピンクのパジャマのままちょこんとダイニングテーブルの椅子に腰かけてモニターを観ていた。(なんでヘッドホーン付けてるんだ?)オレはそのまま気付かれないように寝室へ入るとそっとドアを閉めベッドに倒れ込んだ。壁の方を向いて丸くなる。眠い。泥のような眠りがオレを包み込もうとした時、(あれ?)背中に妙な感触を憶えゆっくりと向きを変えると、そこには赤い瞳があった。

「おい。ミラク何をボーッとしてるんだ?」部長に声をかけられオレは慌てて振り向いた。
「どうしたんだ。徹夜明けにはちゃんと2日間の休暇をやっただろ。若いんだから疲れが溜まったなんてことは無いんじゃないのか。眼の下にクマができているぞ」
「ありがとうございます。ちゃんと休んだんですけど……」オレは目の下をこすりながら答えた。
「女でも出来たのか?」
 あまりに的を得た指摘に「……」と固まっていると部長は唇をニヤリと歪めて「おろ……、図星だったか?悪い悪い。だがちゃんと仕事はしてくれよ。ボーッとしてミスでもされちゃかなわないからな」と言った。そしてオレの肩をポンとたたくと自分のデスクへ戻って行った。
 赤い瞳の小悪魔は急速に浸潤する強力なキャンサーのように、オレの生息域を犯し始めていた。

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(5)




 オレはセキュリティーゲートを抜けて到着ロビーに出た。
「おい!ドロメ」声をかけられて振り返るとデバラだ。
「なんだデバラもこの便だったのか」愛想悪く答えると「同じで悪かったな」といつもの調子だ。「休暇はどうするんだ」ニヤニヤしながら訊いてくる。
「いつもの通りブラブラする」
「相変わらずだな。まあ用心しな。お前に居てもらっちゃ勝てないやつが大勢いるからな」
「デバラも含めてな」腹に力を入れてそう言ってやると「ハハッ」と笑ってから「お互い気を付けようぜ。じゃあな。俺たちがあまり親しく語らっちゃあ問題になるからな、行くぜ」挨拶のつもりか手を軽く上げると人ごみの中へ消えて行った。
 親しく語らっていたつもりは全然ないんだが、賭けレースであるアスタリスクレースのパイロット同士が公衆の面前で親しげに喋っているのは確かに問題だ。いらない誤解は招かない方がいいに決まっている。オレはデバラが消えて行った方向とは別の方向へと歩き始めた。
 アスタリスクレースが開催されている間1週間ほどだが、パイロットはレースのメインスタジアムでもあるサテライトステーション(通称サテライト)の宿舎に缶詰になる。不正が行われないように外部との連絡にも厳しい制限をかけ公正を維持するためだ。
 サテライトにはパイロット宿舎の他にレースの管理センター、運営拠点、アスタリスクチームのファクトリーやピット等が設けられレースのすべてがここで取り仕切られる。別の区画には、観客用のメインスタンド、ホテル、カジノ、ショッピングモール等があり華やかな歓楽街を形成しているのだが、パイロットがそこに近づくことは許されない。レースが終了するとオレ達パイロットは開放されるが、契約チームやマシンとのチューニング以外はサテライトに居残るわけにもいかず、銀河市にあるそれぞれのアジトに帰ってきたというわけだ。
 オレは特に急いで帰る用も無かったので都心へ向かうトラム乗り場に向かった。トラムというのは小さな箱型の車両が3両繋がった公共の乗り物で、道路上に設けられた専用軌道の上を一定の間隔で自動運行され住民の重要な足になっている。この街の住民は体内に埋め込んだチップで自動的に清算されるし、外部の人間も専用のカードを携帯するだけで良いので非常に便利なものだ。もっとも超小型のモビリティ以外、個人の乗用車というものが認められていないこの街では、中長距離の移動手段がこれと大量輸送用のチューブしか無いというのが本当のところだ。
 オレは都心(センターシティー)行きに乗り込むと一番前の席に座りぼんやりとトラムの動きを感じていた。
 目的地まであと10分程のところだろうか、ふと後ろからの視線を感じて振り向くと、そこには女性が2人座っていて申し訳なさそうに話しかけてきた。「あの。アンドロメダさんですよね?」オレはゆっくりと頷いた。(サングラスはかけてるんだけど油断しすぎたかな?)オレは迷惑そうな顔になるのを堪えて笑顔を返した。一応オレもアスタリスクのイメージ戦略に沿った行動をしなくてはならない。こういう仕事を選択した以上ある程度我慢しなくてはならない試練だ。俗に言う芸能人よりこういうことはずっと少ないけれど、たまには物好きな人間もいる。「私達ファンなんです!」嬉しそうに話しかけてくる2人に、オレはサングラスをはずして「いつも応援ありがとうございます」とにこやかに社交辞令を述べた。「キャーッ本物だ!本当に赤い瞳なんですね」オレは自分の顔つきが変わるのをなんとか食い止めようとした。「あの……ごめんなさい」少し間に合わなかったらしい。あわてて顔を緩めると「あの……。一緒に写真とってもいいですか?」(まあ動画よりましか)と思いながらカメラに収まる。そしてトラムが停留所に進入すると、まだ目的地より二つ手前だったが「すみません。ここで降りますので」と丁寧に断りを入れて「ありがとうございました」と喜ぶ二人と何事かと驚く乗客を置いてオレはトラムを降りた。
 初めて降りる停留所だった。真正面はおしゃれなフードコートになっていて、多様な飲食店が並んでいた。その中央では何かイベントが行われているらしく人だかりがしている。『飲み放題』の文字につられて近づくと、どうもタトゥーン産の麦芽とホップそして第二衛星ギガースの仕込み水で作られたビールの発売イベントのようだ。オレはトレイを取って順番を待ち、それに軽いつまみとコップいっぱいに注がれたビールを乗せると席を探し始めた。

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(6)

 オレは奴が気に入っている。他人(ひと)に対してこんな感情を持ったのは初めてだ。じっと奴を意識の中心に置くとオレの心臓は鼓動を急激に速める。この感覚は高速艇が惑星の輪の中に突入した時に感じる高揚感と同じものだ。この感覚はオレにとって最高のものだったし、これと同じものを感じる奴は初めてだ。こんな感情、なんていうんだろう?
 昨日の奴は相当に酔っていた。よっぽど気に食わないことがあったのか、限界を超えて飲んでしまったようだった。まぁビールは思ったより美味かったし、その後別の店に移動してアルコールの度数を飛躍的に上げたし、酔い過ぎることはしかたがないことだ。でもオレがおんぶして連れて帰らなくちゃならないほどになるっていうのはどうだろう。しかもベッドに着いたらバタンキュー、あとはピクリとも動かないで爆睡ってどうなんだ。オレが横に居るのにだ。オレは大いに気分を害した。
で、そのまま横に寄り添って朝まで寝てやったんだ。でも奴はいい奴だ。オレがぐっすりと眠れたなんてあの時以来だ。奴を意識の中心から少し外して置くとオレはとても安定することが分かった。それに腹が一杯になるまで朝飯を食わせてくれたし、食わせてくれる奴はいい奴に決まっている。奴はそういう奴なんだ。
 なぜそういう風に言いきれるかっていうと、つまりオレの赤い瞳は物を見るという機能を備えていないからだ。その替わりにオレには別のもっと鋭い感覚が備わっていて、全方位のすべてのものの位置をはっきりと感じることが出来る。
 そう、“感じる”んだ。オレには“見える”という言葉の本当の意味は解らない。だって“見た”ことが無いんだから。でもオレのその感覚っていうのはそれ以上に“見える”ってことだと思っている。
この感覚を使えば惑星の輪の中の星屑をすり抜けることなんか簡単だ。そしてこの感覚は普通の人間が感じないものだって感じることが出来る。だからオレがいい奴と感じるとすれば、それは間違いなくそういう奴だ。そしてその上に高速艇が輪の中に突入した時に感じる高揚感と同じものを感じるんだ。オレにとって奴は特別だ。ドキドキする。
 奴はくどくどと鍵の話をしてから午後3時からの勤務に間に合うように出て行った。ようするに早く出て行ってほしいという意思表示のようだ。帰って来るのは夜中になるらしくて、それまでに退出するようにということらしいけど、休暇はまだ始まったばかりだし、鍵はもらってしまったし、オレにはそんなつもりは毛頭ない。とりあえず買い物にでも出かけよう。オレは玄関のドアを開けた。
 服はしわくちゃだし髪もボサボサになってしまった。オレは近所にあったショッピングセンターでのんびりと普段着や日用品を選びながら久しぶりのショッピングを楽しみ、遅めの夕食を取ってから部屋に戻った。本当はトレーニングセンターにも行きたかったが、今日のところはお預けだ。
 部屋に戻るとまずお風呂を入れてゆっくりとお湯につかって体をほぐし、全身を綺麗に洗い、そして髪も丁寧に洗って手入れした。オレぐらい長いと大変なんだけど、一応トレードマークだしこだわりもあるので切ってしまうという選択肢はない。風呂を上がると入念に髪を乾かしてから買ってきたパジャマに着替えた。オレは奴のベッドにもぐりこんで奴の帰りを待っていたが、奴のベッドの臭いはオレをとても安らかな気持にし、それほど長い時間をかけずに深い眠りの世界へと誘ってくれた。
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(7)

「なかなか先週末のアスタリスクは面白かったぞ」月曜日ほぼ仕事が片付いて帰り支度を始める頃、部長が嬉しそうに話しかけてきた。オレは曖昧に返事しながら他のことを考えていた。
 先々週の金曜日、仕事から帰るとアルマクが消えていたのだ。すべての部屋を探したがどこにもいない。何の前触れもなく忽然と消えたのだ。歯ブラシやタオルその他の日用品は置いたままだし、何が起こったんだろう?まあ突然現れたんだ、突然消えてもおかしくはない。鍵もドアポケットに入れてないし。(不思議な女の子だもんな。また何か買い物にでも出かけたのかもしれない)そう軽く考えてその日は過ぎた。
「俺がよく賭けるアルデバランとライバルのアンドロメダの勝負がえらく面白くてな。結局アルデバランが勝ったんで俺も儲けさせてもらった。アンドロメダがらみのキネラはマイナスになったがな」部長の話は続いているようだ。
 次の日もその次の日も俺は休みだったので、どこにも出かけず二日とも部屋にいた。しかしアルマクは帰ってこなかった。アルマクがいたのは、火曜日の朝俺のベッドの中に突然現れてから、金曜日の朝オレが作った朝食をたらふく食べて、オレが出かけるのをドアのところで見送っていたところまでだから、正味3日間だ。その間にオレがどれだけ迷惑したか、起こった事をいちいち挙げていたらきりがない。しかしアルマクの不思議な行動はオレに取り返しのつかないダメージを与えた。あの赤い瞳が頭から離れないんだ。あの少し引いたような笑顔、眠ろうとしているオレの横でクスクス笑うあの声を消すことが出来ないんだ。オレは月曜日から出勤しながら頭の中の赤い瞳の小悪魔を追い払うのに苦労した。
「でも、先週末のアンドロメダはいつもと違ったなぁ。所属チームがBlue Birdに変わってるせいもあるんだろうがそれだけでも無いような気がする。このチームは今、運動性の良いマシンを提供できていないし、出力も今一歩だ。今までならこういう時は着順を落としてでもストライクポイントを下げて入賞を狙って来てたんだが、今回はこの条件で着順TOPに立ったんだ。ストライクポイントで着外になったけどな」部長の話は続いている。
 オレはアルマクと合えないまま週末を向かえていた。ふとした瞬間に赤い瞳や長い金色の髪を探す動作はいっそう回数を増していた。このまま仕事という拠り所を無くしたらオレの精神はどんな風になるんだろうと不安は募るばかりだった。そしてそのとおりの週末と休暇がやってきたのだ。オレはどこにも出かけられなくなった。何もする気力がなくなり、家の中でアルマクの気配をただじっと待っている自分は、まるで重篤な病に体の隅々まで犯され、ただじっと死を待つだけの末期の患者、あるいは魔女に何か訳の分からない呪いでもかけられたどこかの童話の哀れな登場人物の様に思えてきた。
 鳩尾のあたりにズシリと感じるこの重さは、オレの腹腔内に内臓の代わりに水銀がたっぷりと溜まっているかのようだ。そして、逆らうことのできないこの感情の揺れは、溜まった水銀が自由に位置を変えてオレを翻弄するようだ。この重さと感情の揺れはいったい何なんだろう?
「すごかったなぁ。あの非力なマシンで良くあそこまで攻められると思うよ。何か精神的に劇的な変化があったんじゃないのかな。今までは勝負のかけかたが勝ちさえすればいいっていう感じで、もう1つ好きになれなかったんだが。先週末は熱い攻めで押しまくってかったからな」
 部長はまだまだ熱く語っている。
 オレは今朝出勤するだけでも大変だったのに、呑気なものだ。オレは相槌を打つのに疲れて話を適当に切り上げた。
「やってみる気になったら休み時間にでも声をかけろ。オレの端末で買ってやるよ。面白いぞ」どうも部長はオレを仲間に引き入れたいらしい。曖昧に笑顔を作るとオレは帰り支度を始めた。急いで帰って確認したいことがあったのだ。

