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Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 
★作品へのリンク!&お願い!
 
 

パンデミックによせて

 ここのところ、サキは自分の作品「EEL」を読み返していました。
 この作品は2014年10月に書き下ろし2015年11月に改稿したものなのですが、いま世界を駆け回っている難題に触発されて読み返してみたくなったのです。
 今、世界は未知のウィルスによるパンデミックに混乱していますが、この作品も未知のウィルスとそれによる未知の病を取り扱っているからです。

「EEL」の世界ではまだパンデミックには至っていません。報道では感染者は8カ国で1万29人、1万人を超えたとされています。ただ死者の数が半端なく多くて6814人となっていますから、罹病したらまず死んでしまうという怖い病気です。もちろん小説ですから治療薬はありません。
 作中のニュースではこんなふうに報道されています。
『この病気に感染すると3週間ほどの潜伏期間ののち発症するのですが、初期の症状はほとんどありません。風邪をひいたように微熱が出たという報告もありますが、無症状の方がほとんどです。そして病状が進むにつれて脳細胞が少しずつ死んでいきます。徐々に脳の機能が衰えていきますので、それはまるで大人が幼児化していき、ついには乳児になって行くような経過を辿ります。そしてやがて胎児にまで遡ると体の機能を維持できなくなって死に至るのです』
 ヒロインの名前はウナギといいますが、これはとある組織が付けたコードネームで、本編では本当の名前は明かされません。ただウナギとだけ表記され、あまり裕福でない国の最底辺層の人間です。
 今日を生きるため仕事を求めていた彼女は何も知らないまま、発生地域から極秘裏に運び出された未知のウィルスの感染者の介護をさせられ、そのウィルスに感染してしまいます。そして組織の周到な計画に沿って彼女はその病気の潜伏期間のうちにとある大国に送り込まれます。
 彼女のパスポートはクリーンなうえ、国籍も未知の病が発生している地域とはまったく離れていますから、入国審査をすり抜けて入国してしまうのです。
 ヒロインが到着した国では、発生地域からの人の流入は完全に止められています。それにこの病気に感染している自国民は病気の発生している8カ国で医療活動にあたった医療関係者や旅行者などが感染した4例が報告されているだけなので、ウィルスが空気感染しないというデータとあわせて、政府や民衆は比較的楽観視しています。 
 彼女は誰に怪しまれることもなく、空港の人ごみに揉まれながら、地下鉄へのエスカレーターを下り、大都会の雑踏の中へ消えて行きます・・・。

 この物語では何者かがテロとしてパンデミックを起こそうとしていますが、現実の世界では人間の経済活動を止めることを躊躇したためにパンデミックが発生しています。その代償はとんでもなく大きく、損失は計り知れません。
 こんなこと誰にも経験があるわけでも無く(前例はありますが環境が全く異なります)、その対応が正しかったのか過ちだったのか、本当のところはもっと時間が経たないとわかりません。事態は刻一刻と変化し、一瞬も予断を許さないのです。変化を予知できる人間なんて居るはずもありません。
 人間と未知のウィルスの両者がどこで折り合いをつけるのか、サキは命を懸けながら(大丈夫だとは思うのですが、でもやはりサキみたいなのはリスクが高いかもと思ったり・・・)見守っています。その辺の下手なSF(「EEL」)なんかよりよっぽど興味深いです。
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テーマ : つぶやき    ジャンル : 小説・文学
 
 

こんばんは!scriviamo!2020

scriviamo!
今夜は毎年恒例のイベント、「scriviamo! 2020」参加作品の発表です。
聞きなれない言葉ですが『scriviamo』とはイタリア語で「一緒に書きましょう」と言う意味だそうです。参加者が作品を書き(あるいは描き、撮影し)、それに主催者(八少女 夕さん)が作品で答える(その逆のパターンもありますが)という交流イベントです。
ここ何回か(8回目だそうです)サキは2作品で参加させていただく事が多かったのですが、先日1作目を発表し、そして今年もご迷惑かなとは思いながら2作目を発表するべく、締め切りギリギリまでがんばっていました。
ここまでギリギリなのはサキの意地悪な性格のせいもあるのですが、夕さんどうかお許しください。

では、2作目の参加作品を紹介させていただきます。
タイトルは、『青の向こう』です。
例によってヒロインが登場する掌編なのですが、名前はカリといいます。
これ、素敵な名前が思いつけなくって仮につけた名前だったのですが、書き進むうちに呼び馴染んで変更できなくなってしまいました。
この物語は、もう1人“こうじんさま”という男性が登場して展開するのですが、イベント参加作品に仕上げるために色々な部分を端折ったので、読んでくださる方の想像にお任せする部分が多くなっています。
長編として書けばもっと2人の心理や関係の変化の過程などが描けたと思いますが、そこまで密に書こうとするとそれはそれで完成しなかったと思います。
約7000文字、この企画の掌編として少し長くなってしまいましたが、読んでいただけたら嬉しいです。
よろしければ下のリンクからお進みください。

青の向こう

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テーマ : つぶやき    ジャンル : 小説・文学
 
 

