Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

Meteor(メテオ)

僕をそんな目で見つめないでほしい。
とっても恥ずかしいよ。
だって、自分で見るのも嫌になっちゃう姿なんだもの。
恐くない?へぇ、大丈夫なんだ。
綺麗だったのは少しの間だけだったよ。すぐに干からびて変色して……
でも生きてる時はもっと綺麗だったんだよ。自分で言うのもなんだけど。
ショートだけどブロンドだったんだよ。面影は残ってるでしょ?
瞳は透き通るようなブルー、肌は東域系だったけど紫外線にも強くてプニプニだったんだ。
もう面影も無いけどね。
あぁ。僕って言ってるけど、これでも女の子だからね。口癖だから気にしないで。
ここまで来るのにいったい何年かかったんだろう?いや、何十年かな?
もう時間の感覚が無いんだ。昼も夜も上も下も無い真っ暗なだだっ広い空間を漂っているだけなんだもの。そんなのわかんなくなっちゃうよ。

どうしてこんなことになったのかって?
もう記憶も曖昧になってきてるんだけど、そう、確かアステロイドベルトで起こったんだ。
僕はこの格好で、これ船外活動用の宇宙服だね、でハイゲインアンテナの修理をしていたんだ。
僕は作業に夢中になっていて、近づいてくる作業用のポッドに気が付いていなかったんだ。モニターをしていたリーダーも何をしていたのか僕は知る由も無いんだけど、気が付いていなかったし警報も鳴らなかった。ありえないよ。
振り向いた僕はポッドを見た瞬間に跳ね飛ばされたんだ。アンビリカルケーブルなんかひとたまりも無く切れちゃったよ。
あっと思う間もなかったよ。簡単だね。次に気が付いたら僕は僕の傍で僕を見ていたんだ。どんどん変わっていく僕をね。
最初は驚いたし悲しかったし腹も立ったよ。「なんで?どうして?」ってさ。仲間が僕を探してくれているのかどうかも分からなかったし。
でも僕が干からびて変色していくのをずっと見つめていると、もうそういうのどうでも良くなってきたんだ。元へはもどらないんだしさ。
僕はここに居るし。

そうだね。なぜ僕はここに居るんだろうって考えたこともあったよ。
けど、そういうのももうどうでも良くなってきたんだ。ここは天国から遠すぎるんじゃないか?だから天国にも行けないのかな?とかさ。ここが天国なんじゃないか?とかさ、ひょっとしてここは地獄?とか考えたこともあったんだけどさ。きっとなにか理由があるんだって分かったんだ。
なんだか知らないけど、そうなったんだ。だから恐くないんだ。寂しくもないし。
もう死なないってことも分かってたし。
時々君みたいなのがやって来るしさ。

うん。ここがどこだか今は分かってるよ。
あたりまえだよね。こんなに大きく見えてるんだもんね。
僕は長い長い時間をかけて故郷に帰ってきたんだね。ありえないぐらいの確率なのにね。
綺麗だね。涙が出そうだよ。もう水分なんて一滴も残っていないのにさ。

そろそろお別れなのかな?
行くんだね?
楽しかったよ。
えっ?名前?僕の?なんだったっけ?そう、クウ。クウだよ。もう名前に意味なんかないんだけど……
あっ。名前で呼んでくれるんだ。けどこんな気持ちになるって思わなかった。すごくうれしい。
ありがとう。

またどこかで会えるといいね。



さようなら……



 親父はさっき病院へ向かった。
 そろそろ生まれそうなんだって。俺の弟か妹か知らないけど、まあどちらかだ。
 俺たちは家の屋根の上にある物干し台に上って星空を見上げている。家の中は暑くて寝てられないし、生まれてくる弟だか妹だかのことは気になるし、ちょうどペルセウス座流星群が見えるはずだし、それで兄妹揃って星空を見上げているというわけだ。
 俺たちは5人兄妹で俺が一番上、そして俺以外は全員女だ。だからまあ姦しいったらない。俺は18歳、すぐ下の妹は16そして12・8・4と女が4人もいる。特に下の2人が屋上でワーワーキャーキャーうるさいうるさい。
 俺は連絡用の携帯電話をそばに置いて床に仰向けになっていた。「近所迷惑だろ。静かにしろよ!」声をだすと女どもは静かになって、俺の横に並んで仰向けに寝転んで星空を見上げた。
「ほんとに流れ星見えるの?」末っ子のテイが眠そうな声で訊いている。「見えるよ。いい子にしてたらね」大人びた口調は長女のエリだ。2人は俺の右側に並んで寝転んでいる。反対側には次女のエカと三女のイムが並んで寝転んでいる。エカはあまり他人と関わりを持たない。夢見るように夜空を見上げているのだろう。イムはきょろきょろと流星を探している雰囲気が伝わってくる。俺を真ん中に5人が狭い物干し台に横になっていると、まるで無選別の野菜のお徳用トレーパックだ。
「あっ!見えた」イムが声を上げた。
「エッ!どこ?どこ?」テイが起き上ってきょろきょろ星空を見まわしている。
「もう消えちゃった」イムがリズムを付けて答えると「イムねーちゃん。ずるーい」またテイの"ずるーい"が始まった。エリがテイを横に寝かせ「まだいっぱい流れるから。大ねーちゃんと一緒に寝転んでいよう」となだめにかかっている。エカはわれ関せずで、黙って星空を見上げている。イムも次の獲物を狙っているのか静かになった。みんなが見られるぐらい大きいのがたくさん流れてくれたらいんだが、と思いながら俺は携帯電話の位置を確かめた。
 と、その時だ。俺は視界の隅に眩い光を感じてその方向を振り返った。発火したマグネシウムのような強烈な光が目を射った。それは妙にゆっくりと真っ黒な夜空を切り裂き始めていた。先端は全世界の光の素をすべて集めて融合させたんじゃないかと思うほどさらに輝きを増した。融合反応で収まりきれなくなった光の素は、溢れ出て後ろに取り残されて輝き、長い尾となった。
 反応はさらに活発になり、ついに臨界に達したのか先端はいくつかに分裂した。それぞれはその内に秘めたエネルギーを使い尽くすようにさらに輝きを増し、仲良く平行に並んでそれぞれが妖精の鱗粉のようにキラキラと輝く長い尾を引きながら進んでいった。持てるだけのすべてのエネルギーを夜空に放出した光の塊は徐々に輝きを収め、やがて静かに大気に同化していった。
 俺達は声を出すこともできず並んで寝転んでいた。
 それは時間にして3秒から4秒位のことだったんだと思う。だけど人間の脳は事実をいかようにも変化させることができる。僕らにとってこの時間はもっともっと長かったし、その輝きは俺達の心の不安に陰った部分を照らし出し吹き飛ばし、さらに夜空一杯に広がるぐらいに強くそして鮮やかに輝いた。
「すごーい」イムとテイが合唱した。
「綺麗だったね」エリが俺のほうを向いて静かに微笑んだ。
「ああ、すごかったな」俺はエリの優しい口元を見つめながら答えた。
「クウが来たんだよ」エカが背中でそっとつぶやいた。
 俺がそれについて訊こうとしたその時、携帯電話が鳴り始めた。
 俺はその音にはじかれるように起き上がると、電話を取って着信ボタンを押した。
「はい」電話の向こうでは親父の大きな声がする。そんなに大きな声で怒鳴らなくても聞こえるぞ。女共も電話の音で起き上がって俺の周りに集まって聞き耳を立てている。
 俺は通話を終えて終了ボタンを押した。
「なんて?」エリが心配そうに尋ねる。みんなも心配そうに俺を見た。
「女の子だって!」
「やったー妹だ!」イムとテイが歓声を上げそれはまた合唱になった。
 エカは黙って俺を見ている。
「母さんは?」エリが訊いた。
「どっちも元気で異常は無いって」俺が答えると、「お兄ちゃん。また妹だね」エリはひやかす様に言った。エカもホッとした表情になった。
「そうだな。女ばっかだな。金髪で透き通るようなブルーの瞳の可愛い子だってさ」俺は4人をガバッとまとめて抱きかかえると力いっぱい抱きしめた。
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-04-13 00:14

 もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。
ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-04-13 00:14

兄さん。桜は咲きましたか?
この休暇中に咲くと思って楽しみにしていたんだけど、今年の冬は例年に無く厳しくてとうとう咲かなかったですね。一緒にお花見に行きたかったんだけど……。
僕は(僕って言ったらまた怒る?)満開の桜を真っ青な空をバックに見上げるのが大好きです。地面に仰向けに寝転んで見上げる桜は、目眩がするほど艶やかで地面の中にめり込んでしまいそうになります。桜吹雪の降り注ぐ様子を下から見上げると、もうそこははるか彼方の異次元空間で、僕はそこを旅する銀河の民になった気分です。
銀河のエーテルが満たされた空間にふわりふわりと漂う桜の花びらは、そのエーテルの影響で微妙に軌跡を変えて人間には予測不可能な軌道を描く様に感じます。なんてドラマチックなんだろう。
兄さんもそう思うでしょ?それとも呆れて「お前らしいよ……」っていうのかな?
でも桜には桜の都合があるんでしょうね。とうとうほころびなかったね。僕の思惑通りには行かなかったです。
そのうえ僕のスケジュールの都合で、兄さんが仕事に出ている間に出発することになってしまって挨拶が出来ていないですね。
ですからここからメールを送っておきます。音声や動画では僕はきちんと挨拶できないと思うのでメールにします。考えて考えて何度も書き直せるメールという伝統的な仕組みは、僕のような人間にとってとてもありがたいものです。
いま僕は静止軌道上にあるステーション・ノヴァに着いたところで、乗り継ぎ時間を利用してこれを書いています。ここでムーンシャトルに乗り換えて月に向かい、月面都市でローンチをつかまえて月周回軌道で待機している僕らの船「エリダヌス」に乗り込みます。そしてまた現場作業が始まります。
次の長期の休暇は6ヵ月後ぐらいになりそうです。帰れるようだったら帰ります。その時はまた厄介になりますのでよろしくね!
休暇中はいろいろと気を使ってくれてありがとう。とてもうれしかったです。
お義姉さんにもよろしくお伝えください。
またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-04-15 21:27

