Debris circus

Debris circus

頭の中に散らばっていた破片(debris)を改めて文章に書き起こし、オリジナルブログ小説としてサーカスの舞台に上げていきます。読みにくいものもありますが、お暇な時にパラパラとめくる感じででも読んでいただけたら嬉しいです……

 
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アルテミス達の午後への前奏曲

 今夜UPするのは「絵夢シリーズ」の一編ですが少し変わり種です。
 というのは、このお話「絵夢シリーズ」の「アルテミス達の午後」としてすでにUPした作品の最終改稿前の作品なんです。
 でもストーリーとしては別におかしなところが有るわけでもなく、このお話だけで一応纏まっていますので、単独で読んでいただいても大丈夫です。
 発表直前になって、登場人物の一人に背負わせていた設定を取りやめて、全く別の物に変えてしまったために、このバージョンはお蔵入りになってしまいました。当時はこの設定で物語を書く事に踏ん切りがつかなかったんです。
 榛名というのがそのキャラで、ここでは女性として描かれていますが、本編「アルテミス達の午後」では男性として登場しています。背負わせていたものを下ろさせた時、女性である必要が無くなったんです。もう1人のキャラ、由布とカップルにしてもいいかも・・・なんてことも考えたんだと思います。
 現在はこのキャラ設定は“エス”が引き受けていて、「気まぐれプロット」の中では結構いろんな事情が書き込まれていますので、発表しちゃってもいいかな~と思うようになりました。サキが物語を作っていく過程が露わになってしまいますが、それも面白いかも・・・自己満足なんですけれどね。

 あ、そうそう。「アルテミス達の午後」の時に許可を得ていますので問題ないと判断していますが、この作品は八少女夕さんのところの例のあの方達とのコラボになっています。
 カテゴリーは「ライブラリー」にしました。今後もこんな日の目を見なかった作品をUPする事もあるかもしれませんから・・・。


アルテミス達の午後への前奏曲

 仕上がったファイルの保存の操作をしてから、グループウェアで業務終了をクリック、メッセージを送る。
 大きく椅子の背もたれに寄りかかって、手を頭の上で組んで伸びをしながら1・2・3と体を左右に曲げる。
 両の目を閉じて指で軽くマッサージする。
「ごくろうさま」のメッセージを確認すると、午後0時10分、今日は土曜日で午前中だけの勤務だ。
 儀式のようにそれらの一連の動作を行ってから彼女は立ちあがった。
 短くふわりとカットされた黒い髪、やせっぽちなボディ、少し白すぎるくらいの肌、丁度好い位置についているのにアンバランスに大きな目、その中にある猫のような大きな焦げ茶色の瞳、やや大きくて良く動く口、小さな丸い鼻、胴体に比べるとやや長く感じる手足そして指、それぞれに個性的なパーツは組み合わされると個性を打ち消し合い、どこにでもいそうな22歳の榛名という女性が出来上がる。
 そして榛名は在宅勤務が許可されている企業で働いていて、今仕事を終えたところだった。
 この部屋は以前兄が使っていた6畳の洋室で、兄のお下がりの大きな机が置かれていた。そこに会社から支給されたPC、机の後ろには接客用のテーブルと椅子を持ち込んで仕事をこなしている。友人を呼ぶために玄関から近い部屋がいいと兄が希望して使っていた部屋なので、ちょっとした接客もできてとても都合が良い。
 榛名は部屋を出ると廊下に漂う甘い香りにつられて台所のドアを少し開けて覗きこんだ。そして台所に立つ女性の背中に「母さん。何作ってんの?」と声をかけた。
「シフォンケーキを作ってるんよ」そう答える母親の背中に「わかった。がんばって!」と階段を上り始めた。
「なんや手伝ってくれるんやないの?」榛名は母親の声に「ごめん、ちょっと無理」と返事をして階段を上りきると自分の部屋へ入った。その部屋は4畳半の洋室で、小学校から使っている机とベッドが納まっていて、要するにプライベートルームということになる。仕事場と家庭を厳密に区別しておきたかった彼女は、就職して家を出た兄の部屋を仕事場として使いたいと両親に申し入れ、二部屋を確保したのだった。
 4畳半に入ると机に向かい、自分のPCの電源を入れOSの起動を待った。続けてエディターを立ち上げファイルを読み込み、キーボードに指を走らせ始めた。榛名は文章の打ち込みを続けながら横に置いた携帯端末を気にしていたが、やがてLEDがパターン化された点滅を繰り返すと、端末を開いて着信したメールの内容を確認した。短い返信を返すとPCを休止にして外出の用意を始めた。用意を整えると部屋を出て階段を降りた。
「母さんちょっと出かけてもいい?」
「えっ!どこへ?私はすぐには出れないよ」母親は驚いて振り返った。
「大丈夫だよ。駅前のコンビニで由布と待ち合わせ。それから一緒に三宮」
「由布ちゃんと?帰ってきてるの?」
「お正月ずっと向こうに居たから今休暇なんやって」
「だったらいいけど。でも、もうすぐシフォンケーキが焼けるよ?」
「明日おやつに食べる」
「そう?じゃあ……気を付けて行ってらっしゃい。ちゃんとこまめに連絡入れてね?」
「了解。うるさいくらい入れる」そう言って榛名は玄関を出ると、母親の見送りを受けながら駅前のコンビニへ向かった。振り返るとまだ心配そうにこっちを見ている。(心配性やなぁ)榛名はそう思いながら小さく溜息をつくと、曲がり角の所で手を振った。そして母親が手を降り返すのを確認してから角を曲がった。駅まではゆっくり歩いてもほんの5分ほどだ。
 駅前のコンビニに入り雑誌コーナーで適当な雑誌を眺めていると、大きなガラスの向こうに由布の姿が見えた。こっちを向いて手を振っている。榛名は雑誌を戻して店を出た。
「ハル、久しぶり!」由布は笑顔を見せて走り寄って来た。
「由布、元気そうやね。その顔は例の件が上手く行ってるということかな?」榛名が言うと「何が?」由布が少し怒った顔になった。
「色々と」まずかったかな?という顔で榛名が答える。
「ごめんね。色々と迷惑をかけたね。問題もあったんだけど何とかね」由布は、はにかみながら「でね。今日は会ってもらいたい人が居るんだ」と続けた。
「会うって?誰と?」榛名は驚きと疑念の混ざった声で答えた。
「ううん。違うよ。榛名と同じようにアドバイスをもらった友達に会ってもらおうと思って、女の子だよ。大学の同級生の」
「そうなんや」榛名の顔から力が抜けた。
「向こうにもハルのことは伝えてあるから。じゃ、行こうか?」
「ちょっと待って。母さんにメールを入れる」榛名は由布と落ち合えたこと、これから電車に乗ることを手短に発信した。
「いい?」由布に促されて改札に向かって歩き出すと、警報器が鳴り出した。マルーンの電車がカーブの向こうから顔を出したので、二人は急いでカードを出して改札を通った。