青の向こう

 海から吹く風は山から吹き降ろす風にくらべるとずいぶんと暖かい。
 太陽は勢いを増しつつあり、その熱を吸収した黒い魚網からはムッとするほどの磯の臭いが上がってくる。
 カリは網針を持つ手を止めると網から顔を上げた。
「こうじんさま・・・こうじんさまだ・・・」
 網小屋の前で一緒に並んで網を修理している女たちのひそひそ声が聞こえる。
 女たちの視線の向こう、砂浜のずっと先から黄色い衣装と黄色い帽子を身に着けた男がゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
 いや、歩くというより彷徨うという方が正確だ。フラリフラリとおぼつかない足取りでこっちへ向かってくる。
 こうじんさまというのは、厳しい修行を終えた高僧の中でも特に選ばれた者だけを指すこの地方独特の呼び名で、徳を積み悟りを開いた印である黄色い衣装を身に着けることを許される。だが、その修行の厳しさ、求められる知識の多さから、めったなことでは現れない。この前にこうじんさまが現れたのは30年ほど前で、カリも祖母が夢語りに語ってくれたのを聞いて知っているだけの存在だ。
 最近、その厳しい修行を終えた僧がこうじんさまになったという噂は耳にしていたが、あのお方がその人物のようだ。必要な観察を終えるとカリは僧の姿を直視しないように網の上に視線を落とした。
 女たちはひそひそ声で噂話に花を咲かせていたが、やがて静かになった。どうやらこうじんさまが近づいてきたようだ。砂を引きずるような足音がしてカリの落とした視線の先に足元が見えた。立派な黄色の靴を履いている。『何もかもが黄色いんだな』何ということも無くカリは考え、その黄色い靴が去っていくのを待った。だが、靴はなかなか立ち去らなかった。
 待ちきれなくなったカリはそっと顔をあげた。
 そこには若い男の顔があった。ギラギラとした大きな眼(まなこ)がカリの方を向いている。黒目が小さく縮み、白目が赤い毛細血管で覆われている様は、まるで正気を失った牛のようだ。その目はカリの顔を真っ直ぐに見据えている。とても悟りを開いた高僧のようには見えない。もっと年老いた枯れ木のような老人を想像していたカリは慌てて目を逸らして下を向いた。
 男が近づいてくる気配がした。再び男の黄色い靴の足元が見える。逃げ出したかったが、そんな無礼なことは罷りなら無い。カリが恐怖をこらえてじっとしていると、男の指がカリの顎に掛かった。グイと顔を上げさせられる。男はなお一層正気を欠いた目で彼女の顔を見た。カリは男の顔を見上げる。美しい顔だった。修行のせいだろうか痩せていて細面だが、まだ何処かに幼さを残している。ひょっとするとカリよりも年下かもしれない。普段なら聡明な顔立ちなのだろうが、今は見る影も無い。
 男はカリの顎に指をかけたまま、さらに上に引き上げた。カリは抵抗せず立ち上がった。男は顎から指を離し、カリの白い頬をそっとなぜ、肩の上で切り揃えられたまっすぐな黒い髪を指で梳いた。もう一方の手は前紐を解き、胸元に差し込まれた。カリの乳房は小さく、男はちょうど収まるくらいのそれを手で包み込む。乳首は硬く大きくなった。荒い息が首筋をかすめる。
 男はカリの体に手を回し、引きずるように網小屋に入った。そして丸めて置かれている大きな網の上にカリを抱いたまま飛び込んだ。
 一緒にいた女たちは蜘蛛の子を散らすように網小屋の前から逃げ去った。
 大きな目合いの網は皮膚に跡が付くほど食い込んで痛かったが、男はそんなことにはかまってくれなかった。必死の形相でカリの体をむさぼり、カリはされるがままになった。こうじんさまに歯向かうことは厳しく禁じられている。10台後半で結婚し、子供が出来なかったために出戻りになったカリにとって経験の不足はなかったが、こんなふうに触られるのはやはり恐怖だった。

 一通りの事が終わる頃には男の血走った目は落ち着きを取り戻していた。男は落ち着かない様子で黄色い衣装を身に着けると、早口で何かを言ってから引き上げていった。どうやら詫びの言葉だったらしい。体はあちこちが擦りむけ、何箇所かは出血もしている。カリはそっと立ち上がり、そこかしこに放り出された自分の服をゆっくりと順番に身に着けた。
 網小屋を出ると女たちが近づいてくる。
「どうだった?大丈夫?」口々に様子を聞きたがる。
 カリは黙ったまま首を横に振った。
 女たちはカリが人目に触れないように周りを取り囲んだまま、彼女が家に帰りつくまで付き添ってくれた。
 カリの父親はカリがまだ幼い頃、海で亡くなっている。母親は稼ぐために僧院の厨で下働きをしていたから、家には誰もいないはずだったが、誰かが呼び戻したのだろう、玄関先に立っている。付き添ってくれた女たちの中から一番年長の女が母親に走り寄った。事情を話してくれているようだ。
 母親は小さく頷くとカリの方を見た。
 カリは母親のもとに駆け寄った。
 母親は何も言わずカリのことをしっかりと抱きとめてくれた。
 カリも何も言わず母親に身を預けた。

