Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 

ポルトにて・・・

 今夜は絵夢の素敵な日常シリーズ、ミクとジョゼのお話です。
 短い休暇を利用してミクがポルトへ帰ってきます。ミクはちゃんと結論を得るつもりなのですが、はたしてジョゼはどういうふうに反応するのでしょう?
 いつものようにジョゼは空港へミクを迎えに行ったようです。研修旅行で長いこと職場を留守にしたので、休暇は非常に取りにくくなっているはずですが、また“女がらみ”ということで特別に認めてもらったのかな?

「ジョゼがそんなに言うってことは、また女がらみか?」店長はジョゼの顔を覗きこむ。
 ジョゼは自分の顔が火照るのをなんとか抑えようとした。
「しょ~がね~な~」店長はジョゼの肩にトンと手を置いた。
な~んてぐあいにね・・・

 でもあまり時間はありません。明日はジョゼはフルタイムで勤務でしょうし、明後日にはミクはミュンヘンへ発たなければなりませんから。

 この背中合わせの2人の物語、ポルトを舞台に書かれた部分もたくさんあるのですが、サキはポルトの町を訪れたことがありません。ですから町の様子は八乙女夕さんの小説「黄金の枷」やそれに関連して書かれた作品の描写のモチーフをそのままに、あるいは参考に、観光ガイドやストリートビュー等を駆使して作り上げています。便利な世の中になったものですが、やっぱり実際とは違っているだろうなぁと思っています。夕さん以外、実際に行かれた方が読まれることは無いと思いますが、もしそういう点がありましてもお許しください。“Pの街”にしておけばよかったな、と今更ながら思ってます。
 もしサキが実際に訪れることができたら改稿することもあるかもしれません。というか改稿できるようになることを願っています。

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 絵夢の素敵な日常 初めての音(Port of Port)
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絵夢の素敵な日常 初めての音(Port of Port)

初めての音(Port of Port)

 カモメが目の前を横切って行く。翼を広げたその姿は想像していたよりもずっと大きく、その長い羽根にゆったりと西風を受けながら大西洋の方へ滑空していく。
 前にはドウロ川がゆったりとその流れを横たえ、かつてはワイン樽を運んでいた小船、ラベロが浮かんでいる。そして流れの向こう、対岸のガイアにはポートワインのロッジ群が見える。ロッジでは観光客相手にワイナリーの見学やワインの試飲販売が行われ、ポルト観光の名所の一つになっている。川下には巨大な鉄骨をリベットで組み上げたドン・ルイス1世橋がそびえ、その優雅なアーチでここリベイラと対岸のガイアを結んでいる。
 リベイラとは川岸という意味を持つポルトガル語だが、ドウロ川のそのまさに川岸にある地区に対するこの直接的なネーミングは、かえってこの町の長い歴史を思い起こさせる。川岸には色とりどりの美しい建物が建ち並び、その前にはレストランが用意したテーブルと椅子、そして強い陽射しから観光客たちを守る大きなパラソルがたくさん並んでいる。

 2人はその川岸の擁壁から川面に下って行く大きな階段に並んで座っていた。2人は空港で再会してからほとんど言葉を交わしていない。戸惑ったような、そしてはにかむような笑顔で少しの間見つめあい、短い挨拶を交わしただけだ。どちらにも話したいことはたくさんあったが、どちらもそれを始めるきっかけを失っていた。だが沈黙は2人の距離を広げはしなかった。2人は絶妙な間隔を保ったまま、どちらからということも無くドウロ川の川岸にたどり着き、僅かな間隔を開けてこの階段に腰掛けた。そしてそのまま時が過ぎて行くのに任せていた。
 晩秋の大気は澄みきっていて、真っ青に染め上げられた空は遙かな高みにある。時が過ぎて行くにつれ陽光は徐々に傾きを増し、川はオレンジ色に染まり始め、それにつれて街も柔らかい色に包まれていく。やがて太陽が没し始めると町は夕闇に沈み込み、対照的にドン・ルイス1世橋がシルエットとなって浮かび上がる。
「綺麗」ミクは橋を見上げながら呟いた。
「だな・・・」ジョゼも小さな声で応じたが、視線はミクの方を向いている。
 ミクは緑がかった水色のハイヒールを履いていた。サン・ヴァレンティムの日にジョゼが贈った物だ。飾りの白いリボンが可愛らしい。服はハイヒールに合わせて明るい色合いのものを選んでいて、小さな真珠の耳飾り以外、アクセサリーは付けていない。短くカットされた黒髪が川風に揺れる。
 ミクの事は小さいころからずっと見てきたはずなのに、今日のミクは特別に綺麗だ。あの華やかな舞台に居る時よりもずっと・・・ジョゼは橋を見上げているミクの横顔を静かに見つめていた。