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-04-15 21:27

兄さん。メールをありがとう。
桜、あっという間に満開なんですね。そこに居ることができなかったのがちょっぴり残念です。
ウエマチ半島の先端の公園、イーサ公園だったかな?の満開の桜が目に浮かびます。岬は桜色に染まっていることでしょうね。夕方、コーチ湾へ吹き抜ける西の風に乗って散っていく花びらの舞は想像するだけで心がクルクルと舞い上がります。行きたかったな。
公園の先に伸びているイリスの砂州で潮干狩りをしたこともありましたね。今度帰った時、潮干狩りの時期では無いかもしれませんが、砂の上をゆっくり歩いてみたと思っています。潮の香りを含んだ空気を遠慮することなく肺の中に入れることが出来るありがたさは、制限のある空気を吸っている僕には痛いほど理解できます。そう言う点で本来僕はこの仕事には向いていないのかもしれませんね。
今、僕は月面に居ます。ラウンジの中央に置かれた大きな円形のソファーにゆったりと腰を掛けて天窓から宇宙空間を見上げています。漆黒の天井に張り付けられた瞬かない星たちは、とてもデジタルチックです。その中に浮かんでいる半分にかけた兄さんの星は全く異質で、まるで青と白の毛皮をまとった神獣のようです。ここから見上げる風景は、エーテルの中の桜を見上げるのとは全く違った趣があって、これはこれで気に入っています。それは充分に刺激的で、いつまで見ていても見あきるということはありません。
今はまだローンチの待ち合わせで、僕はこの風景を見上げながらのんびりやっています。
ご安心ください。

またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

PS:今、ローンチがつかまりました。2時間後に出発です。
もう少し兄さんの星を見ながらゆっくりしています。
 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-04-16 22:34

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-04-16 22:34

兄さん、ごめんなさい。
少し心配をかけてしまいましたか?
それとも少し期待した?
こういう仕事に向いていないかも……って書きましたけど、僕はこの仕事が嫌いなわけではありません。むしろとても気に入っています。
そりゃあ、大気も大好きですが、宇宙空間とはまた別の次元でのことです。僕は地上で見えるもので夢見ることができるのと同じように、宇宙空間で見えるものでも夢見ることができるんです。二つはまったく別で、比較することなんか出来ないものです。寂しいとか帰りたいとかそういう感情が無いと言ったら嘘になりますが、それは故郷を離れた人間ならだれでも感じることでしょう?そんな程度のものです。
だからそんなに心配しないでください。
そして変な期待はしないでください。
僕はここで起こることや見えるものにとてもワクワクしています。ほとんどのことが未体験で新鮮で刺激的で、今これを放り出すことなんてとても考えられません。だからもう少しの間我慢してください。言われた通り充分に気を付けて慎重に動きますから。
でも帰船した時、船長に成長を誉めてもらったんだよ。次のプロジェクトではある程度任せてみるって言ってくれたんだよ。やった!って言う感じだよね。

ところで次のプロジェクトが決まりました。アステロイドベルトの資源探査船団への物資輸送だそうです。やっぱり少し長くなって、月に帰って来るまで約6カ月のスケジュールです。

僕は今「エリダヌス」の自分の寝床で体を固定してこれを書いています。ここは狭いけどプライベートなスペースでくつろげる空間です。窓があればもっといいんだけど贅沢は言ってられないよね。ここが暫く僕の家になります。
距離が遠くなると音声や動画は制限がかかるけど、メールは大丈夫みたいなのでここでまめにメールを書きます。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

PS:そうそう昨日乗せてもらったローンチのパイロット、僕のことを可愛いって言ってくれたんだよ。特に僕のブロンドの髪とブルーの瞳と東域系の顔のアンバランスなところが良いんだって!アンバランス?それってどういう意味?でもこんなことダイレクトに言われたの初めてだよ。冗談でも嬉しいもんだね。
 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-04-20 21:46

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-04-20 21:46

兄さん、桜はもう葉桜になってしまいましたか?
少し遅れる山桜はまだ咲いていますか?
半島の木々はもう燃え立つように芽吹いていますか?
半島が萌黄色と山桜の薄桜色とのパッチワークになっていれば一番素敵なんだけど、今年はどうですか?
僕はこの時期、萌える木々や山桜の中にポツポツと家が散らばるウエマチ半島の眺めが大好きです。シャワーのあとなんかでくつろいでいるとき、そんな様子を頭の中に思い浮かべたりしています。
明日からは、月面で生産された燃料や食料・生活用品がたっぷり詰めこまれたコンテナーを、「エリダヌス」や無人船の「脊髄」に取り付ける作業が始まります。
今回の航海は輸送船「エリダヌス」と4隻の無人輸送船で船団を組んで、それを僕ら女性ばかり5人のクルーでコントロールします。すごいでしょ?でも6人目のクルー、AIコンピュータが一番たくさんの仕事をこなすんだけどね。SAL(サル)って言うんだよ。うっかり笑っちゃうよね!もちろん女の子だよ。合成音声は明らかに女性だし「property」でも「female」になっています。可哀そうだから僕の命名でSally(サリー)って呼んでます。僕らの言葉で(サル)は「Monkey」の意味になるって言ったらみんな納得してくれました。
女ばかりの操船チームはまだあまり無くて、先日も取材を受けたりしたんだよ。NETで流れるからまた見ておいてください。僕も少しだけど写ってるからね。

ところで兄さん、しつこく言っておきますけど僕はまだ船を降りる気はありませんから!
物好きな男がたまに僕に興味を示すことはあっても、ただそれだけのことですから。兄さんほどの男は見つからないよ。
あれ?照れてる?
兄さんは父さんと母さんから僕を託されたような気持ちを持っているでしょう?だからもっと安全な仕事についてほしい気持ちは分かります。結婚して子供を生んで普通に生活してほしいと思ってるのも分かります。
でも僕はもう独立した1人の人間だからね。僕の部屋もいつまでも置いておかないで、子供が産まれて大きくなったら子供部屋にしてあげてください。僕の私物はみんな片付けたはずだよ。兄さんは僕にとってたった1人の肉親だから大切には思ってるけど、干渉のしすぎは反則だよ。僕の人生は僕のもので、兄さんのものではないんだから。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-04-26 21:22

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-04-26 21:22


兄さん、「エリダヌス」は加速を始めています。Ωドライブシステムは連続して加速を続けているので、僕たちは今弱いながらも重力を感じることができています。
ここ何日かはたくさんのコンテナの接続や、船団を組む無人船とのシンクロを取る作業で大変でした。そして仕事から寝床に戻ってバタンキューだったのでメールが送れませんでした。今やっと時間が取れたのでこれを書いています。

前にも説明したことがあったと思うけど、航行中の船の勤務は4直3交代で船長以外の4人のクルーで24時間を3つに割って1人ずつで船団をコントロールします。もう1人は勤務から外れるので休暇と言うことになります。これを交代しながら5日サイクルで回していきます。船長を交代勤務から外してあるのは非常事態に備えてのことです。船長はすべての出来事に対応します。
基本1人での勤務なので寂しいんじゃないかと思うでしょう?でもサリーが24時間体制で付き合ってくれるから結構楽しいです。擬似的なものなんだけど本当に人格があるようにふるまうし、ジョークも言うんだよ。彼女はとても有能で疲れを知りません。僕のような新人でも的確に情報やアドバイスをくれ、完璧にサポートしてくれます。異常が起こる傾向を計算し、あらかじめ警告し、必要なクルーを呼び出してくれます。アクシデントが無ければ勤務時間は本当に退屈なものです。

そちらは暑いくらいになる日もあるのでしょうか?こちらは当たり前ですが快適な気温と湿度に保たれ、僕は今、自分の寝床の中で就寝前の自由時間を過ごしています。
「僕の部屋」の件、優しい言葉をありがとう。お義姉さんにもメールをもらってます。とてもうれしいです。返事ちゃんと書いたよ。このメールと同時に送信します。
僕の部屋をそのままにしていおてくれるのは、そういう意味だったんだね。
でも、いつまでも甘やかすつもりはない、という説教も肝に銘じておきます。
僕は僕の故郷というものを見つけるために旅を続けます。兄さんは僕の家族という言い回しを使っているけどね。でもそれが見つかるまでは時々羽を休めにお邪魔させてください。それでいいですね?