 大急ぎでアパルトマンに帰ったオレは、はやる気持ちと期待を心の中に精一杯押さえ込み、早まる鼓動と高ぶる神経を大きく息を吸い込んで無理やり落ち着かせてから、自分の部屋のドアノブをそっと引いた。鍵はかかったままだ。
 鍵を開けてそっと部屋に入り込む。ドアポケットは空だ。
 中は当たり前だが静まり返っている。リビングを、そしてキッチンを覗き最後に寝室に入る。ベッドの上も確認したが膨らみは無かった。やはりアルマクは帰っていない。オレは大きく溜息をつくとベッドに腰掛けた。(本当にいなくなってしまった。自分の世界に帰ったんだろうか……)そう思いながらオレは暫く放心したようにそのまま腰掛けていた。
 無意味な時間ばかりが経過してゆくように思われたその時、“カチャリ”と……鍵を回す音がした。
 オレの耳はとても敏感になっていてその微かな音を聞き逃さなかった。狼のように俊敏に立ち上がると玄関へと急いだ。
 ゆっくりと玄関ドアが開くところだった。
 開くドアの向こうには小さな体と、肩から下げた不釣合いなくらい大きなバッグ、流れるような長い金色の髪、そしてその上に乗っているヘッドホーンが見えている。
 長い金色の髪の持ち主はゆっくりと中へ入ってきた。そしてオレの方に顔を向けた。廊下の照明を反射して赤い瞳がルビー色に輝いた。
 アルマクだ。
 オレの心臓は限界いっぱいまで鼓動を速め、声を出すことができなかったし、これ以上自分の衝動を押しとどめることもできなかった。
 オレはそのまま近づくと、黙ったままアルマクをギュッと抱きしめた。アルマクの体は小さくてやわらかくて暖かだった。うっかり涙が出そうだった。
 しばらくじっとしていたアルマクは、オレの胸に頭を押し付けてグリグリしてから、顔を上げて赤い瞳をオレの方に向けた。
 そして「お腹空いた」と言った。

 ややハスキーで刺激的な声だった。


 プロローグ部分 おわり
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(ウェヌスの末裔)

 ウェヌス一族の末裔であるアルフェラは、果てしなく広がるピンク色の砂の大地の真ん中をたった1人で歩いていた。上空から降り注ぐ強い太陽の光と、容赦なく吹き付ける高温の風が彼女の肌を、金色の髪を、赤い瞳を焼いていった。
 増え続けた炭酸ガスはこの星の気温を徐々に上昇させ、高温に焼けた大気は熱波を伴った砂嵐となって次々と村を町を、そして都市を焼き尽くし砂に埋めた。長い時間をかけて一族が構成を調整し続けてきた大気は、ある時点から一族の制御を拒否し、ついにこの星の太古の姿に戻ろうとしているのだ。
 この星で生きていくことを望んで、この星に残った彼女達にとって、もう打つ手は無かった。わずかでも可能性のある手は全て打った。しかしこの星はあらゆる手立てを拒否し、たくさんの同族を奪い、ついにはアルフェラの最愛のパートナーを奪った。最後の1人になったアルフェラはすべての可能性が無くなった事を確認し終えると覚悟を決め、保護パワードスーツを出て太陽の元を歩き始めたのだ。
 すぐに肌や肺や目は高温の大気にさらされ蛋白は変性し水分を失っていった。体温が上昇し意識が遠くなってゆく。アルフェラはパートナーの名前を呼び、最後に数歩前に歩いてからドゥと倒れた。
 吹き続ける熱風は砂に刻まれた足跡を消し去り、その上に風紋を描いていった。さらにアルフェラの体も砂の中に取り込んで痕跡を完全に消し去ろうとするかのように、絶え間なく吹き付けていた。

2013.05.28改変
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(バルキリーの選択)-1

 アルマクは疲れているように見えた。そして少し汗の匂いがした。長い髪はつやを失い、1本1本が好き勝手に暴れまわり、それを何とか抑え込んでまとめているという感じだった。(まるで野良猫だな。どこから帰ってきたんだろう?)そんなことを考えながら「風呂に入るか?」と聞いてやると、腕の中でオレを見上げて「お腹すいた」ともう一度言った。
「だめだ。先に風呂だ。少し汗臭いし。すぐに食べられる物が無い。入っているうちに食事の準備をしておくよ」と言ってやると。「汗臭い?わかった。風呂に入る」とオレをぎゅっと抱き締めた。けっこうな腕力だ。オレは締め上げられるんじゃないかと一瞬体を硬くした。暫くそうしてからアルマクは体を離しバスルームへ向かった。使い方は良くわかっているのかすぐに自動給湯が始まった。
「一時間で用意する」声をかけにユーティリティを覗くと、もう裸の背中が見えている。あわててドアを閉めると「わかった」と声が返ってきた。
「着替えは有るのか?」ドア越しに声をかける。
「持ってきてる」持ってきてるんだ。
「バスタオルとパジャマは横のクローゼットの上から2段目、前に置いていった下着も洗濯してそこに入ってる。汚れものは黄色いカゴの中へ」
「わかってる」わかってるんだ。
「好き嫌いは?」
「無いよ。なんでも大丈夫」
「了解。じゃあオレのオリジンの地域の料理を作ってやろう。驚くなよ。もっとも小学校3生年までしか過ごしてないんだけどな」
「お腹すいた」聞いて無いな。
 もうシャワーの音が聞こえ始めた。「のんびり入ってろ」オレはそう言うと大急ぎで支度を始めた。冷凍庫にはアルマクに食べさせてやろうと思って用意したものの、アルマクの失踪で用無しになってしまっていた食材が詰まっていた。

 アルマクは目の前に置かれた皿を見つめて固まっていた。長い髪は丁寧に手入れされ、後ろに括られている。相変わらずヘッドホンをつけたままだが、パジャマに着替え、食べる気満々でキッチンに入ってきてその皿の上を見たのだ。
 オレは少し皮肉っぽく笑うと「アルマクはハシを使ったことがあるか?」と訊いた。
「ハシってなに?それにこれは?」アルマクは困惑の顔を隠そうともせずに言った。
「これは生のフィッシュミートをスライスしたものだ。サシミというんだ。そこにあるワサビとショウユをつけて食べるんだ」
 植物性蛋白から作られる食材の開発は飛躍的な発展をとげていた。畜肉タイプから魚肉タイプまで人類の要求に答えて様々な種類のミートと呼ばれる塊が開発され生産されている。見た目は少し違うが調理してしまえば、ほぼ人間の欲求を満たす程度にまでは完成されていた。オレはその中でもお気に入りのツナミートと呼ばれているブロックを生のままスライスしたのだ。
 もともと生食を前提には作られていないが製造工程で菌が入り込む余地は無いので、オレと同じ地域の出身者の間ではこういう食べ方がよく行われていた。
「ちょっと面白いかなと思って少しだけ作ってみたんだ。後はこのポークミートをカツにしたのがあるから、トンカツっていうんだけど。とにかく先にサシミを食べてみろよ。このゴハンと一緒にハシを使って食べるんだ」と、容器に盛った炊きたてのゴハンを手渡した。
「ゴハン?ライスだよね、こういう白いのは始めてだよ」アルマクは臭いを嗅いで「食べ物の匂い」と言ってからスプーンを使うしぐさをした。「それはライスをちょうどいい水加減でゆでたものだ」オレはアルマクにハシを渡すと「こう使うんだ」とハシを持ってゴハンを食べて見せた。
 アルマクは見よう見まねでハシを持つとゴハンを食べようとした。苦労してゴハンを口に入れると不思議そうな顔をした。「味が薄い」「ははっ。ライス系のパックとは違うさ。そっちのサシミと一緒に食べるんだ」「これを付けるの?」アルマクは横においてあったワサビのかたまりをハシの先に付けると、止める間もなくそれを口に入れた。暫くの間アルマクは涙をポロポロこぼしてオレに抗議することになった。