 やがて橋も徐々に光度を落とし始め、地上にあるもの全てが夕闇に沈み込む。
「あたしはこの町に帰ってこれるようになって、本当にラッキーだったと思う」ミクは自分に語りかけるように言った。
「この町は最高さ」ジョゼは橋の方へ顔を向けて応える。
「ポルトはあたしにとってかけがえのない所なの。帰りたくなる本当の家が有るだけじゃなくて、会いたい人や待っていてくれる人が居るんだもの」ミクはジョゼに肩を寄せた。
 ジョゼはミクの方を見やり、彼女の肩の柔らかい感触に鼓動を速めた。ミクは本当の家を求め続けてきた。そのことはこれまでミクと一緒にいてずっと感じていた事だったが、ミクの生まれた街を訪ねてその思いはいっそう強くなった。だがそれが自分に繋がっているのか、そこに確信が持てなかった。あの華やかな世界で輝きを放つ声楽家と、自分の食い扶持を稼ぐだけで精一杯のウェイター、あまりにも違いすぎる。ミクは本当に僕なんかを求めているのだろうか?もっとふさわしい人が居るんじゃないのか?ジョゼはミクの肩を抱き寄せたい気持ちをグッと押さえた。
「でも・・・」ミクはそんなジョゼの様子を気にする様子もなく続けた。
「おばあさまだって永遠に居てくださるわけじゃない。そうなってもあたしには帰りたくなる家が必要なの。それはあたしにとって命より大切な物なの」ミクはここで一拍おいた。
「命より・・・」ジョゼが小さな声で復唱する。
 ミクはジョゼを見つめ、覚悟を決めたように続けた。
「それがジョゼだっていう事・・・」
「・・・」ジョゼの口は半開きだ。
「あたしはジョゼより6つも年上よ。それにあたしがこの仕事を続ける限り、あたしたちはいつも一緒にいられるわけじゃない。だからあたしたちは随分変わった夫婦になると思う。ジョゼに我慢してもらうこともきっとたくさんあると思う」ミクは言葉を止めた。
 夫婦?今ミクは夫婦って言ったよな・・・ということは。ジョゼの鼓動はさらに跳ね上がる。
「自分勝手だって事はわかってる。だからずっと言えないでいた。でも、もう逃げるのはやめにする。だってあたしはあのおばあさまの血を引いているんだもの」ミクはジョゼの目をジッと見上げて言った。「ジョゼ、あたしじゃ駄目?」
 少しの間の沈黙を保ってからジョゼが言った。「僕でいいのか?」
 ミクは毅然とした声で答える。「ジョゼがいいの。ジョゼでなけりゃ駄目なの」瞳は大きく見開かれ、口は横一文字に引き結ばれている。ドイツの空港で“好き”と言われた時と同じ顔だ。いや、その時とは違って今は涙が溢れそうになっている。
 ジョゼは全てを決断し、それを受け入れた。
「ミク・・・」ジョゼは向こう岸を見やりながら話し始める。「あそこのワインロッジで初めてミクに出会った時から、僕はずっとミクを見ていた。そしてずっとミクのことを想っていた。だけど僕とミクは全然釣り合っていない。これまでずっとそうだったし、これからもきっとそうだろう。この前の舞台を見てよけいにそう思った。僕はミクの足を引っ張るだけなんじゃないか。周囲から見ても僕たちは不釣り合いな許されないカップルなんじゃないか?ってね」
 ミクが口を開きかけたが、ジョゼはそれをそっと制して続けた。
「でも、今やっとわかった。僕はずっとミクが帰る家になりたかったんだ。そして僕はミクの家になるよ」
「ジョゼ」ミクはジョゼを見つめたままだ。
「僕はミクを全力で応援する。僕ら2人なら何が起こっても大丈夫だ」ジョゼは両腕を横に広げた。
「うん。あたしたちならきっと大丈夫」ミクは弾けるような笑顔を見せた。カーテンコールの時よりももっと弾ける笑顔だ。
「結婚してくれないか?」ジョゼは静かに、だがはっきりとした声で告げた。
 ミクは笑顔のまま「はい」と答えた。そしてジョゼの胸に顔をうずめ心臓の上に耳を当てた。
 ジョゼはそっとミクの肩を抱く。シャツを通してミクの熱い息づかいが感じられる。ミクが体の力を抜いた。
 とても素敵な匂いがした。