130206_阪急三宮

 三宮駅は大きな鉄骨で構成されたドームで覆われている。特急は、ドームにゆっくりと滑り込むとドアを開いた。2人はホームに降り立つと上に広がるドームを同時に見上げた。そして顔を見合わせるとクスクスと笑い合った。
「いつもそうするね。でもどうして上を見るの?」由布が言った。
「鉄骨とリベットがいい感じやから・・・」
「鉄骨萌えってこと?」由布が呆れた顔になった。
 2人はエスカレーターの左側を開けてステップに立つとコンコースへ下りて行った。
 改札を抜けた先にはライトグレーのコートをまとった髪の長い女性が立っている。由布は小さく手を振りながら近づくと榛名に彼女を紹介した。
「紹介するわ。彼女はエム」
 由布に紹介された女性は丁寧に頭を下げた。
「始めまして、エム・ヴィンデミアトリックスです」
「エム・ヴィンデミ……」
「ヴィンデミアトリックスです。言いにくいでしょ?エムでいいです。漢字で書くとPictureとDreamです」
「でもヴィンデミアトリックスてあの……」榛名は言い淀んだ。
「それを抜きで紹介したいんだ。ボクの友達として」由布が口を挟んで「この子が“例の”友達」と榛名を紹介してくれた。
「“例の友達”です」チラと笑みを浮かべて榛名は言った。「でも名字はレイノではなくてクロイソで名前は“友達”でもなくてハルナですけど、榛名は山の名前と同じ漢字です」
「黒磯さん?」絵夢は一瞬目を見開いて驚いた様子だったが「山ってあの榛名山?」と訊いた。
「ええ。父が付けたんですけどちょっと変わってるでしょ?」
「ううん。とってもいい名前だわ。由布だって山の名前でしょ?よろしくね黒磯さん」
「こちらこそよろしくお願いします」榛名は絵夢に顔をのぞき込まれて頬が熱くなるのを感じていた。
「お父様は山男なの?」絵夢が興味深げに尋ねた。
「わたしと由布の親父は両方とも山男で昔からの知り合いなんです。それで何や知らんけど2人とも山の名前が付いてるんです。僕らは親父同士の関係で、まあ幼なじみみたいなもんです」
「お父様は今でも山に登られる?」
「若い頃はずいぶん登ってたみたいですけど、今は全然。仕事が忙しいみたいで」
「そう」絵夢は思うところがあったのか少し間を置いて「お父様はどんな仕事をされてるの?」と訊いた。
「父は仕事の話を全然しないからよく分からないんですけど。財産とか資産とかの管理をする仕事をしてるって聞いてます」榛名は曖昧に答えた。
「でも絵夢さんはあの……」榛名はまだ少し遠慮しながら訊いた。
「ええ、隠すのはいやだから先に言っておくけど、確かに私はヴィンデミアトリックス家の者です。でも、それは抜きにして欲しいの。黒磯さん」
「あの、照れくさいのでハルでいいですよ」
「じゃあ、抜きにしてくれる?ハル」
「は、はい」榛名はそう答えてから絵夢がまだ見つめているのに気づき「うん、わかった。絵夢」と言い直した。絵夢は満足げに笑って「よろしくね!ハル」と言った。
 3人は暫く談笑を続けていたが少し遅い昼食を取るために歩き始めた。

「お嬢様!」「絵夢お嬢様!!」黒磯は玄関を入ると声をかけた。時計は午後3時をさしている。返事は無い。「お嬢様!」もう一度声をかけてから「上がらせていただきます」と入り込み、いつものように各部屋を手馴れた様子で確認していく。もちろんベランダに出て例のスペースも覗きこむ。
「逃げられたか……」黒磯はリビングに入ると丁寧に窓を閉め、携帯電話を取りだした。
「山本か?やはりいらっしゃらない。車はどうだ?あるのか?だったら、午後1時前に退社されているし、スケジュールはご存じだから、ここより本宅からアクセスし易い場所でピックアップの連絡があるだろう。連絡があり次第お迎えするから我々はとりあえず本宅に向かう。玄関へ車をまわせ」携帯を切るともう一度部屋を確認してから玄関を出る。ダブルロックをかける音が部屋に響いた。