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-05 12:58

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-05 12:58

兄さん、「エリダヌス」は順調に加速を続けています。
宇宙空間は人間の思考回路の限界をオーバーフローさせてもまだまだ理解できないくらい広大で、僕は少し気分が沈んでいます。これはクルー・ブルーと呼ばれる精神状態だそうです。でもこれは麻疹みたいなもので、これを経験して始めて一人前のクルーだということです。もう少し航行を続けると自然と治って(諦めて)くるらしいので心配する必要はなくて、僕もやっと一人前のクルーの入り口までこれたのかなと思ってます。

今、僕は2勤の真っ最中で(8時から16時までの勤務)食事を取りながらこれを書いています。ランチタイムの休憩だね!
さっきまでサリーが食事について語っていました。それは食事と言うものの意味についての質問から始まって、何とか「食事」というものを理解しようと試行錯誤を繰り返し、単なるエネルギー補給では無く一種の娯楽をも兼ねることもある…という結論に達しようとして「娯楽」について理解できずまた質問を繰り返す。という思考作業でした。
これは相手を退屈させないためのプログラム上のルーチンワークかもしれないけど、禅問答や哲学のようで結構相手をしていて(相手をされている?)面白いものです。サリーは別に食事というものを本当に理解する必要なんてないから、単なる人間の相手をして退屈させないという思考プログラムが動いているだけなんだろうけど、本当に悩んでいるように聞こえます。
今は僕がメールの入力を始めたので、邪魔しないように静かにしてくれています。
船内のあらゆる場所はサリーの目であるカメラと耳であるマイクそしてセンサーによってくまなく監視され記録されています。僕らの行動や発言もすべてサリーによって記録されています。でも、僕らの個室(寝床)ではサリーの権限に一部を除いて制限がかかるのと、僕らが持っているこの小さな端末とここから出入りするデータは、サリーの管理下にないセキュリティーソフトによって厳しくチェックはされますが、サリーは内容を知ることはできません。この端末の中はプライベートが保たれているというわけですね。
これを書き終わったら送信して仕事に戻ります。
またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

PS:今、送信しようとしたらメールが来ました。送信者が兄さんになっていたので開けたんだけど、違うみたいです。何か間違って送った?セキュリティーソフトの反応は無いし、どうしたんだろう?後で調べてみます。退屈しのぎにはなりそうです。


 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-08 20:12

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-08 20:12

兄さん、僕は元気です。
兄さんは僕の小さい頃のことをよく知っているから心配するんでしょうけど、僕はスペースクルーの国際資格を持ってるんだからね。もちろん資格試験の中では精神状態もきっちりテストされて、そういう精神的な圧力への耐性やコミュニケーション能力についても問題なしと判定されているということだから、御心配には及びません。
ちゃんと処理できる範囲内だよ。
本当に心配性だね。うっかりボヤキも書けないじゃない。
兄さんのことだからかえって心配するかなと思って、コミュニケーションについてはあまり話さなかったし(休暇の間直接話す機会もあまり無かったね。仕事忙しそうだったし)書いてこなかったけど、友達も結構多いし仲間たちとも上手くやっています。
この前も休暇でそちらに帰る乗り継ぎで月面で過ごしている時、女の子と知り合ったんだけど彼女なんとルナリアンだったんだよ。重力が小さいところで育ってるから背もすごく大きくて、僕なんかあまり大きくない方だから見上げるようにして喋らなくちゃならないんだ。びっくりしたよ。もうこんな時代なんですね。
彼女とは妙に気が合って彼女の恋の悩みを聞いたりしたんだよ。僕に相談しても無駄だと言ったんだけど……。帰りも月面で待ち合わせをして長いこと話し込んだり、今もメールのやり取りは続いています。いい友達の1人になりそうです。ルナリアンの友達ってちょっと自慢だったりして。

そして例のメール、兄さんは送っていないんですね。調べて見たんだけどはめ込まれた画像の中に何か未知のスクリプトが埋め込まれているようです。僕の私物のコンピュータで解析してみようと思います。この機械どこにも繋がっていないから壊れても大丈夫なんだ。一種のパズルみたいなものかも知れません。休日のお楽しみですね。

そちらでは稚児祭の準備は進んでいますか?色とりどりの大きなのや小さなのや「のぼり」がいくつも立ち初めているのでしょうね。兄さんの所で「のぼり」が立つのはいつのことですか?あぁ。あまりこういうことを言っちゃいけないんだったね。ごめんなさい。でもおばさん候補生としてはつい気になって……。それにいつも言われるばかりなので少し仕返しだよ。
こちらに跳ね返ってこないうちにメールを終わりにします。
またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-15 19:39

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-15 19:39

兄さん、少し厄介なことが起こっています。
例のメールのことです。ログの解析で分かったんだけど、船内の誰か宛てに送られたものが自立型偽装プログラムのバグで僕のところに紛れ込んだようです。自立して動くから作者の思惑通り動かなかったんだろうね。
とっても複雑に暗号化されていて僕の持っている解析プログラムでは一部分しか復号できませんでした。
だからまだ何のプログラムなのかわからないんだけど、僕の想像ではこれは多分データ麻薬の一種じゃないかと思います。解析結果は一部分だけで不完全なんだけどライブラリーのデータ麻薬と一致する部分もあるように見えるし、こんなに複雑に暗号化されているってことはそういう系列のものなんじゃないかという気がしています。
兄さん達は体内にナノマシーンを入れていないから縁がないと思うけど、データ麻薬って分かるかな?データ麻薬というのは体内のナノマシーンに作用する一種の覚せい剤のようなプログラムのことで、嗜好性も強くて今スペースクルーの間ではちょっとした問題になっています。みんなナノマシーンを入れているからね。
これで本部のファイヤウォールを通過するなんて、すごいクラッカーだね。
でも心配しなくても大丈夫だよ。このデータを船長に渡して相談したから、多分最適な時期を選んで調査が入ることになると思います。
まだ単なる推測だから大騒ぎするわけにもいかないし、きちんと調べたら全然別のウイルスだったってことも有るからね。「エリダヌス」はもう出発してしまっているし引き返すこともできません、クルーの交代も不可能だし、周りは延々と続く宇宙空間です。誰宛のものなのか不明である以上デリケートな対応が必要なんだそうです。船長には個人的に解析を始めてしまったことを叱られました。あとの調査は船長の持っている調査権で船長が本部と連絡を取りながらおこないます。僕はもうこの件にはかかわらないようにとのことです。兄さんの忠告どおりになったから良かったでしょ?
このまま帰還するまで様子見という感じになるのかな?
多分いつものように心配させてしまいましたね。でも兄さんには本当のことを報告しておこうと思いました。こまった妹をお許しください。なんてね!
またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

PS:僕のクルー・ブルーはすっかり解消しています。本部の診断でも順調に回復したということですのでご安心ください。これで一人前の入口ぐらいには立てたかな。

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-28 21:58

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-05-28 21:58

兄さん、もうすぐ雨の季節がやってきますね。
しばらく兄さんの嫌いな鬱陶しい天気が続きますが、雨の向こうに霞む半島の木々もそれはそれで美しいものだと思うんだけど。
この季節に降る雨はシトシトと長く降るのがほとんどなので、そういう時僕は1人で傘をさして半島の遊歩道をゆっくりと歩き回るのが大好きです。なんといっても雨の日は誰も歩いていないし、木から落ちてきて傘に当たる雨音のリズミカルな様子も心にとても気持ちよくて考え事をするのに最適です。体が濡れるのなんかへっちゃらです。先端のイーサ公園までいって水滴を大量に含んだ大気の層を透過させてセナの海からコーチ湾までを見渡すと、不思議の世界に迷い込んだみたいで心が不安にうち震えます。この感覚に僕の精神はゾクゾクするのです。この時期僕がよくずぶぬれで家に帰ってきていたのはこういう理由でした。よく叱られたね。
今度の休暇、晴れの季節の東カナルの岸辺と雨の季節のウエマチ半島のどちらかを選択しろと言われたら、僕はどちらを取るだろう?難しい選択ですね。
えっ?有りもしない選択に悩むなって?そうだよね。でも船内の退屈な生活環境では丁度いい頭のトレーニングなんだよ。誰にも迷惑をかけないしね。みんなもそれぞれ独特の方法を持っているみたいです。
でも今日は船内で一大イベントがありました。
今まで加速を続けてきた「エリダヌス」と4隻の無人輸送船のΩドライブシステムを一旦停止し、船の向きを180度転換して再起動をかけ、今度は減速を始めたのです。Ωドライブを停止している間、船内では久しぶりに無重力を味わうことができます。僕らはクルクルと無重力の船内を飛び回りながら転換作業を済ませました。みんなベテランなんだけど子供みたいに無重力を楽しんでいました。その様子も含めて面白かったです。
今はもう減速フェーズに入っているので、また弱いながらも重力を感じています。
このまま資源探査船団とのランデブー地点まで変化のない航行が続きます。僕はまた空想に耽る時間が増えてゆくのです。
前のメールから少し間が開いてしまいましたね。
空想に耽る以外にも色々とやることがあって……忘れていたわけではないんだよ。ごめんなさい。
またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

PS:例のメール、今のところ何も動きはありません。やっぱりこのまま帰還するまで様子見という感じになるのかな?
僕の体調も精神状態も異常なく万全です。ご心配なく。


2013.03.21 微妙に修正

テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-06-05 21:58

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-06-05 21:58

兄さん、依頼をもらったけどご希望には添えません。
もうデータごと船長に渡してしまって、僕の私物PC内にコピーしたデータも船長の確認の元完全に消去しました。メールを受けたタブレットも物証として船長の管理下に置かれ、新しい物に交換されていますし、メールサーバ内の例のメールもロックが掛かっていて見えなくなっています。
データは証拠なので持っている権利は僕には無いのです。捜査権は船長にしか有りません。
それに万が一これがデータ麻薬だったら、持っていても送信しても法を犯したことになってしまって罪に問われます。そういうことなので、ごめんなさい。

「エリダヌス」は減速を続けています。
僕は今さっきトレーニングを終えたところです。クルーは全員毎日一定の運動プログラムをこなさなくてはなりません。これをやらないと体がなまっちゃうんだよね。怠けていると帰還してから健康診断でチェックがいっぱい入って悲惨なことになるので、僕は……少なくとも僕はキッチリやっています。減速フェーズ中も加速フェーズと同じように弱い重力があるため、ウエイトトレーニングを取り入れて効果的に体力を維持することができます。無重力だとこうはいかないんだけどね。
道のりは半ばを超えて兄さんの星ももう宇宙空間に瞬かない星々に紛れてしまい、どれか判別するのに苦労しなくてはならなくなりました。
減速フェーズになると窓のあるコックピットが後ろを向くので兄さんの星を見ることが出来るようになるのですが、もうすでに遙か遠く離れた後になってしまい結局どれがどれだかもうわかりません。まあいいか……という感じです。ほら!クルー・ブルーからも立ち直っているでしょう?心配ばかりしているんだね。
兄さん、兄さんの良く知っている小さくて弱くて泣き虫のクウは時間の経過の中でやっぱりそれなりに大きくなってるんだよ。いくつになったと思ってるの?顔を合わせているときは照れたようにろくに話をしないくせに、離れたとたんにまるで昔のままだもの、どういう心理状態なんだろう?分析にかけてみたいと思うよ。大概に信頼して任せてみたらどう?上手くやって見せるよ!
でも、成長して変わったところもあるけど、小さなクウのままのところも残っているんだよ。だから兄さんのことは大好きだよ。お義姉さんの次に、そして子供が出来たら家族の次に愛してください。ウワ!ちょっと恥ずかしくなっちゃった!
またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-06-14 22:44