 2人は階段に腰を掛け寄り添っている。
 ミクはジョゼの腕の中に抱かれたままジッと動かない。まるでそのままジョゼに溶け込もうとしているかのように・・・。
 ジョゼもミクに全神経を集中している。お互いがお互いに包まれるような時間が流れていく。
 ジョゼはミクの両肩に手を添えて、胸の上に乗っていたミクの頭をそっと離した。2人は見つめ合う形になる。
 暫くの沈黙・・・。
 高まる胸の鼓動・・・。
 ミクは自分の唇をジョゼの唇にそっと重ねた。
 ジョゼは少しぎこちなくミクの体に手を回してそれに答えた。
 長いキスになった。
 あたりは少しずつ暗さを増していく。建物の窓や街灯に明かりが灯り、気温も下がり始めた。
 2人はようやく体を離して立ち上がった。
「うちに寄る?」ミクがジョゼに尋ねる。
「寄せてもらおうかな?」そう言うジョゼのお腹が鳴った。
「お腹空いたの?」ミクはジョゼのお腹を見た。
「なんだか腹ペコになったよ」ジョゼは頭をかいた。
 ミクはフッと笑顔になってジョゼを見上げた。「おばあさまは何か作って待っててくれると思うけど、ジョゼの分はあるかな?」
「メイコに抜かりはないよ」ジョゼがそう答えるとミクは声をたてて笑った。
 ミクはまた体を寄せて伸びあがると小さくキスをする。
 ジョゼはもう一度ミクを抱きしめた。
 ミクは暫くそのままの格好で立っていたが、「おばあさまに連絡を入れておかなきゃ・・・」と携帯を取り出した。そして手早くメッセージを作成し、送信しながら誰にともなく呟いた。「あ、絵夢にもメールしなきゃ、探し物は見つかった・・・って」
「え?絵夢に?探し物って何の話?」
「なんでもない。さあ行きましょう!」ミクはさっさと歩きはじめる。
「待てよ」ジョゼは慌ててスーツケースを曳いて後を追い、ミクの横に並んだ。
 ミクはジョゼの肘にそっと手を通した。


2017.04.26
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ミクのお話、UPします

今夜は絵夢の素敵な日常シリーズからミクの続きの発表です。
 ジョゼからのアクションを待ってばかりはいられません。こんなことじゃ埒が明かない・・・いよいよ決着をつけるべくミクが(あ・・・いや、正確には業を煮やしたサキが)動いています。

 今回のお話には新たなキャラクターが登場しますが、彼女(やっぱり女性ですね)はまず名前ありきの人です。どこかの物語で登場した名前をサキが気に入ってメモの中に残していたのですが、名前と漠然としたイメージだけが先行し、登場機会に恵まれていませんでした。
 彼女の演技力に期待して、ここでチョイ役として登場させます。
 チョイ役ですがけっこう重要な役回りなので、演じがいはあると思いますし、サキは楽しんで演技させたつもりです。