 涙を止めるために発泡酒が3本必要だった。しかし何でも大丈夫と言ったのはあながち嘘ではなかった。アルマクはサシミをゴハンと一緒にペロリと平らげ、カツもかなり多めに揚げたつもりだったが、オレが自分の分を確保するのがやっとという勢いでサラダと共に完食した。なんとかハシも使っていたが、途中から間に合わなくなってフォークとスプーンが活躍した。でもなんとか使いこいこなせていたのは大したものだ。もともと器用な方なんだろう。
 目についたものをすべて胃の中に収めると、アルマクはようやく椅子の背もたれに背中をもたせ、くつろいだ表情になって「ミラクは料理が上手だね。サシミっていうの?それがとても美味しかったな。もっと食べたい。もちろん、トンカツ?それも美味しかったよ。また作ってほしい」と言った。
 オレが自分の為にあわてて確保した分を食べ終わって後片付けをしている間、アルマクは椅子の上で膝を抱えて赤い瞳をずっとこちらに向けていた。オレは流しに向かって食器を洗いながら、時々振り向いてアルマクの視線を受け止めていた。赤い視線は、はっきりとどこを見ているという風でも無くあやふやだったが、それはアルマクが疲れているせいだとその時は思っていた。
 片づけが終わったオレは「じゃあオレも風呂に入るよ」と声をかけた。
「オレはもう眠いからベッドに入っていてもいい?」アルマクはそういってオレの顔を覗きこんだ。
「いいよ。疲れてるんだろう?先に寝てなよ。」そう言うとオレはキッチンを出た。
 アルマクはまだぼんやりと椅子の上で膝を抱えていた。
 オレはユーティリティーに入ると、アルマクが軽く丸めてポンと置いていたバスタオルをたたんで脱衣かごに入れ、黄色いカゴから飛び出しそうになっている下着をそっとカゴに収めてから服を脱いだ。オレの汚れ物は少し考えてから洗濯機に直接放り込んだ。そして浴室に入るとシャンプーやコンディショナーのボトルを元の位置に戻した。
 それらの作業を終えてからシャワーを浴び始めたオレは考えていた。アルマクは先々週の火曜日にベッドの中にいきなり現れ、金曜日に突然消えてから今日までほぼ10日間、どこで何をしていたんだろう。アルマクは何も喋らないしオレも訊いていない。でもまぁいい。アルマクがどんな気持ちなのかはわからないけれど、とにかく戻ってきてくれたんだ。オレは赤い瞳や長い髪や小さな白い体を想像しながら気持ちの高ぶりを感じていた。しかしたぶんアルマクは相当疲れている。オレは高ぶる気持ちを袋小路に追い込んで抑え込むことにして、湯船にザブリと入り頭まで湯に浸かると、ゆっくりと全身の力を抜いた。お湯の中で息を止めて限界まで漂っていると、オレの脳は酸素を求めることにその力の大半を使ってしまう。限界の直前でガバッと水中から顔を出すと大きく息をして肺に酸素を送り込んだ。
 大きく息をしているとドアの外から「何してるの?」とアルマクの声がした。「なんでもない。まだ起きてたのか?」オレが答えると「歯を磨くんだよ」と暫く歯磨きをする気配がしていたが「終わったよ。おやすみ」と半透明のバスルームのドアに手を当ててきた。
「おやすみ」オレはその小さな手に自分の手を重ねるように当てると声を返した。アルマクの手は少し力を入れて押し返してきてからドアを離れた。ユーティりティーのドアを閉める音がした。
 オレはもう一度さっきの潜水訓練を繰り返した。
 そして、脳がまた大半の力を酸素を求めることに使ってしまってからバスルームを出た。
 体の水分を拭き取り、丁寧に頭を乾かし、クローゼットの1段目から下着とパジャマを取り出すと身につけ、歯を磨いた。そして一連の寝る前の儀式を終えるとゆっくりと廊下に出た。
 オレは寝室には向かわずリビングに入りソファーに身を投げ出した。照明を落とすのもおっくうになって横になっていると、そのままウトウトしていたようだ。気配に目を覚ましたオレの目の前に、赤い瞳と金色の長い髪があった。
 こっちを見て薄っすらと笑っていた。
 オレはアルマクの頭に手をやると付けていたヘッドホンを外した。可愛らしい白い耳が現れて、すぐに髪の毛の中に隠れた。
「あっ……」アルマクの手はヘッドホンを追いかけて動いたがすぐに諦め、代わりに「ミラク、それはね。オレの目なんだ。返してくれるかな」と言った。
「どういうこと?」オレは驚いて尋ねた。
「先に話しておくよ。オレのこの赤い目は実は物を見るということはできないんだ」
「見えてないのか?でもヘッドホンが無くてもウロウロ……」
 アルマクは頷くと続けた。「オレはね。見えてないけど感じることができる。だから見えてる人と同じように、ウウン、それ以上に行動することができる。たとえ真っ暗でもどこに何があるのか感じてるんだ」
「コウモリみたいだな」そう言ってからオレはあわてて「ごめん」と付け加えた。
「コウモリは超音波を使うんだけど、オレはそれでもない。特殊な能力らしくて、まだよく解ってないらしい」気にする様子もなくアルマクは言った。
「でもね。この感覚で感じていることは、普通の人が見ているという事とは違うみたいなんだ。見えていないことを感じたりするし、見えていることを感じなっかったりする。だから、そのヘッドホンでオレの視神経を経由して補正をかけてるんだ」アルマクはオレからヘッドホンを取り上げるとテーブルの上にそっと置いた。「たとえば、色という概念はこれを付けないとうまく認識できない。色によっては区別できてなかったりするからね……」アルマクは解説を加えながらゆっくりとオレの上に被さってきた。
 シャンプーの香りがした。
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(バルキリーの選択)-2

 オレはトレーニングセンターの扉を開けると外に出た。いつものように午後の2時間を使ってトレーニングのルーチンをこなしたところだ。職業柄、体を鈍らすわけにはいかないので、オレはここのプレミアムメンバーになっている。
 シャワーに時間を取りすぎてしまったな。そう思いながらスロープを下ったオレは、ミラクとの待ち合わせ時間に間に合わせるために、少し早足でチューブの駅に向かった。髪をツインテールに纏め、薄い色のサングラスをかけているので、オレの素性が知れることは多分無いだろう。大丈夫、大丈夫。
 今朝ミラクは出勤する時、玄関のところで名残惜しそうにしていた。だから、オレ達が始めて出会ったフードコートのビアホールに飲みに行こうと誘ったんだ。ミラクはとたんに顔が明るくなって、機嫌良く出勤していった。わかりやすい奴だ。
 奴が出勤してからオレはショッピングセンターが開くのを待って出かけた。せっかくのデートなのに、定番のフライングジャケットとショートパンツっていうわけにもいかないな、と思ったんだ。店の子と相談しながらノースリーブの上着とミニスカートを選んだけど、正直、そういうセンスは無いので似合うかどうかなんて分からない……。
 チューブが接続駅のホームに滑り込む。オレの心臓はもうすでに鼓動を速めている。奴を意識の中心に置いているからだ。おまけにトレーニング後半は水分を控えていたせいで、のどがカラカラだ。Coffin(競争艇)に収まってスタートを待っている気分?そういう感じだ。エスカレーターを下ってトラムのホームに出る。そろそろ約束の時間だがミラクの姿は無い。オレはベンチに座ってトラムがホームに入ってくるのを待つことにした。
 約束の時間を少し過ぎた頃トラムがホームに到着した。開いたドアから降りてくる乗客に混じってミラクの姿が見える。オレの心臓はさらに鼓動を速める。スタート10秒前のコールが聞こえた時みたいだ。オレだと分からなくては困るのでサングラスを外す。「ごめん。少し遅れた」奴が近づいてくる。「Go!」オレは奴に駆け寄って、あまり厚くない胸板に頭を突っ込んだ。

 仕事を終えようとタイピングを続けていたオレに、明るいブラウンの髪をボブにしたスラリとした美人が声をかけてきた。
「ミラク、今日は空いてる?」ミナガワ・ヤスコだ。一応同僚ということになるが、事業部が違うので品質保証関係の部署に所属しているということ以外はオレにはわからない。わかっているのは、この前のビール発売イベントをドタキャンした本人だということだけだ。
「いや、ごめん、ちょっと先約があって今日は空いて無い」オレは一応残念そうに言った。
「なんだぁ。残念。じゃぁおたくの部長でも誘おうかな」
「部長ならさっきあがってロッカーへ行ったよ」
「そう!じゃぁまだ間に合うわね」彼女は大急ぎでオフィスを出て行こうとして振り返った。
「ミラク?今日はちょっと愛想が悪いんじゃない?何かあった?」
「いや。別に」オレはつい伏し目がちになった。
「先約って女性かな?」とオレの顔を覗きこんでくる。オレが黙っていると。
「ま、いっか。じゃ、またね」彼女はドアの向こうに消えて行った。
 オレは大急ぎで仕事に段取りをつけ、帰り支度を終えるとトラムの停留所に向かった。待ち合わはトラムとチューブの接続駅だ。もうあまり時間が無いのでイライラしながらトラムを待ち、やってきた車両に乗り込んだ。たった二駅がとても遠く思える。
 接続駅に着いてドアが開いた時には、もう待ち合わせの時間を5分ほど過ぎていた。「いた!」ホームの中程のベンチに座っているアルマクの姿を見つけたオレは急ぎ足で近づいた。アルマクは金色の長い髪を2つに纏め、いつものヘッドホーンを付け、シンプルなデザインのノースリーブの上着にミニスカート姿でチョコンと腰掛けている。今、オレに気がついてこちらを見て、ゆっくりとサングラスを外すと笑みを浮かべた。
(あれ?あんな服持ってたっけ?)そんなことを思いながら「ごめん。少し遅れた」オレは謝りながら近づいた。
 アルマクは立ち上がると駆け寄ってきて、頭をトンッとオレの胸にぶつけてきた。そしてグリグリッとしてから顔を上げ「のど渇いた」と言った。そして、オレがしげしげと見つめたからだろうか、そのままの格好で「オレ、変かな?」と続けた。
 オレは小さく顔を左右に振ると「いや、とても可愛いよ。似合ってる」と言った。
「ありがとう。オレはそういうセンスは持っていないから……でもそう言ってくれるとやっぱり嬉しい」ともう一度頭をグリグリと擦りつけた。
「じゃあ。行こうか。ビールを飲みに」
「ウンウン。のどがカラカラだ。水分をセーブしたから早く補充しないと」
「わざわざセーブしたのか?好きだなぁ」オレがそう言うとアルマクは笑顔で答えた。
 オレ達はホームに入ってきたトラムに並んで乗り込んだ。

 時間が少し早いのか、ビアホールはまだすいていた。
 オレ達が目立たない位置に向かい合わせに席を取ると、スタッフが注文を取りにやってきた。オレはアルマクに向かって「どうする?」と促すと、アルマクは「のど渇いた。本物のビール」と言って一番大きなジョッキを指さした。例の本物のビールはまだこの店だけの限定での発売で、一般的な市場にはまだ出回っていない。この店はビアという名前が付いてはいるが、今までは発泡酒しかなかったのだ。これでやっと本物のビアホールになったと言うわけだ。オレは苦笑いしてアルマクの顔を見つめると「わかった。いいけど、オレはこっちで行くよ」と小さなジョッキを指さした。アルマクはクスクスと笑ったが、かまわずオレはそれとつまみを適当に注文した。
 大きなジョッキがオレの前に、小さなジョッキがアルマクの前に置かれ、ソーセージやチーズの類が並べられた。オレ達は顔を見合わせて笑ってから、お互いのジョッキを交換して乾杯した。オレがジョッキに口を付けて数㎝を飲んでいる間に、アルマクはその大きなジョッキを空にした。2杯目も開けて3杯目を注文し、それが手元に来るとようやく落ち着いたのか大きなソーセージに手を付けた。
「おろ……?ミラクじゃないか」聞き覚えのある声に振り返るとそこには部長の顔があった。
「部長!」驚いて声をあげると。
「こんばんは」部長の横にはヤスコの顔もあった。
「ヤスコ」オレは声をかけたがヤスコはもうこっちを見ていない。ソーセージに余念の無いアルマクの方に注意を向けている。
 部長は「お嬢さんはミラクの彼女さんですか?」とアルマクに声をかけた。アルマクが顔を上げると部長の顔が固まった。そして「あれ?アンドロメダ……さんじゃぁないですよね?」と放心したように呟いてから「やっぱりそうだ!アンドロメダさんですよね」と言った。
 アルマクは動きを止めていたが、やがて「ええ。そうです。アンドロメダです」とゆっくりと頷いた。
「え?アンドロメダって……」オレは驚いてアルマクを見つめた。
「お前、彼女がアンドロメダだってこと、知らないのか?ほら」部長は鞄からタブレットを取り出すとページをめくってオレに見せた。それはアルマクがフライトスーツ姿で大きく写っているプロフィール画面だった。