130206_トアロード3

 神戸の町は東西に細長く延びている。南側は港が広がり、北側は六甲山が連なっている。東西に長く延びた町は、真ん中を鉄道がやはり東西に走っていてとても便利がよい。大阪と違って上る方向が北で、下る方向が南だから不案内な者にもわかりやすい。山が近くに見えたら坂を下ってどんどん進む、港が見えたら上る方向にどんどん進む、そうすれば必ずJRの高架に突き当たる。そして右か左に向かえば三宮か元町あるいは神戸の駅にたどり着く。
 3人はレストランを出て坂を下り始めていた。由布はお世話になったお礼にご馳走すると言い張った。普段はあまり主張することはないのだが今日は特別だ。それじゃぁ遠慮なくと2人が折れてくれて、少し高めのランチを済ませたところだった。
 少し歩けば大きな商店街に戻れるがその手前に人だかりが見えた。「何だろう?」由布が小走りに駆けていって人だかりを確認して戻ってきた。「何かパフォーマンスをやってるよ。面白そうだから見ていこうよ」パフォーマンスは4人のチームで演じているらしかったが、人垣から覗きこむとそのうちの2人が演奏を始めるところだった。正面に立つ三味線を持っている細身の男性とフルートを構えている黒い髪の美しい女性は日本人のようだったが、演技を終え横に控えている2人は金髪碧眼と茶色い巻髪の外国人の男だった。すぐに演奏が始まった。日本歌謡をメドレーにアレンジした曲で、楽器の組み合わせはとても面白く観客の目や耳を楽しませたが、その演奏は素晴らしいものだった。
 演奏が終わってもアンコールの拍手が鳴りやまない、今度は控えていた2人がボーカルで参加してアンコールに答えた。観客は拍手を惜しまず、そして前に置かれたフルートの箱に次々とコインを放り込んだので、結構な身入りになったようだった。榛名たちもコインを幾つか放り込んだが、絵夢はそのままフルートを吹いていた女性の所に近づいて行った。暫く笑顔で会話をかわしていたが、やがてフルートの女性は小さく頷くとソロで演奏を始めた。榛名と由布は近づきがたい雰囲気に気おされて、少し離れたところでそれを眺めている。立ち去り始めていた観客も動きを止めた。こういう場所ではやや不向きな曲だったがやはり響きはすばらしく、演奏が終わるとまた大きな拍手が巻き起こりコインが放り込まれた。
 絵夢は拍手をしながら近づいて話しかけ、他の3人もそれに加わって何やら談笑を始めた。暫くして会話を終えた絵夢は4人と軽く握手をして別れを告げ2人の所へ戻ってきた。
「何をしゃべってたの?」由布が訊いた。
「ちょっとね。フルートと三味線がとっても素晴らしかったから、どうしても話を聞いておきたくなったの。シランクスも素敵だったわ……」絵夢はまだ夢見ているような目つきだったが、やがて2人に目を戻すと「さぁ、お2人さん!そろそろ買い物に行かない?」と誘った。
 センター街に着くと、休憩を挟みながらぶらぶらと色々な店を冷やかしていった。
「ハルはあと何か買いたいものはあるの?」絵夢が尋ねてきた。
「そうやなぁ。めったに三宮なんか出てこれないからチョコレートを仕入れておきたいなぁ」榛名がそう言うと絵夢はちらりと由布を見てから「バレンタイン?」と訊いた。
 榛名は魔法にかかったように感じていた。3人で一緒に行動するうちに絵夢の人柄にどんどん引き込まれ、最初感じていた遠慮は何処へやら、いつの間にか自分の口から出るため口に度惑ってさえいた。
「ボクに気を遣う必要は無いよ。ボクだって買うよ。義理だって結構必要なんだ。水産研究所は男ばかりだし」由布が口を尖らせた。
「じゃあ。わたしも買おうかな?どこかお店の当てはあるの?」絵夢が言った。
 榛名は由布と顔を見合わせてから絵夢の方を向いて同時に首を横に振った。「いつも適当なブランドのものを特設会場で買ったりするだけだもの」由布が答えた。
「それなら、わたしが時々買っているお店があるからそこへ案内しようか?多分気に入ると思うんだけど」絵夢が提案した。
「うわぁ!どんな店やろう。絵夢が買う店やったら見てみたい」「ボクも」2人は喜んでその提案に乗ることにした。
「そう?だったらすぐそこだから。こっちよ」絵夢を先頭に3人はセンター街を離れ、山手へ向かって歩き始めた。

 黒磯の携帯が着信音を鳴らし始めた。
「はい、黒磯です」黒磯は発信元を確認してから簡潔に応答した。
『絵夢です』携帯からは明るい声が響いた。
「お嬢様。今何時だとお思いですか?約束の時間はとっくに過ぎておりますし、約束の場所にもいらっしゃらなかったですね?」
『ごめんなさい。ちょっと急用ができてしまって』少し困ったような声だがいつもの作戦だ。
「また急用ですか?いつものことですね。もう慣れっこになってしまいましたが?あらかじめお伝えいただくということはできないのですか?」
『あらかじめ伝えられないから急用と言うんじゃないかしら?それに伝えたら認めてくださる?』
「それは時と場合によります。いまどちらですか?」
『いま三宮の駅です。あと2分で電車が出発します。御影の駅で拾ってくださるかしら?それから準備しても十分に間に合うとわたしは思いますが』
「いつものことですから、もう準備は整っております。後はお嬢様がいらっしゃれば滞りなく進行できます。すぐに山本を駅へ迎えにやりますので、いつもの北のロータリーで待たせます」
『わかりました。よろしくお願いします。ところで……』絵夢は言い淀んだ。
「ところで、何ですか?」
『黒磯は若い頃は山男だったの?』からかうような口調だ。
「は?いきなり何ですか?」
『質問に答えてくださる?でないと新開地行きに乗り換えますよ』
「何をおっしゃっているんですか?意味がわかりませんが、確かに若い頃はあちこちの山に登っておりました。なぜ急にそんなことをお聞きになるのですか?」
『何となくよ。何となくそんな気がしたの。やっぱりそうだったんだ。あっ!電車が出る。乗ります』発車のメロディーが聞こえ始めて電話が切れた。
 黒磯は携帯を操作した。「黒磯だ。お嬢様から連絡があった。電車はいま三宮を出たところだ。御影駅の北のロータリーでお迎えしてくれ。急げ」

 黒磯は家路を急いでいた。無事お嬢様を送り出して今日の勤務は終了した。あとは山本に任せておけば万事滞りなく進むはずだ。
「ただいま」玄関を入って声をかけると「父さんお帰り、先に風呂に入るでしょ?夕食待ってるから早めにね!」榛名の声が返ってきた。
「待っててくれてるのか?」台所を覗くと連れ合いと娘が並んで台所に立っている。「たまには一緒に食べよ」榛名がこっちを振り返って笑った。
「すまないな。母さん着替えは?」
「寝室のいつもの棚。のんびり入ってもいいけど、あんまり長くならないようにお願い」
「わかってる。俺はそんなに長風呂じゃないぞ」黒磯は寝室に急いだ。