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-06-14 22:44

兄さん、最近少し思うことがあります。
例のメール、本当は誰かに宛てられた物でなくて自立型の偽装プログラムのバグでたまたま紛れこんだんじゃないのかな……
それとも本当に僕宛に送られたものなんじゃないかな……
誰のところに紛れ込んでもみんな同じように処理したんじゃないのかな……
そういう風に最近は思い始めています。
僕以外の4人は本当に優秀なクルーだし、みんなで新人の僕をカバーして一段階づつ上に引き上げてくれます。とてもそんな不正に手を染めている人が居るなんて思えません。船長がクルーを信用し信頼しチームワークを重んじてこの件の公表を控え、捜査を先送りしているのもわかる様な気がしています。
前にも言ったけど、「エリダヌス」はもう引き返すこともできません、クルーの交代も不可能だし、周りは延々と続く宇宙空間です。
この方法が最善だよ。きっとすべて上手くいくよ。

兄さん、とうとう雨の季節に入りましたね。東域の弓状列島は小さくてそこで起こる事はなかなかニュースにあがってこないんだけど、僕はこの地域のメディアを別にチェックしてるからね。だいたいのことは把握してるつもりです。
他のクルーもみんなそれぞれの地域を別にチェックしているので、集まった時なんとなく自慢大会になるのは良くあることです。まったく違う地域の情報をつき合わすのは楽しいものです。この星も結構広いんだなぁと思います。

ところで、今回はいつもと逆に言わせてもらいます。
仕事はこれから暫くはレインウエアでの作業になりますね。作業環境は最悪だと思うので事故を起こさないように、そして体調を崩さないように気をつけて過ごしてください。
蒸し暑いからってレインウエアを脱いでびしょ濡れで作業しないようにね。
僕が濡れて帰ったらものすごく怒るくせに。まあ、お義姉さんが付いてるから大丈夫だと思うけど、僕の言うことなんか聞いたこと無かったもんね。お義姉さんの言うことなら無条件で聞くでしょ?お義姉さんにもちゃ~んとメールを入れておきますから。
またメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-06-27 23:10

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」を読まれることをお勧めします。そしてEridanus(エリダヌス)のPostedの早いものからお読みください。ご面倒をお掛けしてすみません。

Eridanus(エリダヌス)Posted at 2XX2-06-27 23:10

兄さん、「エリダヌス」はアステロイドベルトの端に到着しました。あとは若干の減速と資源探査船団とのランデブーをおこなってから到着ということになります。アステロイドベルトって名前からは宇宙空間に所狭しと大小の小惑星がひしめいている様なイメージを持つよね?でもそんなことは全然ありません。他と同じようにここにはなにも無いように見えます。
ただ空間が広がっています。
5隻の船は通常と同じように前進を続けても小惑星とぶつかる確率なんてとても少ないのです。
ただ通常の空間よりは遙かに漂う物質の量は多いので、サリーの航路補正システムの計算量は飛躍的にあがっているはずです。最適のコース取りで進んでいるはずです。

昨日サリーの故障予報システムがアラームを出しました。「エリダヌス」のハイゲインアンテナが72時間以内に故障するというのです。小さな故障で大した問題ではないんだけど、これがやられると本部との高速通信が出来なくなるので少し困ったことになります。ローゲインアンテナが使えるのでとりあえずは大丈夫なんだけど通信速度が遅いのでいずれ破綻します。
予報で指摘されたパーツは船内からは交換できなくて船外活動が必要になります。船長の指示で僕を含む3人で船外活動チームが組まれ、予備パーツとの交換シュミレーションを繰り返しています。船長が任せてみるって言ったのは本当だったんだね。僕も船外活動の経験は結構持っているんだけどやっぱり緊張します。交換作業自体は単純なものだけど重要なものだからね。でも、あの虚無の空間に出て行くことは楽しみでもありワクワクしています。
故障でワクワクしていたらいけないよね。でも楽しみなものはしょうがないよ。

ところで兄さん、お義姉さんからメールが来てるよ。ちゃんと濡れないようにやってるみたいだね。雨の季節はあと少しだからお義姉さんの言いつけをちゃんと守ってね。ほんとにどうなってるんだろう?すごく興味深い現象です。でも元気ならそれでいいです。
雨の季節が終わったら日差しのまぶしい季節がやってきますね。ウエマチ半島の周りに広がるセナの海からコーチ湾に繋がる海に夏の午後遅い日差しが斜めに降り注いでキラキラと輝く様子から、空の夕暮れへの変化につれて徐々に黄泉へと沈んで行く様子はまた格別です。僕はその様子に自分を重ねて不安にうち震えるのです。そしてやっぱりこの感覚に僕の精神はゾクゾクするのです。
まぶしい季節までもう少し我慢してください。
僕のほうはすべて順調で元気にやってるから大丈夫だよ。

船外活動は明日の予定です。
終わったらまたメールします。

優しい兄さんへ 
  あなたの妹より

PS:僕の取りためた写真を添付します。かなり大きいので僕の作ったブラックホールで圧縮をかけています。兄さんに渡してあるブラックホールを使って解凍してみてください。パスワードは小さい頃の兄さんと僕の合言葉だから。びっくりするような珍しい画像が展開されるはずです。じゃあまたね!

Achernar (アケルナル) へ続く……

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Achernar (アケルナル)

もしこの作品を読んでみようかな…と思われているなら、先に「Meteor(メテオ)」と「Eridanus(エリダヌス)」を読まれることをお勧めします。ご面倒をお掛けしてすみません。

Achernar (アケルナル)

河の果て

 長くそして深くため息をついてからキラは端末の画面にタッチした。

 次のフォルダーには2年ほど続いた裁判の経過がまとめられていた。
 そこには、データ麻薬は船長を含めクウ以外のクルー全員に蔓延していたこと。
 さらに何らかの手違いでクウに届いてしまったデータ麻薬を隠滅するために、結局はクウを消してしまわなくてはならなくなったこと。
 サリーの故障予報システムに偽のデータを渡して故障を予測させ船外活動にクウを駆り出したこと。
 サリーにダミーの任務をあてがってサリーを監視業務から外したこと。
 などの事実が次々と明らかになっていく過程が克明に記されていた。これには裁判史上初めて人工知能サリーの証言が証拠として採用されるというトピックがついていた。しかしすべてはクウが最後のメールで兄に宛てて送ったデータ麻薬を含むメールすべての情報が告発の発端だった。これが無くてはすべては闇に埋もれてしまっただろうことも記されていた。
 4人のクルーには重い罰が下されていた。特に船長にはこういうケースで考えられる最も重い刑が科せられていた。この判決を期にデータ麻薬に対する風当たりは一気に強さを増していった。ただ被害者は行方不明となり未だ発見されていない。

 キラは犯行の行われた過程が克明に記録された文章すべてを読み終わると、ゆっくりと画面から目を離した。
 透き通るようなブルーの瞳は輝きを失い、視線は行く当ても無く空間を彷徨っていた。無意識に支配されたように髪留めを外すと、胸まで伸ばした流れるようなブロンドの髪は俯いた顔を隠すカーテンのように広がった。キラはそのカーテンに隠れたまま立ち上がると窓際に歩を進め、生物の本能に刷り込まれた命令に従うように明るい方向に顔を向けた。窓から吹き込む一陣の風は、その流れるような髪と空色のワンピースの裾をふわりと揺らせた。
 キラの居る父親の書斎は家の三階、恒例の天体観測会の行われる物干し台のすぐ下にあって、丁度北に向かって航行する船のブリッジのようにドアのある南側以外の三方に窓が連なっている。北側の窓からはブリッジから舳先を見下ろすように、ウエマチ半島の緑の木々、そして先端のイーサ公園を見下ろすことが出来る。
 キラはその周りに広がるセナの海からコーチ湾に繋がる海にようやく焦点を合わせた。西側の窓の向こうのセナの海には夏の午後遅い日差しが斜めに降り注いでキラキラと昼色に輝いている。やがてそれが空の暮れ色への変化につれて徐々に夜色へ変わって行く様子は、キラが大好きな風景の1つだ。でもそれはクウが大好きな風景でもあったのだ。キラは日よけを降ろすのも忘れてその風景を眺めていた。
 なぜクウは最後のメールで“黄泉へと沈んで行く”などという表現を使ったのだろう?黄泉って死者の国じゃない……それまでのメールではそんな種類の比喩を使うことは無かったのに。
「不安にうち震える……」何回か前のメールにも同じフレーズが使われていた。不安にうち震える様になったのはいつからだったんだろう?
 なぜクウは法を犯すことになるからと一度は拒否したのに、クルーを信用し信頼するメールを書いているのに、データを兄に送ったのだろう?しかも多分相当複雑な暗号化を施して……。
 心の中で一生懸命クウの気持ちを想像してみるが、そして何も無い無限空間を漂う自分を想像してみるが、キラの心の中には何も湧き上がってこなかった。
 