 そして、物語の中に登場する2人の昼食メニューについて、夕さんのアドバイスをいただいています。
 日本の様なお洒落なメニューをイメージしていたのですが、あっちでは実用的なものが多いみたいですね。現実のミュンヘンとかけ離れたものは出したくなかったものですから、アドバイスを参考に変更しています。
 ストーリーに影響は無いのですが、サキの小さな拘りです。
 夕さん、ありがとうございました。

 あと前作「それぞれのロンド」を予告通り修正しています。あ、ストーリー自体に変更はありませんので読み直しの必要はありません。
 ミクがあまりに可哀想だったのと、整合性の観点から、アパートの散らかり具合を若干ましに修正しただけですから。

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 絵夢の素敵な日常「ハニ・・・フラッシュ」
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絵夢の素敵な日常 ハニ・・・フラッシュ

ハニ・・・フラッシュ

「あんたがミク・エストレーラ?」ブロンドの女が声をかけてきた。低いトーンの気怠げな声だ。ミクの顔を覗き込み、透き通るような碧眼で睨み付けてくる。サンディブロンドの髪はミクと同じボブにカットされていたが、ミクよりもだいぶ長く、肩先で優雅に揺れている。同い年くらいだろうか?端正な顔に残るニキビの跡が青春の名残を感じさせる。
 ミクは気押されないよう、まず気持ちを落ち着かせた。

 ミクは午前中、自分の所属する劇団の事務所に顔を出していた。
 古ぼけた建物にあるその事務所は、専有面積も必要最小限しか無く、見栄えも使い勝っても相当に悪い。おまけにミュンヘンの繁華街から外れた少し不便な所にある。
 それは何よりも賃料の安いことが優先された結果だったが、そこは劇団の運営拠点であるだけでなく、所属する団員たちのマネージメントも行う、いわゆるエージェンシーの様な機能も合わせ持つ場所だった。
 主宰であるハンスはまだ前の公演の後始末で事務所には居なかったが、次の公演の打ち合わせ、音楽稽古や立ち稽古のスケジュールの確認、そして新しいオファーも有ったのでそれについての連絡、手続き、慌ただしく時は過ぎて行った。
 ようやくデスクワークから解放されたのは、正午を少し回ったころだった。ミクはサンドイッチでも頬張る事にして、繁華街まで歩いてカフェに入り、ハムを挟んだバゲットサンドとミルクコーヒーを注文したところだった。