 風呂を上がった黒磯が席に着くと「いただきまーす」待ちかねた榛名が声を上げて食事が始まった。「今日は飲めるんよね?」黒磯が頷くと、榛名が缶ビールを開けて黒磯についでくれた。黒磯が「いただきます」とコップを空け食事を始めると、榛名は立ち上がり後ろの棚から紙袋を持ってきて、そこから小さな箱を出してきた。「父さんこれ、バレンタインデーのチョコレート。なかなか一緒に夕食食べられないから、ちょっと早いけど今日渡しとく。いつもいろいろとありがとう」
「そうか。それはうれしいな。おぉ!榛名にしてはしゃれた箱だな」
「でしょ?友達に今日三宮でお店を教えてもらった」
「三宮?」黒磯は驚いて問い返してから連れ合いの顔を見た。
「由布と一緒にやで」あわてて榛名が付け足した。
「由布ちゃんと……そうか。ならよかった。楽しんできたか?」
「うん。すごく楽しかった。由布の友達も一緒でね。3人で食事をして、それから買い物。それから、これ!」榛名は紙袋からさっきのより少し小さい箱を出してきた。
「なんだ?」
「これは由布から」
「由布ちゃんから?」
「いつもお世話になってるからって」
「うれしいが、別にお世話はしてないけどな」黒磯は照れ笑いだ。
「そして、はいこれ」榛名は紙袋からもう1つ小さい箱を出してきた。
「まだあるのか?」
「こっちはその由布の友達から……ついでにって言うてた」
「由布ちゃんの友達から?ついで?」
「絵夢っていう、髪の長いすごくきれいな子」
「絵夢!」黒磯は素っ頓狂な声を上げて飲もうとしていたビールでむせた。
「大丈夫?漢字だとPictureとDreamと書くんやって。すごい家系のお嬢様だよ」
「絵夢か……まいったな」黒磯は頭を掻きながら小さくつぶやくと、苦り切った顔で「その友達によろしく言っといてくれ」と言った。
 食事中、榛名は由布や絵夢の話を楽しげに続けた。黒磯はこんなに生き生きと話す榛名を久しぶりに見たような気がした。絵夢にかかわる人の表情が明るく変化するのを何度も見てきた黒磯は、榛名の中にもその変化を感じていた。まぁこれはいいことなんだろう、そう考えながら黒磯は食事を続けた。
「榛名!これから始めたら遅くなるから明日にしたら、体に触るよ」食事を終えた榛名が仕事部屋に向かおうとしたのを見て、連れ合いが我慢できずに声をかけた。
「そうだな。出かけたんだったらとりあえずゆっくりしろ。そして今日は早めに横になれ」黒磯が意見を合わせる。
「うん。ちょっと見ておこうと思ったんやけど。そうやな。じゃぁとりあえず歯磨きする」榛名は方向を変えた。
 洗面所へ向かう榛名を見送りながら、黒磯とその連れ合いは目を合わせた。
「なぜ榛名の話にお嬢様が出てくるんだ?」黒磯の小声の問いに連れ合いは「さあ。何ででしょうね?」と笑って答えた。
「それから父さん、これは私から」連れ合いから小さな箱が渡された。
「お、ありがとう」黒磯は照れくさそうに受け取った。
「父さん、食事が終わったら校正をお願い。できたから」榛名がドアから覗き込みながら声をかけてきた。
「例の話の32話か?」
「うん。父さんの校正が終わってからブログにアップする。それからプロットの相談にも乗って欲しい」
「わかった。見ておくよ。プロットは明日だな」
「お願い。じゃぁおやすみ」
「おやすみ」黒磯と連れ合いの挨拶が重なった。
 黒磯は、狐につままれたような面持ちで、4つ並んだ箱を見つめていた。
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

「それぞれのロンド」UPします

 今夜は「絵夢の素敵な日常」シリーズの中で展開する「ジョゼとミクの物語」の一編「それぞれのロンド」をUPします。
 ジョゼが研修旅行で日本に向かい、エレクトラにかき回されている頃、ミクは大きな興業を終えて、ミュンヘンにある自分のアパートに帰ってきています。
 ミクはこの休暇を利用してポルトへ戻り、ジョゼといろんなことを話し合いたかったようなのですが、ジョゼが研修旅行に出かけたため帰省は先送りされています。ミクはジョゼが掴んだチャンスの邪魔はしたくなかったんですね。
 ジョゼと会うことができないままミクの休暇が始まります。
 さて、どんな展開が待っているのでしょうか?

 実はこの「それぞれのロンド」の後に、もう1つミクの休暇中のお話を予定しています。
 本当はそのお話を書き終わって、整合性をきちんと取ってから今夜のお話をUPしたかったんです。
 でも次のお話の展開がとても難しくて、いつUPできるのか分からない状態なんです。あまり更新間隔をあけて広告が出てしまったりすることはできれば避けたいので(Debris circusはまだ広告を出した事はありません)、やっつけでとりあえずこのお話をUPしてしまう事にしました。
 書き上がったらすぐに誰かに読んで欲しくなってしまう、サキの性のせいでもあるんですが・・・。
 ということでこのお話、次のお話の展開によっては大きく書き換えられてしまうかもしれないということを、あらかじめお伝えしておきます。
「気まぐれプロットのシリーズ」なら整合性を気にしなくてもなんとかなるのに。あ~ぁ、本当に困ったものです。すみません。

よろしければ下のリンクからお進みください。

「それぞれのロンド」


 ここまでの展開は下のリンクのページにまとめていますが、結構長いです。

ジョゼとミクの物語、「背中合わせの2人」
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絵夢の素敵な日常 それぞれのロンド

それぞれのロンド

 ミクは小さな唸り声を上げて目を開けた。そこにあったのは見覚えのある自分の部屋の天井だった。
 公演の打ち上げを終えて夜遅くにミュンヘンのアパートに帰りつき、シャワーもそこそこに疲れた体をベッドに横たえた。そこまではなんとか憶えている。舞台のある日は何度も目が覚めることが多いが、その後の事は何も覚えていない。たぶん死んだように眠ったのだろう。
 ベッドの横に置いてある目覚まし時計の表示は、昼を少し回ったところだ。久しぶりにちゃんと眠れたようだ。
 今回の公演に対する観客の反応は上々だったし、与えられた評論家達の評価も概ね好意的だった。観客の興奮に押し上げられた自分は、まるで何かが取り憑いたように演技し歌い上げた。舞台が続いている間はその興奮は持続し、まったく疲労などを感じることは無い。だが興行が終わったとたん、その興奮は終わりを告げる。彼女は自分の体を自分自身に取り戻し、ただの人に戻るのだ。ただの人になれば、蓄積した疲労は倦怠感となって表面に現れてくる。
 ミクは再び眠りに落ちようとしたが、激しい欲求に邪魔をされた。
 両手を目の上に当てたまま、暫くの間じっと我慢をする。
 やがて彼女は諦めてゆっくりと体を起こした。