アルマク

「やっぱりアンドロメダだ。驚いたな。何故こんなところにいるんですか?あ、いや、失礼」部長は画面とアルマクを交互に見比べながら謝ってから、オレの方に顔を向けて小さい声で「なんでお前がアンドロメダとこんなところにいるんだ?」と囁いて、またアルマクの方を向いて「ファンなんですよ!」と混乱している。
「いつも応援ありがとうございます」アルマクはにこやかに社交辞令を述べた。
「ウオーッ本物だ!本当に赤い瞳なんですね。で、なんでこいつとこんなところに居るんですか?」部長はもう半狂乱だ。
 アルマクの顔が少し歪んだがすぐに元に戻った。部長はアルマクにかぶりつきで話し始めた。
「ミラク、先約って彼女のことだったの?」ヤスコが耳元に口を寄せて聞いてきた。オレが頷くと「ふーん。彼女、アスタリスクレースのメジャーパイロットよね?かなりの有名人よ。タンカーナビゲーターのミラクとどういうきっかけで知り合ったのかしら?とても興味があるわ」とニヤリとする。オレが答えに窮していると「まぁいいわ。可愛い子じゃない。大変だろうけどがんばって!」ポンとオレの肩を叩いてから「でもちょっと悔しいな」と付け足した。そして部長の首根っこを捕まえると「部長!もう十分にお邪魔虫になってますよ。わたし達は退散しましょう」と引っ張っていこうとした。
 部長は「わかった。分かったけど、その前にサインをいただけませんか。それと、一緒に写真を取らせて欲しいんだけど。お願いしますよ」とアルマクに頭を下げた。アルマクは「いいですよ」気さくにそれに応じ、部長の差し出した紙媒体の上にサインし、ヘッドホンを外して一緒に写真に収まった。部長は何度も頭を下げながら自分達の席を探しにいった。「じゃあね」ヤスコがいやに明るく手を振っていたのが印象的だった。
「ごめん。一応オレもアスタリスクのイメージ戦略に沿った行動を取らなくちゃいけないんだ。レースも人気商売だからね。でも、まだ周りに人がいなくてよかった。」アルマクは少し引いたような笑顔になった。そして小さなバッグからサングラスを取り出した。薄く色のついたサングラスだったが、それをかけるだけでアルマクの赤い瞳は目立たなくなった。
「アルマクってアンドロメダだったんだ」オレはアルマクを見つめて言った。
「そうだよ。アンドロメダはオレのコールサインだ。でもミラクは知らないみたいだったし、オレはアルマクだからちゃんとそう名乗った」アルマクは大きなソーセージを食べながら言った。
「うん。確かにそうなんだろう。でもアンドロメダはオレでも名前を聞いたことがあるくらい有名だ。なぜそのアンドロメダがここに、オレの目の前に居るのか、不思議に思うのはしょうがないだろう?アルマク」オレは力説した。
 アルマクは静かにオレの方を向いた。「だって、それこそしょうがないじゃないか。オレがミラクにここで出会って、そして惹かれたんだから。それは不思議だけど、偶然に起って、必然的にそうなったんだ。理由なんか分からないし、誰にも文句は言わせない。ミラクは違うのか?」見えない視線はきっと真っすぐオレを見つめている。
 オレには自分の顔に血が上ってくる音が聞こえていた。そして少し考えてから「そうだな。オレはアルマクが居なくなってからだけど、惹かれていると感じたんだ。そしてやっぱり理由なんか無い」とやはりアルマクを見つめた。
 オレ達は見つめ合っていたがやがてアルマクが「のど渇いた」オレが「お腹すいた」と同時に言ったので大笑いになった。オレはスタッフを呼んでたっぷりと追加の注文をした。

2013.06.03
2013.06.04改稿

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(11)

Stella/s Stella7月号

 一面の砂だ。
 見渡す限りすべてが砂漠だった。しかもピンク色のだ。
 砂丘の向こうはまた砂丘で、その向こうもその隣も、さらにその向こうにもその隣にも無数のピンク色の砂丘が、永遠とも思える繰り返しで続いている。
 淡いオレンジ色の空にはすべてを圧倒する太陽が輝き、反対側にはそれから逃れるように欠けて薄くなった大小3つの月が、遠慮がちに白い骸骨の様な姿を曝している。
 降り注ぐ強い太陽の光は砂を焼き、その上を容赦なく吹き付ける高温の風が、美しい風紋を描いていく。ここまでつけてきた足跡は、数十メートル歩くか歩かないうちに風によってかき消され、風紋に置き換えられていく。そしてただ1つ己の意識だけを残して、生命活動の痕跡はすべて消え去ってしまう。孤独を友とする人の話を読んだ記憶があるが、ここではそんなことは不可能だ。真の孤独に苛まれた精神は、たちまちのうちに石と化し、粉々に打ち砕かれ、ピンク色の砂に帰化して見分けがつかなくなってしまう。
 地平線のあたりはここよりもずっと風が強いのか、舞い上がった砂塵が赤い雲を形作っている。それは様々な動物を連想させる形を連ねながら眼前に広がり、徐々にこちらに近づいてくる。空想に浸っている時間はあまりなさそうだ。
 ヘッドセットからは、一定の強さで休みなく吹き付ける風の音と、遥か遠方の砂嵐の予感だけが聞こえてくる。それは女性合唱だけで演奏される前衛音楽のように耳に響く。パワードスーツのヒートポンプと送風ファンは回転数を上げているはずだが、その合唱にかき消され意識されることはない。保護装置の力を借りなければ、肌を焼かれ体温が上昇して倒れるまで数分というところだろうか。そして後は水分を奪われ干からびていくだけだ。
「ミラ……ミラク……どこ…………か?」ヘッドセットから途切れ途切れに聞き覚えのある声が流れ出した。電波状態は悪く、映像データはブロックノイズで確認できないままエラーが出た。
「アルマク!どこだ?」あわててナビゲーション画面を覗くがマークは無い。
「アルマク!アルマク!」オレはサーチをかけながら呼びかけを続けた。
 
 必死に呼びかけを続けていたオレは、目の前に拡がる風景がいつの間にか自分の部屋の天井に置き換わったことにようやく気がついた。オレは自分のベッドの中で目を覚ましたところだった。
 部屋はとっくに夜の帳を片付け、朝の舞台転換を終えた後の様子で、可視光線をいっぱいに満たしている。あわてて周りを確認すると、オレの横にはその可視光線を必要としない女が眠っている。彼女は……アルマクと言うのが彼女の名前だが……柔らかな曲面を描く小さな白い背中をこちらに向け、豊かな金色の長い髪をその背中とオレとの間に波打たせ、たわやかな体を少し丸めて眠っている。ゆっくりとそして気持ちよさそうに小さな寝息が聞こえ、それに合わせて肩が緩やかな動きを繰り返す。オレは夢だったことを確信し、緊張は一気に弛緩する。そして、緊迫して流れていた時間もそれに合わせるように急激に速度を落としていく。
 オレはほとんど流れるのをやめてしまったような時間の中で、体の中が安心感で満たされていくのを感じていた。
 だが、やがてアルマクの背中に微妙な変化が表れ始め、アルマクの呼吸が徐々に速くなっていく。そして過呼吸になるんじゃないかと心配するほどになって、全身にじっとりと汗が浮かぶ。オレが声をかけようと手を動かし始めたその瞬間、寝言で何かを呟くと寝返りを打ち、こちらを向いて目を開けた。オレは動作を止めてアルマクを見つめた。
 アルマクは肩で息をしながら、その赤い瞳をオレの方に向けている。あくまで想像だが、じっとオレの方を“見て”いるはずだ。そして艶やかな唇が動き始めた。
「やっと会えた」その唇はそう発音した。
「え?」唐突な言葉にオレは思わず訊き返した。
 アルマクは首を持ち上げて周りを見回してから「砂漠だったんだ」と呟いた。そして枕にトンと頭を落とした。
「さっきまで、ずっと砂漠だったんだ」今、ここに戻ってきたかのように、アルマクは言った。呼吸はまだ速かったが、さっきよりは落ち着きを取り戻しつつある。
「砂漠?」オレは驚きながら思わず「ピンク色の?」と付け加えた。
「うん。オレは1人でそこに居たんだ。でもなぜか近くにミラクが居ることはわかっていた。無線で呼びかけると一旦はミラクの声が聞こえたんだけど、何度か聞こえただけで消えてしまって、暫く呼びかけてみたけどミラクの声は帰ってこないし、サーチをかけても反応は無いし、オレは1人になってしまった。そう思ったら本当に不安になって、パニックを起こしそうになったんだ。そうしたら急に景色が変わって、ここに居た」そこまで一気に喋るとアルマクはいったん言葉を切って、一瞬考えてから「でもなぜ。ピンク色なのを知ってるんだ?」と訊いた。
「オレもそこに居たからさ。そのピンク色の砂漠に……」オレがそう答えるとアルマクは「オレはそこで確かにミラクの声を聞いた。オレの名前を何度も呼んでいた」と言った。
「そう、オレは何度もアルマクを呼んだ。熱い風がずっと吹いていた。風が砂に刻む模様がとても綺麗だった」
「風が刻む模様?あの波みたいな?」アルマクは首を少し傾けて訊き、オレは小さく頷いた。
 アルマクは「そう、綺麗だった。いったいどこなんだろう?同じ夢を見るなんて、不思議な話だね」と言うとそっと寄り添ってきた。そして頭を俺のわき腹に当てグリグリしてから「でもよかった。もう会えないかと思った」と小さく呟いた。
 オレはアルマクの頭を抱いた。
「大丈夫。夢の世界の話だよ」オレはアルマクの耳元で呟いた。
「そう。だったのかな?」アルマクは少し考えてから思い直したように言った。「そうだね。きっと……」
「お腹はすいていないか?朝ごはんにしようか?」オレがいつものようにそう言うと、アルマクは少し間を置いた。
 そして「今はいらない」アルマクはトンッと頭を胸にぶつけてきた。 
 オレはアルマクの体をそっと触った。
「ん……」
 アルマクの体はもう準備が出来ていた。

2013.06.28 イマ乃イノマさんに……

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(12)「チョコレートリキュール」前編

 オレは誰かにささえられて歩いている。
 少しずつ酔いが退いていくが、この香り、どこかで嗅いだことがある。左手に触れる柔らかい肩、背中に回された手、目の前で揺れるブラウンのボブ、そうだミナガワ・ヤスコだ。
 ピンポーン……ドアチャイムが鳴る。暫くしてカチャリ……と鍵が外れる。そっとドアが開いて赤い瞳が覗いた。
「こんばんは!私ミラクの同僚のミナガワ・ヤスコと申します。以前ビアホールでお目にかかりました」
「あぁ。どうも」アルマクは少し頭を下げて返答する。
「今日は職場の忘年会だったんですけど、ミラク飲み過ぎて足下がおぼつかなくなっちゃったの。それで私が送ってきちゃいました。では、確かにお届けしましたから」ヤスコの声は少し得意げだ。
 さらに続ける。「お水を2杯飲ませてやってください。そうすれば朝には回復しますから。お願いしますね。ではお休みなさい」明るい調子でそう言うと、ヤスコはオレの体をアルマクに預けクルリと背を向けた。オレは真っすぐに立つことが出来ずにアルマクの肩に寄りかかったが、意識は徐々に取り戻しつつあって、気まずさでアルマクの顔をまともに見ることが出来なかった。
「ありがとう」アルマクはヤスコにそう声をかけると玄関を入って鍵を閉め、オレを軽々と抱え上げた。
 そして廊下を進んで寝室に入ってオレをベッドの上に放り出すと、少し乱暴にドアを閉めて部屋を出て行ってしまった。
 オレは放り出されたままの体勢でじっとしていたが、再びカチャリとドアが開く音がしてアルマクが入ってきた。トレイを持っていて、水がナミナミと入ったコップが2つ載っている。「飲め」サイドテーブルにそれを置いて静かにアルマクが言う。「ありがとう」オレが体を起こしてコップを手に持ったのを確認すると、アルマクは部屋を出て行った。