 この時代、人々の暮らしは押しなべて貧しかったが、カリの村は比較的豊かだった。目の前に広がる海には南から流れ込む暖かい海流が流れ、気候は温暖だった。背後に控える山脈は海からの風によってたくさんの雨が降り、海に注ぐ川の流れは豊かだった。川は海に注ぐ前に流れを弱め、村の周囲に肥沃な三角州を形作っていた。海からは豊富に魚が獲れ、村の周りの水田や畑からは一定量の穀物や野菜が採れた。
 だが、その豊かさが争いごとも呼び込んだ。海からは海賊が押し寄せ、山からは山賊が隙をうかがった。村人たちは必死に戦ったが彼らは戦いのプロではない。押し負けるのは時間の問題だった。
 そんな時期に救世主が現れた。何十人かの旅の僧侶が通りかかり賊たちを押し返してくれたのだ。村人たちは感謝し、泊まるところの提供と引き換えに彼らの定住を望んだ。村人は修行を続ける身だった彼らのために、村の背後の山に道場を建て、彼らはそこを終の棲家とした。道場は次々と増築され、やがて巨大な僧院となった。
 彼らの教義は一風変わっていた。教義にはたくさんの修行が書かれ、生活すべてが修行に繋がっていた。そして、すべての修行を成し遂げた僧は向人(むこうびと)と呼ばれ、その時点で彼らの考える理想郷、王国へ移住する権利と義務が与えられた。そしてそれ以外の義務や決まりごとから解放された。村人は彼らのことを、尊敬を込めて向人様(こうじんさま)と呼んだ。
 王国は海の彼方にあり、修行を終えた者は船に乗って出港すれば自然とそこへたどり着くとされていた。厳しい修行をすべて終える者はめったなことでは出なかったが、それでも長い歴史の中で10人を越える者が村の前にある浜を旅立った。だが誰一人としてその行方が知れたものはいない。王国へ行ったものがこの不浄な世界へ戻ってくるはずは無いのだ。僧たちの間ではそれは当然のこととされた。彼らはその教義を固く信じ、日々の修行に励んだ。
 教義に疑問を持つ者も一定数はいたが、そういう者は自分がすべての修行を終える実力を持っていない事をよく知っていた。僧であれば一定の尊敬を得られたし、寒暑や雨風が凌げ3度の飯も喰えた。
 戦が繰り返され世の中が荒廃するにつれて、僧侶の数は初めとは比べ物にならないほど多くなった。そして彼らは僧兵となって村を守り、村人は海産物や農産物を提供した。村と僧院は補完しあって長い年月を過ごしてきた。