 アパートの狭い部屋は混乱に満ちている。
 シーツや掛け布団はしわくちゃで、長い間洗濯もしていない。床の上には開けっ放しの大きなスーツケース、ボストンバッグ、脱ぎ散らかした服や下着、それに大量の楽譜や本が散らばっている。天井付近にはロープが張られ、洗濯ものが干されたままになっている。
 ミクはその様子を目にして大きくため息をついた。そして、ベッドから足を下ろすと、かろうじて見えている床板を飛び石のように伝ってトイレに駆け込んだ。
 用を済ませトイレを出たミクは、洗面台の鏡に映る自分の姿に驚愕した。昨夜手入をサボったすっぴんの肌はカサカサで、生乾きで寝てしまった髪はゴワゴワと逆立っている。髪を長く伸ばしていた頃には考えられないことだったが、ショートにしてからは手入れをサボることが多くなった。目はまるで死んだイワシの目のように生気がない。
 彼女は暫くの間鏡の前で固まっていたが、それどころではないことを思い出した。次の欲求を満たすため、そのままキッチンに向かう。
 そこにもまた目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。シンクは洗い物でいっぱいで、若干の腐敗臭まで漂っている。だが今はそれに構っている余裕はない。彼女は食器棚を開けてコップを取り出すと、それを雑多な物が積みあがった食卓に残された僅かな平場にタンッと置いた。
 冷蔵庫を開けて中を覗く。干からびた野菜、賞味期限をとっくに過ぎた食品のパック達、チーズはまだ食べられるだろうか?探していた水のボトルは扉に有ったが、水は一滴も入っていない。
「誰?空のボトルを仕舞ったのは?」どう考えても自分なのに、誰にともなく文句を言ってみる。
 ミクは横に並んだ牛乳パックを取り出して開封したが、鼻を近づけてすぐに顔をしかめ、元の位置に戻した。続いてその隣の牛乳のパックの賞味期限を確かめる。それはさっき開けたものと同じ日付だった。
 ミクは少しの間迷ってから、その隣のピルスナービールの瓶を取り出した。気持ちのいい音を立てて栓を抜き、それをコップに注いだ。琥珀色の液体の中では透明な泡が踊り、上層には真っ白な泡が層を成す。彼女はコップを目の前にかざして暫く眺めていたが、恐る恐る口を付けて少量を口に含んだ。確かめるように舌の上を転がしてからゆっくりと飲み込む。次の瞬間、彼女は一気にコップを空にした。さらに次の1杯ををなみなみと注ぎ、勢いよく喉の奥に流し込む。その様子はまるで3日間ほど灼熱の砂漠を彷徨った遭難者のようだ。冷たい液体が心地よく喉を通過し、喉の鳴る音まで聞こえてくる。
『プファー』彼女はテーブルの上に空のコップをタンッと置き、口を拭いながらまた大きく息を吐き出した。
 ようやく人心地がついたミクはキッチンを出て、ベッドの有る部屋に戻った。壁際に置かれたソファーにはやはり物が積み上げられていて座る場所がない。いや、それ以前に床に物が散乱していて、そこへ近づくことすら困難だ。しかたなく、さっき通った道筋を逆になぞってベッドの上に戻る。
 ミクはあらためて部屋の中を見渡し、3度目のため息をつく。このまえ掃除をしたのはいつのことだったろう?そうだ、ジョゼを公演に招待したときだ。公演の後このアパートに泊まるように誘ったのだ。その時はまだ部屋は整頓された可愛めの女子部屋で、彼を誘っても特に問題はなかった。それでも忙しい公演の合間を縫って、念入りに部屋の掃除をし食事も用意した。
 だが彼は来なかった。それ以来自分のモチベーションを維持し、自分のレベルを下げないようにする事だけで精一杯になり、それ以外のことには全く労力を割けなくなった。部屋は荒れるに任された。
 あの唐変木!!!鈍感!!!酔いが回ってきて、よけいに腹が立ってきた。ミクはベッドに体を投げ出し、俯せになって顔を覆う。一刻も早くポルトへ帰ってジョゼに会いたかった。自分の気持ちを伝えたかったし、彼の気持ちも確かめたかった。
 だが、そういうときに限って、やってみたかった役のオファーがかかってくる。気まずさも手伝って帰郷が延び延びになるうちに、ジョゼから「研修旅行に派遣される事になったんだ」と電話がかかってきた。
 ジョゼのドタキャンから少し気まずい雰囲気はあったが、2人はマメに連絡を取り合っている。ポルトで一人暮らしをしている祖母のメイコの様子を知らせたり聞いたりする事が、気まずい中でも2人の会話の動機になっていた。
「片言なんだけど日本語で観光客と会話してるから選ばれたみたいなんだ。ミクのおかげだ」
「よかったね!チャンスじゃない!行っておいでよ」肝心の件の修復は進んでいないけど、相談を受ければ、そう返事をする以外にミクに選択肢は無い。『今すぐに会いたい』そういう本心は言葉にならなかった。
「ありがとう。でもミクの休暇と重なったな。こちらへ戻る予定だっただろ?」ジョゼの気遣いが伝わってくる。
「またすぐに公演があるから、今回はあまり長い休暇は取れないの。その次はゆっくり帰れそうだから、その方が都合がいいわ。話したいこともあるし・・・」ミクは自分の気持ちに薄いベールをかけた。
「僕もミクとゆっくりと話がしたい。待っているよ」
 ミクが話したいことは決まっている。ジョゼもきっとその話なんだろう。その時は単純にそう思えた。だからお互いに頑張るように伝えあって電話を終えた。そんな思い出にふけっているうちにミクはふと思いついた。
『そうだ。ジョゼの研修旅行はどうなってるんだろう?』後で考えてみれば、そんな気持ちを起こしたのが失敗だった。
 
 ジョゼは今、とある有名ポートワイン会社の企画した日本グルメ研修に派遣されて日本に居る。教えてもらった日程では金沢辺りに居ることになっているが、どんな様子なんだろう?ミクは仰向けになると体を起こし、サイドテーブルに置いてあったラップトップPCを太ももの上で広げ、電源ボタンを押した。
 起動を待ってブラウザを開き、その有名ポートワイン会社のホームページに入り、研修旅行の広報ページを開く。そこには研修の目的や意義などのページの他に、研修の様子を写真や動画で紹介するコーナーも設けられている。トップページには研修に参加したメンバーの集合写真が掲載されていた。
 個人をはっきりと特定できないように配慮されているのだろう、解像度はあまり高くないが、ジョゼを見つけるのは簡単だ。すらりとした長身の彼の頭は、他のメンバーより上に飛び出していて、いつもの優しい顔で笑っている。下へスクロールすると、研修や講習の様子や観光地を回り日本文化に触れる様子などが次々と表示される。画面をスクロールさせながらそれを順番に眺めていたミクの手が止まった。最初のページに戻る。
『やっぱりそうだ・・・』
 トップページの集合写真、ジョゼの隣には明るい茶色の髪の女の子が写っている。表情が生き生きとしていて明るそうな子だ。ジョゼと同じか、少し年下に見える。
 再び下にスクロールしていくと、ジョゼの隣には全て彼女が写り込んでいる。楽しそうに、時には体を寄せるようにして写っている。ジョゼの方は迷惑そうな顔をしている時もあるが、自然な笑顔を向けている時もある。後ろ姿の写真でも、ジョゼを見間違えるはずはないし、やはり横に並んでいるのは彼女の後ろ姿だ。
 ミクは体を反らし、ベッドに身を投げ出した。太ももの上に置いていたラップトップPCが体の横にずり落ちた。
 彼女は今日明日の内に劇団の事務所に顔を出すつもりだった。次の公演の打ち合わせや、新しいオファーの確認をする必要がある。
『明日にしよう・・・』彼女はまた両手で顔を覆った。
 胸の辺りやその少し下に締め付けられるような感覚がある。
『この感覚は何?』わかってはいたが、ミクは自分に対して問いかけた。