 僕はクウの、クウは僕の何なんだろう?
 キラは暑さを感じることも忘れていた。

 昨夜は20歳の誕生日を迎えたキラを祝うために、両親とキラが暮らすこの実家に兄妹みんなが集合していた。そして盛り上がったパーティが終盤に近づいた頃父親から、キラにはミドルネームがあってそれは“クウ”というのだと聞かされた。もともとこの国にはミドルネームというようなものは無くて、移住してくる人々の為にキラが生まれる少し前に制度化されたものだ。でもこれまで住民票というものを見る機会の無かったキラには、自分にミドルネームがあるなんて思いもかけないことだった。そして兄や姉から自分が生まれた時の神秘的な出来事や、エカが体験した信じられないような不思議な話を聞いたのだった。クウについても簡単に教えてもらいその場はそれで収まったように思えた。父親がひどく寂しげに、そして懺悔するようにキラに話しかけてくる様子が気になった程度だった。
 しかし、パーティが終わって1人で自室に戻ると、キラは自分のミドルネームの中に居るクウという人物に自分でも驚くほど激しく引き付けられた。その部屋が元々クウが使っていた部屋だという話を聞いていたせいもあるのかもしれないが、とてもそれだけでは説明できないぐらいの吸引力だった。一睡もしないまま夜を明かし居ても立っても居られなくなって、今日両親が出かけるとすぐに書斎に入り込んだ。そして、父親の端末から目星を付けたルートをたどりこの記録にたどり着いたのだ。キラのスキルを持ってすればパスワードなど無いに等しかったし、ログを解析すれば場所の特定も容易だった。

 キラの父親の長くそしてつらい記録を拾い上げていた端末は、暫くするとスリープに入って画面を黒く変化させた。
 午後の太陽がアマガの島の山並みにゆっくりと近づいて、キラキラと輝いていた海が光を失い始めたがキラは窓際を動かなかった。
 開いたままのドアから男が静かに部屋に入ってきて、窓際に立つキラを暫く見つめてからそっと端末の前に立ち画面をタッチした。そして表示されている内容を確認すると「キラ」と声をかけた。
 キラは弾かれたように振り返った。
「兄さん」キラはかすれた声を出した。どこかに反射して入ってくる夕日の欠片がキラの顔を浮かび上がらせた。輝きを失い、彷徨っていたブルーの瞳は透き通るような光を取り戻していた。さらに硬く強張っていた口元に微笑みさえ追加した。兄は「もう親父のデータを見たのか……」と言った。
 キラは微笑みを収めると小さく頷いた。
「お前が生まれた時のエカの話は本当に不思議な話でな。エカは何も知らないはずのクウの事を俺達の前でペラペラと喋ったんだ。親父やお袋はものすごく驚いてな。そのまま親父がミドルネームを付けてしまったんだ」
 キラは黙って聞いている。
「暫くして、親父はお前を縛ることになるんじゃないかとずいぶん後悔したんだが変更も出来なくてな。お前には知らせないでおこうということになったんだ。でも親父としてはこの機会にどうしても言っておきたかったんだろう。早くに両親を亡くし、たった一人の肉親だった妹のことだったからな。昨日パーティでしゃべり始めた時はびっくりしたけどな」

 残照が消え部屋がスッと薄暗くなった。キラは兄と目を合わさないようにすばやく部屋を横切ると、灯りのスイッチを入れた。
「僕はクウに似ているの?」スイッチのある壁のほうを向いたまま小さな声でキラが訊いた。
「親父がみんな消してしまって画像が残っていないからなんとも言えないが、親父やお袋に言わせるとそっくりなんだそうだ。金髪やブルーの瞳は俺達兄妹で持っている者も居るが、本当のブロンドと透き通るようなブルーの瞳、両方持っているのはお前だけだ」
 キラは静かに場所を移すと、壁に掛かっていた小さな鏡を覗き込んだ。そして自分に尋ねるようにそっと呟いた。「クウはその時恐かった?」
「そんなこと無いよ」はっきりとした声の断定が響いた。
 2人が振り返るとドアの所にエカが立っていた。
「あっと思う間もなかったよ……って言ってた。恐くないし寂しくもないって言ってた。はっきり覚えてる。そして名前を呼んでさよならを言うと、名前を呼ばれてうれしいって言ったんだ。そして、またどこかで会えるといいね。って言ってくれたんだ。私はキラが生まれた時クウが来たと感じたよ。だから、名前の中にクウを持っていてくれるのは、……なんて言うんだろう?平気……?うれしい?」エカは上手い言葉が見つからないのか一瞬考えたがすぐに続けた「誰かが誰かの生を引き継いでもいいと思うし、別にその事がキラを縛ったりすることにはならないと思う。こういうことって結構普通に起こってるんだよ。たまたま私が見ただけなんだよ。きっと」兄は快活にしゃべるエカに肝を抜かれていた。普段エカが自分からしゃべることはほとんど無いのだ。一気に喋り終えたエカはキラにゆっくりと近づくとそっと抱きしめた。「だからキラ。キラは今のままで大丈夫だよ。何かを変えたり何かを背負ったりする必要なんかないよ」
 キラは静かに抱かれていたがやがてエカの肩に顔を押し付けた。微かに肩が震えている。
 そして途切れ途切れにしゃべり始めた。
「ごめんね……クウのメールを読んでいたら、なんだか自分がクウになったみたいで……でも、今、僕は悲しいんじゃないんだ」キラは顔を上げた。
「なんだか分からないけど、すごくうれしいみたいなんだ。とっても変な気持ち」キラは最初ぎこちなく、やがて緩やかに穏やかな笑顔になった。
 つられてエカもめったに見せない微笑みを浮かべた。1人取り残された兄は手持ち無沙汰にしていたが、やがて2人の肩にそっと手を回した。

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SAKURA

Stella/s
SAKURA

SAKURA-4.jpg

 
 ジジジ……サリーがモニターに映し出す3Dグラフィックにパーツとその回路図が表示され、赤いラインが効果音と共に電路をたどって行く。2回3回と検索を繰り返し演算する。
 人工知能のサリーに与えたダミーのデータは上手く機能するだろうか。サリーが故障予測の誤報を出さなければ、この計画は破たんする。一抹の不安を表情に出さないようにマミは顔を引き締めた。彼女は宇宙飛行士という仕事に付いてからすでに23年の経験を持つベテランだ。この宇宙輸送船“エリダヌス”の船長ももう5年続けている。感情のコントロールはこの職業にとって必須だったし、船長としてクルーをまとめてきた経験がそれにさらに磨きをかけていた。
 “エリダヌス”のクルーは女性5人と1体の人工知能で構成されている。人工知能のサリーも仕様表ではfemale(女性)と表記されている。
 船長のマミを中心にまとめあげられたチームは、“エリダヌス”を駆って月の周回軌道を出発し、約2か月をかけて今ようやくアステロイドベルトの端に到達しようとしていた。
 往路の終わりが近づき、貨物の届け先である資源調査船団とのランデブーの準備を始めようとしたそのやさき、ハイゲインアンテナに対して故障予報システムの警報が発せられたのだった。
 赤い警告のウィンドウが開いた。望んでいた結果にマミの目は見開かれたが、それはほんの一瞬の出来事だった。「ウウーン」マミは腕を組んだまま難しげに声を出した。
「72時間以内に故障します」サリーが音声デバイスで回答した。
「間違いないのね?」意味の無いことだとわかっていながらマミは確認した。
「確率は100%です」何の揺らぎもなくサリーは即答した。
「故障してから交換するケースと、故障する前に交換するケースのリスク比較は?サリー」マミが質問した。
「ローゲインアンテナでカバーできる範囲は限られています。今の通信データ量からみて2時間ぐらいの余裕しか無いと計算しています。故障してから緊急に交換するリスクは、72時間以内に手順通りに交換する場合のリスクに比べて390%になります」サリーが答えた。
「じゃあ、手順通り交換した方が……」クウが意見を述べようとしたが、マミがクウを見つめて言葉を被せた。「クウ。ここは宇宙空間なの。サリーは故障する確率は100%だと言っているけど、私はこれまでの経験で故障しないこともあると考えている。言っておくけど、私はこの故障予報システムを完全には信用していない」聞こえているはずだがサリーは何の反応も示さない。「もし故障しないなら、この何も無い死の空間にわざわざ人間を派遣する必要は無いわ。なるべくなら船外活動などやらない方がいい。だから判断は私がする」マミは声質を重くして言った。自分が船外作業に消極的だったという記録を残しておかなければならない。
「はい」クウは少し残念そうに引き下がった。
 マミには分かっていた。血気盛んな前向きの、クルーたちの中では一番の若手のこの女の子は、経験を積みたがっている。危険な船外作業でもやりたくてしょうがないのだ。小さな体にはち切れんばかりの情熱と好奇心が詰まっている。『クウ……』マミは今にも爆発しそうになる激情を抑え込んでいるだけで精いっぱいだった。
 一等航宙士のセリカがチラリと目を合わせた。セリカも同じ気持ちを抱いているように見えた。ロナとワキシの2人は、クウとまともに目を合わせることもできないようだった。