  * * *

 村のはずれから僧院までは九十九折れの長い坂道が続き、最後に長い階段となって大門に達する。階段は色づいた木々に囲まれ、上る先には青空しか見えない。まるで赤や黄色のモザイクで装飾された天まで続く階段のようだ。
 その階段を2人の女が登っている。1人はカリで、もう1人はカリの母親だ。カリが先を登り、母親が数段後を続いてゆっくりと登ってゆく。気温は低く、白い息に当たる日光が2人の顔の辺りを輝かせる。
「大丈夫かい?」母親が下から声をかけた。
 カリは立ち止まってゆっくりと振り返った。振り返ると母親の上に真っ青な空と海原が広がっている。下には白い砂浜が曲線を描いていて、その外延は両側から突き出す細長い岬に繋がっている。この2つの岬が浜と村を大波から守り、そしてその岬と岬の先端を結ぶ線が、危険に満ちた外海と安全な内海の境目とされてきた。
「大丈夫」カリは微笑んだ。
 カリのおなかは目立たない程度に膨らんでいて、母親はそれを心配げに見つめている。
「あれだけ出来なかったのに、こうじんさまの子を宿すとは、なんだか信じられないね」母親は少し息を切らしながら言った。
 カリはそれには答えず、またゆっくりと階段を登り始めた。
「こうじんさまはね」母親は続いて登りながら話し続ける。「こういっちゃなんだが、真っ直ぐで、熱心で、そして若かった」
「若い?」カリは顔だけを母親の方に向けた。
「そう、あんたより3つは年下だ。実際に若すぎたのかもしれない・・・」
「若すぎた?」
「そうさね。わたしは下働きで厨にいたからよく知っているけど、他の僧がサボっていても、そんなの全然気にしないでずっと熱心に修行を続けていた」
「そう・・・」
「でもね、自分が王国にいけるなんて、これっぽっちも考えてなかったと思うよ」
「どうして?」
「だって・・・」母親は言い淀んだ。
「だって?」
「いやだねぇ。こうじんさまのことをこんなに喋っちまって。本当はいけないんだよ」
「でも、知りたい。この子のテテ親なんだもの・・・」
「そうだね。あんたはこうじんさまに選ばれたんだね・・・」
 カリは黙って母親を見つめた。
 母親は思いきったように続けた。「正直、ホッとしているよ。子が出来ずに返されたときはどうなるかと思ったもんさ。お前のテテ親は早くに死んでしまったし、私もいつまでも生きているわけじゃないからね。でもこうじんさまの子を宿せば院がずっとあんたや子の面倒をみてくれる。これで私も安心して死んで行けるというもんだ」
 こうじんさまが手を付けた女は特別な存在として扱われる。カリの身に起こったようなことはとても稀なことだったが、それでもわずかな前例があって、そういう場合僧院はその女の生活を生涯保障した。こうじんさまの威信に傷をつけるわけにはいかなかったからだ。カリの場合のようにこうじんさまの子を宿すと言うような例は初めてだったが、僧院の保護がその子どもにまで及ぶことは予想できた。今カリたちは僧院に招かれ、祝福を受けるために階段を上っているのだ。
「この子のテテ親のことを聞かせてよ」カリはお腹にそっと手を当てて話を戻した。
「そうだね。あんたは特別になったんだからかまわないかね」
「特別かどうかは知らないけど、聞きたい」
「こうじんさまはね、僧院にやって来たときはまだまだ子どもだったんだ。クリクリ坊主の可愛らしい子だったんだよ。でもね、本当に真剣に修行に取り組んだんだ。わたしはずっと見てきたけど、何かに取り憑かれたみたいだったよ。僧院にやって来るまでの生活がよっぽど辛かったんだろうね。そんな感じだった」
「そう・・・」
「それで、教義の書に書いてある修行を片っ端からこなしていったんだけど、ある日もうやるべき修行が無いことに気がついたんだ」
「ウッカリ者だ・・・」カリはおどけた顔をした。
「僧たちの間では大きな話題になっていたし、上僧も何度も伝えたんだけど、こうじんさまは一切聞く耳を持たなかったらしい」
「それって、修行に夢中になりすぎて、耳に入ってなかっただけじゃないの?」
「たぶんそうだと思う」
「本物のウッカリ者だ・・・」
「それも一筋縄ではいかないくらいのね」2人は笑顔を見合わせた。
 カリの母親は続けた。「だからこうじんさまになってやろうとか、王国に行ってやろうなんて気持ちはこれっぽっちも無かったと思う。あなたはこうじんさまですって言われても、きっと何のことかわかってなかったんだ。だから自分がどういう立場に置かれているのかがわかるにつれて、あんなふうに混乱したんだよ」
「ああ、それで・・・」カリは足を止めて振り返り、母親の上に広がる海原をそして空を眺めた。
 しばらくそうやって休憩してから、2人はまた急な階段を登り始めた。

  * * *

 澄みきった夜空にまるで窓が開いたように満月が張り付いている。満月はこうこうと輝き、青白く足元を照らし出していた。
 山から吹き下ろす北風は日々少しずつ強さを増して気温を下げていく。いよいよ北風は安定して吹き続けるようになり、それは出発の時の到来を告げている。
 凍り付きそうな空気の中、カリは砂浜を急ぎ足で歩いていた。背中に重そうな袋を背負い、その上に大きな木槌を乗せていた。頭には僧院から授けられた黄色い帯を巻いている。黄色の帯はこめかみの上で結ばれ、その端は彼女の黒い髪と一緒になって揺れている。それは彼女と彼女の中に居るものが特別の存在であることを示していた。カリのお腹はそれと分かる程度には大きくなっていた。
 カリは波打ち際に置かれた一艘の船に近づいた。
 船は全長5メートルほどの大きさだが、船首と船尾の区別は無い。どちらも同じ格好をしていて、したがってどこにも舵は付いていない。船はコロの上に乗せられていて、そのまま海に出せるようになっている。甲板に登れるように舷側には階段が置かれ、その階段の登り口の両側には松明が焚かれている。
 辺りに人影は無い。だがそれは当然のことだ。恐らくこの時間この船に用のある人間など、この世には存在しないだろう。カリ以外は、という条件付きではあるが・・・。
 カリは誰もいないことを確かめてから足早に階段を登った。
 船の甲板には小屋がしつらえられていて、その前後には模様の描かれた大きな飾りが取り付けられている。飾りの下にはポッカリと入り口が開いていて小屋の中は真っ暗だ。松明の明かりもここまでは届かない。
 カリは暫くの間入り口の前で躊躇していたが、やがて覚悟を決めたように一歩を踏み出し、小屋の中へ消えていった。
 東の空が徐々に明るさを増し始めていた。
 夜明けの時が迫っていた。