2017.03.09
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テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

Blue Moon(青い月)

はじめに書いておきましょう。
この物語は自分に対する自戒と激励です。
だから読んでくださっても意味不明だと思います。
ここに乗せるのはどうかと思いましたが、
やっぱり乗せておきます。
“整理し保存する”ということはとても重要です。
その時点での自分の素直な気持ちなんですから。

Blue Moon(青い月)

 海から吹いていた潮の香りを含んだ風は、陸から吹くもみ殻を燃やす焦げくさい臭いを微かに含んだ風に変わった。季節の変わり目を表わすその臭いは、この小屋から北に百キロ以上も離れた田園地帯から流れて来る。そしてそれがここで感じることのできる唯一の自分以外の人間の営みだった。
 サキが建てたこの小屋は10坪ほどの大きさで、南に向かって流れる片流れのシンプルな屋根が乗っている。北側の大きな壁の上の方には北からの安定した光を取り入れるための窓が開き、南側は風景を眺めるための壁一面の大きな窓と日差しを遮るための深いひさしを持っている。
 小屋の周りには草原が拡がり、そこには長い緑の葉っぱと銀色に輝く箒のような穂を持った背の高い植物が隆盛を誇っている。風が吹くとその長い葉っぱと銀色の穂はゆっくりと揺れ、まるで波のように果てしない草原を伝播していった。葉っぱや穂のすれ合う音は胎内で聞く母親の血流音のように心地よく心に入り込み、無数の銀色の穂が揺れ動く様は、どこか別空間の惑星の表面に迷い込んだかのように見る者を惑わせた。さらに意識を無の空間に置いた状態でそれを眺めれば、一層その感覚は増していった。
 だがこの広大な草原にも果ては存在する。小屋から北側は田園地帯までずっと草原が続いているが、南側は100メートルほど先で垂直に50メートルほど落ち込む崖になっていて、草原は唐突に終わりを告げる。そしてその先はただ海原だ。
 サキの小屋の南側に開けられた大きな窓の向こうには、広がる一面の草原、そしてその向こうにいきなり海、さらに空という風景が、何の演出も無くそのまま存在していた。

 サキが始めてここに来たのは何年前になるのだろう。何の当てもなくヤマハのTY50というオモチャのようなトライアルバイクにまたがってやってきて、草原の海に岩礁のように突き出した岩の上に座って、ぼんやりと草原の海とその向こうに唐突に広がる本物の海を眺めながら、散らばったセグメントをオブジェクトにする作業に没頭していた。当時これはアナログとして出力される予定だった。
 そのうちにこの作業に疲れてきたサキは、草原の中を土の道が迷路のように巡っている事に気づき、その道を思い切りバイクで走ってみたくなった。土の道は背の高い草に囲まれていてコースアウトしても安全そうだったし、コーナーやアップダウンも適度にあってサキの小さなバイクでも充分に楽しめそうだった。
 イグニッションをオンにし、体重をかけてキックレバーを蹴り下げると、小さな2ストロークエンジンは軽い音と少しの白煙をマフラーから吐きだした。サキはギアをローにカチンと入れ、アクセルを煽るとクラッチレバーを離し猛然とスパートした。エンジンの回転数を落とさないようにしながら足を付き、土煙を巻きあげながらコーナーを曲がり土の道を右に左に駆けまわった。そして加速して坂道を登りその頂上からジャンプしようとした時、サキの前に海が広がった。サキはとっさにアクセルを戻しブレーキをかけた。バイクは着地するとすぐに停止した。
 バイクのフロントタイヤの先・・・ほんの1メートル程だ・・・には海が広がっている。サキはバイクを降りると恐る恐る先へ歩を進めた。その先は垂直の崖になっていて、そっと覗き込むとはるか下に打ち寄せる白い波が見えた。道はそこで途切れていて、とっさにブレーキをかけなければサキのバイクがどうなっていたのか、結果は明白だった。
 サキは暫く崖の底を覗いていたが、やがて慎重に後ずさりした。そして安全な位置までバイクをバックさせてからUターンし、ゆっくりと元いた場所に戻って行った。
 湧き上がる恐怖に苛まれながら、サキはこの土地に運命のようなものを感じていた。

 この世界が誕生してからどれくらいの年月が経過しただろう?この世界は最初小さな実験的な煌めきの縺れのようなものから始まって、そして考えられないようなスピードで大きくなった。10年ほどもするとその中心部は光り輝く超高層ビルが林立する都市の様相を呈し、さらに年月が経過した後、そこはメガロポリスをも凌駕する超巨大都市にまで成長した。
 人々が情報社会の繁栄を謳歌するそんな時代に、そこから遥か離れた辺境の地、まさに地の果てのようなこの草原にサキは居場所を定めた。それがこの小屋だ。
 誰にも邪魔されず、頭の中に溜まっていた色々なセグメントを一度きちんと出力して整理しオブジェクトにして、ライブラリーに並べておこうと考えたのがその動機だった。そう思った時、場所はここしかないと思ったのだ。頭の隅っこに残っていた葉っぱや穂のすれ合う音や、深い緑の中に揺れる無数の銀色の穂の記憶、そして何よりあのバイクの先に広がった海の記憶がそうさせたのかもしれない。
 サキは小さな小屋に1人籠って少しづつ少しづつまるでインタープリターのようにセグメントを読みこみ、書き出し、そしてそれを校正し、構成し、出力し、出来上がったオブジェクトをライブラリーに並べていった。
 ようするに自分の頭から消えてしまう前に、あるいは自分が消えてしまう前にオブジェクトを整理して並べておきたかったのだ。誰かに見られることはあくまで副次的な作用だった。
 サキにとってこういうことは全くの素人だったし、特にこういう物を作り上げる勉強をしてきた訳でもなかったし、能力や知識もかなり不足していたから、出来上がったものはやはりそれなりのものでしかなかった。だが、サキは整理し保存するということ自体に意義があると考えていた。
 サキの考えに揺らぎが出たのは、並べたオブジェクトにアクセスがあったことからだった。サキにとってこの世界でのアクセスは始めてだったし、反応も暖かいものがほとんどだったのでサキは分からないなりにアクセスを返し始めた。
 そして他のオブジェクトを認識し、比較することができるようになって、自分の未熟さや弱点にあらためて気付いたのだ。それらのオブジェクトは色々な種類の物があり、中にはサキのデバイスと相性の合わないものもあったが、いくつかの物は絶妙に構成され、輝きを放ち、サキを圧倒した。サキはへこんだ気持ちになっている自分に驚くと同時に、こんな気持ちになっている自分に腹を立てた。