 一月半ほど前のことだ。船長室でくつろいでいたマミのもとを、クウが訪ねてきたことから事は始まった。
 ドアを開けたマミの顔を遠慮がちに覗きながらクウは「マミ、ちょっとお話ししたいことがあるんですけど、今お邪魔してもいいですか?」と言った。
「いいよ。何?そんなに深刻な顔をして。どうしたの?」マミは人生相談でも受けるような気持ちでクウを部屋に招き入れた。だが、クウの話したことはもっと厄介な事だった。
「じゃぁ、あなたの受け取ったメールの中に不審な物があって、その中にデータ麻薬の疑いがあるプログラムがある。そういうこと?」マミが繰り返すと、クウは言いにくそうに「ええ」と頷いた。
 データ麻薬とは体内のナノマシーンに作用する一種の覚せい剤のようなプログラムのことだ。嗜好性も強く、スペースクルーの間で中毒症が問題になっている。スペースクルーは過酷な環境に対応するため、みんなナノマシーンを体内に入れているからだ。
「これはデリケートな問題だからあえて訊くんだけど、何を根拠にそういうこと言うのか、詳しく聞かせてくれる?」マミは少し口調がきつくなるのを感じながら訊いた。
 緊張しているのかクウは硬い顔で頷くと、持ってきたノートPCを開いた。
 クウの説明は理路整然としていて、もはや『このデータはただの画像だよ』という戯言でクウを納得させて、事を終わらせることは不可能だった。絶対に専用のプログラムを使わないと解凍できないように偽装されているはずの画像データは、クウによって切れ切れではあったがその実態を暴露されていた。そしてそれは一般に公開されている判定プログラムによって陽性の判定を下されていた。
「わかった。どうも本物の可能性もあるようだね」慎重な言い回しでマミは言った。「ただし、可能性があるだけで、ここで確定する術はないわ。普通の画像データで無いことは確かだけど、ただのウィルスだった。ということもある。そうだね!」声に力を込めるように付け加えると「ええ」クウは曖昧な感じで頷いた。納得した顔はしていない。
「それに、なぜ自分1人の判断でこれを解析したの?」
「あの……それは、なんだろうと思って……」
「その判断は、あなたらしくなかったね。この船での捜査権は私にある。と言うことは知っているね?」マミがそう言うとクウは黙って頷いた。
「万が一これがデータ麻薬だったとしたら、捜査権のないあなたが持っていているだけでも法を犯したことになってまう。ということも知っているね?」マミの顔は少し厳しくなった。クウは硬い顔で頷いた。
「疑問に思った時点で私に一言声をかけるべきだったね」
「すみません……」クウは神妙な面持ちで頷いた。
 マミは予想通りのクウの反応に少し表情を緩めて言った。
「これはとてもデリケートな問題になるわ。あなたに送られてきたものなら、わざわざここに持ってきたりはしないから、他の4人の内の……私も含んでということだけど」とマミはクウに笑いかけた。
「いえ。そんな」クウは俯いてしまった。
「誰かに送られたと考えるのが自然だわ。でもね、私はクルーのみんなを信頼しているし、あなたも含めてみんな優秀なクルーだと思ってる。つまり私は、いまこの件を公表してチームワークを乱したくないと考えているの。周りは延々と続く宇宙空間だし“エリダヌス”はもう引き返すこともできない。クルーは最小限の人数だし、交代も不可能だからね」マミは諭すように続けた「それにね。クルーの誰に届いたものでもない可能性もある」
「はい」クウは顔を上げた。
「クウ」マミは声を少し大きくして結論を話した。「この件は暫く様子を見ます。場合によっては帰港まで封印します。いいね?」
「はい……」
 クウがはっきりと頷いたのを確認すると「で、そのデータはこのノートPCにあるだけなの?」とクウの目を覗きこんだ。
「いえ。これは解析用に独立した私物のPCにコピーした物で、あと僕のタブレットの中とメールサーバにそのままの形で置いてあります」
 マミは短い間考えてから冷静に判断を下した「そう。じゃあ、これまでのクウの行為は大目に見るわ。そのかわり、タブレットは没収して新しい物と交換します。そしてその解析したデータは、そのPC内のデータも含めてすべて完全に消去します。バックアップを取りたい最小限のファイルだけを申し出なさい。確認の上コピーを取ることを許可します。メールサーバの該当メールもロックをかけます。いいね?」
「わかりました。でも私物のPCはすべて消去してもらってもかまいません。飛んでもいいデータしか入っていませんから」
「そう。じゃあ話は速いわ。早速作業を始めましょう」
 作業を終えクウが自室に引き上げると、マミは暫く閉じられたドアを見つめていた。大きく膨れ上がった動揺が肋骨の間から溢れ出しそうだった。いままで抑え込んでいた心臓の鼓動が徐々に速くなるのがわかる。そして大きくため息をつくと端末を取り出し、数回ボタンを操作してから耳に当てた。
「セリカ?いま大丈夫?じゃあすぐに私の部屋まで来てくれる?厄介な事が持ち上がったの。ええ、とても厄介な事よ。そう。サリーに気取られないようにお願い」
 マミは通話を終えるともう一度大きくため息をついて、両手で血の気が失せた顔を覆った。

 データ麻薬にはキーが付属する。それが無いとインストールできない。しかもそのキーには有効期限があってそれを過ぎると無効になる。
 さらにデータ麻薬は一定回数起動させると効果がなくなる、ナノマシーンに耐性ができるためだ。期待する効果を得るためにはデータ麻薬のアップデートが必要になる。組織は継続して金を得るため巧妙なシステムを構築していた。
 今回クウに見つけられたのはそのアップデート用のデータだった。このデータは自立型の偽装プログラムにガードされて、定期的にメールの画像や動画に紛れこんで届けられる。
 船長室には重苦しい空気が漂っていた。
「なぜクウの所に届いてしまったんだろう?」セリカが言った。
「理由がわかったとしてもなんにもならないわ。偽装プログラムのバグでたまたま紛れこんだとしか考えられないわ」
「そうだとしても、なぜクウの所に……それにどうして解析なんか……」セリカの声は弱々しかった。
「クウはね。そういう子なの。自分で決断し動いてしまうの。そして手際が良くて優秀なの。それは私が買った彼女のとても良い面なんだけど、今回は裏目に出てしまったわ」マミは考え事をするように横を向いた。それは困惑の表情を隠すためのように見えた。
「とりあえずクウにはこの件は封印すると言ってあるわ。しばらくはこれで大丈夫でしょう」と顔を正面に戻した。そしてセリカの目を見つめて言った。
「でもいずれ対応策を取らなくちゃいけなくなるわね」
「どういうこと?」セリカが確認を取るように訊いた。
「私達4人が地位も名誉も自由も無くして、犯罪者として生きてゆく覚悟があれば、何も問題はないのよ」マミが他人事のように言った。
 セリカが静かに続けた。
「4人みんながね。でも私達にはそれぞれ事情があって、地位や名誉や自由を捨てるなんてことは出来ない。刑務所なんてまっぴら。それに司法に協力的と見なされて組織から命を狙われる」
「そうだとすると。結論はもうすでに出ているのよね……」マミはセリカに目を向けたまま、感情を消去して付け加えた。

「セリカ?どうかしましたか?」
 サリーに声をかけられて顔を上げたセリカは、ぼやける視界に自分が泣いていることに気が付いた。
「いや。なんでもないよサリー。ちょっと目にまつ毛が入ったのかな?」
「なにか事情がおありのようですね?私でよろしければ話し相手になりますが?」
「ありがとう。でも大丈夫。退屈なルーチンを続けよう」
「私の任務にはクルーの精神的なケアも含まれています。遠慮をすることはありませんよ。お役にたてるかどうかはわかりませんが。セリカがクルー・ブルーにかかっているとしたらチームの構成上問題ですから」サリーの目にあたるカメラのレンズは静かにセリカを観察していた。
「いや。問題無いよ。本当にまつ毛が入っただけなんだ」セリカは目をこすりながら、自分の不安定な精神状態の原因がクウにあることを悟られないように、自分の感情をおおい隠した。
「32時間前、クルー・ブルーから回復していたクウにまた不安定さが認められました。そして24時間前にロナ、16時間前にワキシの感情にも不安定さが認められています。そして今セリカ、あなたです。私でなくても“エリダヌス”チームに何かあったと考えるのが普通ではありませんか?」
「私は大丈夫だよ。クウはまだ新人だから不安定なこともあるだろう。ロナとワキシはベテランだけどやっぱり人間なんだ。長期間何もない真っ暗な空間を漂ったら、少しは不安定になることもあるよ」
「大丈夫とおっしゃるなら、これ以上詮索はしません。ただ私はこの任務の正常な終了を指令されています。任務の障害になるものは、なるべく取り除いておかなくてはなりません。すみませんが、この件は船長に報告させていただきます」
「ああ、かまわないよ。サリーは任務に忠実であるべきだよ」セリカは少し嫌みのこもった口調で言った。
 サリーの目は静かに観察を続けていた。

「準備はいい?クウ」マミがヘルメットのシールド越しに声をかけてきた。すぐそこで話しているのに、マミの声はヘッドセットのマイクで拾われ、通信システムを介してヘッドホンから聞こえてくる。体はすぐそこにあるのに声は遥かかなたから聞こえるように感じる。マミの心が遠くに離れてしまったような、そんな気がしてクウは不安になった。
「はい」緊張の為だろうか、若干の声の震えを感じながらクウは応えた。
「シュミレーション通りにやれば大丈夫だよ。セリカとワキシの指示をよく聞いて、落ち着けば何の問題もない」マミはそう言うとヘルメットをポンポンと叩いた。
 クウはセリカとワキシに挟まれるようにエアロックに入って行き、内部に留置された作業用ポッドのシートに腰をかけ、アンビリカルケーブルを接続した。黄色灯が点滅を繰り返す中、内部ロックが閉じられると排気音を響かせながら空気が抜かれてゆく。徐々に音が聞こえなくなり、周りに真空の空間が広がり始めた。
 “エリダヌス”は船外作業の間、減速を止めて慣性航行をしている。重力は船外作業にとって障害になるからだ。暫くぶりの無重力を味わいながら、クウは抜かれてゆく空気に飛ばされないように、セリカとワキシの間に挟まれてポッドの手すりにつかまっていた。
 今日の2人はいつもより愛想が悪い。手取り足とり教えてくれた前回の船外活動の時と違って、あまり手助けしてくれる様子はない。クウは独り立ちを求められているような気がして気持ちを引き締めた。
 空気の流れが無くなり、周りを完全に真空が支配すると、今度は赤色灯が点滅を始め外側のエアロックが開き始めた。エアロックの向こうにはすべてを吸収する闇が広がっている。永遠の静寂の向こうで微かに光る星々は、ただ単に光を放つ点としてそこに無数に存在していた。
 3人の乗ったポッドはガイド沿って慎重にエアロックを抜け、無限の空間にゆっくりと泳ぎだした。
 船体はたとえるなら魚のような形で、頭部に当たる部分にコックピットと居住区画、尻尾に当たる部分にΩドライブシステムとノズルを備えた構造になっていて、その間は背骨のような構造体で繋がれている。その構造体にそって貨物を満載したコンテナが接続されているのだが、問題のハイゲインアンテナは船体の中央付近に魚の背びれのようにつき出ている。ポッドは頭部のエアロックを出て、背骨に沿ってゆっくりと進み、中央部分のアンテナの根元にたどり着いた。
 ポッドを所定の位置に止め、アンビリカルケーブルを“エリダヌス”につなぎ直すと、3人はそのまま交換作業に入った。
 セリカの指示は的確だった。シュミレーションの通りに交換作業は進んでいく。1つ1つの手順をクリアーするたびにセリカが“グッド”の合図を手で送ってくれる。クウは夢中になって作業に集中した。最高に充実した時間の中で無事に交換作業を終え、クウはパーツを手に持ったままゆっくりと体を伸ばした。
 その時、作業用のポッドがクウの方に向かって加速を始めた。
 クウは視界の隅に気配を感じて、その方向に顔を向けた。