「わかった!説明は理解した。時間だから行く」アルマクは憤然と玄関に向かう。
「全然理解してくれて無いじゃないか。同僚との付き合いなんだから、オレはアルマクみたいに強くないし」
「だから理解したと言ってる。大丈夫。じゃぁ行ってくる」
 バタン!!!
 玄関ドアが大きな音を立てて閉じ、アルマクは仕事に出かけていった。
 オレは暫く呆然と廊下に立っていたがやがてリビングに引き返し、ソファーにドッカと腰を下ろした。アルマクがあんなに動揺するとは思わなかった。
 昨日は職場の忘年会だった(標準公転期による)。仲間たちと久しぶりにハメを外したオレはかなり飲み過ぎてしまったらしい。ミナガワ・ヤスコに部屋まで送ってもらうという失態を演じてしまったのだ。



 デブリ・フォール、シフティ・スピン、オレはコントロールスティックを操作して星屑を回避していく。
 チームブルーバードのコフィン(競争艇)はチューニングが上手くいっていないせいで運動性がポテンシャルいっぱいまで発揮できていない。その上出力も今一歩だ。艇のせいにしたくはないがオレは少しイライラしていた。ミラクに良いところを見せたいという焦りもあったのかもしれない。
 僅かでもストレスを溜めたレースはいい結果をもたらさず、デバラの奴はオレより約200メートル前方を飛行している。このポジションからだと200メートルの差は大きい。ストライクポイントを加味しても、ここから挽回するのは不可能と判断したオレは、このまま流して2着でのゴールを目指す作戦をとった。あとは無理をする必要はない、オレはふと遙かに輝くガス惑星の模様に意識を向けた……

接近警報
「…………」(意味不明)
振動
「…………」(意味不明)
やや大きな振動
大きな呼吸音
異常ベクトル警報
レッドアウト信号
非常スラスター信号
異常ベクトル警報
グレイアウト信号
ブラックアウト信号
LC(意識喪失)信号
破壊振動
ダメージ警報
気圧低下警報
脱出警報
破断振動
Loss of Signal



 オレはハンバーガーショップの小さなテーブル席に腰掛けてダブルバーガーを頬張りながら、壁に掛けられた大型のモニターを眺めていた。
「あら!遅いわね」振り返るとヤスコの顔があった。
「ああ、この前はありがとう」オレは礼を言った。
「いいのよ。いつものことじゃない」ヤスコは明るく答えると「仕事、忙しいの?ずいぶんゆっくりとした昼食じゃない」と続けた。
「ちょっとね。食欲もなくて、ヤスコこそ昼食なのか?」
「まあね。うちも結構忙しいのよ」
「お互い大変だな」オレは曖昧に返事をしてモニターに顔を戻した。
「あら!アスタリスクやってるのね。あなたがこれを見ていると言うことはアンドロメダが出てるのかしら?」
「うん。今2位で航行中だ。でもTOPばかりを映すよな」
「当たり前じゃない。TOPなんだから。で、どう?彼女とは上手くいってるの?」ヤスコはオレとモニターの間に割り込んできた。
「なんでそんな事聞くんだよ」オレはモニターが見えるように首を動かしながら訊いた。
「ウウン、別に。彼女、アスタリスクレースのトップレーサーだからさ、大変かなって思って。結構ファンも多いみたいだし」ヤスコはオレの前に腰掛け、クルリとモニターの方を向いた。
 ヤスコの顔が向こうを向いた隙にオレはため息をついて、そしてヤスコの頭越しにモニターを見つめた。
 モニターには2位を航行するチームブルーバードの競争艇が映し出される。アルマクの操縦する艇だ。3位までが配当金に係わってくるので、TOP程ではないが画面に登場する。艇は滑らかに星屑を回避しながら高速で航行していく。オレはその様子を眺めながら興奮を禁じ得なかった。
「あなたもパイロットだものね。すごいと思う?」ヤスコが振り返った。
「そうだな、あの判断力はものすごいと思うよ。人間業じゃ……」オレは競争艇を目で追いながら答えたが、一瞬その動きに不穏な物を感じて言葉を止めた。
 一瞬のことだったが、競争艇が振動したように見えたのだ。
 そのまま艇は横滑りを始め、スラスターの噴射光がチラチラと輝く。さらに何かに当たったように向きを変えると大きく態勢を崩した。艇は不規則な回転を始め、それを修正する為かスラスターの輝きは激しさを増す。異常なロールを続ける艇は、今度は目視できるほど大きなデブリにその横っぱらをぶつけた。その反動であらぬ方向へ回転し、さらに大きなデブリにぶつかり破片がまき散らされる。アナウンサーが狂ったように実況を続ける中、オレは茫然と、しかし妙に冷静にモニターを見つめていた。
 やがて競争艇はオートバランサーによって徐々に回転を止め慣性航行に入った。カメラはコックピットをアップで写そうとするが、向きが悪いのと特殊なガラスが光を通さないために上手く写らない。
 オレはようやく正気に戻るとヤスコの方を見た。ヤスコも同時にオレの方を見たので目が合う。「ミラク!行ってあげて!早く!」ヤスコが叫び声を上げた。
 オレは小さく頷くと駆けだした。
 レースで発生した事故の対応はすべてサテライトステーションで行われる。オレはサテライトへ向かうシャトルの搭乗にはどうすればいいのか必死になって考えようとしたが、頭の中は真っ白でなにも思いつかなかった。


後編へ

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク(12)「チョコレートリキュール」後編



 オレの頭の中は後悔でいっぱいだった。大きな音を立てて玄関ドアを閉じ、出かけていったアルマクの様子が何度も繰り返される。
「大丈夫」そう告げたアルマクの声が繰り返される。
 競争艇のことをスラングではコフィンという。棺桶という意味だ。オレは自分の命を預ける愛機のことをコフィンと呼び習わすアスタリスクレーサー達の気持ちを思いやった。
 アルマク・アンドロメダについてはサテライトの病院に収容されたということ以外に発表はない。オレはアルマクの傍に向かうことに集中することで、ようやく平静を装っていた。
 シャトルがサテライトステーションにドッキングしてプラグドアが開くと乗客達は勢いよく飛び出していく。しかしドッキングポート内は0Gなので、慣れない乗客が障害になってシャフト内の列は遅々として進まない。オレは切れそうになりながらエレベーターに乗り込んだ。
 乗客全員が乗り込んで体を固定するのを待って、ようやくエレベーターはゆっくりと“地上”へと移動して行く、そこでもオレは走り出したい気持ちを堪えなければならなかった。
 “地上”についてエレベーターのドアがゆっくりと開くと、オレはドアの隙間をくぐって駆けだした。サテライトステーションの人工重力は“地上”では0.6Gになるように設定されている。その弱いGの中、オレは病院に向かって文字通り飛ぶように走った。
 病院のエントランスに走り込むと、フロアーにずらりと置かれている椅子にはたくさんの人が座っている。診察時間ではないしカメラを持った者も混ざっているから報道関係者だろうか。オレはその椅子の間を縫って、カウンターにたどり着いた。
 カウンターの中には数人の事務員や看護士が詰めていて、報道関係者の対応に当たっていた。
「あの」オレはすがりつくように声を出した。
「発表できることは有りません。記者会見までお待ちください。すみませんが、ここでは答えられません」事務員はこれまで何度も繰り返してきたであろう台詞を繰り返した。
「あの、アルマクは!アンドロメダは!」もう一度オレはすがりつくように声を出すと、「お知り合いの方ですか?」もう1人の事務員の女性が声をかけてくれた。
「ええ、あの……同居人です」オレは曖昧に、しかしはっきりとした声でアピールすると、「チップを確認させていただくか、身分証明書をお出しいただけますか?」彼女は事務的な声で続ける。「あ、はい、チップをどうぞ」オレは慌ててそう答えた。そして「読み込みますのでこちらに暗証番号を」彼女はリーダーをかざし、オレは暗証番号を打ち込んだ。
 ピッ、と音がして彼女は「登録を確認しました。パートナーの方ですね?こちらへお入りください」とカウンターの小さな扉を開けてくれた。
「おい!アンドロメダのパートナーだってさ」後ろの記者が騒いでいる。「とりあえず撮っとけ撮っとけ」何回かストロボが光った。
(パートナー?登録って何のことだろう)オレは一瞬疑問に思ったが、それに答えを出す余裕は無い、オレは案内されるままカウンターを抜け、通路の奥に有ったエレベーターで上層階へ向かった。
「容態はどうなんですか?」オレは勇気を出して一番気になっていたことを尋ねた。
「すみません。私は医療スタッフではないのでお答えできないんですよ。ドクターに聞いていただけますでしょうか」彼女は丁寧な口調で答えてくれた。
「はい」オレはそう答えるしかなかった。
 エレベーターのドアが開いた先は看護ステーションで、事務員はそこに居た看護師と少しの間話をしていたが「今、手が足りないそうです。医療スタッフが付いているはずですので、私が病室までご案内します」と告げると先に立って歩き始めた。オレは後をついてICUの表示のある廊下を進んだ。ICU病棟の鬼気迫る雰囲気と消毒臭を含む独特の空気は、オレを一層不安な気持ちにさせた。
「少しお待ちください」事務員はスライドドアを開けると部屋の中に入っていった。ドアはひとりでに閉じ、すぐにまた開いて彼女が出てきた。「居ないですね。呼び出しますのでお待ちください」彼女は看護ステーションの方へと駆けて行った。
 オレは暫くの間廊下に立っていたが、スライドドアに近づくと取っ手に手をかけた。ドアを開けながら中を覗くと薄暗い小さな部屋になっている。そしてその正面は大きなガラス窓で、そのガラスの向こうには様々な色のLEDを点滅させた数々の医療機器が見えている。オレは吸い寄せられるようにガラスに近付いた。
 たくさんの医療機器の谷間にはベッドが置かれ、そこには1人の人間と思われる物体が横たわっている。オレはガラスにへばりつくとその物体をじっと観察した。物体にはシーツが掛けられ、そこからは無数のコードやチューブが伸び出し、そばにある医療機器に吸い込まれている。シーツの右端にはカバーに覆われた頭部と思われるものが見えている。
 オレはそのカバーの隙間から覗いている金色の髪を見つけて思わずガラス面を叩いた。
「アルマク!アルマク!」オレは声を出して呼びかけた。
 その時、カバーの隙間に見えていた瞼が微かに動いたように思えて、オレはさらに声を大きくしてガラス面を激しくたたいた。「アルマク!アルマク!」
 微かに動いたように思えた瞼はやがて少し開き、薄目を開けたような状態を暫く続けてから大きく開いた。そしてゆっくりと顔をこちらに向けた。
 赤い瞳がこちらを向いている。アルマクだ。生きていたんだ。オレはガラスをたたきながらアルマクを何度も呼んだ。
 アルマクはシーツの中から右手を出し、口元を覆っていたカバーをゆっくりと引き剥がした。アルマクの顔が現れた。微かに微笑んでいるように見える。そして口をミ・ラ・クの形に動かした。オレはガラスを叩くのも呼びかけるのも忘れてアルマクの動作を見守った。
「困りますね。勝手に入室されては!それに静かにしてください」オレが驚いて振り返るとドクターのユニホームを着た男が立っていた。
「ドクター!今気が付いたみたいです。目が開きました」興奮したオレがそう告げると「え!本当ですか?」とガラス越しにアルマクの様子を確認し「このままここでお待ちください」ドクターは部屋を飛び出して行った。