 もう1人のサキがサキに声をかける。
「解っていてこの場所に小屋を建てたんだろ?スタンドアローンにしなかったのは、少しはアクセスを期待したんじゃないの?整理と保存のためだけならスタンドアローンで充分だもの」
 サキはゆっくりと顔を上げもう1人のサキの目を見つめてからまた俯いた。
「あの時あんたはあそこでアクセルを戻してブレーキをかけたじゃない。あのままアクセルをいっぱいに開けていれば新しい世界が広がったかもしれなかったのに」ともう1人のサキは俯いているサキの目を覗きこんだ。
「僕は死んでいたと思うけど」サキは俯いたままボソリと言った。
「そういう考え方もある。恐らくそうだろうけど」もう一人のサキは上目使いでそう言うとニヤッと笑った。サキは俯いたまま動かなかった。
「サキ!フリーズしてるよ。さっさと修復してビールでも飲もうよ」もう1人のサキは軽快に立ち上がると台所に入って大きな鍋に湯を沸かし、夕方サキがもいでおいた枝豆を塩でもみ始めた。手慣れた様子でその枝豆を茹で上げ湯を切り、鉢に盛り付けるとテーブルの真ん中にタン、とおいた。それに連続する動作で冷蔵庫を開けてバドワイザーの瓶を2本出してテーブルにゴトンと置き、棚を開けてコップを2個とせん抜きを出して来た。
「ほら」もう1人のサキは笑顔でサキにコップを渡すと栓を抜きサキのコップに注いだ。そのまま自分のコップにも注ぐとまた笑顔になって「乾杯!」と言った。サキもつられて笑顔になって「乾杯!」カチッとそれを受けた。グーッと飲むとそれは微かにパイナップルの味がした。
「これは黒大豆の枝豆だよね。大きくて甘いよ」もう1人のサキはどんどん枝豆をつまんで殻をテーブルの上に置いた。すぐにテーブルの上には殻のピラミッドができた。サキも負けずにつまんで殻をピラミッドに追加した。それはいつものように大きくて甘かった。
 バドワイザーはどんどん追加されてやがて心地よい眠りが訪れた。

 響き渡る爆音に目が覚めたサキは暫く事情が飲み込めなかった。
 やがてまどろみの世界から強制的に呼び戻されたサキは、その音が小屋の南側のベランダに置いてあるオフロードバイク、ハスラー250のエンジン音であることを理解した。サキが慌てて外に飛び出すと上空には真っ青な満月が輝き、見渡す限りの草原は青い光に浮かび上がっていた。銀色の穂が月光を反射して青白く輝き、波のようにゆっくりと揺れている。その中をハスラーのヘッドライトが右に左に走り回る。乗っているのはもう1人のサキだ。丁寧にレストアされたサキのハスラーは、その美しいスタイルを月光の中に浮かび上がらせながらサキの前を通過した。サキはそれを追って駆けだした。
 ハスラーはからかうようにスピードを落としてサキが追い付くのを待っていたが、サキが追い付くと海岸の坂道に向かってフルパワーで加速した。サキはそれをさらに追いかけようとして駆けだしたが坂の下でよろめいてひっくり返った。地面から見上げるサキの視線の先には青い満月が輝いていた。ハスラーは甲高い排気音を響かせながら高くジャンプして一瞬青い満月の中を通過すると・・・サキの視界から消えていった。
 サキは息を切らせて坂道を駆けあがり、頂上の先を見まわした。
 そこには青い月の光に照らされた海が広がっているだけだった。

2012.03.30 書き下ろし
2017.02.20 更改・再掲


テーマ : 自作小説    ジャンル : 小説・文学
 
 

センチの朝

今夜は「太陽風シンドロームシリーズ」のSSをUPします。
このシリーズはサキが気まぐれで書く、仮想世界を舞台としたオムニバス形式のいいかげんな作品群です。
一編ずつ独立していて関係性はありません。
単独で読んでいただけますのでよろしければどうぞ・・・。