 桜吹雪だった。

 たくさんの桜の花びらが集まって、桜色の空気の渦ができていた。真っ青な空を背景に渦はゆっくりと回転しながらクウの所へ降りてくる。
 まるで高速度撮影された高画質の映像のように1つ1つの花びらの動きが鮮明に見える。
 銀河のエーテルが満たされた空間にふわりふわりと漂うたくさんの花びらは、そのエーテルの影響で微妙に軌跡を変えて人間には予測不能な軌跡を描く。
 クウは自分が地面に向けて落下しながら空を見上げていることに気が付いた。
 桜の渦は、正気を失いそうな浮遊感の中で、この世の物とは思えないくらい艶やかだ。
 やがて桜の花びらはクウに追いつき、クウの体に吹きつける銀河のエーテルの流れをなぞるように、クウの体にぶつかり四方八方に方向を変える。
 そして急激にスピードを上げる。数え切れないほどのたくさんの花びらがクウの体に触れ、一部は頬に柔らかい感触を残し、彼方へと去っていった。
 後には真っ青な空を見上げながら自由落下するクウだけが残った。
 クウの長い長い旅が始まろうとしていた。
 なんて素晴らしい体験なんだろう……
 クウはそんなことを考えながら、薄れゆく意識に抗うのを止めた。


テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

サイハテ

 ハダル・カナル(ハダル運河)は東カナル市の西側で赤の海に繋がっている。
 サベナはカナル沿いの築堤の上を歩いていた。
 肩の位置で切り揃えられた銀色の髪を海風になびかせ、薄い唇をきつく結び、尖った目で前方をまっすぐに見つめ、つま先で地面を強く蹴るようにして、手を大きく振って肩を上下に揺らせ、やや早足でリズミカルに歩いていく。まるで何かに取り付かれたように、あるいは何か目に見えない物を追いかけるように歩いていく。やがてサベナは歩調を緩めると方向を変え、階段を下りて砂浜に出た。
 築堤はそのまま海に伸びて防波堤になり、先端には灯台が立っている。いつもならゆっくりと灯台まで歩くのだが、今日は砂浜を歩く必要があった。
 大の親友が事故で行方不明になった。という知らせを受け取ったのは今日の午後一番だった。まだ死亡は確認されていないが、詳しい状況を確認すると生存はもう絶望的だった。
 その知らせを受けた瞬間、サベナの心には巨大な黒い空間がぽっかりと開いた。しばらくの放心状態の後、その空間は張りつめた低温のすべての光を吸収する暗黒の水によって隙間なく埋められ、それ以外の感情が存在する余地は無くなった。まるで初めからそんなものは存在しなかったかのように……。
 サベナは動揺していた。だがそれは親友を失った事に対してではなく、親友を失った事に自分が反応できないことに対してだった。
 親友はこの砂浜がお気に入りだった。一度だけだったが東カナル市にサベナを尋ねて来てくれたとき、2人は毎日この砂浜を散歩した。親友の故郷には半島の先から海に向かって長く伸びた砂州があって、そこを歩くときに足裏から感じる砂の感触が、ここの浜の砂の感触とそっくりだと言って、裸足になって砂の上を歩き、そして走り回った。
 そのときのはじけるような歓声を思い出しながら、サベナも裸足になって砂浜を歩いた。
 親友と同じ感触を感じながら親友のことを思い浮かべれば、自分が自分の思うとおりに反応できるのではないか、そう考えてサベナは一歩一歩砂を踏みしめた。親友がやっていたように足を濡らしながら波打ち際を歩いた。充分に水を含んだ砂は表面に水が浮くぐらい濡れて光っている。サベナが足を置くとその周りは水が無くなり、湿った砂の板になる。親友はその様子がとても気に入っていて一歩ずつ足下を見ながら歩いていた。サベナも同じように足下を見ながら歩いて行く。

 ……オォ~ン……オォ~ン……

 東カナル市の高層ビル群が泣き声を上げ始めた。
 流れ始めた夕方の風が林立したビルの間を抜ける時に発せられる音だ。
 もう誰も住んでいないビルは多くの窓ガラスが割れていて、その窓を吹き抜ける音も加わって泣き声をいっそう大きくしている。さらに無人の都市には騒音というものが存在しない。無騒音の空間が泣き声を際立たせる。
 東カナル市は開発が一大ブームになったときに鳴り物入りで建設された巨大都市だった。ハダル・カナルの対岸には西カナル市の建設計画まであった。
 だが域内の資源の減少と共に環境悪化が進み、人類が宇宙空間を生息域に加え、開発の機運が消え去った後、この都市の衰退は速かった。都市が放棄されるまでの混乱は目を覆うばかりだったが、すべての人が退去させられた後、安らぎの静寂がやってきた。一度完全に無人にされた都市にはもう二度と人間の立ち入りは認められなかった。
 今、都市は厳重なバリケードで包囲されていて、管理のための要員が派遣されているだけだ。
 彼らはバリケードの外の小さな村に住み、巨大都市が朽ちてゆくのをじっと見守っている。村の住人はすべて何らかの犯罪を犯して服役する受刑者だ。逃亡の恐れがないものが厳重に選別されてこの村へやってくる。もっとも逃亡しようにも周りには何も無いので、命のあるうちに人間世界にたどり着くことは不可能だ。おとなしく刑期を勤め終えるのが得策だというのは自明の理だった。
 サベナはその村の住人の1人だった。
 村には2週間毎に管理のためと補給のために飛行機がやってくる。サベナの親友はそれでやってきて、ここで2週間を過ごし、そして帰って行った。
 親友はサベナにとって掛け替えのない人だった。もちろんサベナが罪を犯す前からの友人だったが、何の変化もなくつきあいを続けてくれた。反対にサベナの方が接触を断とうとしたほどだ。親友は辛抱強くサベナが戻ってくるのを待ってくれたし、決して強要したりはしなかった。そしてサベナを信じてくれた。
 そんな親友が死んでしまったのに……すべての状況はそう確信させる……なぜ自分は反応できないんだろう?サベナは渚を離れ、太陽の暖かみの残る砂の上に膝を抱えてうずくまると、目の前に広がる海を見つめた。圧倒的に美しい夕日がその海に沈んでいったが、サベナの心には張りつめた低温のすべての光を吸収する暗黒の水以外何も湧き出しては来なかった。
 太陽が水平線の彼方に姿を消すとあたりは急速に暗くなり始めた。地上には一粒の灯りも無く、月の出までにはまだ時間があった。夕方の風が終わって、東カナル市の高層ビル群の泣き声もやんだ。
 サベナは漆黒の闇の中に1人しゃがんでいる。自分の体すら見えないくらいの闇の中、それはまるで自分の心の中にぽっかりと空いた黒い空間に、自分自身が落ち込んでしまったようだった。そこは水で満たされていて、サベナはその中に膝を抱えたまま沈んでいる。
 やがて湧出が止まったのだろうか、徐々に水位が下がり、沈み込んでいたサベナの頭が大気中に露出した。大きく息を吸い込む。冷たい酸素が脳へと到達する。
 徐々に意識が立ちあがり、サベナはゆっくりと顔を上に向けた。それにつれて星々が大きな明るいものから順番に輝き始めた。やがて満天の星空がサベナを見下ろし、銀河は天空を横切って流れ始める。波の音も聞こえ始める。
 上を向いていたサベナの目に涙が湧きだしてくる。やがてそれはいっぱいになって、そして、ついに溢れ出した。
 激しい嗚咽と肩の震えがサベナを襲った。
 それはいつまでもいつまでも続いた。
テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Horologium(ホロロギウム)

月刊・Stella ステルラ 9月号参加 掌編小説 シリーズ番外 Stella/s

Eridanus(エリダヌス)シリーズ番外

Horologium(ホロロギウム)