 僧院を出た長い行列は大門から階段を下り、九十九折れの坂道をしずしずと進んだ。
 列の中程には輿があり、そこには黄色い衣装のこうじんさまが乗せられている。
 やがて行列は浜に辿り着き、輿は砂の上に下ろされた。僧たちはこうじんさまを取り囲んで儀式を続け、赤い衣装を纏った数人の年老いた僧たちがそれを取り仕切った。村人たちはその儀式を遠巻きに眺めていた。
 儀式は佳境に達した。いよいよこうじんさまが船に乗る時がやって来たのだ。こうじんさまが促されて立ち上がった。
 ・・・と、その時こうじんさまが叫び声を上げた。悲鳴のような声だ。何かを訴えているようだが、遠巻きに眺める村人たちにははっきりとは聞き取ることはできない。
 なんとかなだめようと赤い服の僧侶たちが周りを取り囲む。
 こうじんさまが走り出した。僧たちが止めようと次々と立ちはだかるが、すべてを振り払ってこうじんさまは駆ける。僧たちは慌てて追いかけたが、厳しい修行をこなしたこうじんさまの瞬発力に追いつける者はいない。訳のわからない叫び声を上げながらこうじんさまは村人たちの間をすり抜けようとした。
 だが、屈強な村の男たちがその前に立ち塞がった。たちまちこうじんさまは取り押さえられ、儀式の中心に戻される。彼はじたばたと抵抗を続けたが、男たちにとって彼の自由を奪うことなどなんでもないことのようだ。そして彼はそのまま引きずられるように階段を登らされ、船の上にしつらえられた小屋の中へ放り込まれた。ただちに小屋の入り口は分厚い板によって閉じられ、村の男たちが長い釘を打ち付けてそれを封印した。
 暫くの間は中から入り口を叩く音が聞こえていたが、やがて諦めたのかそれも聞こえなくなった。
 僧侶たちは何事も無かったかのように祈りを続けている。
 男たちは船を降り、長い棒をテコに使って船を海の方へ押し始めた。
 船が海に浮かぶと、今度は手漕ぎの漁船が近づいてきた。漕ぎ手の中の1人の男がこうじんさまを乗せた船から垂れ下がった縄を手早く手繰り寄せ、船と船とを繋いだ。合図と共に屈強な男たちが櫓を漕ぎ始め、漁船は力強くこうじんさまを乗せた船を引っ張り始めた。2艘の船は内海を沖合に向けて進んでいく。
 内海からすこし沖合に出て、両側から張り出した岬の突端を結ぶ線を通り過ぎたところで、男たちは縄を外した。
 こうじんさまを乗せた船は北風に押し出されるようにして沖に向かい始めた。

 大小の岩が連なる岬の突端、人がなんとか歩いて到達できる一番端の大岩の上に女が立っている。カリの母親だった。
 静かに大岩の上に立って、北からの風に髪をなびかせながら、もう一方の岬の突端の方向を見つめている。
 その視線の先、内海の方向から2艘の船が近づいてくる。1艘は村の若い衆が漕ぐ漁船で、もう1艘はこうじんさまを乗せた船だ。漁船は力強く沖へと進み、こうじんさまを乗せた船を引っ張ってゆく。
 2艘の船が2つの岬の先端と先端を結ぶ線を越えて外海に出ると、これまで力強く動かされていた櫓は動きを止め、一旦水から上げられた。船長(ふなおさ)の指示で2艘の船を繋いでいた縄が外された。片側の櫓だけが水に下ろされ漁船が方向を変える。合図と共にもう片側の櫓も下ろされ漁船は内海に向かって勢いよく進み始める。漕ぎ手たちはもうこうじんさまの船の方は見ていない。一心に陸地に向かって漕ぎ続ける。こうじんさまを乗せた船は北風に流され沖合へと向けて進み始める。2艘の船の距離は見る間に開いていった。
 カリの母親はこうじんさまを乗せた船が沖合へと流されていく様子をただ黙って見ていたが、やがて目を瞑り、胸の前でゆっくりと手を合わせた。
 彼女の向こうには真っ青な無限の海が広がっていた。

 岬の沖合には北へ向かう速い海流が流れている。これまでそれに捕まって流された船は数えられないほどあったが、この土地に戻れた者の記録は無い。

2020.02.29 scriviamo!

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「scriviamo! 2020」参加作品の発表です。

scriviamo!
 今夜は「scriviamo! 2020」参加作品「砂漠のバラ」の発表です。
 ここのところこの企画には夕さんが先に書いてくださるプランBで参加させていただくこともあったのですが、今年は特に何も指定しなかった(と思う)ので、スタンダートプランであるプランAでの参加です。
 早めに参加したかったのですが、サルベージや色々ありましていつの間にかもう2月になってしまいました。でも締め切りは2月末ですから、夕さんなら余裕を持って返掌編(?)を書いてくださるでしょう。
 ところで、今回参加させていただいた作品は夕さんや夕さんの作品との関係性は全くない作品です。ここ数年は、夕さんのリクエストを受けた作品や、サキのキャラ「エス」と夕さんのキャラ「アントネッラ」の交流を描いた作品が続いていたので、今年は思い切って夕さんの作風には全く合いそうも無い作品を書いてみました。SFと言えばSFに分類される物かもしれませんが、どうかなぁ?
 この物語に登場するメインキャラクターは「デザートローズ」と「パンケーキ」の女性2人ですが、この物語のためにだけ考えられた不憫なキャラクターです。少しの間だけでも2人に寄り添っていただけたら嬉しいです。
 夕さんがこの作品からどのように発想を飛ばされるのか、とても楽しみにしています。