 病室に差し込む日差しは春を思わせる明るさと暖かさだ。
 もちろん差し込んでくる光は人口照明のものだし、暖かさは空調されたものだ。しかしそう感じるほどオレの気持ちは和んでいた。
 あれからアルマクは短い時間で回復し、ICUから一般病棟に移った。その後の経過も順調で、今はリハビリを行っている状態だ。このまま順調なら、まもなく退院の予定で、レースへの復帰も視野に入ってきている。
 休日の午後、オレは復帰へのプロセスを順調に進むアルマクと2人、彼女の病室で過ごしていた。
「でさ、オレはどうもアルマクのパートナーとして登録されているみたいなんだけど?」オレは何気なく尋ねた。
「そうだよ。オレ達レーサーには万が一のための登録が必要だからね。だから登録しておいたんだ。ミラクには言ってなかったけど」
「構わないさ」オレは恥ずかしいような嬉しいような複雑な気持ちで答えた。そして「でも万が一なんて、縁起でもない」と強い調子で言った。
「でもね。そういう仕事なんだ。もちろんそんなことは起こさなつもりだったんだけどね」
「そうだろ?アルマクがデブリにぶつかるなんて有り得ないことだったんじゃないのか?」オレはずっと疑問に思っていたことを訊いた。
「オレも大きなのに当たったのは初めてだったから、自分でもびっくりした。でも、ちゃんと理由があるんだ」
「オレのせいなのか?」オレは出かけて行く時のアルマクの様子を思い出しながら訊いた。
「うん。そうだよ」アルマクは事も無げに言った。
「ごめん!本当にごめん。レース前にアルマクを不安定にさせてしまって。オレがもうちょっと酒に強かったら良かったんだけど。でも次からは気を付けるよ」オレがそう言って詫びると、アルマクは声をあげて笑った。
「こめん、ごめん。でも、そんなんじゃないんだ」アルマクはようやく笑いを収めると話し始めた。
「ぶつかる寸前にオレはフッとガス惑星の方に気を取られてしまったんだ。ようするに余所見をしてしまったんだ」
「なんで余所見なんか?」
 アルマクは少し間を置いた。「年末祭のときにミラクが作ってくれたデザートがあっただろ?」
「え?デザート?」唐突な話の展開にオレは付いて行けず間抜けな声を出した。
「ほら、アイスクリームにかけた……なんだっけ?」
「ああ、チョコレートリキュールのことか?」
「そうそう、アイスクリームにチョコレートリキュールをかけたやつ。それがとっても美味しかったんだ」
「それが何の関係があるんだ?」
「フフ……」アルマクは思わせぶりに、そして恥ずかしそうに微笑んだ。
「あのガス惑星の色合いがね。そっくりだったんだ。そのアイスクリームにチョコレートリキュールをかけたやつに」
 オレは優秀なレーサーであるアルマクが、そんなことに気を取られてミスを犯すなどと言うことは信じられなかった。オレが答えを逡巡していると、アルマクが甘えた感じで声を出した。
「お腹空いた」

 ややハスキーで刺激的な声だった。


2014.01.13 八少女夕さんに。感謝をこめて……
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

*アスタリスク (ウェヌスの印)

 夕日は網膜に最後の輝きを刻み込んで、海の彼方に沈んでいった。
 昼の間、街を埋め尽くしていた観光客は、まるで汐が引くように消えていった。彼らは夕方になる前に本土のホテルに引き上げるか、次の目的地に向って旅立って行く。そのくらいべらぼうな値段をこの町のホテルは吹っ掛ける。
 観光の中心であるサン・ノチェット広場はまだ十分に明るかったが、昼間の喧騒がうそのように静まり返り、広場の背後にそそり立つ鐘楼も、その隣の大聖堂も、見上げる者を無くして存在意義を失っていた。代わりに昼間はほとんど感じることのない、微かな風の音と潮の臭いが、この町の本来の姿を際立たせていた。
 女が1人、海に面して置かれたベンチの1つに腰を下ろしていた。ツインテールに纏められた金色の長い髪を潮風に揺らし、細かい柄の袖の短い空色のワンピースを着て、クラシカルな流線型のヘッドホーンを付け、太陽の沈んでいった海の方向をぼんやりと“眺めて”いた。正面に回り込めば、短いスカートから伸びたすらりとした足や、ルビーのように輝く赤い瞳を見ることができるはずだが、辺りには人っ子1人居なかった。

+++

 永遠に続くと思われるほど果てしなく分厚い大気、“空”というらしいが・・・。その空から大量に降り注ぐ水。“雨”というらしいが・・・。無限と思われるほどの大量の水、“海”というらしいが・・・。気まぐれに変化する大気の流れ、風というらしいが・・・。そして同じく気まぐれな気温、湿度。この惑星上の全くコントロールされない、或いはできない全ての現象はオレを虜にした。そしてその驚きの連続は、1人でいることの寂しさを補って余りある物だった。オレは今、地球と呼びならわされている惑星の古都に居る。海に面した大きな広場の片隅に置かれたベンチで、“海”を感じながら座っている。
 時たまオレの後ろを、犬をつれた老人や、夕方の散歩やジョギングを楽しむ人々や、楽しそうに歩くカップル達が通り過ぎて行ったが、オレは暮れゆく風景の方を向いたまま佇んでいた。
 やがて辺りは少しずつ暗くなり始めた。オレにとって暗くなること自体はどうということはない。だが今、オレの視界は可視光線フィルターで補正されている。補正された風景は、普通の視覚と同じようにディテールを失い、感情を移入させる事が難しくなってくる。
 オレはゆっくりと立ち上がり、広場を横切ってから回廊に入った。そしてしばらくそれに従って進んでから、通路になっている部分をくぐり、広場を囲む建物の裏側に出た。建物の裏は運河になっていて、道は運河を橋で渡って続いている。
 この街は広大な内海の真ん中にある砂州の上に作られていて、街の中を縦横無尽に運河が巡っている。道は狭く段差も多いので車の使用はおろか、自転車の使用も禁じられている。運河を行きかう船と自分の足、これだけがこの町で使える移動手段だった。
 運河を渡るアーチ状の小さな橋は、炎色の灯りに照らされてぼんやりと浮かび上がる。オレは橋を渡って、両側を石造りの建物に囲まれた道を進んで行った。所々で交差する運河を渡り、右に左に曲がるたびに道は路地になり幅を狭めていく。
『ホテルはこっちだったっけ?』確信を持って進んできたはずなのに、不安が首をもたげる。オレはショルダーバッグから携帯端末を取り出そうと、一旦立ち止まってファスナーに手をかけた。

「あなた・・・」建物の方から声がかかる。オレは自分が呼ばれているとは思っていないので反応を示さない。
「あなた・・・そこのあなた!そう、その素敵なブロンドのあなたのこと」年老いた女性の声だが、声には張りがあって、その凜とした響きが心地よい。
 オレはようやく自分が呼ばれていることを理解して顔を上げた。声のする方には小柄な人影が、ゆったりとした木の椅子に腰掛けているのが見える。灯りからは陰になった薄暗い場所からだったが、生命力に満ちた強い視線が注がれる。まるで目だけが別の生き物のように、闇の中でギョロリと浮き上がって見えた。
「こちらへいらっしゃい」有無を言わさぬ老女の物言いに、オレはとりあえず従うことにして、その建物の方へ近づいた。
 老女はするどい視線でオレを観察した。そして長い時間を費やしてから「あなた、ウェヌスの末裔なの?」と言った。
「え?」オレは何を言われているのか理解できずに首を傾げた。
「ごめんなさい。分けがわからなかったのね。気にする必要は無いわ。あなたのその見事なブロンドと、そのオーラ、そこから私が勝手にそう思っただけだから。でもきっとそうだわ。そのルビー色の輝きをもった瞳、そんなに有るものじゃ無いから」そう言ってから老女は話題を変えた。「あなた、ここへは観光で?」
「はい」オレは素直に答えを返した。
「内地からじゃ無いわね。どちらから?」内地とはこの地球を表す言葉だ。
「タトゥーンからです」
「タトゥーン!遠いわね。でもタトゥーンだと重力順応がいらないから、そういう面では楽だわね。この街もECに軌道エレベーターが出来てから、外地からの観光客はけっこう来ているのよ」外地とは地球以外の植民星を表す言葉だ。「タトゥーンはギャラクシアス・シティ?」
「はい」オレは悠久の歴史を持つこの都市に住む老人から、重力順応の話や最先端の宇宙植民都市の名前が出てきたことに驚きながら答えた。
「驚かなくてもいいわ。私はコスモノートだったから。ギャラクシアスの開発段階でもかかわったことがあるの」
「失礼しました」オレは敬意を込めて詫びた。
「いいのよ。誰もこんなところに座っている婆さんがコスモノートだったなんて思わないでしょうから。あなたもそうなのかしら?あなた、ひょっとしてアンドロメダとおっしゃるんじゃないの?」
「ええ、おっしゃるとおり・・・私はアルマク・アンドロメダといいます」オレはアスタリスクのイメージ戦略に沿って丁寧に答えた。
「やっぱり、アスタリスクレースのメジャーパイロットよね」
 オレは頷いた。少し微笑みをまじえて。
「ずっと前にあなたの写真を見る機会があって、その時ふとそう感じたの」
「ウェヌス・・・の事ですか?」会話はループして元へ戻った。
「そうね。そう、いま実際にあなたを見て、あなたのオーラに触れて、もっと強く感じたわ」老女は語りたいのか、椅子に深くかけ直し、オレに前に立つように促す仕草をした。
「ウェヌスって?」オレは勧めに従って、老女のすぐ前に立った。老女は入り口脇のテラスのような場所に座っていたので、話をするのには丁度いい高さになった。
「あなた、この町の名前は、もちろん知っているわね」
「ウェニシア・・・」オレはこの町の名前を口にした。
「そう、ウェニシア。この町ウェニシアは戦火を逃れたウェヌスの人々によって作られたの。だからウェニシアというのは“ウェヌスの土地”という意味を持っているのよ」老女は“ウェヌスの土地”について話しだした。

 何百年も前、戦に破れ住む場所を失ったウェヌスの人々は、広大な内海の真ん中にあったこの砂州の上に安住の地を定めた。水深の分からない内海は大型船では航行できなかったし、潮が引いた浅瀬は一面の泥沼と化し、あらゆるものの接近を拒んだ。彼等は不自由さや理不尽さより、平穏な睡眠を、そして平和な生活を優先することを望んだのだ。
 始まりは砂と泥の上に建てられた数件の掘立小屋だった。だがやがて砂の中に丸太を打ち込んで基礎とする工法が考え出され、大きな石造りの建物を建てることが可能になった頃から、町は飛躍的に発展した。広大な内海の真ん中にあるこの街は、他の国から攻める事は困難だった反面、海運業の発達を促し、さらにはそれを利用した国際貿易で無限の富を得ることが出来た。町はやがて“テイネ海の真珠”と呼ばれるほどの名声を得て栄えていった。