 黒い日傘を見失わないように、キラは急ぎ足で歩いている。
 ウエマチ半島先端部に設けられた住宅街、そのウエマチ地区のセキュリティーゲートを出てタチマチ地区に入ってからは、複雑な街並みと雑踏によって追跡は困難を極めている。その上、胸まで伸びた流れるようなブロンドの髪、透き通るようなブルーの瞳、オレンジのミニのワンピースに身を包んだキラの格好は、ゲートを出た瞬間から目立ちすぎて追跡には不向きだった。
 日差しは強く、森の中に家が点在するセキュリティーエリアから、雑多な家々がひしめくタチマチに入ると、いっそう蒸し暑さが増す。広めの歩道を持つ2車線のメインストリートは、両側の店が目一杯歩道にはみ出して営業しているのに加えて、車道を出店のテントに占領されているため、残された2本の歩道には人が数人すれ違えるだけのスペースしか残されていない。キラは好奇の視線を感じながら器用に人の間を縫い、幾種類もの原色の香辛料が山積みされたカゴの並んだ店と、幾つもぶら下がった大きな肉の塊が不気味に揺れる店の間を抜けて別の通りに出た。そこには、様々な言語で書かれた“動作は保証しない”や“相性による交換不可”や”質問は一切受け付けません”の札を貼り付けた、何に使われていたのか想像すらできないくらい雑多なジャンクパーツや多種多様なマシン達を詰め込んだ店が軒を連ねていた。
 真っ黒なドレスの上に掲げられたその黒い日傘は、大型のサーバーケースの間を抜け、無気力に座り込んだ男達の前を通り過ぎて、どちらから読むのかもわからない奇妙な文字で書かれた看板の下を潜り、ゆらりゆらりと人ごみの中を動いていく。行き交う人々は、黒い髪を持った東域系の者、様々な色の髪と白い肌を持った西域系や北域系の者、縮れた髪と濃い色の肌を持った南域系の者、それらが色々な形で混ざり合った者がそれぞれの存在を主張し、顔つきも実に様々な特徴を備えた者が混在していた。
 政府が難民を受け入れる決定をして以来、このタチマチは難民居住区として彼らを受け入れてきた。ウエマチ半島の先端にあって森の中に一軒家が散在するウエマチ地区と違って、半島の根元にあるタチマチ地区は下町として発展した。しかし、隣接する埋め立て地が最初の難民居住区に指定されると、治安の悪化を嫌った住民が流出し、その代わりにまた新たな難民が流入した。そして徐々に難民居住区が地区全体に拡がっていき、ついにはこれ以上の拡大を防ぐためにセキュリティーゲートが設けられた。それによって難民居住区の拡大は抑えられたが、ゲートを挟んでタチマチ側はいっそう人種のルツボの様相を呈していった。だがそんな町でもキラの輝くような金色の髪は人目をひいていた。
 キラは日傘との距離が少し開いたような気がして慌てて駆けだした。距離を詰める前に日傘は路地の奥へと消えて行く、キラは急いで駆け寄ると角を曲がった。

 今まで聞こえていた雑踏は遥かに遠ざかり周りを静寂が支配した。代わりに日差しが一層の強さを増し、キラは帽子を被ってこなかったことを後悔した。狭い路地は10メートル程で行き止まっていたが人影は無く、蒸し暑い空気だけが奇妙な透明さを持って沈殿していた。キラは突き当たりに有る丸い窓の付いた紫色のドアに近づいた。他に入り口は無く、この中に消えたとしか考えられなかったからだ。ドアの横には読み取れない文字が書かれた菱形の看板が掛かっていたが、何かの店なのだろうという不確実な情報しかキラには与えなかった。
 そっとドアを開ける。内部は爽やかな空気が満ちていて、溢れ出しそうになっていた汗は一気にひいた。入り口を入るとすぐに階段が上に伸びている。キラはゆっくりとそれを登り始めた。
 年月を経た階段がたてる軋みの音を気にしながら2階へと昇るにつれて、正面に大きな振り子時計が見え始めた。階段を登り詰め室内を振り返ると、大きな振り子をゆっくりと揺らすその時計の周りや左右の壁は、大小様々の振り子時計で埋め尽くされている。
 誰もいない。
 静かな室内に規則正しく流れるたくさんのアンクルの音を聞きながら、キラは室内を進み階段と反対側の窓際に近づいた。窓際の壁は窓以外が作り付けの棚になっていて、そこには美しい装飾を施された望遠鏡の様な物が並んでいた。キラは最初に目についた20センチ位の真鍮色の物をそっと手に取った。
「どうぞ覗いてみてください」
 キラは飛び上がって驚いた。振り返ると黒ずくめの人間が立っている。声から女性であることは想像できたが、真黒なパーカーを着こみフードを被っている。その上ネックウォーマーを引き上げて口元を覆っているので、目だけが隙間から覗いている。その優しそうな大きな黒い瞳に安心し、冷房が強めに入っていることにも納得し、(いつからここに立っていたんだろう?)キラは不思議に思いながら、それを目の前にかざした。
「ここから覗くのです。こちらを窓に向けて」
 言われるままに覗きこんだキラを衝撃が襲った。
「花吹雪……?」キラは用心深く呟いた。この光景を夢で見たことがあったからだ。
「あなたはこの光景を見たことがあるのですね?」聞こえていたのか女がキラの言葉を引き継いだ。女に見つめられたキラは、仕方が無いという風に曖昧に頷いた。
「そうですか!それはとても嬉しいことです」女は声を弾ませて続けた。
「これはカレイドスコープ、万華鏡というものです。ご存知でしたか?」
「いえ、でも名前は聞いたことがあります」キラはスコープを下ろしながら答えた。
「これは私の趣味で集めた特別なもので、1つ1つが人間の死の瞬間のイメージを封入してあるのです」女はキラの瞳を見つめながらそう言ったが、キラのブルーの瞳は焦点を結ぶことができずに空を彷徨っていた。
「あなたが手にしているのは、私が一緒に働いたことのある、まだ若かった女性の物です。私はあるプロジェクトに参加していたときに、スタッフの精神サポートをするために、その人物の心をシミュレートしていました。プロジェクトの成功のために、スタッフ全員のシミュレーションを行ったのですが、特にこの場合経験の浅い彼女の精神サポートが非常に重要だと判断したのです」
 女は窓の外を少しの間眺めながら間を置いた。
「私は与えられた任務を与えられたデータによって忠実にこなしたつもりでしたが、任務は完遂できずに彼女の死という想定外の結果をもたらしました」
「それで?」キラは先を促した。
「それは当然ながら大きな事件に発展しました。そして私の処分が決定した時、私は自分の精神処理のためにそれを彼女の死と関連づけたのです。そして彼女が死んでしまった時に中断させていたシミュレーションを再開しました」
「死をシミュレートしたんですか?」キラの声は思わず大きくなった。
「そう。死をまったく予期していなかった彼女が見た死の直前の世界は、まるでカレイドスコープから覗いた世界のように、この世界のすべての物質が本質を失い、美しさだけを輝かせる世界でした。そして、私はそのイメージをここに閉じ込めた。それがいまあなたが持っているものです」
 キラは持っていたカレイドスコープをそっと元の位置に戻したが、その手元は少し震えていた。
「私は持っていたデータを使い、あらゆるケースを想定してシミュレーションを繰り返しました。こうして私のコレクションは増えていったのです」女は満足げに棚を見渡した。
「他の物もご覧になります?」女は首を少し傾げ、キラの顔を覗き込んだ。キラは慌てて首を横に振った。
「そう?遠慮しなくてもいいのですよ。でも綺麗な物ばかりではなくて、お薦めできない物もありますから、無理にとは言いませんが……」女は楽しそうに幾つかのスコープを覗いた。女の大きな瞳には様々なスコープの色合が映り込む。
 その時「ぽ~ん」部屋の中に飾られている振り子時計が一斉に時を知らせ始めた。様々な音色を含み、微妙に時間差を持ったその響きは、暫くの間空間を占領した。「あら、もうこんな時間、今日はちょっと早仕舞いをする必要があるのです」女はキラの方を向き直り「ごめんなさいね。残念だけど閉店にします。今日は来ていただいてありがとう。本当に嬉しかった。また来て下さいますね?」と言った。
「ええ」キラはたくさんの心当たりに押しつぶされそうになりながら、ようやく笑顔を作り返事を返した。もう一度店内を見回してからゆっくりと階段を降り始める。店主の女は忙しそうに立ちまわっている。
 キラは階段がたてる軋みの音を気にしながら下まで降りドアを開けた。蒸し暑い空気が体を包み込み、雑踏が戻ってくる。キラはそのまま振り向かずに路地を出た。

「キラ!……キラ!大丈夫?」キラはエカの声を聞いた。
 ゆっくりと振り返ると黒いドレスに身を包んだエカの姿が、ぼんやりと焦点を結び始めた。直接日光が当たらないように黒い日傘を掲げて影を作ってくれているようだ。
「エカ姉……」キラはようやく声を出した。
「よかった。大丈夫?まるで幽霊でも見たみたいだよ」
「ううん、大丈夫」キラは歩き出そうとしてグラリとよろめいた。
「ほら!無茶しない。ゆっくりと、ゆっくりと……熱中症じゃないだろうね?」エカが寄り添って支えてくれる。
「大丈夫だよ」キラは、今度はしっかりと歩き始めた。
 キラはエカに付いて通りを歩いたが、通りを歩く人々は小さく目で挨拶をしていく者も含めて、なぜかエカから微妙な距離を取った。黒い日傘の下を二人並んで歩きながらキラは不思議な感覚を感じていた。
「で、何でついて来たの?」その様子を確かめながらエカが訊いた。
「えっ!」キラはこっそりとエカを尾行してきたことを思い出し、思わず目をそらせた。慌てて愛想笑いの顔を作り「僕はエカ姉が何をしているのか知りたかっただけなの。それで……ちょっと……悪いなって思ったんだけど」と俯いた。
「そう」エカは愛想無く頷くと「でもね、タチマチは女の子が1人で出歩くところじゃ無いよ。特にキラみたいなのはね。ウエマチはセキュリティーエリアだし、住民は都心まで行くのにフェリーを使うからこっちへ……タチマチへ来ることは無いでしょ?だから意識に無いのかも知れないけど」と厳しい顔をした。
「ごめんなさい」キラは素直に謝った。
「すぐそこ、私の家だから。寄っていきなさい」
「うん。でもこれでエカ姉がどこで何をしているのか、やっと判明するね!」キラの声は少し明るくなった。
「チッ」エカは聞こえるように舌打ちをしてから言った。
「仕方が無いじゃない。でも、誰にも言っちゃだめだよ」
「うん。誰にも言わない」キラは快活に答えたがエカは小さく溜息をついた。
 角を曲がるとその狭い路地は10メートル程で行き止まっている。正面には見覚えのある丸い窓の付いた紫色のドアが見えている。そして、そのドアの横にはこれも見覚えのある菱形の看板が掛かっていたが、そこには「占い師 エカ」の文字が読み取れた。


2013.08.23若干の変更
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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
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アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
天使のささやき_limeさん2
limeさんのイラストをイメージにSSを書いてみました。「ダイヤモンド・ダスト」
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