よろしければ下のリンクからお進みください。
「砂漠のバラ」
あ、「砂漠のバラ」ってこの前のオフ会「大阪冬の陣」で大海彩洋さんにいただいた石(奇石?)の名前なんです。今回の作品「砂漠のバラ」はこの石を眺めながら発想を膨らませた物です。
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砂漠のバラ

 デザートローズ(Desert Rose、砂漠のバラ)、それはサンドローズとも呼ばれ、ある種の化合物が自然現象でバラのような形状の結晶に成長した石である。砂漠で見つかることが多いことから、その名が付けられた。本来この石を構成する結晶は透明で滑らかなものなのだが、結晶の成長時に表面に砂を巻き込むため、汚れた砂色と荒れた表面を持つものがほとんどである。

「ラピュータがデザートローズに話しています。ターゲットを補足しました。6つです」早期警戒管制機からの一報が入った。
「デザートローズは了解しました。データをリンクしてください」あたしがリーダーだから応答しなくちゃならない。
「データをリンクしました。認識できますか?」ラピュータが確認する。もちろんリーダーに対してだ。
「ありがとう・・・デザートローズは認識しました」面倒くさいけどリーダーだから仕方がない。あたしが応答する。
「このターゲットに対するAAM使用の作戦はラピュータによって承認されました。成功と無事を祈っています」ラピュータから承認が出た。
「ラピュータによる作戦承認をデザートローズは確認しました」リーダーのあたしが答えた。
 一拍おいて僚機に声をかける「パンケーキ、いくよ」
「了解!」僚機が応答し、作戦は開始された。

 見えている範囲はすべてが砂漠だ。鉄分を多く含む赤茶けた大地が彼方まで拡がっている。大気中に水蒸気は乏しく、空には一辺の雲も無い。
 機体は亜音速で高度20000ftを飛行している。
 目の前のモニターには6つのターゲットが黄色に表示されている。あたしは機体をコントロールしてターゲットを正面に捕らえた。僚機もリーダーのあたしに続く。
「パンケーキ、ターゲットを3つずつに分けた。確認して」
「確認した。AAM1から3に割り付ける」
「こちらもAAM1から3に割付を完了した。ターゲットに変化は無い」
 相手もこちらもステルス機だ。だからお互いのレーダー機能をフルに使っても、お互いを認識することは出来ない。だがこちらには相手より高性能な早期警戒管制機が後方に控えている。そう、さっきデータをリンクさせたラピュータだ。こちらの技術の粋を尽くしたラピュータは、相手の警戒管制機より数段上の探知能力を持っている。この性能差が勝負の分かれ目だ。
「弾槽を開け」指令を発してあたしも弾槽を開く。
「弾槽を開いた」僚機も答えた。
「発射」あたしはトリガーを引く。
「発射」僚機は復唱した。
 6つの航跡が前方へと伸びていく。ターゲットの表示がすべて赤に変わった。6機のAAMがそれぞれのターゲットをロックオンしたのだ。相手はロックオンされて始めて攻撃されていることに気がついたはずだ。だが相手はまだこちらを認識できてはいまい。
 AAMの軌跡がターゲットに近づいていく。ターゲットは回避行動にはいる。きっとパニックに陥っているはずだ。なにしろ命がかかっているんだから。
 電子音が響くたびに、赤で表示されていたターゲットが点滅し、グレーに変化する。出来ればこのまま全弾命中してくれ。
 血で血を洗う接近戦はやはり面倒だ。NETを介するために生じるタイムラグにはA.Iが対応するが、やはり接近戦になったらNETを介さない相手の方が有利だ。
 できればこのまま何もしないで帰還したい。あたしは相手に接近しながら、モニターの中で繰り広げられる2次元画像を祈るような気持ちで見つめた。
 祈りは通じなかった。赤で表示されるターゲットのうち4つはグレーになり消滅したが、2つ残ったのだ。その頃にはあたしたちの機体も相手に探知できる距離まで接近してしまっている。
 きっと仲間を殺られて血が上っているのだろう。残った2機は一気に攻撃に転じた。
「しょうがない。パンケーキ。こうなったら楽しもう」あたしは覚悟をきめた。
「了解」パンケーキが短く返事をした。

 激しい空中戦になった。相手の腕はかなりいい。けどデザートローズとパンケーキをなめちゃぁいけない。なにしろエースが2人でコンビを組んでいるようなチームだ。数千nmi離れているために生じるタイムラグをものともせず、あたしたちは1機ずつを相手に戦った。
 相手のキャノピーを照準に収めたあたしは短くトリガーを引いた。相手のコックピットに弾が吸い込まれていき、キャノピーが赤く染まる。打ち方止め!相手はそのままの体制で、まるで何事もなかったように飛行を続ける。
 あたしは並んで飛びながらその様子を観察する。
 やがて相手はゆっくりと傾き始め、そのまま砂漠へと落ちていった。
「残酷だな」パンケーキが言った。冷たい声だ。こっちの様子を上から見ていたようだ。
「そう?一瞬で向こうに行けたと思うけど」
「そうかもしれない」
「そっちは?」
「そっちが楽しんでいるうちに片付けた」
 後方には一筋の黒い煙の帯が上空から下に向かって伸び、パラシュートが1つ浮かんでいた。