「ええ、そうですが。何か?」ミクは顔を上げ視線を合わせた。
「思っていたよりも華奢だね。もっと大きいと思ってた」女はずけずけとした物言いをした。
「ずっとこんなですけど?」
「舞台と比べてってこと。メイクも違うし、全然印象が変わるね」
「舞台を観ていただいたんですか?」ひょっとしてわたしのファン?ミクの心はほんの少し浮き上がった。
「舞台だともっと大きく見えた」ミクの様子には構わず女は話を続ける。
「ありがとうございます。でも、それって、誉めていただいてます?」
「フフッ」女は笑みを漏らした。睨み付けるようだった顔は、一瞬で可愛らしく変化した。
 ミクも笑顔で見つめ返す。
 暫く無言で見つめあってから「私はハンネローレ・クラーナハ。ここに座ってもいい?」女は向かいの席を指差した。
「かまいませんよ。ぞうぞ」ミクは警戒心を解くことにした。
 女が腰掛けるとウェイターがやって来る。
「ミク・・・と呼ばせてもらっていい?」
「ええ」ミクは簡潔に答える。
「じゃぁミク、ミクは何を頼んだの?」
「え?わたし?」
「そう、ランチにするんでしょ?」
「ええ、わたしはバゲットサンドとミルクコーヒーを・・・」
「じゃ、私も同じものを・・・」女はウェイターを見上げる。
「畏まりました」ウェイターはにこやかに頭を下げるとテーブルを離れた。ミクはウェイターの様子を目で追っていたが、すぐに女の方に向き直った。
「クラーナハさん?とお呼びすればいいですか?」
「友達にはハニって呼ばれてる」
「それなら最初に戻るけどハニ」ミクはここで口調を戻し「何か?」と改まった声で言った。
「フフッ」ハニはまた笑みを漏らした。
 ミクも笑顔で見つめ返す。
「舞台を見せてもらったんだけど・・・」ハニは舞台のタイトルを言った。この前の公演だ。
「それはありがとうございます」今一つハニの意図が分からなかったが、ミクはとりあえず礼を言った。
「とてもよかった」
「わたしに感想を伝えにいらしたのですか?」ミクの声は皮肉を帯びる。
「それもある。それもあるけど、兄者が見初めた女がいったいどんな女なのか、それを見ておきたかったというのが本命」
「兄者って?」
「ハンス・ガイテルは私の兄なの」
「ハニはハンスの妹さんなの?」ミクの声は裏返った。
「父親は違っているけれどね」ハニは少し顔を歪めて言った。
そう言われればハニの髪と虹彩はハンスと同じ色だ。「そう・・・」ミクは改めてハニの顔を観察した。
「そんな目でじろじろ見ないでよ」
「ごめんなさい。だって・・・それに見初めただなんて・・・」
「兄者があんなに熱く語るなんて、めったにないからね。それにミク、あんたは兄者を見事に振ったそうじゃない」
「だって・・・」ミクは言葉に詰まった。
「フフ、気にしなくてもいいよ。兄者は惚れっぽいからね。あんたの才能に惚れたのか、あんた自身に惚れたのか、自分でも区別がついてないんだよ。でも、あんたに肘鉄を喰わされてもまだコンビを続けてるってことは、いま兄者はあんたの才能に一点張りだっていうことなんだ。だから、私はそのあんたの才能っていうのを見ておきたかったんだ」
「そんな、才能だなんて・・・」
「そういうのを“謙遜”っていうんだろ?それとも“遠慮”?日本人がよく用いる表現らしいね」ハニはミクの言葉を遮った。
「ケンソン?エンリョ?」ミクの頭は日本語に切り替わらない。
「普通こんな話の流れなら、自分の才能について訊いてくると思うんだ。『私の才能をどう思う?』ってね。でもあんたはそうじゃなかった。自分に才能なんて無いというような言い方をした」
「だから謙遜?」
「そう。もちろん誰だって謙遜したり遠慮したりすることもあるさ。だけどあんた達はそれが強すぎる傾向がある。だからそれで損をすることもあるって兄者が言ってた」
「・・・」
「ミク、兄者を振ったのはなぜ?」ハニは単刀直入に迫ってきた。
「なぜって・・・」
「返答によっては怒るよ」
「そんな・・・」
「意中の人が居るってこと?」
「・・・」ミクの顔がほんのりと赤くなる。
「当たりか・・・」ハニはしてやったりの顔をした。
 その時トレイを持ったウェイターがやって来た。注文していたバゲットサンドとミルクコーヒーを2人分テーブルに並べ、2人に笑顔を向けると軽やかに戻っていく。ミクの視線は彼の様子をずっと追っている。
 ハニは頬杖をついてそれを眺めていたが「ふーん」と意味深な声を出し、唐突に「でさ、その意中の人ってポルトの人?」と訊いた。
「え?・・・まぁ」ミクは不意を突かれ曖昧に返答する。
「幼馴染とか?」ハニは舐めつけるようにミクを見る。
 ミクは無意識にだが微かに頷いた。
「ウェイターさんなのかな?」
 ミクの顔が赤みを増す。
「ごめんごめん。でもこれは記事にはしないから」もう十分と判断したのかハニは頬を弛めた。
「え?」ミクが顔を上げる。
「実は私はライターなんだ。小さなコラムも持っている」ハニは結構有名な音楽専門誌の名前を挙げた。
「ええっ!」ミクは驚きの声を上げる。
「驚かせてごめん。でも安心して。今の話は今回の記事にはしない。身内が絡むことだしね。でも将来に渡って使わないという保証はしない。なりゆきによっては面白く使えそうだしね」
「そんなぁ・・・」
「大丈夫だよ。ウチはゴシップは扱わないから。だけどミクについてコラムは書かせてもらうよ。大先生のコラムでなくて申し訳ないけど、良い記事が書けそうだ」
「わたしなんかがコラムになるの?」
「ほら!それが謙遜だっていうの!」
「・・・」ミクは少し視線を下げる。
「ミク、あんたの演技はよかったよ。それが私の素直な感想。だからそれをコラムに書かせてもらう。それだけだ。謙遜や遠慮なんてしなくていい。ミクはもっと注目されてもいいはずだ」
「ありがとう」
「もっと自信を持つべきだよ!」
「ハニ」ミクは顔を上げた。
「で、彼にはもう告白した?」ハニはトーンを変え、ミクの顔を覗き込む。
 ミクはいっそう赤くなった。
「まだ・・・か、こりゃ兄者が絆(ほだ)されるはずだ」ハニは小さく溜息をついた。そして「ミク、謙遜や遠慮は時として美徳になるけど、それで損をすることもあるんだよ」と告げた。
「・・・うん」もうグズグズするのは止めよう。ミクは突然そんな気になった。
 たしかジョゼがポルトに戻るのは4日後のはずだ。今日確認した自分のスケジュールだと音楽稽古と立ち稽古の間に3日連続の休日がある。そこでポルトに帰ろう。あとでジョゼに電話を入れてそう伝えよう。そして家に帰ろう・・・うん!決めた!
 ミクが顔を上げるとそれを待っていたようにハニが口を開いた。「よしっと。さあ、コーヒーが冷めてしまうよ。食べようよ」
「ええ」ミクはコーヒーを口元へ運びながら窓の外へ目をやった。
 ミュンヘンの町は午後の経済活動を始めようとしている。窓ガラスの向こうを大勢のビジネスマンが通り過ぎる。通りには栃の木が秋風に葉を揺らし、その向こう、重々しい建物の間には抜けるような青空が広がっている。
 こんな気持ちになったのはいつ以来だろう?ミクは大きく息を吸い込み、そして大きく吐き出した。そのまま視線を戻すと、目の前ではハニが大口を開けてバゲットサンドを頬張っている。ハニは見つめられているのに気が付くと、少し恥ずかしそうに顔をしかめてから、ミクに向かって『早く食べろ』と合図を送った。
 ミクはとりあえず新しい友人とのランチを楽しむことにした。