「オレがその末裔だと?」オレは身を乗り出した。
「ディーノ!ディーノ!」老女は体を捻ると玄関の奥に向かって呼びかけた。
 しばらく待つと玄関の奥から人影が現れ、通りの灯りの下に姿を現した。それはブロンドの髪を持った少年だった。いや、名前から少年と思われた。顔は性別を感じさせないくらい端正で、非の打ち所のないほど美しかった。肩まで伸ばされ緩くカールした髪はオレの髪より一層輝く金色で、肌は透き通るように白い。そして吸い込まれるような赤い瞳を持っていた。少年の虹彩は、炎色の灯りを反射してルビー色に輝いていた。それは、あまりにも美しすぎて哀しくなるほどだ。
 オレは驚いてただじっと少年の方を向いていた。
「ウェヌス自体は普通の人々と外見上の違いはほとんどないわ。けれど他の民族と交配してもウェヌスの特性はとても強く残るの。そして“印”のように何代かに一度、この子のような個体が生まれてくる」
「アルビノ・・・?」
「そうね。ディーノはアルビノなの。ウェヌスから生まれたアルビノは基本的に丈夫じゃないわ。視力もとても弱いし、皮膚も弱いから太陽の下へ出て行くこともできない」老女はディーノを優しい眼差しで見た。「でもね。ウェヌスのアルビノは特殊な能力も身につけてることが多いの。そして本当に希にだけど、そのアルビノの中にとても強い個体が生まれることがあるの」
「オレの事?」
「そう、たぶん。あなたの様な個体は特殊な能力を身につけている上に、あらゆる事に対して強い耐性を持っているの」
 オレは無言で続きを促した。
「あるとき、その耐性と特殊な能力に目を付けた者が居たの」老女はオレに向かってゆっくりと手を伸ばた。
 オレは老女の手が届くように少し近づいた。
「彼等はその遺伝子を複製し、クローン化して新しい人型生物を作り出した」老女はオレの頬にそっと触れた。「そして彼等を乾燥の惑星の開発のために送り込んだ・・・」
「砂漠へ・・・?」オレは無意識に呟く。
「そう。果てしない砂漠の拡がるオーディラーンへ・・・」
「オーディラーン・・・でも果てしないピンクの砂漠はいい夢には繋がらない」
「凄い!ピンクの砂漠!そう。オーディラーンの砂漠はピンクなの!潜在的に記憶が伝承されているのね。そして、あなたの言うように、いい夢ではなかったわ。オーディラーンの開発は失敗したの」老女はアルマクの頬からゆっくりと手を下ろした。「ウェヌスの一部は脱出したけれど、大半は残留し植民地と運命を共にした・・・」
「オレはその脱出したウェヌスの末裔だと?」
「そう、あらゆる状況がそれを指し示し、証明している。そう思わない?」
「分からない」
「あなたはタトゥーンの生まれ?」
「いや、どこで生まれたのかは分からない。物心がついたときはアスタリスク幼年養成所にいた。身寄りのない子供として、そこへ引き取られてきたらしい。それしかオレには分からない」オレは自分に言い聞かせるように言った。
“ほらね!”老女は目だけでそう語ると少年に呼びかけた。「ディーノ、この人を感じてみなさい」
 少年は右手を差し出すとオレの右手をそっと握った。オレは驚いて手を引っ込めようとしたが、すぐにおとなしくそれに従って、されるがままになった。少年は長い時間手を繋いでいた。オレは神経節の1つ1つをそっと探られるような感覚を味わったが、それは産毛の上からそっと体を触られるような感触で、やがてそれはくすぐったさや快感を通り越し、もっと遙かな先の、一種の恍惚感、いやさらにその先の黄泉まで誘われるような感覚にまで到達した。やがてその感覚は去り、少年は手を離した。そして老女にそっと耳打ちをする。老女は静かに頷いた。オレは右手を差し出したままの体勢でぼんやりと立っている。
「ディーノはあなたを仲間と認めたわ。あなたはウェヌスの末裔なのよ」
「ウェヌス・・・」オレは繰り返した。
 老女は話を続けた。

 しかし“テイネ海の真珠”の繁栄は永遠には続かなかった。貿易で得た巨万の富はウェヌス内部の争いを誘発し、強い結束は崩壊していった。そしてその混乱に乗じて貿易先に築き上げた植民都市を奪われ、さらに大砲の登場により干潟に住むメリットまで失ってしまい、ウェニシアの力は弱まっていった。
 その後、新しい航海ルートが発見され、貿易ルートから外れたウェニシアは、その存在価値を著しく低下させた。町は徐々に衰退し、もう二度と表舞台に登場することはなかった。ウェヌスは支配権を失い離散し、他の民族がこの町を支配した。水上都市ウェニシアはウェヌスと共に歴史の舞台から消えたのだ。その名前だけを残して。

 老女は少年に“もういい”という風に手を上げた。少年はルビー色の瞳を一瞬キラリと輝かせてアルマクを見てから、玄関の奥へと消えた。最後まで表情は変わらなかった。
「でもこの町へは、本当に観光だけでいらしたの?」少年を見送ってから、老女はオレの方へ向き直った。
「?」オレはまだ現世に戻れていない。
「タトゥーンから地球を訪れるには相当な費用がかかるでしょう?若い女性の気ままな1人旅にしてはお金がかかり過ぎるわ」
「ああ・・・」オレはようやく現世に立ち戻った。「新婚旅行なんです。と言ってもまだ籍は入れてないんだけど。オレのパートナーは宇宙タンカーのオペレーターで、そのタンカーの新造船の打ち合わせの為の出張も兼ねてます。だから奴の旅費は会社持ちなんです。今日あたり合流できると思っていたんだけど・・・」
「彼の仕事が終わってからが本番というわけね?それはおめでとう」
「ありがとうございます」オレは微笑みながら小さく頭を下げた。
「でも・・・、全く別の血筋を辿ったウェヌスの“印”がここで出会った。それはとても不思議な巡りあわせね」
「どちらも自分たちの町を失っている・・・」オレはポツリと呟いた。
「あなた、暗くなったけど、これからどちらへ?」老女は話題を変えた。
「ホテルへ戻るところだったんだけど・・・」
「ウェニシア本島に宿を?」
 オレはホテルの名前を告げた。
「そう。新婚旅行には相応しい宿だけど、高かったでしょう?」
 オレは頷いた。
「タブレットを出そうとしていたようだけど?」
「実は道に迷いかかっていたんです」オレは正直に言った。
「近くまで案内してあげるわ」老女は立ち上がった。椅子に座っていたときは相当な高齢に見えていたが、立ち上がると背筋はピンと伸び、歩き方もきびきびしていて若々しかった。老女はオレの先に立って路地をドンドンと進んでいく。運河を何度か越え、右に左に曲がるうちに、路地はやがて見覚えのある大きな広場に突き当たった。広場の向かいにはオレが泊まっているホテルが見えている。
「あとは大丈夫?」老女はオレの方を向いて微笑んだ。
「大丈夫!」
「じゃぁ、私は戻るわね。楽しかったわ。元気でね!幸せになりなさい!アルマク」老女はクルリと踵を返すと路地の中へ戻っていった。
「ありがとう・・・!」オレは礼を言った。そして慌てて付け加えた。「・・・あなたもウェヌスなの?」
 聞こえたのだろうか、老女は“気にしないで”という風に片手を挙げてから、路地の角を曲がっていった。
 オレは暫くの間路地の奥を見つめていたが、やがて広場の方に向き直り、ホテルの入り口に向かって歩き始めた。
「お帰りなさいませ」ドアマンがドアを開けてくれる。オレは少しの笑みを浮かべながらロビーに入ったが、ドアを入った所で立ち止まった。ロビーの向こうに知った顔が見えたからだ。鼓動は一気に早くなる。
 「Go!」オレはロビーを横切ってその男に駆け寄り、あまり厚くない胸板に頭をトンッと突っ込んだ。
 そしてグリグリッとしてから顔を上げ「お腹すいた」と言った。

2015.07.04
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

最果てへの旅

 アルマクは薄い色のサングラスをかけている。もちろんそれはおしゃれなどではなく、彼女の赤い虹彩を目立たなくするためだ。そして金色の長い髪はツインテールにまとめられている。いつものように長い髪を降ろしたその姿はプロフィールとして公開されていて、正体に気付かれる恐れがあるからだ。流線型のヘッドホーンも外している。これは悩ましい所だが、付けている方が目立つと判断したんだろう。目立たなくするためには、視覚の違いも許容するつもりのようだ。出来れば今日は無用な混乱は避けたい、アルマクはそう思っているようだ。

アルマクはタトゥーンで行われているアスタリスクという賭けレースのメジャーパイロットだ。宇宙空間で行われ、星屑の間を駆け抜けるこのレースはスリル満点で、ここ地球でも大変人気がある。それゆえ、メジャーパイロットの中でもエース級ともなれば、意外に大勢の人に面が割れている

 オレ達は今、旅客機のシートに並んで座っている。小型のリージョナルジェットは地球東域にある弓状列島、その北東の果てにあるチオリの町に向かって高度を下げている。
「この浮遊感はコフィンとは全然違うな。エア(大気)に支えられている感覚が面白い」アルマクは腰でバランスを取る仕草をした。

コフィンとはアスタリスクレースに使われる競争艇の事だ。本来は棺桶という意味を持っている

「エア・プレーン(飛行機)だからな」オレは自分にとって当たり前のことを答えた。
「今は“降下”って言うの?」だがアルマクにとってはそうではないようだ。
「ああ、高度を下げている。もうすぐ着陸だ」オレはチラリと時計を見た。
「ずっと森だな」アルマクは窓の下を見ながら言った。
「何もない所だからな」
「どんな所か早く見たい」アルマクはオレの方を向いた。
「ほんとに何も無い所だよ」
「でもミラクが生まれて育った所だろ?」
「そうだけど」
「きっと素敵な所だ」アルマクはジャケットの内ポケットをポンと叩いた。そこには折りたたまれたヘッドホーンが入っている。これを付けてオレと同じ風景を見たいということなのだろう。
 これまでずっとオレはこの町に愛着なんか持っていないと思っていた。特に2人の兄がこの町を出て行ったあとは、オレだけが取り残されたような気持ちになって、一刻も早く町を飛び出そうと焦っていた。でもどうしてだろう、アルマクにこの町の事を良く言われると嬉しいのだ。
「ありがとう」オレはアルマクに笑顔を向けた。

アルマクの赤い虹彩を持った目は、実は物を見ることはできない。だがアルマクには特殊な能力が備わっていて、見えている以上に感じることができる。だから、視覚が無くても何の問題もない。それどころか目で見るよりももっと多くのことを感じることが出来る。ただ目で見る感覚とは異なるため、普段はヘッドホーン型の補正装置を付けて普通の人間と感覚を合わせている。この特殊な能力がレースで星屑の間をすり抜ける際に威力を発揮することになる

 ほぼ満席の30人程の乗客と、その乗客を迎えに来た人々で狭いチオリ空港のロビーは賑わっていた。アルマクは小柄だが、その金色に輝く長い髪は人目を引く。だがレーサーとしてのトレードマークだから短くしてしまう選択肢は無い。今は二つにまとめているがそれでも振り返る人は多い。オレ達は足早にロビーを横切ると、レンタカーのカウンターに寄り、予約しておいた小さな車を借りた。
 助手席に腰を落ち着けたアルマクはサングラスを外し、ヘッドホーンを付け「どれくらいかかるんだ?」と訊いた。
「1時間くらい。峠を1つ越える」オレはカードをスロットに挿入しながら答えた。
「トウゲ?」
「山を登って降りるんだ。半島を1つ横切ることになる」
「ふ~ん」アルマクにはもう一つ理解できないようだが、宇宙育ちだからやむを得ない。オレは解説を諦めて車をスタートさせた。町を抜け森の中を走り、半島を背骨のように貫く山脈に差し掛かると、いくつものコーナーを抜け高度を上げる。
「自動車はコーナーが楽しいな。重力と遠心力の鬩ぎ合いが面白い」助手席のアルマクはパイロットの顔になっている。そしてついに我慢できなくなった様子で言った。
「ミラク、オレにも運転させてほしい」
「だめだ。アルマクは免許を持ってないだろ」
「ちょっとだけ」アルマクはおれと付き合い始めてからお願いの仕方は上手になった。
「だ~め」
「ケチ」アルマクは口を尖らせた。