センチの朝

「センチ、そろそろ起きなさい。7時になったよ」母の声だ。センチは薄く目を開けた。
 母は小さいころから彼女の事をずっとあだ名で呼ぶ。『ちゃんと名前があるんだから、名前を呼んでよ』センチは寝ぼけた声を出した。
 まだまだ眠いし、部屋の中は冷え切っている。センチはもう一度布団の中へもぐり込んだ。
「学校の集会、9時からでしょう」追いかけるように母の声が聞こえてくる。
「集会?」センチは布団の中で呟く。
「遅れたらペナルティーは半端ないんじゃなかったの?参加者は厳重にチェックされるんでしょ?リストに登録されて、居残り講習で2時間は拘束されてしまうんでしょ?午後から遊びに行くんじゃなかったの?」
「あ!そうだった」今日は大事な用事・・・デートとも言う・・・があるのに、それを諦めるなんてとんでもない。センチは勢いよく起き上がった。
『でも集会って、何だっけ?』センチは首を傾げながら、ダボッとしたパジャマを脱ぎ、枕元にたたんで置いていた下着を身につけると、大急ぎでベッドを出て服を着込んだ。
 部屋を出て廊下を走り・・・と言っても3メートル程だが・・・トイレに飛び込んだ。用を済ませると、今度は洗面所の鏡を覗き込む。
 鏡の中には半分ぼやけたような自分の顔がある。一番気に入っている大きなブラウンの虹彩は目ヤニで濁っているし、本来は肩の上で綺麗にカットされている髪は、寝癖で半分以上天井を向いてしまっている。センチは小ぶりな薄い唇を、小さな鼻にくっつけるように斜め上に曲げた。
「早くなさい!」母にもう一度急かされるとセンチは睨めっこを中断し、忙しげに両手を動かし始めた。
 なんとか暴れ回る髪を押さえ込み、冷たい水で顔をシャキッとさせてキッチンに入ると、テーブルでは父と兄がすでに食事を始めている。
 いつもの朝の風景だ。センチの心は落ち着きを取り戻した。
「とーさんは今日は遅くなるのよね」母が父に確認する。
「ああ、残業で3時間の勤労奉仕だからな」
「重工業は大変よね」
「どこだって同じさ。それに先月うちは政府目標に達しなかったからな。文句は言えないよ。晩ご飯は先に食べといてくれ」
『勤労奉仕?』また首を傾げながら「おはよ~」センチは眠そうに声を出した。
「「おはよう」」父と兄は合唱で答え、センチに笑顔を向けた。
「早くなさい」母は相変わらずだ。
 センチはご飯をよそい、味噌汁を入れるとテーブルに座って食事を始めた。「いただきま~す」
「はい、おあがりなさい」母がおかずを並べてくれる。
『いつもの朝だよね!』センチは自分に言い聞かせた。
「お兄ちゃん、インターンシップ来月だったっけ」母が隣に座る兄に声をかけた。
「6日からだよ」
「3週間の予定だから26日まで?大変だね」母がカレンダーを見ながら言う。
『3週間?』地平線から湧き上がる黒雲のように、センチの心の中でまた不安が首をもたげる。
「うん、参加しなかったら就職にも影響するから、ほとんど全員参加みたいになってるからな。でも面倒なだけで、そんなに大変でもないらしいよ。週休2日だし、先輩に聞いたら、移動学校みたいな雰囲気で結構楽しいと言ってた。ハラスメントにならないようにプログラムされているから、教官やリーダーも丁寧に指導してくれるらしいしね」
「インターンシップって、なんの?」センチが顔を上げて兄の方を見る。
「体験入隊さ、前から言ってるじゃないか」
「そうだった?でも入隊って自衛隊みたい」
「自衛隊?なに寝ぼけてんだよ。軍隊になったじゃないか」兄はセンチの顔を覗き込む。
「え・・・あ、ごめん。それで体験入隊するんだ」当然のような兄の言葉に、センチは思わず頷いてしまう。
「お前、大丈夫か?」
「だよね。ハハハ・・・」心配げな顔の兄に、センチはとりあえず相槌を打った。
「そのまま予備役になる国に比べたら楽なものさ。実弾も撃たせてくれるっていうしな・・・」
「実弾?お兄ちゃんが?」センチは目を大きく見開いて兄を見る。
「大丈夫だよ。お前だって3年後には希望すれば参加できるんだぞ」兄は茶化すように言う。
「わたしが?いつのまに・・・?」センチは口の中で呟いた。
「昔はこんな制度はなかったのになぁ」兄は溜息をつく。
「就活に有利になるんだから頑張りなさい!」母が兄の背中をポンと叩いた。
「でもさ・・・」センチにはまったく理解できていない。
「喋ってないでさっさと食べちゃいなさい。間に合わないよ」母が時計を確認しながら言う。
「う・・・うん」センチは箸を動かし始めた。
 兄妹が黙って朝食を食べ始めると、静かになったキッチンにニュースの音声が流れ始める。テレビでは綾部首相がいつものように両手を大きく動かしながら熱弁をぶるっていたが、解説に切り替わった。
『・・・首相は要求を拒絶する声明を発表し、同時にこれが受け入れられない場合は条約からの脱退も躊躇しないと表明しました。この発言は条約参加国の間でも驚きを持って受け止められ、我が国が条約参加国に対してどの程度の影響力を持っているのかが試される局面になっています。首相は増強した軍事力を背景に強気の発言を繰り返しており、各国の対応が注目されています。今後我が国は余談を許さない・・・』
「それじゃ、出かけるぞ」食事を終え身支度を整えた父が言った。
「俺も行かなきゃ」兄も父に続く。
「はいはい」母が2人を玄関まで送っていく。
『・・・こういった行動は我が国の主権を全く無視したものであり、国際裁判所も機能をはたしていないと主張しています。今後、我が国は毅然とした対応を・・・』
「なにがどうなってるの?」センチは箸を置いて携帯端末を取り出した。画面をタッチして覗き込むと、友達のメッセージが幾つか受信されている。センチは友達の名前を確認した。いつもつるんでいる仲間たちだ。いつもの場所、いつもの時間で待ち合わせだ。
「センチ、時間!」玄関から戻ってきた母がリミットを宣言した。
「あ、は~い」センチは急いで端末を置くと、残りの朝食を掻き込んだ。
 そして「やっぱりいつもの通りだ」無理やり自分を納得させると、大急ぎで身支度を整えて玄関を飛び出した。
 
 春はもうそこまで来ている。まだまだ肌寒いが、降り注ぐ日差しや流れる空気の中には、微かな生命の息吹を感じ取ることができる。道筋の生垣や街路樹の新芽はもう芽吹く準備を終えていて、はち切れんばかりに膨らんでいる。この通りは桜並木だから、あと少し待てば満開の桜の中を通学できるだろう。
 センチはポケットから両手を出すと大きく伸びをした。そして両手を大きく振りながら大股で歩き始めた。
 センチはぐんぐんと街路樹の並ぶ美しい通りを真っ直ぐに進んでいく。
 駅前の広場に出てロータリーを回り込む。
 とんがり屋根のいつもの駅舎が見え始めた。
 センチはチラリと腕時計を見た。
「あなたは国家のために何ができますか?」駅前にはのぼりや横断幕がはためき、何かのキャンペーンをする人々の威圧的な声が聞こえていた。


2017.02.09
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プロフィール
こんにちは!サーカスへようこそ! 二人の左紀、サキと先が共同でブログを作っています。
ようこそ!


頂き物のイラスト

アスタリスクのパイロット、アルマク。キルケさんに書いていただいたイラストです。
ラグランジア
左からシスカ、サヤカ(コトリ)、サエ。ユズキさんにイラストを描いていただきました~。掌編「1006(ラグランジア)」の1シーンです。
天使のささやき_limeさん2
limeさんのイラストをイメージにSSを書いてみました。「ダイヤモンド・ダスト」
イラストをクリックすると記事に飛びます。よろしければご覧くださいネ!
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