2017.04.16
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「それぞれのロンド」UPします

 今夜は「絵夢の素敵な日常」シリーズの中で展開する「ジョゼとミクの物語」の一編「それぞれのロンド」をUPします。
 ジョゼが研修旅行で日本に向かい、エレクトラにかき回されている頃、ミクは大きな興業を終えて、ミュンヘンにある自分のアパートに帰ってきています。
 ミクはこの休暇を利用してポルトへ戻り、ジョゼといろんなことを話し合いたかったようなのですが、ジョゼが研修旅行に出かけたため帰省は先送りされています。ミクはジョゼが掴んだチャンスの邪魔はしたくなかったんですね。
 ジョゼと会うことができないままミクの休暇が始まります。
 さて、どんな展開が待っているのでしょうか?

 実はこの「それぞれのロンド」の後に、もう1つミクの休暇中のお話を予定しています。
 本当はそのお話を書き終わって、整合性をきちんと取ってから今夜のお話をUPしたかったんです。
 でも次のお話の展開がとても難しくて、いつUPできるのか分からない状態なんです。あまり更新間隔をあけて広告が出てしまったりすることはできれば避けたいので(Debris circusはまだ広告を出した事はありません)、やっつけでとりあえずこのお話をUPしてしまう事にしました。
 書き上がったらすぐに誰かに読んで欲しくなってしまう、サキの性のせいでもあるんですが・・・。
 ということでこのお話、次のお話の展開によっては大きく書き換えられてしまうかもしれないということを、あらかじめお伝えしておきます。
「気まぐれプロットのシリーズ」なら整合性を気にしなくてもなんとかなるのに。あ~ぁ、本当に困ったものです。すみません。

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「それぞれのロンド」


 ここまでの展開は下のリンクのページにまとめていますが、結構長いです。

ジョゼとミクの物語、「背中合わせの2人」
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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
ようこそ!


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アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
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