 やがて車はサミットのコーナーを抜ける。
 森が切れ風景が開けたとたん「ウワ~~!!!」アルマクが歓声を上げた。
 目の前には深い青色の入り江が広がっている。入り組んだ内海にはいくつもの島が浮かんでいて、島々や内海の周りはびっしりと原生林に覆われている。あたりは原始の風景そのままで、この道路以外は人の気配など全く感じられない。
 車はコーナーを抜けながらその内海に向かって徐々に高度を下げて行く。その間アルマクはずっと押し黙ったまま風景に見入っていた。
「気に入った?」そう訊いてみると、アルマクは頬笑みながら頷いた。
 やがて車は海岸の崖の上を海に沿って走り始める。内海は広くなったり狭くなったりしながら続いている。
 その時、オレは海面で白い煙のような物が上がるのを目にして路側帯に車を止めた。
「どうした?」アルマクは我に返って訊いた。
「鯨だ」オレは海面を指さす。
「クジラ?」アルマクにとってはまた未知の言葉だ。
「降りてみよう」オレはカードを抜いてドアを開けた。
 それは一頭のザトウクジラだった。餌を求めて回遊しているうち内海に迷い込んだのだろう。車の外に出るとそこは全くの静寂の世界だ。
「あそこだ.」すぐそこの海面に黒い背中が見える。
「なに?動いている。生き物?」
 静寂の中、シュ~ッと音がして白い煙のような物が立ち上る。
「なんだ?あれ」
「あれは動物だ。呼吸をしているんだ」
「魚じゃないのか?」
「哺乳類だ。親子で、母親の方は20メートルはありそうだ」
「母親とその子供なのか?」アルマクの声に優しさを感じたのは気のせいだろうか。
「たぶんね」鯨は大きく頭を沈め、尾を海面上に振り上げた。
「大きい!」アルマクが声を上げた。海面から影が消えた。
「潜ったかな?」
「不思議だ・・・とても本当の事には思えない・・・」アルマクは海面を見つめたままだ。
鯨は水中に消え、世界にまた静寂が戻った。
「気に入った?」もう一度そう訊いてみると、アルマクはオレの胸板に頭をトンッと突っ込んできた。そしてグリグリッとしてから顔を上げ、笑顔になってオレの顔を覗きこんだ。


Wikipediaより


「カスカが見えたよ。ほら」オレが前方に見える集落を指で指し示すと、アルマクはショルダーバッグから携帯端末を取り出した。
「なに?」訝しく思って尋ねると「ちょっと」と端末を覗き込んでいる。横から画面を覗き込むと端末に自分の姿を表示させている。自分の容姿を確認しているようだ。確認を終えると今度はヘッドホーンを外してショルダーバッグに仕舞った。そんなアルマクを見るのは初めてだった。オレは驚いていたが、なんでも無いような顔をして運転を続けた。
 10件ほどの家が集まる小さな集落を抜けて細い坂道を上がって行くと、やがて山裾に瓦屋根を乗せた木造の家が見えてくる。
「あそこだ」声をかけるとアルマクの顔が引き締まった。スタート10秒前のコールが聞こえた時の顔だ。
 庭先に車を止め、庭を横切って玄関の前に立つ。玄関の引き戸は開けっ放しになっている。
 相変わらずだな、オレは奥に向かって「ただいま」と声をかけた。
 ドタン!と大きな音がして廊下の奥から足音が近づいてくる。オレはまだ玄関の外に立っていたアルマクを家に中に引き入れた。
「ミラク?早かったね」お袋の声だ。すぐに廊下に顔が現れた。早足で玄関先に出てくると笑顔で「いらっしゃい。遠いところまでごめんね、疲れたでしょう?」とまずアルマクに声をかけた。
「始めまして、アルマクと申します」アルマクは東域風に深く頭を下げた。
「顔をよく見せてちょうだい」お袋が言うと、アルマクはゆっくりと頭を上げる。
「素敵なお嬢さんじゃないの!ミラク。お前にはもったいないわ」お袋の声はいっそう大きくなった。
「お~い、お前達だけ玄関先でずるいぞ!入ってもらいなさい」奥から声がする。親父の声だ。
「はあ~い!」お袋は奥に向かって返事をすると「さぁ、お待ちかねよ。入ってちょうだい」とアルマクを促した。
「お邪魔します」アルマクはそのまま足を踏み出そうとしたので、オレは慌てて声をかけた。「アルマク、靴」
「あ!」アルマクは慌てた様子でブーツを脱ぎ室内履きに履き替える。
「気にしなくていいわよアルマクさん。履き替える方が珍しいんだから。さぁいらっしゃい」お袋はアルマクを連れてさっさと廊下を進んでいく。置いてきぼりになりそうになったオレは慌てて後を追った。
 部屋の奥にはベッドが置かれ、そこに上半身を起こした親父が居た。「久しぶりだな」オレへの挨拶もそこそこに「やあ、いらっしゃい。こんな格好ですまんね」とアルマクの方を向いた。
「始めまして、アルマクと申します」アルマクは軽く頭を下げた。
「そこに掛けて顔を見せてくれ」親父はベッドの傍の椅子を指差す。オレ達はそこに並んで腰を掛けた。
「・・・・・・」親父は戸惑ったような顔になってアルマクを見つめている。
「どうした?」オレは親父の顔を覗きこんだ。
「あんた、ひょっとしてアンドロメダじゃないのか?」暫くの沈黙の後、親父はようやく言葉を発した。
「はいアルマク・アンドロメダです」
「こりゃ驚いた。息子の嫁がまさかアンドロメダだとは」
「反対してももう遅いぞ」オレは予防線を張った。
「なにも反対したりはせん。驚いただけだ。俺達はつくづく宇宙に縁のある家族だと思ってな」親父はオレの方を見た。
「そうね、アルマクさんはきっと聞いてないと思うけど」お袋もオレの顔をチラリと見た。オレは気まずそうに俯いた。
 やっぱりという顔でお袋は話を続ける。「この子の兄は2人いるんだけど、2人ともコスモノーツなの、どちらも恒星探査に携わっているからあと10年は帰ってこないわ。この子もそれに憧れたんだけど体力検査で落ちてしまってね。それでも宇宙に関係する仕事に就きたいってここを飛び出して、今のざまなのよ。みんな出て行ってしまったわ」お袋は少し寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに親父の方を向いて続けた。「そしてこの人もコスモノーツだったのよ」
 今度はアルマクが驚いた顔をした。オレは家族について詳しく話したことはなかったのだ。
 アルマクは親父の顔をしげしげと見つめてから「すみません。お名前は何とおっしゃるのですか?」と尋ねた。
 親父は自分の名前を名乗ったが、それを聞いたアルマクは目を大きく見開いた。
「カピタン・・・ですか?」アルマクの声はかすれている。
「そう呼ばれていたこともあったな」親父は少し寂しそうだ。
「驚きました。ビックリです。ミラクの名字とは違っていたから・・・」
「こいつは兄貴たちと違って母方の性を名乗っているからな」
「そうだったんですか」アルマクはチラリとオレの顔を見た。後でまた文句を言われそうだ。
「それで親父、調子はどう?」オレは話題を変えた。
「長年の宇宙生活で痛めた体だ。良くはならんよ。聞こえてくるお前たちの噂話だけが楽しみだ」
「兄貴たちはともかく、オレの噂は聞こえないだろう?」
「そうでもないさ。この間のタンカー喪失の噂や。新造船の噂や、けっこう入って来るぞ。嫁さんを連れて来るというのには驚いたが、それなりに活躍しているようだな」
「それなりにね」
「そしてこれからはアンドロメダの活躍まで楽しみに見ることができるんだ。こんなに嬉しいことはない。でかしたぞミラク」
「あんた、またそんな言い方を・・・」お袋が諫める。
「すまん、あの天才パイロットが身内になると思うと舞い上がってしまった」
「かまいません。私から押しかけた様なものなので」
「それは驚きだな。こいつにそんな魅力がありましたか?」
「あんた!」お袋がまた親父を諫めたが、アルマクはかまわず答えた。「はい、強く惹かれました」
「そうか、それはありがとう。そしてよくこいつを選んでくれた。感謝するよ」
「ありがとうね」お袋が声を合わせた。
「ということなら今日はこれからお祝いだ。どうだ?かあさん」
「始めからそのつもりですよ。じゃぁ用意を始めましょう」お袋は立ち上がった。
「オレも手伝います。いえ私も・・・」アルマクは慌てて言い直した。
「そんなに畏まらなくていいのよ。いつも通りでいいから」
「じゃぁ、オレも手伝うよ。アルマクじゃさっぱり役に・・・」オレはアルマクに助け船を出そうとした。
「いいのよ。あなたはとうさんとここにいて。積もる話もあるでしょう?女は女同士話したいことがあるのよ」オレにはかまわず、お袋はアルマクをキッチンに引っ張っていった。
 振り返ると困ったような親父の顔があった。親父の顔などじっくりと見たことはなかったが、やはり刻まれた皺は増え、深さも増している。髪も随分白くなり薄くなった。
「調子は良くないのか?」オレは思い切って尋ねてみた。
 親父は困ったような顔を続けている。
「ベッドに居るなんて思ってなかった」
「まぁな、俺達の時代は劣悪な環境だったからな。放射線障害はどうしても出てくるようだ」親父は絞り出すように言った。
「オレ達が離れていても大丈夫なのか?オレもアルマクもここに戻ってくることはできないぞ」
「問題無い。年金と保証は充分とは言えないがちゃんともらっている。それにもうすぐ介護AIも導入する」
「介護AI?介護ロボットのようなものか?」
「おお、なかなか可愛いもんだぞ。最新型との相性をこの間見てもらった。甲斐甲斐しく世話をやいてくれる」親父の声は明るくなった。
「だったらいいんだけど」正直オレはホッとしていた。
「お前らの世話にはならんさ。もうしばらくの事だ、好きにやらせてもらう」親父は“好きに”の部分にアクセントを置いた。
「そうか・・・」少しの時間を沈黙が支配した。

 キッチンからお袋の大きな声だけが聞こえてくる。「まぁ!鯨を。それは幸運だったわねぇ・・・そう、不思議な力を感じるわね」

「だが、あのアンドロメダを嫁さんにするとは驚いたな。でかしたぞ!ミラク」親父が少しトーンを下げて言った。
「アンドロメダを知っていたのか?」オレもトーンを下げた。
「当たり前だろ。あれだけの腕を持った天才パイロットだ。俺たちの間で話題にならないはずは無い」
「ウワー!!!」その時アルマクの悲鳴が聞こえた。「あらまあ~」続けてお袋の声もだ。
 オレは親父の方を向いて言った。「やっぱり、パイロットとしては天才的なんだけど、他の事はからっきしなんだ」
「それぐらい我慢しろ。天才なんてそんなものだ」親父は唇の端を少し上げ、右手の親指上に突き出した。
 オレも同じ仕草を返してから、急いでキッチンに向かった。

2016.07.07
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
<- 05 2017 ->
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
ようこそ!


頂き物のイラスト

アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
天使のささやき_limeさん2
limeさんのイラストをイメージにSSを書いてみました。「ダイヤモンド・ダスト」
イラストをクリックすると記事に飛びます。よろしければご覧くださいネ!
スカイさんシスカイメージ
スカイさんのシスカイメージ
シスカ・イメージ高橋月子さん作
シスカ・イメージ 高橋月子さん作
シスカ・イメージlimeさん作
シスカ・イメージ limeさん作 コトリ・イメージユズキさん作
コトリ(コンステレーションにて)ユズキさん作
リンク
ブロとも申請フォーム

Archive RSS Login