「聞こえていますか?デザートローズがラピュータに話しています。ターゲットはすべて消滅しました。こちらは2機とも問題ありません。作戦のコンプリートを確認してください」
「聞こえています。ラピュータがデザートローズに話しています。ラピュータはすべてのターゲットの消滅を確認しました。空域はクリアです。おめでとう。作戦はコンプリートされました」
「ありがとう。デザートローズは作戦コンプリートを了解しました」ホッとしながらあたしは返答した。
「ラピュータがデザートローズに話しています。デザートローズとパンケーキは帰還フレーズに入ってください」
「デザートローズは了解しました。帰還フレーズに入ります」あたしはオートパイロットのキーを押しながら指示をした。「パンケーキ、オートパイロットを帰還フレーズに」
「パンケーキ、了解」僚機が答えた。
 機体は帰還フレーズに入り、大きく方向を変えた。モニターに注意すべき輝点は表示されていない。あたしは僚機が付いてくるのを確認するとコックピットの中ですこし背中を伸ばした。
 帰還フレーズは退屈な時間だ。機体に搭載されているA.Iを使うまでもなくオートパイロットがすべてを自動で処理してくれるからあたしたちはほとんどすることがない。何かがあってもA.Iがまず受け取って処理をし、それからあたしたちの出番がやってくる。戦闘空域を出た後はなおさらやることは無くなり、2時間ほど退屈との戦いが続くのだ。
 あたしは飛ぶことが好きだし、空の上から下界を眺めるのも好きだから、興味津々で砂漠を眺めているうちになんとか退屈をやり過ごすことが出来る。僚機のパンケーキはどうだろう?奴はじっとしていることが苦手だから地獄の時間かもしれないな。まさかキャノピーを開けて外に出たりはしないだろうけど、ちゃんと規則どおりにやってくれないとリーダーのあたしの責任になる。
 あたしは3Dゴーグルを跳ね上げると「パンケーキ!」と声をかけ、隣に並ぶキャノピーに向かって手を振った。「もう少しだよ。我慢して」
 奴は3Dゴーグルを跳ね上げ、憮然とした表情でゆっくりと手を上げた。

 滑走路が見え始めた。砂漠のど真ん中にある乾湖の底に長大な何本もの滑走路が縦横に引かれている。管制と使用滑走路のやり取りをすませてからは、オートパイロットで進入する。着陸シークエンスではA.Iが補正をかける場面もあるが、おおむね自動的に着陸操作が行われ、やはりあたしたちに出番は無い。
 やがてメインギアが接地し、つづけてフロントギアが地面の感触を伝えてくる。スムーズな着陸だ。リバースがかかり急激に減速、方向が変わりラピッドタキシーウェイをタキシング。エプロンで地上係員が待つ所定の位置にピタリと停止。ここまですべて自動で行われる。エンジン停止。シャットダウン。モニターは終了処理のコマンドが長々と表示してからブラックアウトした。これで任務はすべて完了だ。3Dゴーグルを跳ね上げるとキャノピー越しにパンケーキのコックピットが見える。奴も終了処理を終えたようだ。2人同時にキャノピーを開けて外に出て、タラップを降りる。
 そこは50ft四方のホールのような空間だ。中央にさっきまで乗り込んでいたコックピットユニットが2基仲良く並んでいる。それは加速度を擬似的に体現させるためのたくさんの油圧シリンダーの上に乗せられていて、まるで遊園地の遊具のようにも見える。
「ごくろうさま」コマンダーが天井にある大きな窓から顔を覗かせた。
「どうも」あたしたちは手を軽く頭に添えた。
「ただちにブリーフィングだ。B7へ」
「了解」あたしたちはホールを出てブリーフィングルームへ急いだ。

 ブリーフィングと着替えを済ませると、予定通り定時になった。上手い具合に残業は無しだ。パンケーキは細かい花柄模様のワンピースにつばの広い帽子、あたしはパイナップルの大きなアクセントの入ったコットンのTシャツとブルージーンズだ。2人並んでスカイウォーカーセンターの長い廊下を歩いてゲートへ向かう。
「おつかれさま~」警備員に声をかけているうちに、顔認証が終了した。全身と肩から提げたバッグの中身もスキャンされたはずだ。「どうぞ」警備員がバーを上げてくれた。あたしとパンケーキは並んでゲートを出てエレベーターで地上へ上がった。
 エレベーターを降りた先は高層のオフィスビルのエントランスだ。
 大勢のビジネスマンが忙しげに行き来している。何機もあるエレベーターはひっきりなしに到着と出発を繰り返し、その度にたくさんの人を吐き出したり飲み込んだりしている。6機並んだエスカレーターも人の列が途絶えることは無い。
「さて、どうする?」あたしはエントランスの真ん中でパンケーキの方へ向き直って声をかけた。
「そうだな。まずビーチへ出よう。夕日を眺めたい気分だ」
「グッドアイデア!」あたしたちはドアボーイの見送りを受けながらエントランスを出た。
 辺りは高層ビル群が建ち並ぶオフィス街だ。
 広い歩道と6車線を備えた大通りの向こうは大型のショッピングセンターだ。到着した大型バスから大勢の観光客が溢れ出し、建物の中へ吸い込まれていく。
 あたしたちは階段を降りた先にあるバス停からバスに乗った。

 残念ながら西の水平線は厚い雲に覆われていた。
 弓なりに何キロも続く白い砂浜はまだ太陽の温もりを残している。
 大気は適度に暖かく、乾燥していて、椰子の木を緩やかに揺らす風も爽やかだ。少し先の波打ち際では両親に連れられた水着姿の子供たちが波と戯れている。甲高い歓声が響き、子ども達が跳ね上げる水しぶきが舞い上がる。
 太陽はまだ水平線の上にあるはずだが、姿を見ることはできない。
 あたしとパンケーキは船着場まで延びる防波堤のコンクリートに並んで腰をおろした。
 風がパンケーキの亜麻色の髪を揺らす。胸まで伸ばした髪は艶やかで、あたしの真っ黒なショートとの違いを際立たせる。
 肌は透き通るように白く、華奢で、あたしの小麦色で筋肉質のそれとはまったく別物だ。
 チームを組むことになって始めて紹介されたとき、その妖精のような容姿に驚いたことを憶えている。こんなのでトリガーが引けるのか?それにパンケーキ?舐めてるのか?
 だがそんな心配は杞憂だった。奴は本物の妖精のように、無慈悲にたくさんの命を奪っていった。
「ふう・・・」あたしがおもわず溜息をつくと、パンケーキの大きな青い目がこちらを向いた。あたしのこげ茶の釣りあがった目とは大違いだ。
「なんでもない。ちょっと疲れたのかな?」質問が来る前にあたしは答えた。
「フフ・・・ガラにもない事を」奴はあたしに横顔を見せた。美しい横顔だった。
 その時、太陽がわずかな雲の切れ間から顔を覗かせた。
 一瞬で世界は茜色に輝き始める。奇跡の瞬間だった。
 わずかな時間その輝きを維持した後、太陽は雲の向こうに姿を隠し、世界はまた一瞬にして姿を変える。
 今度は深い赤だった。どういう原理かは分からないが、太陽光線は雲の裏側から間接的に雲を照らし、特別に選ばれた波長の光だけを地上に届けた。その変化は息を飲むほどに美しかった。
「血の色だ。まるで私たちが今日殺った奴らの血の色だ」パンケーキが本来夕日がある位置を見つめながら、誰に言うともなく言った。
「綺麗な夕焼けじゃない」あたしはその意見に異をとなえた。
 そして同時に、奴に精神鑑定を受けさせる必要性を感じていた。否認判定を受ければ相棒を失う結果になるかもしれないが、奴を廃人にするわけにはいかない。殺伐とした戦場と平穏な日常を毎日行き来するような有り得ない生活を送ることや、敵を殺傷する瞬間を高精細モニターで鮮明に何度も見てしまうことが、UAVパイロットの精神にダメージを与えることは広く知られている。空中戦の申し子のようなパンケーキだって、大きな精神的ストレスを抱えているかもしれないのだ。貴重な資源を失うリスクを減らすために、あたしたちはわずかな変調でも報告を義務づけられている。
「今日さ・・・」パンケーキが言った。「ローズ、コックピットをピンポイントで撃ったよね」
「それがどうかした?」やっぱり見られていた。あたしは心の中で小さく舌打ちした。
「いや、コックピットじゃない。パイロットだけを狙ったよね?」
「そんなこと・・・」
「どうしてそんなことをした?」
「苦しめたくなかった」これは言い訳だ。機体を破壊すれば事は足りたし、そうすればパイロットは脱出する機会もあったのだ。だが、敵の貴重な資源を消耗させるという観点から見れば、これはこれで正しいやり方と言えるはずだ。
「短く撃ったよね?」パンケーキの追求は続く。
「無駄玉を使いたくなかった・・・」
「もてあそんでいたよね?」
「・・・」あたしは答えを控えた。実際にそうだったのかもしれない。
「最小限の弾数で確実に仕留めたんだ。ダダッ・・・てね」パンケーキは人差し指をあたしに向け「余裕綽々だった」と薄く笑う。
「何が言いたいの?」パンケーキはあたしに精神鑑定を受けさせようと考えているのだろうか?
「キャノピーが血で真っ赤に染まっていた」パンケーキは空を見上げた。
 辺りの赤みが一層強くなった。空全体が赤く染まっている。海面までもがそれを移し込んで赤黒くなった。
 あたしたちは長い間その様子を眺めながら無言で過ごした。
「ねえ、男を捕まえに行かない?」突然パンケーキが提案した。「前に行った最上階のバー、あそこで一杯やりながら男を物色しよう」
「いいよ。たまにはそういうことも必要だ。特にこんなことの後にはね」
 あたしたちは立ち上がった。
 まるでそれを待っていたかのように、空の色は急速に赤みを失ってグレーになり光度を落とした。
 夜を支配する神の時間が訪れたのだ。


2020.02.02  scriviamo!


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